第10話 たまにはマジの大決戦・前編2
戦い終わって、日が暮れて……
いや曇天なので太陽は眼には見えてないのだが、そんな時間帯に既になっていた。
久遠と俺は今、久遠の家の久遠の部屋(奴らしいオタクグッズに溢れた部屋だ)に居る。
理由はベッドに眠っているリューゲ・ヴィオレットにあった。
「起きないな」
「……そうだな」
「ところで、さっきからぼんやり見てるそれはなんだ?」
「なんか、なんとなくで拾ったもんだよ」
手にしているのは、あの戦いの場で拾った……というか、風に吹かれて顔に張り付いた……スケッチブックの切れ端。
ある事が気になって、持ってきていたのだが。
「……」
ソレを見ながら、俺はここに至るまでの事を思い返す。
『怪獣』が消えた後、力を使い果たしたのか眠るオーナを抱えたヴァレットが俺達に話し掛けて来た。
「灰路君、その、この間はどうも」
「ん。ああ……」
ヴァレットの正体関連について気になってる俺は、今ひとつ気が入った返事が返せない。
「ごめんなさい、こんな時に場違いなことを言って」
そんな俺の様子をヴァレットはそう解釈したらしい。
静かに頭を下げた後、今度は自分と同じ様にリューゲを抱きかかえた久遠に向き直った。
「……灰路君のお友達ですね。はじめまして」
「ああ、はじめまして、かな? ヴァレットたん」
いつも騒いでいた久遠にしては驚くほど冷静に受け答える。
そんな久遠にヴァレットは笑って見せた。
「あはは。
たん、なんて付けられても可愛くないですよ、私は。
それはさておき。
すみませんが、もしよろしかったらなんですが、その子をお願いできますか?
私はオーナちゃんを家まで送った後、皆を戻さなければならないので。
心苦しい限りなんですが……」
「任された。
おま、じゃなかった、アンタは仕事に専念してくれ。
それが結果として俺らの助けになる……違うか?」
「……そう言ってくれると思いました。
ありがとうございます。この御礼は、いずれ必ず」
「おお。俺は割りとアンタのファンなんでな。楽しみにしてるぜ」
「はい、分かりました。それでは」
そう告げたヴァレットは、オーナを抱えたまま何処かへと飛び去っていった。
その後、結晶化された連中は、オーナとヴァレットが元に戻して事なきを得たらしい。
そして今、任された責任上から久遠の家にリューゲが預けられているというわけだ。
ちなみに他の面子はというと、かなり精神的疲労がかさんだ高崎を直谷が連れて帰り、
皆を助けてた事で疲れ果ててついさっきまで連絡が取れなかった草薙は、話を聞いてこっちに向かっているという状況だった。
しかし偶然だろうが、実際の所ヴァレットが指名した久遠の家は都合が良かった。
この面子の中で、負担が掛からずに女の子一人を預かれるのは、
こういう事態に矢鱈理解がある(多分久遠のせいで)久遠か草薙の家(こっちは家族二人だから)くらい。
そしてあの時草薙はいなかったので、久遠の家というのはまさにベストだった。
久遠には、見た目リューゲと歳が近そうな妹もいるので衣服等の問題もクリアできる。
シャッフェンがいない以上、コレが妥当な所だろう。
ちなみに警察に預けるのは全員一致で却下された。
偏見かもしれないがろくな目に合わせそうにない。
彼女をそうまで庇う理由はそんなにないが……いや、あるか。
少なくともあの時彼女が戦ってくれたお陰で怪我人は少なかったわけだし。
……まぁ、俺的には他に理由があるが。
と、そこまで思考した所で、コンコン、とドアがノックされる。
「お兄ちゃん、草薙さんがいらっしゃったからおとーししたけど?」
「おー。通してくれ」
「……や、皆無事か……?」
「お前な、何肝心な時にいな……だ、大丈夫かよっ!?」
「……どうかしたのか?」
「久遠、わかんねーのか? 草薙の滅茶苦茶疲れて……」
「ははは、大丈夫大丈夫。それより……」
草薙は苦しそうに……たぶん、俺にしか分からないんだろうが……言いながら視線をリューゲに送った。
「彼女が、そうなのか……」
「ああ」
「久遠君、大丈夫かな? なんだったら僕の家で……」
「ヴァレットたんに頼まれたんでな。
俺が預かるさ。余計な心配は要らない。
御人好しのお前の事だから、ソレ言う為にワザワザ来てくれたんだろうけどな。
それより、疲れてるなら早く帰って休め」
「……いいかな?」
「ああ、こっちは大丈夫だ」
「……なら、後お願いするよ。じゃ、お邪魔、しました」
「あ、おいっ! 送るって!!」
俺は慌てて草薙の後を追った。彼女の事も気になるが、今はこっちだ。
「ったく、お前どーせ無茶したんだろ?」
二人して街灯の明かりしかない、薄暗い道を歩いていく。
「そーでも、ないよ」
嘘だ。絶対嘘だ。コイツ、滅茶苦茶無茶してやがるよ。
そもそも正義フリークのコイツが、
こういう町であんな異常事態の数々を看過していたほうが不思議なのだ。
だから手を出せる状況になって無茶し過ぎたんだろう。
「ったく、無茶しやがって。
いくら自分が手出しできる状況になったからってはっちゃけすぎなんだよ」
「僕にしか出来る事は、しないとね。
皆だって、リューゲちゃんを助けたじゃないか」
「……近くだったからな。」
「はは、昔からそうだよね。優しいんだから。女の子には特にね」
何だろうか。今のコイツに感じる、このむず痒さは。
時々コイツの笑顔を見るたびに感じる苛立ちと似ている、この感覚は。
その感覚を掻き消そうと、俺は気になっていた事を話す事にした。
「ところでさ、これ……お前の絵の切れ端じゃないか?」
「……あっ」
俺がカバンから取り出して広げたのは、あの場所で拾った紙切れ。
スケッチブックに描かれた、人物画らしきものの切れ端だった。
らしきものと表現したのは、所々破れていて、絵の全体像が見えなかったからである。
それでもこれが草薙の絵だと分かったのは、ちょくちょく草薙の絵を見る機会があったからだ。
結構上手かった事が印象深く、絵のタッチをなんとなく覚えていたのである。
「なんでこんなものがあそこに落ちてたんだ?」
「……えと、ほら、あの化け物とやり合ってたからさ。
そのドサクサでカバンを引っ掛けて転んじゃって、チャックが開いてたから中身ぶちまけちゃって。
破けてるのは、僕が気に入らない部分をカットして、良い部分だけ見ようとしたなれのはてと言うか。
上手く説明できないけど、まぁ、大体そんなところかな」
「……ふーん」
なんというか、怪しい。
説明過多と言うか、そこまで一気にまくし立てなくてもいいのに、という感じがする。
「で、これ、何を描いてたんだ?」
「あー、その……えと」
「まさか、惚れた男とかじゃあるまいな」
「はい!?」
その発言に動揺したのか、草薙は疲れを忘れたかのような大きさで、男にあるまじき高い声(裏声気味)を上げた。
……まぁ元々声は高い奴なんだけど。
さておき。
草薙はモテる男だ。
毎年バレンタインのチョコもかなり貰っている。
しかし、女の子と付き合う素振りはまるで見られなかった。女の子に興味ないと言わんばかりに。
そのせいというか、そのお陰というか、ホモなんじゃね、という噂がたまに立つ。
本人は全く気にしてないし、直接訊かれた際に「僕はその部分はノーマルだから」と否定・スルーしている事で、悪評が流れたりはないのだが。
その辺りについては、コイツの場合、正義フリークゆえに、そういう部分を見て見ぬ振りをしている可能性が高い。
いわゆるスポーツマン達の「○○(スポーツの名前)が恋人」的なノリなのだろう。
……そう思ってた事もあり、今まで幼馴染とは言え野郎何で興味がなく深くは訊いてなかったのだが。
そんな疑惑の眼差しを向けると、草薙はブンブンブンブンッと全力で首を横に振った。
「いや、その、自画像だよ自画像!
練習のモデルとして鏡を見てずっと描いてるんだけど、灰路君の事だから偏見でナルシストみたいとか言うんじゃないかって思って言い難かっただけだよっ!」
「何気に酷い言い様だな、おい。
まぁ、事実そう言ってたかもしれんが」
「……納得してくれた?」
「……まぁ、そういう事にしておいてやる」
なんというか、色々穴があるというか、突っ込み所がある気がするのだが、まぁいい。
正直今の俺に深く考えている余裕はない。
そうして俺は草薙を送り届けた後、余裕がない理由を解決すべく、再び久遠の家に戻った。
「お、戻ってきたな」
「……」
久遠の妹、久遠高美に再び案内してもらい部屋に行くと、
リューゲが既に目を覚ましていた。
「……? アンタ」
彼女は怪訝そうに俺の顔を見て、あ、と漏らした。
「アンタ、何回かあたしを追い掛け回した……?」
その言葉で改めて事実を確認する。
やっぱり彼女が俺が追い掛けていた女の子だったのだ。
「……覚えてたのか」
「あんだけ必死こいて追いかけてこられたら、そりゃあ印象に残るわよ」
「おいおい、穏やかじゃないな。何の話だ?」
「悪いな、久遠。ちょっと席を外してくれるか?」
「……そりゃあ駄目だ。追い掛け回したって聞いた以上な」
しばし視線が合う。
男同士睨み合うなんてあまりいい気分はしないがしょうがない。
「……ったく。分かったよ。
でも話はするからな。あと他言無用な」
「努力するさ」
「ま、頼むぜ。さてアンタ、俺の事知らないか?」
「あたしを追い掛け回したね。
2度も。1回目はヴァレットが初めて出てきた時で……」
「とりあえずソレは忘れてくれ。
じゃあ、そうだな。
シンプルかつ単刀直入に聞くが、十年前に俺に会った事はあるか?」
「それはないわね」
きっぱりハッキリ否定するリューゲ。
「何でそう言える?」
「あたしはヴァレットの複製体で、生まれて半年前後しか経ってないから」
「……っ!」
その言葉が事実だとすると。
少なくとも彼女は俺が探していた少女ではあるが、十年前の少女じゃあない。
しかし、その事実を別方向から見ると……
「アンタ、あたしに似た誰かを探してるの?」
推理らしきものに埋没していた俺に、リューゲが問い掛ける。
「ん……ああ」
「ふむ」
俺の答を聞いた彼女は、微かに思考した後、口を開いた。
「アンタがあたしに凄く似た誰かを探してる。
アンタはその誰かさんに十年前に会ってて、その誰かさんはこの町に居続けてると仮定する。
そこからクローンとか、世の中のよく似た三人なんて可能性が低い事項を除けば……アンタが探してる女の子の正体そのものは、簡単ね」
「なに……?!」
「ずばり、ヴァレットよ」
「……?!」
俺の頭の中で出掛かっていた結論との一致に、俺は息を呑んだ。
そう。
その可能性は、低くない。
俺の探している少女とリューゲの類似。
そのリューゲがヴァレットの複製だとするのなら。
少なくとも、今の所一般的にありふれた技術では決してないクローン(目の前のリューゲという例外中の例外はあるが)や、よく似た三人の可能性よりは……低くないのだ。
俺がリューゲ(俺が探していた少女)の雰囲気とかつての少女の雰囲気を誤認していた点も、その大元がヴァレットで、ヴァレットが俺の探していた少女なら、説明が付かないでもない。
ヴァレットに感じていた既視感的雰囲気の理由としても、だ。
クローンがそういう部分まで似るものなのかは正直少し自信がないが。
「横から聞いててなんだが、そうとは言い切れないんじゃないか?」
久遠が、うーむ、と唸りつつ呟く。
「そもそもこの町に居続けているって仮定も無理がある気がするしな」
「それは、久遠の言うとおりだが」
「……多分、言い切れるよ。
さっきアンタに会った事がないって言ったけど、微妙に嘘」
「? どういう、ことだ?」
「アタシの頭の中には複製されたヴァレットの記憶の欠片があって、そこに、アンタの顔、あったから。
子供の頃から今までのね」
「じゃあ、お前のオリジナルが『誰』なのか、お前分かるのか……?」
そう言って、少し彼女との距離を詰める。
だがそれは久遠の身体で阻まれた。
「その辺にしとけよ。熱くなり過ぎだ。彼女は疲労困憊なんだぞ?」
「う」
自分の行動について反省する。
そういう正体の知り方は俺自身嫌だと思っていた筈なのに。
(……繋がりが見えなくなって、焦ってるのかもな)
僅かに肩を落とす俺に、久遠は言った。
「事情はよく分からんが、
今のお前はいつもの惚れっぽいが女の扱いはそれなりに心得てるお前じゃない。
一美少女ゲーマーそれはとして許せん」
「……そうだな。悪かったよ」
素直に反省しリューゲに謝罪すると、彼女は肩を竦めて見せた。
「別に。しゃべる位どうってことないし。
退屈しのぎにはなったから」
「そっか……。でも、この侘びは今度する。久遠、後は頼む」
「ああ」
聞ける事は聞いた以上、これ以上ココにいても仕方がない。
早々に立ち去るとしよう。
「あ、そうそう。一つ忠告というか、思った事なんだけど」
部屋を出て行こうとする俺に、彼女は言った。
「見ての通り、私はヴァレットの複製なのに、
微妙にアレより若いよね。性格とかも違うし。
だから、ってわけじゃないけど、
多分今のヴァレットはアンタが考えてるような女の子じゃないと思うわ」
「へ?」
「多分、アンタ、過去のイメージを重視とか美化しすぎて見えるものが見えなくなってるんだと思う。
もしヴァレットを……ヴァレットの正体を探したいんなら、
外見じゃなくて本質的なものの共通点で探すべきだと思う」
ヴァレットの複製だという彼女。だからなのか、その言葉は妙に俺の耳に残った。
それから、一週間が過ぎた。
その間は、大きな事件もなく時間は過ぎていった。
俺達は知らなかった。それが文字通り……久遠なら王道通りと言うだろう……嵐の前の静けさだった事を。
「よう、こないだの侘びの続きに菓子持って来たぞ、食え。
……って、来てたのか草薙」
その日の放課後、俺はこの間の謝罪と経過が気になっていたので久遠の家にやってきていた。
通してもらった先には相変わらずのオタク部屋と久遠とリューゲと草薙がいた。
「……ん。気になってたからね」
言いながら、顔を逸らす。その視線はリューゲに向けられていた。
パジャマ姿の彼女はすっかり健康体らしく、
ベッドの上で足をプラプラさせて草薙の視線を受け止めていた。
「なら、そろそろ帰ったら?
あんまり長居すると良くないんじゃない?」
「……そうだね。ありがとう」
「って、おい。なんで追い出されて礼を言うんだよ。
というか帰る必要が何処にある?」
「それは……いや、まぁ色々だよ。じゃあねリューゲちゃん」
「……ま、あの子に宜しく言っといて」
「うん」
リューゲに頷いて見せた草薙はあっさり部屋を出て行った。
「なんだよ、一体……」
「……ふう。征、貴方胃が痛くならない?」
「んー……俺はどちらかと言うと、楽しんでるからな」
「性格悪いの……………………?!」
二人が訳の分からない会話を交わしていたその時、リューゲの顔が明らかに強張った。
「おい……?」
「どうかしたのか?」
「……来るわ、アイツが」
「アイツって、まさか……?」
「ええ、アンタ達が考えてる通りの奴よ。
この間と同じ場所辺りに現れようとしてるみたいね」
「……っ!」
「おい、そんな顔して何処に行く気だ?」
「あの『怪獣』が現れたんなら、
ヴァレットも其処に来るだろ? だから、行くんだよ」
久遠の疑問に、俺は当たり前に答える。
そんな俺に、リューゲも問い掛けた。
「……どうして?」
「どうしてって……?」
「どうしてヴァレットに会いたいのか。
どうして今更十年前の事が気になるのか。
どうしてそんなことのために命を賭けるのか。以上」
「……」
確かに、改めて聞かれると、おかしい。
あれが初恋だった……多分それは確かだと思う。
あの少女がヴァレットなら会いたいと思うのは当然だ。
でも、わざわざ命を賭けてまで見物に行く必要なんか、何処にもない。
スリリングな事は嫌いじゃないが、今回は度が過ぎている。
前回はたまたま怪我もなく帰ってこれたから楽観しているのかもしれない。
でも。
「……わからねーよ。ただ……」
頭の中に浮かぶのは、ヴァレット。
ヴァレットがもし、今回の事で『いなくなって』しまったら。
万が一にでも、二度と会えなくなってしまったら。
そう思うと、俺は嫌な感覚を覚えた。
もしかしたら、俺は……いや。今は考えまい。
そう、今はただ動くとき。
「行かずにはいられないだけさ」
「……こりゃ、ひでぇ。」
一週間前『怪獣』が暴れまわった場所に、奴は再び現れていた。
そして、そこには一週間前とは全く違う光景があった。
世界が、緑色になっていた。見えるものの殆どが緑色の結晶体になっていた。
分かりやすく言えば、南極とか北極とかをあの『怪獣』の色に染め上げたらこうなりましたって感じ。
逃げようとした人も、応戦しようとしたらしい警官達も皆纏めて氷付けならぬ結晶づけになっていた。
そして、その『怪獣』の周囲を二つの影が飛び回っていた。
言わずと知れた、魔法少女オーナと魔法多少少女ヴァレット。
彼女達は自分達の数十倍以上の敵に再び立ち向かっていた。
しかし、戦果は芳しくないようだ。
前回同様ダメージは与えているようなのだが、それはすぐさま再生する。
どう見ても、同じ事の繰り返しだった。
「あれ……?」
そこで、俺は気付いた。
『怪獣』はとんでもない再生能力を持ってる。
だったら、どんな攻撃も喰らっていいはずだ。
だが、さっきから見ているとある特定の攻撃だけはしっかり回避している。
「……! そうか!」
意を決した俺は、その事を伝えるべく緑色の世界の中心へと駆け込み、ヴァレットに向かって叫んだ。
「ヴァレットっ!!」
「は、灰路君っ!? なんで、こんな所に!! って危なっ!」
「んな事はどうでもいいっ! いいか、なんとか避けながら聞いてくれ!
ソイツどんな攻撃も再生するっぽいけど……
イレイズ・ブレイクだけは避けてるんだよ! あとオーナの白い魔法も!」
「……っ!」
そう、俺が始めて見たヴァレットの決め技。
他の攻撃はボコボコ当たるのに、ヴァレットがあの技に入ったり、オーナが白い魔方陣を広げると奴は明らかに警戒していた。
つまり白い魔法だけは通用する可能性が高い……!
「それが本当なら……ヴァレットさん!」
「ええ。やってみるしかなさそうね。
……ありがとうございます、灰路君っ! 危ないから後は下がって……」
「ば、馬鹿っ! 俺の事なんかいいから前をっ!」
「え?」
それは一瞬の隙だった。
彼女が俺の事を気にした瞬間に、彼女は『怪獣』の腕に叩き落とされた。
グシャ、と鈍い音が辺りに響いた。
「ば、ヴァレットォォォォォォォォッ!?」
俺は一切合財後先考えずに、落とされた彼女の元に走った。
(馬鹿だ、俺は、馬鹿だ!)
気付いた。今更気付いた。
間近で、手が届く距離でこうなってしまって、気付いたんだよ、やっと!!
俺は……魔法多少少女ヴァレットの事が好きなんだ。
惚れてたんだよ、いつのまにか、とっくの昔に。
今まで、昔の思い出と彼女を結び付けようとしてたのは、そうだったら彼女との繋がりが出来ると思ってたからだ。
初恋の思い出は大切だ。その事に変わりはない。
でも、俺は今ヴァレットが好きなんだ。
十年前の思い出よりも。大事で、好きだったのに。
「ヴァレットォッ!」
「は、はい、なんでしょう?」
「って……ピンピンしてるぅぅぅぅっ!?」
結晶の瓦礫の中から、ピョコン、と起き上がったヴァレット。
彼女は何事もなかったかのように、しっかりと自分の足で立ち上がった。
「あ、心配、かけちゃいました?
ごめんなさい……その、変身すると結構頑丈になるんで、その……?」
あーそうですね。
よくよく考えればオーナちゃんはそんなに気にせず戦い続行中ですもんね。
一週間前も結構ボコボコ喰らってたのに元気でしたもんね。
「うううう……いいよ、気にしないでくれ……。アンタが無事ならソレでいいさ」
「……。あ、う。その……」
「ヴァ、ヴァレットさん、手伝って〜」
「あ、ご、ごめんオーナちゃんッ!
灰路君、その、また後でお話しましょうっ!」
「……約束だからな」
「はいっ!」
元気よくそう言って、ヴァレットは再び空へと舞い上がった。
俺はその勇姿を見守るべく、さっきよりも近くではあるが遮蔽物が多い所へと移動した。
「……問題はどうやって、浄化系の魔法を叩き込むかよね……」
「そうだね、怪獣さん、動きは速いし、力も強いし……」
「……なら、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる的連携作戦でいけばいいのよっ……!!」
唐突に何処からか響いた第三者の声。
その声の出所を探そうとした次の瞬間、最早見慣れた杖の雨が『怪獣』に降り注いでいた。
となれば、第三者の正体は火を見るより明らかだ。
「これは……リューゲちゃんっ!」
二人が見上げた先には予想通り、久遠の家にいた筈の魔法少女リューゲ・ヴィオレットが翼を広げていた。
「力を貸してくれるの?」
「貸したいから貸す。今の私には守りたい人が出来たからね」
「えと、シャッフェンさん?」
「……オーナ、冗談はよして。泣かすわよ?」
「なんにしても、ありがと。心強いわ」
「……ふん。褒めても何も出ないからね。
じゃあ、あたしが攻撃するから二人はタイミングを見計らって白い魔法を叩き込んで。
あたしは、あの浄化魔法知らないから」
「うんっ分かった!」
「了解っ!」
二人の返事を確認したリューゲは『怪獣』の周囲を超高速で旋回し始めた。
そして、その状態で魔法を叩き込んでいく。
その攻撃に『怪獣』の意識が向いた、瞬間。
「……エアパレット展開! イレイズ・ブレイク!」
ヴァレットの筆が『怪獣』に向かって真っ直ぐ突き刺さる軌道で突っ込んでいく。
怪獣は見た目よりも遥かに軽やかな動きで、それを回避する。
だが。
「逃がさないよっ!!」
そこにはオーナの白い魔方陣が待ち受けている……!
軌道修正することも適わず『怪獣』は魔方陣に突っ込んだ。
白い光に包まれ、『怪獣』の体が消滅していく……。
「やったっ!」
「……いえ、違うわっ!?」
確かに『怪獣』は消滅した。
そう……魔方陣に触れた『殻』の部分だけ。
魔方陣に触れて消滅したかに見えた次の瞬間、『怪獣』は消え掛けた『殻』の中から大きさこそ多少縮んだものの、全く同じ姿で飛び出してきたのだ。
「えぇぇぇっ!! ずるい〜!!」
「くっ……そういう事か……。
この一週間、動かなかったのは……」
「そうね。
多分、こういう事態に際しての力を蓄えてたのよ」
「あ、でも、効くことは効くよ?、だったらもう一度……」
「ううん、多分何度やっても駄目だよ。
私にしても、オーナちゃんにしても、あの『怪獣』を全部まとめて浄化するには法力の出力が足りないから、同じ方法で逃げられる。
それにあの身体は霧状にもなるから。
そうして逃げている間に私達の体力の方がなくなる。
それだけの『体力』を貯める為に一週間動かなかったのね。
……かと言って、同時だとあの素早さと再生能力があるからまともに当たらない……っ、皆逃げて!」
ヴァレットの叫びが響いた後、彼女達を『怪獣』の尻尾が襲った。
彼女達はそれぞれの最高の機動力で回避しようとするが、
途中何十にも分裂した尻尾は避けきれず、同じの方向に吹き飛ばされ、地面に落ちた。
「ヴァレットっ!?」
さっきみたいにダメージは少ないのかもしれないが、
居ても経っても居られず、俺は彼女達が落ちた辺りに駆け寄った。
「三人とも、大丈夫かよ……!?」
その時だった。辺りを緑の霧が覆う……って、これは結晶化の息っ!?
見上げると『怪獣』が俺達に向けて息を吹きかけていた。どうやら厄介と見てまとめて結晶化するつもりらしい。
……ところが。
「あ、れ?」
何秒経っても、俺の身体は一向に結晶化しなかった。
魔法少女達もまるで変化がない。
「??? どういう、事だ……って、そんな場合じゃないっ!」
『怪獣』は俺達を結晶化出来ないと見るや、口を開いた。
そこに緑色の光が収束していく。
どうやら見た目通りの、攻撃らしい攻撃をしようとしているらしい。
「ちっ!!」
「灰路君、皆、危ないっ!! エアパレット、ライトブルー!」
ヴァレットの生み出した風が俺達を離れた場所へと吹き飛ばした。
だが急いでいたからか、この魔法に彼女に効果は出ないのか、彼女だけがそこに残る。
次の瞬間。
「っ!!!」
チャンスとばかりに『怪獣』の口から吐き出された緑色に光るエネルギー球が逃げ損ねたヴァレットを吹き飛ばす。
かなりのエネルギーが込められていたらしいその攻撃は、
ヴァレットを結晶の壁に叩き付けるばかりでなく、彼女の服を、身体を焦がしていく。
「ヴァ、レ……な、に?」
ダメージを受けたヴァレットの衣服が消え、別のものに変化……いや、戻っていく。
この現象は前にも見た。変身の解除。
リューゲがそうだったように、彼女衣服の色が薄れ、褪せていく。
そして服の形も『戻って』いった。
そして。
彼女の正体が、露になった。
「……どう、いう、ことだよ」
変身が解かれ、気を失い、地面に倒れたヴァレットの姿。
攻撃の影響でなのか着ていた『制服』は所々破れていたが、見覚え判別には十二分だった。
『違和感』が一つある事を除けば、他はいつもどおりだった。
いつもと違うのは、長い髪。
だが、俺には分かった。
嫌になるくらい長い付き合い……いつも本人にそう言う位長い付き合いだったから。
それなのに、何故、今の今まで気付かなかったのか。
男だから、と決め付けて決定的な興味を持っていなかったからなのか。
何処かで見て見ぬ振りでもしていたのか。
「なんで……?!」
そこにあるありえなかった事実が、俺にとって想定外の現実が、理解できなかった。
制服が、見慣れた男子の制服が破れ露になった、男ではありえないものが、
少し破れたさらしから零れ掛けている胸の膨らみが、その事が示す事実が、俺には理解できないでいた。
そんな混乱の中、それでも俺は思ったままに叫んでしまっていた。
叫ばずには、いられなかった。
「草薙っ!? なんで、お前が……? 草薙ぃぃぃっ!!」
わけもわからず、俺はただ叫ぶしか出来なかった……。
……続く。