こちらオカ研−魔術師端くれ物語−��
それは、梅雨にそろそろ差し掛かろうとしていた頃の、いつもと変わらない放課後。
オカルト研究会部室には、会員三人と『お客』の計四人がいた。
「……今週の貴女の運勢は……まあまあ、かな。
人間関係に注意さえすれば、トラブルは無いと出てるみたい。
恋愛運も良いから、頑張ってみて。
幸運を呼ぶ品は………赤い色のハンカチ」
私達オカ研の基本的な活動である占い。
その結果を私……古村涼子は向かい側の席に座る女生徒に告げた。
「へぇー、そう」
大して信じてなさそうな彼女……安川惠子さんの口ぶりは相変わらずだ。
それでも以前に比べれば少しは信じてくれるようになったのかもしれない。
前回の依頼以降、よく部室に来ては週単位の占い(普通は一ヶ月単位)を頼んでくるのだから。
「まー、参考にはしとくわ」
「……中途半端は良くないと思うぞ」
安川さんの言葉に、オカ研会員の一人・新谷篤が少し呆れを込めた顔で呟く。
……本当の所を言えば、もう1レベル上で呆れている筈だ。
前回私達に関わった『結果』もあるので、『信じるなら信じるでハッキリしろ』と思っているんだろうけど、
私達が『本物』だと大っぴらには言えない以上、今ぐらいが適度な発言と言える。
そう考えると、彼は”魔術師は嘘をつくのが上手くなければならない”をしっかり実践しているのだと分かる。
……彼は私の『恋人』なので、そういう所は自慢というかなんというか(照々)。
「フ、アンタはまだまだね」
私の親友で、もう一人のオカ研会員である艮野カナミがそう言って、ニヤリと笑う。
「今は必要ないにしても、もう少し意識した方がいいわよ」
「……むぅ」
彼女は、オカ研の中で最も”魔術師は嘘をつくのが上手くなければならない”を実践している。
そんな彼女には私の考えは割とお見通しらしい。
多分、今の私の思考も筒抜けだったのだろう。
その辺りから考えるに……幼馴染という点を差し引いても……私はまだまだ未熟者だという事だ。
オカ研会長としては、もっと精進するべきだろう。
「……うん、そうだね。頑張る」
「素直で結構」
そんな時だった。
コンコン、と戸がノックされる。
その音に私達はそれぞれの反応速度で視線を戸の方に向けた。
「……どうぞ?」
私がそう言うと、戸がガラッと開き、生徒……それぞれ凄く可愛い女の子……が二人現れた。
時は二十一世紀。
科学全盛……とまでは言えないけど、相変わらず科学で世界が回ってる、そんな時代。
だが『ある意味』で、そんな時代に逆行する人間も存在している。
彼ら……いや『私達』は魔術師。その端くれ。
この二十一世紀に、魔術なんて馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、それは大いなる勘違いだ。
その証拠に、今までに『私達』は何度か奇妙な薬や術を作り、実行して、それなりの成果を上げているのだから。
まあ……まだまだ未熟者だけど。
つまるところ、何が言いたいのかというと。
この物語は、私達……「オカルト研究会」を隠れ蓑に活動する、三人の未熟な魔術師の物語だという事。
現れた二人の顔を私は知っていた。
……まあ、お互いに面識があるのは一人だけなんだけど。
その、面識がある方の女生徒に私は言った。
「夜道さん、今日は…」
「今日は、私の用事じゃないわ。
私の友達に力を貸してあげてほしいの」
長い黒髪を軽く撫で付けながら、彼女は自身の後ろにいた女の子に視線を送った。
彼女……夜道赤子(ヨミチ・アカネ)さんは、ある事情からオカ研とは馴染み深い人。
私達が『本物』だと知る数少ない人の一人でもある。
そんな夜道さんがココに連れてきた、という事は……もう一人の『彼女』にはココが必要だという事。
私がそう考えながら『彼女』を見た瞬間、安川さんが口を開いた。
「アンタ……落合昌実じゃない」
「知ってるのか?」
「というか、シンが知らないだけよ。
合唱部部長の落合昌実……合唱部を全国に連れていったリーダーシップと美声で有名人なのに」
「……ああ。彼女がそうなのか。
今やっと名前と事実が一致した」
「知ったかぶりじゃないでしょうねぇ」
「んな無意味な事するか」
まあ、二人の漫才はさておくとして。
茶色掛った髪を団子状に纏めている『彼女』の名前は……落合昌実(オチアイ・マサミ)さん。
彼女は……ぶっちゃけるとカナミの説明通りの生徒さんだ。
物静かでありながら強い芯がある人格は合唱部を見事に纏め上げ、
十人中十人が確実に美しいと思う声は、当然のように独唱も含めて高い定評を得ている。
合唱部部長として申し分ないモノを持つ上に、容姿端麗な彼女に憧れて合唱部に入部した人間は多い。
おまけに卒業後の行先は現段階でも引く手数多……そんな、校内外を問わない有名人の一人。
それが彼女、落合昌実さんなのである。
なのだが……。
「……」
今日の彼女は、放課後見かける時に感じていた合唱部の部長らしい『強さ』が見受けられない。
何処か不安そうに部室や私達を見回していた。
「で、そんな落合がココに何の用?」
『……おい』
「……えーと」
「何で安川さんが言うの?」
それが当然と言わんばかりに言った安川さんに、
喧嘩漫才をしていた二人のツッコミが空を走り、
何を言うべきか思いつかなかった私の間抜けな声が響き、夜道さんが首を傾げた……って。
「夜道さん、安川さんと知り合い?」
ふと疑問に思ったので率直に尋ねてみる。
そんな疑問に対し、夜道さんは凄く綺麗な金色の眼を幾度か瞬かせてから答えてくれた。
「クラスメートなの。
……ところで、安川さんも何かの用事? 内容は勿論言わなくていいけど……」
「気遣いは無用よ、アカネ。
彼女は占いオンリーだから。少なくとも今日はね。
そしてそれも終わってるわ」
カナミの返事に、皆の視線が安川さんに集中する。
だが。
「ん? 相談しないの?」
安川さんは自分に向けられる視線を全く意に介してない……
というか、むしろ何で落合さんの話を進めないのかなー、と言わんばかりなんですけど。
「あー……」
そんな状況をどうしたもんかなー、と考えていると。
「……じゃあ、後はお願いね」
夜道さんがそう言って、安川さんの首根っこを掴み、引きずっていく。
……見掛け線が細い美少女であるところの夜道さんだが、その実、身体能力や各感覚の精度は人並み外れていたりする。
「うえ?! 夜道、アンタなんでそんな腕細いくせに馬鹿力なの?!
ゴリラが親だったりするわけ〜!?」
「……浅くはいいけど、深い詮索は良くないわ、安川さん」
「というか、話聞きたいのに〜」
「だから、深い詮索は良くないんだって」
ズリズリズリ〜と擬音が聞こえてきそうな光景がドアの向こうに消える。
そうして、部外者がいなくなり……後は当事者のみとなった。
「ふぅ……行ったな。やれやれ」
「まあ、秘密な話を聞きたいって言うのは分かるけどねぇー」
「あ、大丈夫だよ。
私達は誰かに相談事の内容を話したりしないから」
知り合いがいない中に残されてか、端正な顔により不安げな表情を浮かべた落合さんに、私は笑顔で言う。
少しは説得力があったのか、落合さんは私の眼をジッと見据えた後、深く頷いてくれた。
「じゃあ、話してくれる?」
「……ええ」
震えるような小さな呟き。
それでも、深く印象に残る透き通るような声。
私はソレを聴いて、当事者である彼女がようやく一言目を口にした事に気付いたのだった。
それから数分間。
私達は、まるで歌声のような彼女の声に聞き入りながら、相談事の内容を確認していた。
「……歌が唄えない?」
「そうなの」
事の始まりは、大した事ではなかった。
冬から春に変わり、季節も安定した事からつい油断して風邪を引いてしまったという落合さん。
毎日しっかり練習しつつも、体調管理……特に喉の調子を常に気遣う彼女にしてみれば、風邪を引く事など持っての他だった。
だが、引いてしまった以上仕方がないので、数日学校を休み、しっかり回復……するつもりだった。
だったのだが。
風邪は治った……にもかかわらず、声の調子は戻っていないのだと、彼女は語った。
部活動については、大事をとって見学に留めている……という事にしているらしい。
だが、いつまでも誤魔化す訳にはいかない……そこで、落合さんは親友である夜道さんに相談した。
そして、その夜道さんが私達を紹介し今に至る、という訳だが。
「……でも、今普通に話してるじゃないか」
「うん。凄く綺麗な声だよ」
「会話は全然問題ないんだけど……肝心要な、唄う時に調子が出ないの。全然駄目なの」
凄く心細そうに呟く落合さん。
その様子から、彼女にとって『唄う事』はとても大事な事なんだと伝わってきた。
「……ふむ。
先生や合唱部員達にはこの事、話した?」
私と同じ様に感じ取ったのか、少しトーンを押さえ、真剣気味にカナミが問うた。
それに対し、彼女は首を横に振る。
「5日後に地区大会があるから。
そんな大事な時期に、私一人のせいで皆を不安にさせるわけにはいかないわ」
「……それは逆なんじゃないか?
イザという時……落合が出れない場合も考慮して、相談しておくのが部の為だと俺は思うぞ」
「それは……」
「あのね。
そういう訳にはいかないから、相談しに来てるんでしょうが」
篤君の言葉に、カナミは呆れ気味な声を零した。
「どういう事だよ」
「彼女はね、合唱部の中心……柱なのよ。
それを欠く事がどれだけマイナスになるかなんて、考えなくても分かるでしょ。
前もって相談した所で、今まで作り上げた彼女の存在感の大きさが埋められるとは思えないわね。
何より、後5日しかないのよ?」
「う」
「それに……顧問の先生、楽川先生だったよね。
先生、今年の合唱部の出来栄えとか、凄く自慢してたからなぁ」
合唱部顧問にして音楽教諭の楽川始先生は授業時間の中、隙さえあれば合唱部の話をしていた。
今年も全国確実とか、全国大会最優秀賞も夢じゃないとか。
良くも悪くもまるで自分の事のように話していたあの顔からは、満ち溢れんばかりの期待が感じられた。
いや、もう、なんというかどんなに鈍いヒトでも分かる位に。
その様子をおそらく一番身近で見て、一番良く知っているであろう落合さんは、微かな、それでいて重い溜息をついた。
「そうなのよ。
だから、話し辛い……
というより、先生に話す事で合唱部全体のモチベーションが著しく下がる可能性が高くて話せないの」
「……なるほどな。
悪い。考えが足らなかった」
「いえ、貴方の言う事も尤もだと私も思ってるの。
だから本当にいざとなったら話す覚悟はしてるけど……正直時期的に厳しいと思うし」
「ふむ。
だからこそ、出来れば相談するまでもなく解決したい、というわけね」
「ええ」
落合さんは、カナミの言葉に頷き、続けて言った。
「それで、アカネに相談したら……貴方達を紹介されたの。
かなり効き目があるオマジナイとか知ってるからって」
「なるほど……そうだったんだ。
うん、話は分かったわ。
……じゃあ、そうだね、明日の放課後にまたココに来てくれないかな。
明日までに適切なオマジナイとか道具とか準備しておくから」
「今からじゃ、無理かしら。出来れば早い方が……」
「気持ちは分かるけど、ちゃんとした効果を出す為には、やっぱりちゃんとした準備が必要だから。
申し訳ないんだけど……」
「ええ……そうね。そういうものね。
こちらこそ、無理を言ってごめんなさい」
その後。
いつもどおりの手続き(建前の依頼料である髪の毛を貰ったり)の後、落合さんはオカ研部室を後にした。
「うーん、どうしようか」
それから間を空けず。
オカルト研究会メンバー三人は、対応策を練るべく魔術書を開きながら、対策会議を開いていた。
「というかだ。
落合の奴、本当に調子が悪いのか?」
「そうねぇ……正直な意見を言わせてもらえれば、そうは思えないわね」
「うん、私もそう思った」
実際、話している間の落合さんの声は、不安そうではあったが終始綺麗で澄んだままだった。
素人考えかもしれないが、声の調子が悪い時というのは一部ではなく全体的に悪くなるものじゃないだろうか。
仮にそれが間違いだとしても、そもそもの原因が無くなっている事を考えると、素直に『唄えない』とは思えなかった。
「うーん……そうね。
カナミ、夜道さんに携帯で連絡とってみて」
「ん、了解」
こういう時は推測でモノを言うより、親友の意見を聞いてみた方がいいだろう。
……ちなみに、カナミは夜道さんと一年の時からクラスメートで、この三人の中では一番親しい間柄なのだ。
「そ。ありがと。じゃあ、またね。
はいはい、任せときなさいって。
…………事実確認終わったわよ」
無事連絡が取れてから数分後。
携帯を閉じたカナミは、私達を交互に見てから口を開いた。
「アカネも私達と同じ事考えたらしくてね、実際に歌を聴かせてもらったんだって。
何度も聞かせてもらってるし冷静に判断できるだろうしってね」
「それで、どうだったんだ?」
「アカネの結論としては……私達と同じ。気のせいだろう、って。
あの子曰く、多少弱気になっている分以外は普通に聴けたし何の破綻もなかったらしいわ。
少なくとも落合さんが言うほど酷くはないってよ」
「そう……じゃあ、気のせいなんだろうね」
他ならぬ夜道さんの言う事なら間違いは無いだろう。
彼女の感覚は並の人間よりかなり鋭いし正しい。
なにより、夜道さんは落合さんの親友なのだから。
「ま、当の落合さんはそう思わなかったみたいだけどね。
多分、自分にあるまじき油断から風邪を引いた事と、
毎日続けてたっていう練習を途切れさせたのも事が切っ掛けで、少し重めな自己不信に陥ってるんだと思うわ。
……親友の言う事も半信半疑になるぐらいにね」
自分さえ信じられないものに、他人が信じられるはずがない。
フィクションでよく言われる言葉だけど、基本的には間違っていないと私は思う。
事実落合さんはそうなってるわけだし。
「じゃあ、自信を持たせるような暗示系の魔術か薬が良さそうだな」
「うーん……どうかしら。その辺りは扱いが難しいからねぇ。
あんなに真面目そうだと結果も両極端になりそうだし」
ふむ、と考え込むような仕草をしつつ、カナミは言う。
「弱めにすると一回一回の効果が薄いから回数を掛けないといけない可能性があるし。
強めだと効果を掛ける人間の精神性によっては人格変貌の危険があるし。
どっちにせよ、下手すると依存する危険性もあるわよね」
何かに依存するのは危険な事だ。
依存するモノ自体に危険がなくても、何かに頼り続けるとヒトは脆くなりやすくなる。
……まあ、その。
魔術に傾倒する私達が偉そうに言えることでもないんだけど。
「……どうする、かいちょ?」
「会長?」
普段は私を名前で呼んでくれる二人が会長と呼ぶ声に、私は脇道に逸れていた意識を本筋に移行させた。
二人が私を会長と呼ぶ時は、は私にオカルト研究会・会長としての重要な判断を求めている時に他ならないからだ。
ゆえに、私は今までの情報や状況から結論を出そうと思考を走らせた。
「……そうね。
篤君の言う通りの暗示系の魔術と薬を使いましょう。
効果は回数を掛ける弱めのもので。
丁度良さそうな、少しオマジナイめいた手順が付くのが確かあったと思うし」
「依存症の可能性についてはどうするわけ?」
「ソレについては考えがあるわ」
そう言って、私は自分の考えを簡潔に説明した……。
それから一週間が過ぎて。
いつものような放課後の部室には、一週間前に相談に来た落合さんが笑顔で立っていた。
その隣には夜道さんもいる。
「どうもありがとう。
お陰で……全国に行ける事になったわ」
そう言って落合さんは頭を下げた。
その言葉にも見せてくれた笑顔にも一週間前の陰りはまるでなかった。
結果を言えば、彼女に施したモノは見事に効果を上げた。
彼女の相談を受けた翌日の放課後に術と薬の複合呪いを試した後、即座に彼女は復調したのだ。
その効果を確認して、私達は日数分以上の薬を彼女に渡し……大会当日も大成功。
無事今日に至るというわけだ。
「私からもお礼を言わせてもらうわ。ありがとう」
「ううん、お役に立てたのなら何よりだよ」
「それで……その。お願いがあるんだけど」
「なにかな」
「あの飴玉みたいなお薬……もう少しいただけない?」
落合さんの言葉に……予想通りのその言葉に、私達三人は顔を見合わせた。
「教えてもらったオマジナイとお薬、凄く効き目があったから、これからもイザっていう時に……」
「ふふふ〜。ねぇ、涼子。そろそろ種明かししたら?」
「ああ、その方がいい」
あえて落合さんの言葉を遮った上で、ニヤリ、と笑みを浮かべる篤君とカナミ。
そんな二人に頷いて見せてから、微かに困惑する落合さんに私は言った。
「あのね、落合さん。
あの薬……実は単なる飴玉なの」
「ぇ……ええっ!?」
綺麗な声とアンバランスな驚きぶりに思わず笑いそうになるがなんとか堪え、私は説明を続けた。
「オマジナイも本当言うとデタラメ。
実際に効果があるモノも知ってたけど……今回はあえてそうしたの」
「ど、どうして……?」
ヒトによっては怒る内容かもしれないが、彼女は動揺が先に立っているみたいだ。
……今の内に説明を済ませてしまった方がよさそう、かな。
そう考えた私は、少しだけまくし立てるつもりで言葉を続けた。
「貴方と夜道さんの話を聞いた後、皆で話し合ってね。
貴方の不調は思い込みなんじゃないかって結論になったの。
だから、飴玉とデタラメなオマジナイを試してみた。
駄目だったら、効果のあるオマジナイをきっちり施すつもりでね。
後の結果は……落合さんが知ってる通り」
「……」
「結果的に貴方に嘘を付いた事については、ごめんなさいとしか言い様が無い。
本当に、ごめんね」
「……ぇ、あ、ううん。
成功したんだから謝る必要は、ないけど」
その言葉にホッとする。
”魔術師は嘘をつくのが上手くなければならない”が、嘘を付く事に痛みを感じないわけじゃないから。
「そう言って貰えると、助かるかな。
でも、これだけは言わせて」
「……」
「貴方が復調したのは、貴方自身の力。
貴方は何にも頼ってないし、これからも頼る必要なんかないと思うよ」
私がそうキッパリと断言すると、落合さんは驚きと困惑が入り混じった表情で幾度か眼を瞬かせた。
その後、私達一人一人に見渡すような視線を向け……最後に、真っ直ぐな眼と言葉で告げた。
「その、なんて言っていいか……本当にありがとう」
そうして落合さんは、さっきよりも深く、強い心を込めて頭を下げた。
そこまでされると少し照れ臭かったけど私はどうにか平静を装う。
……動揺するとボロが出そうだから尚更だ。
「いいんだってば。
今回、私達は特になにかしたわけじゃないし。
でも……また同じ様な事があって、どうしようもなかったら相談に来ていいからね」
「そうそう。
いつでもいつまでも、ってわけじゃないけどね」
私の言葉をカナミの笑みが補足する。
落合さんはそれに深く頷き、もう一度「ありがとう」と告げた。
そうして、重ねたお礼の末に落合さんが去った後。
「……相変わらず嘘が達者ね、貴方達は」
私達に話があるからと残った夜道さんは、笑いと呆れを込めた声音で言った。
……その声と表情で夜道さんが話したい事が何か、私には推測出来た。
「何の事かしら?」
「しらばっくれても無駄よ、カナミ」
言いながら夜道さんが拾い上げたのは、落合さんに返してもらった余剰分の『飴玉』の一つ。
夜道さんはソレに鼻を寄せると、クンクンと匂いを嗅いだ。
「コレからは薄い魔力の匂いがするわ。
昌実に教えたあのオマジナイもちゃんとしたルールに基づいたモノなんでしょう?」
「……バレたか」
夜道さんの言葉に、篤君が不敵に笑いつつ呟く。
そう。
落合さんに言った事は全部嘘。
実は……魔術は本物で、しっかり作動していたのである。
勿論大会当日も、彼女がオマジナイを実践してたのなら当然作動していた筈だ。
作動していた魔術は、自我の一割程度をトランス状態にした上で、自信を微かに過剰にさせるもの。
それにより、落合さんはあるべき自身と自信を取り戻していた。
「でも、どうしてそんな回りくどい事をしたの?」
「それがベストだと思ったから。
術への依存を断ち切るにも、落合さんの自信を取り戻すためにもね」
ああ説明すれば、彼女に芽生えていた微かな魔術への依存を無くし、
落合さん自身の力で自信を取り戻した……そう思い込ませる事が可能だ。
薬の効能……トランス状態が多少残っている事もそれを助長させる。
つまりは、そういう事だった。
……それでも駄目で依存症が残った場合を考慮して、アフターケアの準備もしていたのだが、落合さんの様子を見るに必要なさそうだ。
「正直な話、落合さんに言った通りの事を実践しても良かったんだけどね」
言いながら、一週間前の事を思い出す。
一週間前、実は落合さんに言った通りの案の実行も考えてはいた。
決して成功率も低くはなかったのだろうが……。
「でも、それで万が一失敗したら、落合さんの心に深い傷を残すから。
それよりは確実性が高い方法を取るべきだと思ったの」
「……まぁ、それでもあんまり褒められたこっちゃないけどね」
そう言って、カナミは肩を竦めた。
……ただ、浮かべる表情は篤君と同じく不敵な笑みだった。
「今回は周囲への影響とか考えて特別って事で」
「落合の頼みが『実力以上の能力を発揮したい』だったら、アウトだったんだろうけどな」
「ハァ……」
私達の言葉を聞いて、夜道さんはなんとも言えない表情で息を吐いた。
「……大した狸達だわ。
でも、一歩間違えれば単なる詐欺師よね」
「確かにそうだけど……私達は騙す為に騙した訳じゃないから。
あと、一つ訂正お願いね。
私達は詐欺師じゃなくて魔術師だよ」
そう。
私達は魔術師だ。
上手く嘘を付く事で異端を世界に溶け込ませながら、目的を果たす存在。
まだまだ未熟ではあるけど、少しは魔術師らしくなってきたかもしれない……そう思いながら、私も不敵に微笑んで見せた。
時は二十一世紀。
科学全盛……とまでは言えないけど、相変わらず科学で世界が回ってる、そんな時代。
だが『ある意味』で、そんな時代に逆行する人間も存在している。
彼ら……いや『私達』は魔術師。その端くれ。
今日も魔術の修行を兼ねて、頑張ってます。
この物語は、私達……「オカルト研究会」を隠れ蓑に活動する、三人の未熟な魔術師の物語。
そんなわけなので。
ご用向きは、オカ研部室まで。
……END