物事には、何事にも始まりがある。

それは誰だって同じ。

ソレは、彼らも同じ。










evol”O”ve EPISODE 0,99『えぼぷれ・�機�










四月。
凡庸な表現だろうがなんだろうが、桜舞う季節。

「……あー」

その桜が舞う中で渡されたクラス表を見て、彼……平良陸はそんな声を思わずあげていた。

「知ってる奴殆どいないぞ……」

高校生活二年目。
新しい季節らしく気分一新しろとでも言っているのか、陸のクラスには去年一年で作った友人達の名前は無かった。
同じクラスだった女子は数名いるのだが、残念ながら彼女達とはそれほど親しくはなかった。

「うーむ……」

別に不満や文句は無い。
新たな交友関係を広めるという意味ではうってつけなのは分かっているが、それはそれとして……

「やりにくいというか、なんというか……」

気心が知れた友人がいるいないの差、というのは決して大きいわけではないが、小さくもないのだ。

「一人離れたな、陸」
「……天神」

掛けられた声に顔を向けると、そこには陸のクラスメートであり……もとい、
クラスメートだった友人の天神輝(あまがみ あきら)がいた。

「おはようさん、陸」
「おはよう。
 ……俺一人、別クラスになるとはなぁ」

やれやれとばかりに溜息をつく陸。
その様子に輝は思わず苦笑しつつも言った。

「まあ、こればっかりは生徒個人の意志じゃね。
 とは言え、これで陸と暫くつるめなくなるのはちょっと残念だな」

彼・天神輝は生徒会に入っている。
生徒会の仕事にやりがいを感じている彼は、会員になった一年後半からは自ら多忙さに身を置く日々を過ごしていた。
そんな日々を送っている以上、クラスが違ってしまえば陸との接点は自然に少なくなり、付き合いも悪くなるのは明らかだった。

「まあなぁ」
「でも、これも天の配剤って奴かもよ。
 ほら、名前見てみ?
 月穂由里奈、同じクラスみたいじゃないか」
「あ、ほんとだ」

学年のトップクラスの成績を誇り容姿端麗な月穂由里奈は、彼らの学年において男女問わずかなり知られた存在だ。
陸は遠目からしか見た事が無かったが、かなりの美人さんだった事は覚えていた。

「これって、きっと新しい出会いで去年の埋め合わせをしろって事じゃないか?」
「……去年」

輝の言葉に陸は思わず渋い表情を浮かべた。
その様子を見て、輝は何かを思い出したらしく少し慌てて言った。

「あ、悪い。思い出させたか?」
「ぬぅ……だ、大丈夫だ。
 アレは俺の自爆だし、いつまでも気にしてられないって」
「ならいいけどな……」
「って、こんな所でいつまでも喋ってる場合じゃないよな」

輝が自分の事を気にしないように、陸は会話の流れを強引に変えた。
折角の新学期に、ワザワザ気分を落ち込ませる理由は何処にも無い。

「そろそろ教室に行こう。
 荷物置いたらすぐ始業式だろ?
 新学期早々遅刻するのはマズイだろ、お互いに。
 特に天神は生徒会員なんだしな」
「……違いない。
 気を遣ってもらって悪いね」
「いやいや。
 じゃあ、新しいクラスについてはまた機会でも作って駄弁ろうぜ」
「了解。じゃあね」

そうして。
二人はそれぞれの教室へと向かって歩き出した。




 





彼・平良陸の高校生活は、現在の所、悪いものではなかった。
客観的に見てもそうだし、彼自身そう思っている。

所属している演劇部は充実していたし、
成績も平均以上はマークできていたし、
友人関係も良好だった。
……まあ、そちらはクラス替えで少しばかりランクを落としたが。

それでも強いて『無いもの』をあげるのなら……陸の高校生活には『華』が無かった。
無理に得ようとは思っていないが、陸も若い男である以上そういう望みを持っているのは事実。

とは言え、それは今の自分では得られないだろう……陸は過去の経験からそう思っていた。

そして、それは卒業まで続くのだろう……そう考えていた。










後日やってくる新一年生を除いた全生徒が集まった始業式の後。
生徒達は新しい教室に改めて入り、新しいクラスメートと顔をつき合わせた。

そして、新たに顔をつき合わせるのはクラスメートだけではない。

「おはようございます。
 今日から貴方達の担任になる白耶音穏です……って、少し硬いかしら?」

教壇に立つ彼女の名は白耶音穏。
歳は生徒に近いながらも、このクラスの担任を勤める事になった国語担当教諭である。

「まあ一年間も顔を付き合わせてたら互いに不満も出てくるだろうけど、互いに上手い事やっていけたらいいなぁと私的には思います。
 それで最終的には互いにとって良かったと思える一年にしましょう。
 というわけで、個人的な感覚では長かったり短かったりするだろうけど、とにかくよろしく」

意図してかそうでないかはさておき、威厳が無さそうでありそうな微妙かつ絶妙なバランスで彼女は告げた。
生徒達はそんな言葉に対し、素直に『よろしくお願いしまーす』と述べつつ拍手を送った。

其処には、少なくとも悪意や敵意は無い。
むしろ、逆の感情しかないように陸には思えた。

「……少なくとも、親しみやすそうな先生だよな」
「うんうん、同感。
 今後どうなるかはさておいても、幸先は良さそうよね。
 少なくとも、数学担当の田村のお爺さんに当たらなくて良かったかな」

陸が呟いたなんとなくの独り言。
そこに、想定外の言葉が返ってきた。
なんとなくと興味が入り混じった状態で陸が隣に視線を向けると、
そこには、陸に向けて挨拶代わりに小さく手を上げる女子生徒が一人。

(う……可愛い、な)

余計な事を考えるまでも無くそう思えるほど、その女子生徒は可愛かった。
少なくとも、陸にはそう思える。

さておき。
陸はその女子生徒とは初対面(の筈)だが、言っている事には同意できたので頷いておく事にした。
其処には下心のようなモノが無いでもなかったが、それよりも素直に同意したい気持ちの方が強かったので、気にする事無く口を開く。

「……確かに。
 一年の時、数学担当あの人だったけど色々な意味で大変だったからなぁ。
 良い先生ではあるんだけど」

そんな陸の言葉に、彼女はニヤリと笑ってみせた。

「お、そこまで同意見とは。
 新しいクラスにそういうヒトがいるのは嬉しいな」
「同じく、かな」

その女子生徒の笑みに合わせるように、陸も不敵っぽく笑ってみる。
……が。

「むむ」
「どうかした?」
「貴方、そういう笑い方似合わないと思う。
 真面目そうな顔してるんだから、もっと貴方に似合う良い笑顔あるんじゃないかな」
「……はい?」

初対面と思しき女の子にハッキリキッパリそう言われ、陸は思わず目を点にした。









これが、平良陸による霧里薫との出会いの記憶。

はじまりに至らない『始まりの物語』。

『今』の彼らが忘れかけている、本当のハジマリだった。







……続く。