魔法多少少女ヴァレット・アフター〜欠片達の誕生日〜











「今日は、誕生日……?」

 その日……8月12日を迎えたクラウドは、カレンダーの日付を見て、なんとなく呟いていた。
 何故そんな事を思い、呟いたのか、自分自身分からないままに。

 ふと、自身の住処である草薙家内、紫雲の部屋の片隅に置かれた鏡で自分の姿を見るクラウド。

 そこには一匹の猫の姿が映っている。
”魔法多少少女ヴァレット”こと紫雲から与えられた、この世界での活動に差しさわりのない適当な姿。

(……?? どうして、なんだ?)

 すっかり馴染んだはずの、自分でも割と気に入っているその姿に、瞬間違和感が浮かんだ。
 その事への疑問についてクラウドが明確な自問自答をしようとした矢先。

「今日がどうかしたの?」

 呟きを聞きつけての言葉が彼に向けて放たれ、クラウドは思考を中断せざるを得なかった。
 そうして思考中断したクラウドは、鏡に向けていた視線を反対方向に向ける。

 そこにいるのは、この部屋の主にしてクラウドが”見出した”存在であるところの草薙紫雲。
 昼食を取った後、夏休みの宿題を進めていた彼女……今は男装しているが……は、宿題の手を休める事無く言葉を続ける。

「誕生日って、クラウドの?」
「……そんなはずはない。
 僕がこの世界に生まれた……いや、現れた時期は今日じゃないだろう?
 そもそも擬似生体である僕達に誕生日は……」

 瞬間。
 クラウドの脳裏に、何かが走った。
 欠片にもならない、小さな小さな砂に描かれたような何かが。
 だが、形にならない以上、それは意味のないノイズに過ぎない。少なくとも今は。 
 だからクラウドは脳裏に走ったそれを無視して言葉を紡いだ。

「……存在しない、筈だよ。
 多分二日後の君との誕生日と混同した、勘違いしただけだろう」

 言いながら毛繕いを行うクラウド。
 そうでもしないと落ち着かない自分に疑問を抱きながら。
 そうして疑問を抱いたのはクラウドだけではないらしく、今度は宿題の手を止めた紫雲が顔を向けながら言った。

「クラウドらしくないね、それ。色々な意味で」
「……そうかな?」
「私はそう思うよ。
 ……うーん、でも、そっか、誕生日か」

 紫雲はカレンダーとクラウドを交互に眺めた後、改めてクラウドに視線を向ける。
 互いの視線が重なった事を確認するかのように小さく頷いた後、彼女は口を開いた。

「ねぇ。クラウドは誕生日を祝ったりする事についてどう思う?」
「年齢や思想によって色々思う所がある人間もいるんだろうけど、僕自身は素晴らしい事だと思いたいね。
 誰かがこの世界に生まれてきた事を祝福する……それを悪い意味に取りたくない」
「そう。うん、そうだよね。
 ……なら、さ。
 折角だから、って言うのは何か変な気もするけど、今日をクラウドの誕生日にしちゃ駄目かな」

 話の流れ的には唐突という程ではないものの、
 多少なりとも驚くには十分な紫雲の発言に、クラウドは目を瞬かせた。
  
「……駄目、とはあまり思えないけど。
 しかし、なんで今日なんだい?
 君と僕が出会った日でもいいんじゃないか?」
「うーん、それはそれ、これはこれというか……そういう記念日は別の方が良いというか、なんかお得な気がする」
「ふむ。
 何かの記念日が誕生日だと、誕生日プレゼントとその記念を一緒くたにされて損になるような感じなのかな。
 そう考えると分からないでもないけど」
「う、うーん、そういうもの、とは違う気もするけど、間違っていない気もするし。
 ああ、いや、それはともかく。
 私自身ピンと来たってだけだから、明確な理由はないの。
 ただ、その、今日、祝ってあげられたらいいかなって……。
 だからクラウドが嫌なら別の日にするけど……っていうか、そもそも発想が迷惑だったりする?」

 視線的には見下ろしているのだが、
 何故か何処か伏目がちに思えるように不安げに尋ねる紫雲を見てクラウドは内心苦笑した。
 時々気を遣い過ぎてしまう紫雲らしい言葉だと思ったからである。
 そんな心内の表情を表に出す事はせずに、クラウドは努めて穏やかに優しく答える。
 
「いや、そんな事はないよ。
 紫雲の気持ちは、嬉しく思う」
「ほ、ホント?」
「必要でもない限り嘘は吐かないよ。紫雲と同じでね」
「そ、そう……よかったぁ。
 うん、じゃあ、そうと決まったら早速お祝いの準備をしないと。
 何か欲しいものとかある?
 ああ、そうだ。姉さんにもこの事伝えなきゃ」
「いや、その辺りについてはわざわざ気に掛けてもらわなくてもいいよ。
 祝ってくれる気持ちだけで十分だ。
 2日後には君の誕生日もあるんだし、命に二度手間は掛けさせるのは悪い……」
「あ、そう言えばフォッグちゃんはどうなんだろ?
 一緒に祝ったりした方がいいかな? それなら櫻奈ちゃんに連絡を……」

 クラウドが話し掛けるも、紫雲はブツブツと考えをまとめやすくする為の独り言を続けていた。
 思考に一生懸命な為かクラウドの言葉が耳に入っていないようだ。
 それは基本的に他人に気を遣う紫雲には珍しい事だった。

(ふむ、なんでまたそんなに必死なんだろうね)

 必死さの理由については見当がつかない。
 ただ確実に分かる事は一つあった。
 こうして紫雲が熱心に思考しているのは、他ならぬ自分の為だという事である。
 こちらの声を耳に入らないほど真剣に自分の事を考えてくれている……それはクラウドとしては悪い気はしない、というよりむしろ。

「……あ、そうだった!
 まずやらなくちゃいけない事があったんだった」

 そうして紫雲の様子を眺めながらクラウドが自身の感情を分析していると、突然彼女が大きめの声を上げた。
 クラウドが何事かと思っている内に、紫雲は椅子から降りてしゃがみこむ。
 そうして可能な限りでクラウドとの視線のズレを少なくした上で、紫雲は笑顔を浮かべて告げた。

「プレゼントはまだないいけど、誕生日おめでとう、クラウド。
 いつも本当にありがとう。そしてこれからもよろしく」

(……ああ、そうか。そういうことか)

 紫雲のその言葉で、クラウドは気付かされた。
 どうして紫雲がこんな事を言い出したのかを。
 どうしてあんなにも必死に考えてくれていたのかを。

 おそらく、紫雲は自身への感謝の気持ちを形にしたかったのだろう。

 ヴァレットとしての力を与えた事。
 仲間、同志として協力し合っている事。
 家族として共に暮らしている事。  

 彼女はそれらへの感謝をクラウドに示したかったのだ。

 紫雲自身は、それを自覚していないのかもしれない。
 その気持ちをただ誕生日を祝いたいという気持ちに無意識に変換しているのかもしれない。
 あるいは半ば気付いていて、その気持ちををどうにか届けたいと思った結果の提案が”誕生日”だったのかもしれない。

 ただ、いずれにせよ、紫雲はただただ純粋な感謝や親愛、そういった正の感情を自身に向けている……それは紛れもない事実だった。

(……っ)

 それが、少し前と同じくクラウドの脳裏に走る何かを刺激する。
 だが、それは未だ形にならない程度のもの。

 だから、今クラウドの胸を占めているのは別のものだ。

 一年にもまだ満たない共同生活の中で、
 自身を家族として迎え入れてくれて、慕ってくれている少女の気持ちが、ただただ嬉しかった。
 その気持ちが自身の胸を満たしているのだと、クラウドは正しく理解する事が出来た。

「……ありがとう、紫雲」

 しかし、その感情を正しく言葉に出来るほどクラウドは器用ではなかった。
 正確に言えば、こういう方面では不器用だった。
 ……目の前の少女と同じ様に。

 だからクラウドはそんなシンプルな言葉で礼を告げるのが精一杯だった。







 



 そんなこんながあって数時間後。 
 窓の外がすっかり暗くなった頃、クラウドが一匹(?)エアコンの効いた部屋で寛いでいるとコンコンとノックする音が響いた。

 紫雲ではない。
 紫雲はついさっき風呂に入りに行った筈で、第一自室にノックする必要はない。
 では紫雲の姉である草薙命かというとそうでもない。
 そもそもノックで震えたのはドアではなく窓だったから。

「……ふむ」

 クラウドは、ノックの主が誰なのか大体の見当をつけながら自身の法力で手も振れずに窓を開き、外に出る。

「こんばんは」

 庭に降り立った直後、エアコンの効果を無駄にしない為にすぐさま窓を閉めるクラウドに話しかけてきたのは、彼の予想通り彼の同類だった。
 クラウドが”魔法多少少女ヴァレット”を見出したのと同じく、魔法少女オーナを”見出した”モノ、フォッグがそこにいた。

「こんばんは。何の用だい? 何か懸案事項でもあったかな」
「ううん。今日はちょっと世間話というか御礼というか。
 ほら、ヴァレット……紫雲の誕生日に私らの誕生日記念も一緒にやるって話になったじゃない」
「ああ」

 昼間繰り広げられたクラウドの誕生日についての紫雲とクラウドの議論めいた会話は、
 紫雲の姉・命、クラウドと同じ存在であるフォッグ、その家族であり相棒である櫻奈を意見を求める形で巻き込み、
 最終的に、クラウド達の誕生パーティーを二日後の紫雲の誕生会と一緒に行えばいいんじゃないか、という結論に至る事となった。

 ただし、それは紫雲の誕生会に参加する予定になっている者達が、
 現在のまま『紫雲=ヴァレット』だと知る者だけだった場合で、
 飛び入り参加などがあって、そうでなくなった時は後日改めて別枠で行う事になっている。
 
「だから、その御礼を言いに来たというか」
「ふむ。律儀だね」
「そういうのって大事だと思うのよね、うん」

 そう思うからこそ、フォッグはわざわざこちらに足を運んだのだろう。
 法力会話による遠距離会話が出来たにもかかわらず、ここに来た辺り彼女が本当にそう思っている事の証明だとクラウドは思った。。

「まぁ君が礼を言うべきなのは紫雲だろうけど」
「うん、まぁそうだけど。勿論そのつもりよ、ええ。
 でも今日はとりあえずきっかけになったクラウドに、ね」
「……? まぁいいけど。
 そう言えば、君も最近誕生日を決めたって事らしいな」
「うん、なんか、なんとなくね。
 少し前、櫻奈の誕生日頃になんとなく感じるものがあって」
「君もか。
 ……それなら誕生日はもう祝ってもらったんじゃないのか?」
「うんにゃ。
 その辺りは上手い事来年祝ってくれればいい的な方向性で誤魔化したから」
「櫻奈は紫雲よりは柔軟だからなぁ」
「というより、まだまだ口や頭の回転では私の方が上ってだけよ。
 まぁ、今回の彼女の提案で誤魔化せなくなったというか。
 クラウドが祝うのに祝わない理由はないよね、って満面の笑顔で言われたらねぇ」
「……前言撤回。
 頑固さは紫雲とどっこいかもしれないな」
「まぁねぇ。
 でも、しかし、誕生日か。……ねぇクラウド」
「何かな」
「私達って、何者、なのかな」
「……」

 フォッグがその問い掛けをしてきた事でクラウドは気付いた。
 彼女が今日は自分にだけ礼を告げに来たのは、その事を話す為なのだと。
 そんなフォッグの疑問に対し、今の所彼女の唯一の同類であるクラウドは自身の考えるままに答える。

「擬似生体。平行異世界良識概念結晶体。ピース。それ以外の何者でもないだろう」
「うん、まぁ、そうなんだけど。
 単純にそれだけでもない気がするって言うか……」

 フォッグは首の後ろを人間臭い動きで掻きながら言葉を続けていく。

「たまにさ、なんか色々と浮かびかけるのよね。
 櫻奈や彼女の家族、ヴァレット……紫雲を見てると。
 クラウドは、そんなのない?」
「……ない、とは断言できないな」

 クラウドは自身の存在そのものには疑いを持っていない。
 フォッグに言ったとおり、擬似生体で、良識概念結晶体・ピース……それがクラウドという存在であるのは間違いない。

 だけど、何故だろうか。
 今日の誕生日もそうなのだが、紫雲や命を見ているとたまに何かが疼く事があった。
 確信しているクラウドとしての存在とは別の何かが自分の中にある、そんな気になる事がある。

 記憶喪失、そこからの記憶回復……という類のものではない。
 元々クラウド達には『やるべきこと』の記録以外に持っていたものなどない。なかったはずだ。

 しかし、では今日も浮かび掛けた、説明出来ない何か、記憶に満たない既視感のようなものがあるのはどうしてだろう。

 もしかしたら。
 自分達には、こうして形を与えられる事により失ってしまっているものがある、のかもしれない。

「……仮説としては、そうだな。
 やるべき事を果たす上で必要な知能……人格のモデルデータがかつての世界の何者かから与えられたのか。
 あるいは、僕達に最初に触れた彼女達からの影響が僕達に何らかを与えたのか」
「ふむ。
 理屈付けて説明するなら、そんなところなのかしらね。
 でもそう考えると味気ないというか何というか……なにかしらね、なんか嫌な感じって言うか」

 クラウドにはそう呟くフォッグの気持ちがなんとなく理解できた。
 クラウド自身、あくまで『理屈付けるならこうなる』という推論で言っただけで、納得出来ているわけではないのだから。
 自分達が気に入っている今の姿を得る事で、紫雲達との関係を手に入れる事で、何かを失っているなどと思いたくないが故の、理屈だけの推論だったから。
 
 だからなのか。
 クラウドはなんとはなしに夜空を見上げながら、なんとはなしにこう付け加えていた。

「まぁ、その辺りを今深く考えてもしょうがないさ。
 もし僕達が為すべき事に必要で、あえて封印されているのならいずれ思い出すだろうし、
 そうでないのなら、勝手に折り合いをつければいい事なんだから」
「まーそうなんだけど……」
「だから、さ。
 だから今は深く考えずに、紫雲や櫻奈の気持ちを素直な気持ちで受け取ればいいんじゃないか?
 生まれた日を祝ってくれる誰かがいる事は、きっと幸せな事なんだから」
「……。
 ええ、そうね。うん。
 誰かが祝ってくれるのって、素敵な事だもんね」
「ああ、そうだね。本当にそうだ……」

 そう呟き合いながら、2つの存在は夜空を見上げた。
 形の無い答を、形の無い空の中に求めるように、あるいは数多ある星の中から見出そうとするように。 

 彼らは、ピース。
 擬似生体。良識概念結晶体。
 本質的には彼らは生命体ではなく、むしろ逆……プログラムや機械、そういったものに近いのかもしれない。
 だが、そんな彼らの中には紛れもない心が存在している。
 この世界の人間達と共に戦う為に与えられた心を持っている。

 存在そのものは作られたもので、
 その心の大本が何処から来ているものなのか分からなくても、この心は自分達自身のモノだ。
 少なくともクラウドはそう考えている。

 その自分固有の心に従って、クラウドは思い、願った。

 擬似生体である自分達が、
 紫雲達の想いを受け取る事、
 仮初の誕生日を与えられる事くらいで罰は当たらないだろう、罰を与えないでほしい、と。
 そうなってしまえば、あの心優しい少女達が悲しんでしまうから。

 ただ、そんな事を願ってやまなかった。

「あれ、クラウドー?」
 
 そうしてクラウド達が言葉無く空を見上げていると、少し遠い、室内にいるらしい紫雲の声が響いてきた。
 どうやら彼女がひと風呂浴び終えるには十分な時間が過ぎていたらしい。
 彼女の部屋からクラウドを探している事が窺える声が続けて聞こえてくる。

 その声は当然フォッグにも聞こえており、それを切欠にしてか彼女は空に向けていた視線をいつの間にかクラウドへと向けていた。

「……じゃあ、話のキリもいいし私はコレで。
 彼女への御礼は改めて言いに来るわ。
 紫雲へのプレゼント、お互い忘れないようにしましょうね」
「ああ、そうだね」
「じゃね」

 ウィンクと共に発した言葉を最後にフォッグは、ピョン、と地面を蹴って塀に飛び上がると、普通の猫らしく装いながら去っていく。
 もう少し普段から猫らしく装うようにすべきじゃないかと思いつつクラウドは彼女が去るのを見届け、紫雲の部屋の方に向き直った。

「……さて、戻るとしますか」

 自身達の存在への疑問……らしきものが消えた訳ではない。
 だが、今はまだ考える必要はない。
 避け得ない事ならば、いずれその時に考えればいい。
 クラウドは、フォッグとの会話もあり、そう結論付ける事が出来た。

 むしろ今は最優先で考えるべき事が別にある。

「しかし、紫雲の誕生日プレゼントはどうしたものか」

 紫雲へのプレゼントについては前々から考えていたのだが、自分に用意できるものがあまりに少なく、中々決めきれずに結局今日まで来てしまった。
 今日の発端であるカレンダーを見るという行為も、紫雲の誕生日が迫った事への再確認の為だったりする。
 ともあれ、こうも決め切れないであれば命に相談するのもやむなしだろう。
 ああ見えて親馬鹿、もとい姉馬鹿な彼女の事、プレゼントのアイデアを複数持っていても不思議ではない……クラウドはそう考えながら歩き出した。

「ふむ。
 紫雲が喜ぶ事を考えるのなら、
 とりあえずは灰路君の誕生会への参加を確認しておくべきか。
 余計な心配だろうが、後で彼の所にお邪魔してみるかな」

 自分を探すパートナーにして家族たる、草薙紫雲の元へと戻る、その為に。












「へっくちゅんっ!」

 噂をすればなんとやらというべきか。
 クラウドが呟いた直後に彼・艮野灰路はくしゃみをしていた。

「……んー、なんかいきなり出たな」

 鼻を擦りながら呟く灰路。
 遅めの夕食後のアイスコーヒーを飲もうとしていた矢先のくしゃみだったが、グラスに注ぐ前だった為被害はなかった事に彼は安堵する。
 そんな彼に、たまたま通り掛った”彼女”が声を掛けた。

「あら風邪?」
「いや、なんかたまたまな感じで出ただけだ。
 漫画とかなら誰かが俺の噂をしてるんだろうけどな……」
「ふふふ、こういう時は本当に誰かが噂をしていたりするのよ、灰路」
「お得意のオカルト的法則論か? ”姉貴”」

”彼女”……灰路の実姉である艮野カナミは、弟の言葉に微笑んで見せた。
 何処か楽しげに、それでいて妖しげに。

「さぁ? どうとるかは自由よ。
 それはそうと……。
 ……ふむ」
「なんだよ、言い掛けて停めるなよ」
「……ふふふ。ごめんなさいね
 それはそうと、灰路。
 今日ではなく明後日の14日は紫雲君……しーちゃんの誕生日だったわね?」
「ああ、そうだな」
「ちゃんと祝ってあげなさいね。
 生まれてきた事を祝うのは、多くの場合嬉しい事だから」
「……分かってるっての」
「分かっているのならいいわ。
 それにしても、今日ではなくて14日か。
 それが、彼と彼女の違いの一つでもある……興味深いわね」
「姉貴……? 何言ってんだ?」
「ふふふ、アンタの言うオカルト的法則論に基づくちょっとした疑問よ。
 訳分からないんでしょう? いつものようにスルーなさいな」
「……。まぁ、そうしとく」

 会話しながらもアイスコーヒーをグラスに注いでいた灰路は、その言葉を最後に台所から去っていった。
 その背を微笑みを崩さないまま見送りながら、カナミは呟いた。

「疑問に思ってるのなら聞けばいいのにね。
 私がとうの昔にしーちゃんの嘘について気付いているのかいないのか、とか。
 ……え? まぁ聞けないわよね、うん。薮蛇かもだし」

 一人呟きながら頷くカナミ。
 まるでそこに誰かもう一人がいるかのような、そんな調子で。

「さて、私はどうしましょうかね。
 どうしようか? 誕生会参加する?
 ……ああ、そう、そうね。
 今回は遠慮しておきましょうか。
 しーちゃんをちゃんと女の子として祝ってあげる為に」

 そう言って、カナミは改めて笑った。
 その笑みに先程の妖しさはなく、今度はただ穏やかで優しげな、ごく普通の少女の笑みだった……。











……to be continued……?





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