第9話 たまにはマジの大決戦・前編1
「うーむ、中々面白い事になってるよなぁ」
久遠の奴がそう言ったのは、家電量販店の前、テレビで流れている地域密着型のニュース番組を見たからだ。
その番組には最近の魔法少女達の活躍や攻防の特集が映っていた。
「シャッフェンに従う謎の新魔法少女リューゲたん。
なんかライバルっぽくて王道だな」
「何の王道よ、何の」
「勿論魔法少女モノだ。状況も文脈も空気も読めないのか? ぷ」
「こ、この……」
「よしとけ、清子。お前じゃ征に口で絶対勝てん」
幼馴染トリオの相変わらずの漫才。
そんなやり取りをいつも苦笑して眺めている草薙の顔は……相変わらずではなかった。
「どしたよ。浮かない顔して」
「……ん。なんでもないよ。カラオケで何歌おうかなって考えてただけ」
中間テストが終わった今日、俺達は開放気分を満喫すべく、最も騒がしく、最も人の往来があり、最も遊びポイントがある、平赤羽市の中心部に来ていた。
とりあえずカラオケに行こうってんで、いつもの五人でボヤボヤと歩いていたのだが。
「嘘付け、何か悩んでるんじゃないのか?」
「う。良く分かったね。カラオケの事も考えてはいたんだけどね」
「考えるほどの事かよ。
どうせ特撮とアニソン系と当たり障りの無い新譜しか歌わんくせに」
「うぅ。ソレも良く分かったね」
「まー、お前との付き合いは長いからな。で、なんだよ」
「…………んー、まぁ、色々と。相談できたら、その時にでも」
「ほいほい」
「それより、灰路君こそ何か悩んでるんじゃない?」
「俺が? 何で?」
「いつもならこっちに来たら所構わず女の子に声掛けるじゃない。
というか、最近声かけてるの見た事無いけど」
「おい。その発言だと俺が見境無しの節操無しに聞こえるじゃないかよ」
「違うの?」
話を聞いていたらしく、高崎の奴が言う。
その誤解は心外なんで、やれやれとぼやきつつ俺は答えた。
「違う。俺の心に響く奴にしか俺は声を掛けん。
ソレは節操無しとは違う」
「そうだぞー。艮野の奴は女好きじゃない、惚れっぽいだけだ」
「……やかましい。」
久遠の発言については反論は出来ないので、そう言うに留めて置く。
「というかだ草薙。
お前、俺が声掛け捲ったら怒るじゃないかよ」
「当たり前だよ。男的にも女性の立場からでもそれは許せんと思います」
「……堅物だなぁ、草薙は」
「それでいいのよ、それで。
恋愛ゲームとかナンパとかしまくってる奴より正しいわ」
「なら別にいいんじゃないのか? 女の子に声を掛けないのは」
そう呟く直谷に、草薙はなんとも言えない渋っ面を浮かべた。
「いや、まぁ直谷君の言う通りなんだけど。
いつもどおりがいつもどおりじゃなくなるとそれはそれで違和感がして落ち着かないというかなんというか」
「うーむ。それは分かる気がするな。征が仮にオタクを止めたとして」
「止める止めないのもじゃないんだよ、オタクは」
「仮に止めたとして」
「スルーかよ」
「それはそれで不気味だしな」
「いや、そんなのと同列視されてもな……」
「そんなのとか言うな」
「うん、分かりやすい例えよね」
「やかましい。お前等俺への扱い酷いぞ最近。
というか、アレだ。草薙、そんなん理由は一つだろ?」
「? 久遠君分かるの?」
「明らかじゃないかよ。
コイツ、身の程知らずでヴァレットに惚れてるんだよ」
「ブッ!?」
思う様、草薙が吹いた。
この場合笑いじゃなくて驚きでだな。
コイツ魔法少女って『正義の味方』に憧れてるし。
久遠の奴は久遠の奴で、普段は二次元ビイキの癖に「魔法少女は二次元っぽいから微妙に例外」とか言って、まめに行動チェックしてるし。
ふと、ヴァレットと個人的に会っている事が頭を過ぎる。
……頼むからまかり間違ってもコイツラが俺を刺しに来ませんように。
さておき。
草薙は、キュッと鋭く首を廻し俺を見た後、久遠に問い掛けた。
「マジ?」
「マジだよ。
この間から、ヴァレットのこと調べたりしてるし、行ける時は騒動の場所に顔を出しに行ってるみたいだしな。
だから普通の女の事考えられないんだよ」
ニヤニヤ笑う久遠。
コイツ色んな意味で楽しんでやがるな。
しかし、事情を知らない奴から見れば、そう見えても仕方が無い。
俺的にはヴァレットとあの女の子に繋がりがあるから追い掛けているわけなんだけどな。
まぁ……ヴァレット可愛いし、この間の事もあるし、それだけでもないんじゃないかって、気もしてるけどな。
「……そうなの?」
「マジかはさておき、まぁ気にはなってるな」
今度は俺に問い掛ける草薙に多少曖昧に答えておく。
「……ふ、ふーん。まぁ恋愛は自由だからいいんじゃない?」
なんでドモる? そんなに魔法少女にラブかお前。
「……しかし魔法少女、か」
直谷は、うーん、と唸った後、こんな事を言った。
「不思議と言うかなんと言うか……なんか腑に落ちないと言うか」
「? 何がよ」
「いや、所謂『魔法少女』だけど。なんであの子達は存在してるんだろうな」
『は?』
あまりに唐突な意味不明発言に俺と高崎の言葉が唱和した。
「あー、いや、あの子達を否定したいとかじゃない。
この街のトラブル解決に活躍してるのは十分してるし、俺も応援してる。実は結構ファンだしな。
でも、それはそれとして……トラブルを収める立場としての彼女達の存在が不思議かな、と」
「そんなの、あの子達が善意の人だからでしょ?
だから、自分達と同じように不思議な力を持ってる人が起こすトラブルを放っておけない、みたいな」
「それはそうなんだろうけどな。
でもなんていうか、あの子達はこの街のトラブルを起こす側の奴等とは一線を画してる気がするんだよな」
「それは、あれか? ヴァレット達が使う『白い魔法』の事か?」
久遠が何処か楽しげに、それでいて何処か鋭さを感じさせる声を零す。
直谷は、あー、と言いつつ手鼓を打った。
「そうか、その違いか」
「なんだ気付いてなかったのか? いやある意味そこに気付かずに気付くってのも凄いが」
「どういうことよ?」
「主にヴァレットがシャッフェンにトドメで使う魔法あるだろ?
そう言えば、あれと似た力ってオーナが使っている以外じゃ見た事無いなって。
そうか、そこが違うのか」
「……他の奴等が使えないって確証もないけどな。
ただ、今の所はあの二人以外に、魔法効果を消滅させる白い魔法を使った奴はいない。
その辺りに『魔法少女』の存在理由はあるのかもな」
「おお〜、皆よく見てるなぁー……」
お前もよく見てる一人だろうが、と頭に浮かんだままの言葉で草薙に突っ込もうとした時だった。
なにやら急に辺りが騒がしくなったのは。
「ん? なんか騒がしい、な……?」
「そうねぇ。なにかあったのかし、ら?」
騒ぎの元へと視線を向けた王道カップルコンビが言葉を失う。
その視線の先を同じく見て……俺達も言葉を失った。
『ぐっどあふたぬーん?
破壊と再生の使徒! 赤の狂魔術師・シャッフェン参上っ!!』
「……魔法少女リューゲ・ヴィオレットよ」
『ぬ、やる気がないぞ、お前』
「いいじゃない、言ってるだけ譲歩してるのよ。また撃たれたいの?」
『いや、勘弁してください。それでいいです』
「理解のある上司で助かるわ」
相変わらずのガラクタに基本仁王立ちするシャッフェンと、
第三の魔法少女にしてシャッフェンに従う(?)存在、リューゲ。
彼等は大きめのビルが立ち並ぶ平赤羽市中心部の中心に浮いていた。
今回のガラクタは、なんか巨大過ぎる大木に、ロケットパンチでも放ちそうな無骨な手を生やしている。
その木材ガラクタの枝の一つに立ちながら、シャッフェンは例によって例の如く自身の行動について説明しだした。
『えー、さておきだ。
破壊と再生の使徒であるところ俺だが、最近壊す方に傾いてた気がするので、本日は再生をメイン活動しようと思います。
異議有ろうが無かろうがやります』
「なにやるんだよー?」
「木関係かーっ?」
「というかなんで木なんだ? ラピ○タのラスト?」
『ふむ、いい質問だ野次馬一、二、三。特に三番目は着眼点がいい。
目的にはあんまり関係ないが』
「ないのかよ」
『む、ナイス突込みだ、ヴァレットのファン。
敵ながら天晴れといっておこうか』
思わず突っ込むと、集音装置でも装備しているのか奴は俺の言葉に反応を返した。
というか、ウザイからわざわざこっち見んな。
「灰路君……顔覚えられてるね」
「草薙……そう言うお前は何で顔を隠す?」
「いや、僕も同列視されるのはちょっと」
「自覚はあるんだな、正義フリーク」
『麗しくも醜い友情は向こうでやってくれ。
あ、でも今日の事は見て欲しいんでやっぱりここにいろ。
あー、ともかくだ! 今、地球の緑は非情にデンジャラス!
危険が危なかったりする今日この頃だ』
これ以上危機感が伝わらない環境問題の切り出しは前代未聞じゃなかろうか。
そう突っ込みたかったが、また難癖付けられるのはなんなので、というか関わりたくないので我慢しよう。突っ込み専門としては辛い立場だが。
「残念だ」
「……突っ込み担当かなぁ? 両方じゃない?」
草薙の呟きは言葉にしないで分かる辺り、腐れ縁なのが良く分かるものだった。
『そこで! 今日は緑化運動を行おうと思うっ!』
「おー? 今日はまともじゃないか?」
「いや、ソレで済めばまともなのかもしれないけどな」
久遠の言葉にうんざり顔で答える俺。
ヴァレットを追う過程で奴の事件を散々見ている俺には分かる。
絶対ただで済む筈がねー。
『さしあたってはこのコンクリートジャングルを本当のジャングルに変えてみようっ!
このマシンに積んだリューゲとの合作魔法錬金奇跡倍々緑化種子弾をばら撒けばあら不思議。
コンクリートなんぞ物ともしない、お化け植物が町を席巻するのさっ!
都市機能潰れるけど、地球のためだから仕方ないよね?』
『良いわけあるかあああああああああああああああああっ!』
この場にいる野次馬達(俺達含む)の全力否定が響き渡った。
惚れ惚れするぐらい見事なまでのシンクロニティだ。
双子系アイドルや芸人も真っ青かも知れんな。
さておき、文明にすがってしか生きられない現代人から都市機能奪うのは死活問題だろ、常識的に考えて。
「ふざけるなよ、こら!」
「アニメ見れなくなるじゃねーか!」
『おーおー。これだから重力に縛られた古い地球人は困る』
「……真に古い、昔の地球人なら困らないと思うけどね。
あと現状重力に縛られてるのはあたし達も同じ。それと重力関係ない」
隣に浮かぶリューゲの淡々とした突込み。中々のものだ。
しかし、アイツも何処かで会った様な気が……
もしヴァレットの事が記憶違いだったなら、俺マジで節操無しなのかもと、俺内心ビクビク。
「うわー……私生で見るの初めてだけど、想像以上に馬鹿っぽいのね」
まぁ、そんな俺の思考など知る由もなく、高崎が顔を引きつらせていた。
コイツ、この手の常識がない奴に弱いからなぁ。
ちなみにそのお相手の直谷は特に大きく表情変えてない。
さっきの着眼点といい、割と大物なんだよな、コイツ。
「想像以上も何も、見たままの馬鹿だろ、ありゃ」
「緑化運動の辺りで見直した僕が恥ずかしい……」
んで高崎の天敵である所の二次元全般オタクと、常識はあるんで高崎と話が割りと合う正義関係オタクは各々の呆れ顔を浮かべていた。
ちなみに俺は……って、言うまでもなく呆れてるに決まってるだろ。
そんな感じで、道行く人々の不満が限界一杯になりかけたタイミングで……彼女は登場した。
「また、そんな事言って……駄目だよっ!」
『ぬっ!』
「来たわね」
「魔法少女オーナ、魔法騒動収める為に、皆様のお時間にお邪魔させていただきますっ!」
雲を抜けて、太陽を背にした……といいたいが、あいにく今日は曇り空。
とは言え相変わらずの口上と可愛さで魔法少女オーナが現れた。
『ロリに興味はないっ!
ヴァレットを出せヴァレットを! 今回は彼女用の対策をだな…』
「マスター、すぐ来るわよ。
どうせ二人がかりじゃないとあたしに勝てないんだしね」
「リューゲちゃん、シャッフェンのおじさん……やっぱり今日も止めないの?
止めようよ。私は競うのは嫌いじゃないけど、戦うの、あんまり楽しくないし……。ね?」
「そういう言葉は一人であたしに勝てるようになってから言ったら?」
「力の差は、関係ないよ。
リューゲちゃん、ゲームとかに興味ないの?
色々面白いよ? どうせならそっちで勝負したいな、私」
「……う。ゲームとかには興味があるわね」
『こらああっ! 乗せられてどうするッ!?』
「乗せてない乗せてない。
シャッフェンのおじさんはゲームしないの?」
『ふん、馬鹿を言うなっ!
俺は自慢じゃないが毎週最低一本はゲーム買ってる男だぞッ!』
やってるのかよ。
しかも週一って、マメというか、もしかしてアレ金持ちか? 認めたくねーな。
「あ、そうなんだ。
この間出たKQはクリアした?
私ラストダンジョンで苦戦しちゃって……まだクリアできてないんだけど」
『ふむ。あそこはだな、最弱アイテム系武器と呼ばれる松明を……』
「マスターマスター。あんたが乗せられてる」
『おおおうっ!? な、なんて末恐ろしいロリッ!』
「だから、乗せてないって」
いや、乗せてるよ。
案外天然だな魔法少女オーナ。
『ええいっ! 言葉はココまで! 後は力を持って語るのみッ!』
「んー……ゲーム、したかったな。したい時はいつでも言ってね?」
「……ま、気が向けばね」
そうして、いつもどおりに両者が激突する……と思われたのだが。
その激突は、意外な形で果たされない事となった。
「うわああああああああっ!?」
「な、何だコイツらっ!」
『ん?』
「え?」
見物人達から上がった悲鳴に、空の上の三人の動きが止まる。
かく言う俺も、何事かと叫びの方向に顔を向けると……異常が起こっていた。
まず最初に目に付いた異常。
それは、地面から……隙間などないのに……湧き上がり、立ち上っていく緑色の煙だった。
それは、そこらじゅうから次々と吹き上がり、カタチを取っていく。
そのカタチは、成人男子より一回り小さいトカゲ……を人にしたようなカタチをしていた。
カタチといっても完全に実体というわけでもなく、時折煙に戻ったりしている。
ソイツラは自分達の近くにいた人間を捕まえては、さっきまでの自分達の形だった煙状の息を吐きかけていった。
そして、煙を吐きかけられた人間達は……。
「!? な、なにっ!? なんなのっ?」
「氷付け……?」
悲鳴じみた声を上げる高崎を庇いながらの直谷の言葉は的を得ていた。
そう。煙を吹きかけられた人間は、漫画か何かのように見た目氷付けの状態にされていった。
ただし、その『氷』の色は緑。
オーナが使う緑色の蔓や、いま浮いてるシャッフェンのガラクタのような緑ではなく、なんというか…毒々しい緑色だった。
「……結晶化……? まさか……!」
その様子を見た草薙は、驚きの声を上げた。
言葉から察するに、如何にも知っていると言わんばかりだが……
「草薙? 知ってるのか、コレ?!」
「……家の、言い伝えにある奴だ。
詳しい説明は後でいくらでもするから今は……。
皆、逃げるんだ! 出来る限り遠くにっ!」
俺達に、というより辺りにいる人達全員に向けて、草薙は叫んだ。
「おじさんっ!?」
頭上では、オーナがシャッフェンを問い詰めている。しかし。
『俺は知らんぞ、あんなの。作った覚えも無ければ見た覚えも無い』
不愉快そうに呟くマイク音声が辺りに響く。
そんなシャッフェンの言葉に続いてリューゲもまた不機嫌そうな声を洩らした。
「ええ、断言するわ。マスターはあんなのは作らない。悪趣味すぎるもの」
「そう、だよね……え? フォッグ……? あれが! ……こうしてられない!」
シャッフェン達の言葉を信用したらしいオーナは何かと話し合うような言葉の後、翼をはためかせ地面に向けてステッキを構えた。
「大気の流れ、力を貸して!」
彼女の呪文の後、地面に水色で構成された大きな魔方陣が浮かび上がり、突風が巻き起こり吹き上がる。
次の瞬間、緑色の化け物だけが風に吹き飛ばされ、煙状に分解されていく……。
しかし。
「……!」
煙状になった化け物達はすぐさま寄り集まりあい、
さっきよりも強そうな形状を取っていく。
「……皆っ! 今の内に逃げて!!
固まっちゃった人達は生きてるから!
私がちゃんと戻すから!」
その様子を目の当たりにしたオーナの叫びに、どうやらただ事じゃないらしいと皆判断したようだ。
野次馬達はさっきまでの観戦ムードをほっぽりだして、即座に動き出した。
しかし……なんというか、意外なほどに混乱がない。
いや混乱はあるが逃げる事に慣れているというか……。
自分達が逃げるルートを考える脇でそんな事を思考していると、植物の蔓のようなものが化け物達をペシッペシッと追い立てていくのが見えた。
『ふん、俺の邪魔をするなら、敵だ!
リューゲ、行くぞっ!
今回はロリは標的から外せ! ロリは奴等の後だっ!!』
「はいはい。仰せの通りに……っっと」
あーなるほど。アイツの騒動で逃げるのには慣れてるんだ。
思えば最初は奴だって未知の存在で、当時は当然結構パニクってたらしいからな。
ともあれ、連携ではないものの、オーナ、シャッフェン、リューゲの力により、大きな怪我人を出す事無く皆逃げていく。
「よし、大分道も空いたし、俺達も逃げるぞっ!」
「ぉーぃ、……お前達だけだぞー逃げてないのぉー!」
「って、おいっ!」
遠い声の呼び掛けに気付けば、草薙と俺以外の三人は結構離れている。
「ほら、早く逃げようよ」
どうやら草薙は律儀に俺を待っていたらしい。
「……ああ、待たせて悪いな」
「いいから、早く……」
「しかし、それにしても、ヴァレット来ないよな」
「それは……。
っ!……灰路君、しゃがんでっ!」
「ん? って、おおおおっ!?」
振り向けば、いつの間にか近付いていた化け物が俺に向かって煙を吐く寸前のモーション……見物してたんで分かる……に入っていた。
草薙に言われたがまましゃがむと、頭上を草薙の蹴りが通過した。
化け物の顔面に蹴りをかました草薙は音も無く移動し、よろめいた化け物に得意のワンツーを叩き込んだ。
で、吹っ飛んだ化け物は、オーナの風で分解される。
「うわ、相変わらず反則的なワンツーだな」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、言ってないで、早く逃げて」
「お前は?!」
「……………僕は、皆を逃がす」
「はぁっ!? おいおい、お前は確かに腕っ節あるし、正義マニーだけどさ、
今更そんな事しても……いつもどおりヴァレットとかに任せておけばいいだろ?
俺達は、邪魔になる」
誰か任せは嫌な考えだが、こういう専門家達が必要な場所にアマチュアがいたって……って。
「そっか、お前こういうの慣れてんだっけ」
少し前のヴァレットを巻き込んだ『幽霊騒動』では力を借りれなかったが、コイツはその手の事に手馴れている。
お節介で厄介事にすぐ首を突っ込みたがるから単純な荒事にも慣れてるしな。
「……そういうこと。だから、僕は行くっ! 灰路君は逃げてっ!!」
「いやだからって……おいっ!!」
俺の制止も聞かず、草薙は化け物が多くいる方へと駆け出した。
俺も追いかけようとするが……。
「うおっ!?」
唐突な風が俺を薙ぎ払う。
少し宙に浮いた後、暫くゴロゴロと地面を転がされた俺は。
「おう、中々愉快な合流だな」
「うるさい」
何か上手い事久遠達の辺りに到着した。体中痛いけどな。
化け物の発生&再生から大分離れてるし、少し見物できるかも……。
などと考える辺り俺は腐ってる気がする。
まぁオーナの言葉通りなら皆生きてるからいいと思うけどな。
って、そういうのが不謹慎なのか。
「草薙、行ったみたいだな。いいのか?」
震えっぱなしの高崎……無理も無いだろ、この常識外れの状況だと……の手をしっかり握っている直谷の言葉に、俺はお手上げのポーズを取った。
「良くないが、しょうがねーだろ……」
眼を凝らすと、草薙の奴があっち行ったりこっち行ったりしてるのがかろうじて見える。
その姿は徐々に離れていく。
どんどん背中は遠ざかっていくが、化け物を薙ぎ倒しては周囲の人を逃がす勇ましさには不安感を感じなかった。
「勝手知ったるなんとやらなのかね……っと、お」
と、そうして草薙の姿を見失いかけた頃、地面に疾風のような黒い影の移動が映った。
どうやら、彼女の到着のようだ。
「情熱の赤と冷静の青。二つを持ちて、正義をなす為の紫と成る!
魔法多少少女・ヴァレット!
市内平和と正義探求の為に、ただいま参上っ! はぁっ!」
今回の彼女は遅れた分を取り戻す為か、名乗りの途中から攻撃に入っていた。
いつもとは違い、赤く染まった毛先を先端にした筆に乗って、化け物を次々燃やし消していく。
ヴァレットの参戦により、戦況は再生より化け物の崩壊の方が早まっていた。
そのお陰か、もう殆どの人間が逃げ終わり、ヴァレットが来てからも辺りを動いていた草薙も既にいなくなっている。
しかし、いくらやっても化け物は再生していった。
キリがない、という言葉がこれ以上ないほどに当て嵌まる状況だ。
「こうなったら……っ! ヴァレットさんっ!」
「……分かったわ!」
何かを思いついたらしいオーナは、杖を構え叫んだ。
「新緑の枝。その息吹をここに。力を貸して!」
オーナが多用する緑色に光る蔓が化け物達を一匹一匹に巻きついては引っ張り上げ、空中でひとまとめにする。
「エアパレット・カラーレッド……! オールバーニング!!」
団子状になった其処を目掛けてヴァレットの赤い筆先が叩き込まれ、化け物の塊が炎に包まれていった。
まさに一網打尽だ。
「やったか……?」
炎に包まれ、豪快に燃えていく化け物達を見て呟く。
「あ、馬鹿。余計な事言いやがって」
すると久遠がやっちまったよ、この馬鹿と言わんばかりの顔で溜息を付いた。
「? 何のことだよ」
「分かんないのか?」
久遠の言葉の後。
炎の塊から四肢が飛び出した。
それも、今までの化け物とは比較にならない凄まじく大きな。
「!」
「えっ!?」
『む?』
「ちっ!」
力を持つ者達がそれぞれの表情を浮かべる中、ハリウッド映画の爆発のような爆音が響いた。
「う、わっ」
「く」
かなり離れていたにもかかわらず、俺達は熱さに顔を歪めた。
熱気が多少散った後、眼を見開く。
『…………何アレ』
完璧に俺達……魔法少女、俺達、その他見物人達の声が唱和した。
あまりに非現実的な光景に、そう言わざるを得なかった。
ココ最近非現実には慣れたつもりだったが、そうでもなかったのかもしれない。
スクランブル交差点のど真ん中に立つ、緑色の結晶の固まり……巨大怪獣としか言い様の無い存在は、俺に、俺達にそう思わせるに十分だった。
「ほら、言ったろうが」
「何が」
「やったか、って言葉、やってないときの王道文句なんだぜ」
「威張って言う事かっ!」
俺は状況も忘れて、というか忘れたくて久遠の頭に突っ込みの拳を入れた。
「ど、どうしよう、ヴァレットさん……?」
シャッフェンがいつも乗るガラクタの数倍近くある、全長数十メートル規模の『怪獣』に、流石のオーナも面食らっている様子だ。
彼女は距離を取りながらヴァレットに呼び掛けているが……。
「…………アイツが……なるほど……あれなら………でも」
ヴァレットは『怪獣』の顔の高さに停止した筆に乗り、オーナ同様適度に距離を取りながら『怪獣』に意識を向けていた。
オーナの声にも気付いていない様子だ。
「ヴァレット、さん?」
「…………あ、ごめんね。どうするかって言われたら……倒すしかないね。
アレには、説得とかは通じない。
フォッグちゃんから聞いてるでしょ?
アレは……世界を滅ぼすものだから」
「……うん、そうだね。分かった。じゃあ……」
『ふはははっ! よくも邪魔してくれやがったなっ! とりあえず死んじゃえいっ!!!!』
「は?」い?」
シャッフェンの大音声の直後、奴のガラクタが『怪獣』に拳を叩き付けていた。
その一撃は自身の倍以上ある、『怪獣』の胸部にジャストミート、結晶で出来た如何にも硬そうな皮膚に思いっきり皹を入れていた。
「わああっ! おじさんすごいっ!」
「シャッフェンさんっ!」
『ふっふっふ、感じるっ感じるぞっ。ヴァレットの熱い視線を!
このために俺はここにいるのやも、いや、生まれてきたのやもしれんっ!』
いや、流石にソレは言い過ぎだろ。
しかし、そう思い込んでいるのか、シャッフェンのテンションはマックス状態らしい。
無駄に高いテンションのままガラクタを操って、無骨な両腕で殴る殴る。そしてその度に破損は広がっていく。
『はははのはーっ! そろそろ止めを刺してやろうっ!
対魔法多少少女用秘密兵器を効果反転・イレイズ……』
シャッフェンの口上はそこまでだった。
今まで沈黙を守っていた……冷静に見れば、反応らしい反応さえしていなかった『怪獣』が動き出したのだ。
『怪獣』は、全体の爬虫類っぽいフォルムとは裏腹な大きさと太さの右腕でシャッフェンのガラクタをあっさり捕まえてしまった。
圧倒的な力の差があるのか、如何にジタバタしても脱出できない様子だった。
『き、貴様離さんか!
俺はヴァレットの前で活躍する使命が……って、何そのフォーム。
え、っとその……マジ?!
NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!?』
「マ、マスター!?」
『怪獣』はガラクタをしっかとホールドすると、何処ぞの魔球のような構えを取って……ガラクタを天空の彼方へと投げ捨てた。
そう。
シャッフェンはキランッと輝き、星になったのだ……。
「って! マジかよ、おいっ!!」
「……あ、ありえないわ……」
常識人である所の俺や高崎は思わず顔を引きつらせていた。
はっきりいって滅茶苦茶すぎる。
「お、おじさんっ!?……!!」
「シャッフェンさん…っ! く……っ!!!」
シャッフェンの退場により、弾かれたようにヴァレットとオーナが『怪獣』へと向かう。
しかし、二人よりも速く動いた存在がいた。
そう、彼の部下(?)である、魔法少女リューゲ……!
「よくもマスターを、なんて言っても正直ちっとも死んでる気とかしないし、
むしろピンピンしてそうな気がするんで説得力は欠片も無いけど、よくもマスターを」
よくも二回言ったよ。しかも棒読み臭い。
だが、動きは速かった。
彼女はあっという間に『怪獣』の背後に回り、自身の姿を変貌させた。
ヴァレット達との戦いで幾度か見せた、ネットでは『重装甲モード』と呼ばれる形態に。
「……とりあえず、消えなさいなっ……!」
『複製』した剣と杖、鋼鉄の翼から放たれた風が、雨霰とばかりに怪獣に降り注いだ。
「エアパレット・レッド。概念『銃』増幅……フレア・シュート!」
続けてヴァレットの魔法らしいものをライフル銃らしきもので撃ち出す。
その『弾丸』は凄まじい速さで『怪獣』との距離を縮め、シャッフェンが散々殴って罅割れた胸を撃ち貫いた。
「……エアパレット、レッド! オール・バーニング!」
「空を駆け抜ける速きヒト、力を貸して!」
さらにヴァレットの炎の筆、怪獣の上空に展開された魔方陣から降り注ぐオーナの雷が『怪獣』に叩き込まれていった。
「っぷ」
「ごほっごほっ、すごいな、こりゃ」
それらの威力の余波でなのか、巻き上がった煙に咳き込む俺達。
はっきり言って、こんだけ派手な攻撃の連弾は、今までヴァレット達の戦闘を結構見てきた俺も初めて……というか、こんなに威力のある魔法を使うことすら余り見た事が無かった。
その鬼気迫る様子に、なんというか、三人の本気が感じ取れる。
それだけに、俺は今度こそ決まったと思った。
だが。
「これで……ぐっ、あああああああああっ!!??」
「リューゲちゃんっ!?」
もうもうと立ち込める煙の中から、結晶で出来た尻尾が飛び出す。
余りの速度に三人ともが反応出来ず、あっさりとリューゲが捕えられる。
煙から姿を現した『怪獣』は、無傷ではなかった。
むしろ結晶で構成された身体が眼に見えて分かるほど罅割れ、ボロボロだった。
しかし、そのボロボロの体はまるでビデオの巻き戻しのように再生を始めていた。
「くっ……リューゲちゃんを離しなさっ…きゃあああああああああああああっ?!」
「リューゲちゃん、ヴァレッ……わああっあああああああっ!?」
それに構う様子もなく即座にリューゲを救おうとした二人だったが、その意志は罅割れた『怪獣』の胸部から撃ち出された結晶の塊の散弾で吹き散らされた。
弾き飛ばされた二人は、近くの……とは言っても、俺達のいる場所からは離れている……百貨店ビルに叩きつけられてしまう。
その際の衝突の重さは幽かな地面の揺れで窺い知れた。
「ヴァレットっ!?」
「馬鹿、無駄だっ!」
思わず飛び出す俺を、久遠達三人が揃って羽交い絞めにする。
「あそこまでどんだけの距離があると思ってんだっ!」
「そ、そうよ、途中で氷付けになるのがオチよ……!」
「くっそ……っ!」
そんなやりとりを俺達が交わす間にも、戦いは続いていた。
「あああうううううっ?! 種子の、力が……!」
尻尾に囚われたリューゲから『怪獣』へと赤紫色の光が流れていく。
俺は直感した。
あれはリューゲの持つ力を吸い取って、食べているんだと。
その証明のように、リューゲの『重装甲』は解除され、
通常のものに戻り、さらにどんどん彼女の服や髪の色が褪せて行く……!!
だが、次の瞬間、その流れは停止した。
一陣の風が吹いた後、リューゲを捕らえていた尻尾が、半ばから綺麗に両断されたからだ。
だが、リューゲは意識を失っているのか、尻尾に絡まれたまま軽い地響きを立てて地面に落ちた。
「リューゲたん……っ!」
「って、俺の時は止めた癖にお前は行くのかよっ!」
「同時に走ってるお前が言うなよっ!」
「征もねっ! もう、アンタ達はぁぁっ!!」
安全な所から見ているだけのはずだった俺達は殆ど同時に飛び出していた。
ぶっちゃけリューゲと俺達は何の関係もない。
だが、理屈云々知ったこっちゃなく、放っておけなかった。
目の前で人が死にそうになってるのに見殺しに出来るほど神経太くないし、強くもないし、弱くもない。
俺達は、そういう人間だった、
ヴァレット達の時は手が届かなかったから傍観だったが、届く時ぐらいなら届かせるっ!
一方、『怪獣』は、自身の食事を邪魔したものへと顔を向けた。
放ったのは、砕けた百貨店の壁際に立つオーナ。
彼女は魔方陣から次々に風の刃を撃ち出していく。
それは『怪獣』を確かに切り刻んでいった。
そして、同時にリューゲを助けようとする俺達を助ける為の攻撃だった。
そのお陰で、俺達はあっさりリューゲの落下地点に到達出来た。
近くで見ると尻尾のでかさやらに驚かされるが、驚いてばかりもいられない。
「よっし、今の内だ。いっせーので尻尾をどかすぞ!」
『せーのっ』
いつもなら車が走っている道路の上で、彼女に絡まっていた尻尾の一部をどうにかこうにか引き剥がす。
「う……」
「ふぅ…死んだりはしてないしな。息もしっかり……?」
幽かに身じろぎして、仰向けになった少女の姿を見て、俺は驚いた。というか、眼を疑った。
リューゲと言われている魔法少女。
彼女は、力を吸われ過ぎた為か、姿が完全に変わっていた。
多分……変身が解除されているのだろう。
その、変身が解かれた姿は……
俺が探していた、俺がヴァレットの正体と目していた、少女そのものだった。
「な、なんで……?」
何が何だか、分からない。じゃあ、ヴァレットは……『誰』なんだ?
俺の勘や感覚はそもそもにして全くの見当外れだったって言うのか……?
「おい、何を呆けてんだ! 行くぞっ!」
彼女を助けた以上、ここにいる理由は無いと言わんばかりに久遠の奴は女の子を……リューゲを抱えてダッシュした。
ついで高崎、直谷が、最後にどうにか気を取り戻した俺がその後に続いた。
「これで、どうっ!?」
風の攻撃で生まれた隙を突いて『怪獣』に再接近していたオーナがステッキを振った。
そこから生まれたのは彼女が多用する、緑色の蔓。
蔓は『怪獣』体中を伝い、リューゲにしていた事のお返しとばかりに動きを封じる。
「エアパレット・ホワイト!!」
朗々とした叫びに、俺は顔を上げた。
いつのまにか復活していたのか、ヴァレットは『怪獣』の頭上で白い光を放つ筆を構えていた。
そして、何の躊躇いも感じさせない動きで一撃を振り下ろす。
「……イレイズ・ブレイク!」
ヴァレットの一筆撃が化け物を走……らなかった。
「なっ!?」
一撃が当たる瞬間、『怪獣』は蔓をあっさりと引きちぎり、
その巨体からは想像できない速さでヴァレットの攻撃を回避、緑色の霧に変化し、消えていった。
「……法力の波が、消えた……?」
「……いなく、なったの……?」
どうやら『怪獣』は一時撤退したらしい。
そうして『怪獣』が消えた後残ったのは、結晶化された人や町、呆然と空に浮かぶ魔法少女達と、僅かに残っていた野次馬達だった。
そして、誰もがそこに残った後味の悪さをぬぐえないでいた……。
……続く。