第二話 遭遇、接近、そして遭遇


「・・・なあ、白耶」

遠野志貴はすぐ近くで行われている争いを眺めながら呟いた。
白耶凪もまたそれを眺めながら答えた。

「なんだよ、遠野」
「何でこんな事になってるんだ?」

「大体あんたの教え方が悪いのよ!凪は固有結界を使うんだから魔術とは違うのよ!」
「だからってあなたの空想具現化をそのまま教えても意味がないでしょう!」

まさに喧々囂々。
その中心であるはずの凪を放っておいてそれはヒートアップしていた。
周囲には”お手本”と称され放たれた、術の傷痕が残ってる。

「すまん遠野。俺のせいだ」
「いや。あの二人に同時に教えさせようとした俺が根本から間違ってた」

男二人はなおも燃え上がるそれを見て、どちらともなく溜息をついた。




事の起こりは数時間前。
白耶凪がアルクェイド、シエルに教えを乞う事を決意した翌日の放課後。
これからの事について話そうと、凪、志貴、シエルの三人が茶道室に集まっていた。

「・・・特訓する場所?」
「ああ、それって問題じゃないかって思うんだが」

鸚鵡返しに聞き返した志貴の言葉に凪は頷いた。
それにシエルが茶を一口啜ってから静かに言った。

「確かにそうですね。
例え結界を張った上、時間帯を人の寄り付かない時にしても弊害はないわけではないですから」
「公園ならいいんじゃないですか?」
「あそこは今まで幾度か事を起こしてますからね。
あまりに集中するのはどうかと思いますよ」
「・・・それなりに広くて、邪魔が入らない場所か・・・」

そこで皆が考え込むと、しばらくしてシエルがポンと手を打った。

「あるじゃないですか、遠野君」
「え?何処です?」
「あなたのお屋敷です」
「・・・げ」

それを聞くと志貴は嫌そうな顔をした。

「確かにうってつけかもしれないですけど・・・秋葉がなんて言うやら」
「・・・秋葉?」
「俺の妹だよ。いろいろ細かい事にうるさいんだ」
「ですが、あそこ以上に好条件な場所はないと思いますよ。
滅多に人は寄り付かない、敷地内には無断に入れない、かなり広い。
・・・はっきり言って公園で結界を張るよりもいいですよ」
「でもなあ・・・」
「・・・そんなに妹、怖いのか?」
「ぐ。いや、まあ、そうじゃないと言うと嘘になるが・・・」
「それと、人に任せておいて場所の提供も出来なかったりはしませんよね?」

シエルはそう言って微笑んだ。
それを見た志貴の顔が引きつるのを、凪はしっかりと見た。

「ああ、もう!わかった!わかりましたよ!」

半ばやけになった志貴の言葉がとりあえずその場の幕を閉じた。




それからアルクェイドに連絡を取り、合流した四人は遠野邸に向かった。
遠野邸、その門の前で一人の少女が佇んでいた。
少女は志貴たちが声の届くほどの距離になると深々と頭を下げた。

「お帰りなさいませ、志貴様」
「ただいま翡翠」
「やっほー翡翠。元気してた?」
「こんにちは翡翠さん」
「アルクェイド様、シエル様。・・・どうも。
・・・それでそちらの方は?」

メイド姿の少女・・・翡翠は凪の方を見て言った。
凪は翡翠の格好その他に少し戸惑いを感じながらも名を名乗る事にした。

「・・・遠野のクラスメートの白耶凪だ。好きに呼んでくれていい」
「志貴様のお側仕えをやらせていただいている翡翠と申します。
・・・志貴様、今日は皆さまお客様なのですか?」
「ああ、そういう事にしておいてくれ。
庭を使うけど、危ないからあまり近付かないほうがいいぞ。
琥珀さんにもそう伝えといてくれ」
「分かりました」
「・・・ところで秋葉は?」
「まだ帰っておられませんが」
「ああ、それならいいんだ」

ふーと息を吐く志貴を見て、凪はアルクェイドに尋ねる事にした。
若干、緊張するが”決意”を思い返しながら、どうにか平常心を保つ。

「・・・そんなに遠野の妹って怖いんですか?」
「んー怖くはないんじゃないかな。志貴は怖がってるけど」
「?」
「凪も会えば分かるって」

その瞬間、凪はぼーっとした。

(・・・自分の名前を呼んでもらえた・・・)

・・・という感動のためだったりする。

「おーい、白耶。行くぞー」
「・・・は!」

気付くと志貴たちは門の中に入ってしまっていた。
凪は慌ててそれを追って、門の中に入っていった・・・




それからややあって。

アルクェイドとシエルは自分達の知識や経験を凪に教え込み、凪はそれを実践しようとしたのだが、思うようにならず『白き腕』は具現しなかった。
・・・その結果が、この有様である。

アルクェイドとシエルは目的を忘れて、口論を続け、男二人はただそれを呆然と眺めていた。
しかし、それは思ったより長くは続かなかった。
第三者の乱入があったためである。

「人の屋敷で何をやっているのですか、あなた方は。しかも、人の土地をこんなにも荒らして・・・」

その場にいた全員が声のしたほうを見やった。
そこには黒い長髪の少女が立っていた。
その側には割烹着を着た少女を伴っている。
長髪の少女を見て、志貴は思わず声を上げた。

「秋葉。あー・・・これはだな」
「兄さん。説明していただけるんでしょうね?」

その声には有無を言わさないものが込められていた。

・・・どうにも噂以上に妹に弱いらしい。

元はといえば自分の責任なので、放っておくわけにはいかないと感じた凪は口を挟むことにした。

「あー。その。遠野が悪いわけじゃないんだ」

きっかけとしてそう告げてから、さらなる事情説明をしようとした凪だったが、それはあっさりと少女・・・遠野秋葉に遮られた。

「申し訳ありませんが、私は今兄と話していますので」

・・・凪は知らない事だったのだが。
遠野秋葉は兄である遠野志貴の周囲にいるアルクェイドやシエルの事を快く思っていない。
その二人が揃って邸内にいる事が苛立たしく、機嫌が少し斜め気味だったのだ。
そのため、普段ならもう少し冷静に、かつ柔らかく応対していたであろう”客”に対して刺のある言葉を向けてしまったのだ。

そして、それはやや気が短い凪の神経を少し刺激してしまった。
普段ならムッとしてもとりあえずは黙っていたのだろうが、凪もまた自分の不甲斐なさに不機嫌になっていたのだ。

「事情説明するのはどっちでも変わらんだろ。そう兄貴を責めるなよ」
「あなたには関わりのないことです。黙っていていただけますか?」
「俺に関わりのあることなんだよ、これは。いいから話を聞けって」
「お断りします。私は兄さんの口から事情を聞きたいんです。
そもそもあなたに順序立てて事情が説明できるとは思えませんが」
「・・・言ってくれるな、この無い胸娘」

その凪の言葉に、その場にいた人間達はそれぞれの反応を返した。
志貴は顔面蒼白になり、
アルクェイドはあーあと言わんばかりの表情になり、
シエルは困ってるんだか楽しんでいるんだか分からない笑みを浮かべ、
割烹着の少女はニコニコと笑いを浮かべていた。

言われた当の本人である秋葉は一瞬呆気に取られた顔をした後、はっきりと怒りの表情に変わった。

「な・・・・・初めて会った人間に対して無礼だとは思わないのですか?!」
「最初に無礼だったのはどっちだよ!?」
「ぐ・・・」
「む・・・」

そんな不毛な言い争いはそのまましばらく続く様相を示していた。
だが、そこに割烹着の少女が割って入った。

「はいはい、秋葉様。そのぐらいになさってはいかがですか?」
「琥珀、あなた・・・」
「せっかくこんなにお客様がいらっしゃっているのですから、短気は損気、皆仲良くやりましょう」

その極めて晴れやかな笑顔を見てしまっては、秋葉も凪も互いの敵意を霧散させざるをえなかった。

「・・・」
「・・・」

顔を見合わせると、凪は頭を掻いてから言った。

「・・・・・言い過ぎた。それは謝る」
「・・・・・いえ、こちらこそ失礼しました」

ぶっきらぼうな凪の言葉に、表情をあまり変えることなく秋葉は答えた。
凪にしても秋葉にしても反省はしていたが、それは表面上のみのやり取りだった。
自分の非は認める事は出来ても、納得ができるほど二人は大人ではない。

「ではせっかくですので、皆さんご一緒にお茶しましょうか」

そんな琥珀の言葉に、その場にいた人間達はそれぞれに顔を見合わせて、ぞろぞろと移動し始めた。
・・・その頭上には少しずつ闇が広がっていた。





広がり始めた闇の中を一人の少女が彷徨っていた。
少女・・・弓塚さつきはやっと自分の時間がやってきた事に安堵した。
昨日は思わぬ事態のために人を襲う事が出来なかったので、体が栄養を求めていたのだ。

栄養。
それは人の血。

何故人の血で無ければならないのか。
それはさつきにはわからない。
ただ飢えた自分はそれでしか抑える事ができない。
それだけでしかなかった。

・・・昨日思わぬ事さえ起きなければ今日の飢えは無かったのに。

そう思ったさつきの脳裏に、二人の人間の事が思い浮かぶ。

「遠野君・・・白耶君・・・・」

かつて助けてもらった事があって憧れていた遠野志貴。
ぶっきらぼうだが憎めないクラスメート、白耶凪。

彼らに『自分の事』を知られてしまった。
彼らはどうするのだろうか。
自分の事を探そうとするのだろうか。

それとも。

「・・・助けて、くれるかな・・・」

呆然と立ちすくんで、一人呟いた。
・・・その時だった。

「誰もお前を救いなどしないさ、半端者の小娘」

そんな声が、さつきの耳に響いた・・・・・






「なるほど、そういうわけでしたか」

秋葉はそう言うと、椅子に座って優雅に紅茶を口に含んだ。
その視線は興味深げに凪に向けられた。

遠野邸の一室に、一同は集まっていた。
一つのテーブルを囲み、志貴と秋葉が向かい合い、その志貴の隣にアルクェイドが、その隣に凪が座り、その凪の向こう側にシエルが座っていた。
遠野家の側仕えである、翡翠と琥珀はお茶の準備をした後は、それぞれの仕事が残っているということで何処かへと去っていった。

「・・・まあ、白耶君の事は後に置いておくとして。問題は今のこの街の状況です。
せっかく、秋葉さんもいらっしゃる事ですし、状況を整理しておきましょう。
その方がややこしいことにならない・・・もとい、今後の対応にも困らないでしょうし」
「・・・そう言えば最近この街の荒れ方がどうとか言ってたが、どういうことなんだ?」

白耶が問い掛けると、シエルが頷いて解説を始めた。

「数ヶ月前、連続殺人事件があったのはご存知ですね?」
「ああ。一応は」
「詳しい事は省きますが、その事件は吸血鬼によるものでした」
「・・・」
「その事件の残滓が残っている可能性を考慮して、吸血鬼討伐の任を帯びた私は暫しこの街に滞在していたのですが、ここ最近異常な事が起こり始めたのです」
「死者が多くはびこるようになってきたのよ」

シエルの話にアルクェイドが割り込む。
むっとした表情を浮かべたシエルだったが、そのままアルクェイドに話の先を促した。

「死者・・・まあ、ゾンビって言った方がいいかな。ゾンビは知ってる?」
「話程度になら知っていますが。それがどうかしたのですか?」

シエルの時とは違い丁寧な口調で凪は問いを返した。

「凪の知ってるゾンビとかの知識はこの際置いておいて、ゾンビが自然発生するのはありえないのよ。前回の事件絡みの死者がグールになるのも条件が合わなければ数年はかかるしね。
それこそ人為的な介入でもない限りは」
「人為的と言っても、この場合は人間ではなく・・・」
「・・・吸血鬼だろうな」

シエルの言葉を志貴が継いだ。
・・・正直、凪には信じられない事実ばかりだったが、誰も否定しない所を見ると真実なのだろうと判断した。

「これは私の推測なのですが・・・おそらくこの街には吸血鬼が潜んでいます」
「まあ、多分そうよね」
「ロアに死徒にされたものか、それとも別件の吸血鬼なのかまではまだ判断がつきませんが・・・」
「・・・いずれにしても放っておけねーよ。もちろん弓塚の事も含めてな」
「ああ、もちろんだ」

凪の言葉に志貴は深く頷いた。

「その心意気は結構です。
しかし、白耶君はその前に力の制御をモノにしてください。
自分の身すら守れないものが人を守ろうというのは傲慢です」
「・・・」

そのシエルの言葉に凪は俯いた。
・・・それが事実である以上反論は出来ない。

「私は今晩以降も巡回する予定ですが、秋葉さんはどうしますか?
・・・どうせ遠野君はするなと言ってもするんでしょうし」
「病弱な兄さんを一人うろつかせるのは感心しません。ですので、私は兄さんと行動を共にします」
「・・・秋葉、お前は大人しく家で待ってろ」
「そういうわけには行きません。
兄さんの事もありますが、私は仮にも遠野家の当主。
それが自分の土地の管理もできないようでは他家に甘く見られます」
「そんな理由で・・・」
「他家に甘く見られるということは、遠野家の立場を危うくするという事です。
兄さんはこの家の事などどうでもいいというのですか?」
「ぐ・・・」

秋葉の言葉に押し黙る志貴に凪が言った。

「・・・遠野。妹さんの言ってることは理に叶ってる。好きにさせてやれよ」
「白耶。お前な・・・」
「そこまで言うからには、妹さんは自分の身を自分で護れる”力”があるんだろ?」

と、これは秋葉に向けての言葉。

「ええ、もちろんです」
「なら問題ないだろう。許してやれよ」
「でもな・・・」
「・・・遠野。俺にも妹が一人いる。
だから、お前が妹さんを危険な目に合わせたくないってのはよく分かるつもりだ。
でも、それ以前にこの街で起きている異常を解決するには”特別な人間”が一人でも多く必要だ。
俺はそう思うんだが・・・・・違うか?」
「・・・」
「俺が今”力”を制御できるなら、そんなことは言わせない。
だが、今の俺はまだ無力な一般人でしかない。
だから、今は頼む」
「・・・・・」
「志貴、いいんじゃない?凪の言っていることは正しいと思うよ」
「同感ですね。客観的に見て、敵の正体すら掴めない今は人手があったほうがいいですし」
「・・・分かったよ。好きにしろ。ただし、危ないと思ったらちゃんと退くんだぞ」
「兄さんに言われなくても分かっています」

不機嫌そうな秋葉の顔を見て、凪は・・・

「どうしたの?」
「いえ、俺の妹もあんな顔を良くするよなって思ったんですよ」

そう言って表情を緩めた。





「すっかり遅くなっちまったな」

凪は夜道を一人で歩いていた。
本当はアルクェイドを家まで送りたかったが、アルクェイドの力の一端を見せられて、今の自分では足手まといに過ぎない事を自覚していたので、内心では歯噛みしながらも、それを見送るに留まった。



あの後は、今後の対応を少し話してから解散となった。
さつきのことも、本来なら死徒を殺さなければならない立場にあるらしいアルクェイドやシエルに頼み込んで、出来うる限り捕獲して欲しいと凪と志貴の二人は必死に説得した。
二人はやや納得できない様子ではあったが、志貴の言葉ゆえか承諾した。

・・・それでも、問題解決の余地がなければ殺さざるをえない。
それだけはゆるがない事をはっきりとさせて、だが。

人の形をしたものを”殺す”という事実に驚きや躊躇いがないわけじゃない。
だが、もうそれが人でない・・・既に死んでいる存在だというのなら、躊躇は禁物だろう。
・・・まだ人の姿と心を持っている弓塚さつきはともかくとして、だが。

「・・・なんにしても、早く制御できるようにならないとな」

志貴にしろ、秋葉にしろ、特別な力を持っていて、余程の事がない限り自分達の身は自分達で護れるということを聞かされて、凪は焦燥を感じた。

このままでは、自分はただの役立たずだ。
このままでは、自分を救ってくれたアルクェイドに報いる事が出来ない。

そこでふと、秋葉の事が思い浮かぶ。
彼女は志貴の一つ下という事らしい。
ということは自分の妹とも同い年だ。

「・・・そんな子に危険な事はさせられないしな」

そんな感じで凪が決意を新たにした、その時だった。



「いやああああああああああああっ!」



空気を裂くような女性の悲鳴が響き渡った。

「・・・!」

基本的にお節介の凪は迷うことなく走り出した。
角を曲がり、その狭い路地裏に到達する。
そこには。

「・・・っ」

地面に倒れた見知らぬ女性と、その女性に覆い被さろうとする、金属バットを手にした男の姿があった。
凪は瞬時に判断し、まず男を追い払うなり、捕まえるなりする事にした。
地面を蹴って、男に殴りかかる。

(勘違いだったら後であやまるっ!)

鈍い音が響き、凪の拳を顔面に受けた男は地面を転がった。
見事なまでのクリーンヒットだった。
いきなりそう来るとは思わなかったのか、そもそも気付いていなかったのか、男は反応らしい反応すら見せなかった。

(・・・あれなら、すぐには起き上がれないだろ)

凪はそう思考すると女性の元にしゃがみ込むと、身体の異常、脈や息、心音を確かめた。

「・・・気絶してるだけか」

ふう、と安堵の息を洩らす。
その凪を影が覆う。
それに気付いた凪はバッと地面を転がってその場を離れた。
その凪がいた空間をブンッと金属バットが行き、過ぎる。
・・・それは明らかに相手を死に至らしめる威力を持って振りぬかれたものだった。

顔を上げると、そこにはさっき殴り倒したはずの男が立っていた。

「意外にタフ・・・」

言いかけて、凪は気付いた。
その男がタフだとかそういう尺度で測れる存在ではない事に。

男の頭部は赤かった。
血もあるが、それだけではない。
頭蓋が割れて、その中身が露出しているのだ。

「・・・っ!」

よく見れば片目がない。
そして生きている人間の皮膚の色じゃない。

「そうか、これが”死者”って奴か・・・」

なるほど、これなら女性が気絶したのも無理からぬ事だ。
凪は素直に納得した。

”死者”が動く。

その動きは大して速くない。
だから凪はその動作の隙を付いて、死角に回り込み”死者”の脇腹に全力の蹴りを叩き込んだ。
昔からお節介のせいで争いに巻き込まれる事も少なくなかった凪は喧嘩慣れしている。
そのため、ある程度の相手なら武器を持っていても余裕で勝てる。

・・・だが、それは普通の話だ。

蹴りを受けて再び地面に倒れた”死者”は平然と立ち上がってきた。

「・・・ち」

どうなっているのかの理屈はともかく。
もう既に死んでいるのなら、腹を蹴られようがなんだろうが痛みはないだろう。
痛みがないのなら、すぐに起き上がるのも簡単だ。

「・・・まずいな、これは」

これを続けていればいつか疲労する。
疲労は当然動きに支障を生じさせる。
そうなれば結果どうなるのかなんて、想像するまでもない。

だからと言って女性を置いて逃げるわけにもいかない。
抱えて逃げるのは・・・難しいだろう。

そこまで考えると、凪の背中に冷たいものが走り抜けた。
それはこの一週間で幾度か感じた気配。

現実的な、圧倒的な、死の気配。

「死ねない」

・・・奥から湧き上がる。

「俺はまだ」

・・・その鼓動。

「死ねないんだ・・・!」

・・・そして、その感覚。

凪の腕が陽炎の中でゆらめく。
次の瞬間、凪の腕は『白き腕』に変化していた。

「変わった・・・っ!」

その事に戸惑いながらも、凪は地面を蹴った。
自分の中に流れる感覚に従って腕を振るう。

”死者”はそれを金属バットで防ごうとする・・・が。

「がああああっ!!」

『白き腕』はそれすら容易く破壊して、”死者”の胴を貫いた。
二つに折れた金属バットが地面に落ちて甲高い音を立てる。
凪自身驚いていたが、彼にそんな暇はなかった。
胴を貫かれても”死者”はなおも動き、その手を凪に伸ばそうとしていたのだ。

「・・・っ!」

力と意識を『腕』に集中する。
すると『腕』の刺さった部分から、白いヒビが”死者”の全身を行き渡り、その瞬間”死者”は白い粉になり、パラパラと散っていった。

「・・・・・・・勝った、のか?」

一体、何がどういう原理なのかは分からない。
だが、現実に自分はどうにか生きている。
なら、今はそれで十分だ。

安心した凪は、ふー、と息を吐いた。

「・・・後は、この人が起きるのを待つだけ・・・」

そう言い掛けた凪は不穏な空気が辺りに漂っている事を感じ取った。
それは今まで生きてきて全く感じた事のない感覚。
まるで、閉じ込められたような息苦しさを凪は感じていた。

その感覚を証明するように、凪の周りに”それ”が現れた。
凪は”それら”がさっきと同じ”死者”だと気付いた。
それが六人・・・いや、六体。

本当に何がどうなっているかは分からない。
が、言える事がただ一つあった。

「・・・こりゃ、ほんとにヤバイな」

凪はさっきよりも確かな死の予感を感じながら、腰低く構えた。
その内の一体に、僅かな隙が見えた。

「・・・・・らあああああっ!!」

一声吼えて、凪は右腕を振り上げた・・・!



・・・続く。



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閑話休題



凪「第二話だな」

志貴「言わなくても分かるって。しかし、秋葉たちは思ったよりも早く登場したな」

秋葉「作者も出すつもりはなかったらしいですけど、いろいろ話を練った結果これが最適と見たようです。・・・まったく、筋を考えていても細かい所を考えないから毎回苦労するんですよ」

琥珀「それはまだいいとして、翡翠ちゃんや私の出番が少なかったのには納得できないですよー」

翡翠「・・・同感です」

凪「まあ、あんたらは戦闘要員じゃないからな。戦闘が多いこのSSだと出すのは難しいんだろう」

さつき「・・・いいじゃないですか、出番くらい。私は不幸の予感がひしひしとしてるよー」

アルクェイド「うーん、確かに。このままだとさっちん、不幸街道まっしぐらぽいね」

シエル「しかし、それもまた弓塚さんの宿命ですね」

さつき「うわあああああん!」(泣きながらランナウェイ)

志貴「弓塚さん!弓塚さーんっ?」

凪「・・・本当に不幸だな。じゃ、弓塚のこれからの幸を願いながら今回はお別れだな」

アルクェイド「じゃ、まったねー」


第3話はもうしばらくお待ちください