AIR another 蒼穹聖歌 第四話





その町の中で、一番・・・ではないが空に近い場所。
彼女達自身が通う学校の屋上に二人はいた。

「わあ・・・・・」

目を輝かせて、観鈴は言った。
その眼はただ空に向けられていた。

幾千、幾万の星が瞬く夜空に。


その様子を、美凪はただ微笑んで見守っていた。


そして、思う。

いま、こうして笑っていられる事の意味を。
かつて、飛べない翼の意味を問うたときのことを。

『・・・・・あの想い出が、私の中にある』

それが、その意味。
それこそが答。

だから、笑う。
遠野美凪は笑顔であり続ける。

大切な人たちとの約束だから。

そして。

『今度は、私がそれを伝える番』

いつも一人でいる、そんな少女に自分ができる事をするために。
遠野美凪はそこにいた。








「・・・ただいま」

その声を聞き取った名雪は玄関先に出て行った。
丁度話がいい所だったのだが止むを得ない。
するとそこには自身の母親である水瀬秋子と、予想していない人物がいた。
いや”いた”というよりは”あった”というべきなのかもしれない。
何故ならその人物は意識を失って、秋子の背にただいるだけだったのだから。

「・・・草薙君・・・・?!」

名雪はかつてのクラスメートの名を呼んだ。

だが、草薙紫雲がそれに答える事はなかった・・・・・・・







第四話 夢幻会合








ヒカルモノ。
反射している。

・・・あれはナイフだ。

刺さると痛い。

でも、耐えられる。

耐えて、さらに次のことを考えろ。

次の攻撃を。

より速く、より的確に。

・・・・・・イタイ。

血が吹き出る。

でも、意識を集中すれば勢いが弱まる。

かまわず、動作。

爪を構えろ。
えぐりとれ。

風斬り音。

俺の爪が空を裂く音。

一気に三人の肉を抉り取る。

死にはしない場所だから問題ない。

手に残る血。

それを舐めとって、再び、機動。


・・・さあ、絶対正義を始めよう・・・・・・・・!!


破壊。
潰す。
抉る。
千切る・・・のはまずいか。
噛む位にしておこう。
折る。
曲げる。
叩き潰す。

脆い。
何が脆いって。
コイツラ自身が自分の脆さを知らないことが。

自分の脆さを知ろうともしないくせに、人の脆さを突こうとする。
実に不愉快。
不愉快だ。
だから、破壊する。

この拳が、紫色に染まるまで・・・・・・!!




・・・でも、それは。
随分前に終わってしまった一つの夢の形・・・・・










「・・・お母さん、草薙君・・・どうしたの?」

自室から出てきた秋子に名雪は問うた。
秋子は少し目を伏せてから言った。

「・・・ちょっとね。でも、名雪は知らなくていいことよ。」

・・・むしろ、知ってほしくない事・・・・・

その呟きは内にのみ響かせる言葉だった。

「命には別状はないから、大丈夫よ。少し疲れてるだけみたい」
「そう・・・なら、いいんだけど」

娘が不承気味に頷くのを横目で見つつ、秋子は居間へと向かった。
名雪もまた、慌ててその後をついていく。

「あの・・・」
「ところで、名雪。 さっき玄関に知らない靴があったみたいだけど・・・・・」

その秋子の問いで、名雪は頭の中にあった、口にしようとしていた疑問を霧散されてしまった。
それに気付く事もなく、あ、と声を洩らして自分が意図していたこととは別のことをを口にしていた。

「あのね、今日駅に言ったらね、すごい芸をする人がいてね、その人が泊まる所がないって言うから泊めてあげようと思って家に連れて来たの」

「・・・そうなの」

話しながら、秋子と名雪は居間に入っていった。

「・・・・・ん・・・・・?」

その気配を察して、往人はゆっくりと二人の方へと振り返った。


・・・眼が合った。

「・・・・・」
「・・・・・」

秋子と往人はお互いを視認した。

(・・・・・誰・・・だ・・・?初めて会うはずなのに、初めてじゃない気が、する・・・?)
(・・・この子は・・・・そう・・・もう一人のさだめの人、ね)

お互いに思う所はあったが、それは交錯するはずもない。
少なくとも、今この時においては。

「あ、紹介するね。
こっちは私のお母さんの水瀬秋子。
で、そっちの人は国崎往人さん」

名雪がお互いの肩代わりに紹介を済ませると、そこでようやく二人の呪縛が解けた。

「・・・国崎だ。厄介になってる。こっちは俺の連れの川名みさき」
「あ、どうもはじめまして。川名みさきです」
「・・・水瀬秋子です」

秋子にしてはやや暗いその挨拶に、祐一は小首を傾げた。

「・・・秋子さん、どうかしましたか?
それとも、草薙の様子、そんなに・・・?」

「あ、そんなことはないのよ。
ごめんなさい、少し疲れていたものだから」

そうやって頬に手を当てて微笑む秋子はすでにいつもの秋子だった。

それを見て、それもそうか、と祐一は思った。
草薙紫雲をここまで運んでくるのは秋子の様な細身の女性には辛い事だったのだろう・・・そう、推察した。

「それでね、お母さん。
さっきも言ったけど、この人たち今日泊まってもらってもいいかな?」

「・・・・・・・」

「・・・お母さん?」

「あ・・・ごめんなさい、勿論了承よ」

しばしの間を空けての”了承”に名雪、祐一、真琴はそれぞれ呆けた表情を見せた。

「・・・・・秋子さん、大丈夫?」
「・・・大丈夫よ、真琴。
ごめんなさいね、心配かけて。
・・・国崎さんに、川名さんでしたね?」
「・・・ああ」
「はい」
「こんな家ですが、良ければゆっくりしていって下さいね。
その芸も、今度見せていただけると嬉しいです。
それでは、私は明日仕事がありますので、失礼させていただきます。
・・・・・お休みなさい」

微笑みながらそれだけを告げて、秋子は今を出て行った。
後にはお互いに顔を見合わせる水瀬家の三人と部外者達が残されるばかりだった。

「・・・だが、まあ、いい人そうだったな、みさき」

その場の空気を変える為か、ただ単純な感想か、往人はそんな事を言った。
その言葉に、みさきは頷いた・・・だが、その表情は少し硬かった。

「・・・うん。いい人なのは、よく分かるよ。
でも・・・・・何かを、隠してるみたい・・・・」

”何かを”の辺りからは往人にしか聞こえないようにみさきは呟いたが、何かにハッとして、苦笑・・・というより自嘲の様な笑みを浮べて、言った。

「あ、駄目だね。泊めてもらう人間がこんなこといっちゃ」
「・・・まあ、それはそうだな」

だが、みさきのその言葉は、なんとなく往人も感じていた事だった。
・・・だがそれが自分に関わる事だとは、今の往人には知る由もなかった・・・










雪が、降っていた。
その上にただ一人座り込む影があった。

「・・・嫌な夢を見たな。
・・・しかし、この風景見たのって何度目だっけ・・・・」

その影・・・紫雲はぼそりと呟いた。
この光景を紫雲は何度か見ていた。

紫雲が意識を失った時にごく稀に見る、雪が降るだけの何もない”世界”・・・

かつてはこの中には一人の少女の思念の欠片が存在していた事もあったのだが・・・

「夢・・・とは違うんだよな。
自分の意識が確かにあるし・・・
大体夢の中で夢は見れないだろうし・・・」

この世界にいる時、紫雲はまるで現実にいるように自由に行動できた。
今までは夢だと思って来たが、今になって思うとそんなものは夢ではありえない。

では、ここは、なんなのか・・・?

「お前の意識世界だよ。
前に”まい”がそう言わなかったか?
まあもっとも、それだけじゃないがな」

その言葉と共に”それ”は現れた。
紫雲はここで”それ”を見るのは二度目だったので、特に驚く事はなかった。

「・・・なんだ、俺か」

座り込む紫雲の前に現れたのは、今の紫雲よりも少し幼い外見をした、蒼いナックルガードをつけた草薙紫雲・・・いや”紫の草薙”だった。

「とんだご挨拶だな。
呼ばれたから来てやったのに」

”紫の草薙”はふう、と息を吐いた。

「・・・僕が、お前をか?」
「ああ、そうだ。
お前が俺を必要とした。
だから意識の底から這い上がってきたんだよ」
「・・・そんなことはない。
僕はもうお前を必要としていない」

あの冬の日々。
それで自分は確かに過去を越えたはずだ・・・
その想いが紫雲にその言葉を紡がせていた。

「・・・あのな。
どれだけ嫌おうと、忘れ去ろうとお前は俺であり、俺はお前だ。
切り離して考えることなんかできないんだよ。
・・・まあ、そう睨むな。
お前が言わんがする事も分かってる。
それならあの冬の日々は何だったのかと言いたいんだろう?」
「・・・・・ああ」
「・・・あの冬お前が越えたのは、自分の過去についてだ。
自分自身じゃない・・・わかってるはずだ」
「・・・それは、同じ意味、じゃないのか?」
「いや違うね。
自分自身を越える事と、過去の罪を越える事はまた別問題だ」
「そうして、そんな事が言える?」
「・・・簡単だ。
お前が本当の意味で”越えた”のなら、水瀬秋子に負けることはあり得なかっただろう。
だが、お前は負けた。
それが全てだ」
「・・・・・だからって”お前”に戻っても意味はない。違うか?」

その言葉に”紫の草薙”は深く溜息をついた。

「・・・当たり前だろうが」

その答には、紫雲の方が驚かされた。

「・・・・・は?」
「そりゃ単純に”俺”に戻れば楽な事は楽だろうさ。
だがそれで現状の問題が解決するかというのは否だ。
お前はお前のままで強くならなければならない。
そうしないと本当の絶対正義は夢のまた夢だ。

・・・ただ一つ、忠告しておこう。
お前はお前自身のことをもっと考えるべきだ。
そうしなければ、お前は自分で自分を滅ぼし、果てに周りを巻き添えにして”終わる”ぞ」

「・・・それは、どういう・・・・??」

紫雲がそう問いかけかけた時、世界が霞んだ。

「・・・時間切れだな」

”紫の草薙”は粉雪が降る空を見上げた。
そして、名残惜しそうに空から視線を外し、もう一度紫雲の顔をしっかりと見て言った。

「いいか。
自分の本質と自分のしたいことをごっちゃにするな。
冷静に見極めて、進め・・・・・・」

その言葉が掠れ消えていくのと並行して、世界は崩れていった。


その僅かな間隙に。
それは響いた。


・・・・・ゥ・・・・・ア・・・・・・


(なんだ・・・・?声?いやこれは・・・・・)


紫雲がそのことを認識する前に。
白い世界は完全に霧散した・・・・・









「・・・・・はっていた甲斐があったな。
やっぱりお前は任務を優先させてくるか」

水瀬家の近くの路地裏に、彼女はいた。
長くもなく短くもない髪をクシャッと掻き上げて、草薙命は目の前の人影を一瞥した。

「しかし結果的にこうなったとは言え、お前のやった事は・・・秋子への背信行為だぞ。
あの”鬼”は”彼”の監視ではなく、むしろ水瀬秋子の監視のためにあった・・・違うか?藤依吹」
「・・・・・・・」

命の問いに答えることなく、無言のまま闇から姿を現したのは、先程紫雲と戦闘したばかりの藤依吹という名の人物だった。

「・・・秋様は甘い。
現にもう一人の法術施行者を家に招き入れても、何のアクションも起こさない。
私からすればこれだけでも十分に上への背信だ」
「・・・そう思ってるのはお前だけだ。
もう、お前らの”上”は殆ど意味をなしていない。
もう、その意味は・・・」

命がそう言い掛けたとき、一つの札が凄まじいスピードで命に投げつけられた。
命は顔色一つ変えることなく、近くの石を”操演”して、それを撃ち落した。

「・・・依吹」
「・・・黙れ・・・・!!
それでも、私は押し通す・・・!
星の記憶の名の下にいい様にされてきた我が一族の宿命を変えるために・・・・・!!」
「・・・そうか。
だが、それを言うならこっちも一緒だ。
いいかげん、この草薙家の宿命とやらにはうんざりしてるんでな」

そう言って、命は左手を突き出した。
その周りをゆっくりと数十個の石が浮遊する・・・

その前に立つ依吹は自分の胸の上で印を結んだ。
その瞬間、依吹の周囲に数体の”鬼”が出現した。


「・・・・・潰させてもらおう」
「・・・・・殺す」


その言葉を合図に。
両者は地面を蹴った・・・・・・・!!







・・・続く。


戻るよ♪