第二十一話 転世否定・1











「……と、まあ、そんな事があって、今に至る訳だ」

草薙紫雲の『何でも屋』の事務所で、命が全てを語り終える。
その頃には、窓の外の空は闇色に染まりつつあった。

「悲しい、ですね」
「……私も、同じ事を思いました」

みさきの言葉と、それに同意する美汐。



翼を背負いし一族。
空に囚われた少女。
救うための約束……国崎家。

人知れず滅んだ、もう一つの翼の一族。
血に囚われた一族。
守り続ける約束……草薙家。

旅を続ける者達と、戦い続ける者達。

恐れる者、迫害を受ける者。

そして……冬の奇跡の物語。

繰り返される物語。

何も知らない少年の願い。

歪みのハジマリ。

全てが繋がろうとしている、現在。



それが……命が語った事。

命は、それらを悲しいと語った二人をチラリと一瞥して言った。

「悲しい、か。確かにそうだ。
 翼の少女は、千年も経つ今においてさえ、呪縛から解き放たれず……大人になれないまま消えていく。
 如何に救い続けているとはいえ、未だ血筋に苦しめられている『翼受け継ぎし者達』もまた悲しい。
 だが」

命はそこで一旦区切ると、やや眼を細くさせながら、言葉を続けた。

「その悲しみは……運命によるものだけでは決して有り得ない。
 確かに『翼人の悲劇』や『冬の悲しみ』はある程度決められた流れによって形成されているものだが……
 この世界には、其処に介入し、人為的にその流れにしようとする輩がいる」
「それが『出来過ぎ』な理由か。だが、分からない事が幾つかある」

それまでただ静かに話を聞いていた往人は、寄り掛かっていた壁から身体を離し、命に向き直った。

「なにかな?」
「世界が繰り返されている、なんて、一体どうやって知る事が出来るんだ?
 正直、俺には妄想にしか思えないぞ。
 大体、何者かが介入してるとして、ソイツに一体何の得がある?」
「それについては説明が簡単な後者から答えよう。
 ソイツに自身には得はさほどない。
 ただ……決められた流れに沿わなければ、世界に歪みが起こり、いつか世界そのものが崩壊する……ソイツはそう考えているらしい」
「世界の崩壊……? んな事起こるのか?」
「恐らく、それはないだろう。
 不安定になる可能性、そこから引き起こされる事態はあるかもしれないが……世界そのものが崩壊する可能性は無い筈だ。
 だからソイツが介入するのは……単純に気に食わないか、未知を恐れてるが故だと私は思ってるんだがね」

やれやれ、と命は肩をすくめた。
が、その直後、表情を微かに硬化させて呟く。

「まあ、あるいは……『奴』も愚弟と同じなのかもしれないが……」
「……なに?」
「んー……戯言だ。気にしなくていい。
 ソレで次は……繰り返しの知覚についてだったな。
 その辺りは、私も正直伝承半分、法術による知覚半分でな。
 『恐らく繰り返されている』としか言い様がない。
 愚弟も『夢』でそれを知っている程度だしな。
 だが……繰り返されている世界を裏付ける証拠は他にある」
「それは、なんですか?」

興味深いという、表情で問う美汐。
その隣に立つみさきも、うんうん、と頷いている。

その様子に苦笑した命は、少し前に人数分淹れたコーヒーを一口含み、渇きを癒した。
そうして滑りをなめらかにして、改めて語り出す。

「まず……草薙家には国崎家の人形同様、代々受け継がれている『書物』と『運命への対抗策』があるが、
 書物の方の内容に、翼人の記述の他、予知じみた記述がある」
「予知……ねぇ?」 

如何にも信じてなさそうな声を上げる往人。
命も、クク、と、ソレを肯定するような笑みを浮かべた。

「まあ、胡散がるのも仕方が無いからな。ソレは話半分で構わないよ。
 そして、もう一つ。
 私としてはこちらの方が重要な証拠になりうるものだと思っている」
「それは?」

問われた命は、質問した往人当人を指差した。

「俺?」
「君……というか、国崎家だ。
 君の記憶にあるかは知らんが……君の母上は『翼の少女』、その転生体に出会っている。
 少なくとも、私はそう聞いた。
 母上だけではない。母上の母上、そのまた母上、さらにその母上……彼女達は確実に出会っている」
「……」

往人はぼんやりと記憶を探る。

(……そう言えば……)

いつか、どこかで、その話を母親から聞いたような気がする。
だがそれが、いつどこだったのか……往人は思い出せず、内心で首を捻った。

そんな往人の様子をチラリと見ながらも、命は話を続けていく。

「言うまでもないと思うが、世界は広い。
 にもかかわらず、彼女達は出会っている。出会い続けている。
 『まるで知っている事、出会う事が当然であるかのように』」
「おいおい。いくらなんでもソレは暴論だろ」
「確かに。
 天文学的確率ではありますが……ソレが繰り返されている証拠にはならないと思いますが。
 それこそ、無意識でも特殊な能力で探し出している可能性が高いのではないでしょうか。
 もしくは……それこそが運命とでも言うべきものなのかも」

往人の指摘に、美汐が補足を加える。

「そうだよな。それに、仮に繰り返されてたとしても、それをどうやって知る事が出来るんだ?
 んで、繰り返されてるならどうして『翼の少女』を救う事が出来ないんだよ」
「ふむ。中々いい所に目を付ける。
 私的にはそれだけでも説得力があると思うのだが……確かに、二人の言うとおり暴論と言えば暴論なのは認めよう。
 特殊な能力による探査の可能性も否定は出来ない。 
 ……先程も言ったが、繰り返しについては私も半分半分でしか理解していないしな。
 というか、私達……『世界の内側にいる者』にとって、基本的に『繰り返し』は『知覚の外』にあるものなんだ」
「つまり……知ってはいても、本当の意味で理解は出来ないって事なんですか?」

小首を傾げながらみさきが問う。
その問いに、命は「ああ」と頷きながら、言った。

「そういう認識でいい。
 無限に広がる透明な箱が我々を囲っていると仮定する。
 だが、我々がソレを知覚出来るには箱そのものが壊れるような異変が起こった時でしかない。
 箱を誰かに受け渡す時……次代の歴史に流れる時でさえ、揺れていると感じる事は出来ても自身が箱の中にいるとは想像も出来ないだろう。
 ただ、例外的に……箱のふちの傍に立ち、箱の存在や限界を認識している者以外はな」
「箱のふちの、傍」
「そう。ソレが一つ目の疑問の答だ。
 私は、その認識している存在から繰り返しについて聞いただけだ。
 そして……繰り返す度に、国崎家の人間が『繰り返しによる既視感』を頼りに『出会う』時を僅かながら早めている事を」
「な……?」

その言葉に、往人は思わず僅かながら驚きの声を上げる。

「どういうことだ、それは」
「その辺りの意味や理由は、私にもなんとも言えない。
 そもそも、私達草薙家が繰り返し……『ループ』に組み込まれたのは今回がはじめてらしいからな」
「……」

もし、ソレが本当だとすれば。
繰り返し……ループとやらは事実だという事なのか。
しかし、とは言っても……そう簡単に信じる事は出来ないが。

「うーむ……」
「話を元に戻そう。
 もう一つは、何故救えないのか……だったな。
 実際の所…………………『翼の少女を救う事は出来る』んだ。
 いや、実際に『救った』事もあるんだろう」
「な、に?」

命が口にした意外な事実。
それには往人のみならず、美汐やみさきでさえ驚かせた。

「ただ。
 救った後の世界……ソレを達成した者達は……其処から出る事が出来ない。
 箱の中の中にある小さな箱……世界の中の世界に閉ざされたままだ。
 おそらく、ループの中には、翼の少女を見つけ救った君、救われた少女もいるだろう。
 だが、君たち自身は小さな箱……『AIR』を出る事は出来ない」
「……『AIR』って、なんなんですか?」
「おそらくは世界の名前、でしょう」
「美汐君の言う通りだ。
 さっき話したふちの傍に立つ人間が名付けた……『翼人にトラワレタ”小さな”世界』の名称だ。
 その『AIR』においては、少女がゴールした事を証明する為に君達は箱の中に居続けなければならない。
 少なくとも『AIR』においての、翼人を救う為の達成条件はそうなっているらしい」

フン、と漏らした命の顔は、苦々しい何かへの嘲りを込めていた。

「その『AIR』とかを出れなかったら、どうなるって言うんだ……?」
「少女を救えない限り、国崎家は終わらない旅を続けていくだろう。
 ループに組み込まれた草薙家も戦い続けていくだろう。
 それぞれの血が途絶えるまでか、次の『ループ』に入るまで。
 そして、仮に少女を救っても……恐らく君は存在出来ないだろう。
 おそらくだが、それも達成条件に組み込まれている可能性が高い」
「……!! ふざけるな……っ!!」
「国崎さん……っ?」

激昂した往人は、命に掴み掛かった。

「ソレが仮に本当なら、俺は一体何の為に旅をしてるんだ……??!
 俺の、約束は……!!」

遠野美凪との約束。みちるとの約束。
それは果たされないとでも言うのか。
果たされても、無意味だと言うのか。

翼人を見つけ、救うだけでは意味が無い。
救った所で『帰れない』なら意味が無い。

そんな憤りをぶつける様に、往人は命の服を掴み、捻り上げた。
命は、ただされるがままに状況を見据えている。

「国崎くん、やめてっ!!」

そんな中。
それを停止させたのは……みさきの叫びだった。
彼女は盲目だが、会話や往人の性格から、何が起こっているかをしっかりと『見て』いたのだ。
そして、だからこそ何を言うべきか……彼女には分かっていた。

「そんなことしても、何の意味も無いよ……
 その人……命さんだって辛いのは、国崎くんにもわかるでしょ……?」
「っ……」
「自分は大怪我して、弟さんは傷つけられて……それでも、ここにいてくれるんだよ……?」
「みさき…………」

その言葉で、気付かされる。

彼女や、かつて同じ様に詰め寄った草薙紫雲もまた『被害者』だ。
望みもしない運命を押し付けられている、自分の同類。

だが、それでも彼女は未だここにいる。

ソレを思うと……彼女への行為が、愚かしく思えた。

「…………………………悪かったな」

謝罪しつつ、手を離す。

「いや、当然の権利だろう。気にしなくていい」

まるで気にした風がない……というか実際気にしていないのだろう……命は、パンパンと服を叩き、乱れた部分を整えた。

(アイツと同じ……いや、似てるのか)

紫雲も同様にされた事を気にしてはいなかった。
姉弟だから似てしまった、と言うべきなのだろうか。
自分よりも他人を気に掛ける、その優しさは。

そんな事を往人が考える横で、命が服を整えるのを待って、美汐は尋ねた。 

「何か、方法は無いのですか?」

話を聞いて、美汐は他人事とは思えなくなっていた。
だからそれは、心からこの事態をどうにかしたいと思い、願っての言葉だった。
……例え、それが余りにも大き過ぎて、自分ではどうにもならない事だとしても。

「やっと、本題って所だな」

美汐の問いに、命はニヤリと笑みを浮かべた。

「今、私達はそれを模索し、その為に『戦い』始めている。
 未だ到達していない可能性……少女を救いながらも、皆が箱の外に出る……関係者全員が幸せという可能性に到達出来るようになるループへの道。
 閉ざされたループの破壊をな」
「……破壊」
「国崎往人君。
 確かに、君や私たちが置かれている状況は悪い。ぶっちゃければ絶望的とさえ言えるかもしれない。
 だが、悲観するには早い。悪しきループを破壊する勝負はこれからなんだからな。
 今頃は、弟もその為の決意を固めているだろう」
「しかし……そんな事が出来るのでしょうか?」

不安げに呟く美汐。
ソレに対し……命は、キッパリと断言した。

「出来る。
 何故なら……一年半前の冬。
 一人の馬鹿が、知らず一つの箱を開き、閉ざされたループを壊し……この世界に繋げたという『前例』があるからな。
 そう、わが自慢の愚弟がな」
「え?」
「天野美汐。
 思い出せなくても、君は知っている筈だ。
 妖狐だった存在、沢渡真琴を。
 病に苦しんでいた少女、美坂栞を。
 彼女達は……『今』に到達する可能性が限りなく低かったのに、確かに存在している」
「……それ、は……」
「それは、たった一人の、皆が幸せであってほしいと望む欲張りと、思いを同じくする人々によってもたらされた奇跡。
 要は、ソレをもう一度起こせばいい」

そう言うと、命は置いてあった写真立てをヒョイ、と持ち上げた。
皆が笑顔で揃う、その写真を。

それを見つめ、優しく微笑んだ命は、顔を上げながら美汐に言った。

「今までは、草薙家だけがイレギュラーだった。
 だが、もう違う。
 この世界そのものが、君らそのものがイレギュラーなんだ」
「私たちが、イレギュラー?」
「そうだ。
 君は、もしかしたら自身に何も出来ないと思っているかもしれないが、そうじゃない。
 特に君は、ある意味一番の力になってくれるだろう」
「……私、が」
「こうなった以上、修正は容易ではない……そう判断した『奴』は、結果を知ったものにし、想定内の世界に戻そうとしている」
「つまり……真琴や、栞さんの存在を……消そう、としてる……?」
「そうだ。
 少なくとも、何らかの不幸でバランスを保とうとするだろう。
 当面、私達はソレを食い止めなければならない。
 そして……食い止めた上で、奴を打倒しなければならない。
 もう二度と、ループ修正を行えないように。
 ソレが出来た時、私達ははじめて……自由になり、真に運命に挑む事が出来る。
 その為にも……君達の力を貸して欲しい」










「……自由、か」

何でも屋事務所のドアの向こう。
そこに、白い衣装を身にまとう一人の女性がたたずんでいた。

彼女……藤依吹は、何かを考え込むように、顔を俯かせた。

「過去、現在、未来。
 私は……何を選ぶべきなんだ……?」

そう呟いて、彼女は一人去っていった。










……続く。
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