この物語は。

世界を危機に陥れた魔王から、世界を救った勇者の話……ではなく。

世界を救った勇者の側で戦い続けた特異な少女の話……でもなく。

その二人とともに戦い抜いた魔法使いの話……でもない。

この物語は、そんな勇者パーティーに荷物係としてともに歩いた、一人の青年の物語……その一端である。







勇者のお荷物冒険記〜その弐〜







「じゃあ行きますよ」
「お、おう。来いっ」

よく晴れた空の下。
少女の声に半ばビビリ気味の声で応えた俺は身構えた。

それは、朝食後。
場所は森の中に流れる小さな川の側。

昨日の夕方張ったテントのすぐ側で、俺達は向かい合っていた。

少女の手には、細い木の枝。
相対する俺の手には、そこそこの太さの枝。

その枝を軽く握り締め、少女が駆ける……!

「はっ! やっ! せいっ!」
「うおぉっ!!」

足場の悪さも何のそので繰り出される斬撃。
いくら細い木の枝だと分かっていても、その鋭さは実戦さながらで、実戦さながらの痛みをイメージさせ……だからこそ気合が入る。

が、どんなに気合が入った所で、剣士たる彼女と荷物持ちの俺の差は如何ともしがたいし、限界がある。

「あいたっいたたっ!」

一分と経たないうちに、木の枝がぺしっぺしっ!と連続で当たる。
避けるのがメインなので念の為でしかなかった棒を振り回してみるが、何の役にも立ちはしなかった。
おまけに、痛くも無いのに思わず叫んでしまうという情けなさ。
……これでも始めた頃よりは長く避けられるようにはなったのだが、ソレを差し引いても情けない。

「あ、すみません。痛かったですか?」

そんな俺の反応を気にして、手を止める少女。
全然息が乱れていない辺り、手加減もあるとはいえ、流石という所だろうか。
そんな少女と比較して不甲斐ない自分に苦笑しつつ、息を乱しながら俺は言った。

「はふ……はぁ……はあー……あー全然痛くないから。大丈夫。
 つい反射的に言っちゃったけど」
「そうですか。
 それはなにより。
 でも、実戦だと死んでますからね」

キッパリニッコリ顔で言われて、言葉を失う俺。
と、そこに。

「あのさ。
 こないだから思ってたんだけど……オッサンたち、何やってんだ」

などと声を掛けたのは、朝食を終えた後、白い鎧を身に纏ったばかりの少年。
現状で魔族の要注意人物位置付けでは結構高い位置にいるであろう勇者の子孫で現勇者だ。

出会って少しは俺に対して敬語だったのが、色々話すようになってこの有様である。
まあ、男同士で敬語は鬱陶しいから(個人的見解)それは別にいいのだが。

「……なんか最近オッサンで定着してないか?」
「駄目じゃない。ほんの少し年上なだけでしょ?」

呟いた俺に次いで、たしなめるように少女が言う。

彼女はこの勇者一行の一人である凄腕剣士。
実は魔族の血を引いてたりするのだが、それは彼女と俺だけの秘密である。
……なんかいい響き。

まあ、それはさておいて。
そんな少女の言葉に、勇者君は面倒臭そうに答える。

「この間歳聞いたら結構年上だったからいいだろ」
「え? そうなんですか?」
「まあ、それは事実だけど……それは認識が逆だよ。
 コイツの方が思ってたより年下だったんだよ。
 なんだよ、十六って。まだガキじゃないか」

出会った時の立ち振る舞いや背丈から青年だと思っていたのだが、
正確な年齢を聞いて、実際はかなり年若かった事に少し驚かされた。

「あの」
「ん?」
「貴方は、お幾つですか?」
「野郎の歳なんか聞いても面白くないんじゃない?」
「いえ、その……聞いてみたいです」

何故か少し躊躇いがちに彼女は言った。
まあ、答えない理由もないので、俺はあっさり告げる。

「んー二十五、いや二十六だな。こないだ誕生日だったから」
「二十六……私は……だから、八歳差?……んー………」
「何をブツブツ言ってんだ?
 ともかく、十歳差ならオッサン呼ばわりもおかしくないだろ?」
「お前の価値観おかしくない?
 オッサンっていう呼称は、ある一定以上の年齢であって、自分との年齢差じゃないんじゃ……」
「まあ、いいじゃないか、それは」

親しくなると態度を変える奴なのか、出会った時の丁寧さなど微塵も無い口調でソイツは続けた。

「ともかく、さっきまで何をやってたんだよ」
「あー、あれか? ちょっと逃げ方の特訓を彼女に手伝ってもらってるんだ」
「逃げ方?」
「ああ。荷物係としてお前らに付いて回る以上、足手まといにはなりたくないから。
 まあ基本的にお荷物なのは分かってるけど最小限に抑えたいんだよ。
 だから自分の身は自分で守る……その一環として、彼女に協力してもらってるんだ」
「ふーん。でも、剣の回避術覚えても俺らの相手基本的に魔物だぞ」
「アレはあくまで反射神経を鍛えるものだから。そうですよね?」
「ああ、そういう事だ」
「ふむ。そんなんいらないと思うけどな。
 荷物持ちだけしてくれれば、後は身軽な俺らで何とかするし」
「その言葉はありがたいけどな。
 荷物係としては、お前達に戦闘に専念して欲しいし。
 んで、最終的にはこう、なんてゆーか、もっとちゃんとした形でお前らの助けになりたいし……」
「……くだらないな」

押し殺したような低い声が響く。

それは、それまで全く会話に参加しなかった、木陰に座り込んでいた魔法使いのものだった。

コイツは基本的にあまり喋らない。
勇者達と旅をするようになって一ヵ月半程度だが話した回数は十回程度だろう。
それも行先やら荷物の中身やらの事務的な事のみだ。

大体にして、ローブと一体化しているフードを目深にかぶっていてまともに顔すら見た事が無い。
名前と職業、声の低さでかろうじて性別。
その三つしか俺は知らなかった。

それらから総合的に考えて、一人でいるのが好きらしい……そんな男が何故か気に食わないと言わんばかりに話し掛けてきた事に驚いた俺は、思わず尋ねていた。

「くだらないって何がだ?」
「アンタの努力と、その理由。両方だ。
 ソイツとアンタ自身が言うようにアンタはそもそも荷物係だ。
 私もそれだけしか期待していない。
 ただ、必要ではあったからこそ同行に反対しなかった。
 だから、余計な事をする必要はない」
「……余計か?」

ほんの少しだけ、ムッとしつつ呟く。
だが、奴は気にした風も無くあっさりと答えた。

「余計だ。
 無駄な事をして疲れてる暇があったら、アンタはアンタの本分を全うしろ。
 そろそろ、出発にしなければならない太陽の位置だ」

それだけ告げると、ソイツはスッ……と立ち上がり、魔物か何かを警戒してか入念に辺りを見回してから、森の奥に消えた。

多分、テントの片付けなどが終わる間、用でも足しに行ったのだろうが。

「……むぅ」
「あんまり気を悪くしないでやってくれな」

思わず唸ると、勇者君が声を掛けてきた。
その顔には苦笑が浮かんでいる。

「ここいらの魔物って魔法が効き難かっただろ?
 アイツ、ここ数日それで活躍できずにいたから機嫌が悪いんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。
 他にも昨日の夕飯の事やらちょっとした理由はあるだろうけど……
 アイツは、自分の役目……自分が対魔物・魔族専門の魔法使いである事にすっごい誇りを持ってるから」

その言葉で思い出す。

勇者と魔法使いが幼馴染だと言っていた事を。
同じ土地で生まれ育ち、それぞれの能力を磨き上げるのを横目で見て育った……そんな腐れ縁だと。
そして、魔族たちの侵攻に対し、共に立ち上がり旅立った事を。

「ま、だから、そんな苛々ついでに目に付いて、気に入らないんだと思うよ。
 俺らの……戦いの領分にほいほい顔を突っ込みかけてるアンタが」
「ほいほいって……そんな気軽なつもりは、ないんだけど」

言い訳がましくも呟いてみる。
実際、気軽な気持ちでそうしているわけじゃない。
目下、物理的な意味でもそれ以外でも、何もできない自分なりにできる事を模索している俺としては、それなりの覚悟でやっている事なのだから。

「まあ、それはなんとなく分かる。
 じゃなかったら彼女も付き合ったりしないだろうし?」

少女の方を見て、勇者は言う。
それに対し、少女はうんうんと頷いてくれた。

「アイツだって、その辺の所は多分分かってるよ。
 でも、だからこそ、苛立つって事もあるだろ」

そこで勇者は「折角だからオッサンにも話しておくか」と前置きして言った。

「アイツがフードをずっと被ってるの、不思議に思わないか?」
「いや、そりゃあ……気になってたけど」
「あれはな、ちょっと前にアイツが魔族に対抗する為の禁呪召喚魔法を習得した時に、
 しっぺ返された呪いを隠すためにしてるんだ」
「……俺が言うのもなんだけど、そんな事話していいのか?」
「んー。実の所、別にそこまで重くないというか、命に関わるような深刻な呪いじゃないし。
 ま、だからこそ解呪方法が困難を極めてたりするんだけど……それはそれ。
 呪いを隠すのは同じ魔法使いに魔法使いとしての格が低く見られるのが嫌だってだけだしな」
「しかし、なんでそんな魔法を?」
「……アイツはハッキリと言わないけど、俺達の為だと思う。
 高位の魔族が現れた時の為の手段の取得。
 そもそもアイツが対魔の専門魔法師になったのも、
 人が傷つけられるのが嫌だって性分をしてるからだしな。
 あーいう性格だから、その事実を認めたことは無いけどな」
「……」
「結局、何が言いたいのかって言うと、
 アイツはオッサンが自分みたいに領分を越えて無茶しようとしてるっぽいのに苛立ってるって事と、
 それについてオッサンが気にする事は無いって事」
「どうしてだ?」
「アイツはアイツ、オッサンはオッサン……だろ?
 それに、さっきの口出しは、
 不機嫌なせいで今まで気にしてなかった事が目に停まる様になっただけだしな。
 ココを抜けたら元に戻るさ」
「……そう、かな」
「そうだって。
 さ、支度しようぜ。
 じゃないと、本気で怒られるよオッサン」
「……ああ、分かったよ」

確かに、ここで仕事をしなければ本末転倒だ。

そう思った俺は、気分を引きずりつつも腰を上げ、昨日と今朝に食い散らかした魚やら蛇、薪の後なんかをテキパキと片付け始めた。

そうして支度を整えた俺達は川原を後にした。







「……あー……」

思わずダレ気味の声が、誰からとも無く漏れた。

あれから数時間程度経っていた。
俺達は中々変化しない森の風景を抜けて、ようやく街道に出た所。

街道はある程度道が舗装されている上、弱めの魔物祓いが所々に仕込んであるので基本的に魔物は寄ってこないようになっている。

なっている筈だったのだが。

「また、グレムリンか……」

翼をはためかせ俺達を取り囲む魔物数匹を見て、俺は思わず呟いていた。

先刻話していた魔法が効き難い魔物がコイツだったからであり、街道に出たばかりなのにという愚痴じみたものもあり、取り囲まれた事へのうんざり感もあった。

前衛に勇者と剣士、中間に俺、後衛に魔法使いとなっている俺達は、前衛後衛で背中あわせの状態でグレムリンと対峙していた。

昨日までのしんがりは、魔法が効きにくい魔物が多かったので少女が勤めていて、
今日はその区域をあっさり越える予定だったので通常隊列に戻っていたのだが……見事に仇になってしまったようだ。

「……魔物の区分配置間違って記憶してたかな」
「というか、魔物の勢力配置がまた変化したんでしょうね」

勇者君の呟きに、少女は油断無く魔物を見据えつつ、呟き返した。

そもそも、本来グレムリンはそれほど魔法が効き難いというわけではなかった。
だがココ数年の魔族による魔物の強化……この近辺は他の地域に比べてもソレが顕著らしい……により、そういう風に『変えられていた』。
そのせいで、基本的に一年ごとに更新される魔物の区分配置地図もおっつかないのがココ最近なのだ。

「愚痴はいい……来るぞ」

魔法使いが静かに呟いた、次の瞬間。

グレムリン数体が、俺達目掛けて飛び掛ってきた。
俺は荷物を背負ったままにしゃがみながら駆け抜けて、その襲撃を潜り抜ける。
同じ様に動いたすぐ近くの魔法使いと共にどうにか回避に成功する……が。

「しまった……!!」
「ち」

結果、剣士と勇者、魔法使いと荷物係という状態で分断されてしまった。
俺が思ってる以上に理性があるのか、誘導された節がある。

再度合流しようにも目の前にはグレムリンの半数が立ち塞がっている。

そして、二人は二人でグレムリンと切り結んでいた。
はっきり言って、助けを呼ぶなど愚の骨頂状態だ。

「く、どうする……?!」
「詠唱省略……炎よ焦がせっ!!」

問い掛けたのが馬鹿馬鹿しくなるほどの速さで、炎の魔法が解き放たれる。

反則級の速さの一撃は、途中で分割し、一体一体に降り注いだ。
勿論、逃げる間なんか微塵も無い。

「っぷ…」

立っている方にまで熱気が返ってくるほどの魔法。
だが。

「やっぱり、殆ど無傷かよ……」

炎が収まった中から現れたのは、少々身体を焦がして入るものの余裕で宙に浮いているグレムリンたちの姿。

やはり、この魔物には魔法が効き難い。
全く効かないわけではないが、高位の魔法でなければ通用しないだろう。

「……我は呼ぶ。黒き孔を司る、闇の主……」

ソレが分かっているからか、彼は炎を撃った直後から長い呪文を詠唱していた。
炎は牽制に過ぎなかったのだ。

ココまではここ数日見掛けていた光景だった。

そして、ココから先は彼が呪文を詠唱しているうちに二人が全てを斬り倒している……それがパターンだった。

だが、今回呪文詠唱を支える為に、あるいはソレに頼るまでも無く倒す為に剣を振るっていた二人は、少し離れた所で戦闘中でとてもこちらに回れる状況ではなかった。

ゆえに。
グレムリン達は情け容赦も無く、無防備な彼に襲い掛かった。

「!」

呪文を唱えていた彼の目が動揺に見開かれた瞬間。

「させるかっての!!」

俺は背中に背負っていた荷物の入った大型リュックを投げつけるように、叩きつけた。

『!!』

それは見事なまでにクリーンヒット。
しかも、重さが重さなだけに結構な手応えがあった。
……お陰様で折角綺麗にまとめた荷物がバラバラに転がっていくが、それは後で考える事にする。

ともあれ、思わぬ攻撃に吹っ飛んだ一匹が、近くを飛んでいた数匹を巻き込んで地面に落ちる。

すると、そいつらの意識はこちらを向いた。
明らかな敵意と殺気が丸分かりだ。

前言撤回。
コイツら馬鹿だ。

「……ハッ、こっちだこっち!」

荷物を失った俺は、ここぞとばかりにアピールする。
ソレが功を奏したのか、グレムリンたちは迷う事無く俺に殺到する……が。

「……!」
「遅い、遅い!!」

毎日の訓練の効果が出ているのか、魔物の攻撃はよく見えた。
多分、ちょっと前ならなすすべなく喰われたり突付かれたり刺されたりしていただろうが、今日の俺には奴らの攻撃は当たらなかった。

そして。

「我は汝を召喚す。……黒色領域」

俺がそうして時間を稼いでいる間に、彼の呪文の詠唱が完成した。

彼の声が止んだ直後。
魔物の近くに、黒い穴がバチバチッと稲妻を迸らせながら広がり……その中から人間のものより遥かに大きな漆黒の腕が飛び出した。

『……今日は七匹か。まずまずだな。順調で結構』

ソレ……腕そのものが声を上げる。
何と言うか、場にも腕にも相応しくない……可愛らしい女の子の声。

その声の主たる『腕』は、空に向かい目一杯自身を伸ばしたかと思いきや、
真ん中から七つに別れ、俺と追いかけっこをしていた奴らはおろか、
勇者達が剣を振るっていた相手も掴み取ると一瞬の内に穴に戻っていった。

あまりの早業……というべきか分からないが……に俺達が呆然としている間に、その穴は消失した。
始めから、何もなかったかのように。

「……汝の協力に感謝し、此処に術式を閉じる」

そうして。
そんな魔法使いの淡々とした召喚魔法(?)の締めらしき言葉を最後に、その戦闘は終結した……







「……助かった」

それは、俺が叩きつけばかりに大いに散らばってしまった荷物を皆して拾っている最中。

散らばった荷物を俺に渡しながら、フードの奥に見える端正な唇を動かし、彼は言った。
あまりにもぶっきらぼうだったので、俺は暫しの間それが彼なりの礼だと気付かなかった。

「んー……たいしたこっちゃないさ。
 ただまあ、お前が言うほど余計じゃなかっただろ?」
「……」

さっきの戦闘で思いがけず役に立った回避術を指した言葉に、彼の口元が小さく「への字」を形作る。

「あー。別に勝ち誇りたいわけじゃないから。
 なんていうか、その、少しさっきの話を蒸し返すけど……」

とりあえず荷物を入れなおす作業を止める。
そうして、頭を掻きつつ、言葉を探し出し……俺は言った。

「そりゃあ、俺はお前達みたいに魔法とか、剣技とか使えないさ。
 でも、お前らの戦いを馬鹿にしてるわけじゃないし、ましてや見物人のつもりでもない。
 実際俺はお前らのお荷物だけど……
 とりあえずの同意を得て、今、ココにいる以上勇者ご一行の一人だって思ってる。
 だから、俺は皆の力になりたい。
 それは……お前さんも同じだと俺は思ってる。
 じゃなきゃ禁呪なんて覚えようとしないだろ」
「……アイツめ、余計な事を……」

不機嫌そうにブツブツ呟く彼だったが、あえてソレに構う事をせず、俺は言葉を続けた。

「んで、その為の役割が俺が荷物係で、お前さんが魔法使いなだけ……そういう風に思うんだ」
「……」
「これは俺の勝手な考えなんだけどさ。
 お前さんくらいになれば魔物を倒すのって一人でもできるよな。
 でも、それじゃ駄目だって思ったから、お前さんは勇者君と旅を始めたんじゃないのか?」
「……」
「魔法だけじゃ駄目で、一人でも駄目で……
 だから、勇者君と一緒だったんじゃないかって思ったんだけど。
 んで、それなら……ここにいる皆同じじゃないかって俺は思ってたりするんだ」

まだまだ話し足りてない勇者君はともかく。

半魔族の少女。
何をやるべきか分からないでいる俺。
少なくとも、俺と彼女は一人じゃ……それがどんな理由からにせよ……駄目だった。

だから、今ここにいる。

そして、目の前の彼。

彼は一人でいる事を好んでいる。
だけど、そんな彼の旅は勇者君と共に始まった。

そして、今ここにいる。

「何が、言いたい?」
「う、そう言われると言葉に詰まるけどな……えーと、つまり。
 なんていうか折角そうやって集まってるんだから、多分それには意味があって……
 だから、出来る限りでいいから、行ける所まで一緒に行きたいし行くべきだって思うんだよ」
「……」
「その為の方法を、俺は俺なりに試行錯誤してる。
 それは、お前さんには役に立つかも分からない無駄や余計に見えるかもしれないし、
 苛立つ事かもしれないけど……
 そういう事を通り抜けて……俺は、いつか……荷物係の専門家になってみせる。
 お前さんが対魔族魔法の専門家だっていうのと、同じ様に」
「……!?」
「それなら、そうなったならお前さんのいう俺の本分も全うしてる事になるし、
 俺がやっていく事も無駄にも余計にもならない。
 だから、これから俺が積み重ねていく事を……気分よく見逃してくれないか?」

勇者君は、ココを抜ければ問題ない、元通りだと言っていた。
でも、ソレだと駄目だと俺は思う。

少しの間ならともかく、これから先もそれなりに一緒に時間を過ごすのだから、
互いの不満や疑念はなるべく無い方がいい。

これは……俺の前の職業柄学んだ事だ。

だから、ただ見逃すのではなく、気分よく。
つまり、完全にではなくてもそれなりに納得してほしいという意志。

そして……その決意の形たる、荷物係の専門家。
目指すソレがどんな形なのか……それは俺自身全く分からない。
ただ、そういう存在になる……その意志と覚悟だけは伝えたいと思った。

「……」
「……」

その言葉が食べ物なら、十分に噛み砕けるであろう時間の後、彼は答えた。

「……なら、もっと効率よくやる事だ。
 私は、無駄な事が嫌いだからな。
 そうして、アンタが本文を全うするなら、私としては問題はない」

それは多少不満げではあった。
でも、彼は……確かに向き合った上で、肯定してくれた。
ソレが例えカタチだけだとしても、向き合って、くれた。

そんなに彼に、俺はニッと笑って頷き返す。

「了解。努力するよ」

そうして、話がちょうど一段落した時だった。

「こっちは荷物拾い終わりましたよー」
「思ったより多かったぞ」
「ああ、済まない……」

茂みの奥から出てきて声を掛ける彼女達に振り向きかけた……その瞬間。

「あ、蛇」

彼女達に茂みを荒らされた拍子でか、蛇がニョロッと現れた。
昨日の夕食にも出した、毒の無い蛇。

俺がそう認識した時。

「い……」
「?」
「いやあああああああああああああっ!!?」

俺の後ろの魔法使いが、いきなりそんな悲鳴を上げて抱きついてきた。

「って、おいおい……蛇苦手なのか?」
「う、動いてる……動いてるのは…………駄目……」

そう言えば、コイツだけ昨日の夕食も食べてなかったっけ。
って事は、勇者君が言ってた不機嫌の理由の一つはそれか。
夕食云々言ってたし。

……にしても。

「男が蛇苦手で悲鳴って……
 というか、一番近くにいたからって、男に抱きつかれても嬉しくないなぁ」
『あ』

俺が漏らした声に、前方の二人が揃って間抜け気味な声を零した。

「あー……オッサン知らなかったんだっけ」
「というか、気付いてなかったんですか」
「何が?」

俺の言葉に苦笑しつつ歩み寄った勇者が、震えている魔法使いのフードをめくった。

すると其処には……

「お、女の子?」

そう。
其処にいたのは、女の子。
蒼い髪を二つに分けて束ねている女の子の顔があった。

中性的というわけじゃない。
何処からどう見ても、徹底的なまでに女の子。
そう断言できる魅力的な容姿の少女だった。

「え? で、でも声……」
「呪いが掛かってるって言っただろう?
 禁呪に手を出した報いに元々の声をさっきの黒孔の精霊に差し出す羽目になったんだ。
 んで、コイツの見た目がどうしようもないくらい女の子だから、
 魔法をある程度かじった人間には呪いだって一発で割れる。
 なら、フードを被っていれば、とりあえず男か女か分からないから……」
「あ、ああ……なるほど」

正直、半分程度の理解でしかなかったが……納得は出来た。

「今まで全然気付かなかったんですか?
 なんというか、その……おトイレとか、水浴びとか、一緒にはならなかったでしょうに」

今思い返してみれば、確かにその通り。
勇者君とは一緒になることもあったが、コイツ……彼女とはならなかった。

「いや、だって単独行動好きなんだろうって思ってたから」
「まあソレも事実だけど。
 というか、いつまでくっついてるっていうか、くっつけてるんだ?」
「……! 済まない」

勇者の指摘にハッとして、スス……と離れる彼女。
なにやら申し訳なさそうな顔をしていた。

「んー。別に気にしなくてもいいさ。
 女の子なら尚更問題ないし」

それは、ただ純粋に彼女が気にする事が無いように告げた言葉だった。

だが。
その言葉が思いもよらない事を引き起こす事に俺は全く気付いていなかったし、後になってもどうしてそういう事になったのか分からなかった。

「……つまり、女の子であれば誰でもくっついていていいと?」

ポツリ、と剣士の少女が呟く。

「へ?」
「そうなんですか?」
「いや、まあ、嫌とは思わないかな。俺も一応男だし」
「ふーん、節操ないんですね」
「え、えーと……何が?
 というか、怒ってない?」
「怒ってなんかいませんよ?
 大体怒る理由が無いじゃないですか」
「…」

そう、確かに彼女が怒る理由は見当たらなかった。
そして、彼女の声音は怒っているような響きは無かった。

むしろからかうような声音……にもかかわらず。

「……????? なんでだ?」

何故か居心地が悪く。
俺は、その居心地の悪さをその一日中味合うこととなった……








この物語は。

世界を危機に陥れた魔王から、世界を救った勇者の話……ではなく。

世界を救った勇者の側で戦い続けた魔族の血を引く少女の話……でもなく。

その二人とともに戦い抜いた魔法使いの女の子、の話……でもない。

この物語は、そんな勇者パーティーに荷物係としてともに歩いた、一人の青年の物語……その一端であり。

後に、勇者パーティーの一人として”マスターオブアイテム”の名で知られる事になる青年の物語の序章であるが……続きは、またの機会に。







終わり?







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