< HEAVEN OR HELL〜正義幻想の果てに〜 HEAVEN OR HELL〜正義幻想の果てに〜















 ずっと、正義の味方に憧れていた。

 憧れて、そうなりたいと思っていた。

 だから、その夢を追い続けた。

 困っている誰かを助けたかった。守りたかった。

 だから、強くなる為に鍛え続けた。

 弱さと向き合い、恐怖を克服しようとし続けた。

 そういう仕事を自分で作り、あるいは見つけ、形を整えていった。

 そうして、理想を目指し、歩き続けた。

 例え、それが彼方にある星の輝きでも構わなかった。

 例え、途中で力尽きたとしても、後悔しない様に全力で歩き続けた。

 それが、自分の目指す正義の味方だと、固く信じて。










「でも、実際道半ばになるとはなぁ」

 ゆっくりと歩きながら一人呟く。

 周囲には誰もいない。 
 何もない。
 ただ、暗闇の中に真っ白な道があるのみ。
 ちなみに、暗闇で光源はないのに視界は良好(?)だ。
 そういう非現実的な状況は結構慣れていたが、その時と違う事が一つ有る。

 僕、正義の味方を目指していた大馬鹿者こと、草薙紫雲は既に死んでしまっているという事だ。

「……あの感覚も記憶も鮮明だし、夢はないよな」

 ”あの時”の、死に逝く感覚と記憶は未だ頭にしっかり残っている。
 あれが幻覚とは思えない。
 それに今感じている『軽さ』もまた生きていた時にはなかったものだ。
 透明感というか、軽量感というか……妙にスッキリしている。

「見た目は全然変わらないのにな……って、あれは」

 そうして色々考えつつ、やる事もないので何気なしに白い道を進んでいると扉の形をした光が見えた。
 
「出口?」

 死んだ後の出口、と考えると天国か地獄か、という所だが。
 
「霊はかなり見たけど、あの人達は皆あの世は見てない感じだったしな」

 生前の僕は、正義の味方っぽい仕事として『何でも屋』(文字通り”なんでも”やる仕事だ)を請け負い、世界の管理人なんてものもやっていた事もあり、世界の不思議には自然と顔を突っ込む事が多かった。
 仕事柄幽霊とも何度か遭遇しているが、殆どがあの世を経験していない、ある意味での『地縛霊』だった。
 ゆえに、よくよく考えてみれば死後の事はよく知らないなぁと今更ながらに思ったり。

「……カナミさんに話聞いとけば良かったかな。
 多分、素直に教えてくれるかどうかは半々だっただろうけど」

 同じ管理人であり、魔術師の頂点に立ち、生死を完全に超越している女性の事を思い返し、なんとなく笑う。

「今頃、俺の事それ見た事かって笑ってるかな」

 管理人になった頃から、あの人は俺をからかいながらも心配してくれていた。
 時折『正論』しか見えなくなる不安定さを指摘して、是正を促してくれていた。

『迷ったり、困ったらしっかり人に頼りなさいよ。
 自分一人っていうのは危ういし、悲しいんだから。
 奥さんもそれを望んでるわ、きっと』

 そう言ってくれていたことが思い浮かぶ。
 僕は僕なりに忠告に従って努力していたが……正直、上手くはやれていなかっただろう。

 そもそもそれ以前から、誰かに頼るのは苦手だった。
 幼い頃両親が亡くなった事を言い訳にひねくれていた時期もあり、未だにその辺りは素直に出来そうにない。
 
「……こりゃあ、あっさり天国行きってわけにはいかないかな」
 
 素直に入るには少し躊躇いがある。
 しかし、ここで足踏みしていてもはじまらない。
 『恐怖』に立ち向かうのもまた『正義の味方』なのだから。

「死んでもそれか、僕は」

 苦笑混じりに『扉』をくぐる。

 そこには。

「審判の間へようこそ、草薙紫雲」

 全てが白い女性が、穏やかに雪の降る世界に一人立っていた。
 肌は雪のように白く、髪の毛も純白、着ている服も白いワンピース、そして……。

「……っ」

 こちらを見つめる眼、本来なら色のある部分もまた、白かった。

「……貴方は……?」

 その雰囲気に微かに呑まれる自分を自覚しつつ、僕は尋ねた。

「私は、貴方がた第三次元の人間が言う所の審判者。
 閻魔とか神とか、そういう認識をされている者よ。
 現世の価値観を全て押し付けられても困るけどね」

 普通なら一笑に付す……とまではしないが、この言葉にどう返したらものかと悩む所だろう。
 だが、ここが普通でないことや目の前の存在が実際にそういうものだというのはなんとなく肌で感じられた。

「はぁ。
 それは分かりましたけど……なんで雪原なんです、ここ?」
「それが貴方の心の形だからよ。
 私の姿も、貴方の中にある潜在的なイメージ……自分を裁くに相応しいと考えている者の姿を取っているだけ」
「……」
 
 確かに、彼女の姿は何処かで見た事があるような気がする。
 そして、よくよく考えてみれば、この世界も幾度となく見つめてきた場所だ。
 自分と向き合ってきた時の心の原風景……それは確かにここだった気がする。

「……納得は出来た?」
「はい。すみません、手間を取らせてしまいました。
 これから、僕が天国行きか地獄行きか、そういう判断をするんですね?」
「厳密に言えば違うわ。
 貴方は、何をもって人が天国に行き、地獄に行くのか、考えた事はある?」
「え、と、それは……つまり、単純に良い人間、悪い人間では考えないという事なんですね」
「察しが早いわね。流石、境界線を司る管理人。
 その手の判断に何度も直面しているだけの事はあるわね」
「! ……知っているんですか」
「正確に言えば、私の前に立った時点で貴方の魂に刻まれた全ての情報は私の知る所になる。
 そうでなければ仮にも審判者は名乗れないわ。
 さて、話を戻しましょう。
 死後の魂は選別され、軽い浄化処置か、重い浄化処置かに分けられるの」
「浄化処置?」
「魂の行先は、魂次第。
 現世に嫌気が差してこの高次元世界に望んで留まる者もいれば、生まれ変わりを望む者もいる。
 ただ、魂が再び現世に戻る為には、魂の状態を『白』に戻しておかなければならないの。
 でも、現世でそれなりの時間を過ごした魂は、それぞれの色に染まってしまっている。
 現世で生きるという事は、環境に応じて自分自身の器の形や色を変えて、染めていく事だから。
 浄化処置というのは、生まれ変わる為に魂を『白』に戻す事なの。
 生まれた時から既に『決まってしまっている』のはなにかと問題だし、大変だから」 

 解説の為らしく、空中に分かりやすい図が描かれては消えていく。
 お陰さまで非常に分かりやすい。

「なるほど。
 つまり、その処置の軽い重いが所謂天国と地獄、なんですね」
「まぁ、そういうこと。
 現世で罪を犯した人間の魂はそれなりに歪な形となり、色も落とし難い。
 そんな魂を『白』に戻すには、魂にとって凄まじく過酷な事を強いる。
 その記憶が残っているから、地獄って呼び名が生まれ、
 それが殆どなくてのんびり過ごせたり転生待ちが出来る場所を天国と呼ぶようになったんじゃないかしら。
 もっとも魂の罪の基準は、その人間にとっての『環境的価値観』による部分が大きいから、現世の基準で『悪』の人間が軽い処置となる事もあるけどね」
「それってマズいというか、変じゃないんですか?」
「罪を犯しておきながら自分が悪くないと微塵も思ってない奴が重い処置を受けないのが不満なの?」
「……正直、少し」
「それについては、心配ないわ。
 私や他の審判者にしてみれば、そういう別の意味で歪んだ魂は仕事を増やす元だし、大局的に見れば魂の循環の妨げになる。
 その魂自体に問題がなくても周囲に与える影響が循環を歪ませかねないから。
 だからこそ、私達が審判した上で、行先を決めるの。
 裁く権利云々言われると困るけど……私達はこの高次元空間の存在として、そういうものとして生まれているから、私達としては如何ともし難いわね。
 さて、大体はこんな感じかしらね」

 そう言うと、彼女は改めて僕の眼を見据えた。

「そんな状況や事情の上で、私は貴方を審判します。
 草薙紫雲。
 死の刀の具現にして、紫の刀を持った生の守り人。
 正義の味方になろうとし続けて、自分ではなれなかったと思っているもの」
「……」
「貴方は、貴方の行先を、貴方自身で決めなさい。
 それが私の審判よ」
「…………………………はい?」

 思わず変な声が上がってしまう。
 しかし、それは多分変な事じゃないはずだ。
 詰まる所彼女は。

「天国行きか地獄行きかを自分で決めろって事ですか?
 なんでまた?」
「貴方の魂は、なんというか……不定形なの。
 歪んでいるのに綺麗で、綺麗でいて歪んでいて。
 その魂の形を少なくとも判断できる状態にするには貴方の心からの決断以外にありえないわ。
 そう……貴方が『天国に行ける人間』か、『それに値しない人間』かを、貴方自身で決めるしかないの」
「……」
「今結論を出せとは言わないわ。
 時間という概念は、この高次元空間には存在しないから。
 じっくり決断を下しなさい。
 ここには貴方の決断を乱す『他人』は存在しない。
 貴方にはもう、守るべき存在も、倒すべき存在も、裁くべき存在もないの。
 ここも、ここから先も、貴方は何も守らなくていい」
「……!!」
「では、暫し私は去るわ」
「え、あ、その……」
「ああ、そうそう、ここは望めばなんだって出来るわ。
 食べ物を望めば食べ物が、誰かを望めば誰かが。貴方の心象から具現できる。
 あるいは、貴方がいなくなった後の世界の様子も見る事も出来る。
 それらから判断してもいいわ。
 ただ、その結論に『偽り』があった場合は……貴方の魂が『地獄行き』に偏ってしまうから注意なさい。
 じゃあ、また」

 それだけ告げると、彼女の姿は解け消えた。
 まるではじめから存在しなかったかのように。

 そうして一人だけ取り残されて、僕は一人考えた。

「……」

 天国か地獄かを決める。
 
 生前考えた事はあった。
 もしそういう世界に辿り着いたなら、自分はどちらになるのだろうと。

『多分地獄行きだ』

 概ね、そう考えていた。
 天国に行きたくないわけじゃない。
 だが、そう素直に思うには、自分は人を傷つけ過ぎた。

 人を守る為に、他の誰かを傷つける矛盾。
 何でも屋でも管理人でも、それは常についてまわった。
 ままならない世界の中で、自分の不甲斐無さを痛感させられてきた。
 その度に拳を握り締め、涙を流し、吼えてきた。

 そして、その度に決意を強くしていった。
 もっと人を守れるように。
 もっと人を助けられるように。
 誰かが泣かないように。
 誰かが苦しまないように。
 その為に強くなり、賢くなる。
 その為ならなんだって。

 でも、誰かを傷つける矛盾だけはどうしようもなかった。
 それは、どうにもならないことで、それをどうにかしようとするのは自己満足で驕りだと分かっていた。

 それでも、どうしても。
 誰かが傷つくのはいやだった。悲しむのはいやだった。

 だから、矛盾を抱えようがなんだろうが、歩き続けた。

 正義の味方になる為の道を、狂っていると知りながら歩いた。

 大切な家族……こんな自分を愛してくれた女性と、その女性が生んでくれた娘……との時間を磨り潰してまで。

 だから、思っていたのだ。

 もし地獄があるのなら、矛盾や上手く家族に向けられなかった気持ちをそこで清算する事になるのだろうと。

 だが、現実はそう甘くなかった。

 結果として地獄に行くのなら『仕方ない』で済んだ。
 だが、そうはならなかったのだ。

「選ぶ……?」

 今まで選んできた道は、誰かの苦しみがない、もしくは最小限になる道。

 だが、この選択肢にはそれがない。
 関わるのは、自分だけ。
 自分の損得しかない選択。

「……分からない」

 今まで、色んな決断を下してきた。
 血反吐を吐く思い、なんて言葉では表せない悲しさに満ちた決断もあった。
 それでも、決断から逃げる事はしなかった。

 それなのに。

「自分の事になると、それができないのかよ……」

 情けなかった。
 弱い自分が心底情けなかった。
 自分が『何者』なのか分からない事が歯がゆかった。

 正義の味方になろうとしていたが、なれなかったもの。

 それは『天国』にいく価値があるモノなのか。

 分かってはいる。
 天国とは言っても、実際には理想郷でもなんでもない。
 言うなれば、次に向かう場所までの待合室とか停留所とか、そういうものなのだろう。

 だが、思う。
 自分はそんな場所にのほほんと座っていて、存在していていいのか。

 ごく普通に生きてきた人達と同じ様にいていいのか。

 そう考えた瞬間、ふとカナミさんの言葉を思い出した。

『迷ったり、困ったらしっかり人に頼りなさいよ。
 自分一人っていうのは危ういし、悲しいんだから』

「人に、頼る」

 誰もいない世界で……と、思ったが、さっきの『審判者』の言葉もまた蘇っていた。

「皆の様子を見たいんだけど……って、ホントに見れるのか」

 そう呟くというか、思うというか、ともかく、僕がそう願った瞬間に、空間に穴が出来ていた。
 そして、その穴は僕の近くにいた人達の様子を映し出していった。

 唯一の家族だった姉。
 喧嘩ばかりしていた従兄弟。
 自分を深く慕ってくれていた従妹。
 僕の馬鹿さ加減を知りながらも共に過ごしてくれた友人達。
 生死の境を乗り越えてきた、家族に等しい仲間達。
 色々な場所で出会ってきた人達。
 自分を深く愛してくれた、弱さを知ってくれていた妻。
 そして、世界でたった一人、僕の血を受け継ぐ娘。

 怒っている人もいた。
 笑っている人もいた。
 泣いている人もいた。
 
 僕の死に、生きていた事に、生きて為した事に、皆何かを返してくれていた。

「……」

 それを見て、僕は気付いた。

 正義の味方には、なれなかったのかもしれない。

 でも、生きていたんだと。

 人の間で生きる、人間らしい人間にはなれていたんだ、と僕は気付いた。

 それは、とても嬉しい事だった。

 なのに。

「なんで、なんだろう」

 心の何処かで、何かが震えていた。
 嬉しさに、不安を感じていた。

 それは、何時か、何処かで感じた事のあるモノ。

 それは、いつだっただろう……なんて思い返すまでもなかった。

 覚えている。

『そんな顔をしないで。
 貴方がどんなに悲しみを抱えていても、幸せに迷っていても、貴方を幸せにしてみせるから』

 覚えている。

『見て。
 これが貴方の子。貴方の血を引く、貴方の娘よ』

 覚えている。

 そう、それは。
 かつて感じた最高の幸せと共にあったものだった……。

  












「……決断できたかしら?」

 その頃合を知っていたのか。感じ取ったのか。
 いつしか、彼女が現れていた。
 僕はそれに迷いなく頷く。
 
「はい」
「では、貴方はどちらを選ぶの?」
「『天国』に行きます」
「そう。……理由を聞いていい?」
「思い出したんです。いくつものことを。
 最初、俺が正義の味方に憧れたのは……誰かの為じゃなかった。
 自分が失ったものを守れるかもとか、取り戻せるかもとか思ったからです」
 
 今はそうじゃない。
 自分が失ったものを姉や友達が失わないように、という気持ちに変わり、そこから、誰かが大切な何かを失わないように、という気持ちに変わっている。
 それに間違いはない。
 それに確信がなければ、ずっと『狂った』ままではいられない。 

「そう思いながら、俺はずっと『正義』を叫び続けてました。
 でも」

 思い返す。

 かつて、結婚する時に妻は言った。
 幸せになっていいのか迷っているのなら自分が僕を幸せにしてみせると。

 十四年前、娘が生まれた時。
 この世界で、僕が確かに愛し愛された証としての命の存在に嬉し涙を流した。

 その時、僕は最高に幸せだった。
 紛れもなく、偽りなく。

 でも。
 それと同時に生涯で最も恐れていた。恐怖していた。

「結局、俺は怖がってただけなんです。
 幸せになる事を。
 普通である事を。
 『正義』がなければ何もない自分の事を」

 幸せになるという事は、いつか不幸になる可能性を孕むという事。
 ……ある日突然両親を失って姉が苦しんだように。

 純粋に普通であるという事は、大切な何かを守れる強さがないという事。
 不意に起こる不幸に立ち向かえないという事。

 それが嫌だから、強くある為に、守る為に、弱い自分を殺す為に正義を叫んできた。

 だけど、今回『守るべきものがない選択』を突きつけられて、正義というある部分での建前を剥がされて、改めて気付いたのだ。

 自分は弱いと自覚する事で見て見ぬフリをしていた、さら奥にある弱さに。
 
「ずっとずっと怖がってたんです。
 知っていたつもりで、その上で強くなろうとして、本当は知らなかったんです。
 結婚した時、娘が生まれた時に克服できてたと思ってたんですけどね」

 だがそれは、目の前にいる大切な人の幸せを『怯え』で奪いたくないという思考と感情が生み出していたもの。
 完全な克服は出来ていなかったのだ。

「でも、だからこそ、今それに立ち向かおうと思うんです。
 もうここから先誰かを守る必要がないのなら、
 あるいは、生まれ変わって、それでも誰かを守りたいと思うかもしれないのなら、立ち向かうべきだと、そう思うんです。
 最初だとしても、最後だとしても、僕がなりたいと思った正義の味方なら、きっとそうすると思いますから。
 それが『正義の味方』になりたかった草薙紫雲という人間のケジメです」

 幸せになるには、天国に行くには、僕は確かに汚れ過ぎている。
 だが、汚れを理由にソレを拒否するのは弱さであるし、幸せにすると言った妻への侮辱であるし、そして僕の為に泣いてくれた人達に申し訳ない。

 幸せになるのが罪ならば、ソレを背負うのが罰なのだと、今の僕は思えた。

「幸せへの恐怖と戦うために天国を望む、か。
 君と同じ答をした人は過去何回かいたけれど、その度に思うわ。
 幸せになる事に、なりたいと思う事に、意味や理由なんか要らないのにって」
「……僕もそう信じたいんですけどね。
 そう思えなくなってしまってるんです。
 臆病者は困りますね」

 そう洩らすと、彼女は、クスリ、と微笑んだ。
 それは、何時か何処かで見た、とても懐かしい微笑み。
 優しく、いつまでも見守り続けていそうな、慈愛を感じさせる……まるで、母親のような。

「……ああ、そうか」
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」

 そう言えば、あの人は世にも珍しいそういう容姿をしていたらしい。
 残された僅かな写真を、いつかどこかで見たような気がする。
 あの人が死んだのは物心付く前だったので記憶にはない、そう思っていたのだが。

「記憶の底の底にあるものを拾って来れるなんて、って感心させていただきました」
「……こういう仕事の為の能力だからね。
 さて、話はここまで。
 決断したのなら先に進みなさい」

 彼女が指し示した方向に、ここに入ったときと同じ様な『扉』が生まれる。
 その先にあるモノは、語るまでもないだろう。

「再び現世での生を受けるまで、貴方の心が深く癒される事を切に願うわ。
 どうせまた『正義の味方』になるんでしょうから。
 貴方は、そういう魂を持っているから」
「ありがとうございます。貴方もどうかお元気で」
「……気持ちはありがたく受け取っておくわ」

 彼女の返事に、出来得る限りの最高の笑顔で応え返して、僕は歩き出す。

 今まで歩いてきた道と同じなのか、違うのか、それは分からない。

 でも、それはいつか、何かに繋がる道だ。

 そう信じて歩きたいと、素直に思えた。

 そして。
 今更ながらではあるが。
 そう思える人生を歩いてきた自分の生き方は、良いものだったと、心から思った。











「……難儀ね」

 彼が去ってしまった後を見据えながら、彼女は呟く。
 既にその姿は紫雲の為のものではなくなり、彼女本来の姿へと戻っている。

「何度繰り返せば、彼の魂は『正義の味方』から開放されるのかしら」

 彼の心の奥底にある本当の望みは、ごく普通の人生を穏やかに静かに誰かと笑って過ごし、人生を終える事。
 自分を含めた他の誰かがそうある為に、彼は『正義の味方』になる事を選び続けている。
 結果、巡り続ける世界の中で彼の望みは果たされた事はただの一度もないというのに。

「管理人システムの改変。
 そして、それを妨げる『滅び』の破壊。
 何週目になるかは分からないけど、彼を担当するものとしても、貴女達の友人としても、少しでも早くソレらがなされる事を願っているわ……銀色の魔女・ヘクセ、そして世界王・オーナ」

 同じ言葉を、またいずれループの終わりに伝える事にしよう。

 そう考えながら、彼女もまた自分の道を歩き出した……。















……END






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