第4話 草薙家的家庭の事情1










 そうして、街にいつもとは違う騒動が起こっていたのと大体同じ頃。
 ヴァレットこと草薙紫雲達は何をしていたかというと。

「おー、本当に田舎って感じねー」

 彼女達は、駅員しかいない駅から降り立ち、そこに広がる風景を目の当たりにしていた。
 清子の言葉どおり、そこにはまさに『古き良き日本の田舎』というべき世界が広がっていた。    
 コンビニなどの店舗があるのは駅の周りの数件だけ。
 先を見渡せば田んぼばかりで、家でさえあちらこちらに点在している……指で数えても十分足りるような錯覚を覚える数しかない。
 そんな光景は、寂れていた時代でもなんだかんだで住宅街や商店街はそれなりにあった平赤羽市で生まれ育った清子には新鮮だった。

「あ、いや、悪口じゃないのよ?」

 しかし、自分の言葉が聞き様によっては馬鹿にしていると気付き、清子は付け加えた。
 そんなつもりは毛頭無いが、そう取られても仕方がない、軽率な言葉だったと反省する。
 紫雲は、そんな清子に笑って小さく頷いた。

「うん、分かってるよ。大丈夫。じゃあ行こうか」
「待て、愚妹。家に向かう前にお菓子やジュースを買っておいた方がいい。
 後からわざわざ買いに行くのは手間だしな」
「……曾御祖母ちゃんが買ってくれてたら無駄にならない?」
「買ってなかった時の手間の方が無駄は大きいだろう」
「そう、かな。うん。じゃあちょっと買ってくるよ」

 さっきは姉さんが買ったしね、と紫雲は少し離れたコンビニに歩き出す。
 その際、姉が差し出した手に荷物を預けていった。
 ごく自然なそのやり取りに、清子はいつもの紫雲と灰路のやりとりを思い出していた。
 紫雲達もまた、そういう自然な意志の疎通を行っている。
 自分と明、あるいは征のように。……彼女と自分はまだそんなやり取りは交わせないだろう。
 
「……そんなに離れているんですか?」

 それはそれとして、と思考を切り替えた上で浮かんだ疑問を清子は呟いてみた。

「まぁ、それなりにな。
 まぁどちらかというと距離よりも気分的な面倒さが勝るが。
 さておき、清子君。君に少し頼みたい事があるんだが……」
「頼みたい事、ですか?」
 
 そんなやりとりが交わされた数分後。
 大量のお菓子の入った袋を持って紫雲が戻ってきた。

「ただいまー。……なんか深刻な話してなかった?」
「へ? いや、その」
「別に? どうしてそう思う?」

 紫雲の言葉で微妙に動揺している風の清子、その反応を遮って、命が答える。
 しれっとした、何事もなかったかのような反応に、紫雲は小首を傾げる。

「……。いや、なんか真剣な顔してたような……」
「気のせいだ。大体、こんな所でそういう話をする理由があるか?」
「……まぁ、そうだけど」
「それよりだ。いくらなんでも買い込み過ぎじゃないか?」

 大量の菓子やジュースを指差して、命は言う。
 そこに込められた若干マジの抗議に、紫雲は気まずげに視線を彷徨わせた。

「あ、うん、皆、このぐらい食べるかなぁって……」
「無駄に食べるのは主にお前だろう。だよな、清子君」
「え、ええ。そうですね」

 問われた清子は少しドモりながら頷きつつ、普段の紫雲の大食い振りを思い出した。
 重箱弁当は当たり前、皆で行ったファーストフード店では人の倍、思い当たる事はいくらでもある。

「……今冷静に考えたら、女の子であの量はありえないわね。もう少し抑えた方が良くない?」
「いや、あれでも結構抑え気味なんだ、けど……」
「マジで?」
「マジです」
「うわぁ……よく太らないわね」
「全くだ。あと、いくらたまにバイトしてるとは言え、それを今みたいに食べ物にばかり回すのはどうかと思うぞ」
「食費ばかりって訳でも、ないんだけど……いや、うん、結構回してるのかなぁ……あははは」

 数少ない弱点(?)を突かれ、しどろもどろな受け答えを返す紫雲。
 ちなみに、紫雲のアルバイトによる収入使用法の割合は、3割生活費の足し(本人的には5割渡したがったが、社会人・保護者のプライドとして命が拒否した)、3割間食による食費、4割趣味その他である。
 
「とまあ、愚妹の愚妹たる一部を突いてスッキリしたところで、目的地に向かうか」
「人をストレス発散に使うのはやめてほしいなぁ……」

 そうして、3人は目的地……紫雲の曾祖母の家に向かって歩き出した。

「清子さん、きつかったらいつでも言ってね」
「ははは、何をおっしゃるウサギさん。
 基本健康優良児なんだから、ちょっとやそっとで疲れやしないわよ」

 などと、最初の方こそ意気揚々としていた清子だったが、それは10分ほどしか持たなかった。

「清子さん、おぶってこうか?」
「あはは、うん、大丈夫。大丈夫よまだ。うん」

 舗装されていた道を歩く事10分。
 そこから脇に逸れて、かろうじて道と分かる森の中の傾斜を時折曲がったりしつつ昇る事20分。
 服装はともかく、靴については歩き易いものを履いてきてほしいという命の言葉に嘘はなかったと清子は痛感していた。

 時折風が吹いたり、木陰に隠れているから暑さは感じないものの、自分から湧き上がる身体の熱と疲れはどうしようもない。
 少し薄着だったので、汗で服が透けないか心配になる清子であった。

「無理してない?」
「まぁちょっとはキツいけどね……おぶられるほどじゃないわよ」
「ならいいんだけど。
 でも、いざという時は遠慮なく言ってね。
 昔御祖母ちゃんや曾御祖母ちゃんに鍛えられた時は、岩とか米俵とか背負ってここ走ってたから、軽い清子さんなら全然大丈夫だし」
「そ、そう……」

 冗談なのか本気なのか……多分本気というか本当なんだろうな、となんとなく清子は察した。
 少し前までは非現実的だと一笑に付していたのになぁ、と思いながらも脚を動かす。
 それから数分後に辿り着いた百段以上ありそうな石段に顔を引き攣らせつつも昇り切り、ようやく到達した場所を目の当たりにして、清子は思わず声を上げた。

「うわぁ……」

 そこには、時代劇で良い身分の侍が住んでいそうな屋敷の門があった。
 勿論、その立派な門の奥にはそれに見合った屋敷……所々現代風の改装が行われている箇所もあるが……がデンと構えている。

「草薙家って凄い名家だったの……?」
「うーん、そんなに凄くはないと思うけど……名家じゃない、とは言いきれないのかな。
 比較対象がないからなんとも言えないけど」
「まぁ、この辺では数少ない武家っぽい何かだったのは間違いないな」
「いや、よく分からないんですが。っぽいってなんですか」
「……ふむ。
 清子君は、うちが変な因縁やら術やら継承しているのは知っているのかな」
「ええ、少し聞いてます」
「その術を使って周辺地域で色々な手助けなりをやっているうちに、皆からそこそこの扱いをされるようになったってだけさ。
 ご先祖様的に無駄に名を広めないようにはしてたつもりだったらしいが」
「どうしてですか?」
「いつの時代も、名を高めると寄ってくるものがいるものさ。
 昔だと道場破りとか、これは時代関係ないが盗人の類とか。
 そういうのは面倒だろう、誰だって」
「ああ、だからこんなに森の奥にお屋敷を建てたんですね」
「それだけじゃなくて、色々修行に便利だったから、らしいけどね」
「へぇ……っと、あっ」

 会話の中、突然吹いた一陣の風に、清子の被っていた帽子がさらわれる。
 高所ゆえの強風に煽られた帽子は、木の枝に狙い済ましたように引っ掛かってしまう。
 帽子が掛かっている木の枝は、清子の身長を倍にしたより少し高く、当然ジャンプ……普通の人間が……した程度では届かない。

「あちゃー、どうしよう……昇ってとれるかな」
「ああ、あれくらいだったら昇らなくても大丈夫」
「へ?」

 発言の意味が分からず戸惑う清子を尻目に、紫雲は帽子が引っ掛かった木の側にいくと、コンッ、と裏拳を木の幹に放った。
 直後、木の枝に引っ掛かっていた帽子は、見えない何かに弾かれたように枝から零れ落ちる。

「ええっ!?」

 紫雲の放った拳は見た目も音も軽く、大きく木が揺さぶられたわけでもないのに……と、起こった事に驚きつつ、落ちて行く帽子をキャッチしようと右往左往する清子。
 しかし、最終的にその帽子は清子の手には掴まらなかった。

「……まだまだ未熟者だねぇ、紫雲」

 帽子を掴んだのは、いつのまにか門の前に立っていた女性。
 白髪交じりの頭から、それなりの年齢の人物だと清子は認識する。
 と言っても、背筋は真っ直ぐな上、帽子を取った際の足取りもしっかりしており、顔の皺もよく見れば少なく、老女と断定してしまうのは難しく思える。

「久しぶり、紫麻おばあちゃん」
「ふむ。久しぶりだね。
 ……随分鈍ってるんじゃないのかい? 帽子を落とすのに込めた力、余分だったようだけど」
「そ、そうだね。精進するよ」

 鋭い視線を向けられた紫雲は小さく肩を窄めた。
 次にその視線は、清子の方に向けられ、清子はなんとなく僅かに身を震わせた。
 そんな曾祖母の視線に気付き、紫雲は言った。

「こちらは高崎清子さん。私のクラスメートで……えと、その、友達、です」
「はじめまして。高崎清子です。紫雲さんの友達です、ええ。確実に」
「そうかい。よくこんなド田舎に来て下さったね」

 老女は、紫雲に向けていた視線とはまるで違う、穏やかな視線へと変化させて清子を眺める。
 その際、清子の言葉に顔を少し赤らめていた紫雲の様子には気付いていたが、その事には触れなかった。

「いえ、こちらこそ強引に押しかけたのではないかと……」
「強引なもんかね。
 電話で話した時の遠慮や配慮に、最近の若者も捨てたものじゃないと思わせてもらったしね」
「電話……? でも、あれは曾御祖母さんだって……」
「清子さん、こっちは私の曾御祖母ちゃんの草薙紫麻」
「え、この人が曾御祖母さん……!?」

 予想外の答に、清子は思わず目を丸くした。
 目の前に立つ女性は、曾祖母という存在としてはあまりにも元気というか、若々し過ぎたからだ。

「さっきおばあちゃん、って言わなかった?」
「それは、その、昔曾御祖母ちゃんと御祖母ちゃんの使い方が分かってなかったころの癖なんだ。
 いつもじゃないけど、時々癖が出ちゃって」 
「いや、こんなに若いからね……仕方ない気がするわ。
 でも私、てっきりお祖母さんなのかと思ったんだけど」
「ああ、うん。
 御祖父ちゃんと御祖母ちゃんはもう亡くなってるんだよね」
「そうなんだ。……あっ、その、ごめんなさい」
「気にする必要はないさ。もう亡くなって……5年か。その位になるからな。
 さておき、お久しぶりです、曾御婆様。お元気で何より」
 
 そうして命が浮かべ、曾祖母に向けた笑みは何処か意地悪げなものだった。
 しかし、その笑みを意に介した様子もなく、彼女は淡々と言った。

「お前は相変わらずのようだね、命」
「ええ、私は何も変わりありませんよ。私はね」
「ふむ」

 紫麻の視線が紫雲に向けられたその時、彼女の後方から二種類の声が風に乗るような形で響いてきた。

「曾御祖母ちゃん、紫雲お従姉ちゃん達来たってホント……って、ホントにお従姉ちゃん達だっ。
 ほらほら、お兄ちゃん」
「……うっさいな、んな大きいな声で言われなくても見えてるよ」

 門の向こうから少年と少女が駆けて来る。
 少年は清子達と同い年が少し下くらい、少女はソレよりも更に少し幼い、そんな二人である。
 誰だろう、と清子が少し戸惑っている中、紫雲と命が二人に話し掛けた。

「凪、音穏、久しぶり」
「ふむ、2人とも元気そうで何よりだ」
「うん、久しぶり〜」
「……よう」

 少女が元気と愛想良く挨拶したのに対し、少年は何処か不機嫌そうに、何処かそっぽを向くような調子で呟く。
 少年のそんな様子は、いつか何処かで見たような気がする。
 ……そうだ、少し前知り合った法杖真唯子、彼女が誰かとやり取りした時の態度に似ている、清子はそんな気がした。
 紫雲達とどういう関係なのか、二人に清子が興味を覚えた瞬間、それに気付いたわけでもないのだろうが紫雲が二人を紹介した。

「清子さん、こちら私達の父方の従兄妹で、男の子が凪。女の子が音穏。
 あ、苗字は白耶ね」

 瞬間、少年の表情が微妙に、眉を顰める程度に変わる。
 だが、紹介する事に意識を向けていた紫雲はそれに気付かず、言葉を続けた。

「凪、音穏、こっちは私のクラスメートで……その」
「紫雲の【友達】の高崎清子よ。はじめまして」
「はじめましてー! 白耶音穏、中学三年生ですっ」
「……ども。白耶凪。高校一年っス」
「あのー、高崎さんって、お従姉ちゃんがお姉ちゃんだって知ってるんですよね?」

 言われて、紫雲が普段男装している事を思い出す。
 どうやら紫雲の従兄妹であるこの二人もソレを知っているらしい。

「うん、まぁ色々あってね」
「へぇー。その辺り気になるなぁ。でも、それより気になるのは……」

 少女・白耶音穏は眼を輝かせながら、紫雲の周囲を廻りつつ観察して、言った。

「紫雲お従姉ちゃん、なんか前に会った時よりずっと女の子らしくなってない?」
「へ? そ、そうかな?」
「なんとなくだけどねー。
 身体のラインとか、雰囲気とか色っぽくなったよーな」
「い、色っぽく?!」 
「あと、前は自分の事を私って滅多に言わなかったのになぁって。
 女の子の友達が出来たから? それとも……」
「んな事どうでもいいだろ。っていうか、いつまでこんな所で話してんだよ」

 少し乱暴に言葉を零す少年・白耶凪。
 そこで、清子は凪が何処か苛々している様子に気付いた。
 もしかしたら、部外者である自分がここにいる事が気に食わないのかもしれない。
 だとしたら、申し訳ないのだが……かといって今更帰る訳にもいかない。
 そうして、清子が表情は出さずに悩んでいると、紫麻が言った。

「……ふむ、確かに。こんな所で立ち話するのもなんだし、とりあえずお上がり。
 部屋まで案内するから」

 そうして背を向けて歩き出した紫麻。
 彼女についていく形で、紫雲達は屋敷めいた草薙家の敷地内へと入っていった。
 門を抜けた左右には立派な庭園が広がっている。
 しっかりと手入れも行き届いているのは、詳しくない清子にも見て取れた。

「へぇ……っとぉっ!?」

 そうして庭を眺めつつ歩いていた為か、石畳の微妙な凹凸に足を引っ掛けて躓いてしまう清子。

「っとっ!」

 そのまま転んでしまうかと思われたが、凪が素早く駆け寄り、手を掴んでフォローする。
 紫雲も駆け出そうとしていたが、命や音穏を挟んでいたので位置的に間に合わなかったようだった。

「……大丈夫ッスか」
「ああ、うん。ありがとう」
「別に御礼はイイッスよ。アンタに怪我がないんならそれで」

 何処か照れ臭そうに返す凪。
 その様子から、どうやら自分が嫌われているわけではなさそうだった。 
 そうなると、さっきの態度に疑問符が浮かぶが……とりあえずは安堵しておく。 

「ありがとう、凪」
「……別にお前が礼を言う事じゃないだろ」
「そうかな?」
「そうだろ。……歩けるッスか?」
「うん、大丈夫。改めてありがとう、白耶君」
「……どーいたしまして」
「ああ、凪。一応先んじて言っておくが、高崎君には彼氏がいるからな」
「っ、んな情報はいいんだよ」
「じゃあ何故ドモる」
「あはは、光栄だわ」
「……ふん」

 そんなやり取りをしつつ、紫雲達は屋敷に上がっていった。
 屋敷の内装も基本的に和装だったが、全てがそうではなく、リビングと思われる洋室もあり、和に偏った和洋折衷なイメージを清子に抱かせた。
 物珍しげに眺めながら、清子はさっきと同じような轍を踏まないように意識しつつ、疑問を口にした。

「こんなに広い家に紫麻さんだけ住んでいらっしゃるんですか?」

 単純な疑問でもあったが、円滑な人間関係構築に会話は欠かせない、という彼女の基本スタイルによるものでもあった。
 ……ただし、常識外の相手だと思考がフリーズして、言葉が出なくなってしまうのだが。

「これだけ広いと管理するのも大変でね。
 住み込みのお手伝いさんが2人いてくれてるよ。
 あと庭の手入れに業者さんが来てくれるんだが、心配性な、というかお節介な人でね。
 仕事もないのにちょくちょく様子を見に来ては世間話をして帰っていくねぇ」
「そうなんですか。でも、それはそうですよね、これだけ広いんですし」

 紫麻に先導され歩く縁側、そこに広がる庭園を眺めながら清子は言う。
 家の中だけではなく庭も結構な広さがあり、敷地全体がどれほどの広さなのか、正直想像がつかない。

「結構大所帯な一族だった時の名残さね。今では持ち腐れだけどね」
「違いない。しかし、曾御婆様の話の感じだと皆さん元気そうで何よりだな」
「うん、後で挨拶に行かないとね、姉さん」
「……って事は、白耶君達はここに住んでるわけじゃないんだ」
「そーだよ。
 私達は御祖父ちゃんたちとおじさんたちの墓参りと父さん達の里帰りでこの時期に少し来てるだけ。
 学校の事とかなければずっとここに住みたいけどねー」
「うん、私もそう思うよ」
「……こんな辺鄙な場所に住みたいなんて、変わった子達だよ。
 紫雲の方はどうせ身体鍛えるのに良い環境だから、だろうけどね」
「いやいやいや。それもあるけど、それが一番の理由じゃないし」
「……あるんだ」
「相変わらず身体鍛えるの好きなんだねー
 あ、曾御祖母ちゃん、あそこがいいんじゃない?」
「自分達の部屋の隣だからかい?」
「うん、その方がいいじゃない。気軽にお喋り出来るし。ねぇお兄ちゃん」
「……別にどうでもいい」
「ふむ。なら、そこでいいかね。高崎さんはそれでいいかい?」
「はい、構いません」

 そうして通された部屋は、十畳以上の大部屋だった。
 部屋の真ん中には大きさには見合ったテーブルが置かれている。
 電灯は点いていなかったが、今はまだ縁側から日の光が入ってきており、十分に明るかった。

「寝る時は、そっちの襖の向こうの部屋を使えばいい。
 布団はそっちの部屋の押入れに入ってる……ああ、ちゃんと干してあるし、洗濯もしてあるからね」
「はい、ありがとうございます」
「しかし、命が言ってたが3人一緒の部屋でいいのかい?
 空き部屋はまだあるから、なんなら一人ずつ別の部屋でも……」
「いえ、十分です。三人一緒の方が手間をお掛けしないと思いますし。
 ご配慮、本当にありがとうございます」

 清子のしっかりとした言葉、丁寧な一礼を見て、紫麻は満足げな表情を浮かべた。

「ふむ、礼儀の出来たお嬢さんで何よりだ。何処かの曾孫に見習わせたいくらいだよ」
「う、申し訳ない」
「ホントだよな。ったく、お前は礼儀をもう少し知れって」
「いや、紫雲お従姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんの事だよね?
 ……私はただ元気なだけだもんね?」
「ふむ。私の事かもしれん。昔から反抗的だったからな」 
「……曾孫全員、もう少し自身を客観的に見るように。さて」

 瞬間、命と紫麻が目配せを交わす。
 紫雲以外の人間はその事に気付かなかった。

「音穏、凪。高崎君をおもてなししておいてくれないか?
 私と愚妹は、少し曾御婆様と話す事があるんでな」
「んー? なんか秘密のお話?」
「秘密というか、退屈な話だ。
 それに高崎君を付き合わせるのは心苦しい。
 2人も退屈なのは嫌だろう?」
「まぁ、そうだねー。じゃあ暫くお話してるよ。高崎さんに色々聞きたい事あるし」
「……俺は特にすることなさそうなんだが」

 そう呟いた矢先向けられた曾祖母の視線に、凪は顔を少し引き攣らせる。
 彼にしか見えなかったその表情は、形容のしがたい、刃のような……笑顔だったからだ。
 どうやら反論その他は許されないらしい、と気付いた凪は少し投槍な口調で返事をする。

「へいへい、女二人の会話を横で見物でもしてるさ」
「あと、茶位入れればなおいいぞ。好感度も上がる」
「……彼氏いる女の好感度上げてどうすんだか。まぁお客様だし、やるけどな」

 そうして。
 清子を『身内』2人に預けた3人は、その部屋を出て、歩き出す。

 ここ半年内に積み重なっていた、草薙家としての『情報整理』の為に。





 





 ……続く。 






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