第14話 たまにはマジの大決戦・後編3
太陽が沈み始めて、赤くなった町の中。
山みたいに大きな身体を揺らして、
大きな木を十本纏めても全然たりないような凄く太い足を踏み出しながら、
ゆっくり歩いてくるのは、あの『怪獣』さん。
『怪獣』さんが歩いた後、その場所は全部結晶化してる。
いつもなら太陽で赤くなる世界も緑色の結晶には届かなくて、そこは皆緑色だった。
地面も家もヒトも、みんなみんな。
向こうの方の、秋木町にいる私の家族や友達も、多分。
「……っ。
ごめんね、後で必ず戻すから」
本当は今すぐにでも戻したい。
でも、今はそうすべき時じゃない。
本当に望んでいる事は、今戻す事じゃない。
平和になった時に、もうこんな事にならないようにしてから、戻す事。
そして、そうなった事を、ヴァレットさんやみんなで「良かったね」って言い合って、楽しく笑い合う事。
「……ん、分かってるみたいね」
私の考えてる事なんかお見通しのフォッグは、私の呟きを聞いて、うんうん、と満足そうに頷いてから言った。
「じゃあ、行きましょうか。
アイツに勝つための力を貴方は託されてるんだしね」
「うん。……」
フォッグやヴァレットさん、クラウド君から聞いていた、世界を壊す『怪獣』。
今までたくさんの人が、世界が何度も何度も挑んでも、勝てなかったもの。
不安はたくさんある。
でも、私は……一人じゃない。
ヴァレットさんや、リューゲちゃん、フォッグ、クラウド君、お兄ちゃん達……
そして、この力だって、壊された世界の人達が世界を守る為に託してくれたものなんだから。
(勝てなくても諦めたりなんか……ううん、絶対に、負けない!)
そうして決めた心を込めて、私は叫んだ。
「さあ、おいでっ! 私達が相手になってあげるっ!」
『マシーン、GO!』
街外れの廃工場の上空。
リューゲの言葉と共に、廃工場が真っ二つに割れた。
さらに工場内の床が展開し、地下から何かが上がってくるような音が響く。
「……」
空飛ぶ彼女にぶら下げられながらという情けない体勢なので、
文句らしい文句は言えない為とりあえず半眼視線を真上に送っておく。
俺の視線を感じたのか、リューゲは何処かぼやくように言った。
「言っとくけど、合言葉はあたしが設定したわけじゃないからね」
「いや、まぁ、そうなんだろうけどなぁ……」
『はぁ』
揃って溜息をつく。
そうしてる間に姿を現した何か……シャッフェン製作のガラクタは、人型ロボットだった。
悪魔っぽい大きな翼を背中に背負うそのロボットは……なんというか、ごちゃ混ぜだ。
古今東西のロボットアニメのいいとこ取りをしようとして、
ものの見事に外しているパクリ感満載のデザイン。
こりゃあ、駄目な匂いがプンプンするなぁ。
「おいおいおい、いいのかこれ、色んな意味で」
何がヤバいって、特に著作権的にヤバい気がするんですけど。
「そんな事を言ってる場合じゃないでしょ。はいコレマイク」
ニュースキャスターとかレポーターが使うような小型のマイクを手渡される。
「これであんたの声を登録できるから。登録したらすぐに行きましょう」
「うう、凄い気が進まなくなってきたぜ……」
どうせ動かすならもう少しマシなデザインのものを動かしたかった。
正直、いつものガラクタの方が機能美……とかろうじて言えそうなものがある分気休めにはなるのにな。
これはもうなんというか……うむ、ある意味犯罪だ。
「その気持ちは痛いほど良く分かるけどね。
こうしてる間にオーナは戦ってるのよ」
「……そうだな。そうだった」
リューゲの指摘に、今こうしている間にも懸命に戦っているであろう魔法少女オーナの事が頭を過ぎる。
いや、むしろ過ぎってる時間さえ惜しい。
「よし、じゃあ手早く教えてくれ」
「分かったわ」
そうして俺はリューゲから登録方法を教えられ、把握していった。
一刻も早くオーナの手助けをする為に。
そして、今まで散々オーナやヴァレット……草薙に廻していた面倒事のツケを少しでも返す為に。
いつもは無理でも、ソレが出来る時、手が届く時……今ぐらいはやってやるさ。
『僕にしか出来る事は、しないとね』
そう。
アイツだって、そう言ってたしな。
『怪獣』さんの攻撃……この間シャッフェンのおじさんやリューゲちゃんが壊した胸をワザとそのままにしてて、そこから結晶の塊を撃ち出してぶつけてくる……が私の周りを走り抜けていく。
「や、と、ぇぃっ!」
「下下! 次、上上!」
「うううっ!」
子猫モードで私の服に入り込んだフォッグの声に従い、空を舞う。
「次、上に跳んで風の魔法ね! 一時的に混乱させてやりなさい」
「うんっ! 大気の流れ、力を貸して!」
『怪獣』さんの頭上へと翼で飛んで跳ぶ。
そうして『怪獣』さんの意識が私に向けられた瞬間を狙って、真下から風を吹き上がらせる。
「そして、力よ、狭く高く巻き上がれっ!!」
風の力を集めた、竜巻みたいな強い風。
いつもなら家を壊しそうで出来ないけど、
今は頑丈な『結晶の世界』になっているから少しだけの手加減で使えるのは助かる。
……こういうのを、不幸中の幸いって、言うんだったかな?
ともかく、私の居る方に、上の方に顔を……口以外に目らしい目とかはないんだけど……
向けかけた『怪獣』さんは、突然吹き上がった強い風に驚いたのか、バランスが取れなくなったのか、グラリと身体を傾けた。
「ええいっ!」
そうして出来た隙を目掛けて、今度は手加減無しの雷を撃つ。
「もういっちょ!!」
「うんっ!!」
連続で降り注ぐ雷は『怪獣』さんの両腕を壊し、身体にもダメージを与えていく。
「うん、上出来上出来。オーナならやれると思ってたけど思ってた以上だわ」
「えへへ。
多分、すぐ戻るだろうけどねー」
思ったとおり、腕が生えていくけど……それでも。
フォッグの指示のお陰で、私は一人でどうにか時間を稼げていた。
(……ううん、私一人で勝っちゃうぐらいで頑張らないと……)
私がそう意気込んでいた、そこに。
『ぶん殴れっ!』
「へ? わわわっ!?」
いきなり大きな声が響いた後、私の真横を抜けて、凄く大きな手が『怪獣』さんに向かって飛んでいく。
咄嗟に尻尾でそれを払いのけた『怪獣』さん。
倒れはしなかったけど、いきなりだったからか、さっきの竜巻の時以上にグラグラ揺れる。
その隙に攻撃した方が良かったのかもしれないけど、私は謎の大きな手が気になっちゃったのだ。
そうして飛んできた方向へと戻っていく大きな腕の先を、ジーッ、と見る。
その先には……。
『おー。悪い悪い、待たせたなーっ』
「待たせたわね」
なんとも言えないデザインのアニメっぽいロボットと、リューゲちゃんが、文字通り飛んで来てくれているのが見えた。
『しっかし、操縦席あるのに、AI+音声操縦とはこれいかに』
凄く響く大きな声……改めて聞いて艮野のお兄ちゃんの声だと分かった……はシャッフェンのおじさんと同じマイクを使ってるみたい。
ともかく、凄く響く声のお陰で、姿が見えないお兄ちゃんはロボットの中にいるんだと分かった。
でも、おじさん操縦席なんてどうして作ってたんだろ。
いつも目立つ為にロボットの上に立ってるのに。
「多分気分よ。どうせアニメとか何かの影響でしょうし。
あの人はノリで生きてるような人だから」
あ、納得。凄い納得。
バレンタインとか、イベントごとを意識した騒動をよく起こしてたしなぁ。
「あ、あはは……でも、これで魔法少女三人分だね」
『俺的に魔法少女としてのカウントは嫌な話だけどな。
まぁ緊急時だし我慢するが。よっし、これで…』
戦える。
艮野のお兄ちゃんが多分そう言おうとした時だった。
私に良い様にあしらわれて苛ついていたのか、元からそういうつもりだったのか。
『怪獣』さんは結晶化する息をこの辺り一帯に、ううん、それより少し広い、えと、反意じゃなくて、範囲に吐き出した。
「……! まずい、征達、そんなに離れてないはずっ!?」
「え……!?」
目が覚めるまでの間ヴァレットさんは戦闘に巻き込まれないよう久遠のお兄さんが背負って少し離れた場所に避難する……そういう事になっていたはずだ。
私達が戦い始めて少し経ってるけど、久遠のお兄さんの移動の方法が普通に歩くだけなら、まだそんなに遠くには行ってない。
ヴァレットさんを背負いながらなら……ヴァレットさんの体重は分からないけど、人一人を背負うのはすごく大変だろうから……余計にそうだと思う。
私の考えてる通りなら、今吐いた息は久遠のお兄さんがいるかもしれない辺りに十分届く。
そうしてあの息を浴びてしまったら。
ヴァレットさんはともかく、久遠のお兄さんは結晶化するかもしれない。
そうなってしまったら、眠ったままのヴァレットさんは逃げられなくなる。
「もしかして、それが狙いなの……?」
「……考えられなくはないわね。
少なくとも余計な事を考えてる普通の人間なら一掃出来るし。
んで、動けなくなったヴァレットが近くに転がっているとなれば私達もおいそれと大きな攻撃できないし。
本能か知能か知らないけど、やるもんね」
『くっそぉっ! これ以上余計な事をやらせるか……潰すっ』
「よくも……!」
フォッグの考えを聞いたリューゲちゃんと艮野のお兄ちゃんが悔しげな声を上げて動き出す。
「ちょ、……二人ともっ!」
「リューゲちゃん! お兄ちゃんっ!」
私達の制止も聞かず、リューゲちゃんとお兄ちゃんが動かすロボットは並んで『怪獣』さんに飛び掛っていった。
二人が怒る気持ちはよく分かる。
私だって、そうしたいと思ってたから。
だけど、今それは危ない事。
もし『怪獣』さんが全部を考えてやってるって言うのなら、尚の事……!
「きゃああああっ!」
『ぐうううっ!』
「あっ!?」
私が考えたとおり。
そうなってほしく無いと思ったとおりに、二人はあっさり返り討ちにされてしまった。
真正面からの結晶の散弾で、リューゲちゃんは吹っ飛ばされる。
お兄ちゃんの乗るロボットはダメージを受け、その手足が潰されて、吹き飛ばされていく。
あっさりそうなっちゃったのは、元々作り掛けだったらしいのがやっぱり大きかったのかもしれない。
『く……!』
マイクで大きくなった艮野のお兄ちゃんの焦った声が響く。
『させるかよっ! バランス保て、ポンコツ! 今度こそ……』
お兄ちゃんは声の命令でどうにかロボットの体勢を整えさせて、反撃しようとする。
でも、その間の隙はどうしようもなく大きくて『怪獣』さんはソレを見逃さなかった。
「お兄ちゃん、避けて!」
『っ!?』
懸命に叫ぶが、間に合わなかった。
ブウン、と風を切る音と伸ばした尻尾が一緒になってロボットの翼の片方を壊してしまった。
そうなるとやっぱり空は飛べないみたいで、お兄ちゃんの乗ったロボットは結晶化した町の上に落ちた。
結晶になった町が頑丈なのか、お兄ちゃんが色々叫んでいたからか、街が壊れたりはしていない。
『動け! 動けっての!
ぐううう、やっぱりガラクタじゃねーかよッ!』
元気な声が聞こえてくるからお兄ちゃんも無事みたいでひとまず安心する。
でも。
「オーナッ、やばいわよ!」
フォッグの声にハッとして顔を上げる。
すると、『怪獣』さんはロボットの中に何かを感じ取ったのか、
吹き飛ばされて落ちたリューゲちゃんや私は無視して、ロボットの方に向かっていく姿が見えた。
(このままだと、お兄ちゃんが……っ!)
ロボットに迫った『怪獣』さんはシャッフェンのおじさんにしたように、殆ど動かなくなったロボットを抱え上げようと手を伸ばして……。
「おにぃ……あ……っ!」
それをどうにかしようと私が動くより先に。
空高くから降って来た紫色の流星に腕ごと弾かれ、たたらを踏んだ。
『怪獣』さんを阻んだ、紫色の流星、それは。
「ヴァレットさんっ!」
そう、魔法多少少女ヴァレットさんだった……!
ぶっちゃけ、『怪獣』に手を伸ばされた時、俺はもう駄目だと思っていた。
諦めるなんて性分じゃない……でもないが、実際、さすがにもう駄目だと思っていた。
だが、駄目じゃなかった。
情けない事この上ないが、空から降ってきた、紫色の流星に救われて。
『ヴァレット……! 助かったぜ!』
如何にもロボットアニメのコクピットな内装の中、俺は言った。
正体はもう知っているのだが、いつもの癖で俺はそう呼んでいた。
その呼び掛けはマイクを通しているので、余裕で彼女に届くはずだ。
だから、ヴァレットはこちらを少し振り返り…………慌てて視線を『怪獣』の方に向けた。
まるで、俺から眼を逸らすように。
それは、誰であろうと手を振られれば手を振り返し、笑顔を向けられれば笑顔を返す、そんなヴァレットらしからぬ反応だった。
……続く。