この物語は、このHP『ゆーとぴあ本舗』の一次、二次創作の傾向を知っていないと楽しめない可能性が大きいです。
その事を踏まえた上でこの作品を読みたいと思える方は下の方へにお進みください。
この三年間『此処』に訪れてくださった方々に、心からの感謝を込めて。
ゆーとぴあ本舗三周年記念作品・パーティー(後編)
そこは、私が通う高校の校門。
下駄箱からずっと靴を整え、ようやっと満足し、鞄を持ち直した私にクラスメートの声が掛かった。
「青蒼、最近帰るの早いな」
「……」
「何か面白い事でもあったのか?」
「……えと。はい」
クラスメート……赤嶺 紅(あかみね こう)君の言葉に、私は懸命に答える。
もしかしたら、他の人には懸命には見えないかもしれないが。
赤嶺君の容貌は、良く言えばワイルド風味、悪く言えば悪党顔。
実は良いヒトなのは知ってるし……実の所結構好きだったりするけど、話す時は緊張する。
いや、好きだから、なのかも知れない。
……まあ、元々人に接するのが少なく、不慣れなのが一番大きいんだと思うけど。
「ふーん。それって、なんなんだ?」
「……う、その」
赤嶺君がオンラインRPGというものの存在を知っているのか、ネットに興味があるか、そもそもインターネットをやっているのか……そういった疑問が頭を駆け巡る。
「上手く説明できないか?」
「……」
コク、と首を縦に振る。
実際言葉にならない以上、説明しようがない。
「ま、ならまた今度でいいさ。
最近退屈してんだ。退屈凌ぎになりそうな事なら教えてくれよ」
じゃーな、と手を振って、赤嶺君は去っていく。
その背中を暫し眺めてから、私も自身の帰る道へと足を乗せた。
「ただいま」
『普通』からかけ離れた門を抜け、『普通』から乖離した扉を開き、私はようやく自身の家に入る。
……幾度か此処を訪れた人達からは『お屋敷』と呼ばれる家に。
「お嬢様。お帰りなさいませ。お早いお帰りで」
「ええ、今日はネットの約束がありましたから」
「そうですか」
優しい爺やの出迎えに、私は相好を崩した。
基本的に人と話すのが苦手な私も、子供頃からずっと面倒を見てくれた爺やなら問題ない。
そんな爺やの横を通り過ぎ階段を登ろうとした時、爺やは穏やかな顔のまま、私を呼び止めた。
「お嬢様。荷物が届いていらっしゃいますが」
「荷物……? あ」
荷物の中身を思い出して、私は手鼓みを、ポン、と打った。
衣能月 幾穂(いなづき ゆきほ)というライトノベル作家の新刊を、ネット通販で予約していたのだ。
基本身体が弱い私にとっては、時々近所の本屋に立ち寄る事さえ億劫な時もある。
そう思うと本当にネットというのは便利だ。
今更ながらになんで今まで敬遠していたんだろうとシミジミ思う。
「お部屋の机の上に置いておきましたが」
「はい、ありがとうございます」
だが荷物の開封は後回しになるだろう。
今は……向こうの世界での約束が優先だ。
「お待たせしました」
最早慣れた手付きで『その世界』に入り込む。
そのポイントには既に私以外の全員が集まっていた。
「すみません、遅れてしまいました」
「私結構待っちゃったよー」
言葉とは裏腹に、ニコニコとご機嫌な笑顔でカオルさんは言った。
「なんでも約束の時間より30分早く『入った』らしい」
「凄い気合入ってます」
「しょうがないじゃないっ。
なんせ魔王を倒す大冒険よっ! いよいよ大詰めなのよ?!
燃えなくてどうするの?!」
むふぅーっ、と溢れんばかりの息を零すカオルさん。
出会った日にイベントの詳細を話した後、一番目を輝かせていたのはこの人だった。
『魔王っ!? そんなイベントを待ってたのよっ!』
その時のカオルさんは、背景に炎を背負っていそうな勢いだったのは記憶に新しい……というか中々忘れられない。
「まあ、分からなくはないけどね。
でも残念だね。魔王に最後の一撃を繰り出して、華麗に倒すのはこの僕さ」
「さ、出発っ!!」
「って無視しないでくれますかねぇっ!!」
「ともあれ、今日で遠征三日目。そろそろ魔王城に到着する予定よ」
「そうですね。皆さん気張っていきましょう」
『おー』
そうして。
私達『ザ シンプル パーティー』(私+カオルさんネーミング)は魔王城に向かって歩き出した。
あの日、私達がパーティーを組んでから三日が経っていた。
割と近くにあるので、多分一日とかからないだろう……そう思っていたのだが。
魔王城への道程は、私達が思っていたより長いものだった。
道筋も結構ややこしく、中々に大変だったが……けっして辛いものじゃなく、むしろ楽しいものだった。
「うわー、綺麗な川ですね」
「そうね。まあまあ再現できてる方かな。個人的にはもう一歩って気もするけど」
「個人的にはファンタジーらしい、もっとカラフルな川もいいと思いますが。赤とか緑とか」
「……いや、それは単なる不気味な川だと思うんだが……」
「ぽ」
「何故照れるっ!?」
「これがエクスカリバーですか。絵で見ると凄い装飾ですね」
「そうだ。
でも凄いのは装飾だけじゃない。
攻撃力が生半可無く高い上、魔力を放出したりも出来る、とんでもない武器だよ」
「これだけ良い武器だと手に入り難いでしょうねぇ。
まあ、それはそれとして、このアイテムリスト私見た事ないんだけど」
「レアアイテムが多く記載されてるこのリストは中々希少なんだ。
もし良かったらもっと色々見てみるかい」
「……そんなリストよりアイテム自体、エクスカリバー自体を手に入れた方がいいんじゃないのかな。
って、うわあああああああっ!?」
「ああっ、サンさんがキャンプファイヤーのようにっ」
「燃えてますね……うっとり」
「いくらなんでも気安く燃やし過ぎな上に皆さん場慣れし過ぎだと思いますがっ!?」
「うー……この森、なんだか、これだけリアルだと虫がいそうで嫌ですよね」
「そうかな? いくらなんでもそこまでじゃないと僕は思うが」
「虫ぐらい良いんじゃない、別に」
「カオルさん、虫にはお強い?」
「まね。小さい頃は田舎で昆虫採集とかしまくってたから」
「じゃあ、あれも問題無い?」
「ぎゃあああああああっ!! デカイ蜂のモンスターがっ!! 流石に生理的嫌悪感がたまらないっス!!」
「うーん。あれはあれでいいような気も」
「……あの、早く助けないと毒でHPが……」
そうして、辛く楽しくも順調に旅は続いていた……そう言いたかったのだが。
実の所。
単純にそう言い切れない事態が起こっていた。
「……!」
鬱葱とした森の中。
受けたダメージに私は顔を顰めた。
一撃で半分近く持ってかれた。
あまりのリアルさに、自分も傷を負った気になったと言うか……実際痛い気がする。
(感情移入のし過ぎなのかな……?)
そうして『痛み』に意識を取られる……が、すぐにカプリコンさんが回復魔法を掛けてくれたお陰で、通常思考に戻る事が出来た。
「ありがとうございますっ」
「こっちもこっちもぉぉっ!!」
視線を送ると、サンさんがHPレッド状態(通常は緑、HP半分以下だと黄色、HP5分の2以下で赤色で表示される)で逃げ回っている。
結構危険な状況なのだが……これが彼の日常茶飯事らしく、上手い事逃げ回っている。
わざわざ台詞を入力する余裕があるのは流石と褒めるべきだろう……多分。
……まあ、ある意味その逃げテクニックのせいでレベルが上がっていないのだろうが。
ともあれ、放っておくわけにはいかない。
「くっ……!!
サンさん、すぐ行きますっ!」
剣をカオルさんからもらった、ミスリルソードに持ち替える。
少し魔力効果付加がされているので、高位の悪魔・魔族系以外のモンスターに有効だ。
私はその剣を持って、サンさんの後ろを追い回すゴブリンを斬って捨てた。
「よし……クリティカルヒットです!」
私はリアルでぐっと握り拳を作った。
正直、今の私のレベルでは一撃で倒せないと思っていたのだが、クリティカルヒットが出てくれたお陰でどうにか倒す事に成功した。
だが。
「ブラウちゃん、後ろ後ろっ!!」
「!!」
サンさんの言葉で、背後に迫っていた別のモンスターの存在に改めて気付く。
「……こんのぉっ!!」
「燃え尽きろっ!」
カオルさんとエズークさんの一撃が私を襲おうとしていたモンスターを一掃する。
二人がそれぞれ二体ずつモンスターを撃破し、この場の戦闘はとりあえず幕を下ろした。
戦闘後。
とりあえず状況整理+休憩という事で先に進むのを止めて、私達は一息入れていた。
「ブラウ君、もう少し状況を見て動かないと」
「……すみません」
「まあ、無事だったからいいが。
しかし、よくあのタイミングでクリティカルヒットが出せたな」
エズークさんが私の方を見て言う。
このゲームのクリティカルヒットは、攻撃時の敵の状況、こちらのタイミングなどが絡み合った、ベストな状態でしか繰り出せない。
逆に言えば偶発的なモノではないので、ある意味『狙って』出せるらしいのだが……
「……たまたまですよ。
私はゲームを初めてまだ二週間と少しの初心者ですから」
実際の所、言葉通り私は初心者だ。
そんなモノ狙って出せはしない……筈なのだが。
(……どうしてだろう)
あの瞬間。
私はスムーズにクリティカルヒットが出せた。
タイミングなんか関係なく……ソレが当然であるかのように。
(そんなことないない。偶然偶然)
多分、出して欲しい瞬間に出せたから錯覚してるだけだろう。
「という事だぞ、ゲームを初めて一年の初心者」
「余計なお世話なんですけどねぇ」
「……あれ?」
「どうかしたか?」
「えと、その。ミスリルソードが二本あるんです。
おかしいです、カオルさんに貰った一本しかなかった筈なんですけど……」
「勘違いだよ、多分。
最初から二本持ってた以外にないだろ」
「そ、そうでしょうか?」
「それはあまりないと思うがね。まめに装備をチェックする普通のプレイヤーなら気付く。
……君なら気付かないかもしれないがね」
「アンタいちいち一言多いですねっ」
もはや馴染みとなりつつあるサンさんとエズークさんのやり取り。
その横では、カオルさんとカプリコンさんが言葉を交わしていた。
「……しかし、異常ね」
「はい、確かに。バグでしょうか?」
「どうかなぁ。サポートセンターでも原因を掴み損ねてるらしいけど……
なんにせよ、おかしいわ」
二人が話しているのは、順調に旅を続けている……そう言えない理由についてだ。
そこについては私も興味深い所だったので、言葉と共にそちらの会話に参加する。
「そうですね。
私達はともかく、カオルさんまでこうまで苦戦するのは腑に落ちません」
「そうなのよねぇ……」
そう。
もうすぐ三段階目の職業に就こうとしているカオルさんでさえ、この魔王城への道筋では苦戦を強いられているのだ。
『始まりの街』から魔王城までの道筋に通常現れるモンスターは、ここまで強くなかったはずだ。
魔王出現のイベントに合わせて調整されているとしても、不自然過ぎる強さだ。
その証拠に。
魔王城の近辺にいて、このイベントに我先にと跳び付いた私同様の初心者レベルの人達は皆返り討ちにされている。
「うぐぅ、復活お願い〜。生霊はもう十分経験したからいいんだよぉ」
「……お前が言うと説得力あるなぁ、色んな意味で」
「ソコの奴ら頼むぜ。後でコイツが身体で礼するから……おおおっ!? リアルで首絞めるなっ!」
「アンタはどうしてそう……下品なのっ!? その根性叩き直して……!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
実は。
この周辺には、私達が来る前から、輪っかがついた……死亡状態になった人達がフラフラしていたりする。
ちなみに、このゲームにおいて蘇生魔法は上位クラスの職業でないと手に入れる事が出来ない。
そうない場合は、自然復活(一週間の時間を要する上に、レベルが半分になってしまう)か、
パーティー仲間や通りかかった人などに頼み込み、教会で蘇生してもらう以外にはない。
「あの……」
「復活させてあげたいが、あいにく手持ちがない。
此処にいる全員分は無理だ」
エズークさんは私の言いたい事を悟ったらしく、私が全てを語る前に答えていた。
「でも、可哀想じゃ、ないですか……?
それでも助けるべきなんじゃないでしょうか」
出来る限りの人だけでも。
そんな思いを込めての言葉にも、エズークさんは首を横に振った。
「例外を作る方が可哀想だろう?
君が優しいのは分かるが、その行為は『優しさ』じゃない。わからないか?」
「……わからないですよ」
「だろうねぇ。
君ってなんとなく温室育ちな感じがするし」
「……む」
その辺りにはあまり触れて欲しくは無かったので、自然顔がキツクなる。
と、そんな私にカオルさんが言う。
「残念だけど……というか、私としても不本意極まりないけど、今はしょうがないわ。
今出来ない事は出来ない事として認めないと。
でも、魔王城でお宝ゲットしたら復活させてあげましょ」
「カオルさん……」
「皆さんもソレで異論はないですかぁー?」
カオルさんの呼び掛けに『幽霊』さん達はそれぞれ頷いてくれた。
「……というか、僕等の了解は?」
「今回ばかりはこの眼鏡と同じ意見だね。
なんでお宝を他人に分けないといけないんだよ」
「二人とも忘れたの?
このパーティーのリーダーはブラウちゃんよ」
そう。
実はこのパーティーのリーダーは、私が務めている。
これまでの道筋やレベル上げの程度など、私の判断に任されている事が多いのだ。
ちなみに、このゲームにおいてパーティーのリーダーが誰かというのは結構重要だったりする。
パーティーを組んでいる間はリーダーの生死によって経験値が変動したり、そのリーダーの職業によって手に入るアイテムが違ったりと、色々な変動があるのだ。
にもかかわらず初心者+α程度の私がリーダーをやっている理由は……このパーティーの目的は『私の目的』だからという、シンプルなものだった。
それゆえに、責任を負うのは私であるべきだと言うのが皆さんの共通の意見だった。
(サンさんは自分がリーダーに相応しいと主張して止まなかったがエズークさんの実力行使で納得した)
「そうである以上、基本的にリーダーの意見に従わないと。
それに……そういうの私嫌いじゃないしね」
「私も同じくです」
「ふむ。やれやれ。そういう事なら仕方がない」
「それがブラウちゃんの意見なら、まあいいけど」
「……すみません、皆さん」
「謝る事なんてないじゃない。ねえ?」
「そうですね」
「……謝る事を知らないよりはいいんじゃないかな」
「サン君、何か?」
「怖い笑顔で剣を引き抜きながら、そう言うのは反則じゃないですかねぇっ!?」
そんなやり取りに、皆が表情を緩める。
私は……正直凄いと思ったし、少し羨ましかった。
カオルさんは、人とのやり取りに凄く慣れているというか、人を和ませる才能があるように私には感じられた。
そして、それこそパーティーのリーダーに相応しい資質なんじゃないだろうか。
人と接点やその深さが絶対的に少なく浅い私よりも遥かに。
「……あの、カオルさん」
「んん?」
だから私は、再開した旅の道すがら、カオルさんに言ってみる事にした。
……ちなみに他の人は、サンさんが「やべぇっ! 集中しすぎてトイレ行きそびれてたよっ!」と恥ずかしい言葉を書き残して一時離脱したのを皮切りに、リアルでの5分間の小休止をしている。
さておき。
私は歩きながら纏めていた言葉の始めを口にする事にした。
「その。私とリーダー代わってもらえませんか?」
「どして?」
「だって、私じゃ……その。
私は経験不足ですし、カオルさんみたいに皆を和ませたり、まとめたり出来てないと思いますし。
カオルさんの方がリーダーらしいと思います」
「そうかなぁ?
私はブラウちゃんがリーダーでいいと思うけど」
「う、その……本当の事を言うとですね。
私……昔から人に不慣れで、接するのが苦手なんです。
その、病弱で学校も休みがちだったから……」
意を決して、私は言った。
『本当の事』を言わなければ納得してもらえそうになかったから。
「だから、自信ない?」
「……はい。
さっきも話しましたけど、このイベント、何かおかしいです。
通常のイベントならともかく、こんな中でリーダーとしてイベントを成功させる自信……正直ないんです」
私は……この世界なら無茶が出来て、私らしい私になれると思っていた。
実際ソレは正しくて、この三日間私はかなり素に近い自分を出せていたし、とても楽しかった。
でも……それじゃ『足りない』。
『私らしい私』としては、
さっき出会った『幽霊さん』達の事を考え、魔王を倒して、それなりの宝なりお金なりを手に入れなければならない……そう考えている。
でも、私じゃソレは力不足のような、そんな気がする。
パーティーの力を十分に活かしきれないんじゃないか……そう思っていた。
それに……私は嫌だった。
私の力不足で皆に迷惑を掛けてしまう事が。
『私らしい私』を見てくれた人達だから、嫌だった。
「だから、私は……」
「そう。……でも、そんなの、私だって同じだったよ」
「え?」
「ブラウちゃんはリーダーらしいって、私の事褒めてくれたけど……私は最初からそういう人間だった訳じゃない。
子供の頃は、我が侭で自分の事しか考えてなくて、友達も少なかったし」
「……」
「何事も最初から上手く行きっこないよ。
変わりたいって思って一日で変われたりはしない……つまんないけど、それが現実なの。
だから、地道地道が一番だと私は思ってる」
「でも、この冒険で私がリーダーなのは『今』なんですよ?
それでもし何かあったら……」
「大丈夫。
その為に、私達はパーティーを組んでるんじゃない。
いざって時は皆でサポートするから。
なんだかんだでこの旅に付き合ってる面子を少しは信頼してよね」
「全く持ってその通りだね」
気付けば、いつのまに『戻って』いたのか、そこにサンさんが立っていた。
「まあ、僕としてはこのパーティーを組んだ事に色々思う所はあったけどね。
それでも組んだからには負けたくもないし、かっこ悪い所を見せたくもない」
「格好悪い所だらけのような気もするが?」
そこに、まさに突っ込む為のタイミングでエズークさんも『戻って』きた。
サンさんはそんなエズークさんに『不機嫌な顔』を表示&向けてから、言った。
「うるさいな。
ともかく、僕としても出来る限りの事はするよ。
だから、大船に乗ったつもりでいていいよ。
後カオルさんがリーダーなのは勘弁……ひぃっ?!」
再び笑顔で剣を引き抜く動作を見せるカオルさんに、サンさんが悲鳴を上げる。
その様子を一瞥するような動作をした後、エズークさんが口を開いた。
「実力が伴ってない人間の発言は虚しいものがあるが……僕も意向としては基本的にそこの無職と同じだ」
「はい。それがパーティーというものです」
エズークさんの背後から、ひょっこりとカプリコンさんが現れる。
そして、そのカプリコンさんの言葉をサンさんをからかっていたカオルさんが頷いて繋げた。
「そうそう。
それに、それでも駄目だった時はしょうがないわよ。
また、その時に考えればいいじゃない。
こう言うのはなんだけど……ある意味で『たかがゲーム』なんだから。
失敗を苦いと思うのなら、二度と繰り返さないようにすればいい。
そして、貴女がもし『たかがゲーム』と思いたくないのなら……今、貴女が頑張ればいいの。
さっきも言ったけど、その為の協力は私たち惜しまないから、ね?」
「カオルさん、皆さん……」
「……で?
リーダーは続ける? 続けない?
それでも嫌だって言うんなら、代わってあげるけど」
腕組みをして、私に言うカオルさん。
他の人たちもカオルさんと同じ様に私を見ている。
そうされて……私の胸から、熱いものが溢れ出た。
「……ずるいです。
そんな風に言われたら……私、頑張りたくなります」
私は、確かに色々な意味で経験不足だ。
ソレが今どうしようもないリアルで、皆に迷惑を掛けてしまう事があるのは事実だと思う。
でも。
今、それを理由にリーダーから降りてしまう事は……皆の気持ちを裏切る事だ。
皆に迷惑を掛ける事も、気持ちを裏切る事も嫌だけど。
どう転んでも、迷惑を掛けてしまうのなら……私は、せめて気持ちだけは裏切らないでいたい。
……それが例え、臆病ゆえの選択だとしても。
私は、熱くなった眼を少しだけビジュアルアップグラスを外し擦り上げてから、台詞の続きを入力した。
「分かりました。
このブラウ。引き続きリーダーを勤めさせていただきます……!」
「ようやく、到着だな」
其処にある古城を見上げて、エズークさんが呟いた。
まさに魔王城と言わんばかりの威容……よりはややスケールダウン気味だが、確かに其処には禍々しげなお城があった。
門も、もう見える位置にある。
「ついに魔王退治か。
これが終わったら僕はきっとモテモテ……ううっ、たまんないっス」
「もしかして、それがサン君がここまでついてきた本目的なの?」
「……それはそれでいいと思います。
ので、自分に素直で賞の御食事券です」
そんなやり取りを耳に収めながら、私はぼんやりと城を見上げた。
そうしていると、色々胸に浮かぶものがある。
「ブラウちゃん、どうかした?」
そんな私の様子に気付いたカオルさんが声を掛けてくる。
私は視点を通常位置に戻してから言った。
「いえ、その。
こんなに楽しい事が、もうすぐ終わっちゃうのかって。
だから、寂しいな、って思ったんです」
このゲームにおいて、この手のアジトは一度入るとクリアもしくはゲームオーバーをしないと脱出不可になる。
つまり、私達が勝つにせよ、負けるにせよ……私達の旅は此処で終わる。
「パーティーみたいに、楽しかったのに」
私にとって、まるでお祭り騒ぎ……パーティーのように騒がしくも楽しかった一時が。
そんな私の言葉に、カオルさんはこう答えた。
「んん。終わりじゃないよ」
「終わりじゃないですか。
このイベントが終わったら、私達は解散ですし……」
「あのね、ブラウちゃん。
まだまだ経験不足な私が言うのもなんだけど、もうちょっと色々な見方で色々なモノを見た方が楽しいよ?」
カオルさんの言葉に、私は少し考え込んでから言った。
「えと。リアルを持ち出すようで悪いんですけど。
それは『今やってるような事』をヤメテ、現実を見ろって事なんですか?」
「違う違う。
私達全員同じ穴のムジナなのに、そんな事言えないでしょ」
「そうだねぇ。
僕なんか本来の日程だと休みにもかかわらず仕事なのにこんな時間までやってるし」
ちなみに、今日はおそらく最終日になるだろうと、皆徹夜ぐらいの覚悟で始めている。
そして、現時刻は深夜零時をややオーバー気味。
「……そう思われるのなら睡眠を取った方がよろしいのでは?」
「予定休みなのに仕事に借り出される事への憂さ晴らしさっ」
「それで翌日怒られでもしたら、ソレこそ本末転倒の気もするが」
「あの。本筋からずれてるんですけど……」
「あーそうね。
つまり、話を元に戻すとね。
貴女が『この世界』に居心地の良さを感じるのなら、『この世界』をもっともっと見たり歩いたりすればいい……そう言いたかったの、私は」
カオルさんはそう言うと、自身の視点を空に上げた。
「世界は広くて、色々な事情を抱えた人が、それぞれの視点で世界を見てる。
このゲームに関わってる人間だけを数えても、私じゃ把握しきれない世界を皆持ってる。
その人達全てに接してもいないのに”楽しいのは終わり”って決め付けるのは早計じゃないかな」
「……」
「確かにこのイベントが終わったら、皆解散すると決めてたのは事実。
だけど100%そうと決まったわけじゃないし、『この世界』が終わるわけじゃない。
楽しくなる為の道が無いなら作ればいいし、作る事が出来ないならヒトが作った道を探してもいい。
『ここ』はヒトによっては狭い世界なのかもしれないけど、視野が狭いか広いかは自分が決めれば良いの。
、世界は自分の視野だけでも十分に広くて、楽しい事はたくさんたくさんあるんだから。
私達がそれを探す気持ちを持ち続ける限りね」
「!」
ウィンクの動作をキャラクターにさせながらカオルさんが告げた言葉。
それは……私が好きな作家・衣能月 幾穂が作品内外を問わずよく使う言葉だった。
オタクだという衣能月 幾穂。
彼女は自身がオタクである事について悩んだ事が結構あったという。
それは時々友人と比較した視野の狭さだったり、当時交際していた男の子との関係性だったりだったらしい。
だが、今……本の後書きで語られ続けている事実を信じるのであれば、衣能月 幾穂はいまだオタクだ。
『オタク』という、自分が知っている世界だけでも楽しい事は無限にある。
だとすれば、この世界には自分が知らないだけで楽しい事が無限×無限に溢れている。
ソレを探す意欲さえあれば、楽しさも居心地の良い世界も一生分以上に掻き集められる筈……そう、彼女は語っていた。
初めてその言葉を知った時は『なんてお気楽なんだろう』と私は思った。
辛い事を知らない人間の言葉……そう思ったし、今だってその感は拭い去れていない。
でも彼女の作品を読めば読むほどに、その言葉は真実のように浸透していった。
多分……その言葉を私が何より信じたかったからだと、カオルさんの言葉を聞いて、私は理解した。
それは、本という仮想の繰り返しの果てに『この世界』で与えられたリアル。
「……そうだな。世界は狭くも広く、楽しさに溢れている」
そんな事を思考していると、エズークさんが同意するように呟いた。
「学生時代の僕はその事が分からなかった。
随分堅苦しい事ばかり考えて、自分の視野を狭めていた……いや狭いと思い込んでいた、と言うべきか。
でも、型破りな……自分の考えの外に居た人達に教えられたよ。
自分の狭い視野だけでも……見様によっては広くなり、自分に欠けていたものも簡単に見つかるとね」
「世界には辛い事がたくさんあると思います。
でも、それと同じ位の幸せもきっと隣り合わせにあるはずです。
出会いと別れがいつだって共にあるように」
「……そうだね。
僕も、学生時代楽しい事はあんまりなかったんだけど……。
一人のツレ……友達と会ってからは、その場所もそれなりに楽しくなった。
んで、そのツレが一人の女の子と出会ってからはもっと色々楽しくなっていった。
なんか、ツレとその子がどんどん背中を押してくれてたっていうかさ。
それだけで、世界が変わっていった様な……そんな気がしたよ。
ま、要は『自分の周りの世界』を受け入れられるか次第なんだよね」
「ほう? 思いの他分かってるじゃないか」
「うんうん。正直感心した。ただの無職さんじゃなかったんだねぇ」
「アンタらさりげに酷い事言わないでくれますかねぇっ!?」
「ま、そんなわけだから……」
そうしてカオルさんが私に何か言い掛けた時だった。
穏やかだったBGMが敵出現時のモノに変化する。
どうやら周辺モンスターがこちらに寄ってきたらし……?
「なっ!?」
私は思わずリアルで叫んでいた。
理由は簡単。
いつのまにか、城門近くに旅の途中で現れていた強力なモンスターの大群……二十匹はカタイだろう……が現れていたからだ。
このゲームのモンスターは、画面切り替わりエンカウント制ではなく、キャラクター同様フィールドを歩いている。
それに接触、もしくはこちらが発見される事で戦闘が始まるのだが。
いくら城の周辺が暗い森とは言え、これだけの数に気付かないとはいくらなんでもオカシイ。
「異常ココに極まれり、って感じね」
「同感だ。
最後の難関にしては唐突かつ、強大過ぎる気がする」
「うう、この変なバランス作った奴出て来いっ!」
「逃げるのは……難しそうです」
皆それぞれに戦闘準備をする。
だが……正直、この数をいっぺんに相手取るのは無茶だ。
これまで小出しで苦戦していたものを集められたら、流石に分が悪すぎる。
(……どうすればいいの……?)
私を含め、皆が頭をフル回転させていた時だった。
「じゃあ、僕に任せてもらおうか」
「……え?」
そんな台詞表示と共に、じわじわと私達の傍に寄って来ていたモンスター達の先頭三体が消える。
その消えたモンスターのすぐ近くのモンスターの頭を蹴って、クルクルと回転し、私達の近くに『何か』が華麗に着地した。
「ここは、僕が引き受けた」
ゆっくりと、赤と青の双刀を構える戦士が立ち上がる。
というか、私はその顔に見覚えがあった。
「オジサマっ!?」
そう。紫の眼を持つ斡旋所のオジサマ。
其処に立つのは、格好……装備こそ違えど紛れも無くその人だった。
「オッサン!?」
「マスター……?」
「……皆さん、オジサマを知ってるんですか?」
「彼は『始まりの街』において、それぞれの冒険者に見合った仕事を教えてくれる人物だ。
知らない人の方が少ないだろう」
「あ……。それはそうですね」
エズークさんの言葉に納得する。
オジサマは私だけでなく、皆に幅広く仕事を教えているのだから、皆に知られていて当然。
よく考えれば分かりそうな事に気付かなかった自分が少し恥ずかしい。
「紫雲さん、どうしてここに?」
「……あー、なんだ。
カオルさんは本名だから忘れがちなのかもしれないけど本名は厳禁でね」
「あ、ごめんごめん。それでどうして?」
「……噂を聞いてね。
初心者レベルに設定されたはずのモンスター……それが逸脱した強さで暴れ、そのせいで犠牲者が多く出ていると。
それで、このイベントを直接教えたブラウ君の事が気になってね。
遅ればせながら馳せ参じた訳だ。
僕のせいで厄介ごとに巻き込んで済まない」
「そんな……貴方のせいじゃないですよ。私が無理に紹介してもらっただけで……」
「いいや、僕の責任だ」
「……相変わらずですねぇ」
どうやらカオルさんとオジサマは私達よりは深い知り合いらしく、オジサマの主張にカオルさんは苦笑じみた台詞を形にしていた。
「その侘び代わりって訳じゃないけど。
途中の死亡冒険者は僕が蘇生手続きしておいたから」
「って、オッサン後ろ後ろ!!」
事情を話すオジサマに、モンスター達が容赦なく襲い掛かる。
だが。
「君達は退くか、進むか、どちらかを決めればいい。
いずれにせよ僕が全力でサポートしよう」
オジサマは意にも介さず、双刀を振るい、襲い掛かった全ての敵を瞬殺……返り討ちにした。
それは、レベルが高いとか、低いとか、そういう次元を超越している。
「うわぁ……こっちでも反則風味なんだ……」
私達のパーティー内最強のカオルさんさえ呆れ声でそう漏らすばかり。
当然その他の私達も呆然とするばかりだ。
ソレを為した当人は平然とした顔で、こう問うた。
「で、どうする?」
それは……これまでの全ての事情を分かっているかのように、私に向けられていた。
自然、パーティー皆の視線が私に集まる。
その問いは、少し前の私なら迷うもの。
でも、今の私は……それに迷い無く、こう答えた。
「進みます」
ここで退いても、同じ事の繰り返しになる……そう考えたのも理由の一つ。
だけど、それ以上に。
『パーティー』の幕引きは、始めた人間がすべきだと思ったから。
カオルさんの言う様に『楽しい事は終わらない』のかもしれない。
それでも、このパーティーでの行動は何にせよ、一区切りになる。
それは紛れもない事実だ。
だから。
この『パーティー』での『パーティー』を、勝って思い出にしたい。
だからこそ。
「行きましょう、皆さん」
数分後。
オジサマのサポートでモンスターをかわした私達は、何処かひんやりとしたものを感じさせる城内を進んでいた。
外のオジサマの足止めのおかげか、私達の後を追うようなモンスターは居らず、ただただ静か。
いや……。
「今度は、静か過ぎますね」
「ああ。おかしいな。モンスターが出ない」
「僕達に、特に僕に恐れをなしたんだよ」
「ソレは無いわ」
「アンタまたさらっとひどいですねぇっ!?」
「あ、その。カオルさんが言いたい事は、そうじゃなくて……」
「ええ、モンスターの出現が無い事自体ありえない……そういう事だと思われます」
ここは、曲がりなりにも魔王城。
モンスターの存在自体無い事が異常だ。
「ここまで異常尽くめとなると……バグとかじゃなくて、策略めいたものを感じるわね」
いよいよ魔王の間。
その直前のだだっ広い空間……仰々しい扉を前にしてのカオルさんの言葉。
「失礼ねぇ。
確かにここまでに策は敷いたけど、此処のモンスターを出さなかったのはサービスなのに」
それに……全くの第三者の声が答えた。
「!?」
背後から掛った声に、私達全員が振り向いた。
「ちゃお。皆様方」
そう言って、私達に手を振るのは、黒いゴスロリ調な衣装に身を包み、マントを羽織った銀髪の女性。
手に、髑髏が先端に付いた杖を持った彼女は、あっさりとこう言った。
「はじめまして。私が魔王でーす」
「嘘をつけ」
自称魔王さんの言葉を一刀両断したのはエズークさん。
彼は厳しい表情のままで続けた。
「僕は以前のデータを見て知ってる。
魔王はそんな姿じゃなかったはずだ」
「あら。詳しい人がいたか。
そうね。まあ、正確に言えば……魔王代理のいち魔術師ってところかしらね。
ちなみに」
杖を振るった次の瞬間。
解き放たれた光の弾が、五つの魔法に分かれ、私達に降り注がれる。
逃げる間もなく、一撃で私達全員のHPが十分の一程になり、万全だった緑色が赤色表示へと変化した。
「ぐっ……!?」
「代理だけど、私は魔王より強いから」
「馬鹿な……? これは紛れも無く、魔王の魔法……!!」
「じ、じゃあ、本当に魔王なんですか?」
「それもありえない。
アレはプレイヤーだ。少なくともノンプレイヤーキャラクター表示は出ていない」
「じゃあ、アレはなんなんですか……?」
「……可能性を考えるなら……ハッカー、か?」
「なるほど。愉快犯さん?」
私の疑問に応えたエズークさんの言葉に、カプリコンさんが手鼓を打つ。
おそらく『彼女』がやっている事は分類上そういう事になるのだろう。
少なくとも、的外れでは決してないと思う。
正直、ハッカーなる人種がどの程度の事が出来るのか、インターネットも初心者な私には分からない。
分からないが、分からないなりに疑問がある。
「あの、魔王代理さん」
「なにかしら?」
思い切って、挙手して質問してみる事にした。
話が通じないわけでもなさそうだし。
ので、意を決して口を開く。
「このイベントは、結局なんなんですか?」
「貴女が最初に聞いたであろう通りよ。
魔王復活による、初心者へのレベル上げサービス。
それに私が便乗させてもらったって所かな」
「これまでのモンスターの妙な強さや、城前の唐突な発生は貴女のせいなんですか?」
「うん、そうだけど」
「うわ、あっさり認めちゃったよ」
「サン君口を挟まないの」
「……何が目的でそんな事を?」
「モンスターの強さは、或る特定人物の『燻り出し』の為ね。
運命がある程度予定通りなら、占いに出てたこの状況を抜けて、私に接触出来る筈だから。
まあ確率的には微妙なんだけど、半分以上は私自身のお遊びだからいいの。
ちなみに、城の前の異常発生は邪魔者牽制の為。
紫雲君が来るのは予想できたからね」
「オジサマを知ってるんですか?」
「同僚で友人よ。
……んで、そのオジサマは、凄く真面目だからね。
こういう方法での選別、ゲームだとしてもあんまり好ましく思ってないし。
だから結局こういう汚れ役は私の仕事になるのよねぇ……ま、嫌じゃないけど」
「……えーと。貴女、もしかして……?」
「それはご想像にお任せするわ、薫ちゃん。
さ、御託は此処まで。
戦闘開始まで30秒だけ待ったげる」
そう言うと、彼女……魔王さんは、杖にもたれかかるようにして30秒を指折り数えていく。
30秒過ぎればどうなるか……言うまでもない。
彼女は本気で攻撃に移るだろう。
これまでの彼女の行動の意図はつかめないにせよ、行動そのものは本気なのだから。
ならば、どうするか……決まっている。
「……」
「……」
どうやら同じ考えらしく、私とカオルさんは無言で頷き合った。
「……カプリコンッ、サン君! 魔法とアイテムで回復お願い!
こうなったら、倒すだけよ!!」
「お、おっけー!」
「了解」
二人の了解を受けたカオルさんは私とエズークさんに目配せをした。
私とエズークさんも、眼を合わせ、頷き合う。
「硬化!!」
エズークさんの魔法が私達に掛かる。
これで魔法攻撃にも物理攻撃にもある程度の耐性が付いたはずだ。
「はっ!」
「!!」
回復魔法・アイテムの効果の確認さえせず、私達は駆け出す。
多分、距離を詰めてる間に回復は間に合う筈だ。
なら……迷いはないし、迷ってる暇はない!!
「お。30秒って時間に惑わされず速攻を掛けるわけね。
いい判断だわ」
私達の判断をあっさり見切って、魔王さんが呟く。
「でも、無駄無駄」
軽く杖を振るう……刹那、カオルさんだけが風で吹き飛ばされ、壁際まで後退……いや、半ば叩きつけられた。
そのHPも回復したばかりなのに赤色表示に戻っていく。
「カオルさんっ!!」
「私はいいから、前ッ!」
カオルさんの叱咤で、私は気付く。
魔王さんが、私の眼前に杖を突き付けていた事に。
「……っ!」
慌てて剣を振るうも、それは障壁魔法によってあっさり防がれる。
「このっ!!」
何度も剣を叩き付けるが、まるで効果がない。
そんな私を嘲笑うかのように、杖の先に光が集まっていく。
(……一番初めに、私達全員にダメージを与えた、あの魔法……?!)
「あらあら。
これで終わりかしら? まあ、いいけど。
貴女がこれで終わりでいいならね」
クスクス、と笑みを浮かべる魔王さん。
その笑みが、私を刺激した。
(……嫌だ……)
これはゲームで。
現実に皆死ぬ訳がない事なんて、分かってる。
それでも。
(嫌だ……!)
このまま、終われない。終わりたくなんかない、
例え、どんな手を使ったとしても。
「終わってなんか、たまるもんですか……!」
リアルでの言葉と共に、クリティカルを狙う。
いや、願わくば。
(もっと、もっと、ソレさえ越える何かを……!!)
『!!!』
その瞬間。
世界が、空間が、黄金色に輝いた。
「え?」
私には、何が起こったのか分からなかった。
ただ、気付いたら。
魔王さんの障壁が破れ。
HPが黄色表示になり、腹部から血を流す魔王さんの姿があった。
「一体、何が……?」
「ブラウさん、貴女の剣が……」
「か、変わってる……!!?」
後方にいたからなのか、いち早くカプリコンさんとサンさんがその異変の『内容』を把握した。
その言葉に従うカタチで私は自分の剣を見た。
それは、もう、さっきまで使っていたミスリルソードではなかった。
金色に輝き、細かな装飾がされている一振りの剣。
一目見ただけで、生半可じゃない事が分かるその剣は……!
「アレって確か?!」
「ああ、僕が持つリストにあった。
RPG好きには余りあるほど有名でいて、最強クラスの剣『エクスカリバー』だ」
そう。記憶にあった。
エズークさんのレアアイテムリストに書かれていたもの。
凄まじい魔力を放出し、おまけに物理攻撃力も高い。
RPGゲームにおいて最高レベルの一振り。
その圧倒的な攻撃力が、魔王さんのバリアを切り裂き、ダメージを与えたのだろう。
それ自体はいい。
ただ疑問なのは……私が持っていない、存在しか知らないその剣が一体何処からどうやって現れたのか。
そして、私が知る限り、こんな魔法やスキルはこのゲームに存在しなかった筈……。
「……なんというか、投影魔術みたいね」
「え?」
「あ、独り言独り言」
パタパタと手を振りながら、カオルさんが言う。
「ああ、言っとくけど、衛宮士郎の投影魔術とは違うわよ」
意外というべきか、その発言に食い付いたのは敵である魔王さんだった。
「あれはゼロから持ってくるけど、彼女のはそういうわけじゃないから。
……やっぱり『RINGS』所持者がココに来たか。
流石に王の器……上手い具合に特異点を引っ張ってきてくれるわ。
占い頼りに反則風味で張ってた甲斐があったわね。
私は、その能力者を……貴女を待っていたのよ」
「『RINGS』……? なんですか、それは」
「そうね、教えてあげる。
『RINGS』は、循環する輪の能力。
世界に存在するモノの輪に自らを紛れ込ませ、同調する力。
このゲームで言うなら、ゲームでありながらリアルと同等以上の実感を感じたり、
さっきやったようにこの世界そのものに同調する事で、近いものと引き換えに『持ってもいないもの』を引き寄せたり……そういう事が出来るはずよ。
多分、そのお嬢さんは薄々気付いてたんじゃない? 自分と他の人のゲームにおける何かしらの違いにね」
「……!?」
ゲーム以上のリアルさ。
時折混じるキャラクター、そして世界との一体感。
簡単に出たクリティカルヒット。
二本に増えたミスリルソード。
それらが、他の人に無く、私にだけあったものだとしたら。
「何を言ってる?
そんな能力、この世界には……いや、このゲームには無い」
「ええ。勿論。
『RINGS』は現実世界の特殊能力だもの。
彼女はソレをこっちの世界に持ち込んでいる……この時代ならではの使い方ね。
本来の使い方としては、あらゆる道具や乗り物と一体になる事で120%以上の力を使いこなすものなんだけど」
「……」
「さて。能力者を発見した事だし。
やっと本当の勝負が出来るわね……行くわよっ!」
魔王さんが、再び私に向けて魔法を解き放つ。
それは本来ならば防ぎようがない筈のモノ……だが。
「『RINGS』……循環する輪の能力」
「お、おいブラウ君……?」
「……防いでっ!!」
自覚したばかりの能力を、半信半疑ながらイメージする。
すると、今度は持っていた小さな盾が鏡の様な形状のモノに変化し……魔法を悉く反射し、逆に魔王さんにダメージを与えていく。
「あれはイージスの盾か……もうなんでもありだな」
「ぽ……素敵です」
感嘆とも呆れともつかない言葉を漏らすエズークさんとカプリコンさん。
そんな二人に、カオルさんの鋭い声が飛ぶ。
「呆けてる暇はないよっ!
折角のチャンス、活かさないと!!……でぇぃっ!!」
「くっ!?」
魔法が反射された瞬間、既に駆けていたカオルさんの一撃が、魔王さんにヒットする。
「……風よ!」
続けて、先程の障壁は消滅したのか、エズークさんの魔法も見事に直撃。
「へえ、やるじゃない……!」
「ふんっ、驚くのはまだ早いよっ」
その魔法発動の間に、彼女の背後に回り込んだサンさんが、魔王さん目掛けて剣を振り上げる……!
「次は僕の番……」
「あー。貴方は遅いわね」
グシャッ、と鈍い効果音と共に、魔王さんの杖の一振りがサンさんに吸い込まれるように叩き込まれた。
なんというか、気の毒なぐらいジャストミートで吹き飛ばされ壁にめり込む。
「なんで僕だけっ!?」
「いえ、それで十分です」
今まで沈黙を護っていたカプリコンさん。
彼女の全体回復魔法が発動し、皆のHPが一気に通常レベルまで回復されていく。
この術は詠唱というか発動するまでの時間が長いので隙を突かれ易いのだが……魔王さんがサンさんに意識を向けてくれたお陰でどうにかなった。
「サン君っ! ナイス尊い犠牲っ!!」
「ありがとうございます……!!」
そして。
それは私とカオルさんが最初と同じ速攻を仕掛けるにも十分な隙となった。
「……!!」
魔王さんは慌てて、魔法を乱発する……が、それはイージスの盾に弾かれる。
盾で防げなかったものも幾つかあったが、何故か威力が落ちているらしく、HPを減らしながらも私達は到達した。
魔王の、眼前に……!
「行くわよっブラウちゃん!」
「はいっ!」
二人全く同時に剣を振り下ろす。
そして……光が溢れた。
「……やった、か?」
金色の光と爆発エフェクトの後。
私達は油断無く、その中心を見やった。
其処には。
今だ其処に堂々と立つ『魔王』の姿があった。
「駄目、だった……?」
思わず零す弱音。
だが、それを魔王さん自身が否定した。
「いいえ、駄目なのはこっちよ。
残念ながら、HPゼロになっちゃったから」
よく見ると……確かに、魔王さんのHPはゼロになっていた。
完全な、零。
「じゃあ……」
「私の負けよ。つまり貴方達の勝ち。
たいした戦いぶりだったし、彼女の能力を差し引いても見事な連係だったわ。
ご褒美に経験値とお金は設定されてたものの倍であげるわね」
負けたというのに、クスクスと心底楽しそうに笑う魔王さん。
「……解せないな」
「あら、何が?」
「何故負けたのに、そうヘラヘラしている?
そして、最後……いや、彼女がエクスカリバーを出した後からの能力の低下はどういう事だ?」
エズークさんの言葉に、皆が同じ様な疑問の視線を送る。
そう。
私が『能力』を使い出した後、魔王さんの力は明らかに落ちていた。
そんな皆の疑問に、魔王さんはさも当然のようにこう答えた。
「力の低下はね、私自身の数値を『本来の魔王の数値』に修正したからよ。
そうするのが当たり前でしょ?
私としては、強引にこのイベントに介入した目的を果たしたわけだしね。
ああ、言っておくけど、手抜きとは違うから貴方達は気に病まなくていいわ。
貴方達は紛れも無く、困難な旅を越えて魔王を倒したんだから」
「魔王さん……」
思わずそう呟くと、魔王さんは、再びクスクスと笑みを零した。
「貴女も気にしないでいいわ。
魔王城に至るまで貴女の力の分を差し引いたバランスでイベントを作ってたんだから。
それよりも、覚えておきなさい」
「え?」
「いずれ、貴女は普通の生活から離れざるを得なくなる。
『RINGS』を持って生まれた者は『管理人』にならなければならないのだから。
貴女と対になる、もう一人の『RINGS』所持者と共にね」
「どういう、ことなんですか?」
「いずれ分かるわ。
その時は生身で会いましょう。同じ『管理人』としてね」
最後まで笑みを絶やす事無く。
本当の意味では敵か味方さえ分からないまま、魔王さんは光の粉となって消えていった。
「なんだったんだろうね、一体」
何処かスッキリとしない顔で呟くサンさん。
同じ様な顔でエズークさんが肩を竦める。
「全くだ。
なんというか、徒労の気がしないでもない」
「そんな事はないかと」
「カプリコンの言う通りよ。経験値とお金は確かに入ったんだし。
そうでしょ、リーダー?」
カオルさんが、サンさんが、エズークさんが、カプリコンさんが私を見る。
皆、笑顔だった。
だから、私は満面の笑顔表示を操作して、ただ一言、答えた。
「はいっ!」
さて。
それからどうなったのかというと。
私達は、律儀に待ってくれていたオジサマと一緒に『始まりの街』に帰還した。
(帰還の際はアイテムでひとっ飛びが可能だった。)
そこで手に入れたお金の分配を済ませた後、私達はパーティーを解散した。
その際、皆はどうするのか私に尋ねてくれた。
もしも望むのなら、もう少しパーティーを組んでもいい……そう言ってくれた。
でも、私は……私の意志でソレをしなかった。
正直なところ、今回の事が何処まで偶然で何処まで魔王さんの策略だったのか、私には分からなくなっていて。
もしこのパーティーが彼女の意志によるものなら……やはり解散すべきだろう、そう思えたのだ。
それは意地とかプライドとか、そういう事じゃない。
多分、私はもう一度改めて『私達のパーティー』を組みたかった。
他ならない、私の意志で。
ただそれだけのことだった。
その事を素直に話すと、皆さんは私の意志を了解してくれた。
「じゃあ、アディメスっ」
「それを言うならアディオスだ。
まあ、この馬鹿はともかく、困った事があったら連絡してくれ」
サンさんとエズークさんは、暫く行動を共にするらしい。
互いが気に入ったとかそういう事ではなく、どちらが先に相手をギャフンと言わせるかの勝負の為に行動を共にするとの事。
……案外名コンビになるんじゃないかなと私は思った。
「それでは、私はこれで。
別れの印のお食事券です」
カプリコンさんは経験値が溜まったので新たな職業に付くべく、他の街に行くとの事。
この街では取り扱ってない上級職らしいので、そうせざるをえないのだとか。
その街まで自分のペースでじっくりゆっくりとレベル上げをしたいから、暫くは一人で活動するらしい。
そして、最後に残ったカオルさんは。
「私? 暫くこの街周辺をフラフラするつもり。
今回みたいな事、またあるかもしれないしね。
その時会ったら、また組むのもいいかもね」
「はい、その時は宜しくお願いします。
えと……その」
「何? お礼の言葉だったら十二分に貰ったから」
「あの、そうじゃなくて……」
実は、このギリギリになって一つ思い出した事があった。
私の好きな作家・衣能月 幾穂。
確か、ネット辞書に載っていた彼女の本名は……。
「カオルさん、もしかして……」
「ん?」
「……いえ、なんでもありません」
少し迷った末に、私はソレを尋ねるのを辞めた。
楽しみは……とっておこう。
再会の時の為に。
「それでは、本当にお世話になりました」
「もうー……御礼の言葉はもういいって言ったのに。
でも、それが貴女らしさなのかな。
……ブラウちゃん」
「はい」
「多分、これから色々起こって結構辛かったりする時もあると思うけど……忘れないで。
貴女の『パーティー』は、貴女が望む限り続く事を」
「はいっ」
「じゃあね。また、何処かで」
「……星が綺麗」
ビジュアルアップグラスを外して見上げた空。
其処は子供から知っていて、少し見飽きた四角い夜空。
でも、どんなに空が狭くても。
星が瞬く空の綺麗さは……変わらない。
私は、その事に改めて気付かされた。
「んー……」
しょぼしょぼする眼を擦る。
眼が痛いのは、長い事集中し過ぎたから。
「っていうのは強がりなんですね、多分」
こうして。
私の初めての『冒険』は幕を閉じ、『ザ シンプル パーティー』は解散した。
そこは、私が通う高校の校門。
下駄箱からずっと靴を整え、ようやっと満足し、鞄を持ち直した私にクラスメートの声が掛かった。
「青蒼、また帰るの早いな」
「……」
「まだ面白い事続けてるのか?」
「……はい」
赤嶺君の言葉に、私は頷く。
「なあなあ。それって、なんなんだ?
そろそろ教えてくれよ」
以前の私なら、深く考え込んでいた所。
今でも少し浅く迷っている。
ここは『リアル』で『あの世界』じゃないから。
でも……勇気を振り絞る。
「あの」
「ん?」
「オンラインRPGって、知ってますか?」
それは私に出来る、私なりの世界の広げ方。
今は『ソコ』でしか『その世界』の事しか上手く言えないけれど。
それなら『その世界』から始めていこう。
私の『パーティー』は、まだ続いているのだから。
初めて組んだパーティーの……皆の心と共に。
……END