AIR another 蒼穹聖歌 第五話





「・・・目が覚めましたか?」

紫雲が目を開くと、そこは見知らぬ部屋だった。
だが、そこにいた人自分の見知った人だったので、紫雲は安堵した。
・・・もとよりさほど心配はしていなかったのだが。

「秋子さん・・・わざわざすみません」
「・・・驚かないんですね。
私はあなたを殺そうとしたのに」

身を起こしながら紫雲は笑った。

「そんなことはないでしょう。
あの時、貴女に僕を殺そうとする意志は無かった。
そのぐらい、分かります」

あの闘いの中、紫雲は攻撃の激しさとは裏腹の秋子の殺気からそれを見抜いていた。
人が人を殺そうとする際、そこからはどうしても殺気が生まれ出る。
それは避けえないものだ。
・・・まあ、人を殺す事が日常という稀有な存在なら話は別だが。
それはともかくとして秋子の殺気は、殺気と言えるほどのモノではなかったのである。

「・・・やはり、ばれてましたか」

そこで、秋子はいつもの笑顔を浮かべた。
それを見て、やはり秋子は秋子である事を紫雲を改めて確認した。

「あの時はああしなければ、あの子を退かせる事が出来ないと思ったもので・・・
あのまま戦っていれば・・・あなたたちはただではすまなかったでしょうし・・・」

秋子の言葉に紫雲は頷いた。
確かに、あの状況はそういう状況だった。

「ですが、あの時あなたに語った事は、嘘ではありませんよ」
「・・・ええ、分かっています」

二人は幽かに表情を引き締めた。

「・・・では、お教え願えますか?
貴女がこうまでしなければならなかった理由を」

今なら語ってくれる。
そう確信して、紫雲は問うた。

「ええ。
それが私の役目ですから」

秋子は真っ直ぐに応えた。




第五話 遭遇閉幕 





依吹の鬼が腕を振り下ろす。
命はそれを体術で掻い潜り、依吹を指差した。

「我が意により、跳ねよ、飛石!」

その言葉と共に命の周りを浮遊していた数十個の石は一斉に依吹に襲い掛かった。

「怨!!」

その石を、依吹は自身が生み出した鬼を盾にして防ぐ・・・と同時にそれを影にして、自分に向かってきた命を迎撃に回る。

・・・法術の力の籠った石の嵐を浴びて、二体の鬼が同時に消滅する。
それは二人にとっては前哨戦に過ぎない。

「はっ!」
「ふっ!」

依吹が指に挟んだ札を指突の形で繰り出す。
動きを予測していた命はそれを横に回り込む事により、余裕で避ける。
そのまま、依吹の死角から蹴りを出す。
依吹はそれに気付くものの、死角による反応の遅れはどうしようもなく、まともにそれを受けて弾き飛ばされる・・・いや、否、自らバックステップして、その威力を最小限に留めた。

が、それでさえ命にとっては隙でしかなかった。
命は一瞬で間合いを詰めると、依吹の顔面を掴んだ。

「ぐっ!」
「・・・眠れ」

そのままの状態で、依吹の腕を反対の腕で掴み、それを引っ張りつつ、顔面を圧す。
依吹の脚もこの瞬間大内狩りの要領で払われている。
その力により、依吹の身体が”回り”地面に倒された。

「・・・・・こんなものか」
「・・・!」

地面に押し倒されたままの依吹の指先が動く。
それが何かの印の形を為した時、大気が蠢いた。

「ち」

依吹の掴んでいた手を離し、命がバッと飛び下がる。
その頬、腕を凄まじい勢いで何かが行き過ぎる・・・と、そこに裂傷が生まれ鮮血が溢れ出た。

その間に依吹は起き上がり、何処からか札の束を取り出した。

「死ね、法術師・・・・・!!」

その手から、数十の札が解き放たれる。
それはまさに”必殺”だった。
しかし、それを命はハッと鼻で笑った。

「愚かだな、陰陽師」

そう言ってパチン!と指を鳴らす。
すると、命目掛けて空を舞っていた札の全てが炎に包まれ、命に届く前に消滅していった・・・







「・・・紫雲さん、そして命は法術の力を持っていますね?」
「はい。でも、それが何か?
そう言えば、僕の命を狙った・・・あの人も法術がどうとか言っていましたけど・・・・」
「・・・それが、その源こそ、全ての始まりなんです」
「・・・源・・・・?」

首を傾げる紫雲に、秋子はゆっくりと語り出した・・・・・


遥かな昔。
一つの種族があった。
彼らは星の記憶を紡ぐという,不思議な力を持っていた。




翼持つ彼らは、翼人、と呼ばれた。




彼らはその記憶の中から、様々な技術を”ひと”に与えた。
自分に近しい種族への友好の印であった・・・それはそう言われている。

そしてその中に。

方術と呼ばれる特殊な力があった。


「・・・とはいえ、方術・・・いえ法術は誰しも使えるというものではなかったのです。
ゆえに人は自身で自身の身を守る手段を開発しなければならなかった・・・それが、私や藤依吹が使う陰陽術なのです」
「・・・・・陰陽術は随分古代から存在してますけど・・・法術もそんなに昔からあったんですか?」
「ええ。星の記憶の始まりは古代を遥かに超える古代からあります。
その由来が何処からなのかは流石にもう知る術はありませんが・・・」

そこで言葉一度切ってから、秋子は再び口を開いた。

「特殊な才能を必要とする代わりに、それを完全に行使するものは神とさえ呼ばれるもの・・・法術。
修練さえ積めば誰にでも使う事が出来る代わりに、それを真の意味で使いこなす事が難しい陰陽術。
この違いもまた、あの事件の引き金になったのでしょうね・・・」
「・・・あの事件?」
「命から聞いてはいませんか?」
「・・・いえ」
「そうですか・・・」

おそらく、話す必要がないと判断したのだろう、と秋子は思った。
紫雲は気付いていないかもしれないが、紫雲は彼女・・・草薙命の重荷を一つ解消している。
だからこそ、もう一つの使命を他ならぬ自分自身の手で片付ける気になったのだろうとも、推測した。

・・・だが、事はもう彼女の力だけでは収拾出来ない。
”あの男”の思惑通り藤依吹は動き出し、国崎家の最後の血統も現れた。
全ての事象は、収束しはじめている。
・・・・・終わりに、向かって。

そして、それは紫雲にも無関係とは言えない・・・否、紫雲こそこの事態の収拾に必要だ。
・・・それに、藤依吹と接触してしまった以上、紫雲がこの事態に関わらない事はもはや不可能だ。

ならば、話しておかねばならないだろう。

秋子は再度意を決した。

「では、私が知る全てをお話しましょう。
その後、考えてください。
あなた自身がどうするかを」

一年前の”冬の事件”の時にも、秋子は同じ様な言葉を言った。

あの時、紫雲は何も知らない少年だった。
あの時、秋子はただの傍観者でしかなかった。
そしてそこにあったのは決められた一つの運命。
・・・まあ、その結末はその運命を超えたところにあったのだが。

それはともかく。
だからこそ、秋子は苦悩したし、紫雲もまた”決められた答え”を選ぶしかなかった。

だが、今は違う。

紫雲はそれなりの経験をつんだ青年となった。
秋子はこの事件の中核近くに立っている。
そしてそこにあるのは果たさなければならない宿命。

・・・おそらく、あの時よりも過酷な事が待ち受けていることを二人は悟っていた。

だが、あの時と違う事が一つある。
それは、運命はまだ決められていないという事だ。

そして確定していないのであれば、それを自分達にとっていい方向に進ませる事ができる。

だから、紫雲は応えた。

「・・・分かりました。
お願い、します」
「・・・はい」

その想いに応えて、秋子は再び語り始めた。
今に至る、遠い道を。







「ねえ、祐一」
「ん?」

名雪の声に祐一は顔を横に向けた。
そこにはベッドに横たわりながら自分を見る名雪がいた。

二人がいるここは名雪の部屋だった。
名雪は自身のベッドに、祐一は自分の部屋にあった予備の布団に横になっている。



何故こういう事態になったのかの顛末は次の通りである。

今日やってきた客人たちのために、名雪は自分の部屋を提供しようとした。
だがそれは祐一によって却下された。
・・・・・それはほんの僅かなこだわりで、ほんの僅かな嫉妬の様なものだったのだが。
だが他に空きの部屋はなかった。
以前・・・一年半ほど前は空き部屋は存在していたが、今はない。
名雪はその事を失念していたのである。
今は、沢渡真琴という元妖狐の少女(祐一と名雪はその事実を知らないのだが)の部屋として立派にその機能を果たしていた。
結局、不精不精で祐一は自身の部屋を提供した。

だがその後、それなら部屋に寝る時の面子はどうするかでまたもめた。
最初は男同士、女同士・・・つまり祐一と往人、名雪とみさきで寝る方向性に傾きかけたのだが、『何で見ず知らずの野郎と顔あわせて寝なきゃいけないんだ』という男二人の意見が図らずも一致。
結果、女二人が折れる形でこうなったわけである。
・・・名雪としてはみさきに色んな話を聞きたいと思っていただけに残念そうな顔をしていた。



まあ、それはともかく。
自分の呼びかけに応えて振り向いた祐一に、名雪は言った。

「・・・すごいよね、みさきさん。
もちろん国崎さんもすごいけど・・・・」

その名雪の表情に、祐一は苦笑した。
名雪は感情表現が実にストレートで分かりやすい。
それが祐一ならなおの事だ。
その表情が憧れと尊敬だとすぐに分かった。

「ああ、そうだな」

・・・名雪の言う事は心から同意できた。

盲目でありながら旅人。
・・・国崎の助けがあるとはいえ、それは凄まじく困難な事のはずだ。
それをあの女性はたった一つの願いのために乗り越えてきたのだから。

そんな事を思いながら祐一はみさきが語っていた事を思い返した。
国崎の言葉から始まったという、旅の始まりを。




『なあ、何でお前ここにいるんだ?』

往人がその街を訪れて一週間ほどが経っていた。
その間往人はこの場所で芸をやり続けていた。
川名みさきと名乗るその少女と出会ったその場所で。

・・・みさきは困ったように笑って、答えた。

『なんでって・・・初めて会ったときも話したよね?
人を待ってるって』
『ああ、確かにそう聞いた。
だが、俺が見ているかぎり、そいつが来た事なんか一度もない・・・違うか?』

そう言った国崎の顔は真剣だった。
その表情が見えないみさきにも、その声音で十分に分かった。
・・・この青年が自分の事を心配してくれている事を。

『・・・うん。違わないよ』
『そんな奴なんか見捨てちまったほうが良くないか?』

国崎の言葉に、みさきは先程と同じ様に少し困ったように笑った。

『それは出来ないよ』
『どうしてだ?』
『・・・その人の事を覚えてる人、もう私だけなの。
だから、私がここにいないといけないの』

その微かな笑顔を見て、国崎は思い出してしまった。
かつて、心を共にしたただ一人の少女・・・遠野美凪の事を。
何処か・・・・・はっきりとしたところはなかったが、この少女は彼女に似ているようなそんな気がした。

『・・・・・そうなのか。
そいつの行き先とかわからないのか?』
『分かってたらここにはいないよ』
『それもそうか。・・・そいつの名前は?』
『・・・どうしてそんな事を?』
『・・・・・俺も、人を探してる。そのついでに探してやるよ』

言って”しまった”とか”俺とした事が”などと思ったがもはや後の祭りだったし、何より放っては置けなかった。
・・・それが例え自分のよく知る少女と似ていると言う理由からだけでも。

『・・・・・本当、かな?』
『嘘をついてどうする』
『そうだね。じゃあお願いできる?』
『ああ』
『その人の名前は・・・折原浩平と言うの』
『オリハラコウヘイだな。分かった』


・・・それで終わるはずだった。
この二人の関係は。

往人は旅立ち、みさきはこの町で待ち続ける。

そうなるはずだった・・・




「ねえ、国崎君、起きてる?」

そこは祐一の部屋。
そこでは祐一のベッドにみさきが、国崎持参の寝袋に国崎自身が横になっていた。

「・・・ああ、起きてる」

みさきの方を振り向きもせずに、往人は答えた。

「この街、いい街だね」
「その意見は早計じゃないか?」
「そうかな。でも、きっといい街だよ。
・・・浩平君も、ここにいるかもしれない。
こんなに居心地がいい街だもん」
「・・・ああ、そうだといいな」
「国崎君が探してる翼の女の子もいるかもしれないよ」
「・・・ああ、そうかもな」
「いると、いいよね」
「ああ、そうだな」

それは言葉だけ見れば、簡単なやり取りにしか見えない。
だが、聞く者が聞けば分かる。
その会話に込められている、想いの深さが。

「それじゃ、明日も頑張ろ。おやすみ国崎君」
「・・・ああ、おやすみ、みさき」







「く・・・あ・・・・・」

闘いの果てに。
藤依吹は地面に片膝をつき、肩で息をしていた。
それを命は何処か冷たい眼差しで見下ろしていた。

「・・・分かっていただろ?こうなることは。
私が”お前たち”の中で後れを取る可能性があるのは秋子だけだ。
・・・お前も大したものだが、それでも私には及ばない」

「く・・・」

そんな言葉など耳には入らないと言わんばかりに、依吹は両足に力を込めて再び立ち上がろうとする。
それを哀れみをこめて、命はただ見ていた。

「そして、その程度では我が愚弟を殺す事も出来ない」
「・・・それは、ない。
そんなことはありえない。
あれは素人だ。
転化の法の施行法を知ってはいても、他はただのチンピラに過ぎない・・・」
「さあ、それはどうかな。
それに、そんなチンピラにお前は同等の戦いを強いられていたじゃないか」
「・・・・・黙れ・・・!
私は、殺す。
お前も、草薙紫雲も、国崎往人も・・・あの一族・・・翼人を救おう等としている者、その可能性のあるものは全て滅ぼす・・・
そのためだけに、私は生きているのだから・・・」
「・・・それが分からないよ、私には。
確かに、お前の一族は”それ”に翻弄されてきたのかもしれない。
だが、それも当の昔に解けた呪いだ。
それに対し”彼ら”自身の呪いはまだ現存している。
それでもう十分じゃないのか?」

言いながら命はそうではないだろうと事を悟っていた。

愛が理屈でないならば、憎しみも理屈ではない。
少なくとも、今の藤依吹にとってそれが全てである事は火を見るよりも明らかと言えた。

だからこそ、立てない状態でも立とうとしているし、勝てない相手に勝とうとしている。

「・・・その心意気は買う。だが・・・・・もう休め」

そう呟いて、命が手をかざしたそのとき。



「やめろ、馬鹿姉貴」

その声と共に”力”を放とうとした命の手を掴んだのは紫雲だった。
その後ろには秋子が立っていた。

「紫雲・・・?!いつの間に・・・」
「秋様・・・・・?!」

戸惑う二人に秋子はにっこりと微笑んだ。

「・・・二人とも、いいかげんにしないと怒りますよ?」
「う・・・」
「く・・・」

秋子の言葉には何の他意もなかった。
・・・そしてだからこそ怖かったりする。
二人がそれに圧迫されて、何も言えないでいる間を取って紫雲が前に進み出た。

「・・・藤、依吹さんだったね」
「・・・・・」
「事情は秋子さんから聞いた」

その言葉に目を見開き依吹は秋子の方に顔を向けた。
秋子は何も言わずただ微笑んでいた。
その表情は、今はただ聞いていなさい、と言っている様に見えた。

「・・・僕がとやかく言えることはできないと思う。
でも、人を殺す事だけは許せない」
「・・・・・」
「とりあえず、今日は引いてくれないか。
もし、仮に殺されるとしても身辺整理の時間くらいは与えてくれるだろ?」

・・・勿論殺される気なんか紫雲にはない。
だが、こう言えば少しは納得してくれるかもしれないという可能性にかけただけだった。

二人の視線が交錯し・・・依吹はふう、と息を吐いた。

「・・・この場は分が悪い。
だから、今日は引く。
次の機会までに準備を済ませておくといい。
・・・秋様」
「なにかしら?」
「貴女は何故彼らに加担するのですか?
仮にも貴女は我ら”亡霊”をまとめる存在だというのに。
”上”の命令に逆らっても良いのですか?」
「・・・あなたは従わざるを得ないから従っているのだろうけど・・・”あの男”に従うつもりは私にはないわ」
「・・・・!・・・・」
「・・・その事については、また後日話しましょう」
「・・・了解しました」

そう言って背を向けた依吹に紫雲が再び声をかけた。

「あ、ちょっと待った」
「・・・なんだ?」

依吹の冷たい視線にたじろぎつつも、紫雲は言った。

「あーその。
うちの馬鹿姉貴が乱暴にしてごめん。
・・・女の子、なんだろ?
今度ちゃんと言い聞かせておくから」

その言葉に依吹はつい、と顔を逸らせてから「別に」とだけ言って今度こそ闇の中へと消えていった。

「・・・私はいいのか?」
「身内と他人様では扱いが違うのは当然だろ」

命の呟きに、紫雲は半眼で答えた。

「・・・まあ、いいが・・・・誰彼構わず色目を使うとあゆに怒られるぞ」
「誰がいつ色目を使ったよ・・・?」
「さあな?自分の胸に手を当てて考えたらどうだ?」
「・・・んだと・・?」

そんな風に二人が姉弟喧嘩をする様子を、秋子はただ微笑んで見守っていた。 ・・・何処か遠いものを見ているような眼差しで。


「・・・それじゃ秋子さん、僕たちは帰ります」

しばらく漫才のようなやり取りを続けていた二人だったが、それに疲れ始めることでようやっとそれが不毛だと気付いたらしい。

「ええ。出来たらうちに泊まっていってほしかったのですが・・・部屋の空きがなくて・・・・」
「いいですよ、気にしないで下さい」
「じゃあな、秋子」
「それじゃ・・・と、秋子さん」
「はい?なんですか?」

そこで紫雲はス・・・と目を細めた。
その顔に浮かぶのは・・・・紫雲には珍しい感情・・・怒りだった。

「・・・俺は、必ず”そいつ”を叩きのめします。
草薙紫雲としても、”紫の草薙”としても”そいつ”は・・・許せない」
「・・・・・気をつけで下さい。”彼”は・・・危険ですから」
「はい。・・・それじゃ」

軽く頷いた紫雲は家路を歩き始めた命の背を追いかけながらその場を去って行った。
それを見送った秋子は誰にでもなく、呟いた・・・

「・・・星の記憶・・・アカシックレコード。
それを司る存在だった翼持つ人。
・・・それを失った・・・いえ失わせてしまった報いの時がやって来たのね・・・
でも・・・その裁きを”あの男”に委ねるわけにはいかない・・・
例え、それが・・・正当な裁きであっても」

秋子はそこで言葉を切って、首を横に振った。
・・・口にしてしまったその事実を認めたくはなかった。
ただそれだけのことだった。

秋子は夜空を見上げた。
そうすることで少しでも心を清めたかった。

それは逃避にはなり得ない逃避だった。
それを理解しているからこそ、出来る”逃避”だった。

「さあ、明日も頑張らないと・・・」

そうすることでいつもの秋子の表情に戻し、水瀬秋子は家の中へ入っていった・・・・・






「遠野さん、今日はありがとうございました」

神尾家の前で観鈴は笑って言った。
美凪はそれに微笑み返した。

「いいえ。
・・・よければまた明日も一緒に星を見ましょう」

その言葉に観鈴の顔がぱあっと明るくなった。

「は、はい!その・・・また、明日・・・!」

よほど嬉しかったのか、顔を真っ赤にさせてギクシャクと頭を下げてから、観鈴は家の中へと入っていった・・・


その様子を、美凪は微笑ましく思った。

こんな事で喜んでくれる。
それが何より嬉しく・・・・・そして哀しかった。

だから、観鈴と友達になりたい。
今日の事で、美凪はより強くそう思うようになった。

・・・それは最初、自分と国崎往人を引き合わせてくれた礼のつもりだった。
それが傲慢であっても、彼女の寂しさを少しでも埋めてあげたかった。
だが、今は違う。
遠野美凪自身の意志で彼女と、神尾観鈴と友達になりたい・・・そう思っていた。

決意を新たに、美凪が神尾家に背を向けた時だった。

『・・・美凪・・・・あの子を、助けてあげて・・・・・』

「・・・・・・!!!?」
その何処からか響いた声。
それは在り得ない声だった。

一年前、いなくなってしまったはずの、少女の声だった。

「・・・みちるっ・・・・・?!」

その名を叫んだ。
・・・だが、その叫びに答えるものはいなかった。





・・・・・今は、まだ。






・・・続く。






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