第5話 『魔法少女オーナ〜ホントの気持ち〜』・前編
私の名前は宮古守櫻奈(みやこもり おうな)。
普通の小学四年生……だった、かな。
今の私は多分、普通じゃない。
だって私は……魔法少女だから。
私が『そうなった』のは、今から約半年前。
その日、私は凄く落ち込んでた。
いじめられてたクラスメートを助けたつもりで、深く傷つけてた事に気付かされて。
その子は凄く優しくて、最後には笑顔で許してくれたけど……私は自分が嫌いになりそうだった。
そんな帰り道の途中。
いつも通り掛る公園のすぐ近くで、私はキラリと光る何かが眼に入るのを感じた。
あ、実際に眼に入ったわけじゃなくて……そう、視界に入った、って言うのかな。
凄く落ち込んでて億劫だったんだけど、それでも何だか気になって、私は公園に入っていった。
そうして、まるで何かに導かれるように……私はソレを見つけたの。
「うわぁ……」
公園の隅。
茂みの奥から緑色の光を放つ宝石がフワフワ浮かんでいた。
でも、とても綺麗なソレは罅割れていて、今にも砕け散りそうだった。
私は、手を伸ばそうとして、一回目は止めた。
こんなにも綺麗なものなのに、自分の手で、壊しそうな気がして。
クラスメートのあの子のように、私の勝手で傷つけそうな気がして。
私は、手をのばせないでいた。
でも……そうしている間に、宝石は壊れていく。
どんどん、どんどん、壊れていく。
「だ、駄目ぇッ!」
今度こそ、私は手を伸ばした。
例え自分の手で壊す事になったとしても。放ってなんかおけなかったから。
そうして伸ばした手が宝石に触れた瞬間……『変わった』んだと思う。全部が。
「……櫻奈。朝だよ。今日約束でしょー?」
「ん……ふ、わぁ……」
その日は日曜日。
だからなのか、あたたかな光の中で掛けられた、優しくも楽しげな声に私は気持ちよく目を覚ました。
眼を開くと、そこには一匹の三毛猫(雌)。他には誰もいない。
そう、喋っているのは他でもない、この子……。
「おはよう、フォッグ。ありがと起こしてくれて」
「いやいや。我がマスターにして恩人にして友人の為ならば」
そう言って、フォッグは人間みたいに手を上げてパタパタと振ってみせた。
フォッグは猫に見えるけど、猫じゃない。
あの日、私が見つけた緑色の宝石から生まれたもの。
なんでも消えてしまったお隣の世界のガイネン?……
気持ちというか、心というか、そういうものの極極一部が形になったものなんだって。
ピースって言うらしいんだけど、ちょっと難しくて分からなかったり。
そうそう。
私に『魔法』を教えてくれたのは、このフォッグなんだよね。
この子の説明は最初難しい言葉が結構多いんだけど、後になればなるほど私にも分かるような言葉にしてくれる。
まぁ、それでも分からない事があったりしてゴメンって言いたくなる時もあるんだけどね。
そんなフォッグに手伝ってもらいながら、朝の準備を済ませた私は、自分の部屋を出て、父さんや母さんに今日の予定を告げた。
昨日も話していたけど、出かける前にもう一度言っておかないと心配かけそうだし。
「じゃ、行ってきますー」
そうして二人の了解をもらった私は、フォッグを胸に抱きかかえながら約束の場所に向かった。
平赤羽市内の一角にある秋木町。
ここは、私が生まれ育った町。
父さんと母さんが出会って、結ばれた……私の大好きな町。
そんな町で唯一のオープンテラスの喫茶店……というか、カフェテリアだっけ。
そこで私はある人と待ち合わせをしていた。
「えっと……」
よく晴れた空の下、カフェテリアについた私はオープンテラスを少し歩く。
そうしていると、でストローを咥えてシェイク(シェイク用のカップだったから分かった)を啜るのに集中している女の人と眼が合った。
その人は私に気付くとストローから口を離し、小さく手を振ってくれた。
私は同じ様に手を振り返しながら、その人の席に歩み寄る。
「こんにちはー、ヴァレットさん」
「こんにちは、櫻奈ちゃん」
『こんにちは、オーナ君』
とても優しげな笑みを浮かべるこの人は、魔法多少少女・ヴァレットさん。
今は魔法少女の姿じゃなくて、白いシャツとジーンズを着ている。
『いつも』と違って、長い黒髪を一つの三つ編みにしてまとめているせいか、なんだか大人っぽくて……凄く綺麗だと思った。
そして、そんなヴァレットさんの足元にいる子猫は、ヴァレットさんのピースのクラウド君。
今は黒いけど、本当は紫色の猫なんだって。
ちなみにフォッグのホントの姿は金色の猫だよ。
『こんちは。二人とも元気してた?』
私の胸の中でフォッグが言うと、ヴァレットさんはフォッグにも微笑みかけた。
「こんにちは、フォッグちゃん。元気してたよ」
『まぁ、擬似生体である僕達が元気かどうかというと微妙だけど』
何処か肩を竦めるような雰囲気でクラウド君が呟く。
『気分よ、気分。
私達を可愛がってくれる人がいる以上、生きてるって事で良いじゃない?』
『……違いないね』
うーん。
見た目は子猫同士の会話なのに、何だか凄く難しい事を言ってる気がするよ。
ちなみにフォッグやクラウド君の声は私たちの頭だけに響くもの。
二人とも普通に……姿が猫なのに普通って言うのは変かもしれないけど……日本語を話せるんだけど、こういう場所だから法力会話にしてるの。
「櫻奈ちゃん、とりあえず何か買ってきたら?
話はそれからにしましょう」
「うん、そうだね」
出会った頃とは違い、私は少し年上のヴァレットさんに敬語とか使わなくなっていた。
あれから三ヶ月ぐらい経って凄く仲良くなったし、ヴァレットさんが「それでいいよ」って言ってくれたから。
「じゃあ、はいお金」
「え? いいよ、自分で出す」
お札を二枚差し出す(ちょっと多いと思う)ヴァレットさんに、私は胸の前で小さく両手を振ってみせた。
「ぬ。そういうわけには……」
「いいのっ。この間も出してもらったし。
たまにならいいけど、私達お友達なのに一方的に出してもらったりするの、変だと思う」
「うう。そ、そうね。ごめんなさい。
うーん、凄くしっかりしてるなぁ櫻奈ちゃんは」
苦笑いするヴァレットさん。
その顔もとても素敵で、いつも顔を隠したり、こういう格好をしないのは勿体無いなぁと改めて思った。
「……で、本題なんだけど」
サンドイッチとか軽食系のお昼ご飯を取っている中、ヴァレットさんが切り出す。
ヴァレットさんと話すのは凄く楽しいんだけど、今日は楽しい事ばかり話していられない。
そう考えた私が頷くのを確認してから、ヴァレットさんは言った。
「私達以外の魔法少女を見たって本当なの?」
「うん。この間から後ろ姿位は見てるんだけど……
声とかは掛けられなくて、というか私が来たら逃げてると言うか」
「そうなの……。
私の方はシャッフェンさんの相手が多くて把握できてなかったわ。
シャッフェンさん、最近妙に良く動いてて。
ごめんなさいね」
「ううん、気にしないで。
おじさんの相手は凄く疲れるのは分かるから。
あのテンションで引っ張りまわされちゃうと、その日は疲れちゃって他の事出来なくなっちゃうもんねー」
「いや、まぁ、その……ちょっとだけね」
「またまたー。そうやって庇わなくなっていいのに。
ヴァレットさん、優しすぎで真面目すぎだよー
それとも、シャッフェンのおじさんの事、やっぱり気になっちゃう?」
ホントの所、男の人と女の人のオツキアイというのは今の私にはいまいち良く分からない。
でも、分からないから気になったりするんだよね。
だから、こういう話になると失礼かな、とか思いながらもついつい聞いちゃったりなんかして。
……もちろん、ヴァレットさん相手だから出来る事なんだけど。
「そ、そういうわけでもない……わけでもないかな……でもでも、私好きな人いちゃったりなんか……って」
ヴァレットさんは顔をちょっとだけ俯いてゴニョゴニョと何か呟いていたけど、何かを思い出したように……話の途中だったのを思い出したんだと思う……ハッと顔を上げる。
そうして、まだ少し赤い顔のまま『それはこっちにおいておいて』のジェスチャーをしながら私に言った。
「そ、それはとりあえずそっちに置いておいて。
今はその魔法少女の話という事でお願い、櫻奈ちゃん」
「うん。
……ごめんね、いきなり変な事聞いちゃって」
「ううん。私も聞いてほしいから、また後で話そうね。
その為にも、まず大事な話を先に済ませちゃおう?」
「うんっ」
そんな感じで私達は今日会う事になった理由というか原因というか……その事を話し始めた。
ここ最近、力を持った人達が起こす事件(最近はヴァレットさんのお陰で秋木町の事件に専年……じゃなかった専念できていた)が起こる度に現場に行くと、すでに解決している事が結構あった。
魔法……法力を持った人の事件には特徴があって、その人達が力を使う時は法力の波が必ず生まれるようになってるの。
その波は同じ様に力の素質を持ってる人達に感じ取れたり、エイキョウを与えたりする。
そのお陰で、私やヴァレットさんは魔法関連の事件なら即座にキャッチ出来たりするんだよね。
この町では、シャッフェンのおじさんみたいに目立ちたがりの人は今の所そんなにいない。
だから、この町で起こる殆どの事件は大きな事になって人目につく前に……ニュースとかで取り上げられる位になる前に私一人で解決出来ていた。
そう。私一人でどうにか頑張れていたし、私の他にそういう事をしている人はいなかったはずだった。
そういう事を考えると、最近の『もう事件が解決している』ってジョウキョウはおかしい……『普通』じゃないって言える事だと思う。
そんな中で見掛け出した私達以外の『魔法少女』。
その子は私よりも早く事件の場所に来て、私が到着する頃に帰っていく。
えと、つまり何が言いたいのかと言うと。
「今のところ、他に誰か見かけたわけじゃないんなら、状況から考えて、その子が事件を解決してるって考えていいんじゃないかな。
私達よりも波形の把握が正確かつ精密なのね、その子は」
「う、うん。そうだと思う」
私がなんとなく考えていた事をそのままヴァレットさんが形にしてくれた。
うん、多分そのままだよね……ちょっと難しいから自信ないけど。
「まぁ、事件の解決自体は良い事だけど……その子の目的は何なのかしら。
何か分かる事なかった?」
「えと……」
『んー櫻奈の眼を通して見た限りなんだけど、
その子、どうも暴発したり暴走したりした種子を回収してるみたいね。
櫻奈や貴女が行ってるような種子の封印や消滅と違って、そういう痕跡が残ってないもの』
上手く説明できない私に代わって、フォッグが言ってくれた。
フォッグは私の感覚にシンクロして(幽霊が遠くから乗り移るみたいな感じなんだって)、時にアドバイスをくれたりする。
連れて回ると色々大変だから基本的に自宅待機なんだけど、それでも凄く助かってる。
ちなみに、クラウド君も同じ様にヴァレットさんを助けているんだって。
ヴァレットさんはしっかりしてるから助けなんかいらなそうに見えるけど。
「種子の回収……? そんな事、できるの?」
『うーん』
フォッグやヴァレットさんが言う『種子』っていうのは、
十年前……私が生まれた日に降った不思議な雪で広まった、不思議な力の……私達が使う魔法とかの元になったもののこと。
降った種と、ソレを受け取った人との相性が凄く良かったりすると、その人に定着……くっついて相応しいカタチの力を生み出すんだって。
でもその力は、普通の……私達みたいに高い法力
(魔法に必要な力の事。漫画とかでよく使う魔力って言い方の方はこの世界の魔術の事を言うんだって)
を持ってない人だとちょっとしたことでその人の中から離れて、好き勝手に動いたりするの。
それが誰かを傷つけたりするかもしれないのを防ぐのが、私やヴァレットさんの『仕事』。
あと、事件を起こした人の種子を封印したりする事、かな。
本当の、一番大事な『仕事』はいつか凄く強い何かが来るらしくて、それに備える事らしいんだけど……。
今は関係ないから、話を元に戻すね。
えと、そう種子の話。
種子の封印をするのは、種子の力を使いこなせないとその人自身に良くないし、周囲に迷惑を掛けるからなんだって。
……ていうのはフォッグやクラウド君の受け売りなんだけどね。
ちなみにシャッフェンのおじさんの種子は、おじさんが上手い事私達から逃げ回ってるから中々封印できないんだよねぇ。
『なんとも言えないが、そういう能力に特化した種子と、
それを元に力を構築・確立した存在なら回収は不可能じゃないかもしれないね』
「なるほど……」
『でも、そうなると、その子かなり手強い相手になるかもねー』
「どうして?」
『簡単よ。
種子を回収してるって事は、何かしらの使い道があるって事でしょ。
もし回収した種子の質や概念を制御できるのなら、その子は実質的に貴方達数人分、下手したら十数人分以上の力を扱える事になる。
何人もの固有能力を使いこなせる魔法少女を相手する羽目になるなら、結構大変よね』
困ったわね、とぼやくフォッグ。
そんなフォッグに、私は言った。
「でも、そんな事になるって決まったわけじゃないでしょ?」
『そりゃあ、そうだけどさ』
「それに、そんな子が私たちを手伝ってくれるようになったら凄く心強いよね」
私の言葉を聞いたヴァレットさんは、目をパチパチと瞬かせた後、フッ、と優しい顔になった。
「……そうね。そうなると、素敵な事よね。
全く私達と来たら疑心暗鬼ばかりで嫌になるわ」
『ああ、全くだな。
オーナ君。君には本当に大切な事ばかり学ばせてもらってるよ』
『そうね。流石は私のマスター』
「えっと……私、変な事、言った?」
「ううん。その逆。
凄く素敵な事を言ってくれたのよ」
ヴァレットさんはそう言って微笑むと、私の頭を撫でてくれた。
そんな時だった。
「……!」
私の頭を撫でていたヴァレットさんの手が強張る。
その理由は私にもすぐに分かった。
「ヴァレットさん!」
私達は同じものを感じていた。
そう……法力の波を。
「この法力パターンは、シャッフェンさんかな。でも、もう一つ……?」
「うん、もう一つ……これ! これだよ、あの子の感じ!」
「……シャッフェンさんの種子を……狙ってるのかな」
『今は考えている時ではないよ。行くべき場所に行く時だ』
クラウド君の言葉に、私達は頷き合い、立ち上がった。
「私は、変わる」
人気のない路地裏で、私は気持ちを私自身全てに集中させていた。
「私へ変わる。守る私に。強い私に」
私の中の真ん中が熱くなっていく感覚。私はその熱さを感じながら呪文を唱えた。
「マジカル・チェンジ・シフト……!」
開放の合言葉、キーワードを唱え終わると、熱を生み出していたモノ……
緑色の宝石が胸から生まれ出て、宝石はステッキへと形を変えた。
それに続いて、私の手の辺りから服が組み替わっていき……オセロがひっくり返っていく感じかな……、最後に私の髪がいつもより明るい色の茶髪に変わる。
「魔法少女オーナ、変身完了、かな」
「魔法多少少女ヴァレット、同じく変身完了。
……お待たせ、オーナちゃん。
ごめんね、わざわざ路地裏で変身させちゃって。
私も櫻奈ちゃんみたいに認識阻害の魔法が使えればいいんだけど」
同じ様に変身を終えたヴァレットさんの申し訳なさそうな呟きに、クラウド君が口を開いた。
『仕方ないだろう。
こればかりは各々の資質……抱える概念や育った環境の違いだ。
君が使えるのは特撮番組やアニメに影響されて練り上げられた色による魔法式。
ソレに対し、オーナ君はより“向こう”の魔術に近い魔法式を生まれ持っていたようだからな。
純粋な意味での魔法資質で言えば、君はオーナ君やあのシャッフェンよりも低いだろうな』
「う。なんかそう言われると色々複雑だなぁ。
シャッフェンさんの技術力が凄いのは確かなんだけど。
とと、そんな話をしてる場合じゃなかったね。……じゃあ、行くから」
フワリと、宙に浮かぶ筆に跳び乗るヴァレットさん。
私もそれに合わせて、翼をはためかせ、少しだけ地面から離れる。
「二人とも先に家に帰ってて良いよ」
『いや、今回は見物しておくよ。
どうやら近くのようだし』
『そうね、噂の真偽とかこの眼で確かめたいし』
「うーん、じゃあ、怪我とかしないように気をつけてね?」
『了解した』
『分かったわ』
「じゃ、行こうっ!」
そうして、私達は波が発生した『現場』に向かっていった……。
………続く。