このSSはTo Heart2の二次創作小説です。
作者の偏った考え方も含んでおりますので、原作のイメージが第一と考える方は読む事をご遠慮ください。
またネタバレというか、タマ姉シナリオクリア後の話なので、タマ姉シナリオをクリアしていない方もご遠慮ください。
以上の二点に関する苦情については受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。
それでは、どうぞ。
遠い昔のあの日……タマ姉は誓ってくれた。
『タカ坊は、生涯ワタシの事を愛し続けると誓います。
もしワタシたちが離ればなれになることになっても、
必ず再会して思いをそいとげることを誓います』
そして……俺も誓った。
随分遅くなってしまったけれども。
『オレは、生涯タマ姉の事を愛し続けると誓います。
もしワタシたちが離ればなれになることになっても、
必ず再会して思いをそいとげることを誓います』
それから……半年の時間が流れた。
君を見つめて
「はぁ……」
俺……河野貴明は溜息をついた。
秋風が冷たくなり始めた、そんなある日曜日の夕方。
その溜息は、徐々に冬が近付いているせいではない。
改めて周囲を眺める。
自分がいる純和風の部屋は、家具の一つ一つとっても全てが一級品……もとい、特級品で、部屋そのものも作りからして一般家庭のものとは違う。
横にさりげなく視線を送れば見える、広い庭。
風流さと華やかさを感じさせるそこは、庭というよりは日本庭園と言った方がいいかもしれない。
昔から知っているこの部屋の、この家の価値を知り始めたのは、いつ頃からだっただろうか……
そんな事を考えながら、今いる場所が自分の家じゃない事を確認する。
それが、今の溜息の理由……少なくともその何割かである事を実感する。
「なんだよ、不景気な顔しやがって」
その声に反応して、振り返る。
そこには、この状況の原因……もとい『理由』となった人物の弟であり、俺の友人である向坂雄二がいた。
「勉強疲れなんだよ。
折角の休みなんだ、放っておいてくれ」
「勉強疲れっていうか、姉貴疲れじゃないのか?」
そう言って、雄二は周囲を警戒する。
余程アイアンクローの餌食になりたくないんだろうな。
……最近、俺の事に意識が向いてて、回数が減ってるだけに。
「ふぅ、姉貴はいないな」
「夕飯の材料買ってくるからって出掛けてる。
っていうか、そんなに警戒するぐらいなら言うなよ」
「貴明……言論の自由さえままならない世界なんて間違っているとは思わないのか?!」
「言論の自由というか、お前が余計な事を言ってるのが問題だろ」
「あの横暴暴虐の限りを尽くす姉貴に怯えて、本音さえ言えないお前に比べればマシだろ」
「……」
「ん? どうした?」
「雄二。タマ姉は……違うよ」
タマ姉……向坂環。
幼馴染で、雄二にとっての実の姉、俺にとっても姉みたいだった人。
そう。”だった”。
今は……違う。
今の俺にとっては、姉みたいな人じゃなくて……大切な人。
だから、俺はハッキリと言った。
「タマ姉は……そんなんじゃないよ。
少なくとも、お前が言うほどには」
雄二はそんな俺を見て、フッ、と息を零した。
「分かってるって。
少なくとも、お前にとってはそうじゃない事や、お前はそう思わないようにしてるってのは。
そう思わなきゃやってられないもんなー、あの姉貴の所業は」
「俺は、ってなんだよ」
「言葉通りだろ。今のお前は姉貴ビイキだからな」
「……あのな………」
「いや、お前……本気で反論できるのか?
幼い頃からの姉貴の所業や、今の状況を鑑みて、そうじゃないって言い切れるのか?」
いや、まあ。確かに。
子供時代からタマ姉のやってきた事を思い返すと……
「……少しは言い分を認めておいてやる」
「お前、ホント男相手だと強気だよな」
俺の言葉に、雄二は呆れ顔で呟いた。
「しっかし、なぁ」
「? なんだよ」
「昔から俺ともども姉貴にあれだけやられてきたお前が……そうやって”素直”に姉貴を庇うようになるとはな。
なんつーか、新鮮って言うか……そんな感じがするぜ」
「……」
雄二がそう思うのは、当然なのかもしれない。。
冷静に考えてみれば……以前の俺なら、むしろ雄二と一緒にタマ姉の行動に頭を抱えていた筈だから。
「まあ、お前らしいっちゃらしいのかもな」
楽しそうに笑う雄二。
その笑い方は……姉弟だからなんだろう、少しタマ姉に似てる。
そんな笑い顔を見ていると、俺は呟かずにはいられなかった。
「雄二」
「なんだよ」
「本音さえ言えないって部分だけは正解かもしれない」
それは、さっきの雄二の言葉の中でで、引っ掛かった部分。
俺が口にした言葉で、笑顔だった雄二の顔が僅かばかり曇る。
だけど、その曇りは少しで……全体から見れば僅かであって、表情そのものはまだ笑顔だった。
そして……その笑顔は『分かってるって』と言わんばかりだった。
「……別にタマ姉と一緒にいるのが嫌なわけじゃないよ」
それでも誤解されないように、先んじて言っておく。
いや、これは雄二に誤解されない為じゃなくて……自分自身確認する為だったんだと思う。
そう。タマ姉と一緒にいる事が嫌じゃないという言葉に嘘は無い。
タマ姉が俺にとって、大事な人である事に変わりは無い。
この所はずっと一緒にいて、その事を確認している毎日だ。
ただ……
「ただ………九条院の大学に行くって事に引っ掛かってるだけ……だと思う」
あの日……あの花火大会の後、俺はタマ姉の家に居候というか引っ越す事になったというか、なってしまっていたと言うべきなのか……ともかく、そうして今、向坂の家に住んでいる。
そうなった理由としては、タマ姉が既に内定をもらっている九条院……元々タマ姉が通っていたお嬢様学校だ……の大学部に、俺が合格する為。
その為に、タマ姉は向坂家に俺の部屋を設けて、俺を呼び寄せた。
その為に、タマ姉は俺に日々勉強を教え、体調管理を行っている。
九条院の大学部に合格する為の偏差値は東大並みで、そこまでやらなければ俺なんかじゃとても合格できないからだ。
「姉貴と一緒にいるのは嫌じゃないんじゃなかったのか?」
「いやだから、そうじゃなくて。
タマ姉に言われるままに進路を決めていいのか……そう思ってる」
確かに、タマ姉と一緒にはいたい。
でもそれと自分の進路は……また別の問題じゃないだろうか。
「俺は……タマ姉が好きだよ。
でも、だからって、そこに甘えてていいのかな。
今の俺はタマ姉に甘えて、自分で考えようとしてないんじゃないか……そんな気がするんだ」
「うわ、ぶっちゃけやがったコイツ。恥ずかしくないのか?」
「あのな……この状況下でぶっちゃけるもクソもあるか」
両方の家族公認とは言え、言うなれば同棲状態。
そこを考えると、同じ屋根の下に暮らすコイツも踏まえて、何を今更、だ。
言われて納得したのか、雄二は、ふむ、と頷いた。
「それもそうだな。
にしても、甘えねぇ。むしろこの状況以上に辛い状況は無いと思うぞ、俺は」
「まぁなぁ」
それも事実だ。
タマ姉に徹底管理された九条院合格へと向けた心身改造プログラムは、生半可じゃ耐えられない。
というか、耐えてられるのが不思議なぐらいだ。
「というかだ。この苦境に耐えてこそ、姉貴への愛の証明になるんじゃないか?」
「やかましい」
「とかなんとか言って、ちょっとはそういう事考えてたんだろ」
「う」
いや、正直な話……少しだけ、それはあった。
愛の証明だとか大袈裟なものじゃないけど、タマ姉が俺の為に色々考えてくれるのなら、それに応えたい、応えないといけない……そう思ってた。
「まあ、それはとりあえずさておいて、だ」
雄二がわざわざ『ここにあったモノは向こうに置く』ジェスチャーをしてから、場を整える。
「お前の言わんがする事は分かるが、
そう馬鹿みたいに悩むのは、今言った事を姉貴に話してみてからでも遅くないだろ?」
「それができたら、こうやって愚痴ってないっての」
「じゃあ、このまま流されたままでいいのか?」
そこで。
いままで笑みを浮かべていた雄二の表情が……真剣なものに変わった。
「……それは」
「俺はお前が流されてるんだか分からねーが、お前がそう感じてるのなら……貴明。
お前後で絶対泣きを見るぜ。
そんな状態で勉強したって、偏差値が馬鹿みたいに高い九条院に合格できるわけなんかないしな」
言い返せない。
それは紛れもなく事実だからだ。
このまま迷いを抱えていたら、いつかは限界がきてしまう。
仮に限界が来なかったとしても、そんな半端な状態で何かが出来るなんて……俺には思えない。
「それに。
姉貴は、お前の為に浪人するんだぞ?
それを分かって言ってんのか?」
「……分かってるさ。そんなことは。だからこそ、なんだよ」
タマ姉は今年受験しない。
内定しているとは言え、そうする事で将来的にタマ姉がどういう影響を受けるのか……少なくともプラスのイメージは持たれないだろう。
ただ、一つだけ言える事は。
タマ姉が俺と一緒にいる為にそうしてくれているのであれば……俺はちゃんとそれに向き合うべきだという事。
中途半端な気持ちは、タマ姉には向けられない。
俺なんかの為に、この町に戻ってきてくれたタマ姉に申し訳が立たない。
なにより、俺自身、そんな自分は許せない。
「なんだ、分かってるんじゃないかよ」
「そりゃ、ここ数ヶ月タマ姉に鍛えられたからな」
多分、俺がこんな事を考え始めたのも、元を正せばそれが理由であり原因なんだろう。
タマ姉に鍛えられてるからこそ、俺は真剣に『先の事』を考え出したんだと思う。
「少しは、マシになっていくさ」
「あー、そりゃ違いないな。ついでに絞られた俺が言うんだ。間違いない」
雄二が笑う事で、さっきまでの空気が消える。
そうして俺達は軽く笑い合った。
「……ま、言う事は言ったから、後はお前で考えてくれや」
「ああ」
「まぁ姉貴と付き合うのも、姉貴の意見を曲げるのも大変だってのは、俺が保障してやるが」
「するな」
「でもな。お前なら姉貴とやっていけるって事も、俺が保障しといてやるよ」
「やかましい」
「赤くなった顔じゃ説得力はねーなぁ」
そう言いながら、雄二は背を向けた。
「何処に行くんだよ?」
「予約してた緒方理奈のアルバムを取りに行くんだよ。
まぁ、心配するな。後でお前にも聞かせてやる」
いや、興味はあるけどさしあたっては……そう言い掛けて、止める。
「……ああ、そうさせてもらう」
なんとなく俺の言葉。
それに雄二は親指を立てて応えると、今度こそその場を後にした。
そんな背中に、俺はとりあえず感謝しておいた。
それから、数時間後。
コンコン、と俺の部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
その主が誰なのかは分かっているので、机に向かっていた俺は、間を置かず答えた。
「失礼するわね」
そうして入ってきたのは……タマ姉だった。
「悪いね、タマ姉。夕食の片付けの後だってのに」
開いていた参考書とノートはそのままに振り返る。
この数ヶ月の間、鬼のように勉学に向き合っていたので、今ではタマ姉に言われるまでもなく勉強しないと落ち着かないくらいだったりする。
そんな自分の変化に、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……今は、それはさておこう。
その習性そのものは、今からの話には関わりない事なのだから。
「別にいいわよ。大した手間でもないし。
それで何、タカ坊の話って」
タマ姉の言葉で、俺は居住まいを直す。
そうして心持ちを落ち着けて、言った。
「あのさ……俺、色々考えてたんだよ」
「何を?」
「その……九条院を受ける事について」
「え?」
「このまま……タマ姉と一緒にいたいからって九条院を受験していいのかって」
「タカ坊……?」
笑顔だったタマ姉の表情が曇っていく。
「私と一緒じゃイヤなの……?」
不安そうな表情。
昔離れ離れになった時と、半年前タマ姉が気持ちを吐き出した時の、あの顔にダブっていく。
そんなタマ姉の顔は……やっぱり見たくない。
そうして、俺はタマ姉が好きなんだ、という気持ちを再確認する。
(だから、言わないと)
タマ姉の不安を振り払うように、首を横に振って、俺は言った。
「違うんだ。
タマ姉と一緒にいたい……その気持ちに嘘は無いよ。
でも……ずっと一緒にいたいからこそ、色んな事を考えるべきだと思うんだ。
俺がタマ姉に『いてもらう』んじゃなくて、二人で一緒にいるために。
タマ姉が俺と一緒にいたいって思ってくれるように、俺もそう思ってるから」
「……」
「正直な話……進路について具体的なイメージがあるわけじゃない」
雄二と話した後も、色々考えてみた。
そこで、俺は気付いた。
九条院に行く事に疑問はあっても、他に何かが、目指すべき道がある訳じゃないという事に改めて。
「だから、九条院に行く為の勉強は続けるつもりだよ。
タマ姉と今まで積み重ねてきた……大事な時間だから。
でも……もしかしたら、もっと違う道を見付けるかもしれない。
自分のやりたい事とかもそうだし、
将来……その、タマ姉と暮らしていく為に就職したりもあるかもしれない。
ほら今はその……大学出は逆に採用されないところも多いらしいし……
いや、九条院くらいの大学なら、将来的なプラスにはなってもマイナスにはならないんだろうけど……」
言い訳がましくなるのを自覚しながらも、懸命に言葉を紡いでいく。
一番大事な事を、まだ言ってないのだから。
「ただ、どんな道を歩いたとしても……大事なのは、あの誓いの言葉だと思うんだ」
そう。
一番大事なのは、あの言葉。
『オレは、生涯タマ姉の事を愛し続けると誓います。
もしワタシたちが離ればなれになることになっても、
必ず再会して思いをそいとげることを誓います』
そんな……時間を越えて、二人で交わした誓いの言葉。
「俺は……あの言葉を守る。絶対に守るから」
「タカ坊……」
「だから、その……俺がそういう事を考えている事は……忘れないで欲しいんだ。
それ以上に……俺があの言葉を守るって事も……忘れないで欲しい。
そして……こんな俺でよかったら……これからもよろしくしてほしい」
……言うだけの事は言った。
後は……タマ姉がどう反応するかだ。
おそるおそる見やると、タマ姉は顔を俯かせて震えていた。
その表情は、艶やかな髪に半ば遮られてよく見えない。
……それが俺の不安を煽ってしまう。
(怒ってる、のか?)
それも当然かもしれない。
すごく身勝手な事を言っているのだ、俺は。
(それでも……迷うわけには……中途半端は、ダメなんだ)
そうして。
怒られる事や、色んな事を覚悟して、息を呑んだ瞬間。
「タカ坊っ!」
「っ……って?!」
いきなり。
タマ姉が抱きついてきた。
「た、たたタマ姉?!」
いきなりな展開についていけない俺は慌てふためく。
そんな俺にタマ姉は言った。
「うーん……っ! タカ坊、見直したわ。惚れ直した。それでこそよ」
柔らかい二つの膨らみやら、肌の感触やらもう……
いや、まあ、もう何度も味わってはいるんだけど……って、そうじゃなくて。
「タマ姉、その……怒ってないの?」
「馬鹿ね、怒るわけないじゃない。
今の……殆どプロポーズじゃないの」
「あ」
冷静に考えてみると、さっきの言葉はそれに近い。
自覚すると顔が赤くなっていくのを、抑えられなくなった。
タマ姉は、そんな俺から少し身を離して、俺の顔をジッと見つめた。
微笑みを浮かべるその顔は、微かに赤い。
そんな顔のままで、タマ姉は言った。
「そういう事なら、いくらでも考えなさい。
幸い、まだ受験そのものまでは時間があるし。私も一緒になって考えたげるから」
「タマ姉……」
「そうよね。
九条院に行くだけが道じゃないものね。
大事なのは……」
改めて、抱き締めてくるタマ姉。
それは凄く優しくて、穏やかな……そんな抱擁。
「あの誓いだものね」
耳元にその言葉が流れた瞬間……俺の胸に温かいものが満ちていった。
ああ、よかった。
この人で、よかった。
俺が心からそう思った……その時。
「うんうん……そうね、それならちょっとスケジュールを考え直さないとね」
「はい?」
思わず、そんな声が上がる。
えーと、その。
何か嫌な予感がするんですが。
「タマ姉? 何を……おっしゃってるんですか?」
そんな俺の呟きに、タマ姉は抱き締めたままの俺の背中に『の』の字を書きながら答えた。
「うん、だからスケジュールを考え直すって。
タカ坊が目指す場所が分からないんだったら、もっと広範囲、徹底的に勉強してもらわないと。
東大でも、MITでも関係なく、望めば入れるようにね。
そうだ、身体能力も上げておくに越した事は無いわよね」
なんか、また、予想外の展開。
というか、今以上に辛い状況はあったみたいだぞ、雄二。
だらだらと脂汗が流れていくが、どうしようもない。
それを招いたのは……俺自身なのだから。
「あ、ははははは」
乾いた笑いが零れ落ちる。
そんな俺の様子など眼中にないのか、タマ姉は言葉を続けた。
「うん、決めた。
今週までは対九条院だけど、
来週からは九条院対策を含めてもっと密度濃いスケジュールを組むから。
うーん、やりがいが出てきたわ。
しっかりついてくるのよ、タ・カ・坊♪」
うわー。
凄く嬉しそうなんですけど。
というか、いままでのじゃ物足りませんでしたか。
なんて、冷や汗でぐっしょりな状況の中で……タマ姉は言った。
「ありがとタカ坊」
「え?」
「タカ坊がいる限り、相変わらず我が青春、順風満帆よ」
抱き締められてる体勢が体勢だから、タマ姉の顔は見えない。
でも、きっと輝くような笑顔を浮かべているんだろう。
そんなタマ姉の呟きは、天使の囁きか、悪魔の誘惑か。
ただ一つ言えるのは。
それがどっちにしても……多分俺は一緒に行くんだって事。
タマ姉と、歩いていくって事だけは……変えられそうにない。
「……俺も、そうかな」
苦笑しながら小さく呟いた言葉。
それがタマ姉に聞こえない事を俺は祈った。
だってほら。
聞こえたら……さっきの『多分』が『絶対』になるし、してしまうから。
それが、俺が好きなタマ姉なんだから。
自分で呟いといてなんだし、そうなるのも時間の問題なんだろうけど……俺は、祈った。
……END