MIND BLADE 















どんな人間でも、刃を持っている。

何の為の、どんな形かは人によって異なるだろう。

だが。

切り裂く力を持っているのは、誰も、何も変わらない。

そう、現実を切り裂き、戦う為の刃を。














「……こんにちは。
 先日魔術文にて注文した、レイアル・レイド・ティグリアルですが」

澄んだ声と共に、その女性……少女ともまだ呼べる容貌……は『工房』の扉を潜った。
女性の視界に映るのは、一振りの『剣』を研ぐ壮年の男性の背中。
その男は研ぐ手を止めて、女性に視線を移した。

「ああ、今日が受け取りの日だったな。
 だがちと待て。
 こっちの調整の方が先でな」

男が研いでいるのは、女性……レイアルが注文した剣ではない。
それを確認した上で溜息をつきつつ、レイアルは言った。

「知る人ぞ知る鍛冶屋にして”剣”匠たるグゥド氏が、期日を守らないのですか?」
「おいおい。
 今日が期日である以上、まだ文句を言われる筋合いはないだろう」
「とは言え、普通は期日の朝には仕上げているものでしょう」
「注文が詰まっててな。
 後、それはしっかり昼までと時間指定していないお前さんの不手際だな。
 それからお前さん、昨日の夜一度顔を見せるとか書いてなかったか?」
「う。昨日は、その、道に迷って。
 で、でも、その、指定はしましたよっ」
「してないぞ。
 嘘だと思うなら、そっちで記録を確認してもいい。
 丁度開いてたままだしな」
「……………あ、う」

鏡に魔術で記された依頼書の中、自分の文、そして内容を確認してレイアルは呻いた。
確かに時間指定はしてない。

「不手際認めます。申し訳ないです。
 ですが、急いでいただけませんか?」
「ほう、どうしてだ?」
「知らないんですか?
 今日は、この街で騎士団の入団試験があるんです」
「ああ、そう言えばそうだったな」

ルーヴァス騎士団。
この辺りの地区で結成・駐屯している、その名の通り白い……ルーヴァスは古神語で白の意……姿で身を包み戦う、勇敢な騎士団。
結成されて僅か数年であるにもかかわらず、その勇名は隣国はおろか、遠くの国にさえ届くとされる少数精鋭の騎士達。
彼女は様々な理由から、騎士になる事、そしてルーヴァス騎士団そのものに憧れていた。

そして今日の昼過ぎ……後ホンの僅かな時間で、その騎士団の入団試験が始まるのだ。

レイアルは、自身の腕に自信を持っていた。
だが、コネらしいコネもない自分がそう簡単に入団できるとも思えなかった。
世の中能力だけで全てがまかり通るほど甘くない、と彼女なりに考えていたからだ。

だからこそ、せめて剣だけは『知る人ぞ知る』人間のモノを持つ事で、見栄と自信をどうにかしようと考えていた。
ある程度のお金と、この剣匠が定めた課題を越える事で、彼女はどうにか剣を作ってくれるまで漕ぎ付けたのだが、試験に間に合わなければ意味がない。

「無茶は承知です。
 でも、出来得る限り早く……」
「あの、俺のは今は中途でいいから、その人のを優先してくれませんか?」

懸命な催促の途中、唐突に響いた声に驚いて、レイアルは振り向いた。
振り向いた先には黒一色の服に身を固めた青年が佇んでいた。

「……いつの間に……」

レイアルは騎士を目指し、日々鍛錬している。
それもあり、人の気配や動き、物音には敏感になるようにしているのだが……その青年の存在や接近にまるで気が付かなかった。

「最初から居たよ、俺。
 いやー存在感ないんで、驚かせたのならゴメン」
「ううん、そんなことはないけど……」

同い年ぐらいなので、レイアルは素の口調で答える。

「それはそれとして。
 無茶を言うのはやめてくれや、スバル」

剣匠グゥドは、苦笑しつつ言った。

「武器を『作る』為の意識というのは、そう簡単に切り替えられるようなもんじゃない。
 お前さんになら分かるだろ」
「またまた。
 ソレを何とかするのが匠の技じゃないんですか?」
「無茶を言うな、無茶を」

軽く笑い合いながらの男二人の会話。
その会話に、レイアルは少し不機嫌な顔で割って入った。

「……スバルさん、でいいかしら?」
「ん? 呼び捨てで良いよ」
「じゃあ、スバル。
 貴方、この人に剣を頼んでるって事は、それなりの剣士なんでしょう?」
「んーまぁ、そんな感じだけど」
「だったら、今の発言は許せないわ」
「え?」
「剣士たるもの、己が剣に誇りを持つべきだわ。
 だから、その剣の仕上がりが中途半端になってもいいなんて、私は許せない。
 例え、それが私の事を考慮してくれてのものであっても」

それは入団試験前に相応の剣を用意しようとしているがゆえの反発でもあるが、
レイアル自身の誇りである事もまた事実だった。

騎士は剣がなければ騎士足りえない。
ゆえに己が剣に誇りを持つのは当たり前だとレイアルは思っていたし、この時代の騎士や騎士を目指すものの大半がそう思っていた。

「おおー。
 こっちの騎士を目指すお嬢ちゃんの方が、お前さんより分かってるんじゃねーか?」
「……ぬぅ」
「私、此処に来る途中で見たわ。”剣の墓場”を」

それはかの騎士団が駐屯するこの地の……ある意味名所と呼べる場所だった。
ある特定の魔物と戦う事で砕けた剣の魂を称え、癒す為に作られたと言う、幾千もの剣が突き刺さった剣の墓地。

「ああして剣を称える場所が近くにあるのに、貴方のその発言は……」
「うーん。
 でも、まぁ……その辺は信念の違いだと思うし」
「信念?」
「確かに、さっきの発言は君やグゥド氏、『剣』を馬鹿にする発言に聞こえたかもしれない。
 誤解があったかもしれない事については謝罪するよ」
「……」
「だけど、俺は決して剣を馬鹿にしてないし、侮辱もしてない。
 誤解が生じたのは、俺にとっての剣……もとい刃は、武器そのものじゃなくて、
 武器にのせる、皆を守る意志だから、っていう考え方、信念の違いだと思う」
「武器にのせる、守る意志?
 ……もしかして、貴方、騎士なの?」

この時代の『騎士』は基本的に国、もしくは国の連合などから任命される国民……広義的にいえば人間の守護者。
高い給金や後の出世の可能性ゆえに目指す者もいるが、魔物や国の混乱から身近なものを守ろうと剣を取った人間達もまた多い。

事実、レイアル自身そうだった。

彼女は幼い頃竜の捕食の為の急襲で二親や幼馴染、友達を亡くしていた。
そんな自分と同じ思いを誰かにさせたくないからこそ、彼女は騎士を目指している。

特に、竜が多く生まれるこの地において、被害を最小限に喰い留めているというルーヴァス騎士団を。
より強く、より速く、より多くの人を助ける第一歩の為に。

ともあれ、そんなレイアルの疑問にスバルは肩を竦めて見せた。

「さぁー、どうかな。
 まぁ一応、この街を護ってるのは確かだけど」
「……」

曖昧にぼかされて、レイアルは瞬間追求すべきか悩んだ。
だが、目の前の青年が騎士であったなら、
複雑な気持ちになり、何も言えなくなる気がしたので、あえて口を閉ざす事にした。
そんな彼女の意図を知ってか知らずか、スバルは言葉を続けた。

「まぁその辺はともかく、俺にとって武器は意志の媒介でしかない。
 だから多少拘りはしても、余程執着はしない。
 勿論、最大の敬意と意識を持って出来得る限り自分に見合うモノを扱うようにしているけど、
 いつだってソレが適うとは限らないからなぁ」

スバルがそう言った瞬間……遠くで轟音が響いた。

「……ほら、現にこの瞬間間に合ってないわけだし」

呟くスバルの眼が鋭くなる。
その刃のような眼に、レイアルは微かに恐怖を覚えた。

「竜か?」
「?!」
「でしょうね。
 そろそろ繁殖期ですし。
 人の生命エネルギーが欲しくなったんでしょう」

そもそも騎士団の募集は、ソレを見越した即戦力を求めてのものだとレイアルは考えていた。
そして、この襲撃でその推測に間違いはないと彼女は確信した。

「というわけで、行ってきます。
 グゥドさん、剣借りますよ」
「後少し待てば刀、研ぎ終わるぞ」

手近にあった剣を右手に握るスバルに、いつのまにか研ぎを再開していたグゥドが言う。
スバルは彼の言葉に肩を竦めて見せた。

「それを待ってて誰かを助けられないなら意味ないじゃないですか」
「……違いない」
「じゃあ、俺は行くよ。
 レイアルさん、だったかな。君はここにいて。
 ココは騎士団御用達って事もあって強めの攻性結界張ってるから安全だ」
「っ、私も戦うわ…!」
「駄目だ。君には”剣”がない」
「私だって、借りれば……」
「違う。武器としての剣じゃなくて心としての剣だ」
「……?!」
「良いか悪いかはさておいて、君は剣に依存し過ぎてる感がある。
 今の君は武器としての剣を持っていない事で心の剣を、意志や覚悟を完全に持てないでいる。
 それは戦場においては命取りになる事を、君ほどの技量の持ち主なら分かる筈だ」
「……っ……」
「騎士になるんだろう?
 なら、その命は無駄にしない事だよ」

軽蔑でもなんでもない優しい笑顔で告げたスバルは、その笑顔とは裏腹の鋭い速さで外へと飛び出していった。

その後姿をただ見送って少し。
どうしようもなくただ呆然と佇むレイアルに、剣を研ぎ続けつつグゥドは言った。

「お前さん、さっき言ってたな。
 剣の墓場の事を」
「……それが、どうかしたんですか?」
「あのスバルも、あの墓場に剣を葬ってきた。
 その数は……968本」
「なっ!?」

墓場に葬られた剣の正確な数をレイアルは把握していない。
だが、少なく見積もっても『その数』は全体の三分の一以上あるだろう。

「それほどの剣を葬らねばならなかった理由としては、剣の質がアイツの戦い方に合わなかったというのがある。
 だが、それ以上にアイツが騎士としての戦いに全力を投入し続けてきたという事実が一番の理由だ」
「……」
「万全の準備もままならずとも戦い、結果剣を折り。
 そうして次の剣を準備する間に敵が……主に竜が現れ、準備不足ゆえにまた剣を折る……その繰り返しだ。
 そして、その度に奴は剣を丁寧に『墓』に葬ってきた」

話す間にも響くのは、剣の研ぎ音。

「アイツが剣を軽んじてはいないのは、それで分かるだろう?
 執着も依存もしてはいないが、奴なりに剣を愛し、剣に誇りを持っているのさ。
 ただ、アイツはそうせざるを得なかったから、そうしてきただけだ」
「どうして、ですか?」
「アイツが持つ、本当の刃を折らない為にだ」
「……!」
「誰かを守る為に戦うという、アイツの意志こそが刃。
 それは一度折れれば俺でも治す事は出来ない。
 だから奴は剣を折り続けて尚戦ってきた。
 自らの内にある刃で、多くの人を護る為に。
 だから、その刃がある限り……」

そこで言葉を切り、グゥドは掲げた。
スバルの為に生まれた、一振りの刃を。

「奴の意志を媒介する刃は、奴の望むままに敵を斬り続けるだろうな。
 相手が竜だろうが、魔王だろうが」
「……わぁ……綺麗……」

そんな場合ではないのは分かっていたが、一介の剣士、一介の騎士見習いとしてレイアルはソレに見惚れた。

銀色に……いや鋭く輝きすぎて真っ白にさえ見える刃。
片刃の、反り返った刀身。
この世界では余り見ない形状の『剣』をなんと言うか、レイアルは知っていた。

「日本刀……ですね。
 この世界ではかなり異質な形ですが、恐ろしい切れ味と使い勝手の良さを誇ると聞き及んでいます」
「ああ、異世界から輸入された知識を元に、
 我が魔鉄鉱から生み出した、この世に一本の魔剣……いや、魔刀だ。
 刀の形状は奴の剣術を最大限に活かす。
 その形状の究極を見出すのには時間が掛かったが、これで奴も暫くは剣の墓場に行くことはあるまいて。
 いや、奴がさっき持っていった剣を葬らねばならんか」
「……いえ、そうはさせません」

レイアルはそう言うと、グゥドの手から刀をパッと取った。

「む」
「私が彼に届けます。
 そうすれば、彼は勝てるんですよね」
「ああ。奴の為に生まれたこの刀があれば簡単にな。
 だが、お前さんが怪我をするかも知れんぞ?
 最悪巻き添えで死ぬかもしれん。
 大事な試験前なのに、いいのか?」
「はい……私は、行きます」

レイアルは思っていた。
良い剣があればいいと思っていた。
剣匠が作った名剣があれば、騎士団試験にも受かるし、どんな敵にも打ち勝っていけると半ば幻想を抱いていた。

でも、違うのだ。
剣を振るう自分自身の”刃”が曇っていれば、どんな名剣も名剣足りえない。

だが、逆に自分自身の刃があるのなら、どんななまくらであったとしても剣は剣になれるのだ。
先刻のスバルがそうしたように。

では、レイアル・レイド・ティグリアルの”刃”とは何か。
そんなの、ずっと前から決まりきっていた。

……ホンの少しだけ、見失っていたけれども。
少なくとも今、”刃”は彼女の中に確かにあった。

「私は、皆を護る騎士になりたいんです。
 なのに、まだ騎士じゃないからって理由で皆と同じ様に護られてたんじゃ、騎士失格です。
 今更遅いかもしれませんけど……」
「いや、間に合ってるだろ。
 少なくともお前さん自身、今この瞬間に”刃”を手にしている実感があるはずだ。
 違うか?」
「……いえ、その通りです。
 お言葉、ありがとうございました。
 では、私の剣は後日取りに来ますので」
「ああ。
 最高の一品に仕上げておこう。
 アイツと同じ、騎士の心を持ったお嬢ちゃん」

グゥドの言葉に笑顔で答え、レイアルもまた飛び出していった。
竜が待つ、戦場へと。










竜。
ソレは数ある魔物の中でも最高峰に位置づけされる存在。
時を重ねたソレは神にさえ至るため、厳密には魔物とは一線を画す存在だが一般的にはそう認識されている。

とは言え、竜にもピンキリある。
経験や知恵を重ね、人語や妖精語、神語さえ操る、最早人の手には負えない存在から、
火を吐き空を吐く程度の魔物的存在まで。

知恵ある竜とは交渉する事もあり、
それにより、竜の社会からも人間捕食による生命エネルギー回収も禁じられつつあるが、
理性や知恵が殆ど無い竜には関係のない話で、この地方の竜はそっち側の竜が多かったりする。

閑話休題。

まぁもっとも。
知恵が無く、最も弱いとされる火を吐き空を飛ぶ程度の竜でさえ、人間の数倍以上の体躯を持ち、
よほど訓練された人間”達”でなければそれなりに太刀打ち出来ないのが現状なのだが。

そういう事を考慮すると『彼』は、圧倒的と言えた。
たった一人で自身の数倍の体躯を持つ竜と相対し、戦い続けているスバルという名の騎士は。。

「フッ……!!」

短い息と共に民家の屋根を蹴り、スバルは火炎を回避した。
当然民家は炎に包まれるが、騎士団の迅速な誘導で人はもう殆ど居ない。
ソレゆえの回避だった。

「……欲を言えば、そういう被害も出したくはないんだけど」

隣の民家の屋根に着地し、スバルは呟く。
今回降りてきた竜は二匹で、内一体は騎士団が街の外れで包囲完了したとの事なので、一般人の人的被害はコレ以上はないと言っても過言ではない。
だが、建物や近年やっと整えられつつある水道や魔鏡による連絡網の被害は、竜を仕留め、火災鎮火等を行うまで収拾できない。

ゆえに、目の前の竜を早めに倒したいとスバルは思っているのだが。

「!!」

爪。剣。炎。回避。
繰り返される攻防の僅かな隙を縫う一撃。
それは人間の首であれば、いとも簡単に刎ね飛ばす断頭の閃光。

だが、跳躍した勢いのまま、竜の首筋に叩き込まれた閃光は血飛沫はおろか一筋の傷も作れない。
逆にこちらが刃毀れを起こす始末。

「ちっ!!」

そうして振り下ろした刃がいともあっさり弾き返されるのを目の当たりにし、スバルは舌打ちする。
その舌打ちが空気に溶け消えるより早く竜の身体を蹴り、距離を取りつつ、スバルは再び民家の屋根に降り立った。

(……確認する暇がなかったとは言え、外れを引くとはな)

竜の皮膚は生半可な事では傷つかない。
ソレがこの街に剣の墓場が出来る最大の理由だった。

如何に剣匠の剣とは言え、
竜の皮膚を貫くにはそれなりの材質、『突破』するための形状が必要になってくる。
持ってきた剣はそういう意味では外れと言わざるを得なかった。

勿論竜にも刃を通す柔らかい部分がありはするが、
本能的なものか、はたまた親に仕込まれているのか、
スバルが相手にしている竜はその部位の数々を上手く隠し、防御していた。

「中々面倒だな……」

魔法が使えればもう少し楽なのだろうが、生憎スバルは魔法を使えない。
騎士団が居れば連携も出来るが、配置的な問題でそれも無理らしい。

「となれば……」

竜が咆哮と共に尻尾を振り抜く。
狙いは当然スバル。
だが彼は、その尻尾を回し蹴り一閃でいとも簡単に受け流す。
その動作から流れるように繋げる形で、スバルは剣を腰だめに構えた。

「全力でぶった切るしかないか」

この剣で竜の皮膚を突破するのは不可能ではない。
剣で足りない分をスバルの集気法(生命力の物理的発揮……その収束方法技術の事)で補えばいいのだ。

ただその場合、剣が折れる……最悪木っ端微塵になるのは避けられない。
竜の皮膚を切り裂くほどのエネルギーと、竜の皮膚の抵抗との衝突に普通の剣では耐えられないのだ。

だが、コレ以上の被害を、誰かの悲しみや苦しみを増やすわけにはいかない。
家や風景の崩壊でさえも誰かを悲しめるには十分なのだから。

「……悪いな」

その謝罪は構えた剣に向けられたもの。
再び訪れる事になるであろう墓場に眠る、同様の散り方をした剣達に思いを馳せながら、スバルが”力”を剣に込め始めようとした、その時。

「スバルっ!」

聞き覚えのある声に、ハッと顔を向ける。
民家の並ぶ路地を走るのは、先程会ったばかりの岸を目指す少女・レイアル。

「剣が出来たから、届けにきたのっ!」
「!! ソレはありがたいけど……って、危ないっ!!」

彼女の声で存在に気づいたのはスバルだけではない。
当然ながらスバルの眼前に聳える竜も同じ。

竜は瞬間的に捕食用生物か邪魔者かを値踏みしていたようだが、
二人のやり取りから彼女を邪魔者と判断し、口から火炎を吹き付けた。

「!!」

人間で言えば、中級魔術師の上級火炎魔法……
状況によっては家の二三件を焼き払える威力……クラスの炎が吹き荒れ。

「レイア……」
「舐めるなぁっ!!」

その炎は、跳躍した彼女が裂帛の気合と共に繰り出した一撃で切り裂かれ、霧散した。

そう。
彼用に作られた刃の一閃によって。

そして、その一撃は炎のみならず竜の腕を僅かながら切り裂いた。

「!」
「……ごめんなさい、使わせてもらったわ。
 凄い切れ味ね」

屋根に着地した彼女は、痛みに咆哮する竜の動きを警戒しながら、スバルに刀を渡した。

「いやはや……足運びとか所作からかなりの使い手だとは思ってたけど、これほどとはね。
 っていうか、君大丈夫なの? 試験とかもろもろ」
「こんな状況で試験も何もないでしょ!?
 そんな事より、竜を……! 皆を、助けないと!」
「………」
「な、なに?」
「いや、全く持ってその通りだって思っただけだよ。
 気が合うね」
「な、何を馬鹿な事を……」
「じゃあ、終わらせようか」

笑顔をレイアルに向けた後、スバルは刀を腰だめに構え……構えを解いた。

「え?」

レイアルが疑問とも取れる声を上げた瞬間。
竜は全身をバラバラに両断され、その生命活動を停止した。

「……っ!!?」

文字通り、眼にも停まらぬ斬撃。
竜を相手に、レイアルでさえ動きを追う事さえ出来なかったソレを為したのは、
剣匠が生んだ魔刀と、その持ち主。

「流石、グゥドさん。
 気を集めるまでもなく竜を両断できるなんて……それにこの刀、まさに俺向きだ。
 ……お陰で、剣の墓場に行かずにすんだ。
 レイアル、君もありがとう」

少し欠けてしまった剣と、鈍く光る刀。
そのの両方を空に掲げ、下ろした後、スバルはレイアルに礼を告げた。
レイアルはそれに首を横に振って応える。

「いえ、礼を言うべきは私の方。
 騎士としての刃を失わずに済んだから。
 失礼な事を言って、本当にごめんなさい。
 そして、ありがと……え?」

礼の途中。
何処からか空に浮かび上がった魔術の赤い煙と文字に、レイアルは眼を瞬かせた。

「……向こうも終わったみたいだな。
 多分、騎士団の試験も時間通りにあると思うよ。
 事後処理は騎士の一部と魔術師の人達が担当するから、上の連中には関係ないし」
「え? そ、そうなの?
 ……それなら……大変、時間!!」

太陽の傾きを確認したレイアルは、ヒョイッ、と屋根から下りた。

「スバル、本当にありがとう。
 今日またグゥドさんの所に行ってくれる?
 ちゃんとお礼がしたいから」
「で、でも君の剣は……?」
「グゥドさんの所で借りてきたから大丈夫。
 今の私なら、これで十分っ」
「……」
「じゃあ、またねっ」
「あ、ちょ……」

返事も聞かず、彼女は路地裏の向こうに消えた。
そんな彼女を視線だけで見送りつつ頭をかいて、スバルは呟いた。

「……騎士団の詰め所、反対方角なんだけど……」
 









「ううううう……」

騎士団に与えられた、詰め所近くの訓練用の平原地帯。
其処が、ルーヴァス騎士団の入団試験会場だった。
夕暮れの中、誰もいない会場の中心でレイアルは、ぴゅ〜、と空しく吹き抜ける風にその身を任せ、眼の幅涙を流していた。

「誰もいない……誰もいないって事は私だけが遅刻って事で、皆何処かで面接なり実技なりなのよね……」

この結果を覚悟していなかったわけではない。
わけではないのだが、その理由が自分の方向音痴によるものだと……。

「ああー……このやり場のない凹み何処に向ければいいの……」

ガックリと肩を落とすレイアル。

「いや何処にも向けなくていい。
 多分、その凹みは消えるんだしね」

そん煤けた背中に掛かる声にレイアルがノソノソと振り返ると、夕日を背にスバルが立っていた。

「え? スバル? どうして、ここに?
 それに向けなくていいって……?」
「まず試験なんだけど、皆さっきの竜で怪我したり逃げ帰ったりで結局誰も来なかったらしい。
 んで、会場に来たのは君ただ一人。
 本来遅刻は厳禁だけど、こんな街だし、さっきの状況だと遅れる人間もいるだろうし、人材不足だからとりあえず不問って事で。
 上にも了解はとってるよ」
「??? って、その鎧?!」

訳の分からなさを何とかしようと、改めてスバルを見据えるレイアル。
そうする事で彼女は気付いた。
スバルが昼間着ていた服の上に装備している、白い鎧の事に。

「改めて自己紹介するよ。
 ルーヴァス騎士団・団長のスバル・ヴァルディルだ。
 ちなみにルーヴァスは古神語と見せかけて俺の名前の逆さ読みなんだよね、これが。
 それに合わせて鎧を白くしたのはちょっとした洒落って所かな」
「え? え? ええええ〜!!?」

スバルの発言の意味を徐々に頭に浸透させていったレイアルは思わず絶叫気味な声を上げた。
そして顔を真っ赤に染めながら、アワアワと言葉を漏らして行く。

「わわ、わ、わた、私なんて失礼な……
 ご、ご、ごごめんなさいっ! いえ、申し訳ありませんでしたの事ですっ!
 そ、それに失態ばかりお見せして、あう、その……入団試験以前に、失格、ですよね」

試験会場に来た時以上に肩を落とすレイアル。
そんな彼女にスバルは笑顔で言った。

「いや、その逆」
「え?」

レイアルの顔が驚きに彩られる間もなく、スバルは二の句を告げた。

「レイアル・レイド・ティグリアル。
 君をルーヴァス騎士団、騎士見習いに任命したい」
「ど、どうして、ですか? 私遅刻しましたし、団長に失礼なことばかり……それに実力も……」
「さっきも言ったとおり遅刻は不問。
 失礼さは……他の団員に比べれば、どうって事ないし。
 技量については確認させてもらったしね。
 そして何より、君はルーヴァス騎士団に必要なものを持っている」
「必要な、もの?」
「君は、君の”刃”を持っている。
 それが我等が騎士団に、人を護る騎士に一番必要なものなんだ。
 後はソレと共に心身を磨けば良いと、俺は思うよ」
「団長…………」
「レイアル。団長じゃなくて、スバルでいいよ。
 それにさっき君はお礼をしてくれるって言ってたよね。
 じゃあ、俺を助けると思って、入団してくれないか?」
「わ、私は……」
 
笑顔のスバルに対し、レイアルは視線を幾度か彷徨わせた後、ゆっくりと顔を上げ、応えた。

その、答は。














レイアル・レイド・ティグリアル。

後に彼女はルーヴァス騎士副団長にして、スバル・ヴァルディル団長の妻となる。
そうして彼の公私を支え、最終的に世界における女性騎士の最高位に到達する事になるのだが。

それはまた、別のハナシ。







……END






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