魂跡鳴動 ゼトレシオン










 信じている。ずっと信じ続けていた。

 人として当たり前の事を当たり前に出来る彼だから。
 そんな彼を信じる事こそ『人として当たり前』だから。
 ああ、そうだ。ソレが出来る彼こそが一番人間らしいのだろう。
 だからこそ、一時の間、彼に守られる事で彼を守りたいと思う。
 人間らしい彼を守る事は、人間を守る事に繋がっている筈だから。
 人間らしい彼を守らずに、人間は守れないと思うから。
 それが傍目から見て、矛盾だらけで間違っているのだとしても。
 それが最終的には『人として当たり前の事をした』事になるのだと信じて。

 だから、信じる。
 ……彼が、鋼の巨人に乗るという決断を下してくれる事を。










 園部元臣(そのべもとおみ)二十六歳・独身は急いでいた。ゆえに走っていた。
 誰かが何故急ぐのかと尋ねたのなら
「急いでんだよ! 聞くな! ……要は遅刻しそうなんだよ!」
 と文句を言いつつも彼は律儀に答えていただろう。

 そもそも、元臣がこうして急ぐ破目になっているのも、そういう性格故の事だった。

 今日、元臣はとある企業の面接を受ける事になっていた。
 前の会社をクビになったのが二年前、
 その後入ったアルバイト先が潰れたのが二ヶ月前、
 就職難の時代ゆえか面接で落ち続けていたのが一ヶ月前まで。
 今度こそはっ!の思いこそあるが、今回は大企業だし無理だろうなぁ、とも思いつつも、
 期待を込めて時間的余裕を持ち、かつての会社勤めから住み続けているアパートを出て二十分後。
 会社最寄の駅に降り立った元臣は、名も知らぬ少女が抱えていた大荷物をぶちまけていた現場にたまたま遭遇してしまった。
 一度はスルーしようと少女に背を向けた元臣だったが、
 結局放っておけずにに荷物を拾い集めるのを手伝った結果、
 思いの外時間を取られてしまい、現状に至るという訳である。

 元臣は、昔からこの性分、性格で損ばかりしていた。
 学生時代よく喧嘩に巻き込まれたり、
 誰かを助けようとした結果、輸血が必要になるほどの大怪我をしたり、
 そもそも以前の会社をクビになったのも、この性分で色々な事がこじれた結果な辺り、
 そろそろ改善を考えるべきなのかもしれない。

「……ま、間に合ったみたいだから、まだいいか」

 とか思っていた事をあっさり忘れて、そう呟く事が出来たのは、
 少し前からずっと左側の視界に映り続けていた無骨な灰色が一部途切れ、
 ようやくながら目的の場所(多分)が見えてきたからだ。
 結果的に面接に間に合いそうなので、別に反省する必要はないなと結論付ける……園部元臣はそういう男であった。

 そんな彼の視界に映り続けている灰色は、
 この辺り一帯……とある企業が所有しているドーム何十個分の土地……を、
 ほぼ円形に囲んでいるらしい、ビルほどの高さの壁である。
 なんとなく触ってみると、その壁がコンクリートではない、よく分からない材質のものが使われているのが分かった。
 分からないのに分かるというのも変だが、とは元臣も思うのだが、彼の頭の中ではそうとしか表現のしようがなかったのだ。

(どんな材質にせよ、外側が辛気臭いのには変わりないしな) 

 高い壁が醸し出す重たい景色、辺りの薄暗さは、雰囲気としては刑務所のそれに近い気がした。
 至極真っ当な人間である所の元臣は刑務所に行った事などないのであくまでイメージだが。

 そんな風景が続く中において、
 壁に覆われていない数少ない場所にソレ……元臣が間に合った確信を得たもの……はあった。
 大体六車線ほどの間隔を開けた、周囲より少し高い巨大な門柱。
 しかし、その門の守りは重厚な扉などではなかった。
 場違い感溢れる、どこぞのコインパーキング、
 もしくは高速道路の入り口にあるような安っぽい進入禁止のバーが、左右三車線分ずつ位伸びている。

 そんな左右の門柱の側には『如何にもセキュリティー万全ですよ』と言わんばかりの、
 筋骨隆々なのが服の上からでも見て取れる、警備員らしき服を着た男がそれぞれ立っている。
 それらは普段なら物々しすぎて目を逸らすだろう雰囲気を全力で漂わせていたが、
 生憎と元臣の目的地である本社ビルはここを通らなければ入れない(多分)。
 本当にここなのか、現実逃避気味に少し自信を無くしつつも、
 このまま立っていても仕方ないとばかりに息を吐き、
 元臣は近くにいた警備員の方に歩み寄り、おそるおそる「すみません」と声を掛けた。

「はい」

 見た目どおりの野太い声に内心ビビりつつ、元臣は言葉を続けた。

「わたくし、本日こちらで行われる面接を受ける事になっている園部元臣という者なのですが、
 こちら御里重工本社様で間違いなかったでしょうか?」
「確かにこちら、御里重工本社でございます。お送りした通知書はお持ちでしょうか?」

 頷いて一週間前に送られてきた面接の詳細が書かれた紙を渡す元臣。
 ちなみに、通知書の他にはご丁寧に会社案内・紹介のパンフレットが同封されていた。
 パンフレットには詳細な会社紹介、ケバい化粧で素材を台無しにしてるんじゃないかと思える、
 生年不明の女性社長の写真、主な取扱商品などが書かれており、元臣としては面接前の教材として重宝した。

 閑話休題。
 強面の男は、元臣が差し出した通知書を受け取ると、
 その裏側、右端に表記されていた何かしらのコードに、懐から取り出したバーコード読取装置のような端末を当てた。
 すぐさま、ピッ、電子音が鳴る。
 それを確認してか、警備員の表情が僅かにだが緩んだ……様な気がした。

「はい、確認したしました。園部元臣様ですね。今ゲートを解除します」

 そう言って、男が手馴れた様子で先程の端末を弄ると、プシュッ、と音を立ててゲートのバーがそれぞれ左右に引き下げられていく。
 いや違う。元臣がゲートのバーだと思っていたものは実は『映像』だったらしい。
 ゲートを挟む門柱、その半分程度の高さまでが、
 普遍的な自動ドアのように左右に開き、その向こう側の景色を元臣の肉眼に写した。
 どういう原理・構造になっているかは知る由もないが、
 今まで向こう側が見えていたと思っていたのは『ドア』に向こう側の景色を映し出していたものだったらしい。
 開いた向こう側には、秋晴れの空の下、先程まで『ドア』に映っていたものと全く同じ景色が広がっていた。

「本社社屋は真っ直ぐ進めばございます。中にすぐ受付がありますので、詳しくはそちらで」
「……ありがとうございます」

 呆気に取られていた元臣は気を取り直し、警備員に会釈する。
 人としての当たり前のマナー、礼儀として。
 それは向こうも十分に心得ていたらしく、彼は小さく頷くと、厳ついが確かな笑顔で告げた。

「面接、頑張ってください」
「……あ、はい。どうも、ありがとうございます」

 思わぬ激励の言葉に困惑しつつも『人は見た目じゃないよなぁ』などと思いながら、もう一度頭を下げて元臣は歩き出す。

 少し進むと先程と同じ音を立ててドアが閉じた……らしい。
 ドアには先程まで自分がいた側の景色が映し出されていたようなので、本当に閉じたかどうかは分からないが。
 それらに一体何の意味があるのか……深く考える事はとりあえず止めて、元臣は再び歩き出す。

 そんな彼の視界には遠近問わず様々な建築物が映っていた。
 何かの倉庫や工場、グラウンドやホールなどが幾つも確認できる。
 それらは十二分以上の広さを感じさせる開けた空間のあちらこちらに点在しており、この敷地の広さを存分に理解させた。

 だが一番元臣の目を引いたのは、
 真正面、道の向こう……数キロメートル先、この敷地の中央に聳え立っている(らしい)、周辺の建物で最も大きい本社社屋。

「流石、御里(みさと)重工ってところか」

 御里重工業株式会社。世界でも指折りの業績を誇る企業である。
 取り扱い商品は極めて多岐に渡るのだが、
 その中でも最も有名かつ今現在最も取り扱われているのは『人型機械』である。
 三十年程前から他企業により実用化され始めた人型工作用作業機械、もしくは兵器。
 御里重工はその分野において当初こそ後進だったのだが、
 その分野の草分けだった企業が伸び悩み始めた頃に急激に発展、技術・業績を伸ばし、逆転。
 今では業界ナンバーワンの企業となっていた。

(遠隔操作型人型兵器、ダイバー。一回動かしてみたくはあるんだけどな)

 本社社屋への道の途中、野外に展示されていた全長約十メートルの御里重工製、頭のない人型兵器群を眺めつつも、その脇を通り過ぎ内心呟く。

 ダイバー。御里重工が誇る最先端技術を導入された人型兵器。
 戦車を真ん中から折り曲げたような胴体に太い手足をつけたようなシルエットは、御里重工のみの、他の企業にはない独特の特徴である。

 ダイバーは、遠隔操縦により人命に危険が及ぶ事無く戦場に投入出来る理想的な兵器、という売り文句ですっかり世界に浸透している。
 一部ではゲーム感覚を招きかねない云々言われ、危険視されているが『安全な兵器』という宣伝文句の前には簡単に霞むのが現状である。

 ただし、この兵器の運用については製作元である御里重工から様々な要請が出ており、現実の戦争に使用された事は殆どない。
 もっとも、人間同士の明確な、本当の意味での戦争など、ここ百年間殆ど起こっていないが。
 しかし、戦争に使われていないと言っても、ダイバーは決して張子の虎ではない。
 かなり簡易な操作ゆえ、戦争以外の様々な用途に活用出来る為である。
 それなりの値段だが、決して損にはならない……それが御里重工製ダイバーの評価だった。

(間近で見られたのはラッキーだったな。社員になって触れられたらもっといいけどな)

 元臣が御里重工の面接を受ける気になった理由の一つにそれがあった。
 子供の頃の憧れ……というほど大袈裟ではないが、男子たるもの一度はロボットを操ってみたいと思うもの……元臣はそう考えていた。

 正直な所、元臣は今回の面接でここに採用されるとは全く思っていなかった。一種の冷やかしに近い。
 下手な鉄砲数打ちゃ当たる的発想だ。

 少なくとも敷地内でダイバーを見れたのは記念になるだろう……そう考えている内に、本社社屋たるビルに到着した。
 間近に立つと、思いっきり顔を上げない限り上まで見えないほど高いビルに感心しつつビルの中に入る元臣。
 自動ドアを潜って入ったビルの中は、内装こそ如何にも大企業だったが、元臣が思っていたほど奇抜ではなかった。

 ともあれ面接の場所に行かねば、と大理石で作られ囲まれた受付に足を向ける。
 受付には、受付嬢の鑑と認定しても何処からも文句は出ないであろう、やや童顔の女性が一人座っていた。

「あー……すみません、今大丈夫ですか?」
「はい」

 彼女はポワポワとした雰囲気で、フワフワとした肩まで伸ばした、軽くウェーブが掛かった髪を揺らしながら笑顔をこちらに向ける。

「くっ、眩しい」
「はい?」
「独り言です。
 ……わたくし、今日面接を受ける事になっている園部と申します」
「あ、はい。連絡承っております。今日面接となっている園部元臣様ですね。
 念の為、通知書を確認させていただいてよろしいでしょうか?」

 彼女の言葉に頷いて、元臣は懐に折り畳んでしまっていた通知書を渡す。
 彼女は、入口の時と同様、端末でコードを確認した後、通知書を元臣に返した。

「確認させていただきました。
 それでは面接開始時刻まで、あちらの方でお待ちください」
「はい。……所で、つかぬ事を尋ねたいんですけど」
「へっ? は、はい、な、なんでしょうか?」

 さっきまでとは打って変わって慌てた様子の女性。どうやらマニュアル外の事は苦手らしい。

「今日面接する人間、どれ位か知ってます?」
「あ、はい、えと、確か……十人ほどです」
「思ったより少ないな。
 こんな大企業が中途募集をかけるのは珍しいから警戒してんのかね」
「えと、最近辞めた方の穴埋め的な募集だったので、特にそんな深い意図はない、と思います」
「まぁそんなもんだよな。
 あ、すみません。馴れ馴れしくて。告げ口とか勘弁してくださいね」
「そ、そんな事しませんよ〜」

 言葉とか動作とかにイチイチ可愛げがあるなぁ、と元臣は感心した。
 それが嫌味になってないのは大したものだ。天然であれ、演技であれ。

「ありがとうございます。あ、それとあと一つ」
「な、なんでしょう?」
「トイレ、借りていいですか?」

 ここに至るまで兆しは他にも幾つかあったのだが、
 最終的にはこれがトドメとなり、元臣の人生は彼にとって全く想像し得ないものとなっていく。
 その事を、この時の元臣は、まだ知らずにいた。








 園部元臣が、自身の人生の転換点に全く気付かずにいた頃より少し前。
 元臣の足元よりずっと下……御里重工本社ビルの地下で、
 多くの人生を塗り替える事になる存在を動かすべく、これまた多くの人間が動いていた。
 そんな多くの人間の様子を大まかに把握出来る一室があった。
 そこは第一大型電算室と名目上名付けられている、地下空間の一角にある部屋である。
 部屋と言っても、ちょっとしたホールほどあろうかという広々とした場所で、映画館のような斜面で出来た空間だ。
 その空間で一番高所にある自動ドアが開き、一人の女性が姿を現した。

「お待たせ〜 遅れてごめんなさいねー」

 腰まで届く黒髪を一つの三つ編みに束ねたその女性は、一見すると美女だった。
 しかし、付け過ぎを感じさせないギリギリの香水の匂いと、
 年齢を隠す為の厚化粧、赤色の派手なスーツを纏っている事が、
 全体的に何処となくな残念な年増感を醸し出している。

 そんな彼女こそ御里重工のトップ。
 手腕、性格を社内外に良く知られている敏腕、有能社長こと、御里結(みさとゆい)その人である。
 今の外見から想像出来る年齢相応の落ち着きなど皆無、常にテンションの高い彼女は、
 周囲、特に年配の存在には鬱陶しがられる事も多い。
 だが、その高いテンションに巻き込まれている内に最終的には好感を持たせてしまうという不思議な魅力……
 カリスマともいうべきものも持ち合わせていた。
 そんな自社社長の相変わらずさに周囲は苦笑する。
 その苦笑を受けてますますご機嫌な様子を強めた結は、大きな声で言った。

「いやー、色々買い物とかしてたら遅くなったわ。
 起動に成功したらお祝いしなきゃだものね」
「……それは少し気が早いんじゃないかね」

 結に歩み寄りながら話し掛けたのは一人の老人。
 如何にも老紳士という出で立ちの彼の言動に、その場の何人かが意識を向ける。
 それもその筈、彼は今現在ここで行われているものの開発の、技術的な意味合いでの総責任者だからだ。

 伊方郷(いかたごう)。
 一般的には名前が知られていないが、御里重工創設頃からの最大の貢献者、人型機動兵器開発のエキスパートである。
 また、結とは祖父と孫のような付き合い、関係性を持っている。
 ともあれ、そんな彼がここにいる以上、ここで開発しているものがなんなのかは火を見るより明らかと言える。

「LTSM‐01は……」
「ゼトレシオンよ。いやまぁそっちはそっちでカッコいいんだけど」
「……君は本当にあの男の孫なんだな。ともかく、アレはまだ起動するか否かの段階だ」

 そう言って郷は視線を自分が立つ場所から歩いて来た方……
 映画館で言うならスクリーンがある場所は、ガラス張りになっており、
 その先にはここより更に広々とした空間が広がっている……に向けた。
 特製強化ガラス張りの向こう側にあるのは格納庫……いわゆるハンガーである。
 ハンガーの中央には灰色の巨人……人型機動兵器が一機佇んでいた。その周辺を多くの人間達が行き来している。
 そんな人々の様子を、郷の横に立ち、満足げに眺めつつ、結は呟いた。

「いやいや、博士の作ったものだもの。きっと大丈夫よ」
「何度も言うが、私は博士じゃない。……まぁ、そう言って信頼してくれるのは嬉しいがね。
 楽観は科学者の敵だよ。常に冷静に物事を見た上で……」
「常に冷静、ね。
 十二年前に私が大怪我未遂になった時、大慌てで病院に駆け込んで来てくれたのは誰だったかしら?」
「……そんな昔の事は忘れたよ」
「私はずっと覚えてるから。
 大事な思い出は覚えておく。人として当たり前の事だからね」
「……」
「うーん、しかしやっぱ大きいわねぇ。ダイバーの約三倍だもんね」
「……あの仕様、かつ現状で可能な限りの機能を詰め込めば、ああも大きくなるのは当然だ」
「まぁそうかもね。でも、そういうの抜きにしても大きいってだけで力強くていいと思えるわ」
「そういうものか。まぁ、無理矢理大きく設計したわけでないから私としては別に構わんが。
 君が付け加えたあの余分な機構以外は概ね満足だよ」
「ホント伊方博士はロマンがないわねぇ。男の癖に」
「……君の方が女性の割に男のロマンを理解し過ぎるんだと思うが。むしろ私には理解出来ん」
「十二年前、輸血し過ぎたせいじゃないの?」
「科学的根拠が微塵もない事をよくもそう堂々と言えるな、君は」

 そうして会話が途切れた二人は、揃って灰色の巨人を眺めた。
 巨人の名前は、LTSM‐01『ゼトレシオン』。
 将来予測されている『ある脅威』を始め、あらゆる外敵から人間を、人類を守る為に作られた機体。
 人型兵器ではない人型兵器にして、人型兵器を越える人型兵器。
 結曰く『スーパーロボット』、それがゼトレシオンである。

 今日は、紆余曲折を経て組み上げられた、この機体の初起動実験を行う予定となっていた。

『社長、博士、準備できたそうです』

 第一大型電算室に備え付けられたスピーカーから、ハンガー側にいる組み上げ担当の声が響く。
 その声を聞いた結はにんまりと笑った。これ以上ない上機嫌といった顔だ。

「ご苦労様。それじゃあ……」

 ようやっと始められる。そんな思いで結が口を開きかけた時だった。

「しゃ、社長っ! 大変ですっ!!」

 そんな言葉と共に、一人の男が、結が入ってきた自動ドアから駆け込んできた。

「どうしたの専務? 今日の予定で何かトラブル?」
「いえ、そのっ!? 予定に全くないからトラブルなんですっ!」

 訝しげな表情をする結。
 そんな彼女に、男……この会社の専務である篠崎秋冬(しのざきしゅうとう)は、
 禿げ上がった頭の汗を、取り出したハンカチで拭いつつ言葉を続けた。

「テレビを、いえ、携帯でもなんでも構いません、とにかくニュースを確認……」
「社長、政府から緊急連絡ですっ!!」

 そんな彼の言葉を、別の声が遮った。
 この電算室を行き来する情報を知らせる役目……所謂オペレーターである所の上芳静(かみよししずか)、
 彼女の凛とした聞き取りやすい声である。

「ちょっ!? こっちが先……」
「……いえ、先とかもう関係ないわ。おそらく同じ連絡なんでしょう」

 取り出した携帯情報端末の画面を指先で弄る結の表情は渋いものだった。

「来るべき時が来たって奴ね。……出来れば本当に来てほしくはなかったけど」
「全くだ」

 結の言葉に郷が頷く。二人ともが同質の、何処か苦々しい表情をしていた。








 更に少し時は遡って、場所も少し変わる。
 時は三十分前、場所は御里重工本社が存在している区域より少し南下した山の麓にある街。
 その街と御里重工敷地をを合わせた区域は、戸鈴(とれい)市という名が与えられた都市である。
 戸鈴市は御里重工の影響が強く、展開されている企業などはおろか、
 都市計画・構造に至るまで御里重工の影響を受けていないものはないとまで言われている。
 そして、その御里重工は代々変わった人間が社長をしている(というか御里の血筋が変わった人間ばかりなのだが)。
 それが理由だからなのか、この街には変わった事が多い。

 その中で最も変わっているのは、
 戸鈴市の地下にはシェルターがあり、市内にその入り口が点在している事、
 住民達が避難練習を半ば義務付けられている事だろう。
 それは様々な巨大兵器を開発実験している御里重工のお膝元だから、
 万が一の事故を考えての事だとネットでは囁かれており、重工もそれを否定していない。

 兵器開発をしているとしても大仰であり、疑問視・警戒している人間も少なからず存在しているが、
 避難訓練の際は食事が振舞われたり、様々なイベント事がシェルターで行われたりしている事から、
 全体的な不安は半ば強引に掻き消されているのが現状である。
 今まで戸鈴市が日本でもトップクラスに平和な、犯罪率の少ない街だった事もそれを強めていた。

 ……ただし、そんな『変わっている部分』が、
 何故変わっているかを知っている人間も少なくはないから、掻き消す事が出来ているのだが。

 なんにせよ戸鈴市は基本的には平和な街だったのだ。今日、その時が来るまでは。

 三十分前、戸鈴市のあちこちに、放電現象と共に穴が開いた。
 その穴は物理的な穴ではない。
 空間、世界、そういった形ないものを弄り、無理矢理こじ開けた、形なき穴。
 しかし、そんな穴から現れたのは、形あるモノだった。

 何か文字のようなものが所々に描かれている、
 白く四角いブロック状のものに四本の、蜘蛛のような脚を付けた機械……ロボット。
 大きさは数十cm程度。時折文字部分を赤く光らせる様を含め、
 傍目から見れば、今の時代には珍しくないロボットの玩具のように思えなくもないだろう。
 ただし、それが怪しげな穴から現れた、怪しげな自立行動する存在でなければ。
 あるいは、数百、いや数千というそれらの数に目を瞑る事が出来れば、だが。

 四本の脚をバタつかせ移動する、ほぼ全てが同じ形のそれらが行う、怪しげな自立行動は様々だった。
 街中を群れで疾駆したり、様々な機械に取り付いてみたり、破壊してみたり。
 そんな突然の暴走機械群を目の当たりにして、人々は驚き、困惑した。
 直接的に人を襲うような事はしていないものの、それらの活動により交通はパニックに陥り、事故が多発。
 取り付いた機械を暴走させ、その巻き添えになったりで怪我人が出始める。

 そうなれば公的機関も放置は出来ない。
 当然のようにシェルターへの避難が推奨される中、
 警察が借り出されるものの、警官が警告の後に拳銃などでロボットを破壊しようとした所、
 それらは寄り集まり、組み合わされ、人間大の大きさになった。
 直接的には人間を襲わないらしいそれらだったが、
 自分達の行動を邪魔されれば話は別らしく、
 機械らしい無機質かつ無慈悲な暴力が、警官を始め、自分達を邪魔する人間達に振るわれていった。
 人間大の大きさの機械に対し生半可な手段は通用せず、街の住人達は撤退、避難を余儀なくされていった。

 そうして邪魔者排除後、ロボットは再び自身の行動を再開、結果街は荒らされていった。
 こうなればもう始末に終えないと、警察は配備されている暴徒鎮圧用の武器の使用許可を得ようとする。
 だがしかし、そこは悪いお役所仕事の見本というべきか。
 そう簡単に許可は出せないと、許可が盥回しにされて混乱が続いている。
 それが、戸鈴市の置かれた現状であり、御里重工が少なからず危惧していた『想定内』の出来事であった。








『……と、そういう訳だ。こちらでは即応出来ん』

 御里重工第一大型電算室で、一見するとただの電話である、政府直通回線用通信端末で結が会話をしている。
 その相手は、政府のお偉方……この事態の為に念の為に作られていた部署の責任者である。
 そんな人間を相手にして、結は少し硬い口調だった。
 ただし態度に関してはいつも誰に対してもしている、あるがままだった。

「了解しました。ではこちらで即応しますね」
『皮肉かね』

 軽い口調に通話先の声が僅かに引き攣る。しかし結は何処吹く風、そのままの口調で答えた。

「いえいえ、とんでもない。ともあれ後はお任せください。
 あと警察などに協力要請の徹底をお願いします。
 下手にダイバー出すと混乱すると思うんで、その辺り禁じておいてください。
 盥回しの苦情その他もこちらの方に流してくれれば対処します」
『いいだろう。では任せる。くれぐれも大問題にならないように頼むよ』

 そうして会話が終わる。
 直後、結は如何にもウンザリという表情を隠す事なく浮かべた。

「まぁ予想通りだったけど……ホント漫画のテンプレ的やる気のない責任拒否型役人ねぇ」
「誰も重い責任を自ら進んで取りたがらないのは当たり前だろう」
「そうなんだけどねぇ」

 結は、いや歴代の御里重工の重役達はこうなる事を予測していた。いつか何かが起こる事を。
 政府も知っていた。だが御里重工の人間達よりも真剣味がなかった……そこまで信じていなかったのだ。
 だからこそ、いざという時、つまるところ現状況の為の法整備だけを行い、
 後は御里重工に委託……詰まる所、放り投げていたのだ。
 政府内に専門部署も作られていたが、役人の誰もが天下り先としてしか考えていなかったし、
 恐らく今もそれほど真剣にやるつもりがない。
 責任をこちらに擦り付けておけばいいとでも思っているのだろう。

 しかし、御里重工はそうはいかない。
 そもそも御里重工は、この時の為に人型兵器を開発し続けていたのだから。

「さて、今は被害を最小限に食い止めて、事態収拾しないとね。……本社直属社員の皆さん!」 

 手近の壁に設置している、社内全域に放送できるマイクをオンにして結は叫んだ。

「既にご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、かねてより予想されていた事態が起こりました。
 それぞれ与えられた仕事の全うを宜しくお願いします。
 外部からお越しの皆様。今現在戸鈴市で未知の機械群による事故、事件が多発しております。
 万が一の危険を避ける為にも社員の指示に従って、シェルターに避難ください」

 それを告げた後、結は、第一大型電算室、及び格納庫にいる面々に声が届くようマイクを切り替えて、再び声を上げた。

「知っての通り、聞いての通りよっ! 今からここは第一大型電算室から指令室になるわっ!
 理不尽な事を手伝わせて申し訳ないけど、皆、給料分は宜しくお願いね〜」
『はいっ!』

 そんな軽い呼び掛けに、居並ぶ社員達はそれぞれに強く応えた。
 ここにいるのは、今起こっている事情や状況を飲み込んだ上でここにいる事を納得した者達。
 言わば御里重工の精鋭達だった。
 そんな面々の気合の篭った応答に満足しつつ、結はマイクの機能を社内通話へと切り替えた。
 その通話の先は、格納庫にある一区画。

「……杜鳴(もりなり)隊、準備出来てる?」
『こちら杜鳴隊、杜鳴湊(もりなりみなと)。私以下三名準備万端です』

 結の言葉に答えたのは、若い女性の声だった。彼女の答えに結は、うんうん、と頷く。

「流石早いわね」
『仕事ですので。それに、こう言っては誤解されますが、出向してから一年……待ちくたびれてました』
「そうね。私も同じ。無駄骨になればそれはそれでいい笑い話になったんでしょうけど。
 じゃあ、早速仕事をしてもらおうかしら。
 街でウロチョロしている馬鹿共を徹底的に破壊して」
『捕獲でなくてよろしいんですか?』
「それは後日に。今回色々な意味で初めてだし、早期に状況終結させる事を最優先にするわ」
『了解しました。では杜鳴隊発進します』

 その言葉が発せられた直後、その会話が行われた直上、
 敷地内に展示されていた最新鋭のダイバー『ブレイド』三機が動き出す。
 これを操り、結の命令において戦闘行為その他を行うのが杜鳴隊に所属する三人の人間である。
 彼らは元々は自衛隊に所属していたのだが、出向という形を経た後、御里重工特別社員という事となっていた。
 その役割は、国から委託された『侵略者』との戦闘及びそれに関わる何かしらへの行動。

「二人とも準備はいいですか?」

 その中の一人、隊の隊長である杜鳴湊は隊員二名に呼び掛けた。

『聞くなよ姉貴』『問題ない』

 双子の弟・杜鳴空(もりなりそら)、自衛隊の頃からの仲間である爪沢篤(つまざわあつし)の声が通信用スピーカーから響く。
 三人の物理的な距離はそう離れていない。
 三人は格納庫の一区画にある第三ダイバー制御室内に並んでいるコクピットボックスにそれぞれ乗り込んでいる。
 様々な機械に覆われたコクピットボックス内は如何にも窮屈だが、三人には慣れ切ったものでしかなかった。

「想定演習はシミュレーターでやり続けてきたけど、実戦は初めてです。
 様々な事に留意しつつ、被害を最小限にします」

 言いながらダイバーのカメラが映し出している映像を確認、動作確認も済ませていく湊。

「では杜鳴隊、出撃!」『了解っ!』

 そうして三人の意志を宿した、頭のない機械人形が明確な目的の下に動き出す。

 都市での活動を視野に入れたその足裏にはローラーが装備されており、整備された道の上でこの上なく能力を発揮する。そのローラーを駆動させた三機の『ブレイド』は疾駆、大きく開かれた門から戸鈴市の中心部へと進んでいった。都市部においてローラーを装備しているダイバーの機動性は恐るべきものがある。自動車より大きく速い上に、バイク並みに小回りも効く。
 それゆえに、既に避難があらかた完了していた街はダイバーにとっての最良のドライブコース。
 彼らの機体はあっという間にビルが立ち並ぶ戸鈴市の中心街に辿り着いていた。
 周辺には既に人影はない。
 普段の避難訓練による鍛錬の成果と、警察・消防の的確な避難誘導の合わせ技による早業である。
 そうして避難が済んでいるのであれば遠慮は要らない。
 今も我が物顔、無警戒に辺りをうろついているロボット連中に天誅を下す時が来た。

「こちら01、杜鳴湊。周辺に生命反応無し。目標を肉眼にて確認。
 こちらでは熱源による探知は出来ず。電算室、いえ指令室ではどうか?」
『こちら指令室、こちらでも熱源探知は出来ず』

 友人である静の声がスピーカーから聞こえてくる。湊は感度良好な事に頷きつつ、二人に呼び掛けた。

「了解しました。視認対応で対処します。二人ともいいですね?」
『おう。了解だぜ、姉貴』『了解、隊長』
「空は後で説教です」
『ちょっ!?』
「では殲滅に移ります」

 弟の苦情を聞く事なく、湊はダイバーを操作、
 ダイバーはそれに応えて、手にしたライフルで一番手近な機械群を撃つ。
 いきなりの攻撃を機械群は回避しようとしていたようだったが、
 物陰に隠れ、接近を気取られないようにしていた事もあり、
 ばら撒く様に撃たれた射撃の雨に為すすべなく直撃を受ける。
 直後、機械群に緑色の粘着質の何かが絡み付いた。都市戦闘用の特殊弾頭である。
 ペイント弾を改良発展させたこの弾丸は、炸裂と同時に粘膜をばら撒き、生物、機械関係なく相手を拘束する。
 それにより殆ど身動きが取れなくなったロボット群。
 それを湊操作ダイバーの左右の脇を抜けた、空、篤の操作するダイバーが左肩装甲に内臓されていた警棒を抜き放ち、突き刺す事により破壊した。

『うーん、破壊しちゃっていいのかよ? 無傷で捕獲出来そうじゃね?』

 警棒を叩き付けられた事により、歪み、拉げた機械群を油断無く見据える湊の耳に、弟の声が響く。
 湊は小さく溜息を吐きつつ、空の言葉に答えた。

「油断は禁物です。相手が全くの未知である以上、確実な撃破がベストだと思います。
 センサー展開。辺りに毒ガスその他検知出来ず。撃破に問題無し。
 以後も警戒しつつ撃破に当たります」

 そうして彼らは街中を徘徊するロボットを遭遇、破壊していく。
 ……そんな状況をビルの上から観察していた、他のものと違う、赤いロボットの存在に気付かないままに。

『なんだよ、大した事ないじゃないかよ』
『確かに拍子抜けではあるな』
「二人とも……」

 事実はどうあれ、今は無駄口を叩くな……そういった注意を湊が口にしようとした時だった。

「えっ!? 熱源反応……?」 

 他に標的は残っていないのか確認しながら、
 乗り捨てられた車があちらこちらにある道路を走っていた三機のダイバーの進行方向、
 大きめのビルの陰になっている箇所に熱源反応が突然現れた。突然現れたソレが熱を……
 内部エネルギーを急上昇させていくのを、ダイバー、指令室両者とも確認していた。

「二人とも次の角の直前で停止、とりあえず様子を……」

 湊が即座に下した判断を口にしかけた瞬間、熱源反応が突如動き出す。
 そして、停止しようとしたダイバー達の前に現れた。

【「『なっ!?』」】

 ダイバーの操縦者達、そして指令室にいた人々から驚きの声が上がる。
 そこに存在していたのは今まで破壊してきた機械群とはまるで違うものだった。
 まず圧倒的に違うのは大きさ。
 今まで破壊してきたものは人間大、ダイバーの大きさと比較すれば三分の一以下でしかなかった。
 しかし、今彼らの機体のカメラが捉えているものは一見では捉えきれなかった。いや、それどころか。

『っ!! 02大破っ!』

 より正確な情報を集めようとした次の瞬間、三機の内の一機……空が操作している機体が破壊された。
 空機を破壊したのは巨大な脚。
 巨大な白い箱状の胴体から生えている、多脚の内の一つが空の機体の胴体部を突き刺し、貫いていたのだ。
 引き抜かれた直後、小爆発を起こした空機は、膝を折り、地面に倒れ付した。
 その間に、他の二機は距離を取っていた。だが、それも無駄でしかなかった。

『03大破。戦闘不能』
「くっ!? 01、右腕部破損!」

 篤の機体、湊のダイバーの右腕も同様に破壊されてしまった。
 しかし湊機はライフルを左手に持っていた為、武器破壊は免れている。
 なので、すぐさまライフルを叩き込む。
 だが、破壊してきたロボットには通用した粘膜は眼前の機体、そのパワーの前には役に立たず、ものともせずに活動を続けられてしまう。
 ダイバー側が見下ろしていたさっきまでとは一転、今や蜘蛛型ロボット側が見下ろした状態となっていた。
 連続で脚を振り落とし、他の二機同様に破壊せんと湊機に迫る巨大蜘蛛型ロボット。

「03、警棒出せますかっ!?」
『可能』

 直後、破壊された03・篤機の肩部装甲から警棒が飛び出した。
 湊機は回転しながら移動する事で、振り下ろされる脚の雨を回避しつつ、ライフルを捨て、篤機から警棒を抜き取る。
 そして、そのまま警棒を脚の一本に叩き付けた。
 だが、可能な限り出力を上げ、回転しながら叩き付けた渾身の一撃は、
 敵ロボットに有効なダメージを与える事さえできなかった。
 逆に負荷を掛け過ぎた為に、湊機の警棒と左手が歪み、動作不能となった。

「くっ! 01武装使用不可、戦闘行動維持困難。機体を廃棄……」
『いえ、そうするにはまだ早いわ』

 それは社長である御里結の言葉だった。
 彼女は普段の明るく軽い口調とは一転、厳しい声で指示を下した。

『湊機はそのままこちらに……会社敷地内に帰還して。その蜘蛛のロボットを誘き寄せながら』
「しかし、それではここが戦場になるのでは……!?」
『むしろそれでいいわ。ここにいる社員はこういう事を想定した訓練その他させてるんだし。
 延々戦闘して街に大きな被害を出すよりはいいわ。
 ……たまたま来てた外部の人には悪いけど、ここは我慢してもらいましょう』
「了解しました。……私の機体の帰還後、予備機と実弾の使用を許可していただけますか?」
『ええ、問題ないわ。存分に使用なさい。ただし周囲に十分に気をつけて』
「感謝します。02、03、予備機起動。整備班の皆さん、実弾使用準備をお願いします」

 会話しつつ回避行動を続けていた湊のダイバーは反転、来た道を戻り始める。
 ありがたい事に、向こうはこちらに興味津々のようで、
 喜んでいるかのような軽快な足取りで地面を揺らしながら追い掛けていく。
 そうして湊が重工の敷地へと移動する中、結はオペレーターに指示を下していた。

「シェルターへの退避を改めて勧告して。外部、内部関係ないわ。
 グチグチ言う奴には金とか暴力とかチラつかせてOKだから。
 命あってのものだねだって事を皆忘れないようにっ!」
『了解っ!』

 直後、緊急用社内アナウンスが流れ始める。それを流し聞きしつつ、結は静に尋ねた。

「解析はどう? 何か分かった?」
「あの蜘蛛ですが、どうやら杜鳴隊が破壊したものと同じ機体の寄せ集め、集合体のようです」
「その様だな。今も合流し合体を続けている」

 静の分析を郷が肯定する。
 当初活動していた機械群が半分に割れたり、斜めから分割したり、三分割したりなどで形状変化。
 それの組み合わせにより、蜘蛛型ロボットの足や身体を形成しているようだった。
 現在進行形でそれが行われている事で……街中に配置している監視カメラで確認している……その分析の正しさが証明される。
 また、それをする為に時折動きが遅くなったりしており、その為、湊機は追いつかれずに誘導を続ける事が出来ていた。

「合体し、出力を繋ぎ合わせる事でより強力なパワーと堅固な装甲を手に入れているようだ。
 いきなりの熱源も合体した事によるエネルギーの増加だろう」
「エネルギーを這わせる事で力を増すって事は、ゼトレシオンと同じか。
 やっぱり相手は想定していた存在って事ね」
「……少なくとも同種の存在なのは間違いないだろう」
「想定外じゃなくてよかったというべき所なのかしら。
 まぁ想定外の侵略者であってもやるしかないんだけど」
「まだ侵略者と決まったわけじゃないだろう」
「そりゃあ、そうだけど……」

 そうして二人が会話している中、壁に備え付けのマイク兼通信装置のコール音が響いた。

『しゃ、社長っ』
「あら和水。まだ避難してなかったの?」

 聞こえてきたのは、結自ら受付嬢に任じた村西和水(むらにしなごみ)の声。
 如何にも受付嬢な風貌と優秀な能力を買って任じたのだが、
 彼女はそんな期待に色んな意味で応え続けてくれている。
 そんな結お気に入りの社員の一人は、慌てた様子で言った。

『あの、まだ皆さん、殆ど避難したみたいなんですけど、
 まだ避難出来てない人が一人いるみたいなんですっ! 
 そちらでも確認していただけますかっ!? 
 面接に来てた人がトイレに行くって言って戻ってきてないんですよ〜っ!!』
「……静。カメラ、確認できる?」
「やってみます」

 指令室側面の画面群が切り替わっていく中、必死の形相で社内を駆け回る何かを発見する。

「そこでストップ、ズームアップして。……っ!」

 結は思わず息を呑んだ。
 監視カメラの映像には 男が……園部元臣が写っていた。
 







『……ですので、最寄の入り口からシェルターに避難してください』
「だからその最寄が何処なんだぁぁぁっ!!」

 繰り返し流されるアナウンスに、答える訳がないと知っていながら元臣が叫ぶ。
 社内、戸鈴市がロボット騒動に大騒ぎしている中、
 たまたま長いトイレだった元臣は一人取り残されてしまったのである。
 情報的な意味でも、物理的な意味でも。

 トイレから出た後で大体察したものの、既に時遅し。
 それらしい場所……シェルターの入口を求めてウロウロしていたのだが、一向に見当たらなかった。
 外部の人間に対して若干不親切なこの状況は、
 基本的に社内の人間への対応練習が多かった事による手抜かりだったのだが、今の元臣の知るところではない。

「いかん、冷や汗が出て来た。
 事故で死に掛けた時思い出すわー。もしかして俺ヤバくないか?」

 携帯で確認した、自分が知る景色が無残に破壊されてる画像は、元臣に危機を感じさせるのに十分なものだった。

「……もしかしなくてもヤバいですよっ!!」
「っとぉっ!? って、さっきの受付さん」

 一体いつの間にそこにいたのか、元臣を応対していた女性……村西和水が立っていた。
 肩で息をしている彼女の様子から、必死に探してくれていた事を元臣は察する。

「悪い、俺のせいで避難遅れたんだろ」
「いえ、こちらこそ、気が回らず……何分初めてのことだったので」
「いやーそりゃあ皆初めてだろ。謎の侵略者の攻撃なんて」
「ああ、そう言われてみればそうかもしれませんね」
「そうそう。ははは」
「うふふ」  
「「って、和んでる場合じゃなぁぁぁあいっ!」」

 現状を思い出して、同時に叫ぶ二人。

「えと、どうすればいいんだっ!? 
 死ぬのはまだ勘弁してほしいんだっ! まだ新規携帯代金を払い終えてないっ!! 
 借金的なものを放置したまま死ぬのは人としてどうかとっ!?」
「お、落ち着いてください」

 先に冷静さを取り戻したのは和水の方だった。
 彼女は小さく咳払いした後、
 真剣な表情で……童顔のせいか、一生懸命何かをやっている子供の純粋さ的魅力がある……言った。

「今からシェルターにご案内します。
 ただ、この辺りはもうしっかり入り口閉めちゃったと思うんで、外にある入口から入ろうと思いますがいいですか?」

 彼女の懸命な表情を見て、元臣は気を取り直した。混乱していては助かる命も助からない。

「……それしかないんだろ? 急ごう」
「はいっ」

 そうして二人は外にあるというシェルターの入口へと向かって駆け出した。 
 一方、結はその状況を知った上で現在絶賛敵を誘導中の湊に通信する。

「湊! こっちに来る時は南側からの帰還は避けて。
 今そっちに避難しようとしてる人間が二名いるの。だから出来るだけ、反対側に……」
『えっ!? すみませんっ! もう無理ですっ! 今南側ゲートから帰還、敵機体も追って入ってきてますっ!』
「はうぁっ!? な、和水さんっ、いえ、和水っ! 
 急いで避難して! 今そっち側にロボットとダイバーが向かってるわ!」
『は、はいっ! でもその、慌てちゃって、道に迷いましたっ!?」
『「ちょっとぉぉっ!?」』

 結とマイクの向こう側にいる元臣の声が唱和する。

「って、叫んでる場合じゃないっ! えっと……位置確認したわっ! 
 和水、今いるところからそのまま真っ直ぐに進んでっ! 杜鳴隊、時間稼ぎをお願い!!」

 結の指示に従って、新規起動させたダイバー三機が、敷地内に入ってきた蜘蛛に立ち向かう。
 だが、蜘蛛ロボットは強く、実弾を使っても装甲を破れず、攻めあぐねているようだった。 

(このままでじゃ、二人の命が危ない……!)

 内心で焦りを呟き、どうするべきか悩む結。実際にはその思考は一瞬でしかなかった。
 顔を上げた結は、真剣な表情で郷に向き直った。

「仕方ないわ。お爺……伊方博士。ゼトレシオン、ぶっつけ本番起動・戦闘テスト行くわよ。
 パイロットは……手が回らないし、私が動かすわ」
「社長、しかし……」
「やりたがってた湊には悪いし、失敗、危険は承知だけど、このままでは突破されてしまう。
 人命には代えられないわ。現行兵器が通じない可能性が高い以上、止むを得ないでしょう。
 それに……ぶっつけ本番なんて面白そうじゃない」

 ニヤリ、と不敵に笑う結。
 しかし郷は知っていた。それは不安に駆られる自身を鼓舞する為のあえての笑みだと。
 今ここにいる誰も……郷以外は知らない事だが、結はまだ若い。
 周囲へのハッタリとして厚化粧で年齢を逆向きに誤魔化しているが、実際は十八歳の少女。
 大学を飛び級で卒業し、高い知能、記憶力を持ち、歳相応には思えないカリスマや判断力を持つが、
 真実の彼女は、ただの少女、乙女に過ぎないのだ。
 だが、結は逃げない。今為すべき事を為す事が、人として当たり前だと考えているがゆえに。
 人として当たり前の事をする。
 それこそが、結がある人物から学び、掲げた、かっこいい人生指標であるがゆえに。

 そうして、そんな思いを秘めた結はスーツのまま、
 ゼトレシオンを遠隔操作する為の第零ダイバー制御室に駆け込み、コクピットブロックに滑り込んだ。
 ゼトレシオンのコクピットを模した中はダイバーのコクピットよりはずっと広い。

「整備班、博士、準備はいい?」
『……元々起動実験の準備は進めていたんだ。問題はない』
「ならOK。ゼトレシオン、南口シェルター付近の発進口に移動。近くに出して壁役に使うわ」
『了解っ! 聞いたな、お前らっ!』
『はいっ!』

 結の言葉に応えたのは整備班長。
 彼の言葉に御里重工本社専属整備班の面々が応え、直後ゼトレシオンが立ったまま射出口へと移動されていく。

『ゼトレシオン射出!』『射出!』

 移動完了したゼトレシオンは、上方に展開、解放された穴へとリフトにより射出される。
 十秒と経たず、ゼトレシオンが地上に現れる。
 陽光を浴びる巨体は、奮戦を続けるダイバーのメインカメラ、そして蜘蛛型ロボットにも確認された。

「このシチュエーション、燃えるわぁ」

 コクピットボックス内で舌なめずりする結。昂ぶる気持ちのままに彼女は叫んだ。 

「さぁ行くわよ。ゼトレシオン、起動ッ!」

 その言葉と共に、ゼトレシオンが起動する……はずだった。だが。

「って、あれ?」
「ぜ、ゼトレシオン、起動してません!!」
【「『はぁぁあぁぁっ!?』」】

 その状況を目の当たりにした人間の殆どが混乱の叫びを上げた。
 しかし、混乱している暇さえ彼らにはなかった。
 ゼトレシオンに注目した蜘蛛型ロボットが、敵だと思ったのかダイバー達を無視して突撃を仕掛けてきたのだ。

「ちょっ!? ま、待って!! あわわわわっ!?」

 慌てて周囲のボタンを押したり、幾つかある操縦桿を動かすものの、灰色の巨人はピクリともしない。
 結果、まともに体当たりを受けた鋼の巨人は宙に弾き飛ばされた……。








 彼は、伊方郷は知っていた。
 ゼトレシオンが動かない事を。正確に言えば『この世界の人間』には動かせない事を。

 この場にいる面々……社長である御里結さえ知らない敵の正体が、
 異世界……平行世界からの存在である事を彼は知っていた。

 何故なら、彼は元々そちら側……異世界にいた人間だったから。
 伊方郷・本名ゴールヴェ・イガテールト・アストガルは、
 様々な苦境に喘ぐ、限界に達した世界……自国を救う道を平行世界に求め、
 その為の移動手段と力の誇示を両立出来る機動兵器を製作、
 それに組み込むエンジンとして、
 搭乗者の生体エネルギーから発せられる『波』を受けつつ増幅する事で凄まじい出力を弾き出すシステムを開発テスト中、
 偶発的な事故で今いる世界に機動兵器ごと飛ばされた。
 
 当初こそ元の世界への帰還やこの世界の資源その他を奪う事を考えていた郷だったが、
 郷の持つ技術・才能を見出した結の祖父に拾われ、彼の妹と結婚した事で、
 いつしか他世界に迷惑を掛けたくないと思うようになっていった。

 だが、郷がそう思った所で、向こうに技術やデータが残っている事から、
 いずれはこの世界に故郷からの来訪者が訪れ、侵略を行う可能性は低くなかった。
 それに対抗すべく、郷は結の祖父に事情をぼかしながらも、
 かつて自分と共にやって来た機体から異世界の侵略の危険性がある事を訴え、
 その対抗手段としてダイバーを始めとする兵器を開発した。

 しかし、郷は故郷の人間が世界同士の戦争で死ぬ事を望んでいなかった。
 勿論、もう一つの故郷たるこの世界の人間が死ぬ事も。
 それを避ける為には両者を圧倒的な抑え付ける事が出来る力が必要だと考えた。

 その思想の下に作られたのが、ゼトレシオン。
 こちらの技術をベースに再製作した、始まりの機体。

 そして、それを操縦出来るのは、
 今いる世界技術による操作ロックを解いた上で、特殊で強い生体波形を持つ……
 肉体的にはあちら側であり、精神的にはこちら側でもある人間、
 つまり自分とその息子、孫のみ。

 自分達ならば世界の仲立ちが出来ると考えての事だった。

 自身を実の祖父と同様に慕う結を騙すのは心苦しかったが、
 彼女や御里家を含めたこちら側とあちら側、平等に両方守る為に必要だとして、郷は試作型ゼトレシオンを完成させた。
 だが彼は迷っていた。
 どちらかが一方的に仕掛けてきた場合、ゼトレシオンの力はどう使われるべきなのか。
 そもそもあちらの世界の人間はまだ生き残っているのか。
 自立機械だけが残った世界になっていないか。
 その時自分は、自分の家族はどうすればいいのか。
 そうして迷う中で、今日の出来事が起こった。
 意志ある者が送り込んだのかどうかは分からないが、
 少なくとも今回送られたものが無人兵器、あるいは調査機械であるらしい事を郷は当初から見抜いていた。
 だが、それ相手でも、ある程度の対抗措置として作ったダイバーは通用しなかった。
 であるならばゼトレシオンを使うしかない。
 だが、自分達にしか使えない事を知られるのは避けたかった。

 そんな迷いの中、ギリギリになった時にのみ自身が操縦する事を決意、郷は状況を見守っていたのだ……。









 その頃、避難の為にシェルターへと走り続けていた元臣と和水の二人はようやくシェルターの入口……見学来客用のトイレと共にあるらしい……を少し離れた先に発見していた。

「あ、あそこですっ! シェルターの入口!!」
「よ、よっしゃっ、急いで中にっ!!」

 そう言い掛けた、まさにその瞬間だった。
 弾き飛ばされた巨人が、二人を遮るようにシェルター入口近くへと飛び込み、倒れ込んできたのは。

「ちょぉっ!?」
「えぇぇぇぇっ!? い、入口が……」

 不幸中の幸いと言うべきか、倒れ込んだ巨人が二人及びシェルター入口を潰したり、破壊するような事はなかった。
 だが、その入口を倒れた巨体が遮っており、実質二人はシェルターに入れなくなってしまった。

 そんな現実を目の当たりにした和水の体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

「はうんっ」
「って、アンタ! 気絶すんなっ! 後の事を考えろよ! 俺に丸投げすんなぁぁぁぁっ!!」

 慌てて抱き留めて地面に倒れる事は阻止する元臣だったが、状況は最悪である。
 ロボットが吹き飛ばされてきた方向を見ると、巨大な蜘蛛ロボットがカタカタと四角い頭部を左右に揺らしていた。
 その威容を目の当たりにして、元臣の口が思いっきり恐怖で引き攣る。

「ちょ、これ、死ぬッ!? いやいやいや、マズイマズイマズイ、ってこっちにくるぅぅぅ!?」

 しかし元臣が危惧したようにはならなかった。
 呆気に取られていた湊達が攻撃を再開、蜘蛛型ロボットの気がそちらに逸れた為である。

「い、今の内に逃げないとっ! で、でも何処にっ!?」

 和水を抱えて別のシェルターに逃げたい所だが場所が分からないし、そもそも入れるか分からない。
 それに正直走って逃げても追いつかれる気がしてならない。
 というか、逃げた先が安全なのか。
 見捨てて一人逃げるのは人として論外である為、問答無用に一番最初に却下済み。

 一番いいのは少し先に転がるロボットが動いてシェルターに入れるようになる事。
 しかし、どうもこのダイバーとは違う、頭を半分だけ出している妙なロボットは動いてはくれない様だった。
 このままではにっちもさっちも行かない……
 そう考えた元臣は、和水がつけていたヘッドフォンのような通信端末を装着して、向こう側に呼び掛けた。

「おい、誰か聞いてるかっ!?」
『っ! 良かった、生きてたのね』

 聞こえてきたのは女の声。
 何処かで聞いたような声だったが、今はそんな事はどうでもいい。

「今かろうじてなっ! 死にそうだけどっ!」
『ああ、うん、その、ごめんなさい』

 元臣の剣幕に押されたのか、負い目があってか、通信先……結は気まずげに答えた。
 申し訳なさげなその声を聞く事で幾分冷静さが戻ってきた元臣は気を取り直す。

「あ、いや、謝らんでいいけど、ってそれより! 
 この半顔灰色ロボット遠隔操作で動かないのかよ!? 
 今日日アニメでも遠隔操作が基本だろうが!」
『動くはずだったのよっ! その、なんか動かなかったけど』
「おぃぃぃっ!! これ動かないと俺も彼女もシェルター入れないだろが!」
『いや、そう言われてもっ!? 私もどうにかしたいと思うんだけど!』
「お前らに言わずに誰に言うんだよ! 
 遠隔操作が駄目なら、こっちで直接動かせないのかよ! 
 それっぽい外見してるくせに!!」
『……いまなんと?』
「こっちで直接動かせないのかって!
 昔のアニメのロボっぽい外見くせにっつったんだっ!!」
『……分かってるじゃない。ロマンって奴を』
「はぁ?」
『正直動かせるかは分からないけど、直接操縦は出来るわ。
 整備用名目で付けたコクピットがあるの。場所は左胸よ。倒れてる今なら簡単に乗れるでしょ』
【「『社長っ!?』」】

 マイクから複数の、追及するような叫びが響く。しかし結はシッカリキッパリと告げた。

『どの道、このままじゃどうしようもないわ。だったらやれるだけやってみましょう。
 園部さ……園部クン、よね?』
「なんで名前知ってんだよ。っていうか、社長?」
『名乗ってなかったわね。私は御里重工社長、御里結。
 貴方が我が社に面接に来た人間なのは承知しているわ。
 社長たるもの末端人事も知ってて当然だからね』
「凄ぇな、社長って」
『人を扱う人間としての当たり前よ。まぁ今はそんな事どうでもいいわ。
 責任は私が取るから好きなようにやっちゃいなさい。
 杜鳴隊、聞こえる? 返事出来そうにないならそのまま聞いてて。
 今からゼトレシオンを直接操縦で動かしてもらうわ。少なくともソレまでは時間稼ぎを』
『了解っ!』
『じゃあこっちで色々準備するから、乗るんなら急いで』
「くっそ、しょうがねぇなぁ……!」

 ぼやきながらもロボットに向かって走っていく元臣。
 近付いていくと、思った以上の巨体と、そのヒロイックなデザインに驚かされる。
 両肩にくっついている、禍々しいデザインの『もう一つの手』が気になるといえば気になるが、
 それ以外は疑問を挟む余地のない、まさに正義のロボットというべき姿だ。

 ただ、そんなデザインのソレが少年漫画のやられ役のように倒れている姿はなんとも言えないシュールさがあった。

「なんだかねぇ。っと、左胸ならこっちから行くか。」

 倒れているのは幸運だというべきなのか、今なら大した苦もなく乗る事が出来る。
 和水を抱きかかえた元臣が巨人の左手の指先から駆け上っていく間に、
 左胸装甲が上部に開き、中から円柱……球形状にも見える何かがせり出し、途中で静止した。
 どうやらコクピットらしい、と元臣が考えている内に側面の一部がスライドし、開いた。
 蜘蛛型ロボットが食い止められている様子を確認しつつ、その入口の淵に足をかける元臣。

「おお、結構広い。シート二つあるけど、どっちがメインなんだ?」
『後ろが予備……っていうか、用途的にはオペレーターシートなんだけど』
「要するに前が操縦用か。っと。悪いな少し我慢しててくれ」

 薄暗さに不便を感じながらも、元臣は和水を後部シートに載せてシートベルトを締め、自身は操縦シートに座り込んだ。

「で、どうすればいいんだよ」
『右の下の方に青く点滅してるボタンあるでしょ。ソレ押して』

 言われたままにボタンを押す。
 すると先程まで開いていたコクピットの扉が開いた時と同じ音を立てて閉じた。
 直後、周囲が明るくなり、ウィーンという機械音と共に頭上から何かが降りてくる。

「ハンドル……?」

 降りてきたソレは形が多少違うがそう称していいものだった。
 コクピットに沿った形の極薄ディスプレイも直後に降りて来て、すぐさま周囲の状況を映し出す。

『第一操縦桿。ハンドルでも間違ってないけど。
 そういう感覚で操作出来る様にしたものだし』
「は?」
『つまり、ロボットを前後左右に移動させるだけなら、車の操縦と同じって事。
 貴方免許……持ってたわね。なら話は早いわ。後は、機体が動かせるかどうか』
「大体、ここが電源入ってるのになんで動かないんだよ」
『コクピットが緊急脱出用ポッドでもあるから独立で動くようになってるのよ。
 ただ、それが今の所、ゼトレシオンと連動出来るのか分からないだけで。
 今日が初起動の日だったの。ともかくエンジンを入れて』








『それも車と同じで良いのか?』

 指令室に響き渡る元臣の声。
 彼のサポートをしやすいように指令室側で通信を解放していたがゆえである。
 そんな元臣の声に、指令室に戻ってきた結が答える。

「違うわ。……伊方博士、認識ロック解除お願いします」
「……君はソレでいいのかね?」
「ゴチャゴチャ言ってる場合じゃないというか、今もゴチャゴチャ言い過ぎなんだから急がないと」
「動く保証はないぞ。無駄かもしれない」
「それもやらなきゃ分からないわ」
「……」
「……」
「……分かった。いざと言う時は私も試してみよう。やらなきゃ分からないんだろう?」

 郷は内心で理由付けが出来た事に安堵していた。これで少しは怪しまれずにゼトレシオンを動かせる。

「ありがと、お爺ちゃん」
「……認識ロック、解除」

 罪悪感を抱きながら、郷は近場にあった、彼専用の制御コンソールで数度キーボードを叩く。








 直後、ゼトレシオンコクピットで、ハンドルのクラクション部分……通常のハンドルであれば……に蒼い光が点る。
 どうやら小型のディスプレイになっているようで、
 恐らく何かしらのプログラムなのだろう文字がスクロールされていく。

『そのディスプレイ部分に左右どっちでもいいから拳を当てて』

 先程同様言われたままにすると、当てた部分から緑色の波紋がディスプレイに走った。
 少し驚きながら手を引く元臣。
 それとほぼ同時に、ハンドルが降りてきた時の機械音と共に、
 上部からL字型の筒状の何かが二つ、元臣を挟むように降りてきた。

『大丈夫、それでいいの。これで貴方は一時的にパイロット認証されたわ。
 さぁ問題はここから。その筒みたいな第二操縦桿の中に両手を突っ込んで。
 中にグリップがあると思うから、それを握って思いっきり前に押して。
 それを押し込む事が出来たら第一操縦桿のディスプレイに、起動確認の文字が出るはずだから、それで起動完了』
「押し込めなかったら? もしくは、文字が出なかったら?」
『起動失敗よ。
 もし動かなかったら、足元の赤いボタンを押して脱出ポッドを使ってそのまま逃げちゃって。
 正直それも危ない気もするんだけど、降りて逃げるよりはマシだと思うし。
 後の事は気にしないでいいから』

 どれが一番正しい、的確な判断、手段なのかは誰にも分からなかった。
 だが、今の状況において、元臣が今やるべき事は、人として当たり前にすべき事は唯一つ。

「分かった。じゃあ……やってみるか」

 そう呟いて、元臣は第二操縦桿のそれぞれに手を突っ込み、前に押し出そうと試みる。だが。

「くっおおおおっ?! って動かねぇぇえっ!?」

 第二操縦桿はピクリとも動かなかった。

『やっぱ無理かー。仕方がない。操縦は諦めて早く脱出……』
『社長、申し訳ありませんっ!! 抜かれます! 
 新型に乗ってる人早く逃げ、いえ、ショックに備えてくださいっ!』
「えっ!? ちょ!」

 女性の……ダイバーパイロットの声に顔を上げると、
 再びこちらに興味を持ったのか、ダイバーの相手に飽きたのか、
 蜘蛛型のロボットが脚をバタバタと動かしながら迫り来る姿が拡大され、視界に入った。
 少し離れているが、後十秒もあればこちらに辿り着くだろう。

「くっ!?」

 瞬間、元臣の脳裏を様々な思考がスパークする。
 どうすればいいのか。
 その中で一番重要な事は、自分はショックに備える事は出来るが、後の受付嬢はそうもいかないという一点だ。

「……ッ! させるかぁぁぁぁぁっ!!」

 一番の思いが叫びとなって溢れ出す。
 そしてその思いのままに、元臣は操縦桿を思いっきり押し出した。
 その瞬間。

『ガチャン』と。

 何かが嵌る音が響いた。少なくとも元臣にはそう聞こえた。
 直後、第一操縦桿のディスプレイに『起動開始……完了』の文字が浮かび上がり、消えた。

【「『なっ!!??』」】 

 それは、この状況に立会い、目撃した人間達全ての言葉だった。
 そんな、驚き、当惑、様々な感情を巻き込みながら。

 ゼトレシオンは、起動する。

 全身に駆動音が響き渡り、全身を覆う装甲の各所に小さな蒼い光が、クリスマスツリーを彩るイルミネーションのように瞬いては消えていく。
 それと同時に中途半端にしか出ていなかった顔がせり上がり、頭部の全てを露にする。
 人を模した顔を覆う、兜であり仮面たる、ロボットアニメの主役ロボのような、巨大な角で天を指す頭部。
 直後、人を模したようなメインカメラとなる二つの目が蒼く輝き、機体が起き上がっていく。
 それはオペレーティングシステム、プログラム、AIに記された動作。
 格納庫でない場所で倒れていた場合立ち上がり、
 次の動作に移行できる状態にするという、ゼトレシオンにとっての当たり前。
 当然に従い、灰色の、鋼の巨人……ゼトレシオンは立ち上がった。
 それを目の当たりにして驚きを隠せなかったのは郷だった。

(馬鹿な……!? 何故動かせるッ……!) 

 そんな郷の外面はともかく、内面の驚きなど皆は知る由も無かった。
 驚きの原因……当然動かした張本人である元臣さえも。

「……振動が、あんまりない……?」

 ショックを軽減するような構造になっているのか、
 立ち上がる際の衝撃は殆どなかった事に驚きながら元臣は状況を確認していく。
 起動から今まで約三十秒。
 元臣の推察通りなら、蜘蛛型ロボットはとっくの昔に到達していたはずだった。
 しかし、蜘蛛型ロボットは途中で制止、ゼトレシオンの動きを観察していた。 

 とりあえず、その事に安堵しつつ……
 全長はともかく全高は、横這いになっている蜘蛛よりもゼトレシオンの方が大きく、
 見下ろせるようになっていたのも安堵の一因だった……元臣は状況を確認していく。

「えと、ど、どうすればいいんだ?」
『……貴方に任せるわ』
「ちょっ!? 何言ってんのっ!?」
『こちらとしては、あの蜘蛛をぶちのめしてほしいんだけどね。
 今の状況でアレ倒せるの、貴方が乗ってるロボットだけだろうし』
「……」
『でも素人の貴方に任せるのは酷だってのは私にも分かってる。
 一緒に乗ってる和水の事もあるし。
 ただ、どうするにせよ責任はこっちが全部持つわ。
 だから貴方は逃げるなり……』
「ああ、分かった分かったよ」
『え?』

 小刻みに動きながらこちらを観察しているらしい蜘蛛型ロボットを睨みながら元臣は言う。

「ここで逃げたら駄目なんだろうな。コレでしか倒せないってんなら尚更に」
『……ありがとう』
「気にしなさんな。困っている人がいたら助ける。
 人として当たり前の事だろ。
 だからまぁ、ギリギリまでやってみるさ。
 後ろの人には確認ないままでやっちゃうのは悪いんだけどな」
「わ、私なら大丈夫です」
「って、気がついてたのか」

 顔だけ向けると、そこには身を乗り出し気味に真っ直ぐ自分を見据えている和水がいた。

「今さっき、ですけど、その、なんとなく分かってますから、はい。
 こういうのを倒す為に、今の御里重工はあるんです。
 私はその社員ですから」
「……うわ、かっこいいな、おい。そう言われちゃあますます逃げられないな」
「あ、ご、ごめんなさいっ! 逃げてもらっても」
「いや、いいって。それに向こうもどうもやる気らしいし」

 敵ロボットは、蜘蛛よりも多い脚をばたつかせ、威嚇するような不気味な動きを見せていた。

「……よし。やっぱ逃げていい?」
『おい』
「いや冗談冗談。えっと、普通に動かす時は自動車の操縦と同じだっけ? じゃあ、まず」

 歩かせようとペダルを軽く踏み込む元臣。するとそれに反応し、巨人が一歩足を踏み出した。

「お、おお。よし、じゃあ……」
「あっ!? 前っ!! 来ますっ!」

 一歩歩いた事で蜘蛛型ロボットが反応、ゼトレシオンに飛び掛ってきた。
 とりあえず歩かせる事に安堵していた元臣は、左右の操縦桿を握ったまま、慌てて反射的に身を引いた。
 すると、それに反応して巨人が大きくバックステップ。
 その際、脚部と背中からエネルギーが噴出され、ジャンプと着地を自動で調整、サポートしていたが、元臣はそれに気付かない。
 というより気付く余裕もなく、起こった事を把握しようとする事で精一杯だった。

「っと、よ、避けれた? ホント、あんまり揺れないな。
 凄い事なんだろうけど、これ元々遠隔操縦仕様なんだよな?」
『備えあればなんとやらよ』
「まず備える必要をなくせっ! っとっ!!」

 再び迫ってくる蜘蛛型ロボットを先程同様に大きくバックステップして回避する。
 が、今度は背後にはこの辺り一帯を囲んでいる壁があった。

「ぶつかっ!? うおおぉぁぁぉっ!?」
「きゃにゅおあぁぉあぁぁあっ!?」

 ぶつかるかと思った瞬間、巨人はその壁に両足で着地、
 そこから大きくジャンプして蜘蛛型ロボットを飛び越えていった。
 目標を見失い、かつ勢いを殺せなかった蜘蛛はそのまま壁に激突する。
 壁は壊れこそしなかったものの大きく凹む。
 その際、四角いブロック状のものが蜘蛛から零れ落ちていった。 

「ぅぅぅ……恐かったぁぁぁっ」
「えっと、今のはなんなんだ……」
『機体に積んでるAIが勝手に判断してくれたのよ。
 距離を取った今の内に説明の続きするけど、
 単純な移動や動作なら第一操縦桿で、
 戦闘に必要な動作、殴ったり蹴ったりに関しては第二操縦桿でという感じ。
 今だと右側に進みたい時は右側の操縦桿をそのまま押して。逆も同じ。
 下がる時はさっきみたいに操縦桿を引けばいい。
 パンチは、今縦になってるグリップを横にして回してから前に押し出して。動作は左右同じ』
「そうしてパンチ撃つ時の移動の時はどうするんだよ」
『その辺りは、さっきと同じ様に積んでるAIがある程度勝手に判断してくれるわ。
 ただし、まだまだ学習不足。誤動作するかもしれないから気をつけて』
「素人の俺がで何をどう気を付けろってんだっ!?」
「社長ぉ〜!」
『本当はその辺りをもっと勉強させてから実戦投入するつもりだったのよ。
 ……ほら、ともかくまた動き出したわよ』

 言葉通り、蜘蛛型ロボットが再起動していた。それを油断なく睨みつけながら元臣は言った。

「ああ、もう、とりあえずやってやるよ。えっと、コイツなんて言ったっけ?」
『ゼトレシオンよ』
「ゼトレシオンか。改めて聞くとそれっぽい名前だな。嫌いじゃないぜ。
 じゃあ、行くぜ……ゼトレシオン。ああ、後ろの人も」
「ついでみたいに言われたっ!? っひゃぉぁっ!?」

 和水の悲鳴を背にして、元臣はゼトレシオンを蜘蛛ロボットへと走らせる。

「喰らえッ!」

 そしてその勢いを載せるように教えられたとおりの動作でパンチを放つ。
 その際、両肩についていた『もう一つの腕』が腕の上をスライドし、
 パンチしようとするゼトレシオンの手の上に装着される。
 どうやらそれはパンチの際に通常の腕を保護する為の、あるいは直接攻撃用の腕らしい。
 だが、その一撃はいとも簡単に横移動される事で避けられ、ゼトレシオンはたたらを踏む。
 慌てて体勢を立て直そうとするゼトレシオン。
 その一瞬の隙を突いて蜘蛛型ロボットはゼトレシオンの背後を取った。
 そして、その隙だらけの背中に、ダイバーをいとも容易く破壊した脚の雨が降り注がせる。

『やっぱり素人じゃ勝ち目がっ……!』

 思わず叫んだのはやられた側である所の湊。しかし、そんな彼女の言葉を結が否定する。

『いえ、そうでもないんじゃない?』
「ど、どうなったっ!?」
「え、えと、機体損害は……ゼロ? ぜ、ゼロみたいですっ!」

 分かる範囲で状況確認した和水の言葉通り、
 ダイバーを刺し貫くだけの力があった攻撃を受けて、ゼトレシオンは全くの無傷だった。
 それをアピールするかのように、全身の装甲の所々で蒼い光が力強く瞬いている。
 さらに言えば、攻撃を受けてもまるで微動だにせず、二本の脚でしっかと地面に立ったままだった。
 動揺してか、何かしらを計算しているのか、蜘蛛型ロボットは動きを止めている。
 敵の停止を好機と判断した元臣は、ゼトレシオンを突っ込ませながら、その両腕を蜘蛛に向かって伸ばした。
 その際、グリップの角度を調整する事で、手を開かせておく。
 蜘蛛は、そんなゼトレシオンに気付き、覆い被さる様にしながら嵐の様な攻撃を繰り出す。
 だが、ゼトレシオンはその攻撃をものともせず、蜘蛛の胴体部分を掴み、持ち上げていく。

「……凄いな、このAI。俺のやりたい事ちゃんと汲んでくれてるっ!」

 捕え上げた蜘蛛型ロボットを、ゼトレシオンの両手が押し潰さんと圧力を掛ける。
 ミシミシと皹が入っていく蜘蛛型ロボット。
 この状態で完全に潰す事は出来ない様だが、元臣としては十分だった。頃合や良し。

「おいっ! 全力でアッパーカットって、どうやればいいんだ!?」
『貴方自身がアッパーカットする動きを最小限にする感じでやればいいわ! 
 でもその前に、第二操縦桿の両方のグリップを三回回して! 
 それで出力全開になるから!』
「了解っ! でりゃああっ!」

 蜘蛛を真上に放り投げた後、言われたままに操作する。
 すると『ゼトレシオン、マックスパワー』という音声がコクピット内で鳴り響き、
 ゼトレシオンの全身で瞬いていた光がより強く明滅した。
 そうして、落下してくる蜘蛛型ロボット相手にアッパーカットを繰り出すゼトレシオン。

 ……だったのだが。

『「あっ」』

 外れた。思いっきり外れた。
 初心者の悲しさか、AIの勉強不足か、
 いずれにせよ、渾身の力で繰り出されたアッパーカットは、速く放ち過ぎて蜘蛛に当たる事なく空を切った。

 もう駄目だ。誰もがそう思った。……しかし、次の瞬間、予想外の事が起きる。
 全力で振り上げた反動でバランスが崩れ、ゼトレシオンがひっくり返ったのだ。
 その際、足が腕の勢いに引っ張られる形で振り上げられ、
 図らずもサッカーで言うところのオーバーヘッドキックの状態になった。
 その結果。
 天に昇った脚が、まるで狙い済ましたかのようにばっちりのタイミングで蜘蛛型ロボットに突き刺さった。
 掴み上げられた際、既に皹が入っていた事もありそれで十分だったらしく、
 蜘蛛ロボットは真っ二つに破壊され、爆散した。
 更に言えば、ゼトレシオンはその勢いを利用して、空中でクルッと一回転。
 これまた始めからそうしようとしていたかのように綺麗に片膝で着地した。

【『「……」』】

 あんまりと言えばあんまりな事に、この状況を目の当たりにした全員が言葉を失う。
 そんな静寂を破ったのは、何事もなかったように立ち上がったゼトレシオンに、
 拳を天に突き上げる勝利のポーズを取らせてからの元臣の言葉だった。

「け、計算どぉぉぉりっ!」
【『「嘘つけっ!」』】

 元臣の言葉に対し、突込みが走ったのは言うまでもない。








「なんにせよ、どうにかなった……いえ、してもらったわね。
 ともあれ、協力ありがとう」

 結の意識がゼトレシオンを操縦した人物との会話に向いている隙に、
 郷は先程の戦闘で取得していたデータと、
 御里重工のデータベース内にあった元臣の履歴書から彼の経歴を調べた。
 ネット経由で個人、団体問わず所持しているデータから『園部元臣』に関するものをかき集め、即座に分析する事など、郷にとっては朝飯前だった。
 しかし、そうして集めたデータを見ても、彼に極端に特殊なデータはない。
 今現在、何故か知らないがゼトレシオンを動かすのに必要な波形パターンを所持している……自分達に比べれば少し弱いが……以外は。
 強いてあげるのなら、過去よく怪我をしており、
 十二年ほど前には女の子を車から庇い、輸血を受けるほどの重傷を……。

(事故? 十二年前に?)

 そのフレーズは、何時か何処かで聞いたような。
 そんな事を考えている横で、交わされている結と元臣の会話が耳に入ってきた。

「なんにせよ、一方的に巻き込んだ事は謝罪するわ。本当にごめんなさい」
『……無事に済んだんだから気にするなよ。人として当たり前の事をしただけだしな』
「……変わってないんですね、貴方は」
「? 今何か言ったか?」
「いいえ、なんでもありませ……なんでもないわ」

 結と元臣、二人が交わす会話の内容を理解した瞬間、郷の中の疑問は瞬く間に氷解した。

(ああ、そうか。そういうことだったのか……)

 かつて、結が大怪我しそうになった事があった。
 結果的に結はカスリ傷程度で済んだものの、
 彼女を庇った少年は大怪我を負ってしまった。
 後は物語、フィクションではよくあるパターンである。
 病院に輸血用の血液が不足しており、少年と同じ血液型だった郷が、
 結の懇願や、彼女を命懸けで助けた少年への驚き、感動、感謝から血液を提供した。
 よくあるパターンと違っていたのは、郷が、生物学的には同じ人間で、輸血が可能でも『異世界人』だった事。
 そんな出来事が、彼の生体波形に影響を与えていたのだ。
 元々自分達に近い波形を持っていた者が、
 ソレにより自分達寄りの波形を手に入れるに至り、
 危機的状況に追い込まれる事で強い生体波形が発せられた……詰まる所、あの時既にこうなる事は決まっていたのだ。

(……これが、運命とやらか)

 それに気付いた郷は小さく笑った。
 今起こった事、これから起こるだろう事が、なんとなく可笑しくて、笑う事しかできなかった。








(あーあ。なんかまたいつもの感じで損した気がするぞ)

 園部元臣は、ゼトレシオンのコクピットに座ったまま、口には出来ないボヤキを心で零した。
 損している、確かにそう思っている。いるのだが。

「凄いですね、園部さん」
「はい? 何が凄いってんだよ、受付の人」
「人として当たり前……そうは言ってもこんな事出来る人、当たり前にはいませんよ。
 私、とても凄いって思います」

 だが、人として当たりだと思える事をやった後、
 ごくたまに誰かが見せてくれる笑顔を……
 目の前の女性が見せてくれているような、純粋な感情を……見ると、
 報われた気になってしまう自分がいるのも確かで。

「そんな事ないっての。人として当たり前、それだけだ」

 そう呟く自分と、自分の損になりがちな人生も悪いもんじゃない、そう思ってしまうのが悲しくもあり嬉しくもあり。

「でも、そう思うんなら形で示してほしいなぁとか思ったりしないでもないぞ」

 そんな事を思う自分が照れ臭くて、思わずそんな事を言ってしまう元臣であった。








「へぇ? なら形で示してあげましょうか?」

 渡りに船な元臣の言葉を聞き付けた結は、あえて意地悪そうな笑みを浮かべつつ言った。

『ど、どういう事かなぁー。金一封? いやいやもしかしたらもっと……』
「いやいやそういうことじゃないわよ? 貴方を我が社で採用してあげるって話」
「おおっ! それはそれで……って。なんだろう。凄い嫌な予感が」
「当たり。
 その機体、ゼトレシオンのテストパイロットとして採用してあげるって事だもの。
 勿論いざって時には戦ってもらうわ」

 実際には違う。
 そうなる前にデータを集めて、
 彼でなくても戦えるようにする為のテストパイロット採用だ。
 その前に今回のような存在が現れる可能性もあるが、
 少なくとも今の内ならばゼトレシオンの性能が彼を守ってくれるだろう。今日の戦闘で確信が持てた。

「うげぇぇぇぇえっっ!?」

 そんな結の考えなど当然ながら知る由もない元臣は、蛙の様な声を上げた。
 それが可笑しくて心の中では苦笑しつつ、顔は意地悪な笑みを浮かべて、結は言葉を続ける。

「ああ、勿論嫌なら嫌でも構わないわよ? 
 貴方以外に動かせないと決まった訳でもないし。
 ただ、もし他に動かせる人間がいなかった場合……うふふ」
「今なんで言葉を濁したっ!?」
「さぁ。ご想像にお任せするわ。
 ただ、貴方の想像通りかもしれないから、
 自分で待遇やらを交渉できそうな今の内に決めておいた方がいいんじゃないかしら?」
「お、おのれ、なんという脅迫を……」
「脅迫じゃないわ。……お願い、です」

 そう、それは願い。
 様々な感情、思考、計算が入り混じった、少女の願い。
 元臣を最終的に守る為に、同時に自分の責任を果たし、多くの人を守る為に、結は願う。

 御里結には分かっていた。
 元臣が今日ここにやってくる事が。
 彼が自身の会社の面接希望者と知って、記憶していた。
 だから起動成功個人的パーティー(会社主催と別枠で)の準備も兼ねて、駅前までコッソリ顔を見に行っていたのだ。
 まさか、ドジって素の自分で再会する事になるとは予想だにしていなかったが。
 勿論、彼がゼトレシオンに乗ってしまった事も。
 ただ、自分が『何者』なのか未だ気付かれていないのは御の字である。
 いずれ、本当の自分で彼に会いたいと、改めてお礼が言いたいと結は思っていた。
 だが、今はまだ早い。もっと立派な大人になってからでないと会えない。会う資格がない。
 結はそう思い込んでいたのだ。

 ともあれ、そうして十二年ぶりに会った元臣は、変わっていたが、変わっていなかった。
 そんな彼だけがゼトレシオンを動かせたのは不思議なようで当然に思えた。
 人として当たり前に誰かを助ける彼だからこそ、当たり前に出来たのではないかと思えた。
 しかし、彼だけが唯一の操縦者なのだとしたら、
 御里重工社長として、あるいはこの世界の人間の一人として、彼に協力要請せざるを得ない。結自身が望まなくても。
 もし、これらの事実を誰もが知ったのなら、多くの人は言うのだろう。
『協力するのが当たり前だ』と。
 だが、その当たり前の事が難しい。
 当たり前の事を当たり前に出来る人間が、この世界に一体どれほどいるものか。
 
 少なくとも、そうそういないだろう。
 面接当日の日に、遅刻するかもしれないのに、荷物をぶちまけた少女を心配して、集めるのを手伝うような人間は。
 あるいは、自分の不注意で道路に飛び出した、見も知らずな子供を庇って怪我を負い、
 その上で怪我の原因たる子供に『人として当たり前の事をしただけだよ』と安心させるように笑いかけるような人間は。

 そんな人間だからこそ守りたい、そう思ったのだ。
 結果的に、でしかないのだとしても。

 でも、強制は出来ない。
 彼が望むままにさせたかった。それが様々な矛盾を孕んでいても。

 だから、結は願うしかない。
 だが、御里結には分かっていたのだ。確信していたのだ。

「……くっ、なんだ変な声音出しやがって、騙されないぞ。俺は騙されないぞぉぉぉっ!」

 こんな事を言いながらも、園部元臣は願いを聞き入れてくれる事を。
 何故なら、結は元臣の事を。











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