第10話 中と外・5












 道場に残された紫雲は、凪に向けて伸ばしていた手を下ろして、項垂れた。
 項垂れる事しかできなかった。

 凪の性格は、よく知っている。
 従姉弟としての十数年の関係性ゆえに。
 そして、それとは違う、同じように積み重ねてきた、ライバルとも喧嘩友達とも言える別の関係性ゆえに。
 こういう時、中途半端な言葉を掛けてしまえば、余計に凪を怒らせ、傷つけてしまう事を。

 それが分かっていたにもかかわらず、先程の体たらくだ。
 よく知っているはずの凪を、あそこまで怒らせてしまった。
 凪が自分との立ち合いを誰より真剣に考えているのは分かっていたはずのに。
 紫雲自身、凪との立ち合いを楽しみにしていたばかりに、立ち合う上で大事なものを見落としてしまっていた。
 
 つくづく、自分の未熟さ加減に腹が立つ。
 いや、未熟というより鈍ってしまった、のだろうか。
 どちらにしても、凪に対してただただ申し訳なかった。

 だからこそ、追いかけたい。
 でも、だからこそ追いかけられない。
 少なくとも、ちゃんとした凪への言葉が見つからない今は。

 だけど、心は……。

 そうして相反する思考の中で、紫雲が身動きが取れずにいると。

「紫雲?」
「……清子さん」

 清子がひょっこりと道場の入り口から顔を出していた。
 彼女は紫雲の様子を窺いながら、ゆっくりと歩み寄る。

「えと、なんか凪君が戻ってきたのに紫雲が来ないから、気になっちゃって……って、どしたの、それ……!?」

 紫雲のかなり近くまで来た段階で、肩紐が切れたキャミソールに気付き、清子は半ば叫ぶような声を上げた。
 その指摘で、紫雲はキャミソールの状態を放置していた事を思い出した。

「あ、えと、これは」
「いや、そんな、え? ま、まさか、紫雲の色気に当てられて凪君が良からぬ事を……!?」

 清子の脳裏には、若干問題ありげな場面がありありと繰り広げられていた。
 彼女の蒼白な表情からなんとなくそれを察知した紫雲は慌てて否定する。

「いやいやいや!! 凪はそんな事絶対しないからっ! 手合わせで破いちゃっただけだから!? そもそも私に色気とかないからっ!?」
「今の紫雲の姿で色気無いとか冗談にも程があるでしょっ!
 って……絶対にないのね?」

 大慌て気味だった状態から、紫雲の言葉を認識した後は一転し冷静になって清子が尋ねる。
 その落差に少し驚きつつ、紫雲は答えた。

「あ、うん、凪はそういう男らしくない事しないから」

 今時の漫画などではあまり見られない、古き良き『男らしさ』に白耶凪は拘っており、彼は事実それをちゃんと身に付けている。
 正義の味方を目指しながらも、そうなろうとしているのに悪戦苦闘の自分とは違うのだ。

 ただ、その『男らしさ』が勢い余って喧嘩やらトラブルに結びつく事も結構あるのだが、とは誤解を生みそうだし、自分も人の事は言えないので言わないでおこう……紫雲はそう考えた。
 そんな紫雲の思考を読み取ったわけではないが、彼女が断言した事から清子は自身の疑惑がただの勘違いだと改めて理解したようだ。

「それならいいんだけど……でも、それはそれとして、凪君と何かあったんじゃないの?」

 清子は、ここに来る直前、ドタバタと駆け抜けていく凪とすれ違っていた。
 表情は見えなかった。いや、今にして思うと見せなかったのかもしれない。
 これで何かない、とは正直思い難かった。

「……うん、ちょっとね」

 少し考えた後、紫雲はそう言うに留めた。
 清子に余計な心配を掛けたくなかったがゆえに。
 ただ、それだけでは誤解が生じてしまうかも、と考え一言付け加えておく。

「あー、でも、凪は悪くないよ。私の心構えがなってなかった」
「……そう、なんだ」

 清子は、迷った。

 そう呟く紫雲の様子は、いつもとは違う。
 凪が悪いんじゃない、と断言した後は、気まずげに何処となく視線を彷徨わせている姿は、いつも真っ直ぐ相手を見て言葉を交わす紫雲らしからぬものだ。
 だからこそ、ちゃんと話を聞くべきなのではないか、と清子は考えていた。
 しかし、親戚との関係の問題に踏み込んでしまっていいものなのかどうか、
 それは紫雲にとって不快な事なのではないか、とも考えて、今以上に踏み込めない。

 そんな、互いの微妙な配慮・遠慮ゆえに、少しの沈黙が生まれる。
 どこかで遠くで鳴く蝉の声だけが道場に響いていた。

「あー、その」

 若干の間を空けて、それを破ったのは紫雲だった。
 自分のせいで清子に気まずい思いをさせたくない、と、少し無理をして。

「私、着替えてくるね。服破いちゃったし音穏にもちゃんと謝らないと」
「あ、うん、分かった」

 清子を安心させる為か、苦笑気味の表情を残して紫雲は道場を後にした。
 その後をついていこうか、とも思う清子だったが……やはり、というべきか、その足はなんとなく動かなかった。

「……ダメだなぁ、私」

 紫雲が去ってから暫し経ち。
 あえて声に出す事で、清子は自覚を促した。

 駄目なのは、今躊躇ってしまった事ではない。
 迷った事そのものは間違っていないと思う。
 デリケートな問題にしゃしゃり出るかどうかはちゃんと考えてから判断を下すべきだからだ。
 
 自覚を促したのは、これからどうすべきか、という方向性の思考だ。
 他でもない、草薙紫雲の友達、そうなりたい、そうありたい高崎清子として。

 そうして視線を床に落とし、思考に没入していたゆえか、清子は気付かなかった。

「何がかな」
「ひゃうぅっ!? って、命さんっ!?」

 いつのまにそこにいたのか。
 背後から現れた草薙命に、清子は驚きつつ後ずさりつつ、向き直る。
 そんな清子に微笑みかけながら、命は謝罪を口にした。

「すまないな、驚かせてしまったようだ」
「いや、それは、別に良いんですけど」
「ならよかった。
 それで、なにがダメなのかな? 君さえよければ年上の知恵を頼ってみないか?
 勿論無理強いするつもりはないがね」

 命の言葉に、気付かないうちに自分が思うよりも深刻な表情をしてしまっていたらしい、と清子は認識する。
 と同時に、先程の自分とは違い、さらりと『こちらの問題』に踏み込んできた命に驚かされた。
 それは呆れや軽蔑、といった感情ではなく、むしろ真逆のもの。
 
(……大人なんだなぁ、命さんは)

 そう思い、少なからず尊敬の念を抱いたからか、清子は少し悩みながらも言葉を紡いでいた。

「えーとですね。
 私も、今の命さんみたいに紫雲に話を聞いてあげられなかったのかなぁ、って。
 それがダメだなって思ったんです」
「ふむ。何か愚妹に起こったようだが……まぁ、それは置いておくとして、何故そうしなかったのかな?」
「紫雲、凪君と喧嘩、して、それで何か考え込んでたっぽいんですけど、そういう親戚とのゴタゴタって他人が聞いてもいい事なのかなって」

 ただの喧嘩なら、紫雲は立ち尽くしたままで悩んだりしないだろう。

 紫雲との付き合いは、彼女の幼馴染である艮野灰路ほど長くはない。
 だが、清子なりに草薙紫雲を見てきて分かる事、気づいた事はいくつかある。

 ……【だからこそ】清子は紫雲の友達になりたい、そう思うようになったのだが。

 さておき。
 そうして見てきた草薙紫雲像が間違っていなければ、紫雲は基本的に『立ち尽くしたままではいられない』人間のはずだ。
 直面した何かしらの問題に悩みはするのだろうが、最終的には結論を下してしっかり動く、そういうタイプだと清子は認識している。
 傾向は違うが良く似た人間を知っているからこそ、確信に近いレベルでそう思えるのだ。

 何かしらの問題に対して結論が出ても、やるべき事がわかっても、動き出すのに迷う人間がいる。
 良い悪いではなく、そのやるべき事が正しいのか理に適っているのかなど色々と考えてしまい、中々動けない『そういうタイプ』。
 どちらかと言えば清子自身はそちら側の人間だと自分を認識している。

 それに対し、紫雲や清子が良く知る彼らは『明確な結論が出たら迷わず動き出す』人間だ。
 本人達は「そんなことはない」というだろうし、全ての事象に対しそうだとは言えないにしても、基本的には『そういうタイプ』なのだ。

 つまり、そんな紫雲が立ち尽くしたままだったというのは、動き出す為の結論が出ていない、つまり単純な、普通に謝るだけで済むような、ただの喧嘩ではなかったということ。
 あるいは、ただの喧嘩だとしても、それにプラスアルファの『何か』が絡んで結論が出せずにいたか。

 そんな根が深そうな問題に、付き合いが浅い自分が口を出していいのか、清子は悩んでいたのだ。

「なるほど。……やはり清子君は良い娘さんだな」
「へ?」
「そういう気遣いが出来るのは素晴らしい、私はそう思うよ。
 さておき、だ」

 そこで命は改めて笑みを浮かべた。
 苦笑しているようにも、自嘲的にも見える、複雑な笑顔……清子にはそう思えた。

「君の気遣いはありがたいが、他ならぬ紫雲については深く考えなくていい。
 ガンガン口を出してくれていいし、首を突っ込んでくれていい。」
「えっと、それってどういう?」
「言葉どおりさ。
 君がその辺の事を突っ込んでも、アイツは”他人に介入してほしくない”なんて思わないし、思えないし、その権利もない」
「権利が、ない?」
「他ならぬアイツが他人の事情その他に介入しまくってるだろう?」
「……あー」

 言われて、清子は納得する。 
 草薙紫雲という御人好しにせよ、ヴァレットという正義の味方にせよ、良かれと思って他人の事情に介入している事に変わりはない。

 介入の正否、あるいは善し悪しがあるのは、紫雲自身気付いていないとは思えない。
 実際の所、紫雲はかなり気を遣った上で介入を決めているのだろう。

 ではあるが、介入している、という事実そのものは紛れもなく事実である。
 そうである以上、紫雲は誰かが自身に介入する事について【基本的に】とやかく言うつもりはなさそうだ。
 
「その辺りはアイツもちゃんと自覚している、というか、常に悩んでる事だしな。
 だから、そんなアイツが介入される事に文句は言えないし、言わないだろう。
 それが【自分以外の誰かに迷惑を掛けるような事柄】でない限りはな。
 ましてや、他人じゃなく友達の君が、アイツ自身を心配しての行動なら尚の事、というかむしろ喜ぶだろう。
 だから、君さえよければ、アイツが何か悩んでるようならどんどん突っ込んであげてくれ」
「は、はい」
「そうか。私としても、そうしてくれるとありがたいし、何より嬉しいよ。
 最近のアイツは、色々と抱え込みがちだ。
 もしそれを同年代の同性に話すようになれるのなら……あの正義馬鹿にしては大きな進歩だ」
「……あの」

 呟きながら、清子は少し悩んでいた。
 さっきの質問の答え……【介入についての是非】は紫雲に対してであって、命自身に対してではない事は分かっていた。

 だが、聞いておきたかった。 
 それはずっと疑問に思っていたことで、これからの紫雲との関係性ゆえに、聞いておきたかった。
 他ならぬ、紫雲の姉妹である彼女ならば【同じように】大丈夫だと信じて。
 ……それが勝手な考えだとはわかっていたが。

「一つ、聞いてもいいですか?」
「なにかな?」
「その、命さんは……紫雲がヴァレットをやっている事について、どう思ってるんですか?」
「質問を質問で返すのはどうかと我ながら思うが……何故、そんな事を?」
「えと、上手く言えないんですけど、なんで紫雲がそれをやらなくちゃいけないんだろって、私、少し前から思ってて。
 周りの連中はあんまり気にしてないみたいなんですけど。
 それで、ご家族である命さんは、どう思ってるんだろうって、気になって」
「……そうか。
 君は、アイツがヴァレットをやってる理由を聞いているか?」
「えと、先祖代々の家の事情と、クラウド君の事情と、あと……紫雲自身が困っている人を助けたいからだって」

 紫雲=ヴァレットだと知った後、その辺りの事情を尋ねると紫雲は懇切丁寧に自分と明に説明してくれた。
 知られた以上、それを秘密にしてくれている以上、ちゃんと説明すべきだとして。
 
「ちゃんと説明してくれました」
「まぁ愚妹の性格上はそうするか。なら余計な説明はいらないな。  
 あの【怪獣】を打倒する事は草薙家の悲願。
 あの【怪獣】が平赤羽市の平和を乱しているのなら尚の事だ。
 君が言った、クラウドの事情も決して無視できないしな。
 ゆえに、それを為そうとしている愚妹の行動は、肯定されるべき事だろう。
 ……私自身は、単純に肯定できないがね」
「そう、なんですか?」
「ああ。だが、勘違いしないでくれ。
 私も平赤羽市に住んでいる以上、アレを野放しにすべきじゃないのは分かっている。
 だが、まぁ、なんだ、個人的な事情でなんだが、私の若い頃いろいろあってね」

 清子は、命について詳しく知っているわけではない。
 それこそ紫雲よりも付き合いは浅いのだ。
 だが、それでも自分の知る彼女らしからぬ歯切れの悪さを清子は感じた。
 それゆえに、命の【若い頃】にあった様々な事は、本当に「いろいろあった」のだろうと推察した。

「代々使命を押し付ける家の方針や、それをあっさり受け入れる両親や一族全体の馬鹿御人好しぶりにうんざりする時もあるんだ。
 そして、自分が深く傷つく事だってあるだろうに、それを知ってか知らずか……いや、知っていて全てを受け入れる、一族の代表みたいな御人好しな愚妹にも、な」

 そして。
 今現在の命の……どこか苦い言葉、表情で、清子はなんとなくだが理解出来た。

 草薙命は草薙紫雲のことをどう思っているのか。
 草薙紫雲が魔法多少少女ヴァレット〜正義の味方〜をやっている事をどう思っているのかを。

「……だが、それでも、既に亡くなっている両親や今までの草薙家が成し遂げられなかった事を無碍にするほど、私は不孝者ではないつもりだよ。
 私自身にアイツのような力があれば、それなりにやっていただろうさ。
 アイツの様な姿は御免こうむるがね」

 瞬間、清子はヴァレット姿の命をつい想像してしまっていた。
 ……命の容姿的にギリギリ無理はなさそうだが、色々と危なさそうだ。なんとなくそう思った。
 と、そこまで一瞬で考えて、今は真面目な話の途中だと真面目モードに思考を切り替える。

 高崎清子は、突発的な事態や突飛な出来事には弱い。大きく動揺もする。
 だが一度思考に没入さえ出来れば、あるいは何かしらに集中している状態なら、思考を巡らせるそのもの事への揺らぎは殆どなく、その【切り替え】も速いのだ。

「だが、私に適性がないらしい以上アイツに任せる他ない。
 そしてアイツ自身がどうすべきか、どうしたいかを決めているなら尚の事、口出しはできない……いや、違うな。
 正直、私にも、分からないのさ」
「え?」
「アイツの行動を危険だからと全力で止めるべきなのか。
 むしろ全てを認めて全面的にバックアップしてやるべきなのか。
 私もまだまだ子供……いや、都合のいい部分だけ子供でいたい、我侭な大人だ」
「……」
「だから、私はこの件について上手くアイツと話せないでいる、のかもしれないな。
 色々と考え過ぎてしまうからな。
 そういう事を考えずに済むのなら、もっと、ちゃんと……ああ、すまない。少し愚痴みたいになってしまったな」
「……」
「清子君?」
「あ、はいっ、すみません」
「謝る様な事は何もないだろう。
 それはそれとして、疑問には答えられたかな?」
「あ、はい。それはもう十分に」

 何かを考え込んでいたらしい清子は、命の問いに何度も頷いた。
 その様子に、命は満足げな笑みを浮かべて見せる。

「そうか。それならよかった。
 ……っと、そうだ。肝心な事を忘れていた。
 愚妹は凪と喧嘩したらしい、そう言っていたが、その件について愚妹は何か言っていたか?」
「え? えと、凪君は悪くない、って」
「なるほど。……ちょうどいい例が出来たようだな」
「はい?」
「愚妹と付き合うコツの一つだ。
 何かしらのトラブルでアイツが悪いのは自分だと主張する場合の9割は、その相手側の方に責任がある。
 まぁ、アイツ自身は本気で自分の方が悪いと思ってるんだが……事実はそうじゃない事が比較的多い。
 ともあれ、この件で何か思う所や聞きたい事があるのならアイツじゃなくて凪の方を先にした方がいいと思うぞ。
 自分の方が悪いとか思い込んでるアイツから情報を聞き出すよりその方が手間が少ない」
「……なるほど。
 ああ、えと、命さん……色々教えてくださって、ありがとうございます!」

 おそらくはかなり突っ込んだ事を自分は聞いていたはずだ。
 勝手な思い込みと判断によってぶつけたその疑問について、命はちゃんとはぐらかす事無く答えてくれた。
 それが申し訳なく、何よりありがたく感じた清子は、深々と一礼した。
 大袈裟でも何でもそうしたいと思えた。それが自分が尽くすべき礼儀だと。

 だから、見えなかった。

「……頭を上げてくれ、清子君。礼を言われる資格なんか、私にはないさ。私は……」

 それまでは向き合っていたからよく見えていた、そう呟いた瞬間の、命の顔が。
 慌てて顔を上げた先にあった命の顔は、少し顰めたものだった。
 ……さっきの言葉を紡いでいた瞬間も、この顔、表情だったのか、それはもう窺い知れない。

 だが、いずれにせよ、清子は【それは違う】と強く感じた。
 その思いのままの言葉を清子は形にしていく。

「そ、そんな事ないですよ! 
 答え難い事だったのに、ちゃんと答えていただいて、本当に助かりました。
 おかげで紫雲とちゃんと話せそうな気がしますから」
「……そうか。なら、こちらこそ、ありがとう、だな」
 
 そう言うと、命は清子と同じように深く頭を下げた。

「み、命さんっ!?」
「高崎清子さん、愚妹……紫雲の友達になってくれて、ありがとう。
 もしよければ……もう付き合いきれない、と思うまでで構わないから、それまでは、紫雲と仲良くしてやってほしい」

 これ以上なく流麗な動きで深々と頭を下げる命に、清子は衝撃を受け、動揺した。
 彼女のような大人が、自分のような子供に対して、これ以上ない礼を持って接する姿に。
 そして、それ以上に、先程までよりハッキリとしたカタチで尊敬すべき大人として、命の存在は清子の心に深く刻み込まれていた。
 だが、今はまだそれを自覚していない清子は、単純に落ち着かなさからあわあわとそれまで同様に思うままの言葉を紡いだ。

「そ、それはこちらの言葉ですよっ!? 
 えっと、その、私、今までもですけど、これからも紫雲の友達でありたいって、なりたいって、思ってますからっ!
 だから、その……」 
「……そうか。本当にありがとう。よろしくお願いするよ」
「いえ、その、こちらこそっ……」

 清子がわたわたとしている間に、命は頭を上げていた。
 その表情は、清子が一番知っている、普段の彼女の穏やかな表情だった。
 そして、その顔のまま、命は【日常】へと戻るための言葉を口にした。

「じゃあそろそろ行こうか。もうじき夕飯の準備が整う頃だ。
 曾祖母は和風に見えるが、実はあれで洋食を作るのが得意でね」
「そ、そうなんですか」

 そうして。
 二人は会話を交わしつつ、夕食の席へと向かっていった。

 ……清子は知る由もなかった。
 ここでの会話が、これから紫雲達に起こる様々な出来事に少なからず影響を与えていくことを。












 ……続く。






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