第13話 たまにはマジの大決戦・後編2
「……草薙っ!」
駆けつけた俺は、草薙の身体を抱き起こした。
正直破れ掛けの服から覗く白い肌は、目のやり場に困る。
一部が破れたさらしから零れかかっている……もう少しずれていたら年齢制限モノだ……
二つの胸の膨らみも、元々コイツが細身だからなのか、結構大きく見えてどうにも、困る。
しかし、怪我の有無を確認する為には目を逸らせない。
申し訳なさや侘びを心の中で済ませて、俺は草薙の身体を見渡した。
変身していたからなのか、特に大きな外傷も無いらしく、安堵する。
「う……」
意識途切れ途切れらしい草薙は少し頭をフラフラさせている。
「う、う〜……星、☆が見えるよ〜……ガクッ」
「って、余裕があるのかないのか分からん倒れ方だなっ!」
変な事を言いながら気絶したものの、草薙の呼吸や脈はしっかりしているし、もう一度冷静に確認した所、流血や火傷の様子もないようだ。
とりあえず色んな意味で安心だが……。
「……」
正直、ショックだった。
好きだという事を自覚したヴァレットの正体が……草薙だった。
「なんで、気付かなかったんだ……?!」
コイツとつるんでた馬鹿みたいに長い時間。
何故俺は疑問にも思わなかったのか。
それだけコイツが必死になって隠していた、という事なのかもしれないが……。
よくよく考えてみれば、おかしい事だったのだ。
ヒーロー好きで、生真面目なコイツが……
おかしな状況の中で『誰か』に任せ、自分の力で戦うなんて言い出さなかった事の違和感。
しかし、今冷静に考えれば合点がいく。
コイツ自身がずっと戦っていたのなら言い出す必要性すらない。
最近悩んでいたのも、男だと嘘をついていた事への後ろめたさがヴァレットへの変身で女の子として過ごす時間が増えた為に、より具体的・現実的になったと考えるようになった、という事ではないだろうか
俺の知る草薙は馬鹿みたいに真面目で、誰かの事でなければ嘘もつけない奴だったから。
(でも、なんで……なんで嘘なんかついてたんだ……?)
もしかしたら実家関係なのかもしれないが……。
「艮野のお兄さん、危ないっ!」
「うわおうっ!?」
そうして考え込んでいると、俺のすぐ近くに怪獣の欠片が落ちてきた。
俺がヴァレット…草薙の側に行く間に復活し、飛行する二人の魔法少女の攻撃によるものだ。
顔を上げると『怪獣』の左腕の一部が砕け散っていた。だが……。
「やっぱり駄目なの……?」
『怪獣』は即座に腕を修復していく。素人目に見ても、打つ手が無い。
「なら……!」
オーナの叫びと共に、怪獣の足元に巨大な白い魔方陣が展開される。
それはいつもの彼女の魔方陣展開よりも遥かに早い。だが。
「やっぱり……避けた……!」
悔しそうなオーナの声と地面の揺れる音が辺りに響く。
オーナの浄化魔法は見た目からは想像も出来ないと身軽さでバックステップされ、回避されたのだ。
あの巨体でプロボクサー以上のステップってありえるかっ!?
「オーナ、一旦引こう。
今の所、対抗策もないし、分が悪すぎる」
「でも……!」
「町の人達なら大丈夫よ。
アレ、とりあえず結晶化すれば満足みたいだし。
それにちまちま戻してても法力を無駄に消耗するだけだわ。
戻すのは大本を潰してからにしましょう。
ヴァレットも倒れたし、今は倒す為の方策を考えるべきよ」
「……分かったよ。艮野のお兄ちゃんっ! 捕まって!!」
草薙から名前でも聞いてたのか、
俺の名前を呼んだオーナはステッキの先端から緑色の蔓を生み出し、
俺達に向かって伸ばした。
「くそ、しょうがないか……」
草薙を抱え上げた俺はその蔓に捕まる。
ソレを確認したオーナの魔法が蔓ごと俺達を運んでいく。
そうして、俺は、俺達は何も出来ないままおめおめと引き下がる事しか出来なかった。
行き先が無かった俺達は、とりあえずリューゲの主張を飲んで、久遠の家に向かった。
流石に玄関から入る訳には行かなかったので、空を飛んだ状態で二階の久遠に呼びかけ、窓からお邪魔する事となった。
「随分速かったな。お菓子はないぞ」
少し落ち着いた後。
居並ぶ面々の内、リューゲに向かって久遠は言った。
俺には意味が分からなかったのだが、
その言葉には何か含んでいたらしくリューゲは微妙に顔を引き攣らせていた。
「う、言葉がないわ……」
「ま、それはそれとして。
いやはや壮観だな、二人の魔法少女が並ぶと。
いや、草薙も入れると三人か」
久遠の奴は俺達の様子とニュースから大体の事を察したらしく(何故か草薙=ヴァレットまで)、
この状況をあっさり受け入れて、俺と一緒に草薙をベッドに運んでくれた。
さっきまでリューゲが座っていた久遠のベッドに、今度は草薙が……しかも長髪のために女の子にしか見えなくなった……眠っているのを見ると何か複雑だった。
「しかし。
そんな折角の機会なのに写真を撮る気にもならんほど辛気臭いな、お前等」
「そりゃ、辛気臭くもなるわ」
久遠の言葉に、溜息を付くリューゲ。
テレビでは魔法少女達の敗北!?とか銘打って緊急ニュース。
国会では自衛隊の介入を判断中だ。
不幸中の幸いと言うべきか、近くにいた報道陣は結晶化してたみたいで、草薙の正体云々は一言も出ていない。
一応久遠と一緒にネットも調べてみたが、正体がバレている様子はない。
しかしヴァレットの正体と現状は別問題なのは言うまでもない。
楽観できない空気の中、落ち込みモードになっているのは事実だ。
平赤羽市も、この少女達も。
「はてさて、どうしたもんかしらね、この絶望的な状況」
「……父さんと母さん、無事かな……」
「ったく、おまえらなぁ」
落ち込む少女達を見て、俺は言った。
とりあえず、草薙の事は後回しだ。今は目前の事から片付けよう。
「結晶になった奴等は死んだわけじゃないんだろ。
それにお前等はまだ負けたわけじゃない」
「え?」
俺がそう言うと、オーナは目をパチクリ瞬かせた。
「俺思うに勝ち負けってのは最終的に自分にとってのハッピーエンドにした方が勝ちだ。
今から勝てばいいんだよ」
「艮野の言うとおりだと俺も思うぞ。
最終回になるまで決め付けるのは良くない。魔法少女らしくないぞ」
「……そうだね、うん。
魔法少女らしいって言うのはちょっと分からないけど」
「オーナは単純ね。
まぁ、確かに完全敗北ってわけじゃないけど。
でも打つ手無しの状況には変わらないわよ。
攻撃は効かない、効きそうな奴は回避されるし」
うーん、と考え込む俺達。
「本当に打つ手が無いのか?
漫画とかじゃああいう奴には全てを制御する核があって、
其処を壊せばどうにかなるとかよくあるけど」
お得意の王道説を主張する久遠。
と、そこに。
「……ある。
君の言う核みたいなものは無いが、打つ手はある」
いきなり響いた全く聞いた事が無い声に一同顔を上げて、声の主を探す……
すると、開け放った窓のふちに、紫色の猫と金色の猫が並んで座っていた。て、おい。
「い、今の言葉って……まさか」
「私たちだよ」
猫の一匹……金色の猫が口を開くと共に、人の言葉が響く。
常識人としては認めたくはない。
認めたくはないが……どうやらコイツラが喋っているらしい。
「ココに至っちゃ隠す意味もないし、喋らせて貰うわね」
「そっちはフォッグ。僕はクラウド。魔法少女達の…」
「魔法少女のマスコットか?」
金色の猫に続いての紫色した猫の言葉の最中、勝手に決め付ける久遠。
その言葉に紫色の猫は肩を竦めるような動作の後言った。
「……まぁ、そんな所だろうね」
「うわー、ますます王道だなぁ」
いや、もっと驚けよ。
「王道はどうでもいいとして、アンタ……本当に打つ手なんかあるの?」
一同を代表する形でリューゲが尋ねると、クラウドとやらは首を縦に振った。
「ああ。ヴァレットの目から見ていたから分かる。
確かに『奴』の速さも力も圧倒的だ。
だが、見た限り種子がない人間を結晶化する霧以外の奴の攻撃は視覚可能な物理的な攻撃ばかり。
そういう『単純な力』なら当たらなければいいだけの事だ。
オーナ君、君の力を使えばソレはいくらか軽減されるはずだ」
「あ、なるほど、そうだね」
クラウドとやらの言葉にポンと手鼓を打つオーナ。
どうやら速さについては解決策があるようだ。
「問題はこちらからの攻撃だ。
君達全員で浄化魔法を行えば、おそらくはあれは打倒し得るだろうが……」
「問題は当てれるかどうかよね」
金色の猫……フォッグといやらは器用に人間臭い素振りで顎に手を当てて苦悩を表現していた。
「理想としてはオーナ君の魔法で動きを鈍らせた所に、というのがベストだな」
「それ以前に……あたし使えないけど?」
「君の概念種子は複製なんだろう?
ならヴァレットかオーナ君の魔法を複製すればいい。
少なくともヴァレットなら元々同一人物だし、不可能じゃないはずだ」
「そう、ね。確かに」
「……話を戻そう。
ヴァレットやオーナ君の普通の攻撃はまともに受けていた奴が二人の浄化魔法……
白い魔法を回避したのは覚えてるか?」
「ああ。
あと一回目当たったときも分離・離脱したしな」
思い返しながら呟く。
あの魔法だけは効果がある……それだけは確からしい。
「ああ。浄化系だけは研鑽の末に生み出された、私達ピースが相応しい種子を持つ者に伝える切り札だからね。
だから後は……ヴァレットも言っていたが、出力の問題だ。
だが、紫雲…ヴァレットが目覚めるのを待ってる暇はない……」
「草薙外傷殆ど無いみたいから強引に起こせばいいんじゃないのか?」
「止めとけ、コイツ寝起き悪いから殺されるぞ」
幼馴染として警告はしておく。
昔何度か寝ているコイツにちょっかいをかけようとした事があったが、
その度に投げられるは殴られるは蹴飛ばされるはでロクな目に合っていない。
……ちなみに無意識でやっているらしい。
今にして思えば女である事を隠すための過剰反応……いや、あれは素だな。
根拠はないが、寝起き前後の目付きの悪さがなんとなくそう思わせる。
「いや、まぁ、それもあるが……今の内に多少は寝せて、少しぐらいは法力を回復させる必要性もあるからね」
「いいかしら?」
俺の言葉を別方面から肯定するクラウドに対し、リューゲが挙手する。
「アンタの浄化系云々の言葉で思い出したんだけど。
ヴァレットの使う浄化系の白い魔法……イレイズ・ブレイクだっけ?
マスターの作ったガラクタ、あれの波長を打ち消す為の仕掛けを試験運用中で、その応用で限りなくソレに近い事が出来るらしいわ。
だからマスターが同じ装置を組み込んだ作りかけのガラクタを使えば、ヴァレットの魔法と同じ効果を出せて、アレを倒す力になるんじゃないかな」
「ふむ……。
じゃあ、とりあえずはヴァレットの穴埋めはそれでしましょうか。
出来なかった時は出来なかった時としてヴァレットの復活を待つ方向で」
「しかし誰かロボットの運転なんか出来るのか?」
俺も感じた疑問を久遠が零す。
あんなモノ、あの馬鹿以外に操縦できそうにない気がするのだが……。
「大丈夫。あれにはAIが組み込んであって、法力をある程度持ってる人なら登録して音声命令で動かせるように出来てるから。
自分で操縦すると効率悪いし、今となっては操縦に意識を向けてヴァレットに意識を向けないのは苦痛だぁーっ、とかマスター言ってた」
「あはは……」
リューゲの言葉に思わず苦笑するオーナ。
「ま、あの馬鹿マスターの事はともかく。
声の登録作業ならアタシが出来る。
アタシもガラクタ使えるように声を登録した事何度もあったし」
「それなら問題は誰が操縦するか、だよな。
いくら音声で操縦するっつても二人とも怪獣相手で手一杯だろうし。
シャッフェンは星になったし。どうすんだよ?」
「あら、適任者が何を言ってるやら」
「……はい?」
思わず裏返り気味な声を上げる俺に向かってリューゲは言葉を続けた。
「アンタはあの結晶化攻撃をまともに浴びたのに結晶化してない。
つまりアンタの中には形になっていないけど私達と同じ様に法力と、その種子がある。
そういう事なんでしょ?」
「ああ。種子は、奴への対抗策だからね」
クラウドは、うんうん、と頷いて、リューゲの言葉を肯定した。
なんつーか何処までも人間臭い猫(?)だな、おい。
「そういうわけだから、
今から適任者を探して事情を一から十まで説明するより、
アンタに任せるのが適任だと思うけど」
「で、でも、それって凄く危険だと思うよ? こういう状況だけど……」
オーナはどうやら俺の事を心配してくれてるらしい。
ソレが嬉しくなった俺はオーナの頭をグリグリ撫でてやった。
「お前、本当にいい子だな。でも気にすんな。
……いいぜ。やるよ。ココまで関わったからには何もしないなんてごめんだぜ」
そういうのは嫌いじゃない。
まして今は人手が足りない状況だ。
だとすれば、やってやろうじゃないかという気にもなろうってなものだ。
「ちっ、良い役どころを持っていきやがって」
久遠が悔しげに呟く。
「俺もやりたいんだけどなー」
「駄目よ。
征は種子の有る無しが不確定なんだし、いざと言うときに結晶化されても邪魔になるだけだわ」
子供を嗜める親のようなリューゲの言葉。
それを聞いて、オーナはニコニコと笑顔を浮かべた。
「えへへ」
「……何、オーナ」
「リューゲちゃん、久遠のお兄さんの事が心配なんだよね」
「ブッ!? ちょ……何を言ってるの。私は確率・効率の話をしてるわけで」
うわ、文字通りのツンデレだ。
顔を真っ赤にして否定の声を上げる彼女はツンデレにしか見えん。
「お兄さん…お兄さんか…悪くないな……お兄ちゃんと呼ばれ慣れてるが、それもまた良し」
もっとも当の本人は別の事に意識が向いてるけどな。
「と、とにかく……アタシがガラクタ運んでくるから、それから……」
其処でリューゲの表情が変わる。
いや厳密に言えばオーナと二人の表情が、だが。
二人はまるで打ち合わせでもしたかのように全く同時に窓の側に駆け寄り、外を見据えた。
「……げ」
つられて外を見ると、あの『怪獣』がこっちにやってくるのが遥か遠くに見えた。
意識を集中すれば地響きも幽かだが確かに響いている。
奴はこの一週間の間に余程力を蓄えてたのか、奴が歩いた場所は次々に結晶化しているようだ。
『怪獣』の後方は完全に緑色に染まってしまっている。
このままだとこの辺りも同じ様になるのに10分とかからないだろう。
「ふむ。どうやらそれなりに本能で危険視されてるみたいだね。
平赤羽市全土の結晶化よりも僕達の抹消を優先したみたいだ」
「クラウド、冷静に言ってる場合じゃないんじゃない?」
「フォッグもね」
「こりゃあ、時間なくなってきたな」
「……リューゲちゃん」
そんな中、オーナが呟く。
「なによ?」
「艮野のお兄さんと一緒に機械取ってきてくれないかな。
リューゲちゃんだけが行って戻ってきてここで改めて色々やるのって結構面倒臭いと思うし、怪獣さんもいるから難しい気がするし。
その間、私が怪獣さんと戦って時間つぶし……じゃなくて時間を稼ぐから」
「……それしかなさそうね。
しょうがないわ。アンタ、私と一緒に来なさい。
オーナは悪いけど、少しだけ時間稼ぎしてて。
後々の事を考えると、無駄に被害を増やすわけにもいかないし。
どの道ガラクタとって来る間、怪獣の目を引き付けておく必要もあるし」
「うん。私、なんとか、頑張るから」
そう言った後、オーナは不安そうに、悩むように眉を寄せる。
無理もない。
今まで魔法少女二人、もしくは三人がかりで勝てなかったモノと一人で相対し、時間稼ぎをしなければならないのだから。
だが今更出来ない、とは言えない。
自分しか出来る者がいないのなら、出来ないなんて言えるはずもない……そうオーナは考えているのだろう。
何で分かるのかって?
同じ様に考える奴を、純粋正義馬鹿を俺は良く知っているからだ。
そうして何かを考え込むオーナの肩に、リューゲが手を置いて、告げた。
「まぁ、面倒任せて悪いとは思うけど、正直あたし心配してないのよね」
「え……?」
「何度もアンタと戦ってるあたしが保障する。
アンタならしっかりもつわ」
「……っ」
少し、驚く。
その穏やかな声音や表情は、
誰かの力になろうとした時の草薙に良く似ていたから。
改めて、コイツはなんだかんだでヴァレットの……草薙の複製なんだと思ってしまった。
今オーナに掛けた声は、コイツ自身の優しさだと思うのに。
「ああ、そうだな。
今までの戦いをニュースで見てきた俺も保障する」
そんな事を考えた侘びも含めて、俺はリューゲをフォローする言葉を口にした。
他の連中も同じ様にフォローする。
「右に同じく。
今までのオーナたんの活躍、凄かったからな。出来ると思うぞ」
「僕もだ」
「当然私もね」
勿論、声を掛けた全員、彼女に任せる事に申し訳なさを感じてはいるだろう。
だが、それ以上に信じているのだ。
この子なら、オーナならば、それが出来ると。
今日この時まで、ヴァレットより長く平赤羽市の平和を守ってきた魔法少女オーナなら出来ると、不安なく思えるのだ。
だからこその言葉だと、俺もまた素直に思えた。
「皆……うん、私、頑張る! 任せてっ!」
少し乗せやすい、というのもあるのだろうが、やはりそれ以上に強いと言うべきだろう。
オーナは強い意志を感じさせる眼で歩いてくる『怪獣』を鋭く睨み付けた。
「なんとか、私食い止めるよっ!」
そう残して、彼女はフォッグと共に早速窓から文字通りの意味で飛び出していく。
つーか早いなおい。
「大したもんだな」
「全くだ」
「……オーナばっかり褒めさせないわよ。あたし達も行くわ」
なんか久遠の奴を気にしてるみたいだなリューゲ。
オーナいなくなった後褒めた途端不機嫌そうな顔してたし。
「……止めといた方が良いと思うぞ」
「何言ってるの? ほら、行くわよ」
「へいへい。そう急かさんでも行くさ」
「じゃあ、俺は草薙連れてとりあえず逃げとくぜ」
「僕もついて行こう」
久遠の肩にひょいと乗るクラウドを視界に入れつつ、俺は久遠達に言った。
「……頼むぜ」
ちらりと、眠ったままの草薙の顔を見る。
草薙に言いたい事が一つあった。
ソレは嘘をついていた事への文句とかいちゃもんじゃない。
「ったく、勿体無いんだよ、お前は」
俺は気付いていた。完全に確信に至っていた。
遠いあの日出会った女の子が草薙である事を。
だからこそ、勿体無い、そう思った。
あの時も、ヴァレットの時も、今の寝顔も。
男だと主張するには余りにも勿体無さ過ぎる、と。
……ついさっきまで気づきもしなかった奴が言う事じゃあないとは分かってるけどな。
「ゆっくり寝とけ。俺らが終わらせといてやるから。
ま、出来ればだけどな」
そう言って手を伸ばし……俺は草薙の鼻をつまんでやった。
寝てろと言ってるのと矛盾してるが、なんかそうしたい気分だった。
おー、フガフガ言ってる。でも起きないなやっぱり。
……俺らが思ってる以上に、疲れているんだろう。
まぁ折角苦しそうにしてるんで、コレをコイツがずっと嘘をついていた事への罰という事にしておこう。
俺自身気付かなかった事もあるしこの位にしておいてやる。
だから、次に向き合う時は、細かい事は言いっこなしだ。
「じゃ、行ってくるぜ」
そう告げて、俺はニヤリと笑ってやった。
……続く。