第11話 中と外・6











 一方、少し時は遡って平赤羽市では。

「すまない、待たせたな」
「待たせすぎですわ」

 あの後、灰路達と異能者達は昼食を取ってから街を色々回る事になったのだが、
 魔術師が荷物を気にしている様子に気付いた櫻奈が駅のロッカーに置いてから移動する事を提案、
 それもそうだと魔術師も納得し、今に至った……のだが。

 これくらい一人で大丈夫だと魔術師が豪語し、一人でロッカーに向かい15分が経過。
 ようやく帰ってきた魔術師に、異能者達は少しイライラしているようだった。

「ったく、なにやってんだか」
「ロッカーの使い方分からなかったとか?」
「……いや、流石に私も現代人だからね? ロッカーの使い方くらいは分かるからね?」

 大柄な青年と少年の呟きに、魔術師が顔を引き攣らせる。
 微妙に険悪な空気を感じ取った灰路は、内心面倒臭がりながらも会話に入る事にした。

「しかし実際遅かったな。ロッカーの場所が分からなかったとかか?
 それだったらしょうがないな。この駅は結構広いからな」
「うん、そうだよねー。というか、そーゆーことだったら一緒にいったのにー」

 灰路と櫻奈の言葉に、魔術師は何処かバツが悪そうな表情を浮かべた。

「いや、その、なんというか……君達は気にしないでくれ、うん。
 悪いのは……いや、なんでもない、ともかくすまなかった」
「……はん。まぁ、いいだろ」
「謝ったんだから許してあげるよ」
「寛大な心に感謝しなさいな」
「……」

 一応仲間であるところの異能者達の態度に何か言いたげな魔術師だったが、
 この面子では一番年上だから大人になろうとでも考えたのか、言い返す事はしなかった。

 その様子を見て、内心で灰路は安堵の息を吐いた。
 とりあえずトラブルはなさそうだ、と。
 正直、彼らの事はまったく分からないのだ。
 何が引金になるのか分からない以上、慎重にいかねばならない。

「じゃあ、とりあえずメシだなメシ。
 改めて確認するが、焼肉って事で異論はないな? もう後から変更とかはなしだぞ」

 皆を見回しながら灰路は呟く。
 その際、近くを救急車が走っていくのが視界に映り、何かあったのだろうか、と気になりはしたが、今の自分達に出来る事はないだろうと意識を切り替える。 

「分かってるっての」
「決まったんだから文句はないわ」
「混ぜっ返した久遠と真っ先同意の法杖が言うなよ……まぁいいや、文句ないなら行こうぜ」

 征と真唯子の言葉に呆れつつ、灰路が歩き出す。
 その足先が向かったのは、平赤羽市のみ展開している焼肉チェーンの駅前店。
 そこを選んだのは、灰路が『夏を乗り切れ! スタミナ祭り!』と称して全体的に安くなっているのを覚えていたからである。
 しかし、灰路は同時期に行われている『あるイベント』については記憶していなかった。

「お、なんか面白げな企画やってるぞ」

 店に到着後、団体席に案内され、皆が席についた段階で『それ』に真っ先に気がついたのは征であった。
 
「なになに? チャレンジ企画って書いてるね」
「店側が用意した大量の肉を制限時間内に食べきれば無料、そうでなければ全額負担か。
 今時珍しい企画じゃないの?」

 とりあえずメニューを見ようと、各席に備え付けの注文用端末を眺めていた征、次いで櫻奈、真唯子が反応する。
 画面の中には、企画の詳細と、どの程度の量なのかを示す画像が示されていた。

「実際、今時こういうのってあんまり見ないよな」
「そうだな、二次元でも中々見なくなった」
「なんでなんだろうな? 何かが法律に触れるようにでもなったのか?」
「単純に利益の問題なんじゃないの?」
「そこのクールな子の意見が正しいような気がするな。
 もっとも、私は日本の食文化がイマイチわからないからどの程度で利益が出なくなるのかは分からないが」
「んなこたないだろ。俺の地元じゃ、こういうの結構あったぜ?」

 それぞれの言葉を口にする中、一際大きな声を大男が上げた。
 注目を集めたかったのか、単純に地声が大きいだけなのか、なんにせよ皆の視線が集まった段階で男は言った。
  
「ま、小難しい事はどうでもいいさ。
 なんにしてもありがたいぜ。
 地元じゃこういう企画には出禁食らってたからな……挑戦させてもらうぜ」
「……そうか」

 楽しげな大男の言葉を聞いて、灰路は薄く苦笑を形作った。

「なんだよ? なんとも言えないツラしやがって」
「いや、俺の……ダチに、似たような経験してるヤツがいたんでな。
 ソイツは見た目はアンタと正反対で細身なんだが、やたらめったら食べるんだよ」
「草薙か」
「草薙だな」
「ヴァ、じゃない、紫雲さん、そんなに食べるんだ」

 即座に納得するクラスメート達とは対照的に、櫻奈は小首を傾げていた。
 紫雲の健啖ぶりを櫻奈はあまり知らないようだった。
 櫻奈の前ではお姉さんぶっているのだろうか。それともたまたま腹が空いていない時だったのか……今度きっちりからかいつつ追及してやろう、と灰路は硬く決意する。
 
 と、それはそれとして。

「そう言えば、深い意味はなく純粋な疑問なんだがお前はどうなんだ?」
「……普通よ。アレと一緒にしないでよ」

 オリジナルである紫雲と比較してどうなのだろう、という灰路の疑問に、真唯子はぶっきらぼうに答えた。
 その答に、うんうん、と横で征が頷く。

「ああ、真唯子は普通に食べてるな。
 正確に言えば、普通よりちょっと多いくらいだが……まぁ健康優良児の範囲内で、二次元の大食いキャラほどは食べてないな」
「……」
「比較対象おかしくないか?」
「いや、根本的比較対象たるアイツがそういうキャラクターに匹敵するくらい食べるからな……」

 普段はセーブしているが、全開状態の紫雲の食事量は、実際それほどに大量である。
 燃費が悪いのか、はたまたいざという時の為にエネルギーを溜め込んでいるのか。
 実際の所は、本人にさえ分かっていないのでおそらくは永遠に謎なのだろう。

「へぇ、そいつ、今ここに来れないのかよ」
「ちょっと墓参り他の理由で遠出中。すぐには来れないな」
「そいつは残念だ。もしいるんなら呼び出してもらってやり合いたかったぜ」
「……そうか。
 まぁ、もしそいつが帰ってきた時、アンタらがまだこの街にいたら、この店で会わせてやるよ」
「へっ、そいつは楽しみが増えたぜ」
「……というか、アタシ達がこの企画に参加する事はもう決定してるの?
 そこの人が参加するって事は、必然的に同席のアタシ達も参加する事になるっぽいけど」
「いいじゃない、リュ、真唯子ちゃん。面白そうだし」
「そうですわね。マンガのようなこんな面白企画、中々味わえませんし……いいでしょう。
 いざという時はわたくしがお金を払います!
 存分に参加なさいっ!」
「お姉ちゃん、かっこいいー!」
「おっしゃ、そうこなくちゃな!」
「いいぞいいぞ、俺もこういう二次元的大騒ぎは好きだぜっ!」
「うん、二次元はともかく、面白そうなのには同意だ」
「うんうん、いいですよねー。よーし、わたしも食べるよ〜」

 キラキラと目を輝かせながら資金投入を宣言する少女の言葉に伝播されたのか、少年や大男、征や明、櫻奈もまた目を輝かせて騒ぎ立てる。
 多くはない程度に入っていた灰路達の周囲にいた客は、なんだなんだと視線を送り、企画に挑戦するらしいと察すると同様に騒ぎ、目を輝かせていた。

「目立ってるね」
「目立ってるわね。……あたし帰っちゃ駄目?」
「同じくそうしたい。僕は食事は静かにとりたい派なんだ」
「もう諦めろ。
 アンタのお仲間はノリノリだ。
 法杖、久遠だってノリノリだぞ」

 対照的に静かなのは、魔術師と真唯子。
 そんな二人に、灰路はパタパタ手を横に振りながら告げる。 

「……ハァ。
 そんな、自分も諦めてますー、みたいな調子の癖に、目は輝いてるアンタに言われても」
「え? バッカ、俺はそんな……ごめん、正直、こういうの嫌いじゃない」
「はいはいはい。
 もう好きにしたらいいじゃないの……アタシとそこの魔術師さんは静かに食べるから」
「……もうそれしかないようだな」

 そんなこんなで。
 二名の諦めの溜息をBGMとしながら、灰路達は制限時間内食べ切りチャレンジへと挑む事になった。 

「は、店ごと食い尽くしてやるよ」

 そんな自信満々な大男に対し、
 不敵な表情をしながら店側が運んできたのは、まさに肉の山、いや肉の壁だった。
 参考画像以上じゃねーかと灰路達や周囲が騒ぐも、店側は「画像の量はあくまでお一人様用ですので」と返すのみ。
 確かによくよく見てみるとページの隅に小さく同様の注意書きがあった。

「大丈夫です、お客様。
 要はこの量を食べ切れればよいのです。
 誰がどれだけ食べても自由っ……!
 お嬢様方は少なめに、男性陣が多めに食べても、その逆でも当店としては一向に構いませんっ……!」

 してやったりな顔での店長と思しき人物の言葉、店への怒りもあって、灰路達は闘志を燃やした……のだが。

 異能者の少年少女は見た目どおりの食の細さで早々にリタイヤ、
 次いで征、灰路が普通の量を、根性で粘った明は常人の二倍は食べたが吐く寸前でギブアップ。
 焼肉が好きなのか、腹が空いていたのか、周囲が驚くほどに食べまくった櫻奈も、肉壁の隅を僅かに削る程度で限界に達した。

「……くっそ、草薙がいれば楽勝なのに」
「?!」

 灰路の発言に櫻奈が驚愕の表情を浮かべたり、
 同時刻頃はここから離れた場所で水遊び中だった紫雲がくしゃみをしていたり、
 真唯子と魔術師は傍観者に徹するとか言いつつ、ちょびちょび食べたりしていたのだが、それはさておいて。

 そうして、皆が青い顔を……金を出すと宣言した手前なのか少女が一番青かった……していたのだが。
 時間経過の中、それは徐々に逆転して行くことになる。

 青かった灰路達の顔は興奮で気色ばみ、血色が良さそうだった店長(推測)は顔面蒼白になっていった。
 何故そうなったのかは、語るまでもない。

「ふぃー。良い肉だったぜ」
『おぉぉぉぉっ!』

 語るまでもない事だが、あえて事実を書き記す。
 大男が肉の壁を見事完食し、灰路達は晴れてタダメシを勝ち取ったのである。
 見事な食べっぷりに灰路達のみならず観戦していた他の客達も拍手と歓声を送った。
 大男は、にっひっひ、と笑顔を浮かべ、手を上げて周囲に応える。

「……嬉しそうね」
「そうだね」

 淡々と呟く真唯子と魔術師だったが、その表情は何処か優しいものだった。
 それだけ、大男は純粋に嬉しそうだったからである。何かしら皮肉を言うのも馬鹿らしくなるほどに。
 
「さて、こうして晴れてタダになったんだ。
 もうちっと肉を戴こうかね」

 観戦していた人々が激闘を見届け、それぞれのテーブルに戻っていく中、大男は言った。

「まだ食えるのか……マジで全開のアイツに匹敵するな」
「えぇぇぇ?!」
「草薙も全開なら同じ位食えるのかよ……見誤ってたな」
「いやいやいや。冗談だよな? え、マジなの?」

 そうして、灰路達が勝利の余韻……勝利に貢献した割合は2割程度なのだが……に浸っている中、焼肉店の店長が青い顔のまま、恐る恐る告げた。

「あの、お客様、申し訳ありませんが……さすがにこれ以上お出しするわけには」
「あ?」

 ギラリ、と男の目が輝く。
 それにビクッと恐れおののきながらも、店長は言葉を続けた。

「ほ、他のお客様の分もありますので、その、えと、ご、ご勘弁を……」
「……しゃーねーな。
 そりゃあ、皆ここに肉食いに来てるんだしな。
 無くなったら困るな、うん」

 はっはっは、と笑いながら男は頷く。
 
「じゃあ食後のデザートをいただいて締めとするか。
 このスペシャルデザートとやらをいただこう」
「あー、それは本日お出しできません」

 朗らかに笑う男の様子に安堵したのか、今度は気楽な様子で店長が答える。

 その瞬間。

「……あ?」

 空気が、変わった。

「……!?」

 灰路達は敏感にそれを察したが、店長は一向に気付く様子なく事情を語り続ける。

「曜日限定メニューとなっておりまして、明日なら……」
「んだとてめぇぇっ!?」

 ダンッ!と大きく地面を踏み鳴らしながら男が立ち上がる。
 瞬間、店全体が大きく揺れた。
 地震がタイミングに合わせて起こったわけではない。
 男の踏み込みが、店を揺らしたのだ。

『何でそこでキレる?!』の!!?』

 さっきは笑って許しただろアンタ、と言わんばかりに灰路達の突っ込みの声が上がる。

「あったりまえだろっ!
 メインディッシュの後のデザートッ!!
 それなくして何がメシかっ!」
「わ、わかるようなわからないような……」
「大体よぉ、ここに、これみよがしに書いてるのにお出しできませんってなぁどうよ?!」

 ガンガンガン、と指を突き刺すたびに、
 注文用の端末、その画面に映し出されていた期間限定のスペシャルカキ氷に皹が入っていく。
 2メートルは越えている大男の剣幕と先程の人為的な地震とその様子に、店長は半泣き状態へと追い込まれていた。

「そ、そうなってるんですよぉ〜そういうルールなんですよぉぉ〜!?」
「材料はあるんだろ? なぁ作ればいいじゃないかよ……!」
「ちょ、ちょっと、大きいお兄さん」
「おいおいおい、待て待て」
「いや、あのさ……」
「あぁ?!」
「お店の人、困ってるじゃないですか。そういうの、よくないって思う」
「明日はやるって言ってんだ。明日また来ればいいだろ」
「ああ。俺達も付き合うからさ」

 店員の様子やこの状況を放置は出来ないと、櫻奈や征、明が声を上げる。
 しかし、それは男を更に不機嫌にさせる結果となった。 

「はぁーん? お前らはコイツの味方をするのか?
 さっきまで、俺の仲間だったお前らが?
 ったく、ドイツもコイツも……俺はなぁ、期待させておいて期待を裏切るやつとかモノとか展開とかが一番嫌いなんだよっ!
 少年漫画とかでここから一発大逆転……ってところでわけの分からない超展開見せられたりなぁ!」

 他の異能者面子は……似たり寄ったりの不機嫌な表情で見守っていた。
 何も言わないことから察するに、男と同調しているのか。
 あるいは、漫画やアニメのチンピラがつけるようないちゃもんめいた事を口にする男の姿が不愉快なのか。
 状況推移を見守っていた灰路には、今一つ判断がつかなかった、のだが。

「気持ちは、良く分かりますわね」
「うむ」
「そうだねぇ……」

 口々に呟く様子で前者だったと判明する。
 こうなると、今から何かが起こった時は男に同調する可能性が高い。
 避けようとしていたトラブルが起こりつつあること、その引金を読み切れなかった自分が歯痒くて、灰路は唇を噛んだ。

「お前らにしても、この店にしても、期待だけさせて裏切るってんなら……」

 半ば叫びながら、男が拳を握る。
 その拳に、凄まじい何かが溜め込まれていくのを、誰もが本能的に感じていた。
 特に櫻奈は明確に、一歩間違えれば、ここのすべてが吹き飛ばされてしまいかねないような、それほどの気配を男から感じ取っていた。
 フォッグやクラウドにどうするべきか問う暇はない。
 今はただ食事するだけだと、連絡は後でいいだろうと考えていたのがまずかったが、今は反省している時間すら惜しい。
 ゆえに、櫻奈が身構え、変身のキーワードを呟こうとした、まさにその瞬間だった。
 
「……期待外れにはさせねぇよ」

 飄々とした、灰路の声が響いたのは。
 その一方で、変身しようとしていた櫻奈の肩を真唯子が掴み、それを抑えている。
 明や征が、驚きや焦りの表情を浮かべている中、会話が続けられていく。
 
「なに?」
「アンタらが一番期待しているのは、ヴァレットとオーナ、だろ。
 少なくともその二人はお前らの期待を裏切らない。
 そんな、ぶっちぎりの大物中の大物で美少女だ。
 彼女達に比べれば、こんな事なんざ、その他の事なんてどうでもいい、おまけみたいな事だ。違うか?
 なのに、こんなんで騒ぎを起こしてるようじゃ、お前らは小物の中の小物だって言ってるようなもんだぜ。
 そんな程度の連中が、あの二人に挑むなんてとんでもないってなもんだ」
「ああ!? なんでそう断言出来る……!」

 先程店長に向けたものよりも一際強い怒りと、それが伝わる言葉を叩き付ける大男。
 それを向けられた灰路は、一見それに動じる様子を見せないままに言った。

「実は俺、ヴァレット達と結構親しくてな」
「なんだと?!」
「ほ、本当ですの?!」

 灰路の言葉に男達の表情が変わる。
 対照的に、灰路は飄々とした声音や表情を崩さないままだった。

「ああ、本当だ。
 友達って事は本人達のお墨付き、そういう関係だ。
 今日こうしてアンタらに付き合ってたのは、
、少し前に言った様にこの子が心配だったからってのが一番の理由だが、
 俺としちゃあ、アンタらの見定めのつもりもあったんだ。
 まぁたまたま巻き込まれたついでだけどな」
「たまたま、ねぇ。
 さておき……その見定めとやらは彼女達に頼まれて、かな?」

 探るような魔術師の問い掛けに、灰路は肩を竦めて見せる。

「いいや、俺の個人的な判断だ。
 彼女達は忙しい。何せ正義の味方だ。
 あっちこっちで人を助けまくってる。
 そんな彼女らをいちいち呼び出すのは心苦しいだろ」
「……忙しいも何も、わたしここにいるんだけどなぁ……」
「櫻奈、いいから、黙ってなさい」
「ふん、友人だというのが事実なら、言い分は理には適ってますわね」
「うんうん、そうだね? うん。よくわからないけど」
「だからさ、んな事で大騒ぎするなよ。格を落とすぞ?
 少なくともアンタらはシャッフェンを簡単に吹っ飛ばせるくらいなんだ。
 折角見せ付けた格の違いを落とすのは勿体無い。
 俺だって、アンタらの事は只者じゃない、って思ってたんだ。
 なのに、こんな、警察に任せるのが良さそうな、くだらない騒ぎを起こすなんてなぁ……
 こんな調子じゃあ、俺がお願いするまでもなくあの子ら出てこなくなるかもなぁ」
「ふん、そいつぁ困るな」

 大男のテンションがダウン、というより落ち着きを取り戻していくのを見て、灰路は内心ほくそ笑む。
 実際は大騒ぎになればなるほどヴァレット達が出てくる可能性は高まる。
 しかし、ヴァレット不在の今はそれは避けなければならない。
 だが、それをおくびにも出さず、灰路は調子を崩す事無く言葉を続けた。

「なら、暫くは大人しくしてろよ。 
 アイツらは、お前らの期待に応えてくれる……良い子達だ。
 ああ、いや、ある意味では裏切るのか?
 だって、お前らなんざ簡単に捻るからなぁ」
「……それは裏切りじゃねぇよ。むしろ見せてもらいたいぜ」

 ふふん、と鼻で笑わんばかりの灰路に、大男は、ニヤリ、と不敵に笑って見せた。
 もうそこに怒気はなく、先程の焼肉挑戦前の、いやそれとは比較にならない楽しげな顔になっていた。 

「俺は頭はよくない。
 顔だって、まぁイケメンってやつじゃないだろうさ。
 俺は俺で自分の顔が好きだがね。
 ともかく、そんな感じで俺は短所だらけの人間だ。
 だが、こと腕力、こと喧嘩に関して俺より上なんざいねぇ。
 だから、むしろ見せて欲しいのさ……喧嘩で俺以上の存在ってヤツをよ」
「ああ、心配いらねぇよ。
 喧嘩に関して言えば、それこそアイツ、ヴァレット以上のヤツを俺は知らない。
 だがまぁ、アンタらに長々待て、てのは心苦しい。
 こうして多少話したり、笑い合ったりした仲だからな」

 男に応える不敵な笑みを返しながら、灰路はピースサインを繰り出した。

「2日後だ。
 2日後に、ヴァレット達と喧嘩させてやる。
 だから、それまでは騒ぎを起こす……のは、まぁギリギリいいとして、怪我人を出すな。
 精神的な意味でも肉体的な意味でもだ」

 堂々と告げる灰路と、大男の視線が交錯する。
 直後、大男は笑みの質を不敵なものから穏やかなものへと変化させる。
 
「いいぜ。
 気に入ったぜ、お前。
 若干言ってる事はハッタリ臭いが……まるっきり嘘じゃないってのは目を見れば分かる。
 啖呵を切ったお前に免じてこの場は怒りを収めてやる。
 感謝しろよ? 気が短い俺には滅多に……?……ああ、そうだ、滅多にない事なんだ」
「見た目通りの野蛮人ですわね……」
「それはともかく、その話には私達も噛ませてもらっているという認識でいいんだね?」
「うんうん」
「あ、そういや俺ら一応組んでるんだったな」
「「「おぉぉーい!」」」
「えーでもなぁ、これはなぁ」
「ちょ、こっちに来なさい」
「ひとまず相談だ。君達はそちらの解決を宜しく頼む」
「僕も行った方が良さそうだよね、うん」

 そうして異能者達は注目を浴びながらも、店の外へと一時的に出て行った。
 その様子を見届けた後。

「……大丈夫?」

 真唯子が灰路に声を掛けると、灰路は、ぶるるっ、と雨に濡れた子犬が全身の水を弾くような動作で震えた後、死んだ目で言った。

「小便ちびるかと思った」

 実際、灰路はかなり肝を冷やしていた。
 こういう駆け引きそのものは慣れているが、今回は相手が相手、何が起こるのか予想するのが難しい状況だったからだ。
 不良やチンピラくらいなら手が出る足が出る武器が出るくらいの予測をした上で覚悟出来る部分が出来なかったのが大きい。
 とは言え、かつてこういうトラブルの際、紫雲に付き合っていた経験は伊達ではなかった。
 そのお陰で表面上は平然を装う事が出来たのである。

「一歩間違えればここで大喧嘩だったもんな、よくやった」
「ナイスガッツ艮野」

 征と明、男二人がサムズアップする。
 二人としては、話の状況次第では自分達もフォローするつもり満々だったのだが、
 その必要がなくなるほどの灰路の健闘(ハッタリ)ぶりを見せられ、賞賛以外にする事はなかった。

「艮野のお兄さん、かっこいいー!
 あ、じゃなくて、その、ありがとうございました、うん」

 パチパチと拍手する櫻奈。
 彼女もまた、いざとなれば変身してこの場を収めるつもりだった。
 ……出来るかどうかは、確信できていなかったが、それでも、だ。
 そんな櫻奈に、灰路は小さく頭を下げる。

「すまなかったな、宮古守」
「え?」
「勝手に約束しちまった。2日後、あの腕力馬鹿が確実に帰ってきてるだろうからって。
 面倒事になって悪かった」
「ううん、そんなことないですよ。
 むしろ、今ここで大騒ぎになってたら大変でしたから」

 済まなそうにしている灰路に、櫻奈はニコニコと笑みを返す。

「多分、ヴァレットさんがここにいたら、わたしとおんなじに、そう思ってくれてたと思います」
「いや、アイツがこの場にいたら、話がこじれてた気がする。
 受けて立つとか言って、でもここじゃまずいからって場所換え提案するだろうが、
 その辺が微妙にこじれててんやわんやっていうか」

 この場での騒ぎが人を巻き込む以上、
 紫雲がここにいたら勿論それを回避しようとしていただろうが、
 いたらいたでその場合、こうスムーズに事が進まなかった気が灰路にはしていた。
 
 草薙紫雲という人間は、基本冷静だ。
 面倒事が起こった時は、静かに状況分析を行い、最適な判断を下そうと強く意識しているのを灰路は知っている。
 だが、絡んでくる事情や状況に幾つかの要素があると妙に熱くなる時があり、その際は視野が狭くなるのも灰路はよく知っていた。

 おそらく、今回は熱くなる可能性が高いケースだ。

 ゆえに、紫雲がいなくて今回はよかったのかもしれないと灰路は考えていた。

「……そのとおりだと思うわ」

 そんな灰路を真っ先に肯定したのは、他でもない紫雲の複製たる真唯子だった。
 その肯定が、どういう判断によるものかはさておき、灰路としては彼女に言っておくべきことがあった。

「ああ、そうだった。ありがとな法杖」
「なにがよ?」
「宮古守の変身、止めてくれただろ」
「ふん。アンタが何か言いそうだったから、それを見届けてからでも遅くないって思ったからよ。
 アンタはこういう時にちゃんと……………………っ」
「法杖?」
「……なんでもないわ。
 アンタを褒めずに褒める言葉が浮かばなかっただけ」
「お前は何を言ってるんだ」

 そうして、灰路達がやいのやいの言葉を交し合っている中、おずおずと声が響いた。

「あのぉ……それで、これはもう、問題が解決したと思ってよろしいのでしょうか……?
 わたし、仕事に戻っても問題ないので……?」
「「「う、うーん」」」

 すっかり存在を忘れられていた店長の言葉に、灰路達は揃って首を傾げた。

「多分大丈夫だろ、うん」
「一応もう一回謝罪させてからの方が良いと思うわ。
 後から……私達がいない時に蒸し返されて襲われると大変かもだし」
「真唯子にしては優しい意見だな」
「……面倒臭いのがイヤなだけよ」
「優しいね、真唯子ちゃんは」
「うん、優しいんですよ〜」
「やめてよ、その生暖かい視線。違うからね。絶対に違うからね」
「いやだから、わたし、どうすれば……」
 
 結局の所、店長が日常に戻る事が出来たのは、念のために異能者達が戻ってきての謝罪を行う30分後となった。

 この日の事を、店長は店長として最悪の一日だと帰宅後ブログに記したのだが、彼は知らない。
 後日あるモノ達が来店し、『暴食の魔神達の宴』と称される事になる、恐るべき出来事がこの場で繰り広げられるのだ。

 そうとも知らない今現在の彼は、早く日常たる通常業務に帰りたいと願うばかりであった。

 








 ……続く。






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