こちらオカ研−魔術師端くれ物語−��















それは夏も終わりを告げ、秋らしくなってきた頃。
その日、オカルト研究会部室には会員三人と、もはや常連と言える『お客』の計四人がいた。

「……今週の貴女の運勢は……微妙、ね。
 人間関係は良好になってきてるみたいだけど、そのほかの星の巡りが悪いみたい。
 その影響で恋愛運も落ち込み気味だし……」
「マジ?」
「残念ながらマジ。
 幸運を呼ぶ品は………紫色のゴム、かな」

私達オカ研の基本的な活動である占い。
その結果を私……オカ研会長である所の古村涼子は、いつものように向かい側の席に座る女生徒にいつものように告げた。

「ぬぅー……まぁ、努力はするかな。
 でも髪ゴムで纏めるほど長くないからなー」

ソレを受けた女生徒……安川惠子さんは、渋り顔でそう呟く。
そんな彼女に、オカ研の会員の一人にして私の、その、彼氏である所の新谷篤は何処か皮肉気な笑みを彼女に送った。

「お、大分信じてきたな」

篤君の言葉は私達の基本方針とは微妙に外れているけど…まぁ、占いの時は別だよね。

ともあれ、その笑みを見た安川さんは、うー、と唸ってから言った。

「だって、アンタらの占いに従った時と従ってない時で運勢が微妙に違う気がするんだもん。
 そんなのが結構続けば少しは信じようかって気にもなるわよ」
「柔軟な思考にはなってきたようね」

少し偉そうな口調で言うのは、もう一人のオカ研会員にして私の親友である艮野カナミ。
多分この中で最も魔術師らしい魔術師だ。

「でも依存はし過ぎない様にしなさいよ。
 占いは所詮占いなんだから」

ソレを言うのがこの中で最も占いが得意な人間なのだから、ある意味皮肉なのかも。
というか、この場合は逆に真理をついてるのかな?

「何よ、信じてるのが悪いわけ?」
「心がけの問題よ、心がけの。
 信頼と依存は違うって事」
「……よくわかんないんだけど」
「おいおい」

そんな皆のやりとりに私は思わず苦笑する……と、そこに。
 
「ん?」

微かな音……私の携帯の着うたが耳に入ってきた。

「なんだろ」

鞄から取り出し開いた携帯には、違う学校に通う『同士』……友達の名前が表示されていた。










時は二十一世紀。
科学全盛……とまでは言えないけど、相変わらず科学で世界が回ってる、そんな時代。

だが『ある意味』で、そんな時代に逆行する人間も存在している。

彼ら……いや『私達』は魔術師。その端くれ。

この二十一世紀に、魔術なんて馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、それは大いなる勘違いだ。
その証拠に、今までに『私達』は何度か奇妙な薬や術を作り、実行して、それなりの成果を上げているのだから。

まあ……まだまだ未熟者だけど。

つまるところ、何が言いたいのかというと。

この物語は、私達……「オカルト研究会」を隠れ蓑に活動する、三人の未熟な魔術師の物語だという事。










”その連絡”があって一日後の放課後。

「どうも。
 古城冬子と言います。
 その……こちらは不思議な事関連を解決してくれると聞いたので……」

ペコリ、と頭を下げる、良く言えば何処か儚げな、悪く言えば少し地味な空気を纏った女の子が部室にいた。

彼女は私達の制服とは違う制服を着ている。
何処か古さを感じさせるその姿は、彼女の雰囲気に合っている気がした。

「……えと。
 まぁ、ちょっと違うけど、そんな感じです……じゃない、かな」

いつもとは色々な意味で勝手が違うので少し戸惑いながら私は答えた。

夕日が挿す部室には私達オカ研会員三人と古城さんの四人。

ちなみに最近は毎日のように此処に立ち寄っている安川さんには帰ってもらっている。
依頼の時は大抵そうだけど、今回は特に今までとは事情が違うし……
まぁ、なんというか彼女がいると凄いややこしくなりそうなんで。

ごめんね安川さん。
今度もう少し占いの精度を上げてあげるという事で勘弁してね。

「それで、今日はどういったご用向きなのかな?」

安川さんへの謝罪を心で済ませ、私は古城さんに向き直った。

「あ、はい。
 実は、その……死体を捜して欲しいんです」
「死体を?
 そういうのは警察に言ってくれないと困るぞ」

冗談めかして冷静さを装った……付き合いも長いし、なにより彼氏(照)だからなんとなく分かる……篤君の言葉に、古城さんは首を振った。

「普通ならそうです。
 でも無理なんです……その、死体が消えてしまった、から」
「死体が消えた? どういうこと?」
「……私、見たんです。
 私がいつも歩いてる通学路に、私と同じ学校の女の子が死んでたんです。
 凄く、酷い姿で」

呟く古城さんの顔は文字通り蒼白だった。
それだけ思い出した『場面』が凄惨だったのだろう。

「私、思わず逃げ出してしまって……でも、やっぱり逃げちゃいけないと思って……
 すぐに引き帰したら、あった筈の死体がなくなってたんです」
「そりゃーあれじゃない?
 実は死んでなかったとか」
「そ、ソレは絶対ないです!
 あれで死んでなかったら、人間じゃないです……」

古城さんの言葉は、どう聞いても嘘を言っているようには聞こえなかった。
少なくとも彼女自身がそう確信しているのは確かだろう。

「私……確かめたいんです。死体の有無を。
 それで、もし本当に死体があったのなら、私しかそれを見てないのなら、
 何かしないと……せめて誰かに伝えないと……私、そう思ったんです」
「放っておいたら寝覚めが悪い、と?
 人が良いのね、貴女」
「そんな立派なもんじゃないです……でも、寝覚めが悪いっていうのはそうだと思います。
 あんなの、放っておけないです。
 だから、力を貸していただけませんか?」
「うーん。
 どうやら”消えた”っていうのは間違い無さそうね。
 私は私達が行動を起こすに足ると思うけど、二人ともどう思う?」
「会長がそう判断してるなら俺から言う事は何もないさ」
「コレと同じは嫌だけど、右に同じく。
 ココは基本的にアンタの結論が私達の結論だからね」

二人が不敵に笑うのを見て、私は首を縦に一度振りながら、決断した。

「うん、ありがと。
 そういう事なら問題ないね。
 ……古城さん、この依頼確かに引き受けたから」
「あ、ありがとうございますっ!」

そうして古城さんが喜びで浮かべた表情は、最初の印象さを覆すような素敵な微笑みだった。
私がソレに少し見とれていると、古城さんはわたわたと髪の毛を弄りだした。

「報酬……お聞きした所によると、確か髪の毛でしたよね? えと」
「……それは全部終わってからでいいから。
 じゃあ、行きましょうか」

綺麗な黒髪の枝先を必死に凝視して、
良い髪の毛を選ぼうとしていた古城さんに苦笑しつつ、私達は席を立った。



 






「まずは現場に向かいましょうか」

下駄箱を出てすぐ。
時計を見ながら、時間帯的な頃合いは悪くない事を確認して、私は言った。
今日はホームルームの後すぐに集まったので、今からでも十分活動できるだろう。

「はい」
「道案内頼むぜ。
 町のあっち側は俺疎いんだ」
「……シン。
 アンタこの町に生まれ育ったくせにどうして地理に疎いのよ」
「知るか。
 生まれ育とうがなんだろうが行かない所には行かないんだよ」
「やれやれ。
 涼子は阿呆みたいに好奇心垂れ流して走り回ってたのにね」
「カナミ……そういう表現はやめてほしいんだけど」
「ふふふ、皆さん仲が良いですね」
「……付き合いだけは長いからねー」

そうして私達が話しながら校門に向かっていると。

「あー、人を追い出しといて何処に行こうってのよ」
「……いや、安川さん。
 貴女を追い出したんだから依頼絡みでしょ?」

私達の後ろから安川惠子さんとそのクラスメートにして私達の『知人』である夜道赤子さんが歩いてきた。

安川さん、部室から出て行ってもらった後、校内で時間を潰していたみたい。

ちなみに場所はおそらく図書室。
何でかって言うと、顔に本の型がついてたから。

多分、本読んでるうウチにぐーすか眠ってたんだろうなぁ。
図書室はエアコン完備で居心地いいし。

そんな私の推理など知る由もなく、安川さんは鼻息荒く言った。

「ふん、分かってるわよーだ。
 って何? 三人して眼鏡なんか掛けて」
「ちょっとね。
 コレを使うと色々見えるから」

私達は今、ある特殊な眼鏡を掛けている。
魔術の応用で作ったコレは様々なものを見えやすくしてくれるのだ。

「ふーん、面白そうねぇ。やっぱ私も……」
「じゃあ、四人とも気をつけて」
「夜道何を言って……ってまた首掴むし〜!」

気を遣ってくれた夜道さんのお陰で安川さんは再び退場した。
首を掴まれ、ズリズリ引き摺られていく、というのが少し可哀想だけど。

まぁ、それでも、なんというか予想通り。
席を外してもらうように頼んだのは間違いじゃなかったし、
幸運にも校内に残ってた夜道さんに安川さんの事頼んどいたのも間違いじゃなかったよね。
やっぱり安川さんいたら色々ややこしい事になってた気がするし。

さっきの安川さんのリアクションを思い出して、私はシミジミそう思っていた。
……ホント、ごめんね安川さん。

「あの、良かったんですか?」

古城さんは、とても心配そうな顔で引きずられていく安川さんを見ていた。
その表情は、この人が本当に優しい人なんだと分かる、そんな表情だ。

優しさに溢れるその顔に心を和ませてもらった私は、
古城さんが少しでも安心するようにと出来る限りの優しい微笑を浮かべた。

「ごめんなさい、気を遣ってもらって。
 でも大丈夫だから」
「そう、ですか?」
「「ああ、日常茶飯事だ」だし」

首を傾げる古城さんへの二人の言葉が唱和した。

うんうん。
途端に互いに顔を睨み合い『何ヒトと同じ事言ってんだ』的な視線を交差させるのも含めて日常茶飯事だね。

「……やっぱり、皆さん仲が良いんですね」
『何処が?』
「……ははは」

そんな漫才を繰り広げながら。
私達は校門を後にし、『現場』へと向かった。










「……確かに、見えるわ。かなり薄い残滓だけど」
「そ、そうなんですか?」
「んー……まぁ、な」

徒歩で約二十分後。
彼女に案内された現場……それは私達とは違う学校への道、その路地裏。
其処に立ち、特殊な眼鏡の奥で目を凝らして、ようやく命の欠片のそのまた残りは見えた。

その欠片が放つ『赤さ』は、この命の大本……誰かが望んでいた『欲求』、あるいは感情の熱だ。
おそらく彼女の言う『死体』は、強く生に執着していたのだろう。

いや、執着という言い方は間違っている気がする。
そう……ただ純粋に生きたいと願っていただけなんだよね、多分。

「でも、この感じだと……その死体が此処にあったのはつい最近ってわけじゃなさそうよ?」
「え?」

カナミの呟きに、古城さんは目を瞬かせた。

そう。
色自体は凄く赤々しいのに、存在そのものが薄い。
これはそれなりの年月が経過しているという事だろうと私達は推測した。

「それは本当なら、私が見たのは一体……?」
「こりゃあ、近所の人にでも聞いた方が良さそうだな。
 その方が案外早く真相に辿り着くかもしれない」
「そうね。
 ……お、丁度良い所に近所の人っぽい人が」

カナミの言葉に周囲を見やると、近くを買い物袋を持ったおばあさんが歩いているのが視界に入った。

「あ、あのおばあさん知ってます」
「そうなのか?」
「よく挨拶してますから……
 というか、私だけじゃなくて、この辺を通る生徒なら皆知ってる、と思います。
 登校の時間帯によく散歩してるみたいですし」
「じゃあ、話を聞いてみようか」

頷きあった私達は話を聞こうとおばあさんの近くに歩み寄った。

「あの、すみません。
 ちょっといいですか?」
「え? ああ……いいよ」

おばあさんは私の言葉に対し、何か納得するように頷いてくれた。

「何の用なんだい?」
「お尋ねしたい事があるんです。
 ここで事故か何かで亡くなったヒトはいませんでしたか?
 ココ最近じゃなくてもいいんです。
 おばあさんの記憶にある限りで、なかったですか?」
「……そうだねぇ。
 十年前、ここで女の子が車に轢かれて亡くなった事が一度きり……だったと思うよ」
「ソレに間違いはない?」
「この辺りは基本的に車の通りが無いから静かだしねぇ。
 だから事故とか何か事件があったらすぐに分かるよ」

カナミの問いに淀み無く答えたおばあさんは、何処か遠くを見る目で呟いた。

「あの子の事はよく覚えてるよ……。
 あの子は……良い子だったよ。
 会う度に礼儀正しい挨拶をしてくれて……
 夕方時に会った時は買い物袋を家まで持っていってくれた……
 そんな優しい良い子があんな亡くなり方をするなんてねぇ……神様は、意地悪だよねぇ……」

それはポツリポツリ、淡々とした響き。
でも、込められた悲しみの感情は強く伝わるような、そんな言葉だった。

「……すみません、嫌な事を思い出させてしまって……」
「ごめんなさい、嫌な事を思い出させてしまって……」

古城さんが言うのに覆い被さる形で私もまた謝罪の言葉を告げる。
するとおばあさんは首をゆっくりと横に振って、言った。

「気にしなさんな。
 私はあの子の事が思い出せてよかったと思ってるから。
 なにせもうこんな歳だから、思い出せることが少なくなってきてねぇ……
 だから、ありがとうね」
「……なんか、変な感じだけど、こっちこそありがとな、ばあさん。
 あー、ついででなんだが、その事故の事、詳しく知ってる人他に知ってるか?」
「この辺りの私くらいの歳の人間なら知ってると思うよ。
 皆あの子によく声掛けてもらってたみたいだし」
「そう、ありがとう。
 ……じゃあ、行きましょうか?」
「いえ、その前に……」

古城さんは、心配そうにおばあさんの方を見ていた。

「うん、そうだね」
 
その視線で古城さんの言いたい事は私にはなんとなく分かった。
だから、私は笑顔でおばあさんに言った。

「おばあさん、その荷物、家まで持って行きますよ」
「遠慮はいらないぜ。
 話聞かせてもらった御礼だしな」
「やれやれ。しょうがないわね」
「そうかい……すまないねぇ、ありがとう」

そう呟くおばあさんの笑顔を見ながら、私達はおばあさんの荷物を持ち、手を引いて、おばあさんを家まで送っていった。










それから暫く経って。

「信じられないだろうけど、貴方が見たのは『十年前の死体』で間違いなさそうかな」

赤と黒のグラデーションが出来た空の下、私達は『事故現場』に戻ってきていた。

あれから私達は近所の人達に話を聞いて回った。
事故の事、事故で亡くなった人の事を。

それで分かったのは、
此処で人が亡くなったのは十年前の事故の時だけらしいという事と、
その事故で亡くなった女の子の人柄の事だった。

「信じられないですけど……そうみたい、ですね」

また、事故の様子も、古城さんに尋ねた様子……彼女が思い出した様子と一致しているみたいだった。

であるのならば。

「という事なら、古城さんが見たのは幽霊の可能性が一番高いんじゃないかな。
 なんだったら納得するまで調べても良いけど、多分同じ結果しか出ないと思うよ」
「え? ええ!? そう言うんじゃないかと思ってましたけど、幽、霊ですか?
 でも、その、えと、誰かの悪戯とか……」

私の言葉に驚きと戸惑いを隠せない古城さん。
まぁ、それは当然だと思うけど……。

「まぁ、その線もあるにはあるけど……
 死体やら血糊やら準備する手間とかかなり掛かるし」
「それをアンタが戻ってくるまでに片付けるってのも、
 仮にそれがアンタをターゲットにした悪戯だとしても難しいだろうしな。
 すぐに戻ったんだろ?」
「は、はい……ですが」

私に続けてカナミと篤君が告げたのは、私の意見を確実にする言葉。
そして、古城さんの疑念に止めを刺すように、カナミが言った。

「世の中で起こってる事の大半は常識で説明できるものよ。
 でも1%位は常識じゃ説明つかない事もある。
 これはその1つだと思って納得しときなさい。
 少なくとも、私達に貴方をだますメリットは何処にも無いんだし」
「う……そ、そうですね……
 分かりました。
 納得は出来ませんが納得した事にしておきます。
 でも……」
「でも、なんだ?」
「なら、どうして私にはその幽霊さんが見えたんですか?」
「……これは推測になるんだけど。
 その幽霊さんと貴方がよく似てたからじゃないかな」
「私と、幽霊さんが……?」
「確かにな。
 話を聞いた感じだと、アンタに凄くよく似てたみたいだし」

篤君の言うとおりだった。
優しくて、礼儀正しくて、素敵な微笑を浮かべる女の子。
それが事故の事を聞いて回った時に聞いた、事故で亡くなった女の子の『個性』だった。
それは目の前の女の子と一致するものに他ならない……少なくとも私達はそう思えていた。

「趣味とか、性格とか、あるいは心とか。
 そういうものが似ている人間が知らず惹かれ合う事があるように、貴方はその子に引っ張られたんでしょうね。
 恨みとかの負の感情じゃなくて、自分の事を知っていて欲しい、覚えていて欲しいという純粋な思念が貴方を引っ張った……そういう言い方でもいいけど」
「……」
「実際、どうかな?
 その子の事を知って、どう思った?」

私の質問に対し、古城さんは少し考え込んだ末に、搾り出すように言った。

「うん……凄く、私に似てる……そう、思いました。
 だから私が見て、今日話を聞いた子が幽霊になったって言うのなら、今はその理由が分かる気がします」

少し俯き加減に彼女は言葉を続けていく。
……まるで懺悔をしているような印象が、其処にはあった。

「私、昔から……小さい頃から凄く地味だって、よく言われて、言われ続けてて。。
 だから、いつも凄く不安だったんです。
 私が死んでも、誰にも影響を与えず、何も変わらないんじゃないかって」
「……」
「多分、あの子がおばあさんとかに挨拶したり優しくしてたっていうのは、
 純粋にそうしたかったっていう気持ちと、
 いつも感じてた不安を少しでも紛らわせようとした気持ちが、
 ごちゃ混ぜになったものじゃないか、って私直感的に考えてました。
 私……そんな感じで、一番最初に会ったおばあさんに挨拶したりしてましたし」

一度グッと唇を噛み締めた古城さん。
そこで顔を上げた彼女は、私達に向かって叫び声のような……声そのものはとても小さい……声の調子で言った。

「でも、仮にそれが本当だとして……私とあの子が似てたとして、
 それであの子が見えた私は、どうしたらいいんですか?」
「……」
「あの子を知った私は何をどうすればいいんですか?
 また此処に出て来るかもしれないあの子を、見続ければいいんですか……?」

不安に駆られた、小さな叫び。
ソレに対して私は、少し考えた末に、慎重に言葉を選びながら答えた。

「正直な話、貴方に出来る事は……殆ど無いと思う」
「!!」
「涼子の言う通りね。
 なんだかんだ言っても十年前の事だし。
 もう彼女との関係を作れるわけじゃないし……
 残酷な事だけど、彼女は、死んでしまっているから」

そう。
カナミの言う通り。

彼女の人生は終わっている。

彼女がどんなに優しくても。
彼女がどんなに素晴らしい人間でも。
彼女が懸命に人生を謳歌していたのだとしても。
彼女の有り得た未来がどんなに輝かしいものだとしても。
彼女がどんなに『何か』をしたかったのだとしても。
彼女に遣り残した事があったとしても。
彼女の死が彼女の責任ではなかったのだとしても。
彼女がどんなに生きたかったのだとしても。

彼女は、死んでしまった。
それがこの世界に残った事実。

そんな彼女に……死んでいる人に出来ることなんて、私達には限られている。
そして、限られたソレさえも『出来ている』のか分からない事ばかり。

でも。

「……でもね。
 一つだけ、確実に出来る事があると思うの」
「それは、私に出来る事なんですか?」
「うん、誰にだってやろうと思えばできる事。
 それはカナミもさっき少し言ってたけど……覚えている事、なんじゃないかって私は思う」
「覚えて、いる事……」

反芻して言葉を飲み込む古城さん。
私は、そんな古城さんの肩の辺りに手を置いて、言った。

「今日女の子の事を話してくれた人達みたいに、覚えてればいいんじゃないかな。
 全部を克明に覚えてる必要なんかない。
 ただ、そんな子がいたなぁ、って思い出すだけでも、意味があると私は思うよ」
「……」
「こう言ったら怒られるかもしれないけど、私は凄く羨ましかったな」
「え?」
「亡くなって十年経っても、皆あの子の事を覚えてたから。
 あの子は、死んでしまったけど……死ぬまでちゃんと生きてたって、皆が証明してくれてた。
 それはある意味で凄く幸せな事なんじゃないかなって……ごめんね、変な事を言って」 
「いえ、分かり……ます。分かる気が、します」

古城さんは、グッと胸を掴むように抑えた。
大切な何かを抱きしめるように。

「私も、覚えていて欲しいですから。
 私が死んだ後も誰かが私の事を話してくれたのなら、覚えていてくれたのなら。
 私、ちゃんとこの世界に生きてたって事になるから」

そう言うと、古城さんは路地裏のある一点に向かって、叫ぶように告げた。

「名前も知らない貴女……!
 私、覚えておきますから……!
 貴女が生きてた事……色んなヒトに覚えてもらっていた事……ちゃんと覚えておきますから……!
 だから、不安を忘れて、ゆっくり眠ってください……!」

そうして言葉を贈った後、彼女は私達に向かって泣きそうな微笑を浮かべた。

「これで、いいんですよね……?
 彼女は生きた。生きていた。
 ソレを覚えていたら、いいんですよね……?」
「……うん。私は、そう思うよ。
 そうしたら、彼女は安心して、古城さんの前に出てくることもなくなると思う。
 だから、私も覚えておくね。
 ずっと覚えてられるかは分からないけど……ちゃんと覚えておくよ。
 あの子が生きていた事……そして、貴方が生きている事を」
「!!」
「ああ、俺もだ」
「私も努力して覚えておくわ」

私達の言葉を聞いた古城さんは、今度こそボロボロ涙を流しながら、言った。

「はい……私も……! 皆さんの事、忘れません……!
 私の事を覚えてくれると言ってくださった、皆さんの事を……!」
「うん」
「ああ」
「ええ」

そうして私達は頷き合った。
今こうして生きている事を、出会った事を確認するように。

今この瞬間の記憶が、確かなものとなるように。











「色々ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「ううん、そんな事無いよ。
 むしろ大事な事を経験させてもらったと思ってるし」

深々と頭を下げる古城さんに、私は頬を掻きながら言った。

大事な事を経験した、というのは紛れも無い本音。
誰かに覚えてもらう事の意味、大切さ……改めて、教えてもらったと思うから。

「本当に、ありがとうございました。
 じゃあ、名残惜しいですが、私帰ります」

世界は既に闇に染まっていた。
この辺りも街灯こそ点いていたけど、やっぱり明かりが足りないから街中ほど夜に勝てないし、薄暗い。

そんなわけで私達は解散の運びとなった。
問題は解決した……私達はそう確信できていたしね。

「ああ、気をつけてな。
 また何か……幽霊を見たのなら、連絡、すればいい。
 その時はその時で相談に乗ってやるからさ」
「そうそう。
 だから心配せずに帰りなさいな。
 迷子にならないようにね」
「はい、それじゃ!!」

そうして。
満面の笑顔で深々と頭を下げた古城さんは、小さく手を振りながら、曲がり角を曲がり………………その姿を、闇に溶け消えさせた。

歩き去ったのではなく。
まるで煙のように。
まるで霧のように。
まるで、最初から何も存在しなかったかのように。

「……無事、往ったみたいだな」
「そうね」
「……うん」

でも、私達は驚かない。

何故なら私達は……最初から分かっていたから。
事の、全てを。

「じゃあ、報告しないとね」
「……その必要はありません」

私が携帯を取り出そうとした時。
そんな声と共に、古城さんが消えた曲がり角から一人の女の子が姿を見せた。
古城さんの着ていた制服……ソレを少しだけ今の方向に新しくした感じの制服を着た、女の子。

彼女こそが、今回の本当の依頼人。
魔術でこそ無いが、私達同様不思議な力を持つ、
違う高校の『オカ研』会長……平良芽衣ちゃんだ。

「ちゃんと一部始終を見せていただきました」

静かな声音と穏やかな表情でそう告げた。
私はそんな彼女に頷いて答える。

「そう……なら、報告しないでいいね」
「はい。
 協力していただいて、本当にありがとうございました。
 今回の状況では、私に彼女を送るに足る『説得力』が無かったので」
「うん、分かってる。
 ちゃんと依頼料はもらうんだし、気にしないで」
「そう言っていただけると助かります」



……事の次第はこう。

一週間前、芽衣ちゃんは彼女が持っている不思議な力で幽霊を見た。

芽衣ちゃんが、その日たまたま用事があって滅多に使わない通学路を通っていると、
必死な形相で何かから逃げ出す女の子の幽霊に遭遇したのだ。

彼女の表情を見て放っておけなかった芽衣ちゃんは、彼女に話を聞いた。

その話の内容は、今日彼女が……古城さんが私達にした話と全く同じもの。



此処まで来れば、もう分かると思う。

十年前に亡くなった女の子。
それは……今日私達と行動を共にした古城冬子さんに他ならない。

基本的に行動を隠し、秘密を旨とする私達が、どうしてこうも分かり易く色々動いたのか。
それは彼女が既に死んでいたからに他ならなかった。



彼女……古城さんは、自身が幽霊になった事も知らず十年間同じ事を繰り返していたらしい。

子猫を助けて、トラックに轢き潰され、無残な死体となってしまった自身の肉体から抜け出た魂が、
現実を……自分が無惨に死んだ事を認められず、ずっとずっと逃げ続けていたという事を。

話を聞いて、古城さんに幽霊の自覚が無い事を理解した芽衣ちゃんは、
今日私達がしたように近所の人達に事情を聞き、
当時の記録を図書館やインターネットで調べ上げ、状況を理解した。

でも、芽衣ちゃんにそれ以上の事は出来ない、というか難しかった。

芽衣ちゃんの不思議な力は基本的に『視る』事がメイン。
幽霊さんを『説得』する時もあるけど、それには色々な条件も必要らしくて、今回はそれに適合しなかった。

その原因の一つに、古城さんが十年にも渡って居続けた為に存在が固着してしまった事があった。

こうなった幽霊さんに真実を……死を告げるというのは、
完全な自縛霊にしてしまう可能性を孕んでおり、
最悪の場合、かなり長い期間、怨念や妄執の塊となってその場所を汚染……呪い続ける事さえ有り得た。

かと言って放ってもおけず、芽衣ちゃんは苦肉の策として、出来る限りの前準備……事情を尋ねて回った人達に『もう一度同じ事を聞きに来る連中』の事を話しておいたり、古城さんを上手く私達の学校に『誘導』させたり……を済ませた上で、私達に依頼したのだ。

その依頼の内容としては、

『彼女が死んだ状況を、彼女を伴いつつ可能な限り明確にする事で内的な自覚を促し、
 その上で彼女の不安を和らげ、あの世に行きやすくする事』。

なので、あの世に送る事そのものが依頼、というわけではなかったんだけど。

「まさか”送り”までやっていただけるとは思いませんでした」
「たまたまだよ。
 ……こう上手くいくなんて、私達思ってなかったし」
「そう、ですか。所でその眼鏡は?」
「ああ、これか?
 これは俺達特製の『色々なものを見え易くする眼鏡』だよ。
 俺達魔術は知ってても霊感とかはそんなにないしな」

実は、私達がこの眼鏡をつけていたのは、
『事故現場』を見るというより、どちらかと言えば『古城さん』を見る為だった。
篤君の言う通り、霊的能力の補正が私達には必要だったのである。

そう言えば、
途中出会った安川さんは完全に見えてなかったみたいで、
その隣にいた夜道さんは見えてたっぽいかな。

この辺は人それぞれというか才能の違いみたい。

「……平良みたいに最初から見えればいいんだけどな」

私と同じ様な事を考えたのか、篤君がポツリと呟いた。
すると、その様を見た芽衣ちゃんはつまらなさそうに肩を竦めて、言った。

「見えるというのも退屈はしませんけど、中々大変ですよ。
 あまりお勧めはしませんが……なんなら貴方達の魔術で取り替えますか?」
「私はいいわ」
「私も遠慮するかな」
「……すまん、思慮が足らんかった。
 俺も辞退する」

芽衣ちゃんの説得力満点の言葉と、私達女性陣の言葉で自分の発言内容を改めて理解したらしく、
篤君は気恥ずかしそうに頭を掻いた。

その肩を窄めた様な篤君の姿に私達は各々笑みを浮かべ……そこで、私はふと思った。



人は死ぬ。
今日、古城さんが教えてくれたように。
であれば、この時間もいつかは終わる。
死という形ではないにせよ、死という限りがある限り、楽しい時間はいずれ終わるんだと。

私がいて、篤君がいて、カナミがいて。

この時間は、いつまで続くんだろう?
この時間は、どんな形で終わるんだろう?

そんな不安は、微かな焦燥となって私の心の隅を駆けた。
……多分古城さんの感じていた不安もこんな感じだったんだろうな。



「どしたの涼子?」
「……ううん、なんでもない」

私はそんな自分を覆い隠すように、いつものように嘘をついた。

『魔術師は嘘をつくのが上手くなければならない』……全ての始まりに覚えた言葉。

それは、こうして自分を騙す為でもあるのかもと私は思った。

自分を騙し続けて、楽しい時間を長く長く続けられるように。














時は二十一世紀。
科学全盛……とまでは言えないけど、相変わらず科学で世界が回ってる、そんな時代。

だが『ある意味』で、そんな時代に逆行する人間も存在している。

彼ら……いや『私達』は魔術師。その端くれ。
今日も魔術の修行を兼ねて、頑張ってます。

この物語は、私達……「オカルト研究会」を隠れ蓑に活動する、三人の未熟な魔術師の物語。

そんなわけなので。
ご用向きは、オカ研部室まで。










……END





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