プロローグ
とある町の一角。
一台のバスが停車し……やがて発車して行った。
そうしてバスが去った後には、何人かの男女が其処に立っていた。
「……長いような、短いような旅だったな」
「でも……これで国崎さんの旅は、終わったんですよね」
男……国崎往人に、彼の相棒である所の遠野美凪は言った。
「実感が涌かないけどな」
往人は一人の少女を抱きかかえていた。
少女の名前は神尾観鈴。
国崎往人が、彼の一族が捜し求めていた「運命」そのものの少女。
今は、長距離バスでの長旅に疲れて眠っている。
「居候、車椅子を出したから……」
「ああ」
女性……神尾晴子の言葉に従って、往人は観鈴を車椅子に下ろした。
「でも、この車椅子もいらなくなるだろうな」
「そうなんか?」
「……はい。
呪いと、彼女に流れ込んでいた膨大な記憶の流れは断ち切られました。
身体の不調がそれによるものである以上、医学的に健康体である彼女の肉体の回復を止めるものはありません」
晴子の言葉に答えたのは……この場では明らかに浮いている異国の少女。
その名、シオン・エルトナム・アトラシア。
エーテライトという技術で他者の記憶を読み取る錬金術師である。
「そっか……ありがとな」
「俺からも、改めて礼を言う。ありがとう」
それは国崎往人には珍しい素直な感謝だった。
だが、それも当然と言えるのかもしれない。
1000年にも渡る因縁・宿業・運命……そういったものを断ち切ることが出来たのは、彼女と……「彼」のお陰なのだから。
「勿論、お前にもな。感謝してる」
「俺はたいした事をしてないよ」
そう答える彼の名前は、遠野志貴。
あらゆるものの死を視る事が出来る青年。
「そんな事はないと思いますが」
「いや、実際俺は先輩やシオン、国崎が整えた事の仕上げをやっただけだしな」
美凪の呟きに、志貴がそう呟いた時だった。
「皆さん、お帰りなさい」
少し大きめな声と共に、バス停のすぐ近くにあった喫茶店の中から一人の女性が……
「……懲りませんね?」(黒鍵を構える)
失礼。
一人の少女が姿を現した。
「上手くいってなによりです」
「アンタは?」
晴子の問いに、シエルは姿勢を正し、小さく頭を下げた。
「これは失礼しました。
私はシエルという名前の……喫茶店のマスターです。今は」
「そうそう。アンタにも色々世話になったな」
「いえ。現地には行けなかったので力になれずすみません」
「協力要請を手伝ってくれただけでも十分です。
本当にありがとうございます」
往人の代わりに美凪が頭を下げる。
その姿に微笑んで、シエルは言った。
「ともかく、長旅で疲れたでしょう。
夕食のカレーは出来てますよ」
『………また(です)か』
往人・志貴・シオンの声が重なる。
「何か不満でも」(第七聖典装備)
『いえ、ありません』
「なら結構。ではどうぞ」
そう言って、シエルは皆を先導して喫茶店の中に入って行く。
その中で、志貴は往人に尋ねた。
「でも、これからアンタどうするんだ?
旅の目的……無くなったんだろ?」
「……分からない。だから暫く考えるさ。
この喫茶店でな」
そうして。
彼らは『帰って』いく。
いつか何処かにある、そんな場所に。
喫茶”華璃唯”。
そこに集まる存在たちの、こんな話。