第15話 たまにはマジの大決戦・後編4











「……ごめんね、皆。遅れちゃって……」

 筆にクラウドを乗せ、腕に先刻吹き飛ばされたリューゲ……
 住宅に激突する直前にキャッチして、その後怪獣の不意をつく為に急上昇していた……
 を抱きかかえ、ヴァレットは言った。

「う……。ヴァ、レット……?」
「リューゲちゃん、大丈夫……?」
「あたしの事はいい……ヴァレット、征は……?」

 ヴァレットの手から離れた後、翼を広げ空に浮かぶリューゲの質問に、ヴァレットは唇を噛み締めながら首を横に振った。

「そう……」
「ごめん、なさい……」

 悔しそうに、悲しそうにうなだれるヴァレット。
 そんな彼女に、ふん、と息を漏らしてからリューゲは口を開いた。

「ったく。頭上げていいわよ……。
 アンタのせいとは思ってないから」
「え……?」
「元凶、そこにいるんだし」

 リューゲが指した先には、ヴァレットによって崩れた体勢を整え、迎撃準備を万端にしている『怪獣』がいた。

「うん。そうだね。
 ヴァレットさん、『怪獣』さんを倒せば久遠のお兄ちゃんだって戻るから」

 ヴァレット達の側に寄って、オーナは笑い掛ける。
 それはヴァレットの負に傾いた感情を立て直す優しい微笑みだった。

 オーナとリューゲ。
 二人の魔法少女……仲間の心を受けたヴァレットは瞑目し、顔を深く俯かせた後に、顔を上げた。
 その際開かれた眼の中の負の感情は押し込まれ、限りなく薄く、感じ難くなっていた。

「………うん。ありがとう、オーナちゃん、リューゲちゃん。
 私、皆を戻すまで、負けないから」
「ま、いいんじゃないの、それで」
「改めてありがとう、リューゲちゃん。……じゃあ、行きましょう。
 作戦はクラウドから聞いてる。
 色々やって、なんとか浄化魔法を掛けられる体勢にしましょう」
「ええ。構わないわ」
「うんっ!」

 そうして、三人の魔法少女は飛び出していく。

 だが……。

「っ!」
 
 病み上がりでなのか、別の理由なのか、ヴァレットの動きは精彩を欠いていた。

 その隙を『本能』で嗅ぎ取ったのか『怪獣』は攻撃をヴァレットへと集中させる。
 分裂させた尻尾、結晶の弾丸、さらには結晶化した地面から生やした擬似的な腕を操っての攻撃の嵐がヴァレットへと殺到する。

「ぐ、ぅっ!?」
「ヴァレットさ……うわっ!」
「っとと、中々にうざったいわね……っ!」

 他の魔法少女達もまた、自分への攻撃回避で手一杯で身動きが取れない。

「!!」

 圧倒的な攻撃量に、遂にヴァレットが体勢を崩す。
 其処を目掛け、コレで終わりと言わんばかりに『怪獣』の口がヴァレットに向けて光りだした、その時。

『ふはははは、させるか馬鹿者ォォォォッ!!!』

 本日二つ目の流星が『怪獣』に激突した。

 今度の流星の正体はヴァレットたちには見覚えのある巨大な木のガラクタ(大きさは初登場時の二分の一)。
 こんな馬鹿なガラクタに乗る阿呆はこの世界に独りしかいない。

「シャッフェンさんっ!」
『破壊と再生の使徒っ! 紅の狂魔術師・シャッフェン見参っ!!
 現地の皆さんの力を借りて、唯今戻ってまいりましたっ!』

 全身包帯ぐるぐる巻きで枝の一つ(一番立っていて目立つ場所)に立つシャッフェンが、ヴァレットの声に応えるようにビシッと親指を立てる。

『現地って何処だよ』
「マスター!
 ……心配なんかこれっぽっちもしてなかったけど、生きてたのね」
「うんうん。
 おじさんなら、地球が滅んでも生きてると思ってたよ」

 即座に灰路、リューゲ、オーナの突っ込みやら賞賛やらが入る。
 それに対し、シャッフェンは高らかな笑い声を上げた。

『ははははは、今の俺はヴァレットの危機を見事に救って機嫌がいいからな。
 褒め言葉にしておいてやろうっ!! 
 あ、突っ込みへの解答は諸事情で却下ね。さておき喰らえいっ!』

 前回は使う間が無かった合作魔法錬金奇跡倍々緑化種子弾が、樹の枝が絡み合い構成された砲台から撃ち出され、化け物の身体に突き刺さる。
 化け物の身体を溢れ出した植物がうねり、動きを封じていく。

『けけけっ! 動けまい。
 ソイツが絡んでる間は煙にもなれんぞ〜!?
 俺がただ星になったと思ったら大間違いだっ!!
 貴様の構成の全容は知れずとも、一部を把握する分には付着した欠片を調べれば十分よぉっ!!』

(……ただ星になっただけだと思って)た)わ)よ)ました)

 その場の全員がそう考えていたりしたのだが、意外な展開に言葉を失っていた為、その思考が外に出る事はなかった。

『今の内に貴様を叩き潰し、ヴァレットに俺の存在を印象付けてやるっ!
 ヴァレット見てるぅっ!?』
「あ、えと、その、はい、見てますよ」
『うむ、そのまましかと見よっ!!』

 その宣言の後、ガラクタの右腕が白く輝き始める。

『あれが、例の浄化魔法の……?!』

 灰路の乗ったロボットにも搭載されていたが、結局使用できなかった機能。
 それはどうやらあのガラクタにも搭載されていたらしい。
 その輝きは少しだけ濁っている様にも見えるが、ヴァレットが放っていたものに限りなく近いようだった。

「いける…? 
 マスターが決めるのは微妙……でも、この際いいとするから決めて……!」
『フッ良かろうっ! 今こそ必殺の、……あ』

 言葉は其処で止まった。というか轟音で聞こえなくなった。

 輝きが最高潮になった瞬間、右腕が爆砕したからだ。
 ぶっちゃけ、故障であり自滅であり設計ミスだった。

『……』
「……」
「……」
『てへ』

 全てを誤魔化す様な素敵スマイル(シャッフェン的には)の後。
 封じられた隙間から這い出し、構成された腕により、再び放り投げられ、キランッ、と再び彼は星となった。

「シャッフェンさんっ!?」
「おじさん……短いお帰りだったね……」
「あ、阿呆マスタァァァァァァァァァァァァァァァっ!」
『当てにならねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

 割と純粋にシャッフェンの身を案じているヴァレットとオーナの呟きの後、リューゲと灰路の叫びが重なる。
 そして、その場にはなんとも言えない空気が残された。 

「あ、で、でもチャンスよ! 動きは封じてるわけだしっ!」
「そ、そうだね。その通りだ」

 ピース達の頷き合いに魔法少女たちも気を取り直す。

 呆けている暇はない。
 『怪獣』の動きが停止した今がチャンスなのは紛れもない事実だからだ。

「で、でも、私、もう浄化魔法出来るほど法力残ってない……
 時間魔法はなんとか出来るけど、それにしたって、かなり起動に時間が掛かるよ……」

 一人で『怪獣』と戦っていた事と、攻撃の嵐を避ける為の試行錯誤の結果、殆ど連戦状態のオーナの法力は限界に近付いていた。
 むしろ今まだ変身出来ていることが奇跡的だと言える。

『そりゃあ、まずいんじゃないのか?』

 少し離れた場所から、大破し横倒しに倒れたロボット……
 その腹部コクピットから顔を出して灰路が言う(ちなみにマイクは点きっ放し)。

『リューゲ、なんとかならないのかよ。
 いつもやってる杖みたいにオーナとかヴァレットをコピーしまくるとか』
「いや、気軽に無茶言わないでよ。
 外見だけならまだしも、中身までは無理。
 それだったらいっそ、ヴァレットの技をコピーする方が建設的よ」
「え? それって大丈夫なの? その、リューゲちゃんは浄化魔法当たっちゃうと……」
「ああ、他の誰かの直撃喰らったらヤバいけど、あたし自身がやる分には調整出来るから大丈夫よ。
 その辺はあんた達と何度かやり合ったり、複製種子のコントロールしてきた経験あるし。
 ……まぁ、出力的に足りるかがちょっと不安だけどさ」

 八方塞りか……皆がそう思っていた、その時。

「あ」

 そんな、いかにも何かを思いつきましたよー的な声が上がる。
 その声の主……オーナの首元から顔を出すフォッグはリューゲに顔をと視線を向けた。

「何?」
「今の会話で思い付いたんだけどさ。
 リューゲ、貴方の『複製』でヴァレットの能力を完全にコピーできる? 
 ただのコピーじゃなくて文字通りに完全完璧に」
「……どうするんだ?」
「二人の力を共鳴させるのよ。
 同一人物な二人の生体波形は全く同じ。
 その上で完全な複製をすれば、理論上は法力を共振して増幅出来るんじゃないかと」
「なるほど、今の状態プラスオーナ君の魔法で奴の動きを抑え、共振増幅した二人の一撃を浴びせるわけか。
 盲点だったな。
 ある意味、単純な足し算より威力は跳ね上がるかもしれない。
 ……リューゲ君、オーナ君できるか?」
「うん、なんか理屈は分からないけど、私の出来る事ならなんとかやってみる」

 オーナはそう答えると早速法力を集中し始める。
 そんなオーナを一瞥してからリューゲは答えた。

「……可能だと思うわ。あたしとヴァレットは同じものだし。
 だから、ヴァレット」
「え?」
「後は、アンタが本気を出せばなんとかなるわ」
「……私の、本気?」

 手抜きをしていた覚えはない。
 手加減なんか出来る相手ではない。
 そう言おうとして言い切れない自分がそこにいるのをヴァレットは感じていた。

「コピーだから分かってる。
 別にあんたが力を出し切ってないとは言わないわ。
 ただ、今のあんたには躊躇いがあって、それとは別に全力の出し方に問題があるはず」
「全力の、出し方……」
「見た所、オーナが最後の力を振り絞るのに必要な時間は三分強。
 その間あたし達は即座に攻撃を仕掛けられるベストポジションに行かないと。
 あたしたちも結構疲弊してるから、フルパワーを叩き込むのにはそれなりに近距離まで接近してからでないとエネルギーを無駄に消耗するからね。
 あたしは種子取られた分差し引いてもアンタ達を越える飛行性能があるから大丈夫。
 だから、後はアンタ次第よ」
「……」
「あたしはアンタみたいに全力を使う事を躊躇わないし、くだらない事で悩まない。
 守りたい人が、助けたい人がいるから、負けてなんかいられないからね。
 言っとくけど、足引っ張ったらただじゃおかない」
 
 そう一方的に告げて、リューゲは飛んだ。
 その後姿には、有無を言わせない力強さに満ちていた。 

「……私、は」
「ヴァレットさん。ヴァレットさんが本当に守りたいものはなに?」

 リューゲを見送り、箒の上で立ち尽くすヴァレットにオーナが声を掛けた。
 ……かつて、オーナがヴァレットにされたような、優しくも穏やかな声音で。

「……! 守りたいもの……」
「私なんかが言わなくても、ヴァレットさん、きっと答を知ってるよ。
 だから私は私で全力を尽くすから」

 オーナもまた、構える。自分の全力を尽くす為に。

 彼女の内には意志が宿っていた。
 『怪獣』を破り、皆を元に戻すという強い意志が。

「……じゃあ、カウントを開始する。
 ゼロになったら出るんだヴァレット」

 ヴァレットの筆からオーナの肩に移り、クラウドは言う。

「クラウド?」
「もう時間はない。ココを逃せばアウトだ。後は信じる」
「……っ」

 確かに、その通りだ。
 迷いは消えない。
 それでも…消えているのを待っている暇はない。

「3、2、1」
「……」

 ヴァレットは、最後に灰路の方を見た。
 灰路もまた、彼女を見ていた。

 ヴァレットは……逡巡の後、その視線から眼を逸らし、『怪獣』を見据えた。

 今はそうすべきだと、言い訳をしながら。

「ゼロ!」
「……魔法多少少女ヴァレット、行きますっ!」

 迷いを断ち切り、振り切り、打ち消すように、強引にヴァレットは飛び出した。










「やばいわね、こっちに気付いた。
 今度はあたしが時間稼ぎしないと。エアパレット・ブルー!」

 本体の動きは封じられていても、枝の隙間や地面の結晶からの攻撃は健在らしい。
『怪獣』は自分への何らかの攻撃手段を本能で察したらしく、現状で可能な攻撃を最大規模で繰り出し始めた。 

 それに対し、ヴァレット同様空間に生み出した絵の具を弾くように撃ち出しながら、持ち前の高機動で回避もするリューゲ。

「はああああっ!」

 リューゲは彼女らしからぬ、裂帛の気合を上げながら、攻撃を避け続けた。
 最後の魔力を貯めるオーナの為に。
 征を結晶にした敵に一撃を叩き込む為に。
 必死に、懸命になって。
 それが『今』の自分の為すべき事だと知っているから。

「くぅぅっ!!」

 対してヴァレットは、
 撃ち出される弾丸と地面の結晶から繰り出す擬似腕の攻撃に、
 先程同様に少しずつ少しずつ追い込まれ、捌ききれなくなっていく。

 リューゲ同様、氷や風、炎で迎撃をするも、足しにならず徐々に追い込まれていく……!

「なん、でっ……?!」

 何故なのか、ヴァレット自身分からなかった。
 何が自分を鈍らせているのか、冷静に思考出来ずにいた。
 そして、その事がますます焦りを生み、より追い込まれていく。

(どうして……私……私は……どうすれば……何を……守れば……?!)

 何を問い掛けているのか、何をすべきなのか、思考の渦に巻き込まれていく。

 そんな中だった。

 その声が、ヴァレットの耳に、響き渡ったのは。

「頑張れ、ヴァレットぉぉっ!」
「……!」

 突然響いた声援に振り向くと、
 其処にはオタクや、彼女達『魔法少女』のファン……いつもヴァレット達を見ていた人々がいた。

 おそらくオーナの奮戦振りから再開された戦いが、何処からか報道され、それを見て集まったのだろう。
 いつもと同じように。

 だが、今回ばかりは『いつも』とは違う。
 そんな事は、一週間前の事件や現状を見れば分かる筈なのに。

「どう、して……!?」

 こんな所にいては、危ない。
 危険な目にあわせちゃいけない。

 その思考がヴァレットを僅かながら立て直した。 
 そして、その思考に基づいて彼女は叫ぶ。

「……皆さん……! 危ないです、逃げ……っ!」
「逃げないぞっ!」

 しかし、その叫びはいとも簡単に否定された。

「……え?」

 戸惑うヴァレットに対し、彼らは声を上げる。
 高らかに、宣言する。

「ココまで来たら一蓮托生っ!」
「アンタ達が護れないなら、誰だって護れないって!」
「……っ」
「だから、頑張って!」
「負けるなヴァレットたんっ!」
「!」
「オーナッ!」
「リューゲ!」
「ヴァレット!」
「オーナ!」
「リューゲッ!」
「ヴァレット!」

 彼らは知っている。
 この平赤羽市で『常に守ってきた』存在を。

 馬鹿みたいな騒ぎだったのは事実だ。
 傍から見ればギャグのように見えていたのも事実だ。

 だが、彼らは知っていた。

 彼女達が守ろうとしてきたモノは、込められたその想いは真剣だった事を。

 守られてきたからこそ、分かっていた。

 わけの分からない存在に対し自分達は無力で。
 そんな自分達を守る為に、彼女達はいつも空を舞っていた。

 そんな彼女達に、無力な自分達が出来る事。

 今は、唯一つしかない。

 それは、応援する事。
 心から彼女達の勝利を祈り、願い、その思いを伝える事。
    
 彼女達がそれを力にすると信じて。
 
 否。
 彼女達なら、それを力にしてくれるから。

 それが、自分達の信じている、知っている『魔法少女』達だから。

「オーナッ!」
「リューゲ!」
「ヴァレット!」
「オーナ!」
「リューゲッ!」
「ヴァレット!」
「オーナッ!」
「リューゲ!」
「ヴァレット!」
「オーナ!」
「リューゲッ!」
「ヴァレット!」
「……………………………………………皆、さん」

 胸を熱くする声援の大波の中で、ヴァレットの心は熱く、それでいて静かになっていった。

(失いたくない……)

 懸命に回避しながら、ヴァレットは静かになっていく思考で問い掛けた。

(……そして)

 他ならない、自分自身にもう一度問い掛けた。

(守りたい……!)

 護りたいもの。護るべきもの。ソレは一体何なのか。










『何してる、行けよっ!』

 灰路もまた叫ぶ。

 何故彼女が男の格好をしてたのか、分からなくても、もう大した意味はない。
 そう灰路は思っていた。

 灰路は知っている。
 彼女のヴァレットとしての真面目さも、紫雲としての真面目さも。

 だから、ついていた嘘にいい加減な理由なんかあるはずが無い。それでいいと思えた。

 だから、本当は『名前』を呼びたかった。

 正体は知ってるから、遠慮なんかしなくていい、そう言いたかった。

 でもそれじゃ意味がない。多分正しくはない。

 誰かが強く背中を押すのではなく、自分の足で踏み出してほしい。

 自分が良く知る『彼』である彼女なら、きっとこれで気付いてくれる。











『行けぇぇぇっ! 魔法多少少女、ヴァレットォォォォォォォッ!』










「……っ!!」

 そうだ。
 
 自分は何者なのか。何者になる事を選んだのか。

 一番想うヒトの叫びで、彼女は気付いた。

 彼女は、その事を思い出した。











「私は……っ!!」











 その瞬間。

 地面から生えた二本の擬似の腕がヴァレットを左右からサンドイッチにした。

 邪魔なハエや蚊を、無慈悲に、いや当たり前のように潰す人間そのままに。

 ただ、押し潰した。












『……………………………』

 声援が、止む。

 静寂。
 それは絶望によるもの。











 でも、それはすぐに消える。

 砕き落とされた『怪獣』の腕が地面に落ちる音で。

 なんによって砕き落とされたのか。

 その答は、明白。

 応援する人々の、オーナの、クラウドの、フォッグの、リューゲの、そして灰路の眼に鮮やかに映っていた。

「エアパレット、レッド、ブルー同時展開」

 夕日を背に浮かび立つのは、魔法多少少女ヴァレット。

 筆に乗った彼女の左右の腕は、輝いていた。
 『腕』を砕いた、赤く燃える超高熱の右拳と、蒼く凍る超低温の左拳が、強く光り輝いていた。

「情熱の赤と冷静の青。
 二つを持ちて、正義をなす為の紫と成る。
 魔法多少少女ヴァレット……正義の為に、貴方を殴らせていただきますっ……!」

 宣言と共にベストポジションへと再び動き出したヴァレット。

 そんな彼女に、結晶の散弾が、擬似腕が再び襲い掛かる。

 だが……それらは、最早彼女の敵足り得なかった。

「邪魔ですっ! そっちもっ!!」

 吼えた彼女は回避しきれない攻撃を両拳でいとも簡単に叩き落していく。
 文字通り、今までの苦戦が嘘であるかのように。

 拳を使う事。
 それは草薙紫雲にとって、もっともイメージが容易く、もっとも力を込め易い力の発露の形。
 そして、それと同時にヴァレットにとっての禁忌でもあった。

 それゆえに、基本的には無意識に封じ、必要性を意識した時も使うまいとしていた。
 ……それも、ここまでの危機的状況が無かったが故の思考ではあったが。

 拳の使用を避けようとするとする理由は幾つかあった。
 一つに、魔法少女としての彼女は『女の子』だという事がある。
 女の子だからこそ使いたくなかった。躊躇っていた。

 一つに、拳を使った彼女の本当の攻撃パターンは『彼』をよく知るものが見れば、正体が明らかになる危険性が高かったのもあるだろう。
 可能性は高くはないものの皆無ではない以上、それを避けるのも当然と言える。

 そしてなにより。
 自分の『その形』を良く知っている灰路に正体を見破られる事が、ヴァレットは怖かった。
 既に知られていたのかもしれないが、自分の手で最後の一線を越えて確定させてしまうのが怖かったのだろう。
 嘘をついていた事で、嫌われる事に恐怖していたのだ。

 それは『エゴ』。
 正義の味方である彼女に相応しくはないだろうもの。
 
 だからこそ、余計に認められなかったのかもしれない。

 認めてしまえば、正義の味方としての自分も、女の子としての自分も、積み上げてきた全てが瓦解してしまう。
 生来の生真面目さゆえに、全てを失ってしまうと半ば無意識に恐怖していた。

 だが、その恐怖は、皆の言葉により吹き散らされていた。

 本当に怖い事は、そんな事じゃないと、教えられたから。

 守るべきものを守れない事以上に怖い事なんかないと、教えられたから。

 だから、最早、彼女が恐れるものは何も無く。
 彼女にとっての最高の全力の形が、今ここに発揮されていた。

(皆……ありがとう。
 分かったよ。私が守りたかったもの。
 今私が、何の為に、この姿で、ここにいるのかを……!)

 魔法多少少女ヴァレット。
 大好きな人を、愛すべき人々を、人々が生きるこの町を守る正義の味方で、ヒロイン。

 大切な一人を守る事。
 それは皆を守る事へのはじめの一歩。
 それは町を守る事への一歩であり、そして、それはいつか世界を守る事に繋がっていく。
 
 どうしようもなく陳腐かもしれない。
 それでも、それが自分がなりたいと思った、シンプルで純粋な『正義の味方』。 

 それを選んだ自分だから、負けられない。

 例え嫌われても、傷つけられても。
 一度失えば取り戻せないものを、守り続ける為に。

 心。
 魂。
 命。
 そう呼ばれる、形が無くとも確かに在るものを、守り抜く為に。

 今までも、これからも。
 誰だろうと、なんだろうと、自分だろうと。

「負けてなんか、いられるもんですかぁぁぁっ!!」
『GIIGUUIGIUIUIUGIIUUJBGVFF!』

 思わぬ大反撃に遂に上げた人には認識できない叫びと共に、ついに縛りから逃れた本体の……本来の両腕で『怪獣』は殴り掛かった。

 だが、そんなもの今の彼女にとってはどうにでもなる薄っぺらな壁でしかない。

「邪魔だって、言ってますっ!」

 自身の何十倍以上もある右の拳を左ジャブで砕き、
 同じくな左の拳を右ストレートで砕きながら、ヴァレットはなお直進する。

「どけぇぇぇぇぇえっ!!」

 紫色の筆が生み出す加速の乗った拳は流星と化して完全に怪獣の腕を打ち砕いた。

「はぁぁぁああああああああああっ!!」

 さらに。
 一度距離を取ったヴァレットは筆に乗ったまま高速回転。
 紫色の法力を放出し、纏いながら『怪獣』へと体当たりを敢行した。

『GYGUGUGU!!!!!』

 身体を破壊され、迎撃体勢を崩していた『怪獣』にそれを避ける手立てはなく。
 自身を弾丸と化したヴァレットの一撃は、未だシャッフェンの弾丸が少し絡みつく巨体を吹っ飛ばした。

「フン、これは、オマケッ!」

 さらに、リューゲの放つ杖の雨が空を舞う怪獣の両足を完全に砕く。

 その後を追って、ヴァレットは急降下。
 さらにヴァレットの隣を、リューゲが併走……いや併翔する。

「……やれば出来るじゃない。流石あたしのオリジナル」
「……皆のお陰だよ。勿論、リューゲちゃんのお陰でもある」
「そう思うなら、ココで決めてよね。それで迷惑はチャラにしたげるから」
「うんっ!」

 頷き合い更に加速する二人。

 その先には、地面に激突する『怪獣』。
 そして、激突のタイミングで、場所に黄色と緑色で編まれた魔方陣が展開される。

「お願い、時よ、緩やかに! 
 そして新緑の枝、その息吹をここにっ! 力を貸してぇぇっ!!」

 オーナが起動した時の魔法により『怪獣』の動きが緩慢になる。
 さらに緑色の部分から延びた蔓、いや枝が『怪獣』を縛る……!

「今だよ、二人ともっ!」
『エアパレット、展開!』

 オーナの叫びに応える様に、左右に別れた後急降下……殆ど落下する二人の行先に白い穴が展開される。
 事ここに至って、落下速度もプラスアップされ加速は十分。

 二人は白い法力の渦にそれぞれ杖と筆を叩き入れ、大上段に構えた。

 自分を滅ぼすものの襲来を回避すべく、
 手足を急速再生させ、魔法の枝さえ引き千切り、立ち上がる『怪獣』……だが!

『ダブル!! イレイズ・ブレイクゥゥゥゥゥッ!!』

 怪獣の再生速度を数瞬越え、
 自由を取り戻した怪獣の動きより速く、煙化の判断よりさえ刹那速く、白い線が交差し、怪獣の身体にXを描く……!!

「っ……!」
「……っ!」

 皆が固唾を呑んで見守る中、砂埃を巻き上げるような勢いで二人が結晶に侵された地面に滑り降り、停止する。

 まさに、その瞬間だった。

 白が、広がる。
 今まで幾度となく再生されてきた緑色の巨体は少しずつ白く染め上げられ……遂には全身が余す所なく白くなり、光となって、消滅した。

『お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
『よっしゃああああああああああああああああああああああっ!』

 応援していた人々と、マイク付けっぱなしの灰路の声が交じり合って、大音響となって町に、否、平赤羽市に響き渡る。

 それは紛れもなく、勝利の凱歌だった。










 赤く染まる夕焼けの中から、三つの影が現れた。

 その影達は、魔法少女達は、ゆっくりと人気のない公園に降り立つ。
 征の家に割りと近い、紫雲と灰路にとっての思い出の公園に。

「どうだった?」
「うん、私達が戻すまでもなく、皆元に戻ってた。
 一応怪我人とか探したけど……」
「怪我人は探す方が難しい。死人はゼロ。
 全く、アレだけの騒ぎだったのにね。
 平赤羽市の人達、大した生命力というかなんというか」

 灰路の問いに、オーナとリューゲが答える。

「まぁ、そうだろうな」
「ある意味、こういう騒動に慣れてる感があるからなぁ」
「違いないわね」

 結晶化から開放された征、クラウドの言葉の後、フォッグがそう言ったのをきっかけに、皆が笑みを浮かべる。

 平赤羽市。ここはカオスな都市。
 そしてカオスさに見合った生命力に満ち溢れている都市でもある。

「……灰路、君」

 そんな穏やかムードの中。
 一人だけ笑わなかったヴァレットは、灰路の前に歩み寄り……顔を隠していたバイザーを上にずらし、素顔を露にした。

 ヴァレットであり、草薙紫雲でもある顔を。

「……」
「え、と。
 僕、じゃなくて、私。じゃなくて、やっぱり僕……」

 何か言おうと必死に視線を泳がせたり、
 指をわなつかせたり、
 それでも形にならなくて顔を赤らめる……
 そんなヴァレットの頭に、灰路の手が乗せられた。

「え……?」
「凄いかっこよかったぜ。
 んで、今滅茶苦茶可愛いぞ。草薙、いや紫雲ちゃん」

 皆が固唾を呑んで見守る中、灰路は満面の笑顔でゴリゴリとヴァレットの頭を撫でた。

 その直後。

「……………………ふ」
「?」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」

 ボロボロと、大声を上げて、魔法多少少女ヴァレット、いや草薙紫雲は泣き出した。

「ちょ、どうしたよ?」
「うううううううううううううううぅぅぅぅ〜〜〜」













 貴方は覚えていないだろう。

 あの口喧嘩の中、貴方が言った言葉を。

 今みたいに泣いている私に、言った言葉を。

『わ、悪かったよ。
 でもさ、俺が言ってるのは、その、お前、可愛いからさっ! 
 滅茶苦茶可愛いからさっ! 
 ヒーローやるより、お姫様とかの方が似合うって絶対っ』

 あの瞬間はヒーローをやりたい、ヒーローになりたい意地で打ち消していたその言葉を、私はずっと覚えていた。

 私の胸を、どうしようもなく高鳴らせた言葉を。

 そして、その言葉があったから、私は決められた。
 この男の子を護る為に『ヒーロー』に、男の子になろうって思う事が出来た。

 今にして思えば、女の子としては矛盾だったのかもしれないけど。
 それでも、そう思えた。

 だから、今、私は嬉しい。

 あの日夢見た形とは違うけど『ヒーロー』になれたから。

 私が不甲斐ないせいで危険な目にも遭わせてしまったけれど。
 それはとても自分自身許せない事だし、自分勝手な言葉だけど。

 それでも、この人が今生きていてくれるから。
 皆の力を借りて、ようやくだけど、この人を守る事が出来たから。

 今ココに灰路君がいて。
 真実を、私が女の子だと知っても私に笑い掛けてくれたから。

 だから、私は嬉しかった。

 そして、そんな嬉しさを噛み締める事で実感する。

 やっと私は……あの時に戻れたんだと。

 あの言葉が嬉しいと思えた、本当の私に。

 嘘をついていない、女の子としての、草薙紫雲に。











「……可愛いなぁ、ヴァレットさん」
「そーね。うんうん」
「やれやれ」

 オーナの言葉に、普段の子猫としての姿に戻った二人はそれぞれのやり方で同意した。
 それにリューゲは首を傾げる。

「……可愛い? あの歳で泣くのはみっともないわ」
「俺はそう思わないけどな。
 人間アレだけ泣ける事は滅多にないし、あれだけ泣ける奴も滅多にいない。
 可愛いじゃないか、三次元ながら」
「……むー。
 じゃあ、征。
 あたし泣いたら可愛いと思う?」
「時と場合によるな」
「……うー」
「ふふふ、リューゲちゃんも可愛いと思うよ、私」
「なんでよ、オーナ」
「いや全くね」
「ああ、全くだ」
「だから、なんでよっっ!」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」
「お、おーい……俺、なんかしたかー? してたなら謝るぞー?」
『こらあああっ! ヴァレットを泣かす奴は誰だぁぁあっ!』
「あ、マスター帰ってきた」
「今度は速かったねー」
 
 まぁ、なんというか。
 まるで平赤羽市の縮図のような混沌が其処にはあった……。
 










……最終回へ続く。





戻ります