第8話 季節外れの少年少女(後編)








「おー、遅かったな」

 俺の幼馴染、草薙の自宅の前。
 『筆』に乗ったまま空から降りてくる、この街の有名人にして人気者たる魔法多少少女ヴァレットに、
 俺・艮野灰路は手を振りながら呼びかけた。
 少し前に俺に取り憑いたお嬢ちゃんも同じく手を振っている。

 そんな俺達に手を振りながらヴァレットと、ヴァレットに憑いたガキが降りてくる。
 その高度がそこらのごく普通の一軒家の高さになったあたりで、ヴァレットは筆から飛び降りた。
 結構な高さだったが、何の危なげも無く着地する。

 ……ちなみに何をどうやっているのかスカートの中身は見えませんでした。
 
 いや、まぁ、うん、いいんだけどな。
 言っとくが嘘じゃないぞ。
 ……残念だったとか思っちゃったのも嘘じゃないけどな。

「すみません、飛んでても皆さん結構声を掛けてくれたものですから」
「それにわざわざ応えて遅れたってわけか」

 あの後、ヴァレットは俺を『筆』に乗せて、草薙家まで案内してもらおうと思っていたらしいのだが……。

『それはやめとこうぜ』
『どうしてです?』
『いや、なんつーか、ヴァレットのファンの事を考えるとなぁ』

 今現在ヴァレットには相当数のファンがいる。
 この街でもかなりの数なのだが、ネットやニュースで彼女の活躍を見てファンになる人間も後を絶たないらしい。
 十年前まではマンガの中でしか存在しなかったヒーローやヒロインが現実に存在するとなれば、こうなるのも不思議ではないのかもしれない。

 閑話休題。
 ともかくヴァレットのファンの事を考えると……二人で行動は怖い。怖いったら怖い。
 この手の熱狂的ファンは極一部で色々外れている奴もいるからなぁ。
 下手をすれば、後々街中で刺されかねない。
 
 ……いや、まぁ、本音を言えばだ。
 俺だけならまだしも、ヴァレットに害を及ぼすとも限らないというのが理由として大きいんだが。
 街を守る魅力的な存在をこんな事で失わせるわけにはいかないだろ、常識的に考えて。
 
 ちなみに、こうして二人で会う際はヴァレットが人気の無い所を選んでくれているからOKなのだ。
 あと前に空飛んだ時は深い事考えてなかったなぁ。
 我ながら迂闊というか。
  
『え? 何か気になる事でも?』
 
 しかし、ヴァレットはその辺りに無頓着だった。
 ある程度の理解はあるのだが、熱狂的過ぎるファン心理まではよく分からないらしい。
 ヴァレットの口振りから察するに、この辺りに関してオーナの方が理解力があったりするらしいのが驚きである。

 まぁ、だからこそ普通に皆に接し、普通に会話し、反応し、その親しみやすさゆえの人気なんだろうが。

『まぁ、なんだ。
 独り占めするのは悪かないが、しすぎるのは心苦しいってだけさ』
『……独り占め……?』
『あ、いや、変な風に取るなよ?』
『……む』
『ともかく、場所は教えるから別々に行こう。
 俺を助けると思って。
 お前的にも助けになるはずだし』
『………あ』
『ん? どした?』
『……あ、いえ。
 確かに助けにはなるかも……ともかく、分かりました』
 
 途中何か不穏なものをはさんだり、不満とも疑念とも取れる声音だったりもしたが、それなりに納得したらしくヴァレットは別々に『目的地』に行く事を承諾した……。
 
「……させたのは正解だったな」

 そうして別行動させた先で結構人と話していたのであれば、別行動は正解だったのだろう。
 懸念してた事の他、明日の地方新聞かネット記事辺りで取り上げられる所だったかもしれない。
 まぁ、取り上げられたとしてもヴァレットの悪評は立たない気はするが。

「何か言いました?」
「いや何も。
 にしても、相変わらず馬鹿正直に返事したり手を振ったりしてたのか?」
「馬鹿正直かどうかはよく分かりませんけど、視線が合って手を振ってくれた方にはお返ししただけですよ。
 挨拶は大事ですから」
「それを馬鹿正直って言うんだよ。……まぁ、挨拶は大事だけどな」
「ですよね」

 ニコニコとヴァレットが笑う。
 それを見ていると、正直呆れ感情より仕方ないなって気になるのが我ながら悲しい。

「……じゃ、その挨拶をするとするかね」
「そう、ですね」
「んじゃま」

 言いながら俺は草薙家の玄関チャイムを押した。
 中で人が動く気配らしきものと音の後、ドアを開かれる。
 その向こう側には、ある意味では予想通りではあるが、予想とは違う人物が現れた。

「やぁ。久しぶりだな灰路君」
「……久しぶりっス、命さん」

 そこに居たのは草薙の姉貴である草薙命さんだった。
 草薙との付き合いから、この人とも結構長い付き合いだ。
 医者を生業としていて、普段はここから少し離れた場所にある雑居ビルで働いている。
 しかし……。 

「なんで今ここに、という顔だな」
「わー流石アネゴ」

 思えば、昔からこの人はなんでもお見通しな人だった。
 草薙も割りと万能な奴だが、この人はその上を行く感じがある。
 ……そのせいか、綺麗な人ではあるのだが若干苦手だったりする。

 そんな俺の思考など知る由もないはずだが、下手をすれば熟知しているかもしれない、そんな自信満々な顔で命さんは口を開いた。

「私にも休みの日くらいあるさ。
 今日は急患はないようだし、通院者もいないしな。
 まぁ、何かあれば連絡をくれる人もいるから……と、おや?」

 そこで何かに気付いたような……何か最初から気づいてたような気もするが……声を上げて、命さんはヴァレットに視線を送った。

「これはこれは珍しい客だ。
 今この街で最高の人気者、魔法多少少女ヴァレットさんじゃないか。
 こんな所にいったい何の用かな?」

 やたらニコニコ笑いながら話しかける命さん。
 もしかしたら、有名人であるヴァレットに会えて嬉しいのかもしれない。
 
 対するヴァレットは何処か気恥ずかしげに……というより、何処か居心地が悪そうにも見える……彼女にしては珍しく、少し話し難そうに口を開いた。

「あの、その。えと。
 あー、まず先にご挨拶だ、ですね。
 ご存知のようですけど、ヴァレットです。
 はじめまして」
「ああ、ハジメマシテ。で、何の用かな?」
「その……草薙家、の方ですよね?
 だったら、私達の肩に乗っているコ達が見えているかと思いますが……」
「ああ、見えているよ」

 ガキどもに向けてだろう、手を振りながら命さんは言った。

 ガキどもも手を振り返すのを見て、満足げな表情をする命さん。
 傲岸不遜にも思えるほど自信満々な行動や表情ばかりの彼女だが、実は凄く優しい。
 ガーデニング大好きで、子供や動物も大好きな、本質的にはアネゴというよりお姉さんだったりする人なのだ。
 まぁ、姉御肌な所もあるのだが。

 それはさておき。  紹介した手前ヴァレットばかりに話させるのもなんなので、俺も事情を語る事にしよう。

「……とまぁ、そんなわけでさ」

 掻い摘んで事情を説明し、俺は肩を竦めた。

「ホントは草薙の奴に相談しようと思ってきたんだけど……」
「ああ、それは惜しいな」

 言いながら命さんが親指で指した先には、窓。
 その窓の中には、何やら絵を描いている草薙が居た。

「あれ、なんだいるのか」
「ああ、そこにいる。確かにな。
 だが君達の力にはなれないな」
「なんでまた」
「今美術部で期限を設けて描いている絵があるらしくてな。
 締め切りはまだ先だが、なんか知り合いからの頼まれ事その他色々忙しいらしくて今の内に仕上げたいそうだ。
 んで集中状態に入ってるから暫くは何を言っても無駄だぞ」

 あー。そう言えば草薙の奴美術部だった。
 その課題やら修行やらで結構忙しい時がちょくちょくあって、最近は遊べない事も多い。
 あと、最近クラスメートの浪之とも最近よく何か話してて、そっちも忙しげだったような……まぁ真面目クン同士気が合って話してただけもしれんが。
 
 実際、凄い集中してるのか、こちらに全く気付いていない。
 いつもの鋭すぎるアイツなら視線を送っただけで気配を感じたりするってのにな。

「まぁ、そんなわけだから、その子ら関係なら私が力を貸そう……
 と言っても、正直力を貸すような事は殆どなさそうだがね」
「どういうことですか?」
「ん。見えてないかヴァレットさん。
 その子らが成仏できそうにないと言っていた原因っぽい変な力の残滓が弱まっている事に」
「……あれ? そう言えば。でも、さっきはもっと……」
「もっと力が強かったのかな?
 それはおそらく、君達に憑く事で何かしら思うところがあったか、
 それがこの子らの『無念』に関係しているのかで、
 満たされないまでも負の思念が弱まったからだろうな。
 元々君らに取り憑いたのもそうなる事を直感的に感じたからだろう」

 単純にヴァレットを当てにしてたのかと思ってたんだが、どうやら違ったらしい。

 だが、まぁ、確かに。
 ヴァレットを当てにするだけなら、俺に取り憑く意味はないよな。
 それはそれで気になる事はあるが。

「……つまり、もう少しこのままで居て、この子らを満足させりゃあいいのか?」

 俺がなんとなく思いつくままに呟くと、命さんは満足げに頷いた。

「そういう事だ。
 だから、その辺を適当にデートでもしてればいい」
「で、デート?」

 戸惑うヴァレット。
 そんなヴァレットにニヤニヤ笑みを向けながら命さんは言う。

「そうそう。
 これも君の言う『正義』とやらだろう。頑張ることだな」
「う……そうですね。
 灰路君、すみませんが少しお時間いただけますか?」
「別にいいぜ」

 まぁ俺的にはヴァレットともう少し話せるのはありがたいからそれでいいが。

「しかしさ、命さん」
「うん?」
「結局のところ、この子らが俺らに取り憑いた理由ってなんなんだ?
 さっきまでの口ぶりからすると、命さんはなんとなく知ってそうだけど」
「……ぷ。はっはっは」

 俺が疑問を向けると、命さんは堪え切れないとばかりに笑った。
 ……さっきからのニコニコ・ニヤニヤも含めて爆発したように俺には見えた。

「命さん? なんで笑うんスか」
「……」
「ああ、すまんすまん。つい、な。
 ……ともかく疑問についてだが。
 そんなの言うまでもない、見たままのことだと私は思うがね」
「???」
「こればっかりは口にするのは無粋すぎる。勘弁してくれ。
 さて。
 そろそろ行った方がいい。
 いい加減ここに長居し過ぎると人目について面倒になるかもしれんからな」

 俺達はなんとなく顔を見合わせつつも、その場を後にした。

 


  







「で、どうするよ」

 人の視線が少ないであろう高度まで『筆』に乗って上昇した俺達は言葉を交わしていた。

「……言われた通り、この子達を満足させるべきでしょうね。
 ずっとこのままってわけにはいきませんし」
「だなぁ」

 流石に女の子を背中に貼り付けたままKENZEN(笑)な男子高校生生活は出来ない。
 ヴァレットとしてもこのまま取り憑けたまま日常には戻れないだろうし。

「よーしっ、こうなったからには腹括って遊びまくるか」
「……ですね」

 まぁ、可能な限り人目は避けたいが、ある程度の覚悟は必要だろう。
 
「なんか聞かれたら仕事の一環って言いますよ」
「ま、嘘じゃないしな。
 アンタの言う事なら皆信じるよ、多分な」

 希望的観測が大きいが……自分で言ってみてなんとなく、それで通るかも、という気がしてきた。
 実際、今までヴァレットのニュースや画像、動画が多数ネットに流れてはいるが、不思議と否定的・アンチ的なモノは見掛けない。
 有名になり、注目されれば多かれ少なかれ『否定者』が現れておかしくないのに。

 まぁ、それに関して言えばオーナも同じなのだが。
 そういう娘達だからこそ『魔法少女』になれたのかもしれないな。

「……ありがとうございます」
「礼言われるような事は言ってないぞ。
 んなことより、何したいかガキどもに聞いてくれよ。
 時間勿体無いだろ」
「はいっ」

 照れ隠し気味でぶっきらぼうになった俺の言葉に、ヴァレットは笑顔で答えたのだった。








 それから俺達はガキどもの要望に可能な限り答える形で、街中を行ったり来たりした。

 ガキどもが通っていた学校のグラウンドを眺めたり。

 まだ遊んでいた生きているガキどもに混ぜてもらったり。

 整然登下校に使っていたという通学路を歩いたり。
 
 小学校では基本的に禁じられてる買い食いをしたり。

 ゲームセンターで遊んだり。

 続きが気になっていたという漫画の続きを古本屋で立ち読んだり。

 まぁ時折ヴァレットに群がる連中も居たが、
 仕事の一環と説明したり、俺が上手く他人の振りをしたりでどうにか切り抜けていった。
 正直運が良いと言わざるを得ない。

 ともあれ、そんなこんなで俺達『4人』は遊んでいった。

 なんというか、不思議な感触だった。
 草薙やその時々の友達連中とこうして遊んでいた事を思い出すからなのか、
 俺達に憑くガキどものせいなのか、
 妙に馴染んでいたというか。
 ……もしかしたら、遠い昔に遭遇したあの女の子と遊んだ記憶のせいなのかもしれないが。

 そうしてすっかり辺りが暗くなっていった頃。

「そろそろ、みたいですね」

 ガキどもを拾った場所に戻ってきて小休止している中、唐突にヴァレットがそんな事を言った。

 彼女の言葉の意味を尋ねようと思ったが、その必要はなかった。
 ヴァレットの後ろでプカプカ浮いているガキの姿が、かなり薄くなっている事に気付いたからだ。

「どうなるんだ?」
「この分なら後は時間を置いておいても成仏できそうですけど……
 何か、他にやりたい事ある?」

 そんなヴァレットの問い掛けにガキどもは俺には聞こえない言葉を交わした後、ヴァレットに何かを伝えた。

「……そう。じゃあ、行きましょうか」
「え? なんだって?」
「ここから少し離れた所に展望台ありますよね。
 そこから星が見たいそうです」
「星? 星ならここからでも……ってわけでもないな」

 空を見上げると、雲が夜空の大半を覆い隠していた。
 
「それについては私が何とかします。
 ともかく展望台に行きましょう」
「ここからじゃ駄目なのか?」
「……星を見に展望台に行く途中だったそうです。この二人が事故にあったのは」
「! ……そうか。そういうことじゃ仕方ないな」

 それが最後の記憶だって言うのなら、叶えないとな。
 できない事ならまだしも、できる事なんだしな。

「……でもさ、そんな事がなんでいままでできなかったんだ?
 ここからそんなに離れてるわけでもないだろうに」
「幽霊にとって移動が困難な場合は多々あります。
 所謂自縛霊なんかその最たる例ですね。
 この子達は死んだ場所への執着が強い、というより印象深く残ってしまった為に移動が困難だったんでしょう。
 今日の場合、シャッフェンさんに巻き込まれた事、私達に取り憑く事でそれが解消されて移動が可能になったんです。
 ……ある意味、いえ、ある意味ではなくシャッフェンさんには感謝しないといけないですね」
「なんでまた?」
「この子達と出会った時、近く成仏する……そう話しましたよね。
 でも、それはあのままだと不完全な成仏になっていたでしょう。
 霊がこの世から去るには、霊となった理由・目的の成就、ある程度の満足感、本人の納得が必要。
 この子達の場合……ある程度の満足感がそれに当たりますが、
 今回は満足というより目的を達せられないから、このままいてもどうしようもないという、ある種の諦めに寄っていたのではないかと思います。
 その形だと魂に小さな『痛み』が生まれていたかもしれません。
 だから、シャッフェンさんのやった事である種の鎖が切れ、私達に憑依した事で目的を果たす事が可能な今、
 この子達は痛みを感じずにこの世を去る事が出来るでしょう」
「なるほど、だから感謝か。
 ……正直気に食わないが、そりゃあ確かに感謝かもな」

 なんか今までの事を色々思い返すとその気が限りなく失せるけどな。
 個人的な恨みこそ無いが、それはそれだ。

「でも雲が……」
「さっきも言いましたよ。大丈夫です」

 そう言って、ヴァレットは優しくも力強い微笑みを俺と子供達に浮かべてみせた。
 それは、どんな曇りさえ吹き飛ばしてしまえるような力に満ちているような気がした。

 ……その時は、まさか実際にそうするとは思っても見なかったのだが。









 
「おお……すげぇすげぇ」

 街の少し外れにある展望台。
 そこから空を見上げて、俺は思わずそんな言葉を洩らしていた。
 俺に憑いた女の子も目を見開いて空を見ている。

 俺達の視線の先には『竜巻』があった。
 風をその身に纏い、それにより空に掛かった雲を全て吹き飛ばし、散らしていく、ヴァレットの姿が。

 ヴァレットの考え。
 それは力付くで雲を除去しようという力技全開思考だった。

『今日は運が良い日です。
 感知した限り、少なくとも半径数キロ内に飛行機その他の飛行物体はないですから。
 一応制御して影響は少なくするつもりですけど、ある程度は考えずに済みそうです。
 ……曇り空の方がよかったりする人には申し訳ないですけど』

 そう言い残し舞い上がった結果がアレである。
 影響は少なくするという言葉どおり、あれだけの強風が吹き荒れているのに地上には薄い風しか流れてこない。
 なんつーか、改めて『魔法』の非常識ぶりを目の当たりにした気がした。

 そうして、一つの災害にならない災害が通り過ぎた後。
 空には満天の星空が広がっていた。

 より空に近いからなのか、いつもより星が綺麗に見えない事もない。

 そんな夜空を、一仕事終えて降りてきたヴァレット達と一緒に見上げる俺。

「……綺麗」
「ああ、そうだな」

 いつも飛んでて空に近いんだから見慣れてるんじゃないか。
 なんとなく、そんな言葉を思いついてしまうが、さすがにそれを口にするのは空気を読まなさすぎる。

 零す声も、横顔も。
 空気読まずでぶち壊すには余りに勿体無かったから。

「……ん?」

 そんなヴァレットの横に浮いていたガキが、こちらに視線を向けている。

 いや違う。そうじゃない。
 俺がヴァレットに視線を向けているように、俺に憑いてる女の子に視線を向けているんだ。

 チラリと女の子の方も見ると、彼女もガキを見ていた。
 そうして、笑顔をガキに向けて『その言葉』を告げた。
 ガキはそれを受けて顔を真っ赤にするも、その言葉に応えた。

 思わず、ニヤリと笑う自分がそこにいた。
 全くもって微笑ましいやら、少し羨ましいやら。

 そんな中でふと気付く。
 自分を見つめるヴァレットの視線に。
 半透明のバイザーの奥で、ヴァレットは微笑んでいた。
 俺と同じものを見て、俺と同じ様に感じていると、なんとなく確信出来た。
 ……何度も感じている事だが、やっぱり悪い気はしなかった。

 その直後。
 二人の透けた体がより薄くなっていった。
 徐々に空気に溶け消えるように。

 二人はその事に気付いたのか、
 俺達の身体を離れて……離れられるようになったんだろう……満足げな表情で俺達に笑いかけた。

『ありがとう』
 
 口の動きで、そう言っている事は分かった。
 まぁ、さっきの言葉もそうだが、口の動き無くても分かったような気はするけどな。

 そうして。
 二人の姿は夜空に消えた。
 もう、影も形もその幻も見る事は無いだろう。

「やれやれ……ったく面倒臭いったらありゃしねぇ」
「フフッ」
「……何がおかしいんだよ」
「口ではそう言いながら、灰路君凄く良い笑顔だから」
「……へいへい、認めるよ。
 ついでにアイツラのこれからの幸運も祈ってやるよ」
「うん、私も祈ります」
「……なぁ、ヴァレット」
「なんですか?」
「なんでアイツラ、俺達に憑いたんだろな?」
「……え、えと」

 俺の質問に、ヴァレットは少し戸惑い気味に視線を彷徨わせた。

 そこにいるのは、正義に拘る魔法多少少女ではなく。
 多分、きっと、ごく普通の、女の子だった。

「あー、いいよ。実はなんとなく分かってるのさ」
「そう、なんですか?」
「まぁな」

 遊んでいた時感じていた既視感に近い感触。
 アレを、あのガキどもは最初から俺達の中に見出していたんじゃないだろうか。
 あるいは、無意識に理解していたんじゃないだろうか。

 はじめて、女の子を友達じゃなくて女の子として見る瞬間を。
 はじめて、男子をトモダチじゃなくて男子として見る瞬間を。
 それを知りながら、互いに感じている事を半ば知りながら遊ぶ、もどかしさや楽しさを。
 
 そう。
 俺がヴァレットの中に見出している、あの子の面影を。

 そして、ソレが……俺の感覚や推測がもし正しいのなら。
 ヴァレットが俺の中に見出している、過去の思い出を。

 それを俺達の中に見つけていたからこそ、同じものだからこそ、取り憑いたんじゃないかと、俺は勝手に思っている。

 本当になんとなくでしかない。
 だが、なんとなく、正しいような気がしていた。

 あと、なんでアイツがヴァレットに、あの子が俺に取り付いたのかだが。
 男の観点で言わせてもらえれば、男が男に取り憑くなんざ恨みでもない限り馬鹿馬鹿しいからに他無いからだと思う。 
 どうせ取り憑くなら、可愛い子が良いに決まってる(断言)。
 んで、その結果取り憑き遅れたあの子が俺に憑いたって所かね。

 ぶっちゃけ、ここでいくら言葉を並べても推論でしかない。  正直真相はもうどうやっても分からないが……。

「まぁ、正直どうでもいい」
「え?」
「あいつら、凄い満足そうだったからな。
 それで十分だろ」

 気分は悪くない。
 俺達も、あいつらも。
 ならそれで十分だと、素直にそう思えた。

「……そうだね」

 そう応えてヴァレットは改めて空を見上げた。
 俺も同じ様にもう一度空を見上げた。

 本当にそれだけで十分だった。






 この時……感じていた気持ち。

 本当の所を言えば。
 ヴァレットの正体が仮に俺の思うとおりでなかったとしても。

 それはそれで構わない、そう確信し、断言できる気持ちが明確に俺の中に生まれていた事を、この時の俺は気付いていなかった……。





 


 

……続く。







戻ります