Everlasting summer〜case of 200×〜






夏があった。

それはムカシ。
一人の少女が空に消えた、そんな夏。
それを何もできないままに見届けた大人たちが、少女を救う事を決めた、そんな夏。

そんな夏もいつしか終わり。
時が、巡っていった。





夏があった。

それはイマ。
少女たちにとって、出会いであり、悲しみが残る、そんな夏。
一人の少女と、一人の旅人が共に歩く事を決めた、そんな夏。

そんな夏もいつしか終わり。
季節は、巡っていた。







そこは、夜の駅のプラットホーム。
辺りには人気が無く、ベンチに座って電車を待っているのは俺たちだけだった。

風が冷たい。
もう秋も終わりつつある時期だから当たり前と言えば当たり前だが、やはり堪える。
帰るべき家を持たない旅人というものの辛さを、改めて認識しようというものだ。

それが、初めての経験、初めての冬なら、尚の事だ。

俺は俺に寄り掛かりながら眠る少女の顔を一瞥した。

俺……国崎往人は旅人である。
その旅の目的は、空の向こうにいるという翼を持った少女を探す事。

そんなあてのない旅に少女……遠野美凪を連れて歩くようになって、早数ヶ月。

遠野は懸命に俺の後についてきた。
俺は、そんな遠野を俺なりに大切に思っていた。
その気持ちは、共にいる時間と共に強くなっていた。

だが、それゆえに、今考えている事があった。

俺に寄り掛かる遠野の身体は少し熱っぽい。
どうやら慣れない土地だからなのか、風邪を引いたらしい。

路銀の一部をはたいて買った風邪薬を飲ませて、こうして休ませてはいるのだが。

「……あ」
「起きたか」
「おはこんばんちは」

その珍妙な挨拶も、随分と馴染みになっていた。

「……それはそうと、大丈夫か?」
「へっちゃらへーです」

遠野はそう言うと、それを主張するように両手の拳を胸の前でグッと握り締めた。
だがその息は微かに乱れていた。
俺に心配をかけまいとする、少しの痩せ我慢なのだろう。

それを見て、俺の中の考えが形になった。
……意を決して、俺は口を開いた。

「なあ遠野」
「?」
「お前、辛くないのか?」
「へっちゃら……」
「……へっちゃらへーはいい。風邪の事じゃないんだ。
俺が訊きたいのは、今の生活についてだ」

その問いに、遠野は首を傾げた。
それに構う事無く、俺は言葉を続けた。

「お前を『世界』に誘ったのは、俺だ。
その事を忘れたわけじゃないし、忘れるつもりもない。
でもな、遠野。
お前には帰る場所がないだけで、旅をする理由はない」
「……」
「このまま旅を続けていけば、そんな風邪なんかどうでもいいほどの辛い事にだってあうんだ。
お前は……そんな辛い目にあってまで、俺の側にいたいのか?
いていいと、思っているのか?」

かつて。
彼女は自らの臆病さから、帰る場所、戻るべき場所を失った。
俺は、その側にいたのに、結果として何もできなかった。

だから俺は彼女を世界に誘った。
それは、覚悟を伴った俺の意志だった。
彼女を放っておく事などできなかった、俺の選択だった。

それは、この広い世界の何処かにある彼女の居場所を、彼女自身で見つけて欲しいと願っていたからかもしれない。

そして、それは俺の側でなくてもいいはずだ。
もっと幸せな場所が、遠野には見つけられるはずだ。

……そんな俺の問い掛けに。
遠野は、一瞬だけ悲しそうな顔をして。
その穏やかな眼差しを俺に向けて、告げた。

「国崎さん」
「なんだ?」
「あなたが探す、翼を持った女の子は、今、幸せなのでしょうか」
「……質問してるのはこっちだったはずだが」
「答えて、下さい」

いつになく強い言葉に呑まれた俺だったが……

「さあな。そう言うお前はどう思うんだ」

遠野が何を思ってそれを問い掛けたのか知りたくて、自分の答えをはぐらかした。
彼女は、少し目を伏せて、静かな声で言った。

「私は……その子は、可哀想な女の子だと思っています」
「何で、そう思うんだ」
「私は、今まで翼を持った少女に会ったことがありません。
多くの人がそうだと思います。
……今も、昔も、そして……これからも。
だから、彼女はいつまでもたった一人のような、そんな気がするんです」

俺は、何も言えなくなった。
遠野が感じているイメージは、俺が少女に感じていたイメージとまったく同じモノだったから。

「その上、何処までも遠く青い空で、ただ一人……そんな一人は、悲しいです」

彼女はそう言って、俺に寄り掛かった。

「確かに、私はあなたに誘われて歩き出しました。
でも、私が今歩いているのは、あなたと一緒にいたいからというだけではないんですよ」
「……」
「私は見つけたいです。その翼を持つ……たった一人の女の子を。
見つけて、一緒に遊んであげたいんです。
私自身そう思っているから。
だから、私は……今、旅をしているんです」

そう呟く彼女の瞳は、星空を見つめていた。

……いつから、彼女はそう思うようになっていたのか。
俺には分からない。

ただ、遠野の言葉。
そして、そこにある旅の理由。

それに俺は……心から同意できた。

それは、かつての自分との重ね合わせなのかもしれない。
それは、大事な人間の心をもってしても前に進めなかった悔恨と代償行為なのかもしれない。

それでも、その理由は正しいと思えた。

「……そうか。でも、見つかるかどうかなんて、分からないんだぞ?」
「国崎さんは、それでも歩き続けるのでしょう……?」

『誰にでも辿り着きたい場所がある』

出会って少しの頃。
旅の理由を語った俺に、目の前の存在はそう言った。
現実味のない、その言葉と事実を、嘲笑せずに受け入れた。

今ここにあるのは、あの時と同じ、それでいて少し違う……そんな顔。

「だったら、きっと見つかります。私は、心からそう思っています」

そう言って、遠野は穏やかに微笑み、その笑顔を俺に向けた。

俺は、そんな笑顔で気付いた。
今、まさにこの瞬間、旅の理由が変わりつつある事に。

俺がいままで持っていた、その少女を探す理由。
それは、母親から受け継いだ力と人形と意志。

そんな母親の遺志から、紛れもない俺の、いや俺たちの意志へ。

空にいる少女を見つける旅から。
たった一人の、ただ一人の少女を救う旅へ。

それは、終わらない旅になるのかもしれない。
でも、その意志はきっと受け継がれていく。

それは、遠野の存在……その意味もまた俺の中で変わりつつあるから。

「そうだな。……遠野美凪」
「なんですか?」
「二度は言わない。もう一度、そして、ただ一度だけ聞く。
これからも、俺に……ついてきてくれるか?」

その問い掛けに遠野は。

「はい」

一瞬の迷いさえ見せずに頷いた。

「長い長い旅になるぞ?」
「構いません。あなたとともに、私は在ります」

その言葉で、確信する。

彼女はもう、ただの道連れじゃない。
俺と同じ目的を持つ、生涯の伴侶だ。

俺の傍らに、この女性がいる限り。
この終わらない旅は『終わらない』。
翼の少女を見つける、その時まで。

このとき。
ずっと、続いていく旅路が。
俺や遠野が死んで、塵となっても、未来永劫続いていくそんな旅路が。
俺には確かに見えていた。

……多分、在りし日の母親にも見えていた、それが。

そう思った瞬間。
俺は、目の前の女性に告げるべき言葉があることに気付いた。

「……じゃあ、今日からお前は遠野美凪じゃない」
「……?」

照れ臭くはある。
俺らしくないかもしれないとも思う。
でも、この言葉は、俺と彼女の覚悟の為に。

だから、俺は言った。

「分からないか?今日からお前は、国崎美凪だ」
「あ……」

その瞬間、ベルが鳴り響いた。

それは、俺たちが乗る夜行列車の到着を告げる音。
そして。

「さあ。行くか」
「……はい」

新しい旅が始まる音。










そして、夏が来る。

それはミライ。
それは来るかどうか分からない、でも必ず来る、そんな夏。
一人の少女がまた旅人に出会う、そんな夏。

そんな夏もいつしか終わる。
そして、また夏が巡る。

たった一人の少女を救う為の。
そんな夏が、また巡る。







……END






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