第7話 中と外・2










 平赤羽市の一角にある秋木町。
 魔法少女オーナこと宮古守櫻奈が住むその町の商店街出入り口に、一人の青年が立っていた。

 自宅に帰る途中だった櫻奈は、それを目撃して少し困惑していた。

 その青年は数時間前、平赤羽市中心街でシャッフェンを倒した(半分は自滅っぽい所もあったが)四人の内の一人たる魔術師のようだったからだ。
 中心街にいた時は三つ葉のクローバーが描かれたスカーフで顔を覆っていたのだが、今はそれをしていない。

 こんな所で何をしているのかはさておき、現在進行形の彼はどうやら端末の操作に苦戦しているようだった。
 魔術師、魔法使い、というのは皆そういうものなのだろうか?と考える櫻奈だったが、自分には『魔法少女』の知り合いはいても魔術師の知り合いは……。

(あ、シャッフェンのおじさんも魔術師だったっけ。でもなぁ)

 シャッフェンの目の前の青年ではあまりにも色々と違う気がする。
 普通の人がしなさそうな格好をしているという共通点こそあるが、この青年は少なくともシャッフェンほど騒がしそうではない。

「えっと、これは、こうで……?……はぁぁぁっ!? なんでそうなるんだよっ!」

 ……前言撤回。
 シャッフェンほどではないが、騒がしい。

 なんにせよ、現在進行形で悪事を働いているわけでもなさそうで、こうして普通に困っている以上、見過ごす事は出来ない。
 おそらく、ヴァレットも自分と同じく見過ごせないだろう。
 
(とりあえず害はなさそうだし、フォッグたちに連絡はいいかな?)

 そう考えた櫻奈は、意を決して青年に声を掛ける事にした。

「あの」

 一瞬自分に掛けられた声だと思わなかったのか、青年は周囲を確認した上で櫻奈に向き直った。

「な、なにかな?」
「えっと……それの使い方、分からないんですか?」
「……その、なんだ、恥ずかしながら、そうなんだ。最近の機械には疎くてね」
「よければ、少し貸してみて下さい」
「ああ」
「えっと……この、入力してある名前のお店を探せばいいんですよね」

 この手の端末を自分は持っていないが、両親が使っており、触らせてもらった事があった。
 なので操作方法についてはなんとなく分かる……はず。
 櫻奈のその考えは間違っておらず、彼女はなんとなくのおぼつかない操作ながらもあっさりと検索に成功した。
 
「分かりました、けど」
「けど?」
「このお店、ここからだとほんの少し遠いというか、商店街の端っこの方なので、少し歩かないといけないみたいです」
「道は複雑なのかな」
「うーん、いえ、そうでもないみたいです」

 櫻奈自身は行った事がない店だったが、行った事のある店(買い物に来た時に覗くペットショップ)が近くにあったので大体の目星はついた。
 説明も難しくなさそうだ。

「商店街の一番大きな道……このアーケードに沿ってしばらく行ったら、スゴイ目立つ赤い看板のペットショップさんが見えてきます。
 こっちと反対側にある商店街の出入り口のすぐ近くなんで、分かりやすいと思います。
 その向かい側に細い道があるはずなんで、そこに入って少し進んだら……そのお店、あると思います」
「ふむ?」
「あー、えと、こっちからこうで」
「ああ、こうこう進むのか」

 情報端末の画面に表示された道を指でなぞりつつの説明に男は納得する。
 
「うん、分かったよ。ありがとう」

 そうして笑顔を浮かべる青年は奇抜な格好を除けば、ごく普通、のように櫻奈には思えた。
 それゆえになのか、なんとなく少し躊躇いのようなものが生まれていたが……僅かに悩んでから櫻奈は素直な思いを口にする事にした。

「あの」
「ん、なにかな」
「少し前に駅前で……シャッフェンのおじさんと騒いでた人達の一人ですよね」
「え? そうだけど、顔を隠してないのによく分かったね……って、こんな格好したままじゃ当然か。
 それがどうかしたのかな」
「えと……」

 正直何を言うべきなのか、櫻奈には分からずにいた。
 暴れている時ならば『やめてください』で済むのだろうが、今の彼は問題を起こしていない。
 であるならば、今自分は何を言うべきなのか……少し悩んだ末に、櫻奈は言った。

「この街は、どうですか?」
「え?」
「ご、ごめんなさい、来たばかりの人にこんな事言っても答え難いですよね。
 他の町から来た人はこの街ってどう見えるのかなって」

 櫻奈の言葉は嘘をついていないが正確でもなかった。 
 平赤羽市に悪感情を持つならば、
 目的を果たす為に好きに暴れてもいい、心が痛まない……そう思う理由になりえるかもしれず、
 その辺りの事を聞いてみたいと思ったのだが、
 櫻奈なりにではあるがストレートに聞くのはどうなんだろうと思った事から、最終的には分かり難くなってしまったのだ。

 内心櫻奈は失敗したかなと焦るものの、青年は特に気に留めた様子もなく苦笑しつつ答えた。

「謝る様な事じゃないだろう。
 ……そうだな、うん、確かに答え難いから第一印象になるが、変わった街だなと思ってるよ」
「ですよねー。うん、変ですもんね。色々ありますから」
「まぁ、確かにこの街の色々なものがごった煮になった文化も変だが、
 私が一番変わっていると思ったのは、街の人々の視線というか、空気だな」
「視線に、空気?」
「ああ。この格好で歩き回る事で奇異の目で見られるが、あからさまな拒絶や違和感を込めたような視線は感じない」
「コスプレして歩く人とか多いし、シャッフェンのおじさんみたいな人もいますからねー」
「そうか、格好だけならそう奇抜でもないのかな?」
「キバツ?」
「え? 難しい言葉、なのかな」

 流暢に日本語を操り、理解する外国人(魔術師)と、日本語に戸惑う明らかな日本人少女。
 櫻奈の年齢を考慮すれば言葉によっては知らない事も当然なのだが、奇妙と言えなくもない光景でもあった。

「ああ、オカシイ、ってことかな。うん、それなら十分オカシイです」
「……満面の笑顔で言わないでくれるかな。
 しかし、そうか、やっぱり。外出用の衣服を買っておくべきかな。
 さておきだ。まぁ総括すると、この街、嫌な感じはしない、って所かな」
「そーかつ?」
「まとめると、ってことだよ」
「おー。外人さんなのに日本語よく知ってますね。
 そうですか……えーとその、上手く言えないんですけど……」

 この街が嫌いではない、と言われると、生粋の平赤羽っ子である櫻奈としては悪い気はしない。
 だとすれば、今自分が言いたい事、伝えたい事は……そうした思考の果てに、櫻奈は言った。

「わたし、この街で生まれ育ったんヒト、人間、なんですけど、
 だからなのか、っていうと理由になってるのかむずかしいですけど、その、
 この街にいる間は、出来るだけ、仲良くしてくれると嬉しいです、皆と」
「皆と?」
「その、街の人とか、魔法少女の人とか……喧嘩とかはあまり楽しくないし」
「他の連中はどうか知らないが、僕だって喧嘩は好きじゃないよ。……研究は大好きだけどね」

 青年はその一瞬だけ、不敵に笑った。
 そして、その瞬間だけ、櫻奈は目の前の青年が別人……何か、どこかで見たような、恐ろしいもののように思えた。
 だが、それはほんの僅かであったため、結果としては何事も起こる事無く会話は続けられた。

「まぁいいさ。これもアカシックレコードが紡ぐ縁の一つなんだろう。
 その縁に従って、仲良くするよう努力はするよ」

 彼の言葉に嘘はないように櫻奈には感じられた。
 であるならば、今はこれ以上言える事はない。
 もし何か起こったときの事はその時にまた考えても大丈夫だろう……多分。
 何処か微妙な不安が過ぎってはいるが、それはきっと今の自分が必要以上に疑っているからだろう。

「……ありがとうございますっ」

 そんな不安を振り払うように、櫻奈は青年に笑顔を向ける。
 青年はそんな笑顔を見て僅かに呆けた。 



 ふと思う。

 こんなにも純粋な、キラキラとした笑顔を見たのは、いつ以来だったろうか。
 自分がこの子の年頃には、まだこんな笑顔が出来ただろうか。
 その頃の、あの頃の自分は……。 


 
「じゃあ、私はこれで」

 思考に埋没している内に時間が経ったからか……実際には数秒程度だったが……話を終えたと判断したらしい少女・櫻奈が背を向ける。
 その背中を見て、青年は慌てて声を掛けた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
「あー、その、えとだな。
 君を善意の少女だと見込んで恥を忍んでお願いしたいというか、聞きたい事があるんだが」
「なんです?」
「この街に滞在するに当たって探しているものが色々あるんだが、さっきも言ったとおりこの街は初めてでね。
 どう探せばいいのか見当が付かなくてね。
 もし君が何か一つでも知っているものがあれば教えて欲しいんだ」
「んー。わたしが知ってるものならいいんですけど。とりあえず言ってみてください」
「それじゃあ……」

 そうして男が告げたものは、如何にも怪しげなものばかりだった。
 動物の肝だったり、尻尾だったり、薬と思しきものの名前だったり、花だったり、鉱物だったり。

「と、そういうものを取り扱っている店がないかな。
 あと、こっちは……ああ、いや、いいか。これはまた後日に」

 懐かメモのようなものを取り出しかけて途中で仕舞う青年。
 確かに色々探しているようだ、と櫻奈は顔を引き攣らせつつ答えた。
 
「ごめんなさい、全っ然っ分かりません」
「そ、そうだよな。いや、すまない。
 あの騒動を見ていたなら見聞きしているだろうが、私は魔術師、魔法使いでね。
 幾つか入用のものがあったんだが……急ぎ慌てて来たもんで準備不足なんだ」
「急いで? 急がなくても街やわたし達は逃げたりしないのに……」
「わたし達?」
「あ、いえ、間違えましたっ。魔法少女の人達、です」
「まぁ、そうだろうが私と同じ様に思う人間がいないとも限らない……というか実際にいた訳だし。
 先を越されたりして取り返しのつかない事態になるのは嫌だったからね」
「そ、そーですか」
「まぁともかく分からないなら仕方ない。後は自分で何とか探してみるよ」
「お役に立てなくてごめんなさい……あ、でも」

 そこで櫻奈は思い出した。

 艮野灰路。
 ヴァレットこと草薙紫雲が気になっている人間として、年齢相応の恋愛への興味があって話を聞きだしたりしている中で聞いた、とある情報を。

 それは、ヴァレットの正体が灰路達にバレる前の事。

『ヴァレットさんが魔法少女ってこと、その人気にしたりしない?
 ほら、漫画とかだとよくあるよね。不思議な力持ってると嫌がられたりとか』
『それは、大丈夫かな。
 昔から私が色々やってた事もあるけど、灰路君のお姉さんも……』

 そう。
 灰路の姉がオカルト研究会に所属している事を。
 結構本格的な事をやっているらしく、本当に魔術師なりかかっているらしい事を。
 そういう事の結果として、家の中が変な匂い塗れになったり、言ってる事が理解出来なかったりと大変らしい事。

 それらの事を思い出して、櫻奈は言った。

「もしかしたら、なんとかなるかもしれません」
「どういうことだい?」
「そういうのに詳しいらしい人の弟さんと知り合いなので。
 でも、その人達が今から来てくれるかどうかはちょっと分からないです」

 そもそも灰路が彼の姉との繋ぎを引き受けてくれるかどうか分からないのだが、正直を言えばその辺りについて櫻奈は楽観していた。

『あと、そうだね。
 灰路君はパッと見は女の子だけに、結局の所は皆に優しい人だから。
 口ではそういう力についても驚いたりして色々言うだろうけど……良い意味で口だけだからね』
『良い意味で?』
『うん、良い意味で。だから、うん、大丈夫』

 ヴァレットが灰路の事を優しく微笑みながら語っていたのを覚えていたからである。

「ただ、きっと、時間があったら大丈夫です、はい」
「ふむ、なら明日改めて……というのはどうだろうか?
 勿論拒否してもらっても構わない。
 こんな風体の男と改めて会うのは面倒というか恥ずかしいというかだろうが」
「あ、大丈夫です。わたしはそういうの全然慣れてるので」
「そ、そうなのか」
「じゃあ、明日またここで……あー」

 言い掛けながら、櫻奈は少し考えを巡らせる。
 自分一人では出来ない事もあるだろう。考えが足りない事もあるだろう。
 いつもならヴァレットに頼る所なのだが、今彼女はいない。
 であるならば……ここは、今日手伝ってくれた人達に頼らせてもらおう。

 ……ヴァレットとオーナの違いの一つがここにある。

 ヴァレットこと草薙紫雲は、誰かに頼る事を極力避ける。
 何かしらの困難な状況にあって、自身にはギリギリ難しい事でも、可能の範疇内であるならば出来得る限り自分で処理する。
 それが紫雲の在り方である。

 それに対し、オーナは自分に難しい事であれば素直に他人に頼る。
 出来得る限り自分でという部分はヴァレットと同じだが、そのハードルがヴァレットと比較すれば若干低いのだ。

 今日の【作戦会議】にしてもそうだ。
 無理に頼むつもりはなく、遠慮もしてはいたが、櫻奈的には思案には入れていた事だったりする。

 その辺りの判断の差異は子供と大人の違い、というだけではない。
 生真面目かつ頭が多少固めな面が多い草薙紫雲と、良い子でありつつもちゃっかりしており柔軟な宮古守櫻奈、それぞれの個性の違いによるものである。

 実際の所、今現在の櫻奈と同じ状況に紫雲が置かれた場合、最終的に灰路に頼る事に変わりはない。
 意地でも自分で何とかしよう、という考えよりも、他人が困っている状況の解決を優先するからだ。
 だが、紫雲の場合過程が若干変化する。

 そして、その僅かな差異が、今回功を奏す事になるのだが、神ならぬ今の彼女達には分かるはずもない。
 そんな、自身とヴァレットの違いのことなど考えもしないままに、櫻奈は素直に自分の考えを口にした。
 
「その詳しい人の知り合いとか……あと何人かにも一緒に来てもらってもいいですか?
 三人寄れば……えーと、数珠の知恵?」
「文殊の知恵じゃないのかい?」
「あーそれですそれ。それですから、はい」
「それは別に構わないよ。僕としては目的の品さえ手に入ればそれでいいから」
「ありがとうございます」
「いや、礼をいうのはこちらだろう。すまないね」
「これも縁?って奴なんですよね。気にしないでください。えーと、何時くらいがいいですか?」
「明日の朝十時頃で構わないだろうか? 終わった後、せめて昼食をご馳走したい」
「えー? 別にいいですよー」
「いや、こちらの気が済まないからね。
 じゃあ、僕はここで。せめて今日買えそうな分は買っておかないと」
「わかりました。じゃあ、明日の十時頃にここで」
「ああ。では明日」

 そうして男は去っていった。
 三歩ほど進むたびに端末を覗き込み、足を止めていたが。

「大丈夫かなぁー」

 そんな青年の後姿を眺めつつ、櫻奈は携帯電話を取り出し、先日登録したばかりの灰路の携帯に繋がるボタンを押すのだった。










「はぁぁっ!?」

 電話越しの櫻奈の報告に、灰路は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 灰路が携帯の着信に気付いたのは、家に帰った後、熱唱した喉を買い置きしていたスポーツドリンクで潤し、癒していた時。
 リビングソファーに軽く投げ置いていた携帯の僅かな振動に気付き、拾い上げたところ、櫻奈の名前が表示されていた。
 何か心配事でもあったのかと思いつつ電話を取った後、彼女の口から語られたのは全く予想していない内容であった。

「それで、明日会う事に? いや、まぁ無理じゃないが。
 まぁ、仲良くなるに越した事はないかもな。分かった姉貴に聞いてみる」
『本当ですか? よかったー。やっぱりヴァ、じゃなかった、紫雲さんの言うとおりでした』
「は? アイツ何か言ってたのか?」
『はい。灰路さんはパッと見は女の子だけに優しくて、本当は皆に優しいって』
「……あの野郎」

 普段から割と似たような事を公言し、自分にも言っているが、櫻奈にも話していたとは。
 基本的にお喋りじゃないくせに、気に入った相手には色々零し易過ぎる。
 喋ってはいけない事との区別は明確に付けるとは言え、勘弁してほしいと灰路は思った。

『紫雲さんは野郎じゃないですよー』
「俺にとっちゃ野郎だったんだよ、十年間」
『そういうものですかー。あ、でもごめんなさい』
「なにがだよ」
『皆で話した時は放っておくって事になってたのに』
「なんだ、そんな事か。
 あの連中と偶然会うなんて想像できるわけないし、謝る様な事じゃないだろ。気にすんな」
『やっぱり優しいなぁー。ありがとうございます』
「別に優しくないっての。
 ここで何もしてなかったらアイツに何言われるか分かったもんじゃないからなぁ」
『うんうん、そういうことだよねぇ』
「おい、なんか生暖かい視線的なものを言葉に感じるんだが」
『んー? 生暖かい?』
「いや、なんというか……まぁいいや。今度説明する。
 ともかく、分かったよ。姉貴には聞いておく。
 あと、提案どおりちゃんと俺達も付き合うから。勝手に危ない事はするなよ」
『分っかりましたー』
 
 その元気な返事に苦笑しつつ、折り返し連絡する事を告げてから灰路は通話を終えた。
 直後、ハァ、と溜息をつく。

「……なんか面倒事になってきたな」

 しかし、ここで放り出すわけにはいかない。
 櫻奈が心配なのは勿論だが、ここで放り出して万が一の事態になれば紫雲がキレる。
 正確に言えば【灰路には】キレはしない。
 他の誰でもない【自分自身】にキレる。
 どんな理由があるにせよ、肝心な時に不在だった自分自身を絶対に許さない。
 灰路の知る草薙紫雲はそういう奴だ。

「となると面倒がってもいられないか」

 そうして微妙に重い腰を上げた灰路は、二階に上がり、ある部屋のドアをノックした。
 ドアには『カナミの部屋』と書かれたプレートがぶら下がっている。 

「はーい」
「姉貴、少しいいか?」
「べつにいいわよー」

 返事を確認した上で、灰路はドアを開いた。
 そこには何の変哲もない高校生女子の部屋が広がっていた。
 むしろ高校生女子としては特徴がなさ過ぎる部屋なのだが、実際にはそうでない事を灰路は知っていた。
 一見普通の黒い本棚は、箪笥や部屋の構造などで誤魔化されているが実は二重構造のもので、
 表にある参考書や漫画小説などの奥には、この部屋からは全く想像の出来ない本の数々が並べられている。
 他にもこの部屋の至る所に普通の女子高校生が取り扱いそうにない品々が隠されている……のだろう。
 それはオカルト研究会会長としての彼女を構成する品々。
 これこそが魔術師の端くれを自称する、艮野灰路の姉、艮野カナミの部屋だった。

 そんな部屋の隅にある机の向こうで、椅子の背もたれに背中を預けながら本を読んでいたカナミは、
 弟である灰路の姿を視界に納めると、薄く笑みを浮かべて見せた。

「珍しいわね。普段は私が部屋にお邪魔する側なのに」
「まぁちょっと頼みたい事やら聞きたい事やらあってな。姉貴はこれ持ってるか?」

 灰路はそう言って、櫻奈が口にした品々を書き込んだメモ用紙を、机越しのカナミに手渡した。
 カナミはそのメモを一秒も経たずに眼を通したらしく、メモを渡した次の瞬間にはあっさりとこう答えていた。

「全部持ってるわよ」
「マジか」

 さも当然とばかりの姉の答に灰路は驚いた。
 持っているかもしれないとは思っていても、こうもあっさりとだと余計に驚かされる。

「こんな怪しげなもんよく持ってるな」
「昔ならいざ知らず、ネット全盛の今は手に入らないものの方が少ないからね。
 勿論資金や法律の限界内だけど」
「……身内として一応聞いとくが、法は犯してないよな」
「少なくとも現行法は犯してないわね。
 魔術で発生する現象が法を犯してないかはノーコメントで」
「おい、それも法を犯してるというんじゃないのか。あと普通に魔術を使うな」
「冗談よ。残念ながら私だけで出来る魔術はたかが知れてるから。
 せいぜい精度の高い占いや黒魔術の一部程度。
 いつかもっと使える様に修行はしてるけど、しーちゃんと違って私に流れる異能の血は薄いからねぇ。
 大体それ言い出したら今の平赤羽市には、私以上に法を犯しまくってる連中が山のようにいるんじゃないの?」
「よそはよそ、うちはうち」
「さいですか。
 それはまぁいいとして、アンタに魔術師の知り合いなんかいたの?
 材料から察するに結構高等な魔術を使う感じだけど」

 使えなくても察する事が出来る姉の底知れなさに驚きつつ、頭を掻きながら灰路は言った。

「……草薙の友達が変なのと知り合ったらしくてな。それをご所望なんだと」
「ふぅーん。別に暫く使う当てはなかったから提供するのはいいけど」
「じゃあ何で買ってたんだよ」
「買える内に買えるものを買っておいただけよ。
 今のご時勢、いつ値段が高騰するか分からないじゃない。
 で、それはそれとして代金は?」
「あーしまったな。それは聞いてなかった。
 多分払ってくれると……いいなぁ、と思いたいわけだが」
「まぁいいわ。とりあえずは渡してあげる。
 値段見積もりも一緒に渡すから、それより凄く安くするつもりだったら文句付けといて。
 どうしようもなかったら貸しにしといてあげる。アンタと、その魔術師さんへのね。
 今すぐ必要なの?」
「明日。正確には明日の朝……九時位までか」
「了解。じゃあ今から準備して今晩渡しとくから。とりあえず出てってくれる?」
「分かった」
「……ところでさ灰路、あんた最近変わった事とかない?」
「変わった事って何だよ?」
「ん。不思議な力に目覚めたりとかしてないのかなぁ、って」

 瞬間、姉の目がいつものユルイものとは違う、何か別のものに変わっていた。
 今まで全くそういう目になった事がないわけではないが、今回は特に凄み、のようなものがある様に思えた。
 とは言え、ここで追究する必要を感じるほどの真剣みがない事も同時に察していた。
 言うなれば、ちょっとしたゲームでの勝敗に拘っているレベルというか。
 なので、灰路はごく普通かつ素直に質問に答えた。

「いや、別に。俺的には目覚めてくれた方がありがたいんだけどな」
「……ふーん。そう。残念ね」
「目覚めてくれた方が色々面白いってだけさ。んな事より、頼まれ事の方をだな」
「はいはい。ちゃんと承ったから」
「ん。頼む」

 その言葉を最後に灰路が去った後、カナミは、くっく、と苦笑した。

「ほんと、しーちゃんがらみには本気ね、いつも」

 いつも気だるげで退屈そうな弟が目の色を変える数少ない事の一つ。
 それがあの幼馴染がらみである事を、カナミは理解していた。

「だからこその、ありがたい、なんでしょうけどね」

 トーンと視線を落としながら、ポツリと誰かに尋ねるようにカナミは呟く。

「目覚めた方がいい、か。どうなんでしょうね? 実際の所」













 ……続く。






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