AIR another 蒼穹聖歌 第三話




ガッッッッ!!!

その、鈍い音が響いた後。

紫雲の拳と。
白装束の人物の”札”を。

二人の間に入り込み、それぞれを本人たちの意図した方向から逸らしている者がいた。

そして、それは、紫雲のよく知る人物だった。




「・・・・・あ、秋子さん・・・・・・・・?!!」



月明かりの下で。
露になったのその顔は。
紛れもなく、水瀬秋子その人だった。

しかし。

その衣装はまるで漫画に出てくるような和風法衣で。
その眼は限りなく・・・冷たい。

「・・・・・!」

その眼を見た紫雲は反射的にその身を引いていた。
後ろに跳躍し、自身の間合いの一歩前まで後退する。

そして、構えを解いた。
・・・いや、構えを取らない構え・・・無形の位。
それは、紫雲が本気を出す時に取る構えだった。
その構えを取らなければならない空気の流れがそこにあったからだ。

そのままで、紫雲は様子を見ることにした。
・・・なにより、秋子さんが何か語ってくれるのではないかと思ったからでもある。

そう思っていた時。
秋子が白装束の人物に向かって言った。

「・・・・・依吹(いぶき)。
この件については手出し無用といったはずだけど?」

その底冷えした声に、依吹と呼ばれた人物は身を震わせた。

「しかし・・・法術施行者が二人に増えた以上、秋様だけでは手が回らないのではないかと・・・」
「・・・詭弁はやめなさい。
あなたの都合に合わせられる問題ではないのよ、これは。
上にも打診しているはずです。
・・・・・あなたが今頑張ったところでかつての栄華はもう戻りはしないのよ、藤依吹」

その言葉に、その人物はぐっと歯噛みした。
そして、やや小さめの、弱い声で「わかりました」とだけ言って、紫雲に背を向けると、刹那の間に闇の中へと消えていった。

そうして。

後に残った紫雲と秋子は静かに対峙した。

(・・・・・・・・・寒い感じがする・・・・・・・)

今はもう夏だし、さっきまでは身体が熱くてたまらないほどだったのに。
秋子と対峙していると、その全てが奪い取られていくような・・・そんな感覚があった。

「・・・・・紫雲さん」

紫雲がただ雰囲気に呑まれていると、秋子の方から声をかけてきた。

「・・・・・正直、こんな時が来るとは思ってはいました。
ですが、来なければいいとも思っていました」

「・・・・・どういう、ことですか?」

「・・・・・”その”時が来た、ということです」

そう言って、秋子は右手をバッと突き出した。
紫雲は・・・信じられなかった。
それが攻撃であることも。
それを放ったのが秋子であるという事も。

だから、まともにその衝撃を受け、地面に転がった。

「く・・・・あ・・・・・」

「・・・・・紫雲さん。この位で倒れてもらっては困ります。
貴方は、戦わなければならないのですから」

そう言った秋子は一歩ずつ踏みしめて、紫雲との間合いを詰めていった・・・




第3話 回想夜話






『何やってんだ、そんなところで』

私が、ベンチに座っていると、いきなりそんな声が頭上から降ってきたんだ。

『えと、人を・・・待っているんだよ』

私は戸惑いながら、そう答えた。

『ふーん。ところで、あんたも今の芸観てただろ?
というわけで金くれ』
『え・・・?え、その、それは無理だよ。見てないもの』
『おいおいすぐばれる嘘を・・・って、あんた・・・眼が・・・・?』
私は首を縦に振った。
すると、その人は少し押し黙った後、

『・・・悪かった』

と、呟くように言った。

・・・それだけで、分かった。
目の前にいるであろうこの人が、私の待っている人とよく似た、不器用な優しさを持っていることを。

『いいよ、気にしなくても。
それより、貴方の芸・・・見せてくれないかな』
『・・・?だって、お前・・・・』
『いいから。できれば、どういう芸なのかを実況してくれると嬉しいんだけど』
『・・・分かった。
言っておくが俺の芸はその辺の奴とは格が違うぞ。
なんせ種も仕掛けもないからな』
『それは楽しみだね』



「・・・それが、私と国崎君の出会いだったんだ」
「へえ・・・なんか素敵・・・名雪もそう思わないー?」

話を聞いていた真琴は無邪気にそう言った。
名雪がそれに答える前に、祐一がはあと呆れ気味な息を吐いて言った。

「お前は少女漫画の読みすぎだろ」
「祐一うるさいー!真琴は名雪に聞いてるの!
祐一みたいにそういうのが分からない人には聞いてないのー!」
「はいはい、そりゃわるうございましたね」
「・・・真琴の言うこと分かるよ。
そういう出会いってなんかいいよね」
「・・・そういうものか?」

それまで黙っていた往人はなんとなく尋ねていた。
それにみさきは笑顔で答えた。

「そういうものだよ」
「・・・そうなのか・・・・・?」
「え、とそれで、どうして、旅に出ることになったんですか?」

往人の疑問など何処吹く風で祐一が尋ねた。
・・・どうやら、少し興味が出てきたらしかった。

「・・・それはね。国崎くんの言葉から始まったんだ・・・・」







「・・・・・こんばんは、神尾さん」

美凪はおずおずとというほどではないが、穏やかな声で話し掛けた。
話し掛けた少女・・・神尾観鈴はその言葉にビクッとして、おもわず目の前の自販機のボタンを押してしまった。

がたんっ!!

やたら重い音を立てて、何かが落ちる音が響いた。

「・・・・・」
「・・・・・」

やや気まずい沈黙がそこにあった。

「・・・・・・・・失敗?」
「へ?あ、いえ、その・・・・・そうかも」

その頓珍漢なやり取りで、はっとした観鈴はとりあえず自販機の中から”それ”を取り出した。
その紙パックには”げるるん”と書かれていた。

「がお・・・やっぱり失敗・・・・今日はどろりの日だった・・・」
「そうですか・・・お詫びにこれを・・・・・」

そう言って何処からともなく取り出したのは白い封筒。
それを見た観鈴は慌てて手を振った。

「いいですよっ遠野さんの所為じゃないし・・・」
「そうですか・・・がっかり」

そう呟くと、美凪は出した時と同様に何処かへと白い封筒をしまいこんだ。

「・・・それでは、改めまして、こんばんは神尾さん」
「こ、こんばんはです、遠野さん」

いささか緊張気味に観鈴は頭を下げた。
・・・目の前にいるのは、学年トップの成績を誇る遠野美凪・・・自分とはクラスメートという以外接点がない、遥か遠い人、ということからの緊張だった。

「神尾さんは何をなさっていたのですか?」
「え、と、ジュースを買いに来ただけなんです。これを飲んで歩きながら星を見るの好きだから」
「・・・神尾さんは、星がお好きですか?」

その言葉に、観鈴は少し考え込んでから答えた。

「あの、その・・・星座とかってよく分からないんですけど・・・それでも、空を眺めるのは好きだと思います。だから、たぶん星も好きだと思います・・・」

我ながら変な返事だと思いながら、必死に観鈴は言葉を返した。
・・・そんな観鈴に、美凪は優しく微笑んだ。
それは、本当に本当に優しくて、見ている誰かを包んでくれるような、そんな微笑みだった。

「・・・・・そうですか。それなら、もしよろしければ、ですがご招待します」
「え・・・?」
「・・・私、こう見えても天文部の部長さんなんですよ。
ですから、この町で一番星が見える場所にご招待します。
・・・お時間があれば、ですが・・・・・」



・・・神尾観鈴は。

自分は変な子だからきっと遠野さんはきまぐれでそういっているんじゃないか。
遠野さんは自分といてもきっと楽しくないだろう。

とか、色々と考えていた。

だから、断った方がいいんじゃないかとも考えたし、
その方が自分も遠野さんも傷つかないだろうとかも考えた。


・・・・・それなのに。


「あります・・・!時間、たっぷりです・・・・・!!」



気がつけば、観鈴はそう答えていた・・・・・








「・・・・・・・っ!!」

紫雲はただ後退していった。
秋子の放つ、その一撃一撃・・・原理すら分からない不可視の攻撃・・・・を避けるのが手一杯だった。
というよりも、紫雲にはそもそも秋子と戦うつもりなどない。

「秋子さん!!なんで貴女と僕が戦わなければならないんですかっ!!」

「・・・・・そうですね。
確かに、あなたと私が戦う理由はないのでしょう」

「だったら・・・!!」

「ですが、あなたは戦わなければならない。
・・・一つ、あなたに問いましょう。

一人の少女がいたとします。
その少女は自分の命の理の外で死ぬさだめを背負っています。

もし、その少女があなたが死ぬことによって救われるのなら、あなたはどうしますか?」

「僕が死ぬことで、救われるのなら、そうするでしょうね」

答えるしかない事を悟った紫雲は、迷うことなくそう答えていた。
その答えを聞いた秋子は・・・

「・・・・・それでは、誰も救われないのよ・・・・!!」

その言葉と共に紫雲を睨み付けた。
その、初めて見る秋子の表情に戸惑う隙もなく、紫雲は大きく吹き飛ばされ、塀に叩きつけられた。


「ぐ、あ・・・・・」
「・・・・・もう、逃げ場はありませんよ、紫雲さん」

その言葉に辺りを見回すと、そこは袋小路だった。
唯一の道も秋子が遮っている。

「・・・それがあなたの答えだというのなら、今ここで死んだ方があなたは幸せかもしれませんね・・・」

そう言って秋子は右手をゆっくりと前に突き出した。
・・・紫雲は、あることに気付いていた。
だが、その”気付いたこと”とは裏腹に蓄積されつつある秋子の力は今までで最高のものだ。

「・・・・・あなたの選択肢は二つです。
今ここで、私を殺すか・・・・・
それとも・・・・・あなたが死ぬか」

(・・・・・いや、もうひとつありますよ)

心の内だけで紫雲は呟いた。
そして、ゆっくり立ち上がった。

そして、無形の位を”構えた”。


「・・・・・では、いきます」
秋子がそう呟いた瞬間、凄まじい衝撃波が解き放たれる・・・!

(今だ!!)

「・・・・・極意”死刀”!!」

紫雲はその衝撃の波の動きを見切り、その力の流れを変えた。
その流れの先は・・・地面。

その力は多少地面を震えさせるが、その凄まじい反発の力が紫雲を空へと押し上げる・・・と同時に紫雲は地面を蹴って高く跳躍した・・・・・!!

その跳躍力はおよそ人外のものだった。

・・・これが紫雲の策。

死刀で秋子の放つ力を制御し、本来なら拳に乗せて反撃するための力を跳躍に回す事により、自身の背後の塀を飛び越え、この場を離脱する・・・

紫雲にとって、今現在においてはこれ以上の選択はなかった。
いずれ、落ち着いた時にでも話せば秋子は全て話してくれると思っていたからだった。

・・・だが。

「・・・・・・・・言った筈ですよ、選択肢は二つ、と」

ただ、その声が響いた。

「・・・・・陰陽反転・・・・・!」


・・・その声一つで。
今の今まで紫雲を押し上げていた力が一転、紫雲を地面に叩きつける力へと変化した。

「な・・・・・っ!?」

落下していく紫雲。
そして、その真下には。

「・・・今はおやすみなさい、紫雲さん」

地面を蹴って空に舞い上がり、右手を構えた秋子がいた。



・・・避ける事も、受ける事も叶わず。


紫雲の意識は、闇に落ちた。






・・・続く。

戻るよ♪