1・接触及び交戦

 

 作戦司令室は地下30mに設けられている。

前面に巨大なメインスクリーン、その脇に大小いくつかのモニター画面、そして科学要塞各施設や全国各地域の状況などを担当するオペレータが十人程とメインオペレータの女性二名。さらに何人かの白衣を着た職員が忙しげに出入りしている。

「状況はどうなっていますか」

と、秋子は司令室に入るなり言った。

メインオペレータの一人が報告する。

「一四:四○に新潟県北西部を中心に震度5強の地震が発生。震源地は新潟県の沖合15km地点です」

 祐一は彼女に見覚えがあった。

ロビーで出会った女性、確か倉田佐祐理と名乗っていた。

メインスクリーンに新潟県周辺の地図が投影され、各地域の震度が表示されている。

「新潟の状況は」

秋子が問いかける。

もう一人のメインオペレータが答えた。

「地震発生によると思われる津波により沿岸部地域に若干の被害が出た模様です」

 こちらの女性はツルバミには見覚えが無かったが、名雪達を呼びに食堂に現れた美坂栞だった。

 秋子が号令を下す。

「施設全域に通達を出して下さい。科学要塞は現時刻を持って、第一種非常警戒態勢に移行します」

「了解!」

 その時、新たな情報が入ったようだ。

室内に警報が鳴り響く。

栞が告げた。

「防衛省より入電! 震源地付近に未確認飛行物体出現、小松基地のF-15改が二機、緊急出撃(スクランブル)。機体コードは雪風と太刀風」

 続いて佐祐理が報告する。

「こちらのレーダーサイトでも捉えました。スクリーンに出します」

 先程の地図上に三角形の記号が三つ追加された。

日本海からまっすぐ陸地を目指し進む三角形にUNKNOWN(未確認)の文字。

左端の石川県からそれに追いすがろうとしている二つの三角形にF-15・YUKIKAZE/TATIKAZEの文字が、それぞれ光っている。

「未確認の正体は?」

秋子の問いに、栞と佐祐理が報告する。

「未確認は全長およそ50m、自衛軍が警告を発していますが進路変わらず。高度2000、速度マッハ1で南東に飛行中」

「雪風、及び太刀風、未確認との接触まで後1分」

 それを聞いて、祐一が秋子に話しかけた。

「水瀬博士、まさかこいつまでハ虫人類のせいだって言うのか?」

「目撃報告があるまでハッキリしませんが」

 と、秋子が答えかけた時、別の声が割り込んできた。

「まあ、地震と同時に現れ、50mもの巨体で音速出す奴らなぞ連中しかいないだろう」

 そこに現れたのは、秋子と同じくらいの年代の女性だった。

秋子と同じように、制服の上から白衣を纏っていた。

「ミコト。さっきの自爆したハ虫人類の出した電波によって、こちらの位置は把握された可能性があります。いざとなればゲッターを使います」

「ふん、今の状態でか。秋子、それは無謀というものだ。それとも、さっそく保険とやらを使うのか」

 ミコトと呼ばれた女性の目が、祐一をとらえた。

なんだか面白くない、と祐一は不機嫌になり、少し言い返す。

「人の力を借りたいと言っている割に、随分と不遜な態度もあったものだな」

「ほう?」命の目が、ふっと緩む。「確かに、一理あるな。失礼した。私は草薙命。ゲッターに関する作戦参謀を任されている。是非とも君の力を借りたい。……これで、どうだ?」

「ますます気に喰わない」

「ハッ、良い性格をしている。もっとも、その方が頼り甲斐がありそうだ」

 祐一は尚も何か言い返そうとしたが、オペレータの声に遮られた。

「雪風、太刀風、未確認に接触しました」

 大型モニターの地図上で三つの記号が重なる。

「通信傍受出来るか」

命の言葉に、すぐに別の声が答えた。

「通信、入ります」

 管制塔とのやり取りが司令室に流れ始めた。

―

『………前方5000に目標視認、………巨大な生物のような外観だ。型式不明、国籍不明、警告による応答無し。交戦許可を求む』

『こちら管制塔。交戦を許可する、敵機を撃墜せよ』

―

「撃墜命令を出したのか」祐一が言った。

「幕僚本部も認めたようですね」と、秋子が答えた。

 UNKNOWNの文字がBOGY(敵機)に変わる。

―

『雪風了解、交戦開始(インゲージ)』

『太刀風了解、交戦開始………敵機旋回!』

―

 スクリーン上で三つの記号が複雑に入り乱れ始めた。

「敵機、急接近。複数の触手状のモノで攻撃をかけているようです」

―

『正面500、機銃用意(レディガン)。発射(ファイア)! …ミス!!』

『六時、敵機! 回避・回避・回避!!』

『…………機銃発射! ミス! …回避!!』

―

 三つの記号は完全に重なり合った。

三機は急旋回を繰り返しているのだろう、三角形がスクリーンの地図上で目まぐるしく向きを変える。

―

『正面2000、一番用意……近い!? 発射中止』

『………被弾した! 火器管制に異常発生。左エンジン停止、戦闘不能!!』

『距離が取れない……近すぎる!』

―

 戦闘機パイロット達の簡潔な報告が、遠く離れた空で行われている戦いの様子を伝える。

「雪風、被弾しました」

「小松・百里基地からそれぞれ増援が出ます。計四機、小松より秋風・山風。百里より紫龍・白龍。接触まで、それぞれ三分と五分」

「…目標、妙高上空を通過」

 司令室で、栞と佐祐理が交戦状況を報告する。

―

『こちら管制塔、雪風離脱せよ』

『雪風了解、離脱する』

『正面1700、目標補足(ロックオン)。一番・八番発射!』

―

「太刀風、ミサイル発射。目標まで2秒、…命中!」

「雪風離脱」

 三角形の一つが急速に離れた。

入れ違いに、二つの三角形が近づいてくる。

AKIKAZE/YAMAKAZEの文字が光る。

―

『命中確認………馬鹿なっ! ミサイルが効かない!? 回避・回避・回避!!』

『こちら秋風、敵機確認。交戦開始。ミサイル攻撃用意』

『こちら山風、敵機確認。交戦開始……正面5000、三番・五番用意。目標補足、発射!』

―

「秋風、山風ともにミサイル発射。目標まで5秒……3秒……2秒……全弾命中!」

 戦闘機を示す三角形から放たれた四つの光点が、敵機を示す記号に突き刺さった。二機の戦闘機による中距離ミサイル攻撃だ。

しかし、

「……目標に損害無し!? 反撃してきます!!」

 栞と佐祐理は報告しながら、戦っている相手の恐ろしさに慄然とした。

自衛軍のパイロット達にとっては、さらに深刻だった。

 スクリーン上で、敵機が秋風・山風との距離を一瞬にして縮めた。

―

『目標、急接近。回避・回――――――――――』

『速い………――――――――――――――――』

―

 通信がとぎれた。

「秋風、電探喪失!!」

「山風、電探喪失!!」

 スクリーン上から二つの記号が消えた。それを見て祐一が呟く。

「………墜とされたか」

「一方的だな、ミサイルも効かぬとは………」と、命。

 秋子が呟いた。

「狙いは、ここですね」

―

『こちら太刀風、味方機の撃墜を視認。…………敵機急速接近! 回避!』

『管制塔より太刀風へ、目標への地対空攻撃をかける、離脱せよ』

『………』

―

 太刀風からの返答は無かった。おそらく敵機の攻撃から逃れるため、声も出せない程の急旋回をしているのだろう。

佐祐理と栞が報告する。

「防衛省より富山湾に展開中のイージス艦・榛名に通信。弾道弾迎撃ミサイルによる攻撃命令が下されました!」

「………太刀風、敵機を振り切れません!」

スクリーン上に新たな記号が加わった。

百里基地の戦闘機、紫龍と白龍だ。

―

『管制塔より紫龍・白龍へ、ミサイル攻撃に巻き込まれる恐れがある。後方で待機せよ』

『こちら紫龍、その命令は了承できない。味方機を援護する』

『白龍より紫龍へ。当機は管制塔の指示に従う。下がれ、紫龍』

『こちら紫龍。味方を見殺しにする気か』

『もう間に合わない』

『…くっ』

―

 パイロットの悔しげな声が司令室に響く。

 命が、ぽつりと呟いた。

「…愚弟か。まったく何をやっている」

―

『管制塔より紫龍・白龍へ。もう一度言う。後方で待機せよ』

『白龍、了解』

『…紫竜、……了解』

『………管制塔より太刀風へ、ミサイル攻撃が始まる。急いで離脱せよ』

―

 太刀風のパイロットからの返信は無かった。

「………イージス艦・榛名、弾道弾迎撃ミサイル発射しました!」

「太刀風、いまだ離脱できず!」

 スクリーン上にミサイルを示す、三つの赤い三角形が現れた。富山湾から矢のように敵機をめがけ地図上を進んで行く。

「ミサイル、命中まで40秒」

 その時、スクリーン上で太刀風の記号が消滅した。

「太刀風……電探喪失………」

 攻撃してきた戦闘機を全て撃墜したそれは、再び南東に進路を取る。

「目標は上田市上空を通過。………ミサイル命中まで10秒」

 そして三発のミサイルが直撃した。

―

『こちら白龍、ミサイルの着弾を確認した。敵機の状態は確認できず』

『……………いや、まて! こちら紫龍、敵機らしき機影を確認。追撃許可を求む!』

『こちら管制塔………追撃は許可できず』

―

 スクリーン上には依然として敵機を示す記号が光っていた。

「目標にミサイル命中するも損害無し!」

「……いえ、目標は高度を落とし始めました。……このまま地上に降りるものと思われます」

 命がスクリーンを見つめて言った。

「………やっかいな場所に降りたな、このままでは市街地に突っ込むぞ」

 栞が報告する。

「……目標が松本市に降下します!」

「長野県全域に避難命令が勧告されました」

 秋子は呟いた。

「遅すぎる……避難が間に合わない」

 

 

 

 

 

2・出撃命令

 

 司令室の一角で電子音が響く。

「………所長、防衛省より直接通信が入っています」

と、別のオペレータから報告があった。

「サブモニターに出してください」

秋子の指示にモニターの一つが切り替わった。

 モニターの向こうに、会議室らしい場所とそこに座り、それぞれ背広と軍服を着た三人の男がいた。

その三人に向かって秋子が語りかけた。

「お待ちしておりました」

 秋子の言葉は、彼らの気にさわったようだ。中心に座る軍服の男が忌まわしげに顔をしかめた。

その男が口を開く。

『………君のことだ、我々自衛軍の動きはとっくに把握している事だろう。したがって手短に話す。長野県松本市近くに降下した敵機に対する対応策は、現時点をもって貴公らに一任する事が決定した!』

 男の言葉は、軍人らしい低い静かな声で語られた。しかしそれには威厳と幾分かの恫喝の響きが込められている。

 それに対し秋子は、淡々と答えて見せた。

「………我々に対応を一任されると? 判りました。引き受けましょう」

まるで、簡単な仕事を頼まれたかのような調子だ。

 モニターの向こうから不安そうな声が上がった。背広を着た小太りの男だった。軍人というより、政治家と言った方がしっくりくる。

『水瀬君! 君は事態の重大さを把握しておるのかね!?』

「お教え下さるというのなら、拝聴いたします」

 秋子の言葉には、別の男が答えた。いかにも現場上がりの軍人といった風情だ。

『新潟県沖に出現した、謎の飛行物体は海上自衛軍からのミサイル攻撃を受け、現在長野県松本市近郊に降下した。やつの進路から見て、目標はおそらく君達のいる中部国際総合学術研究都市と思われる』

「我々が出撃した場合、自衛軍のサポートは受けられるのでしょうか」

中心の男が答えた。

『国会での承認がまだ下りてはいない。したがって、君達は非常時における民間機関の協力という立場をとってもらう』

「では、支援は受けられないという事ですね」

『直接支援以外の支援は行う。君達は奴を倒すことに専念してくれればよい!』政治家風の男が苛立ったように叫ぶ。『とにかく、事態は一刻を争う。君達にかけた金と時間に見合うだけの働きを期待しているぞ』

 そう言い終えると、モニターから彼らの顔が消えた。

 それを見て、すぐに秋子が司令室に号令を発した。

「皆さん、いよいよ我々の出番です。全施設に通達、科学要塞都市は現時刻を持って戦闘態勢に入ります。…命!」

「ああ、整備班に通達。ゲットマシン発進準備!!」

「了解!」

と、オペレータ達が一斉に答える。

今この瞬間に、中部国際総合学術研究都市という名の民間研究機関は、科学要塞都市という名の戦闘要塞に姿を変えたのだ。

 秋子が吐き捨てるように呟いた。

「金と時間に見合う働きですって。どちらも出し惜しみしたくせによくぞ言うものね、………まあ良いわ、事態は確かに切迫しているのですもの」

 

 

 

 

 

3・市街地の惨状

 

 秋子の言う通り、事態は確かに切迫していた。

「それ」が飛来した松本市は一瞬にして大規模なパニックに陥った。

 全国的な長雨が続く中、この街もまた黒く低い雨雲に支配されていた。

そんな昼下がりの午後、突然、耳をつんざくような激しい爆音を、そこに住む住民全員が聞いた。

その爆音に続いて、「それ」は雨雲を突き破って、彼らの上に降り立った。

 堅いウロコに包まれた雲を突くような巨体に、雨雲を覆い隠すような漆黒の翼。

長く太い首の先にドクロのような禍々しく黄金に輝く頭部があった。

そして長大で鞭のようにしなる十本の尾が、それぞれ別々の意思を持っているが如く蠢いている。

それが市街地からわずかに離れた場所に降り立ったのだ。

 着地の衝撃で、まず周辺の道路を走っていた車が、次々と衝突事故を起こした。

また、鉄塔が倒れ、送電線が切断されたため、松本市一帯で停電を引き起こした。

「それ」は地上を這うようにして進み始めた。

翼と何本もの尾を巧みに使い、地響きを上げながら市街地へ突き進んでいく。その地響きは周囲数kmに渡り地面を揺らした。

まず「それ」の進路上にあった十件の農家が跡形もなく押しつぶされた。

この農家の内、三件の住民が逃げ延びる事が出来た。

四件の住民は、この振動に驚き慌てて外へ出たところ、目の前に迫る「それ」を見て、ある者は腰を抜かし、ある者は気絶し、ある者はパニックに襲われ、逃げる事かなわず押しつぶされた。

残りの人達は、「それ」が着地したときに家ごと踏みつぶされた。

 街では、振動が建物の外壁を崩し、道路が寸断され、「それ」の姿を見たことにより、そこら中でパニックが発生した。

松本市の象徴とも言える史跡松本城の天守閣。

そこの展望台にいた観光客からは、「それ」が目の前に立ちはだかるモノ全てを押しつぶし、瓦礫と、土と、時折逃げ遅れた不運な人々を跳ね上げながら突き進むのがハッキリと見えた。

観光客達は我先に逃げようと、狭く急な階段に殺到した。

足を踏み外し、階段を転げ落ちた人の上に次々と人が重なり落ち、最初に落ちた人を押しつぶした。

「それ」は松本城の天守閣が気に入らなかったのだろうか。

地上での最初にして明確な攻撃は松本城に対して行われた。

頭部である黄金のドクロの口から、真っ赤な色をした灼熱のマグマの弾丸が高速で打ち出された。

マグマの弾丸は狙い違わず、まっすぐに天守閣に突き刺ささり、爆散した。

黒と白の対比が美しいので有名な天守閣は、一瞬にして崩れ去り、城は紅蓮の炎に包まれた。

マグマの弾丸の飛沫はあたりの街を焼き、逃げまどう人々の頭上に火の雨を降らせた。

暗雲立ちこめる空の下、街は一転して地獄の釜と化したのだった。

 

 

 

 

 

4・発進

 

 格納庫では、出撃命令が発せられる数分前から、急ピッチで発進準備が進められていた。

三機の戦闘機に燃料が注入されると同時に、エンジンに火が入る。轟音があたりに響き渡り、炎が噴出口から吹き出す。

翼、装甲、エンジン、着陸用の脚、各部電子機器。

整備員たちが機体各部のチェックを入念に行っていく。

だがその時、赤い機体のイーグル号に異変が起きた。

 エンジンの出力が急に上がったかと思うと、次の瞬間には停止してしまった。

「うぐぅっ、まただよぉ!」

整備班長のあゆが泣きそうな声を上げた。

 そこへ舞、香里、名雪の三人がGスーツに身を包み、到着した。

それぞれ黄色のベアー号、白のジャガー号、赤のイーグル号へと駆け寄っていく。

「駄目だよ、イーグルはまだ飛べない!」駆け寄ってきた名雪に対し、あゆが叫んだ。「エンジンの出力が安定しないんだよ。これじゃ戦闘どころか、まともに飛ぶことも無理だよ!」

「そんな!?」

名雪は、そう言いながらも操縦席に駆け上った。

すばやく操縦席に座ると、目前の計器類を操作し始める。

「飛行制御装置……システム起動………火器管制装置(FCS)……作動確認、エンジン再起動!」

 再びイーグル号のエンジンに火がともされる。

だがそれもつかの間、すぐにまた停止してしまった。

名雪は思わず叫ぶ。

「こんな時に、どうして動いてくれないの!?」

 操縦席の通信機に、残る二機からの通信が聞こえてきた。

『こちらベアー号、機体・システム共に異常なし。出撃準備完了』

『ジャガー号もチェック終了。いつでも出撃できるわ』

 司令室からも、名雪に対して通信が入る。

『イーグル号、発信準備を急げ』

「………み、命さん? ま、待って下さい。機体トラブル発生だよぉ!」

 そこへ、あゆが操縦席にまで這い上がってきた。

「エンジントラブルなんだよ。この子、こんな時にまた、へそ曲げちゃったんだ!」

 通信がそれに答える。

『異常はエンジン本体なの、それともシステム?』

 通信で答えたのは秋子だった。

あゆが答える。

「エンジンの整備は完璧だよ。だけど変なんだ、出力が異常な程高いんだよ。これじゃ電子制御が追いつかない」

『修理に何分かかりそう?』

「二十分あれば、何とかしてみせるよ」

『十分でお願いします』

「十分ですか!? ……りょ、了解しました!」

 あゆはそう言うと、機体から飛び降りて行ってしまった。

「私も手伝うよ!」

 そう言って、名雪も操縦席から飛び降りた。

それでもGス−ツに取り付けられた無線機から通信が聞こえる。

『………やむを得ん。ジャガー号、ベアー号の二機だけでも発進させる。舞、香里、準備は良いな?』

 命の声だ。

二人が答える。

『了解』

『あたしたちの実力、怪物どもに見せてやるわよ』

 黄色のベアー号、白のジャガー号に出撃許可が下りた。

機体に張り付いていた整備員達が急いで離れていく。

それぞれの機体の前に牽引車が取り付けられ、機体は格納庫の中を移動していく。

 格納庫の一画に、機体運搬用の巨大エレベータが三台設置してある。二機はその上に乗せられた。

エレベータが上昇を始める。

やがて目の前に上斜めに通じるトンネルが現れた。

 前述の通り、この格納庫は山の丘陵の内部に造られている。

格納庫には外へ通じるトンネルが無数に走っており、三機の機体、ゲットマシンが発進するための滑走路へと続いている。

『現在の状況を報告します』司令室から、オペレータの栞が状況を知らせてくる。『ハ虫人類のものと思われる巨大機動兵器は、現在、長野県松本市中心部を抜け、南西に向け移動中です。これにより市街地ではすでに相当の被害が出ています。これまでの移動経路から推察して、敵の攻撃目標はこの科学要塞都市と考えて間違い在りません』

 二機はトンネルの中を外に向かって進み続ける。

コックピットの舞と香里、そして格納庫にいる名雪の三人は黙って報告を聞いていた。

 司令室から、続いて佐祐理が報告する。

『ベアー号、ジャガー号の発進は、中央のメイン滑走路で行います。二機は発進後、直ちに松本市へ急行して下さい。ただし、市街地上空での戦闘を避けるため。攻撃は敵が市街地を抜けるまで禁止、牽制に徹して下さい』

 それを聞いて、香里が口を開いた。

「敵の出方を待つというの!? 何を悠長なことを………」

「香里、仕方ない。私たちの攻撃で、街に被害を出すわけにはいかない」

「あんなデカい相手に、外しはしないわ! 全弾あの化け物に叩き込んでやるわよ」

 二機はトンネルの出口に差し掛かった。

『第四ゲート、開きます』

 係員のアナウンスと共に、目の前の隔壁が、大きな音を響かせながら上がってゆく。

外は雨が降り続いていた。

外に出た二機を雨粒が容赦なく襲う。白濁としていた景色はいまでは、頭上には暗雲が立ちこめ、昼間であるはずが夜の闇に支配されていた。

『舞、香里、二人とも良く聞け』命が言った。『………良いか、ゲッターは三機そろって初めて真価を発揮するマシンだ。だが、イーグル号が発進できない今、直接攻撃を仕掛けても勝ち目は無い。やつを市街地から引き離し、イーグル号発進までの時間を稼ぐんだ』

「そう言うことならば………しかた無いわね」

 やや不満そうながらも、香里は納得したようだった。

 二機が出てきた場所からは、すぐ脇に今まで居たセンタービルの姿が見えていた。

目の前には科学要塞都市の中央を横切る高速道路。

そう、ここは祐一が、名雪に連れられてセンタービルにやってきたときに見た、山の斜面に造られた鉄骨の張り出しの上だった。

 二機は目前の高速道路へ続く道の上を進んでゆく。

この高速道路は、初め祐一が病院の窓から眺めたとき、まだ建設途中の途切れた道路のように見えた。だが、これは高速道路に偽装した滑走路に他ならない。

まずはベアー号が先に滑走路上に入り、エンジンが轟音を轟かせた。

 機体後方の二発のジェットエンジンから真っ赤な炎が吐き出される。

舞は機体にブレーキを駆けつつもエンジンの出力を徐々に上げていく。その強大な推進力にベアー号は頭を下げた前傾姿勢になった。

今にも飛び出しそうな勢いをじっと堪えている。

 滑走路脇に発着信号がせり上がってきた。

耳元に司令室から佐祐理の声が聞こえてくる。

『最終チェック、全て完了。進路クリア。ベアー号へ、発進を許可します。…舞、幸運を(グッド・ラック)!』

「佐祐理、ありがとう。ベアー号、発進する(テイク・オフ)!」

 舞はブレーキを解放。

枷を外された機体は、弾かれたように前方へと飛び出した。

猛烈な加速、すさまじいGがパイロットを襲う。そんな中、舞はさらに出力を上げてゆく。

機体が風を捉え、わずかに浮き上がったと思うと、次の瞬間にはもう、黒雲の中へと飛び去っていった。

 滑走路上ではすでにジャガー号が発進準備に入っていた。

同じように炎を吹き出しながら、前傾姿勢でスタートダッシュを今か今かと待ちかまえている。

今度は栞が発進許可を出した。

『………ジャガー号へ、発進を許可します。 お姉ちゃん………幸運を(グッド・ラック)!』

「だから、お姉ちゃんは…まぁ、良いわ。ジャガー号、行くわよ!!」

 そしてジャガー号もまた、轟音と共に黒雲へと駆け上っていった。

 暗雲を突き抜けた先には、果てしなく広がる紺碧の空があった。眼下には海の如き雨雲が敷きつめられている。

科学要塞を飛び立ったベアー号とジャガー号の二機は、高度3000mまで上昇し、マッハの速度で大空を駆け抜けた。

「レーダー対地モード……見つけた」

 操縦席のメインパネルにレーダーで捉えた敵機が一つの光点となって点滅する。

距離およそ100�辧�まっすぐこちらに近づいてくる。

香里はジャガー号の火器管制装置に対地攻撃命令を下した。

武装選択装置入力、ジャガー号の装備する武装がメインパネルに示される。

 空対空短距離ミサイル6発、遠距離ミサイル3発、対地攻撃ミサイル5発、電磁機関砲(レールマシンキャノン)300発。

「戦闘識別(アタックモード)、長距離攻撃(ロング・レンジ)……レーダー波による誘導攻撃を開始………さぁ、行くわよ」

 ジャガー号が急降下を開始、司令室はその動きを捉えていた。

『ジャガー号、攻撃許可はまだ出してはいない!』

命が叫ぶ。

「先手必勝、下手に近づいて自衛軍の二の舞はゴメンよ!!」

『ミサイルごときで墜とせる相手ではない!』

 ジャガー号は再び雨雲の中に突っ込む。

雲海が視界を防ぐも、レーダーはきっちりとハ虫人類の巨大機動兵器の姿を捉えている。メインパネルに目標補足(ロックオン)のサインがでた。ジャガー号は急上昇、再び高度3000mでミサイル発射態勢に入る。

「………さあ作戦参謀、いつでも撃てるわよ」

香里が挑発するように言った。

『………いいだろう、攻撃を許可する』

 命はあっさりと許可を出した。

「ベアー号より司令室へ………作戦参謀、よろしいのですか?」

舞が意外そうに聞いた。

『香里の言うとおりだ、街への被害などと甘いことを言っている場合ではない、殺られる前に殺れ、だ。かまわん、撃て!』

 香里はそれを聞くと、直ちに行動に移った。

「ジャガー号、了解。七番・八番・九番、発射!」

 白い流線型の機体の脇から、滑り出すように三本のミサイルが音もなく飛び出した。

空中に放り出されたそれはロケットモーターを点火、瞬時に音速の三倍のスピードで雲の下に消えていった。

 レーダー画面上にミサイルの軌跡が映し出される。

三発のミサイルはジャガー号から照射されるレーダー波にのって、目標に向かいまっすぐ飛んでゆく。ミサイル命中まで残り5秒、4秒、3秒…………反応が消えた。

「………ミサイル消失!? 迎撃された!」

香里が声を上げた。栞が状況を報告する。

『巨大機動兵器から高熱源反応あり。レーザー兵器による迎撃と思われます』

 ベアー、ジャガー号の二機が巨大機動兵器に接近する。

舞と香里は火器管制装置に新たな命令を下す。

「戦闘識別(アタックモード)、近距離攻撃(ショートレンジ)。低空飛行による対地攻撃をかける」

 二機は急降下、雨雲の下に出る。

視界はゼロに等しい。レーダーだけが頼りだ。

巨大機動兵器との接触まで残り10秒。

 対地ミサイルが全弾発射された。二機あわせて10発が飛んでゆく。

そのとき、ベアー号・ジャガー号のコンピュータはレーダー上に異常を感知した。

高熱を発する物体が高速でこちらに飛来してくる。コンピュータはこれを自機に対する攻撃と判断し、パイロットに対し警報を発した。その間わずかコンマ01秒。

操縦席に警報が響き渡った。

「回避!!」

 二人は反射的に操縦桿を倒した。二機が左右に分かれる。

次の瞬間、舞は視界脇に赤い光が過ぎ去るのが見えた。

それは真っ赤なマグマの弾丸。回避が一瞬でも遅れていれば、あれに直撃していた。

 機体は既に街の上空に差し掛かっていた。

眼下に広がる景色は火の海だった。

街の全てが燃えている。街の中心で一際大きな爆発が起きた。

再び警報、マグマ弾だ。

 舞は出力最大、高速で急上昇。街から離脱する。

 雲の上に出た。

僅かに遅れてジャガー号も雲をぬけてきた。香里から通信が入る。

「命中したの!?」

「してない。全弾墜とされた」

 レーダー上には変わらず、巨大機動兵器を現す光点が光っている。

街の中心で起きた爆発。

ほんの一瞬で飛び過ぎたが、舞は爆発の寸前その場に巨大な影を認めていた。

 その影、巨大機動兵器は鞭のような触手で10発のミサイル全てを叩き落としていた。

その巨大機動兵器はゆっくりと翼を広げた。

紅蓮の街並みを暗黒の影が覆っていく。それの身体の下から暴風が吹き出した。自らが産み出した暴風にのって、巨大機動兵器は地上から離れていく。

暴風と共に炎が渦となって噴き上がり、それに乗り飛翔する姿はまさに悪魔そのものだった。

 司令室でもその様子を捉えていた。

『目標、再び飛翔します!』

 それは暗雲の下、燃える街に紅く照らされながら悠々と飛んでゆく。

 暗雲の下?

舞はそれがいっこうに高度も速度も上げないのに気がついた。

「ミサイルが、効いてる?」

 事実、巨大機動兵器は自衛軍との戦闘では避けようともしなかったミサイルを、さっきは迎撃している。

「香里、もう一度攻撃を仕掛ける」

「ミサイル攻撃はまた迎撃されるわよ、どうするつもり?」

「高速で接近し、一撃離脱」

「確かに、それしか無いわね。一気に勝負をかけましょう!」

「香里。援護よろしく」

 舞はそう言うと、攻撃を開始した。

「戦闘識別、対地爆撃(ボム)。武装選択、距離1000で全弾発射に設定」

 ベアー号は急降下、その後をジャガー号が追う。

 雲を突き抜けた先に、巨大なシルエットが見えた。まさに羽を広げた悪魔だ。だが舞はその姿を見て確信を深めた。

(やはり、いける!)

 巨大機動兵器の右翼が、傷ついているのが一目で分かった。狙うならばその傷ついた翼だ。

「香里、右翼に攻撃を集中する!」

「了解!」

 二機はさらに加速を加え、一瞬にして巨大機動兵器に接近した。距離が1000mに達したとき、機体のコンピュータが自動的に攻撃を開始する。

残っていたミサイルが、そして電磁機関砲がうなりを上げて弾丸を撃ち出す。

 この攻撃に気づいた巨大機動兵器が、襲い来る弾丸を防ごうと触手をふるった。だが今度は距離が近すぎて迎撃が間に合わない。

ミサイルと弾丸が炸裂し、右翼の上半分をもぎ取った。

「やった!」

 攻撃命中と共に二機が巨大機動兵器のすぐ脇をかすめ飛び、一直線に雲の上へと離脱した。

巨大機動兵器はその後を追おうとしたが、もはや飛行状態を維持できず、バランスを崩し地上へ倒れ込むようにして落ちていく。墜落と同時に巨大な地響きと砂埃が巻き上がった。

『目標、北アルプス山中に落下しました』

 司令室から佐祐理が離脱した二機に様子を伝えた。もともと低空を飛んでいたためか、墜落のダメージはあまり受けてないようだ。

香里はそれを聞いて、

「ならば、トドメを刺して上げるわ!」

 舞が、それを制した。

「………いや、帰還する」

「なぜ!? ヤツは弱っているわ、叩くなら今しかないのよ!」

「私たちも武器を殆ど撃ち果たしてしまった。それに相手は未知の敵、何をしでかすか判らない。一度、体勢を立て直す」

 理由はそれだけではない。

口には出さなかったが、舞は香里が危険な状態にある事に気づいていた。

『確かに、今のお前達ではここまでが限界だな』

 命が口を挟んだ。

「くっ、それはどういう意味!?」

『二機では足止めが精一杯だ。帰還しろ』

 命が帰還命令を出した。だが、

「ここまで追いつめて……納得いかないわ!」

 香里はそう言い放つと、ジャガー号を再び急降下させた。

「香里、いけない!」

 舞も、香里の後を追う。

香里にとってこれが初めて経験する戦闘だった。ましてや相手は今まで遭遇したことのない未知の敵。

戦場での恐怖と高揚感のせいで、香里は冷静さを失っている。

(香里の身が危ない)

 舞の目の前でジャガー号が雲海に突っ込んで行く。

ベアー号も降下を開始。

 ジャガー号に残された武装は、電磁機関砲50発のみ。香里はもう一度、接近戦を仕掛けるつもりでいた。

さらに加速をかけ、雲を抜ける。

レーダーの反応では、巨大機動兵器は墜落地点から移動していない。

「やっぱりヤツは弱ってる!」

 香里は、一直線に巨大機動兵器へ接近しようとする。

 舞の危惧していたことは、まさにそれだった。

敵の能力を過小し、下手に深追いすれば手痛い反撃をうけることになる。電磁機関砲は接近戦用兵器。残り僅かな弾数で効果的にダメージを与えようとするならば、前の攻撃以上にギリギリまで目標に近づかなければならない。

 そんなジャガー号の動きは巨大機動兵器にハッキリと捉えられていた。

元々音速を超えて飛来する複数のミサイルを同時に撃墜するだけの能力をもっている存在であった。度重なる攻撃によりダメージを受けていたとしても、一直線に飛び込んでくる戦闘機を迎撃するだけの能力は充分残されている。

巨大機動兵器の背部にあたる部分に変化が起きた。小さな円形の穴が次々と開いてゆく。

 ジャガー号が接近する。

香里が電磁機関砲を発射しようとした瞬間、自機のコンピュータが警報を発した。

 巨大機動兵器の背部が太陽のように輝いていた。

開いた穴から一斉にマグマ弾が撃ちだされる。

「しまった!」

 警報により咄嗟に回避行動を移ったものの、時すでに遅かった。

目の前の空間を数百にも及ぼうかというマグマ弾が占めている。ジャガー号はその中に飛び込んでしまった。

 この時ベアー号が追いついていなければ、ジャガー号は確実に墜とされていただろう。

巨大機動兵器がマグマ弾を撃ち出す瞬間、ベアー号が現れたために狙いが二手に分散された。

 だが、狙いがそれたとはいえ集中砲火に飛び込んでしまったジャガー号は只では済まなかった。

数十発ものマグマ弾が至近距離で炸裂する。

―ヅムッ!!!

 足下から突き上げるような激しい衝撃。

続いて頭を叩き付けられるようなショック。そしてジャガー号の側面に一発のマグマ弾が直撃した。

 ジャガー号の装甲はそれに耐えた。だがその衝撃で機体は真横へと弾き飛ばされる。

錐揉み状態で地表へと落ちていくジャガー号。

激しいショックに、香里は気を失う。だが、それが逆に彼女を救った。

 機体のコンピュータは自機が危険高度に達したこと、パイロットが操縦不能に陥ったことを知ると、すぐさま自動操縦に切り替えた。

墜落寸前、低空ギリギリでジャガー号は飛行体勢を立て直す。

 しかしコンピュータに出来るのはここまでだった。

戦闘行動はパイロットが行わなくてはならない。香里が失神している今、ジャガー号は低空をまっすぐ飛ぶだけだ。それは巨大機動兵器にとって格好の的だった。

 黄金色のドクロ頸がジャガー号に向けてマグマ弾を放とうとする。

 ジャガー号のコンピュータが警報を発した。

司令室から栞も叫ぶ。

『お姉ちゃん、離脱して! お姉ちゃん!!』

「!?っ」

 香里が目を覚ました。

反射的に機体を急上昇させる。一瞬後に、そこをマグマ弾が過ぎ去った。

 ジャガー号は再び高度を上げ、雲の上に出てきた。ベアー号が近づいてくる。

「香里、帰還する」

舞は言った。しかし返事がない。

「………………」

 通信機から苦しそうなうめき声が聞こえてきた。

「香里?」

 香里は、言葉を発することが出来なかった。墜とされかけたショックが彼女をパニックに追い込んでいた。

口だけでない、全身が金縛りにあったように凍り付いている。呼吸する事すら難しい。

 突然、ジャガー号が激しく振動を始めた。舞はすぐその原因に気が付いた。

「香里! 操縦桿から手を放して!」

 香里の身体の震えが操縦桿に伝わっていたのだ。舞の声でパッと手を放す。それで揺れは収まった。

 香里は必死に言葉を絞り出した。

「……燃料が…………燃料が……こ、このままじゃ………」

 操縦席のメインパネルに<警告>のサインが出ていた。

燃料パイプが破損、燃料残りわずか、左エンジン出力低下。

「なんて事……」

 舞はジャガー号を見た。

ジャガー号は背後にキラキラと輝く粒子のようなものを撒き散らしながら飛んでいた。それは燃料だった。

 舞はベアー号をジャガー号と並進させながら徐々に近づき、ジャガー号の機体を肉眼で観察した。

 ジャガー号の白い機体の一部が黒く変色している。おそらくマグマ弾の直撃を受けた箇所だろう。そこに一本の短い亀裂があり、燃料はそこから流失していた。

パイプ内の閉鎖弁が閉じたのだろう、流失が止まった。

 だが、燃料流失が激しすぎた。ジャガー号には殆ど燃料は残ってはいない。科学要塞都市への帰還も危うい。

(状況は最悪………)

 舞が敗北を覚悟したとき、通信機から新たな声が飛び込んできた。

『追いついたぞ。………こちらはイーグル号。さあ、ここからが本当の戦いだ!!』

 その声と共に、雲海から真紅の機体が飛び出してきた。

 

 

 

 

 

5.宣戦布告

 

――

『ベアー号・ジャガー号、中距離ミサイル発射、命中まで残り………』

 オペレータの佐祐理が状況を伝える。

――

 二機が出撃してからの状況は、司令室を通じて格納庫にいる名雪達にも聞こえていた。

だが、いまだイーグル号は出撃できない。

「名雪さん、レンチとって、八番!」

イーグル号のエンジンの下から、あゆが叫ぶ。名雪は言われたとおり道具を渡す。

だが、作業は遅々として進まない。

いや、実際はいつも通りどころか、いつも以上のペースで作業は進んでいるのだが、通信機を通して戦場の様子、二人の仲間が戦っている様子が流れる度に、整備員たちは焦燥感に駆られるのだ。

 まして、前回の飛行実験で機体トラブルが発生し、大事故につながった。そんな事故を二度と繰り返すわけにはいかない、という思いもある。

それなのに、いざ実戦というときになって再びトラブルが発生するとは……

――

『………ミサイル消失!? 迎撃された!』

『巨大機動兵器から高熱源反応あり。レーザー兵器による迎撃と思われます』

――

「よし、名雪さん、操縦席に戻って。…エンジンスタート!」

 あゆが機体から離れて、操縦席の名雪にGoサインを出す。

「了解!」

 名雪はエンジン機動のための手順にかかる。

ゲットマシンにはジェットエンジンが二基搭載されている。飛行時の出力の制御、燃料の流入などは全てコンピュータ任せだ。パイロットは飛びたい針路と高度・速度を選ぶだけでよい。まずは制御システムを起動させる。

メインパネルに機体の状況が映し出された。

エンジン、ボディ、姿勢制御装置、燃料、武装、全て問題なし。

 ジェットエンジンに息吹きを吹き込むため、スタータースイッチを押す。

ズンっ! という鈍い音と振動と共にエンジンが回転を始めた。続いて燃料が送り込まれる。エンジンの排出口からジェット気流が炎を伴って吐き出されているはずだ。

名雪は、ゆっくりと出力を上げていく。

急に上げると、エンジンが停止するどころか破壊される恐れがあるからだ。出力を上げていくに従って、エンジンのキーンという甲高い音が大きくなっていく。

だがそこで再びトラブルが起きた。

 名雪の目の前で出力計の数値が急にはね上がった。ジェットエンジンは一気に最大出力を出そうとする。

咄嗟にエンジン制御システムの安全装置が働き、燃料供給がストップ。エンジンが停止した。

「名雪さん、出力の上げすぎだよぉ」

「違う、私じゃないよぉ! 機体が勝手に………」

「うぐぅっ、まだ駄目なの!? 怪しい回路をブロックごと交換したのに、これじゃいよいよシステム全般が怪しくなってきちゃったよぉ」

 そういってあゆが頭を抱えたとき、すぐ横で声がした。

「興奮しているのさ、こいつは」

 あゆが声のした方をむくと、そこに見慣れない一人の男がいた。

「あ、あれ。確か所長と一緒にいた………」

先程、格納庫で所長とテストパイロット達と一緒にいた男だった。

「ゆ、祐一、どうしてここへ!?」

 突然現れた祐一の姿を見て、名雪は機体から身を乗り出した。

「こいつを飛ばしに来た」

と、祐一は言った。

「そんな、簡単に言うけど……あの、君は、その、だれ?」

「相沢祐一。アマチュア考古学者にしてゲットマシンの元テストパイロット」

 祐一はそう答えると、イーグル号の操縦席までヒョイッと上った。

そして、操縦席にいた名雪に言った。

「名雪、俺にやらせろ」

「ゆ、祐一。駄目だよ。これは私の戦いだから」

名雪は、拒否した。

仲間が戦っているのに、自分だけが降りるわけにはいかない。

それ以上に、祐一をこれ以上、巻きこみたくない、そんな思いがあった。

『イーグル号パイロット、相沢祐一に変更する。名雪は降りろ』

 命の声、司令室からの通信だった。

「命さん、それは………」

名雪は反論しようとしたが、

『水瀬二尉。所長として命令します』

「お母さん…!?」

 秋子が直接指示を下してきた。

だが、彼女は食い下がった。

「嫌だ! お母さん、お母さんは勝手すぎるよ!」

――

『ベアー号・ジャガー号が目標に接近、対地攻撃開始します』

『回避!』

『回避!――命中したの!?』

『してない、全弾墜とされた』

――

 通信機から流れる戦場の様子。

「………名雪。もう、いいんだ」

「祐一…?」

「秋子さんの思惑、お前の気持ち、色々あるんだろうけど、今、ここに居るのは、俺の意思だ」

「そんな、だって、私は祐一を…」

「捨てた、か? だったら、これは俺なりの仕返しだ」

「あぅ、祐一、意地悪だよ」

「昔からそうだ。お前だってよく知ってるだろう」

「………」

 そう、名雪は祐一のことをよく知っている。

少しお調子もので、本音を軽口で隠して、でも、一度自分で決めたことは、決して譲らない。

 祐一は変わらない。

今も、昔も。

だから、

「…うん。判ったよ」

 いくら意地を張ろうが、発進できなければ意味はない。やむなく彼女は操縦席から立ち上がった。

「ありがとよ、名雪」

「…祐一、本当に意地悪な言葉だよ、それ」

 祐一が入れ替わりに操縦席に腰を下ろした。

「ゆ、ユーイチくん。いったい、どうするの?」

 あゆが問いかけてきたが、祐一はそれには答えずに、目の前の計器類を操作した。

制御システムを呼び出すと、それを操縦系統から切り離す。

そして言った。

「イーグル号、起動する! 全員、機体から離れろ!」

 言うが早いか、イーグル号のジェットエンジンが咆吼を上げた。

周りにいた整備員たちは慌てて機体から遠くへと避難した。

「ユーイチくん、何をしたの? 無茶だよ、あれじゃエンジンが吹っ飛んじゃうよ!」

あゆが叫んだ。

イーグル号は初めから最大に近い出力を出していた。それが急に弱々しくなった。今にも消え入りそうなほど出力が低くなる。またエンジンがストップするのかと、その場にいた誰もが思った次の瞬間、再び、ドンッという音と供に炎が噴き上がり、やがて安定した一定の甲高い音を奏で始めた。

「このジャジャ馬ぶり………昔とちっとも変わらん」

祐一はそう言いながら、出力をゆっくりと絞りアイドリング状態へともっていく。

その様子を名雪と整備員達は呆然と見守っていた。

――

『香里、もう一度攻撃を仕掛ける』

『ミサイル攻撃はまた迎撃されるわよ、どうするつもり?』

『高速で接近し、一撃離脱』

『確かに、それしか無いわね。一気に勝負をかけましょう!』

――

名雪はハッと我に帰った。

「すごい、いったいどうやって………」

 祐一は答えた。

「簡単な話だ。制御システムを切って手動でやった」

 それを聞いてあゆが声を上げた。

「制御システムを切っちゃったの!? そんなの無茶だよ、たしかにエンジンは起動したけど、それじゃ飛べない。セスナみたいな自家用レシプロ機とは違うんだよ。システム無しじゃ旋回だって無理なんだから」

 ゲットマシンの外観は、既存の飛行機とはだいぶ形態を異にしていた。

翼をもたず、機体全体が薄い卵形をしている。機体自体が翼であり、揚力を産み出す。したがって、通常の飛行機のような方向舵をもっていない。ゲットマシンの装甲は特殊な形状記憶合金で出来ており、ある刺激を与えることによって形状変化がおこる。機体の旋回・上昇・下降はこの機体表面の装甲が変形する事によって行われていた。

 このような飛行システムをもつため、飛行時の機体の制御は人間の手では困難を極める。

空気の流れをリアルタイムで判断し、常に最適な飛行形態を維持しなくてはならないからだ。そのためにゲットマシンには大容量・高速演算機能をもつスーパーコンピュータが搭載されていた。

 祐一のやったことは、そのコンピュータの支援を殆ど切り離したに等しいのである。

「なに、飛ぶぐらいは出来るさ。試験用プログラムに、それぞれの状況に合わせた飛行形態の情報があるはずだ。そいつを入力してやればいい」

「そんなの、無茶だよ………」

 あゆの呟きをよそに、祐一は通信機に向かって言った。

「聞こえるか水瀬博士、こちらイーグル号、発進準備完了だ」

 司令室から秋子が答えた。

『祐一さん、やる気になったんですね』

「なんだか、あなたの都合のいいように使われている気がするけどな。だけどやっぱり、利用されようが何されようが、結局こいつは俺の仕事なんだ。…だから、俺がやる」

『その決断を嬉しく思います。…命』

『判った。イーグル号、発進を許可する』

 命の指示と同時にイーグル号に自動牽引車がとりついた。

整備員達も司令室からの通信を受けたのだろう、イーグル号に繋がれたケーブル類を取り外し始める。

 名雪がイーグル号のそばに駆け寄り、操縦席に向かって言った。

「祐一、やっぱり駄目だよ。私が行くべきなんだよ! 私を許してなんて言わない。憎んでくれてもいい。祐一を危険な目に遭わしたくなかった。だから…行っちゃ駄目だよ、祐一ぃ!」

「名雪…」

 名雪は泣いていた。

祐一はその泣き顔を見ないようにして、操縦席の風防ガラスを降ろす。

イーグル号はすでにエレベータに向けて動き出していた。

エレベータに乗せられたイーグル号は滑走路に向けて格納庫を上昇していく。

 司令室のオペレータ、美坂栞から通信が入る。

彼女はイーグル号から送られてくるデータを受け取ったのだろう、声が慌てていた。

『最終チェック……って異常ですよ!? システム80%ダウン、パイロットの反応無し、これはどういうことですか!?』

「ああ、言ってなかったか。手動で飛ぶんだ」

『そんな冗談じゃないですよ………それじゃぁパイロットの反応無しというのは………まさかGスーツを着てないんですか!? それこそ死んでしまいますよ!』

「そうか、どうりでシートの座り心地が悪いわけだ」

 操縦席のシートはGスーツ着用を前提に設計されている。座り心地が悪いのも当然である。しかし、

『そんな問題じゃないですよ! 加速の衝撃でペシャンコになっちゃいますよ!』

「なんとかなるさ、滑走路に出るぞ」

 イーグル号はエレベータを上がりきり、隔壁を抜け、雨が降り続ける滑走路に出た。

――

『二機では足止めが精一杯だ。帰還しろ』

『ここまで追いつめて……納得いかないわ!』

『香里! いけない!』

――

 イーグル号に対し通信が入る、命の声だ。

『急げ相沢君。このままでは彼女たちが危険だ、すぐに発進し、ヤツを殲滅せよ!』

「………殲滅か、わかった。了解だ」

 ツルバミはエンジン出力を解放、機体に出撃体勢をとらせた。

そして、言った。

「ハ虫人類のこと、ゲッターのこと、そしてこれからのこと、一体どうなるのか見当も付かない。なぁ水瀬博士、あなたの覚悟を聞かせてくれ」

『私の覚悟は出来ています。とっくの昔に』

「これからきっと、大勢の人間が死ぬ」

『祐一さんが助けるんです、その覚悟はありますか?』

「…………」

――

『お姉ちゃん、離脱して! お姉ちゃん!!』

『!?っ』

――

 次の瞬間、祐一はイーグル号のブレーキを解除していた。

「覚悟は出来た! 行くぞゲッター、こうなったら、行き尽くところまで行くまでだ!!」

 そしてイーグル号は、最大戦速で雨雲の向こうへと舞い上がって行った。

 

 

 

 

 

6.光

 

 暗闇の中、暗雲に雷光が煌めき、山の中腹に鎮座する巨大な影が浮かび上がった。

“それ”巨大機動兵器は、白い戦闘機がフラフラとしながらも雲の向こうへと消えていくのを、忌々しそうにみつめていた。

 追いかけようにも、再び飛び上がることは困難だった。

あの白い戦闘機、それと黄色の戦闘機、この二機が、自分の身体より小さい奴らが、生意気にも、この翼の片方を破壊したのだ。

まったく屈辱的だ。そう感じながら、雲の向こうを忌々しげに見つめ続けた。

 “それ”はふと気が付いた。

 生意気?

 屈辱?

 忌々しい?

 どういうことだ、何を考えているのだ。

 “それ”の意識に必ずしも、このような言葉が浮かんだ訳ではない。ただこのような言葉が表現するような「感じ」を“それ”は自覚していた。

 そのことは“それ”にとって初めての出来事だった。いや、何かを自覚すること自体が初めての経験だった。

当然だ、“それ”は今までただの兵器だったのだから。

 “それ”はずっと眠っていた。

ずっと、ずっと闇の中で。

 闇の中には何もなかった。そこは何も存在しない空間だった。眠っている“それ”の身体も、その意識も。

 そこに突然、光が射した。

微弱な光だった。だが、その光は“それ”に、存在しないはずの“それ”に強力に囁きかけた。

―殲滅せよ

―全滅せよ

―消失せよ

―破壊せよ

―ゲッター

―破壊せよ

―ゲッター

―消滅せよ

 意味など判らなかった。

だが、光の囁きはやがて強くなり、耐え難くなって行く。

光は闇を照らし出し、闇に埋もれていた“それ”の身体を浮かび上がらせた。

光の強さは、初めの頃よりも遙かに強く、やがて“それ”を闇の中から強力に引きずり出した。

 ついに“それ”は目覚めた。

目覚めた“それ”の前には光があった。

光を目指し飛び立つ。そして、ただ光の導くままに突き進んだ。やがて………

 見上げていた雲の中から轟音が聞こえてきた。

先程の二機と同じ音、だが二機が消えていった方向とは違う。

 音が段々近づいてくる、まっすぐ、ここにやってくる。

相手は一機。

体内の奥底が熱く燃え上がっている。音源は手に取るように分かった。

その位置めがけ、熱い固まりをぶちかました。灼熱の弾丸が雲の中へ消えさった。

次の瞬間、弾丸が爆裂した。

爆風で雲が吹き飛び、炎が頭上を覆い尽くす。

その炎の中から、一際鮮やかな真紅の戦闘機が飛び出してきた。

真紅の戦闘機は“それ”のすぐ傍らを一瞬で飛び去り、再び雲の向こうへと消えていった。

 戦闘機の姿を見たその時、“それ”は理解した。

 今、自覚しているものは、あの光そのものだと。

そして、その光が求めているものが何であったのか。

今、“それ”は自分が何を成すべきかを悟ったのだ。

―あれを破壊せねばならない

 再び、体内の奥底が熱く燃え上がる。

熱く燃え上がっているモノはやがて一つの固まりへと変化していく。いつもなら、この状態でマグマ弾として吐き出すところだ。だが“それ”は喉元まで込み上がけた固まりを再び奥底へ押し戻した。

 押し戻された固まりは、さらに熱く、さらに巨大に膨れ上がっていく。

 “それ”は己の体の中に光を感じていた。

その光は衝動となって、体内で恐るべき暴風として吹き荒れている。

―破壊

―破壊

―破壊

―破壊

 破壊の暴風だった。

そして暴風の中心で、大きく成長した熱き固まりが激しく脈打っている。

 激しき暴風が、熱き固まりの周りを渦巻き、まとわりつき、覆っていき、一つの形を成していった。

 “それ”は己の体内で新たに生成されたモノを感じとって、満足感とでも言うような感覚を得た。これは初めに戦闘機に対して感じたものより、心地よかった。

 心地よい。これも初めてだ。

次々と新しい刺激が、身体に舞い込んでくる。心地よい。そう、これは心地よいことだ。

頭上でまた音が響く。あの戦闘機だ。今度は三機そろっている。

 最初の感覚がよみがえってくる。

だが、今度は全身に力が沸き上がってくる。感覚も微妙に違う気がする。とにかく、あの三機を叩き落としてやりたい。体内のモノが激しく動き出す。

 怒りだった。

それも原始的で純粋な、闘争本能による怒り。

 体内のモノの動きがさらに活発になった。そのモノの光も感じる。そいつも光をもっていた。

―早く出せ

―早く暴れさせろ

―ゲッター

―破壊させろ

 そう言っていた。背中が熱くなる。

内部から強烈な力で押し上げられている。“それ”は思った。

―いいさ 

―早くいけ 

―おれは 

―やつらを 

―たたきおとす!!

 “それ”は黄金に輝く頭蓋を天に向け、大きく吠えた。

―ウウゥウゥオオォォォオオォォオオオオォオオォオオンンン!!!!

 大地をも揺るがさんほどの巨大な吠え声。

その吠え声と供に、“それ”の背部が爆裂し、漆黒の炎を身にまとった新たな悪魔が現れた。

 たくましい二本の脚と長く太い尾をもった、大地を駆け抜けるにふさわしき姿。

その身の内部に、全てを焼き尽くす強力な破壊兵器を秘めて、その悪魔は走り出した。

 破壊すべき、科学要塞都市を目指して。

 

 

 

 

 

7.チェンジ

 

 左エンジンの出力が急激に落ちた。

イーグル号はすぐにバランスを崩し、失速してしまう。イーグル号は雲中へと急降下を始めた。

 操縦席の祐一には、ガクンッと、突然足下の床が消えたかの様に感じた。

身体はシートに固定してあるが、Gスーツを着ていないため微妙に不安定だ。わずかに身体が浮き上がる。

「………っ!」

 祐一は足下から血液が一辺に逆流し始めたのを感じつつも、素早く機体を立て直そうと操作を行った。

 左のエンジンを停止させ、飛行制御システムに変形プログラムを入力、最も揚力を発生しやすい形に機体が変形する。

正常な右エンジンの出力を上げ、機首を引き起こした。

 この作業に費やした時間はわずか1.5秒。雨雲の中で、機体が風を捉え、安定した。

 その時、殺気を感じた。

 反射的に操縦桿の引き金を引いていた。かすかなモーター音と供に、電磁機関砲から弾丸が発射される。

弾丸は目前に迫っていたマグマ弾を撃ち抜いた。

 一瞬の出来事だった。

マグマ弾が爆発し、目の前が炎の壁に埋め尽くされた。

イーグル号が炎の中に飛び込む。まばゆい光が目を射した、そう感じる暇も無く機体は爆炎をくぐり抜けていた。

 雨雲の下に出ていた。

北アルプスの連なった高い頂のシルエットが霞の中に浮かび上がっている。そこへ一直線に突き進んでいた。残った右エンジンの出力をさらにアップ、機体が浮き上がり山を飛び越した。

 飛び越す瞬間、闇の中に黄金に輝く巨大なドクロがハッキリと見えた。

それはイーグル号を、祐一を見つめていた。

大きく開かれた顎は紅く鮮やかな炎をたたえ、両眼にあたる部分にはポッカリと二つの空洞が拡がり、暗黒の闇に満たされている。

 不吉な予感が祐一の身体を駆け巡る。

同時に胸の内に再び燃え上がるものがあった。それは三日前、襲ってきたハ虫人類に対して湧き起こった感情と同じものだ。そして確信した。

あの巨大機動兵器はまぎれもなく、ハ虫人類と同じ存在なのだと。

 イーグル号は速度を上げて上昇する。

視界は真っ黒な雲に遮られ、黄金のドクロは姿を消した。だが、祐一の脳裏にはハッキリと残っている。

身体にGが掛かり、座席に押しつけられた。

 イーグル号がさらに出力を上げた。

祐一は何も操作していない、それなのに出力と速度はなおも上がり続ける。

さらに停止させた左エンジンすらも勝手に起動し始めた。

そして、操縦席の計器類に光が灯る。

操縦系統から切り離したはずの制御システムが復活したのだ。

 速度が上がり強力になっていくGをその身体に感じながら、祐一はイーグル号が自らのコントロールを取り戻していくのを見つめていた。

(そうか、お前も見たんだな………あの姿を)

 イーグル号は自ら戦おうとしている、と祐一は思った。

 操縦席のレーダー画面が復活し、三つの光点が映し出された。

二つ寄り添っている光点はベアー号とジャガー号、残る一つは巨大機動兵器だ。

メインパネルに次々と表示が浮かぶ。

イーグル号の現在位置・針路・速度・高度、そして巨大機動兵器の現在位置とそこまでの距離。

まるで、巨大機動兵器に早く立ち向かえと言っているかのように、巨大機動兵器にかんする表示が点滅していた。

 祐一は操縦桿を握り直す。

イーグル号は素直に反応した。機体をベアー号とジャガー号のいる空域に向ける。

「さあ行くぞ、イーグル号!」

 高度を上げ、雲を抜けた。天高くに太陽が白く輝き、空が眩しいくらいに蒼かった。

そこを黄色い戦闘機と白い戦闘機の二機が、雲の上を滑るように飛んでいるのが見えた。

 祐一は通信機に向かって言った。

「追いついたぞ。………こちらはイーグル号。さあ、ここからが本当の戦いだ!!」

 通信機から困惑した声が聞こえる。

ベアー号の舞だ。

「イーグル号!? パイロットは誰、名雪じゃ無いの?」

「細かい話は後回しにしてくれ」

「その声、まさか………」

 祐一はイーグル号をベアー号、ジャガー号と横一列に並べ編隊を組んだ。

「な、何が起きて………」香里が声を上げた。「ジャガー号のコンピュータが……勝手に動き出している!」

 舞も自機の異常に気が付いた。

「ベアー号が自動操縦に切り替わった? イーグル号のパイロットの仕業なの!?」

「俺は何もしていない、この機体が戦いたがっているんだ。自らの意思で………」

 そう祐一が答えた時、三機の戦闘機は勝手に旋回を始めた。

高速の急旋回、あまりのGにツルバミは思わず言葉を失う。

三機は再び、巨大機動兵器のもとへと突き進んでいく。

「イ、イヤ………と、止めて……」

 香里の弱々しい声が祐一の耳に届く。

祐一は何か言おうと口を開けたが、機体はさらに加速を強め、Gが喉を締め付けた。

 司令室から通信が入った。

『巨大機動兵器が二体に分離しました!』

「!?」

 祐一はその言葉にレーダー画面をみる。

たしかに巨大機動兵器の光点が二つに分離していた。

それは二方向にそれぞれ移動を始める。一つは科学要塞都市に向けて動き出していた。

そしてもう一つは、三機めがけ真っ直ぐ進んでくる。一瞬にしてその距離が縮まった。

 操縦席に警報が響く。

 すぐ目の前に黒い影が、雲海をぬけて飛び出してきた。

 黒く大きな翼。

背後で蠢く幾本もの触手のような尾。

そして禍々しく輝く黄金の髑髏をもった悪魔。

 三機は撥ねるように回避行動をとり、三方向へ散った。その間を雄叫びを上げながら巨大機動兵器が飛び去って行く。

 三機はそれぞれに急旋回し巨大機動兵器に向かおうとする。

だが相手の方が一歩早かった。

分離して身軽になったせいか、巨大機動兵器は以前にまして高機動になっていた。それはジャガー号に狙いを定めていた。

 一瞬の出来事だった。

巨大機動兵器はジャガー号と空中で交差した次の瞬間、その数本の長くしなやかな尾でジャガー号の機体を掴みとった。

「ああっ!!」

 香里の悲鳴が聞こえた。

高速で捕捉されたジャガー号には空中衝突に等しい衝撃が加わっただろう、機体が持ちこたえたのが奇跡だ。だがパイロットは………

「香里、脱出して!」

 舞の問いに返事はない。

 思わず祐一は叫んだ。

「イーグル号、いやゲッター! 俺にやらせろ!!」

 メインパネルに表示が浮かんだ。

――SYSTEM SET UP CHANGE GETTER ONE 

祐一はメインパネルの表示の意味を考えた。

(準備は出来た。ゲッター1にチェンジせよ)

 イーグル号はそう言っていた。

 機体のコントロールが再び祐一の手に戻る。

「この状況で、チェンジしろと!?」

 舞がそう言うのが聞こえた。どうやらベアー号にも同様の表示がなされたらしい。

恐らくジャガー号にも表示されているだろう。祐一は言った。

「ヤツを倒すにはこれしか方法はないようだ」

「ジャガー号が捕まった状況で、三機合体は危険すぎる!」

 舞はそう言ったが、通信機に香里の苦しげなうめき声が響いた。

「迷っている時間は無さそうだ。ベアー号、援護攻撃を頼む。俺はその隙にジャガー号を取り返す!」

祐一はそう言ってイーグル号を巨大機動兵器に突進させた。

「了解。……あなたに、賭ける」

 舞もそう言ってベアー号を旋回させた。

 巨大機動兵器は勝ち誇ったように高らかに雄叫びを上げ、ジャガー号を締め上げた。

尾が装甲板に喰い込んでいく。

ジャガー号は必死で逃れようとジェットを噴射しようとしたが、無情にも燃料が切れてしまった。

 巨大機動兵器はとどめを刺さんと、締め上げる力を一層強めた。

「目標捕捉、電磁機関砲発射!」

 巨大機動兵器の真上からベアー号が襲いかかった。

死角からの奇襲、数百発もの弾丸が高速で撃ち出される。

巨大機動兵器の背部に命中し、一瞬だがその動きを止めた。

 一瞬で充分だった。

祐一はその僅かな隙に巨大機動兵器の正面に回り込み、ギリギリまで肉薄する。

巨大機動兵器の懐に潜り込んだ。

目指すはからめ取られているジャガー号だ。ジャガー号の目と鼻の先にイーグル号のジェットが迫った。

「Change!」

 祐一はイーグル号に空中ブレーキをかけ、機体をジャガー号にぶつけた。

いや、正確にはイーグル号の背部にジャガー号の先端をドッキングさせたのだ。

―ギエェぇええエェェェアァアァァアアァぁぁ!!!!

 その瞬間、巨大機動兵器が悲鳴を上げた。

ドッキングした二機が青白く発光している。

その光を浴びて、締め付けていた尾が次々と焼けただれていく。ついに巨大機動兵器は光に耐えきれず機体を放り出した。

だが逃げようとしたとき、巨大機動兵器の翼を、何か強力な力がガッシリと掴んで離さなかった。

 掴んだのは鋼鉄の骨組みで構成された機械の腕だった。

それは発光を続ける二機の右脇から延びていた。

左脇からも同じ骨組みの機械の腕が勢い良く飛び出し、巨大機動兵器の太い首を締め上げた。

―ミシミシミシィィ

 首の骨に鋼鉄の指が喰い込んでいく。

骨組みの腕のまわりを筋肉が覆うように、装甲板が次々と張り付いていった。

そしてその腕は、血に染まったように赤い色の、大木のような剛腕へと変貌した。

 その剛腕を振り解こうと、そしてその身を焼け焦がす蒼い光から逃れようと巨大機動兵器は必死に暴れた。

だが剛腕はびくともしない。

いまや形勢は完全に逆転した。巨大機動兵器はもはや悪魔でも何でもなく、空中で捕えられ弱々しく悲鳴を上げる哀れな獲物だった。

「今だ、ベアー号合体しろ!」

 祐一が叫ぶ。

「了解!」

 舞の声と供に、ベアー号は光る二機とドッキングを行った。イーグル号、ジャガー号、ベアー号の順に三機が連結する。

 そして祐一は告げた。

「Change Getter One!!」

 光はベアー号をも包みこみ、三機は光の中で驚くべき変貌を遂げ始めた。

同時に巨大機動兵器を締め上げる剛腕にもさらに力が加わる。

―グシャアッ!!!

 巨大機動兵器の頸があっさりと握りつぶされた。

三機から放たれている光は強さを増していく。その光を浴びた巨大機動兵の身体が炎に包まれた。炎は一瞬にして巨大機動兵器を焼き尽くしていく。

―ギエエェェエェェェええぇ…………………

 弱々しい断末魔と供に、巨大機動兵器の身体が燃え尽き、後には白い灰と化した固まりだけが残された。

まるで砂の彫刻が崩れ去るように、それは崩壊していった。

 崩壊を見届けたかのように、光は徐々に弱まっていく。

その中から現れたのは、もはや戦闘機などではなく、赤い装甲を身にまとった鋼鉄の巨人の姿。

 これこそが三機の戦闘機・ゲットマシンの本当の姿。

ゲッターロボ・ゲッター1だった。

 

 

 ゲッター1の内部で、祐一は変貌した操縦席を見渡した。

計器類自体は変わっていない、だがそこはもはや狭苦しい戦闘機の操縦席ではなく、全く異質な戦闘兵器の内部だった。

これまで存在するどんな兵器と似つかない、あえて例えるならば機械で造られた生命体の頭脳の中心に組み込まれたかのようなその操縦席。

 祐一は、舞と香里の様子をモニターで確認した。

香里は無事だった。

気を失っているものの、身体に異常はない。

舞も問題ない。

冷静に機体をチェックしている。

モニターに映る祐一に気が付き、舞は口を開いた。

「ゲッターチェンジに成功した。………相沢祐一、良い腕をしている」

 そう言いながらも彼女の目は厳しい光を祐一に投げかけている。

祐一は答えた。

「誉めてくれるのはうれしいが、まだ終わっちゃいない」

 司令室から通信が入った。

『分離した巨大機動兵器のもう一体が科学要塞都市に接近しています、至急迎撃してください!』

と、佐祐理が叫ぶ。

栞が続けた。

『巨大機動兵器の内部に高熱源反応を感知しました。敵は科学要塞都市ごと自爆する気です!』

 

 

 黒い炎を身に纏った悪魔が険しい山岳を駆け抜けていく。

高く聳える頂きも奈落のように深い谷底も、悪魔は風のように走り抜けた。

それは魔の風だった。

悪魔の纏う炎が駆け抜けた山々に地獄の業火をともしていた。

 目指す場所まで残り僅か、とその時、

―ギエエェェエェェェええぇ…………………

 断末魔の叫びが聞こえた。

それは己を産み出した分身の最後の叫び。

しかし悪魔は振り返りもせず、ただ科学要塞都市を目指し駆け進もうとした。

 次の瞬間、悪魔は自らの背後に高速で迫る気配を感じた。

それを感じた時、悪魔の意識に新しい感情が生まれた。

とっさに急停止し、身を翻す。

そして断末魔が聞こえた方向を凝視した。

 頭上一面を覆う分厚い雨雲の向こう側、そこに気配を感じていた。

同時に意識の中の新しい感情が激しくなる。

炎に包まれた身体が氷のように冷たくなっていく。

脚が動かなかった。

動かそうとしても、全身がいうことを聞かない、もはや雲の向こうを凝視する視線すら外せなかった。

 それは恐怖だった。

悪魔は怯えていたのだ、雲の向こうから迫る気配に対して。

 悪魔の内部に宿した熱い光に恐怖と不安が混ざり込み、一層激しく強くなる。

悪魔自身、その熱さに耐えきれなくなった。

恐怖の感情が奥底からこみ上げてくる、もう耐えきれない。

―!!!!!!!!!!!!!!!!

 声にならない咆吼をあげ、同時にその胸を突き破って巨大なマグマの弾丸が撃ち出された。

今までのモノとは比べものにならない破壊力を秘めた弾丸だった。

 マグマ弾が雲の中で、迫る気配に命中し爆発した。

まばゆいばかりの激しい光が辺り一帯を照らし出し、広がる衝撃波は雲だけでなく地表の木々を根こそぎ吹き飛ばした。

 悪魔自身、衝撃波にその身を飛ばされそうになりながら必死に大地にしがみついていた。

しかし、その意識には恐怖感から解放された喜びが生まれていた。

 爆発の中心を見上げる。

そこにはまだ爆発の余波で炎が渦を巻いていた。

―ウオオオオォォォンンンン…………

 悪魔は高らかに勝利の雄叫びを上げた。

その目に満足げな暗い光を宿して。

その目に一つの影が映し出された。

 それは、空中で渦巻く炎の中心から現れた巨大な人影。

血に染まったような赤で全身を染め上げた鋼鉄の巨人。

今まさに悪魔を消し去らんと迫るゲッター1の姿だった。

 響き渡る勝利の雄叫びは、一瞬にして断末魔の悲鳴へと変化した。

 

 

 

 

 

8.ゴール

 

 雨は止んでいた。

マグマ弾の爆発の衝撃波は頭上の雨雲を綺麗さっぱりと吹き飛ばしてしまったのだ。

雨雲が消えた後には澄み渡った青空が広がっていた。

 太陽の光がその場所に射し込み、そこに佇むゲッター1の姿を照らし出した。

その足下には原形を留めぬほど破壊された、もう一体の巨大機動兵器の姿があった。

その身体は自身の分身と同じく、白い灰と化して崩れ去っていった。

 祐一はその様子をゲッター1の操縦席で黙ってみていた。

『………巨大機動兵器の撃破を確認、敵は全滅しました』

 司令室からの報告。

モニターの向こうで、香里が目を覚ましたことを確認した。

 香里が意識を取り戻した時、彼女はジャガー号の操縦席に違和感を覚えた。

計器類を見てやっと、ジャガー号がゲッター1の一部として変形している事を悟った。

 だけどそれ以上のことは、もう何にも考える事が出来なかった。

なぜゲッター1に変形しているのか、戦闘がその後どうなったのかという事も。ただ、戦場で味わった恐怖だけが彼女の心に残り、その他一切の感情を麻痺させていた。

 そんな香里の様子を舞は同じくモニターで見守っていた。

「香里………」

 返事はなかった。

感情も生気も浮かべぬその表情を見るのが辛く、舞は目をそらして祐一を見た。

 モニター越しに二人の目が合う。

祐一の瞳からは、最初に出会った時と同じ、冷たい雰囲気が発せられていた。

(やっぱり、どこかで…………)

 舞の記憶の片隅に、何かが訴えかける。

「相沢祐一、あなたはいったい………」

 いったい何者なの。そう聞こうと思ったとき、大きく大地が揺れ始めた。

―…………ゴゴゴゴゴゴ………

 低い鳴動音が、あたりに響き渡った。

 

 

 司令室は全国各地で発生した地震の、その異常な数に騒然としていた。

「関東および東海で震度6の地震が断続的に発生しています!」

「近畿・北陸それに中国地方でも地震が発生しました!」

 佐祐理、栞らオペレータたちが各地の情報を伝える。

強固な地盤の中に直接作られた司令室にも、僅かながら揺れが伝わっていた。

「なんてこと………、これはどういうことだ?」

 さすがの命も驚愕していた。

メインスクリーンに、全国各地の震度と震源地らしき場所が記されている。

 驚くべきことは、その震源地の数の多さ。

一つの地域でも十や二十は下らない。

まさに大地そのものが動いているようだった。

さらに驚いた事に、その震源地は移動していたのだ。

「しょ、所長、科学要塞の通信回路に何者かが侵入しようとしています!」

 他のオペレータが報告する。

「何者なの」

 と、秋子が聞くまでもなく、

「ダ、ダメです。通信回線がジャックされました!」

 メインスクリーンにノイズが入り、司令室に空電のザラついた音が響いた。

 みな一様に息を呑んで押し黙る。

 一瞬の静寂の後、司令室に声が響き渡った。

―ニンゲン…二……ツゲル……ステヨ…ゲッターヲホウキセヨ!!

 地獄の底から響いてくるような、しゃがれた低い声。

発せられた言葉は、まぎれも無く日本語。

思わず秋子が叫んだ。

「この声、この言葉、ハ虫人類だというのですか!?」

 聞こえてくる声は、自爆したハ虫人類のものと同じだった。

声は続ける。

―ゲッターヲアヤツル…ニンゲン……ゲッターヲステヨ…ニンゲンハ…ホロブ…ベシ!!

―ワタシハ…ヨミガエッタ……ホロボス…タメニ………

―ゴール……ワタシハ…ゴール………ゲッターヲ…ニンゲンヲ…ホロボスモノ………

 声はそこで途絶え、通信機器が復活した。

再び各地からの情報が司令室に飛び込んでくる。

「何て事………」受け取った情報を見て、佐祐理は思わず呆然と呟いた。「全国各地域の、全ての震源地から………巨大な何者かが出現しました!」

「こ、これは…ハ虫人類の攻撃なの!?」

 メインスクリーンの日本地図の各地が、非常事態に入ったことを示し赤く染まっていく。

それはまるで、日本列島が血塗られていく様に見えた。

 それを見ていた秋子は、叩き付けるように言い放った。

「滅ぼせるならば、滅ぼしてみなさい。だが、我々はあらゆる手段を尽くして、貴様らに勝利してみせる!!」

 

 

 

 

大地に呼応するかのように空が震えていた。今、大地が張り裂け、大量の溶岩と供に次々と姿を現す者達がいた。

 

数千万年の眠りの果てに、太古より現代に復活した破壊の使者達。

 

もはや兵器同然に進化を遂げたその身体に、破壊へと誘う光を灯して、幾百、幾千ものハ虫人類達が甦った。

 

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

一斉に上がった天空をも振るわすその咆吼は、長き戦いの始まりを告げていた。

 

 

世界終末の日、これはその、始まりの日の記録である。

 

 

GetterRobo Kanon

――了――







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