第2話 えにし〜どんなものでも縁は縁〜








平赤羽市で御馴染みとなりつつある、自称『紅の狂魔術師』シャッフェン(馬鹿)が巻き起こす騒動。
その最中の、シャッフェンを止める為に現れる魔法少女・オーナのピンチに、新たな魔法少女が舞い降りた。

あ、訂正。
魔法少女……とは微妙に言い難い年齢ゆえに『多少』をつける羽目になったんだった。

……なんつーか、この街に来たのが運の尽きだよな、うん。
普通の街なら別に異論とか突っ込みとか入らなかっただろうに。

まぁ、ともかく。
魔法少女改め、魔法多少少女・ヴァレット。
それが新たに現れた『力』を持つ者の名前だ。

んで俺・艮野灰路は、そのヴァレットの雰囲気や振る舞い、言葉を見て『何か』を感じていた。
いや初めて会う筈なのに、何か感じるものがあるのは変な話なんだが……。

「では、名乗りも終わりましたし。
 本題に移りましょう」

そんな俺の内心など知る由もなく。
上空のヴァレットはオーナを空中で下ろしながら、シャッフェンに告げた。

「……ふむ」

まぁ、俺もとりあえず記憶は横において観戦するとするか。
美少女の活躍は見てて華があって、気持ち良いもんだしな。

「お聞きしますが、この騒動を収めるつもりはありますか?」
『NON!』
「ぬぅ。即答ですか」
『言われて簡単に止めるくらいなら、最初から行動に起こしたりはしない。
 そうであるべきだろう、何事も』
「そうですね。私もそう思いますよ」

クスリ、と友好的に微笑む……が、次の瞬間、その微笑みの質が変わった。

「しかし、であれば、見解の相違ですね、紅の狂魔術師・シャッフェンさん。
 貴方が自身のエゴと生まれ持った強大な力で周囲に悪影響を与えるのであれば、私はそれを止めます。
 それが私のエゴで、行動ですから。
 まして……今日はバレンタインです」
「そうだよっ! 
 女の子が気持ちを伝える、すっごい大切な日なんだよ! 
 この日がないと、勇気を振り絞れない女の子だって、いたりするんだから……!」

ヴァレットの言葉に、オーナが同調する。

「そんな日を、壊させたりなんか、させない!」
「……ええ。
 少なくとも、そんな乱暴な手段で壊すなんて、認められません」

言葉の後、二人の『魔法少女』は顔を見合わせ頷き合った。
どうやら初対面ながら完全に意見が一致しているようである。

仲良き事は美しきかな。
特に美少女はな。
……仮面してるけど、ヴァレットも多分美少女だ。
間違いない、俺の勘は当たる。

『……ふむ。
 確かに正しいな、お前達の言葉は』
「なら……」
『だが、やはり駄目だ。
 お前達が女性で、俺が男であるがゆえの見解の相違だ。
 世界の、この町のモテナイ男達の為、俺の破壊と再生の信念の為にも此処は退けん。
 というわけで戦闘続行だっ!』

パチン、と指を鳴らすシャッフェンに応え、ハート型ガラクタが再び動き出す。
そんな彼等にヴァレットは静かに一礼する。

「シャッフェンさん、話を聞いてくれただけでもありがとう。
 その御礼に、誠意を持ってお相手させていただきます。
 ……オーナ、ちゃん、でいいかな?」
「へ? 
 あ、はい! ヴァレット、さんっ!」
「うん。左右に散って、攻めてこう。
 私は左手側、貴方は右手側。いいかしら?」
「了解しました!」

頷き合った二人は、早速行動を開始する。
オーナは翼で、ヴァレットは『箒』で。
それぞれの高速飛行でそれぞれの方向からシャッフェンに迫る。

『近隣住民、ならびに見物人諸君! 
 怪我しないように各自留意しろよっ!』

シャッフェンの宣言の後。
左手の触手と、右手の鋏から打ち出された小型ミサイルが魔法少女達に襲い掛かる。

それぞれ多角的な攻撃は、さしもの彼女達も回避に専念せざるを得ないほどのものだった。
外れたミサイルや触手は近所の家や、ビル、マンションなどに突き刺さり、破壊を刻む。

とは言っても、威力は調整してあるのか微妙な破壊力らしい。
ネットでの分析通り、細かい破片をばら撒く程度。
うんうん、確かにそんなに大きくはない……って。

「うっ、おおおおおおっ!!」

観戦に集中&熱中しすぎて、迂闊にも戦いの被害が接近するまで気付かなかった。
他の野次馬達はしっかり逃げ出してるってのに。
確かにそんなに大きい破片じゃないが、当たれば結構な怪我になるのは間違いなさそうだった。

「ちぃっ、まだ彼女も出来てないってのに、
 時間を無駄にするような入院生活なんてゴメンだぜぇぇっ!」

叫びながら破片の雨からダッシュ逃亡を図る俺……なのだが。
お決まりのように焦りすぎてものの見事にすっ転ぶ。

焦りからか、時間がゆっくり流れるような感覚で満ちていく。

「あたぁ……ミス」

ミスったな。

その言葉は俺の意志とは無関係に揺れる視界、
身体への何かの違和感への驚きと、風の音で掻き消える。

流れる風景。
上がっていく世界。

詰まる所……。

「飛んでるっ!?」
「舌、噛みますよっ!」
「あべっ!」

指摘通りに舌を軽く噛んでしまう俺。

でも、そんな痛みより何よりも。
そんな思いで顔を上げると、其処には俺を片手で引っ掴みながら、シャッフェンを見据え続ける……ヴァレットがいた。

「わざわざ助けてくれたのか……?」
「正義の味方、目指してますから。」

かろうじて見える口元が幽かに上がる。
顔全体は半透明のバイザー越しに薄くしか見えないが、美少女だ。
絶対確実に美少女だ。輪郭とかだけでも俺にはわかるね。
でも……なんでか、俺はその顔に見覚えがある気が……。

「って、うおおおおおおおおっ?!」

触手を避ける高機動は凄まじく俺を揺らす。
ぶっちゃけ安全装置とかないジェットコースターなんざ乗るもんじゃないね、うん。

「少しだけ我慢してください、すぐに終わらせますっ!」

そう言う彼女は俺というお荷物を抱えているとは思えない動き
……というより『箒』の制御能力の高さと言うべきだろうか……
で荒れ狂う触手を時に乗り上げ、時に柄で弾き飛ばしながら突き進み、ついには……。

『突破しやがった!?』

シャッフェンの感嘆とも言うべき声が響く。

触手を突破したヴァレットは急上昇、俺を左脇に抱え、
今まで飛行に使っていた『箒』、その足を引っ掛けていた持ち手の部分を右手で握り、掲げた。

その直線上……シャッフェンを挟んだ向こう側では同様にミサイルを突破したオーナが自身の杖を掲げている。

「オーナちゃんっ! 縛って!」
「はい! ……お願い、捉えて!」

オーナの叫びと共に、ステッキからあふれ出た緑色の光の蔓が空中で分裂、奴のガラクタの動きを完全に縛り上げた。
確かニュースとかネットとかでも画像が上がってたな、あの魔法。

『ぬっ!』
「……エアパレット、展開。カラーホワイト!」

その好機を見逃すまいと、ヴァレットの呪文(?)が響く。
すると俺達の頭上の空間に白く丸い穴が浮かび上がった。

彼女はその穴の中に『箒』を突っ込む。
次の瞬間、紫色だった箒の穂先の光が白い光へと変化を遂げた。

『もしや……箒じゃなく、絵筆、なのか……?』
「ご名答、です」

シャッフェンの言葉に律儀に返事した彼女は『箒』、いや『筆』を構えて、奴に突っ込んでいく……って。

「俺も道連れかよおおおっ!?」
「すみませんっ! 
 だから、我慢してくださいって言ったじゃないですかっ!
 というわけでっ!」
「なにがというわけでだぁぁぁっ!」
「と、いうわけで! イレイズ・ブレイク!」

俺を抱えたまま振り下ろされた一撃……いや一筆。

それは奴のガラクタにVの字を描き込んだ。

そして、筆がガラクタから離れた瞬間、ソレが起こる。

描かれた直線から徐々に広がっていく『白』。
それがガラクタを覆い尽くすと、光に変わり……ガラクタだけを一瞬にして消滅させた。

『NOOOOOっ!!』

となれば、当然ながらガラクタに乗っていた奴は地面に落下するしかない。

『なんの! 空中大回……って、それ無理無理無ぶぼぉっ!?!』

着地体勢構成に失敗し、思う様地面に突き刺さる馬鹿一人。
ソレに合わせ、ヴァレット達もまた地面に降り立つ。

『おおおおおっ〜!』

辺りに響くは野次馬達の歓声。

それに照れつつも小さく手を振って応える二人の魔法少女……
いや、正確に言えば魔法少女と魔法多少少女か。

「って、いつまで抱えられてんだ、俺」
「あ、ごめんなさい」

冷静に自分の状況を思い出した俺の呟きで、ヴァレットは俺の存在を思い出したらしい。

「どうもすみませんでした。
 成り行きとは言え、危険な目に合わせて」

ずっと脇に抱えていた俺を丁寧に地面に下ろし、彼女は深々と頭を下げた。

「……いや、気にしないでくれ。
 結果的に見れば結構楽しめた」

ソレは正直な感想だ。
初めて人前に現れた魔法多少少女を、一番間近で見れたのだ。

正直悪い気はしない……というか得した気分だ。

「俺は、こういうスリリングな事、割と楽しめる質だからな。
 機会があったらまた頼むぜ」
「……ありがとう」
「ところで、アンタ」
「なんです?」
「俺と何処かで会ったことがないか? 
 なんかそんな気がするんだが」

さっきの感覚を言葉にすると、そのものズバリで自分でも納得できた。
なんか初対面の気がしないのだ。

「……えと。それは……」
『それはナンパとみていいんだなコン畜生っ!!』

 起き上がっていたシャッフェンの叫び(大音量)に近辺にいた人間は全員耳を押さえた。

「あ、あのおじさん、マイクみたいなの、オフにしてくれない……?」
『ぬ、すまん。……これで良いか?」

オーナの要望にシャッフェンは素直に応えた。
つーか、なんでこういう時は素直なんだコイツ。

「うん、ありがと。でも捕まえるから」
「げ。結構無情だなロリ」

笑顔で宣言するオーナ……その横に、俺から少し離れたヴァレットが立つ。
ヴァレットは、その手に『筆』を持ったまま告げた。

「無情じゃないですよ……お縄についてもらうのが一番妥当で穏便ですから。
 勿論所持品その他はこの場で完全没収させていただいた上、種子を封印させていただきます。
 すみませんが、正義の名の下に」
「……」

ヴァレットはそう言うと箒を構え、言葉の内容を実行させるべくシャッフェンに歩み寄っていく。
が、その歩みは思わぬ事で停止する事となる。

「……惚れた」
『「はい?」』

あまりにも唐突かつ、あまりにも端的な言葉に、言葉を発した当人以外の時間が完璧に止まった。
本人はソレに構う事無くつらつらと言葉を紡いで行く。

「惚れたよ、紫色の魔法多少少女・ヴァレット。
 可憐さといい、立ち振る舞いといい、そのどうしようもなく正義を妄信する様も、気に入った。
 その綺麗さは汚しがいがあるし、汚せなくてもそれはそれでまた好し。
 俺の恋人にならないか?」
「なっ?! い、いきなり何を言ってるんですか! 
 ほ、殆ど初対面ですよ、わ、私達っ」

よほどその言葉に面食らったのか、バイザーの隙間からでも分かるほど、彼女の顔は赤らんでいた。
そんなヴァレットととは正反対に飄々と、ソレでいて熱を込めた口調でシャッフェンは言う。

「恋は時間ではないと思うぞ、ヴァレット。
 出会ったその日に恋に落ちるなど、この世界には良くある事じゃないか」
「う。それはそうですけど……」

素直に同意してしまうヴァレット。
なんかそういう恋の経験があるのかもしれないなー、あの様子だと。

「ふ。まぁ、いいさ。
 いきなりすぎるのも問題だし、こんな状況だし、ここは一旦引いておこう。
 だが、いずれ必ず俺はお前を手に入れるぞっ!」

ニヤリと笑ったシャッフェンは、何処からか取り出したリモコンスイッチをポチッと押した(効果音がポチッという音だった辺り芸が細かい)。
すると、奴の背中から轟音が……って、まさか。

「背中に脱出用ロケットとは古風なっ!」
「そ、そういうものかな」

ググッと拳を握りつつ驚くヴァレットと、引きつらせ気味の苦笑を浮かべるオーナ。

「というか、逃がすぞ」
『あ』

俺の言葉で我に帰る二人だったが、既に時遅し。
背中のロケットの灯で奴の身体が空へと打ち出される……。

「ふはははははっ! 諸君! 次回こそは美しい破壊と再生をお見せしよう!
 そして魔法多少少女ヴァレット、また会お……」

その言葉は最後まで語られる事はなかった。
青空の下、お世辞にも綺麗とは言いがたい花火が上がり、散っていったからだ。

「あーあ……爆発したね。失敗作だったのかなー」
「爆発したわね。……大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ、あの人頑丈ですから」

心配そうに(なんつーか勿体無いと思うが)呟くヴァレットに、オーナはのほほんと言った。

「私が何度小突いても撃っても切っても殴っても一週間と経たずに騒動を起こしますし」
「……むぅ。
 それなら、いい……とは言い難いけど、人命の観点から良いということにしましょうか」
「あ、それはそれとしてヴァレットさん」
「なにかしら?」
「今すぐ飛んで逃げたほうが良いですよ」
「え? ……わわわっ!?」

ヴァレットへの言葉の後、即座に翼を広げ空に上がるオーナ。
それを追う形でヴァレットも慌てて『筆』を掲げて飛翔する。

「ごめんなさい、巻き込んだお詫びはいずれ……」
「お、おいっ……ぐえええっ!」

彼女達が飛翔した理由を、俺は身体で実感した。

彼女達への接触、インタビュー、質疑応答……
そういったものを希望していたオタク達や、
ようやく現場に到着した報道関係者、学者連中、警察などが押し寄せ、俺の身体を潰していく。

「あああ……なんか、凄い事に……」
「今後は事件解決後は即座撤収をお勧めします、ヴァレットさんっ」
「あ、うん。ありがとう。そうするわ」

話しながら、ゆっくりと空高くへと浮上する二人。
なにやら話しているが、最早その声は届かなくなっていく……。

「というか、俺の意識が遠くなりそうなんだが……」

そうして、俺が初めてヴァレットと遭遇した事件は、時間にして約十分程度で幕を下ろした。








「……大丈夫?」

観戦から戻ってきた草薙は、ボロボロな俺を見るなりそう言った。

「これが大丈夫なように見えるなら、大した神経だな。常識を学べ」
「ごめんごめん。
 ……でも本当ならもっと大事になってたかもしれないんだよね」

あー。
さっきヴァレットに助けられた事か。

「ん。確かにな。彼女には感謝せんと……。
 所で、良いとこは見れたか?」

さっきの光景のかっこ悪さをこれ以上思い出したくも思い出されたくもなかったので、とりあえず話の方向を変える。

「うん。ほら、ちゃんと写真も」
「おい、よりによってそこかよ」

草薙の奴が掲げた携帯の画面には俺を抱えて飛ぶヴァレットの小さい後姿。

「消せ! 今すぐ消せ!」
「えー。いやだよ。折角撮ったのに」
「いいから……?」

その時。
少し離れた場所に立ってこちらを見据えていた少女と、視線が合った。

「……どうかした?」

草薙の声は聞こえているのだが、返事が出来ない。

今日幾度目かの既視感。
何度も重ねる事で、俺は多少全体図が見えた。

少なくとも何の記憶なのかは、分かった。

「……」

ソレを確かめようと動き出そうとした矢先、少女は背を向けた。
そして足早に去っていく。

「おおいってば、灰路君」
「……見つけた」
「え?」

不振な声を上げる草薙を尻目に、俺は駆け出した。

あの少女。昔出会って、傷つけた少女。

そして、おそらく…………ヴァレットの正体。

滅茶苦茶強い確信があるわけじゃない。
でも空気が、漂う雰囲気が、極めて近く思えた。
今日何度も感じた感覚の符号がそう感じさせていた。

その感覚に引っ張られるように走ったが……。

「……ちっ」

追いかけた先は、見知った駅前。

少女の姿は雑踏の中に完全に消えていた。
見つけたとしても、朝の交通ラッシュや、
さっきの騒動の影響からゴチャゴチャしているこの状況ではこれ以上追えはしないだろう。

「……ま、いいさ」

楽しみは先にとっておく……ってのも悪くない。

「おーい。
 どうしたのさ、いきなり走って」
「いやなに、ノリと勢いでつい」

追いかけてきた草薙に、俺は不敵に笑ってみせる。

「どうやら、面白い事になりそうなんでな」
「……そういうの、好きだもんね君は」

そんな俺に草薙は生暖かい呆れ半眼視線を送るのだった。
……付き合い長いだけに遠慮がないのは、どうかと思うぞ、うん。




……続く。






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