第6話 『魔法少女オーナ〜ホントの気持ち〜』・後編










「魔法少女オーナ、魔法騒動収める為に、皆様のお時間にお邪魔させていただきますっ!」
「情熱の赤と冷静の青。
 二つを持ちて、正義をなす為の紫と成る!
 魔法多少少女・ヴァレット! 
 市内平和と正義探求の為に、隣町からただいま参上っ!」

 澄み渡った空の上……というか、空の中かも。
 ともかく、私・宮古守櫻奈こと魔法少女オーナは、魔法多少少女たるヴァレットさんと二人していつもの口上を言い放った。
 最初の頃は自己紹介のつもりでやってたんだけど、今はもう慣れてきたせいか言わない方が気持ち悪いんだよねー
 
『おおおおおっ!』
「待ってました〜!」
「今日は最初から二人とは……いいもの見れたぜ」
「同時変身も見せてくれればなおよしだけどな」

 地上には、いつものように見物人の人達やオタクの人達。
 皆、私達の登場・口上に声を上げて手を振ってくれる。

「ははは……」

 その凄い熱気には中々慣れない私は圧され思わず苦笑い。
 もちろん、応援してもらってるのは嬉しいから手は振り返してるけど……って、あのヒトは。

「あ、ヴァレットさんのお友達も来てるよ。
 艮野灰路さんだったっけ」
「……ぬぬ」

 私と同じく小さく手を振っていたヴァレットさんもその人に気付いたらしく、微かに顔を赤らめる。  

『二人とも、気を抜かないように』
『リラックスはほどほどにね』

 っとと、そんな場合じゃなかったっけ。
 何処か近くで見物しているクラウド君とフォッグの言葉で気付かされた私達は気を取り直して、目の前の人に向き直った。
 そう……紅の狂魔術師、マッドマジシャンことシャッフェンのおじさんに。

『ご機嫌麗しゅう、愛しのヴァレット。
 そして元気だったかロリ少女』

 おじさんはいつもの……毎回カタチは違うけど……大きな機械に乗っていない。
 背中に装備した、赤い翼が付いたロケットでプカプカ浮いている。

 というか、おじさんしかいない。
 さっきのもう一つの気配の誰か……多分、新しい魔法少女さん……がいないのは気になるなぁ。

 でも、それはそれとして。

「もー……いい加減名前で呼んでほしいなぁ……」

 とりあえず、いつもの文句だけは言っとかないとね。

「でも、おじさんも元気そうだね。
 ヴァレットさんにボコボコにされまくってるのに」
「うう、ボコボコって、私そんなイメージなのかなぁ……」
『ふっ、愛しのヴァレットなら倒されても悪くない。
 いや勿論常に勝つ気満々全力全壊フルパワーなんですけどね?』
「……はぅぁ……」

 おじさんの言葉に、ヴァレットさんは少し顔を赤くしながら苦い顔で溜息を吐いた。
 うーん、こういう人に好かれると大変なんだなぁ。

 それでも、ヴァレットさんはその顔を少しだけ緩めて、どちらかと言えば優しい口調で言った。

「……で、今日は何なんですか? 
 大きなロボットも持ってきてないみたいですし」
『いや、なに。
 今日は時が満ちた事だし、俺の新しい仲間を紹介しようと思ってな』
「新しい、」
「仲間? 
 ……!! オーナちゃんバックして!」
「うんっ!」

 突然上空に感じた大きな法力の接近を回避すべく、私達は翼と筆に満ちた法力を動かす。

 次の瞬間。
 さっきまで私達がいた場所……其処に、一人の女の子が現れていた。

 紫……というより、赤紫色かな。
 そんな色の髪はポニーテールとして整えられてた。
 背格好からして、私より少しだけ年上かな。
 顔を見れば歳はもっと分かるかもしれないけど、女の子の顔はヴァレットさんのモノに良く似た赤紫色のバイザーで覆われてよく見えない。
 着ている服はヴァレットさんと私を混ぜたような感じだね。
 背中には私とは違うカタチの翼……私が鳥の羽っぽい(ヴァレットさんは天使みたいと言ってくれたけど)のに対し、その女の子は蝙蝠っぽい……を生やしていた。

「……魔法少女、リューゲ・ヴィオレット」

 ポツリ、と呟く女の子。

 なんでだろう? 
 この法力パターン、ヴァレットさんに凄く似てる気がする。
 でも、まぁ、とりあえず。

「はじめまして。私オーナ。
 リューゲちゃんって呼んでいいかな?」

 こうして向き合うのは、はじめまして、なので挨拶挨拶。

「知ってる。呼び方は好きにすれば?」

 何処か投げやりな調子でリューゲ……ちゃんは言った。

「知ってると思うけど、私はヴァレット。
 私もリューゲちゃんって呼んでいいかしら?」
「構わないけど。
 アンタ達二人ともわざわざご丁寧よね」
「それに応えてくれるリューゲちゃんも丁寧だよ」
「……そう?」
『そうそう』
「……ぽ」
『こらあああっ! 
 何をのんびり和んでるんだお前はっ!?』
「あ、そうだったわね。すっかり忘れてた。
 あたし、貴方達の敵だったわ」
「あなた……本当にシャッフェンのおじさんの仲間なの?」

 何だか簡単には信じられなくて尋ねてみる。
 するとリューゲちゃんは少し嫌そうな顔でこう言った。

「仲間というと、微妙に嫌なんだけど。
 一応私を拾ってくれたし、日常生活世話してくれるし、だから少しだけ手伝いかな」
『おい、その言い方だと俺が無理矢理貴様を従わせてるみたいじゃないか』
「そんなわけで今後貴女達と敵対する事になるから、とりあえず、邪魔をするなら容赦はしない」
『ってなんで答えない? 聞いてるか人の話』
「怪我をしたくなかったら、今のうちに引き下がりなさいな」
『おおおおおおおおいっ!』

 シャッフェンのおじさんの話なんか全く持って聞いてない(ムシしてる)リューゲちゃんは静かに持っていた杖を構える。
 私達に、向けて。

「ねぇ、リューゲちゃん……私達、戦う理由なんてないよね。
 今日は特にシャッフェンのおじさんも何か目的があるわけじゃないみたいだし……」
「今日はそうでも、いつかは戦うわ。
 なら、今のうちに白星を一つ付けておく。
 あたしが勝ちやすくなる為に苦手意識を植え付ける。
 あたしが生きられる場所で、生きていく為にね」
「リューゲちゃ……」

 私の言葉は、高い衝突音で消えた。
 リューゲちゃんの杖と、ヴァレットさんが乗ったまま繰り出した筆の激突の音で。

「オーナちゃん、ごめんね……!」
「ヴァレットさん……?」
「私も、この子と仲良くしたいと思ってる……その気持ちに嘘はない……でも!」

 サーフィンとかスケートボードを自在に乗りこなす人みたいに、
 ヴァレットさんは筆を操り、リューゲちゃんを弾き飛ばした。

「……っ」
「多分、今は無理だよ。
 この子の眼が、そう言ってる」
「流石によく分かってるね。オリジナルは」
「オリジナル……?」
「もしあたしに勝てたら教えてあげる。
 無理だと思うけどね」

 投げやりなようで何処か鋭さを持った言葉のまま、リューゲちゃんは魔法少女、というより魔法使いが使うような杖でヴァレットさんに殴りかかる。
 それをヴァレットさんがさっきと同じに筆で弾き飛ばしたのをキッカケに、そのまま二人は大空をジュウオウムジンに駆け回る戦いに移っていく。

「はぁっ!」
「……っ!!」 

 それはまるで星がチカチカ瞬くような、流星が二つぶつかり合うような、そんな戦い。  

 翼をはためかせ、接近戦を挑むリューゲちゃん。
 ソレに対し、ヴァレットさんは筆の足捌きで懸命に応戦してるけど……。 

「……!? 
 速い……それに、この動き……?!」
「あたしには分かるよ。
 今のアンタは、全力を出し切れてない。
 理由とかまで分からないけど、分かる。
 アンタがあたしの気持ちを察したみたいにね……っ!」

 攻撃に魔法を使わない二人の戦い。
 二人ともびっくりするぐらい速いけど、不利なのはヴァレットさんだった。

 ヴァレットさんは筆を使わないと高速飛行が出来ない。
 高速飛行の限界そのものは私よりずっと速いんだけど、それは筆があっての事。

 ヴァレットさんは筆無しでも浮いたりそれなりの速さで飛べる。
 でも、それだと今相手しているリューゲちゃんの相手は……多分、難しい。

 だから乗ったままの筆で相手するしかないんだけど……。

「うわぁっ……速ぇぇっ!」
「漫画みたいな激突だよな、マジで」

 見物してる人達の言葉が耳に入る。
 実際、二人の激突はまるで漫画とかアニメの空中戦。
 大空をリングにして、瞬きも出来ずに見て続けちゃうようなぶつかり合いを繰り返してる姿は、言葉にならない。
 でも、最初は同じ位みたいに見えたバランスは確かにリューゲちゃんの方に傾き始めていた。

 理由は、簡単。
 筆だけのヴァレットさんに対し、リューゲちゃんは両手両足を自由自在に使える。
 最初は凄い足捌きでどうにか防いでいたけど、徐々にリューゲちゃんがヴァレットさんの動きに慣れ始めてた。

「く、うっ!」

 激突の反動でクルクル廻りながら弾き飛ばされたヴァレットさんは、回転しながらも拳をグッと握り、銃を構えるような……腰だめって言うんだったかな……そういうカタチに構えた。
 でも、すぐに何かに気付いたように拳を解いて、また筆で立ち向かっていく。

 だけど、やっぱり筆だけじゃ両手足を十二分に使いこなすリューゲちゃん相手にはキツいみたいで。 
 ついにはリューゲちゃんの杖の一撃が肌とか服とかに擦るほどになっていく。

『おーいっ! ヴァレットに傷はあんまりつけないでくれよーっ!』
「知らないわ、そんな事」

 おじさんに淡白に応えたリューゲちゃんはさらに攻撃の速度を上げていく。
 そしてヴァレットさんは完全に防戦一方になっていく。

「……っ!!」

 私は、何をしているんだろう。
 見ていることしか、出来ないの?

 ううん、違う。
 出来る事は、きっとある。……でも何もしてない。

 私は……………怖いんだ。
 リューゲちゃんを、自分の手で傷つけるのが怖いんだ。

 シャッフェンのおじさんは、弱いけど、凄く『強くて』傷つける心配が無かったから。
 私が今まで向き合ってきた『種子』はある意味で人と直接向き合うものじゃなかったから。

 私は、私と歳が近い女の子が目の前にいて、その子が『敵』になった事で、改めて気付いた。
 『傷つける』事を、私は怖いと思ってる。
 そう、私が傷つけた、あの子にみたいに。

 でも、その代わりにヴァレットさんが傷ついてる。
 私を傷つけさせないために、傷ついてる。
 友達だって……歳が離れてて、分からない事ばかりで迷惑だって掛ける事が多い私を、友達だって笑って言ってくれたヴァレットさんが。

「嫌だよ……!」

 でも、その為にリューゲちゃんを傷つけるの……?
 
『オーナ』

 その時、私の頭にフォッグの声が聞こえてきた。

『忘れたの? 
 初めて出会ったあの時、私を助けてくれたじゃない。
 あの時の気持ちでいいのよ? 
 あの時と同じでいいんだよ?』
「……!」

 他ならない、フォッグに言われて……思い出した。
 例え自分の手で壊す事になったとしても、放ってなんかおけなかった気持ちを。

 そして、少し昔……助けたつもりで傷つけてた友達に言ってもらった言葉を。

『櫻奈は、私を助けたいって、思ってくれたんだよね。
 私は……その気持ちが嬉しかったから』

 そう言って、あの子が私を許してくれた事を、私は思い出していた。 

 あの頃の私がやってしまった事を、私は凄く後悔してる。
 でも……それでも、私は『助けたい』気持ちだけは亡くしたくない。
 
 困ってる誰かを見ると、胸が痛いから。
 困ってる誰かの力になりたいと思うから。

 助けようとして、失敗する事もあると思う。
 助けようとして、もっと傷つけてしまう事もあると思う。

 でも……やっぱり、困ってる誰かを放っておく事なんか、私には出来ない。 

 それが正しいとか間違ってるとか分からないけど。

 私は『涙』より、『笑顔』が好きで。
 ソレは、嘘が入りっこないホントの気持ちだから。

 そして、それは……今も、変わらない。変わってなんかない。

「……ありがとう、フォッグ!」
『いえいえ、どういたしまして』

 気付いた以上、ガマンしない……ううん、躊躇ったりはしない。

 どうすれば一番『良い』結果になるのかは分からないけど。
 今は戦いを『止める』のが先、だよね。

「……いくよ、リューゲちゃんっ!」

 顔を上げた私は、手にしたステッキを空に掲げた。 

「えと、こういう時は……あんまり使ったこと無いけど、これで……っ」

 頭の中に、魔法のカタチが浮かび上がる。
 あの速さの戦いに、今の私はいきなり入っていけないけど……コレを使えばっ!

「フン……何をするか知らないけど、とりあえずコレで一人……!」

 リューゲちゃんがヴァレットさんに一直線に向かっていく。
 それは無駄が無くて、一番速くヴァレットさんに届く道。

 だけど、それは私にだって分かる……予想できる一本道。

「お願い……眼に見えない流れよ、緩やかにっ!
 いっけぇーっ!」
「!?」

 流星のように翔るリューゲちゃんの目の前に、私が広げた黄色の星……五紡星って言う形の魔方陣が広がった。

「こんなのっ!」

 それをリューゲちゃんは、杖で簡単に切り裂いてヴァレットさんに迫る……けど。

「……何? 身体、が」

 私が広げたのは、少しの間だけ魔方陣に触れた人の時間の流れを遅らせる魔法。
 時間は凄く操りにくいから、本当にほんの少しの間だけだけど……。

「それで、十分っ! ありがとうっ!」
「!」

 その遅れをヴァレットさんはしっかり拾ってくれた。
 バック転の感じでクルッと一回転して体勢を整えたヴァレットさんは『呪文』を叫ぶ。

「エアパレット・ブルー! アイスロック!」

 空中に開かれた青色の穴に左手を突っ込んだヴァレットさんは、青く染まった手にしたたる『水』を振り払うようにして解き放った。
 放たれた滴は、あっという間に氷へと変化し、リューゲちゃんに降りかかる。

「新緑の枝、その息吹をここに……力を貸して!」

 私は私で、ヴァレットさんの氷の魔法に合わせ、時間を緩やかにするのに比べればずっと得意な緑の蔓の魔法を撃っていた。

「ちっ!?」 

 もうリューゲちゃんに掛かっていた魔法の効果は消えていたはずだった。
 でも、リューゲちゃんが動くより先に、その手足に氷のカタマリが、その上に私の魔法が巻き付き、動きを見事に封じてくれた。

(うん……ちゃんと決める事を決めたら、出来るんだよね……)

 そう。
 怖がっていたら、何も出来ないんだ。  

 だから私は……しっかり決めて、言った。

「リューゲちゃん。こんな事をやるのは、自分勝手だって思う……」
「……」
「でも、理由も無く貴女と戦うの、私はイヤ。
 貴女がヴァレットさんを……ううん、誰かを傷つけるのも、見たくないし、させたくない。
 なにより……こういう事をやってる先でリューゲちゃんが傷ついちゃったりするの、イヤだよ」
「……!」
「だから、リューゲちゃんがこれからもシャッフェンのおじさんのお手伝いをするって言うのなら、私……リューゲちゃんの種子を封印する」

 私はそう言ってステッキを構え、白い魔方陣を広げた。
 これはヴァレットさんの『イレイズ・ブレイク』と同じ、
 『種子の封印』にして、この世界にとっての在らざるものを浄化する……だったかな。そういう、魔法。

「!! っ!」

 そうして私が魔法を発動させようとした瞬間。
 リューゲちゃんは必死に蔓を外そうともがき始めた。

「ど、どうしたの……?」

 その必死さに驚いて私はリューゲちゃんに問い掛ける。
 でも、ソレに応えたのはシャッフェンのおじさんだった。

「彼女を生かしたいなら、それは止めた方がいいぞ、少女」

 いつも使っている『マイク』を切って、密やかにおじさんは言葉を続ける。

「その少女は、なんというかある意味種子そのもので構成された生命体だからな。
 種子の封印は命取りになりかねん」
「え?」
「彼女はな、ヴァレットの複製体なんだよ」

 言って、リューゲちゃんに近づいたおじさんは、周りで見物してる人達の様子を確認して……多分、見える見えないを確認してたんだと思う……リューゲちゃんのバイザーを上にずらした。
 其処に現れた顔を見て、私は驚いた。
 でも、私より驚いていたのは、ヴァレットさんだと思う。

「わ、私……?」

 そう、ヴァレットさんの顔が其処にあった。
 今のヴァレットさんより少しだけ年下っぽくて、何処か少しだけ違う気がするけど、その顔は確かにヴァレットさんの顔だった。

「うむ。
 彼女から話を聞いたり、持っていた彼女の特性を知ってようやく納得出来たんだが、理解した時は驚いたぞ。
 まぁ、ヴァレットの素顔については予想通りの美しくも中せ……」
「うわ……いくらヴァレットさんが振り向いてくれないからって……」
「ちょ!? 何を言ってるロリ少女!! 
 いくら俺でもな、そんな事は……」
「私のせいなのね……く……なんてこと。
 私自身が犯罪の種を……」
「だあああああああああああっ!
 これは俺が『複製』の種子の残骸からたまたま回収したものなの!
 既に生まれてたものを俺が拾っただけなの!!
 愛しのヴァレットが靡かないから作ったわけじゃないんだぁぁぁぁっ!!」
「………………ヴァレットさん、どう思う?」
「う、うーん……まぁ、嘘はついてないと思うけど」
「だ、だよね」

 そういう事なら……。

「ごめんね、リューゲちゃん。怖がらせちゃって。
 そういう事なら、種子を封印したりしないよ」

 言って、私はステッキを下ろし、魔方陣を消した。

「……!」
「事情、知らなかったとは言っても、ごめん。
 そういう意味でも封印はしないから。
 いいよね、ヴァレットさん」
「ええ。
 流石に生まれた命を簡単に消したりは出来ないわ。
 見た所法力の制御はシャッフェンさんより上手いみたいだから暴走はなさそうだし」
『……ぬぅ、過小評価してるな貴様等。
 俺達二人ともを』

 おじさんはそう言うと、リューゲちゃんを、ビシッと指差した。

『おいリューゲ、いつまでそうしてる』
「……分かっているわよ。マスター」

 リューゲちゃんがそう呟いた次の瞬間、私達は再び驚くべきものを見た。

「エアパレット・レッド。エネミーバーニング」

 空中に赤い穴が開き、その穴が上から下へとリューゲちゃんを通り抜けた。
 次の瞬間、リューゲちゃんの身体から炎が吹き上がり、
 私の蔓とヴァレットさんの氷を一瞬にして燃やし、溶かして見せた。
 ソレは明らかに……。

「ヴァレットさんの魔法……?!」
「あたしは彼女の複製体だからね。
 ヴァレットとしての一部の、だけどね。
 ともかく、彼女の力の一部はあたしも使える。さらに」

 彼女の姿が変わる。
 今までの姿の上に、鎧や盾が装備され、いままで使っていた翼とは別に金属の翼が生えた。

「……!」
「あたしを構成する種子は『複製』の概念。
 いままであたしが回収した『概念種子』の力はあたしのものよ。
 さっきマスターが説明し損なってた時が満ちたというのは、あたしがアンタ達二人に匹敵する力を身につけたって事よ。
 理解できた?」

 少し前にフォッグの言った通りだった。
 確かに、リューゲちゃんは私達何人分以上の力を持ってる。

(もし、全力で戦ったら……)

 そうしたくはない事をイメージして、私は改めて少しだけ怖くなった。
 リューゲちゃんの強さと、リューゲちゃんと全力で戦うかもしれない現実に。

 そんな私をチラリと見て、リューゲちゃんは苦笑しつつ告げた。

「でも……今日はあたしの負け。一時とは言え捕まったわけだし。
 あのまま種子を封印されてたら私はいなかったわ。
 貴女達の意思に今は素直に感謝させてもらうから。
 というわけでマスター、いいわよね?」
『ま、今日は顔見せだしな。良しとしよう』

 リューゲちゃんの問い掛けに、腕を組んでウンウン頷くおじさん。
 
「……」
『……ぬ、なんだリューゲ、その顔は』
「自分の力でもないのに偉そうなのは腹立つかな。だから……制裁?」
『ちょ?! 
 つ、杖なんて構えちゃって、早速反逆、反抗期でぃすかっ!?
 というかいいのかどうか訊いたのはアンタじゃんっ!』
「答え方の問題よ。
 あと、反逆じゃないよ? 
 これも上司と部下のコミュニケーションの一環という事で」

 少しだけ笑って、リューゲちゃんは杖を突き出した。
 次の瞬間、リューゲちゃんの持つ杖が分身でもしたみたいに十個位増えて、現れた。

「基地ナンバー6に帰るから。
 用事があったらどうぞ」
「わ、我が物顔とはまさにこの事おおおおおおおおおおおおっ!?」

 シャッフェンのおじさんは次々に撃ち出される杖にせっつかされ、吹き飛ばされ、転がされながら消えていった。

「じゃあ、またね」

 ソレを満足げに観察し終わった後。
 そう告げたリューゲちゃんも遠くへと飛び去っていった。










『お疲れ様』
『二人とも、お疲れー』

 カフェテリアの近くに戻ってきた私達を、フォッグとクラウド君が迎えてくれた。
 私達二人とも、人のいない所で変身を解除していたので、周囲の人達は私達に意識を向けてない。
 時々綺麗なヴァレットさんを見ていく人がいる位かな。

「……ヴァレットさん」
「ん?」
「私、駄目な子だよ…」
「……」
「自分勝手な事しか言ってないし……
 あの子と仲良くしたい気持ちは本当なのに、戦ったらどうしよう、どうなるんだろう、勝てるのかな、なんて考えちゃうし…」
「……もし、あのリューゲちゃんが私達に向かってきたら、実際戦うしか出来ないよ」

 いつもより少しトーンを落として、ヴァレットさんが言う。

「だから櫻奈ちゃんが考えてる事は駄目じゃないし、間違ってないよ。
 仮に防御一辺倒でも、相手と向き合ってる以上『戦ってる』わけだし」
「……でも……」
「櫻奈ちゃんが駄目な子なら、私は嘘つきだよ」

 それは、ヴァレットさんの『正体』の事。
 初めて本当の姿で会った時、ヴァレットさんはその事を悩んでると話してくれた。

「でも……そんな私でも、本当の気持ちだけは嘘をつかないようにしたいと思ってる。
 だから、もし、あの子がまた戦いを挑むのなら、私は戦う。
 でもね、仲良くしたい気持ちを伝える事は止めないよ。
 いつもシャッフェンさんに騒動を止めるか止めないか聞いてるみたいに、ね」
「……!」
「それが伝わるかどうかなんて分からないけど……本当の気持ちを最後の最後に伝えられたら、いいんじゃないかな? 
 ……って、私は思うんだけど、甘々な考え方かな。
 今の所、シャッフェンさんとは上手くいってないわけだし」

 何処か困ったように苦笑いするヴァレットさん。
 ソレを見た私は思わずブンブンッと首を横に振って、言っていた。

「甘いとか、甘くないとかじゃないよ……! 
 私も、それでいいと思う……ううん、そうしたい……!」
「そっかぁ。
 じゃあ、二人で頑張ろうか」
「…………うんっ!」

 グッと右手の拳を顔の高さまで持ち上げてから、グッと力強く握って見せたヴァレットさんに、私も同じ様に握り返して見せた。

 私はヴァレットさんの言葉で、頑張れそうな気がしていた。

 そうだよ、リューゲちゃんとは出会ったばかり、なんだからっ!
 きっと、これから戦わないですむように出来る。
 仲良くだって、きっと出来る。

「ヴァレットさん、これからもよろしくねっ」
「うん。私こそよろしく。
 …………ふふ、やっぱりオーナちゃんは、いいなぁ」

 そう言って、ヴァレットさんは笑った。私に優しく微笑みかけてくれた。
 でも、何でだろう?
 ちゃんと笑っているのに、私にはその笑顔が少しだけ悲しそうに見えた。

 ――そんな事を考えていた時だった。

「…え?」
「? どうかした、櫻奈ちゃん」

 私の視線の先を見るヴァレットさん。
 でも、ソコには何も無い。
 私が一瞬だけ見えたような気がしたものが、なかった。

「今さっき、変な感覚がして……なんか、緑色の何かがいたような気がしたんだけど」
「……確かに、なんか背筋が冷えたような、なんか変な感触がしたけど……」

 私達は二人揃って首を傾げた。
 でも、それで何がどうなるってわけでも当然なくて。 
 だから私達はその事をそんなに引きずったりしないで、ちょっと前の約束通りもう少しだけお喋りするためにもう一度カフェテリアに足を向けた。
 
 ちなみに。
 私がその時『見た』ものの正体を知るのは、もうちょっと先の話になるんだけど。

 私達の頭には、お喋りの内容と何を頼むかの事しか頭になくて、その……そう、今の私達には知る由もなかった。







……続く





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