第6話 中と外・1
「こうして場所設けておいてなんだが……改めて考えるに、ぶっちゃけ、今ん所放置でよくね?」
灰路の言葉に、櫻奈、真唯子、明、征はそれぞれの表情を浮かべた。
ちなみに、櫻奈は戸惑い、真唯子は憮然とし、明は?と少し疑問めいた表情になり、征は特に変化なし。
シャッフェンと四人の異能者が繰り広げた一瞬の嵐のような騒動の後、櫻奈達は追跡他対応を思いつかず呆気に取られてしまった。
その後、過ぎてしまった事はしょうがないとして、彼らはこれからの事を話し合う事にした。
当初櫻奈は『自分達』の問題だからと灰路達の協力を断わろうとしていたが、
乗りかかった船だし意見交換くらいなら役に立つだろうという意見に反論出来ず、感謝しつつ、了解した。
灰路達としては、いくらなんでもこのまま”はい、さようなら”は後味が悪すぎた。
何より、ヴァレットこと紫雲が不在のこの状況で櫻奈に何かあれば、明確にこの街を守る者はいなくなってしまう。
そんな訳で対策会議を行う事になった彼らがその場所として選んだのは、事件のあった平赤羽市中心街からそう離れていないカラオケボックスだった。
カラオケボックスを提案したのは征で、
彼曰く『秘密の会話を交わすのにカラオケボックスは丁度いい、と俺が読んだ本(ライトノベル)に書いてあった』らしい。
しかし、実際この人数で怪しまれずに色々な会話が出来る場所としては適切だろう……入店拒否されるだろう為、櫻奈を介した法力会話で間接的に参加する形となったクラウドはその提案を肯定、自身はフォッグも行っている街の巡回に合流した。
そうして、突然現れた迷惑存在についてどうすべきか、開口一番灰路が放ったのが先ほどの言葉だった。
「え、ええ〜?
あの人達を探して話を聞いたりとかして、話し合いで解決した方がいいんじゃないかな……」
「まぁ、そう出来るんならそうした方がいいんだろうけどねぇ。
あいつら、目的なんて言ってたっけ?」
「金髪ツンツン女が、魔法少女やマスターの力や技術への興味、魔術師っぽい奴もそうだったわね」
明の言葉に、この中では記憶力が高い方なのかリューゲこと法杖真唯子がスラスラと呟き、応えた。
そんな彼女の後を次いで、征が少し眉を寄せつつ思い出していく。
「んで、超能力者っぽい子供がストレス発散的なもんで、腕力馬鹿が力試し、だったよな」
「その筈よ。んで技術者連中は、微妙にヴァレットやオーナの拉致を仄めかしてたわね」
「そこが問題だ。法杖、お前から見て、あの連中の実力どんなもんだと思う?」
灰路の問いに、真唯子喉を滑らかにする為か、ジュースを一口ストローで啜ってから口を開いた。
その表情は、いつも以上につまらなさそうな、何処か不機嫌にも見えるものだった。
「正直、あの連中は侮れないわ。
四人がかりでもアタシ達同様にマスターを一蹴した以上、まぁそれなりには手強いんでしょうし」
どうやら、真唯子の中では『自分達一人一人≧あの四人>>>>>>シャッフェン』らしい。
「戦いは数がモノを言う時もある。
そもそもアイツラが連携できるかどうかはさておいても、楽観的な思考で油断や過信はしない方がいいんじゃない?」
真唯子の発言は、灰路に紫雲を、正確には紫雲の喧嘩における思考形態を思わせるものだった。
そして、だからこそ説得力があった。少なくとも灰路にとっては十二分に。
ゆえに灰路は大きく頷き、周囲を見回しながら言った。
「ああ、そのとおりだな。
となればだ。
状況解決の為に宮古守……オーナが動いて、万が一にでも負けたら色々ヤバイ」
「ヤバイ、ですか?」
「捕まるとどうなるか、とかもそうだが、負けてオーナがいなくなった後に万が一『怪獣』が現れてみろ。
草薙が間に合わなかった場合、下手したら平赤羽市壊滅じゃないか?」
「あ。で、でもリューゲちゃんがいるし……」
「アイツらにせよ『怪獣』にせよ、メンドイのアタシはやーよ。勝ち目が微妙な相手なら尚更ね」
「でも前は……」
「怪獣の時は流石に協力しないと皆死んでたから已む無くよ。
そうでもなかったら協力なんかしないわよ」
「なんか物臭だな。前から、っていうか、生まれた時からそうなのか?」
「……別にどうでもいいでしょ」
灰路の言葉に、真唯子は不貞腐れたようにあらぬ方向を向いた。
なんとなくだが、灰路は、真唯子のその態度が、自分に対する何かしらの壁のように思えた。
……実際は気のせいで、単純に面倒臭い現状に対して不機嫌になっているのかもしれないが。
「でもまぁ、真唯子の言う事も分かるわな。
むしろハッキリ負けが見えてる時の方が動きやすい時もある。
こういうどう転ぶか分からない時が一番面倒なんだよな」
「でしょでしょ」
自分の時と露骨に態度変えやがって……一転してうんうん頷く真唯子を見て灰路はそう思ったが、言葉には出さなかった。
ある意味微笑ましかったからであり、基本的に女に甘い灰路の気質ゆえでもあった。
「なので、今の所放置で、草薙が帰ってきてから改めてどうするか話すのがいいと思いまーす」
「でも、いいのかなぁ。何かあってからじゃ遅いんじゃ……」
灰路と真唯子の意見をまとめての征の発言に、櫻奈は、うーん、と小さく首を傾げる。
そんな櫻奈の所作に苦笑しつつ、それまで会話の流れを見守っていた明が口を開いた。
「今の所は大丈夫なんじゃないかな。
さっきの様子を見るに、向こうもすぐ何かやる、って感じじゃなかったし。
今の所明確な対応策……出来る事はないんだし、草薙が帰ってきてから改めて動いてもいいと思う」
「明の言うとおりだと俺も思うぞ。
それに、アイツラ。パッと見、極悪人って訳じゃなさそうだし。
少なくとも草薙が戻ってくる頃まで待ってるくらいの堪え性はあるだろ」
「とまぁ、そういう意見をあの猫二匹に話してみてくれ」
「あ、今ちゃんと聞いてるよ。……うん、二人もソレがいいって言ってる」
男三人の意見を、正確に言えば、そもそも会話全てを櫻奈を通して聞いていたクラウドとフォッグは、彼女を通して肯定の意を送っていた。
今の所、急を要する自体でない事は二匹、もとい二人も察していたし、何より今の所は『怪獣』絡みでもなかったからだ。
……そう、今の所は、だが。
「じゃ、当座はそういう事でいいか」
「異議なーし。あー……早くヴァレット帰ってこないかしら」
「責任丸投げする気まんまんだね、真唯子ちゃん……。
しかし艮野。お前、なんかこういうのに手馴れてない?」
「こういうって、どういうだよ?」
「なんか対策的会議というか、そういう感じ」
「ああ。中学時代、草薙その他の手伝いで不良とやり合った事あったからな。
学校同士の抗争的なノリでさ。
戦力比考えて、どういう感じで潰していくかとか色々とさ」
今現在は基本穏やかな紫雲だが、かつて今より少し尖っていた時代があった。
中二病。黒歴史。
人によってはそう呼ぶべき『そういう時期』だったのかもしれないが、灰路としてはそう簡単に括れないものを当時の紫雲に感じていた。
「ヴァ、じゃなかった、紫雲さん喧嘩とかしてたんですか?」
「何年か前までは頻繁にな。その頃のアイツは今より少し荒れてたから」
かつての紫雲も、基本的な思考は今と変わってはいない。
弱いものいじめを許さず、困っている人がいれば助ける。
正義の味方志望の、生粋の御人好し。
ただ、ソレがかつては少し荒っぽかった。
というより、今よりも考えが足りていなかった、のかもしれない。
いや、紫雲だけではない。灰路自身もまたそうだったのだろう。
「まぁ祖父さん祖母さん亡くなった頃だったのもあるんだろうけど。
本人は祖母さん達のせいじゃないって否定するんだろうが、少なからず影響はあっただろうな。
んで、そうして少し尖ってた時期だったから、結構学校で浮いてたっけ」
「え? いじめられたり、してたの?」
「アイツを苛められる奴なんかいないさ。
ただ、まぁ、今日現れたあの変な奴らへの街の連中の反応より少し酷い位の腫れ物扱い、ってところか。
まぁそれも少しの間だったけどな」
「そうなんだ……。何か良くなったきっかけとかあったの?」
「それは……いや、特に何かあったわけじゃない。
元々アイツは死ぬほど御人好しだしな、話す機会があればなんとでもなるさ。
というか、直谷の方こそ微妙にトラブル慣れしてるような気がしたんだが」
話を逸らす為にか、本人もよく分からないままに、後半は妙に早口で灰路は言った。
それに気付いているのかいないのか、あるいは展開させたい話題だったからか、征がその話題に乗っかっていく。
「あー。コイツも色々あったんだよ。主に女関係で」
「……ハーレム王がなんとかって話ですか?」
ポツリ、と純粋な疑問を口にしたのは櫻奈。
その発言に、明は普段の落ち着いた様子をかなくりだして取り乱す。
「おいぃぃっ!? お前らがいらんこと言うから、純粋な子が変な言葉を覚えちゃったよぉぉぉっ!?」
「大丈夫よ、直谷さん。人は放っておいてもいずれ大人になって穢れていくものだから」
「全然大丈夫じゃないっ! あとなんで満足げにサムズアップしてるんだ、真唯子ちゃんっ!?」
「というか、生後一年未満がそういう事を言うなよ」
「あ、そう言えばリューゲちゃんってば年下だったねー。私を櫻奈お姉ちゃんって呼んでもいい……」
「呼ばないわよ」
そうして、話の方向性がズレていき。
いつしか元々……あの騒ぎが起こる前までの予定として……そうしようとしていたように普通にカラオケが始まった。
アニソン他、特撮・ゲーム関係の曲を、どんな番組で使われたのか解説を挟みつつ、プロに匹敵する力量で唄う征。
今昔関係なくメジャーな曲を普通に……征ほど上手くはないが、決して下手ではない……唄う明。
最近の流行曲を楽しげに……真唯子曰く天然あざとい……歌う櫻奈。
マイナーメジャー的なアーティスト関係の難しめな曲を、それなりに唄いこなす灰路。
そんな四人への付き合い程度に数年前の幾つかの……流行歌だったり、アニメや特撮ソングだったり……曲を淡々と(征曰く照れているため)唄う真唯子。
皆それぞれの形で熱唱しながら、あっという間に五時間ほど流れていった……。
「あー、楽しかったなぁ」
そう言いながら、灰路達との楽しい時間を終えた櫻奈は赤く染まった街を一人歩いていく。
「紫雲さんのお友達、皆良い人達だし。
これが、るいはともをよぶ、って事なのかな」
解散直後、明達が誰かが櫻奈を家まで送っていくべきだと話していた事を思い返す。
まだ日も明るかったのでソレを丁重にお断りした櫻奈だったが、その際のやりとりで思わず顔を綻ばせる。
魔法少女である事は大変な事も多いが、こうして魔法少女にならなければ、ヴァレットに、彼らには出会えなかった。
自分が魔法少女でなければ、歳の離れたヴァレット達とは街の何処かですれ違っていた程度の関係性しか生まれなかっただろう。
リューゲにいたっては、もしかするとすれ違う機会すらなかったかもしれない。
こんなにも楽しい「今日」を過ごせなかったのかもしれない可能性を不思議に思いながら、自身が魔法少女であるが故に過ごせた今日がとても大切な一日だと思えた。
そして、こんな一日を過ごせたからこそ、宮古守櫻奈はもっと正しい魔法少女であろうと改めて考える事が出来た。
(とりあえずは、あの人達の事を気をつけてないとなぁ……。
帰ったら御昼寝後のフォッグとあらためて話してみようかな)
当座どうすべきかの思考を練りながら、櫻奈が自宅に近い商店街入口を通り過ぎようとしていたその時。
「んー?」
商店街の出入り口付近で見かけない人物を見かけて、櫻奈は足を止めた。
この街で生まれ育った櫻奈は、この近所に住む人間をなんとなく程度にある程度記憶している。
本人に自覚はないが、そんな櫻奈が見かけないと感じるのは珍しい事だった。
その見かけない人物に、櫻奈は見覚えがあった。
矛盾しているようだが矛盾はしていない。
この街では見かけない、今日見かけたばかりの人物……青年だったからだ。
逆立ちしようが何をしようが商店街という日常には馴染まなさそうな服装の彼は、熱心に手に持った情報端末を弄っていた。
「全く……魔術師に最新の端末なんか持たせるんじゃない……いや、使えると見栄を張ったのは自分だが」
青年が使っているその端末にも、櫻奈は見覚えがあった。
確かCMで見た、最新の情報端末だった。
櫻奈にしてみれば、海外のゆーめいな会社が作った自信作がどうとか、程度にしか記憶にはなかったが。
しかし、今重要なのはその端末ではない。
呟いていた魔術師、という言葉を思い返し、櫻奈は確信していた。
「やっぱり、あれって、街で騒いでた魔術師さん……だよね」
そう。
五時間より少し前、平赤羽市の中心街でシャッフェンと大立ち回りをしていた人間の一人。
魔術師を自称し、事実そのとおりなのだろう、奇抜な衣装を纏った外国人の青年。
そんな人物が、平赤羽市特有の多少おかしい部分もあるが基本的には日本における平均的・ごく普通の商店街の出入り口で、情報端末の扱いに悪戦苦闘している姿はなんとも言えず……。
「こういうのを、しゅーる、って言うんだったかな」
櫻奈に首を傾げさせるには十分な違和感がそこにはあった。
……続く。