この物語は。

世界を危機に陥れた魔王から、世界を救った勇者の話……ではなく。

世界を救った勇者の側で戦い続けた特異な少女の話……でもなく。

その二人とともに戦い抜いた魔法使いの話……でもない。

この物語は、そんな勇者パーティーに荷物係としてともに歩いた、一人の青年の物語……その一端である。







勇者のお荷物冒険記〜序章〜







それは……多分、偶然が重なり合っただけだった。

魔王に支配された世界の片隅の、一中位魔族に支配されていた町で、俺はごく普通に生きていた。

人間の命など意にも介さない魔族や魔物の言いなりになるのは嫌だったが、それでも家族や町の皆が生きていられるならと、抵抗はしなかった。
生半可な抵抗は火に油だってことは、俺にも分かっていたからだ。

そんな中で、彼らがやってきた。

かつて魔王を封印した勇者の血筋の人間という認識をされていた、一人の青年。
人間離れした体術と剣技をもって、勇者と同等の強さを誇った少女剣士。
ヒトの身でありながら、恐るべき才能と魔力容量で高位攻撃魔法を連撃し、魔物を掃討する魔法使い。

彼らは圧倒的な力で魔王軍を撃退、俺たちの町を魔族たちから解放した。

そして、俺は……それを目の当たりにしながら、何もできなかった。

彼らがやってくるまで抵抗しなかったのは選択ゆえだったが、
彼らが魔族や魔物の群れを裂いて、突き進んでいくのを見ても何もできなかった。

戦うべき時に、それでも保身を考えて動けなかった。

そんな自分に嫌気が差した。

だから、俺は……

「ついていきたいって? 俺たちに?」
「はい。荷物持ちでもなんでもいいんです……!!」

そう言って、俺は勇者達についていく事を進言した。

何もできなかった自分を変える為に。

だが。

「貴方にはやるべき事があると思いますよ。
 俺達についていくよりも、この街で」

勇者……多分、俺よりも少し年下のソイツは、そんな事を言った。

その言葉は……正しい。
確かに俺がついていった所でできる事なんてたかが知れている。

でも、それはこの街にいても……何処にいたって、同じ事だ。

一人にできる事なんて、たかが知れている。
世界を救う力を持った勇者様には分からないかもしれない……ってのは屁理屈だが。

そうして食い下がっていると、側にいた少女……激戦を潜り抜けた後だというのに傷一つない……が言った。

「いいんじゃないかな? 実際荷物は嵩張るし」

その言葉に、勇者と魔法使いは、むぅー、と黙り込んだ。

世界中を旅するというのは、正直かなり大変なのだ。

俺も職業柄ちょくちょく遠出する事があるが、食料・衣服・魔物対策の結界テントなどなど……最小限でも荷物は多い。

それが世界を渡り歩くとなると、途中途中の街で追加していくとしても、どうしても大荷物は避けられない。

それでも人が通るだけの道ならば、馬車を利用する事も可能なのだが……彼らの場合、魔物や魔族が存在する道なき道、道なき場所を通る事も多いだろうゆえに、それも適わない。

大勢での移動を可能とする移動魔法もあるにはあるが、魔王の居場所を探しながら、魔族の支配に立ち向かい、各地で魔族への反抗を呼び掛ける彼らには合わない上、それはその魔法を使用する者の場所に関する記憶があっての魔法なので、当時旅を始めたばかりだという彼らには向かない魔法だった。

そういった事を含めて捻じ込んだ結果……俺は、彼らの旅に同行する事が許された。





だが、その旅は俺の想像を越えて、過酷を極めた。





「……あーあ」

全てが寝静まった夜の森。
その中の割と開けた場所で、眠れずにいた俺は荷物の点検を終えた後、一人で肩を落としていた。

その理由としては、今日の出来事が大きかった。

勇者達と共に住み慣れた町を離れて一ヶ月。

ある土地での魔物の掃討を終えた俺達……もとい、勇者一行は次の目的地である、とある王国に向かう途中、この森に生息するモンスター……魔物や魔族ではない土着の特異生物……の襲撃を受けた。

彼らはこういった事に当然のように慣れていて、当然のように撃退した。
俺はというと自分の命を守る事で精一杯、どころか、足手纏いになる場面も何度かあった。

そんな場面がこれまでになかったわけではない。
その度に俺は次こそは足手纏いになるまいと意識してきた。
だが、結果はいつも変わらなかった。

モンスターや魔物、魔族自体にはさほど恐怖は感じない。
町にいた時からも含め、流石に見慣れてしまった、というのは大きい。
まだ本当に強大な魔物に出会った事がないから、なのかもしれないが。

ただ、一つ言えるのは。
何もできない自分を変える為の旅だった筈なのに。
過ぎていく日々の中で思い知らされるのは、何もできない自分の事ばかりだという事。

だからといって、あの町にいた所で自己嫌悪の毎日だっただろう。

なら、どうする事が一番正しかったのだろうか。

そんな今更悩んでも仕方がない事を考えながら、俺は点検を終えた荷物を詰めたリュックの一つを枕代わりに、草むらに寝転んで夜空に浮かぶ二つの月を眺めた。

「こんばんは」

そんな月を雲が覆い隠していくのに合わせるように、俺の顔を覗き込む影が一つ。
それは勇者の相棒である、漆黒の髪の剣士の少女だった。

相棒と言っても知り合ったのは半年程前で、初めて遭遇した高位魔族に苦戦する勇者達に彼女がその実力を見せ付けながら助太刀したのが縁で一緒に旅するようになったとか。

ちなみに男二人は昔からの馴染みらしいが、男の過去には興味ないので詳しく聞いてない(キッパリ)。

ともかく、俺は挨拶を返す事にした。

「……こんばんは。どうかしたんですか?」

一緒に旅をするようになって、一ヶ月経つが、彼女は年上の俺に対し敬語を使う。
他の二人も年下なのだが、男同士という事もあって一週間ぐらいに敬語ではなくなった。
そんな彼女につられる形で、俺は彼女に対しては敬語を続けていた。
年下で、女の子であるにもかかわらず恐ろしく強い事への尊敬も含めて。

「なんだか眠れなくて。他の二人はぐっすりですけどね。そういう貴方は?」
「まあ……眠れなくて」
「じゃあ、少し話でもしましょうか」

そう言って笑う彼女につられて、俺は身体を起こした。
枕にしていた荷物を、放って置くのもなんとなく気が引けて伸ばした足の上に置く。
彼女は、そんな俺の隣に座って、言った。

「今日も大変でしたね」
「う。そ、そうですね……」
「……今日の事、気にしてたりします?」
「……」

痛い所を突かれ、俺は思わず黙り込んだ。

「やっぱり。だったら、気にしないでください」
「いや、気にしますよ……」
「旅の仲間じゃないですか、私達は」

その言葉に、俺は虚を突かれた。
何もできない足手纏いでしかない……俺自身、そう思い始めていただけに。

「……本当に、そう思ってます?」
「はい。
 大体、迷惑を掛ける度合いで言えば、他の二人の方が酷いですよ。
 呪文詠唱長いから適当にアシストしろ、だとか、
 大技使うから時間稼ぎ頼むとか、
 果ては、やった事もないコンビネーションを簡単な説明だけで唐突に強要するんですよ。
 実行する身にもなれってなものですよ。まったく」
「でも、それはそれだけの見返りが……敵を倒す事ができるから、でしょう?
 そして、それに見合う実力だって貴方達三人にはある。
 俺には……」
「貴方は、たくさんの荷物、持ってくれるじゃないですか」

当たり前のように呟く彼女。
俺は思わず彼女の顔を見詰める。
すると彼女は、咳払いをして場を改めてから、言った。

「……えーと。怒らないで聞いてくれますか?」
「は、はい」
「正直、私は貴方が辛い現実を目の当たりにしていれば、
 旅をするだけでも長く険しい事だと理解してくれれば、
 いつかは自分から町に帰ってくれるだろう……そう思ってたんです。
 だから、あの時ついてきてもいいんじゃないかって言ったんです」
「……」
「でも、今は貴方にいて欲しいと思います」
「え?」
「貴方は、懸命に現実に立ち向かっています。
 ソレがどうしてなのかは分からないけど……私、そんな貴方に勇気づけられているんですよ」

彼女は呟いて、微笑んだ。
小さく、淡く……儚げに。

「え、と……そうなの?」

何かを超越したその表情に見惚れて、思わず敬語を忘れる俺。
彼女はそれを気にもせずに頷いた。

「はい。
 怖い目にあっても、命の危険に晒されても、それでも貴方は旅を続けている……
 そんな貴方を尊敬しているんです」
「……」
「そもそも今日だって、
 私達がすぐに戦闘態勢に入れたのは貴方が荷物を引き受けてくれていたからじゃないですか」
「いや、まあ……」

荷物持ちが数少ない『できる事』だからというのは情けなくて、思わずゴニョゴニョ。
それを謙遜と思ったのかどうかは分からないが、彼女は尚も続けた。

「そんな貴方を見ていると、ひたむきに何かを続ける事に意味はある……そう思えます。 
 だから、貴方にはココにいてほしいです」
「あ、と……そう言ってくれるのは嬉しいです。
 でも、俺にできる事なんて限られてるし……」
「その限られている事で、十分ですよ」

そう言って、彼女はもう一度微笑んだ。
その笑顔の裏に隠されたものを、この時の俺はまだ知らなかった。

そして、それはすぐに月光の元に晒される事となる。

「……っ!!! 危ない!」

突如。
笑顔だった彼女の顔が、驚きと焦りに満ちたものへと変化する。
問答の間もなく彼女が俺の上に覆い被さり、二人して地面を転がった。

「い、一体……?」

地面に転がったままで俺は、視線を彷徨わせる……と、それはすぐに視界に入った。
それは夕方時に俺達を襲ったモンスター……確かデモングリズリ―。
濃密な魔力に喰われたグリズリーのなれの果て。 やはりこの地は彼らの生息地らしい。

「油断、しました。
 本能からでしょうが、この辺りの魔力濃霧に紛れて襲い掛かってくるなんて……」

とはいえ、それを回避できる辺りが流石だと思う。
俺は気配なんか全然読めないから、余計にそう思う。
もしかしたら、眠れなかった事もこれを予感していたからなのかもしれない。

俺の横に倒れる彼女の視線の先には、グリズリ―の向こう側にあるテントと、その側に立て掛けた彼女の剣。
声を上げて勇者達に助力してもらうか、自身の剣で切り抜けるか……。
この場合は、危険を冒して剣を取るよりは、声を上げて勇者達に助力してもらうべきだろう。
俺はそう思ったし、彼女がそうするだろうと思った。

だが。

「ここは、私だけで切り抜けますね。大声を上げないで下さい」
「へ?」
「この程度の相手で起こすのは忍びありませんから……」

彼女はそう宣言して、地面を蹴った。
そうして一目散に剣に向かっていく……!!

無茶な……そう思ったし、言いそうにもなる。
邪魔になる前に避難すべき……そんな考えもよぎる。

でも。

『その限られている事で、十分ですよ』

でも、今はそれよりもやるべき事が……頭に浮かんだ。

今日……いや、今まで、できなかった事が。

その間にも、彼女はグリズリ―の脇をすり抜け、剣に手を伸ばす……が、瞬間その動きが鈍った。

何故かは分からない。
もしかしたら、最初に手傷を負ってしまっていたのかもしれない。
だが、それは敵には絶好の機会となる。

その爪が空を裂き、彼女に触れかけた瞬間。

「……っ!」

俺はずっと手にしていた荷物の中から、ソレを投げ付けた。
それは、動物系のモンスター専用に作られた護身用の道具の一つ。
モンスターの嗅覚に働きかける、魔法が付加された魔術球の一種。

派手な効能がない代わりに、掛けられた効果がかなり長期間保てる上、魔術の心得がない人間でも投げるだけで魔法が起動する優れものだ。

それをまともに顔面に受けたグリズリ―はたまらず、鼻を押さえ、悶える。

その間に彼女は剣を取り、一閃。
流石に剣を握ってしまえば、勝負は一瞬……腹を薙がれたグリズリ―は倒れ、あっさりと動くのを止めた。

「っ……はぁっ……!」

その最期を見て、緊張のあまり止めていた息が零れる。
と、そこで地面にうずくまる少女に気付いた。

「だ、大丈夫……」
「っ!」

慌てて駆け寄ろうとすると、少女はバッと立ち上がり……俺に背を向けた。
そして、俺がその事に何か言おうとする前に、森の中に入っていった……





「く……」

回復の為の魔法光が薄く輝く。
と同時に、少女の傷が塞がっていく。
グリズリ―から最初に庇った時に、すでに付いていた脇腹の傷が。

だが、傷が癒えた所で、すでに流れた血が戻るわけではない。
そして、服についたその血も、拭い去れるわけじゃない。

雲が流れた月光の下、露になった……蒼い、人間外の血の跡を、消せる筈もない。

辿り着いた先には、それを懸命に拭おうとする……少女の姿があった。

「……貴女は……魔族、なんですか?」

おそるおそる……そんな俺の声に、少女は身体を震わせてこちらに振り返った。
俺の姿を確認しても、その目には怯えの色があった。

それでも、少女は答えた。
懸命に何かを繋ぎとめるように。

「……正確には、半魔族。半分は人間なんです……」
「そう、か…………」
「……その、あの……私が、怖くないんですか?」

その言葉に少し考える……が、時間を掛けても、すぐに浮かんだ答は変わらず、俺はそのままを口にした。

「……いや、多分……怖くないです」
「どうして、ですか?」
「なんとなく、なんですけど……俺を見て、怯えてたから」
「え……?」
「もしも、貴女が何かの企みで勇者君達に協力してたんなら……
 俺なんかを怖がる理由はないと思うんです。
 だって、俺はただの荷物持ちで、戦闘能力なんかないようなものだって、貴女は知ってますから。
 不都合なら、殺せばいいはずです」
「……」
「そんな俺を怖がるって事は……貴女は、自分の事を知られる事そのものが怖いって事で、えと……
 まあ、そういうわけだから」

上手く説明できず、言葉を濁す。

でも、説明はできなくても、なんとなく理解はできた。

彼女が……魔族と人間との混血児で。
勇者の側にいるのは、最終的にどちらに立っても、彼女にとっては利になるから。

勇者の情報を知れば魔族として有益。
人間として戦うのなら、ヒトの最前線に立てる。

(いや……違う)

そういう事も考えているかもしれないが、それは一番の思考じゃない。

彼女は、常にどちらに立つべきなのか迷いながら苦しみながら戦っている。
そして、いざという時は勇者に殺される事も、覚悟している。

その為の勇者との旅路。

あの何かを超越した表情は……きっとそういう事なのだろう……俺はそう思った。

それは……魔族じゃない、人間の思考だと思う。
そう思えば、そんな彼女を怖がる理由はないような気がした。

「……えーと……そういう事なら、今はまだ勇者君たちには黙ってた方がいいのかな。
 あの二人も、知らないんですよね?」

だからこそ、あの時勇者達に助力を頼めなかったのだろう。
既に傷を負っていた、あの時は。

彼女は、さっきの超越した表情とはうって変わった、呆けた表情でコクコクと頷いた。

「あ、はい……お願いします。
 でも、その……いいんですか?」

不安げにそう問い掛ける彼女に、俺は自信を持って答える。

他人行儀な丁寧口調はその瞬間だけ投げ捨てて。

彼女が言ってくれた言葉、そのままに。

「旅の仲間だろ。俺達は」







そう。
俺達は仲間だ。

彼女は、自分が魔族なのか、人間なのか。
俺は、自分に何ができるのか、何もできないのか。

そうして、『狭間』の中で戦っている仲間同士。

確たる答なんか出せないのかもしれない。

でも……それでも。
戦う事に意味がある。

『私、そんな貴方に勇気づけられているんですよ』

彼女は、そう言ってくれた。
なら、俺も……そう思えるはずだ。

何もできない自分に何ができるのかは、これからも考えていこう。

勇者の荷物を背負った、お荷物として。

そう、覚悟を決めた。







「そういうわけだから……お荷物だけど、これからもよろしく」
「あ、いえ。こちらこそ……よろしくお願いします……」

俺達は二つの月が交差し始める下で、互いにペコペコと頭を下げ合った。

「じゃあ、その。着替えを持ってきますね」
「今更、そんな畏まらなくていいですよ」
「…………ああー…………うん。そう、だな」
「はい、それでお願いします。貴方が年上なんですし。
 それにしても、さっきの魔法球を投げた手並みはお見事でしたよ」
「そう、かな?」

そうして。
そんな会話を交わしながら……俺達は、多分、本当の意味での仲間になった……。







この物語は。

世界を危機に陥れた魔王から、世界を救った勇者の話……ではなく。

世界を救った勇者の側で戦い続けた魔族の血を引く少女の話……でもなく。

その二人とともに戦い抜いた魔法使いの話……でもない。

この物語は、そんな勇者パーティーに荷物係としてともに歩いた、一人の青年の物語……その一端であり。

後に、勇者パーティーの一人として”マスターオブアイテム”の名で知られる事になる青年の物語の序章であるが……続きは、またの機会に。







終わり?







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