トラブル・エディター!〜天下無敵な部長様〜
学校新聞。
各地、各学校で名称の違いはあるが、学校内で作られる新聞は総称してそう呼ばれる。
そして、その『学校新聞』には二種類ある。
学校側が作り、配る、生徒と言うより保護者へのお知らせ的なモノ。
生徒側が作り、校内に張ったりする、生徒向けのモノ。
まぁ詰まる所。
どちらも新聞とは言っても、その内容は『新聞』とは微妙に言い難いものだったりする。
大多数の学校がそう……とは言えないが、そういう学校は少なくもない。
そして。
とある学校に、そういうモノとは色んな意味で逸脱した新聞を作る奴らがいた。
初夏らしい暑い日差しが降り注ぐ中。
校内掲示板にデカデカと張られた、スポーツ新聞一面ばりの派手な配色の新聞があった。
その前で、震えている男子生徒が居た。
彼の震えっぷりは、見ていて地震でも起きるんじゃね?、とさえ思えるほど激しいものだ。
そしてそんな彼の形相は、RPGの魔王が見ても、ヤベッ逃げろっ!、と本能が訴えかけるほどの悪鬼羅刹っぷりだった。
ソレもそのはず。
何故ならば、彼は当事者だったから。
『生徒会長、再び熱愛発覚?! お相手は一年生の女子!!!』
書かれていた記事を熟読した後……彼は雄叫んだ。
そりゃあ、もうあらん限りに。
「なんだ、これはぁあああああああああああああああっ!?」
それから約5分後。
「おい、こら、新聞部っ!!! いや、むしろ駆柳!!」
彼……この学校の生徒会長を務める、火午真治(かご・しんじ)は、怒りも露に、というか露にし過ぎて犯罪者ギリギリな凶悪顔で、その部室に乗り込んだ。
言わずもがな、証拠として彼が破り剥いで来た新聞を作った大本、新聞部にである。
部室では数人の生徒がパソコンを前に作業をしている所だった。
彼らは突然の乱入者(殺気立っている)に驚きを隠せない……なんて事はなく、一瞬だけ視線を送るだけですぐさま作業を再開した。
……明らかに慣れている様子だった。
そんな彼らの中、部室の一番奥で窓を背中にしてキーボードを叩いていた女子生徒が言った。
「……記録はどない?」
「校内に掲示して1時間3分54秒、あの叫びから7分5秒……うーん記録更新じゃないですね。
前回の記事の時より約30秒ほど遅いですし」
関西弁な彼女の問いに答え、すぐ近くの席に座っていた男子生徒が口を開く。
怒りに我を忘れていた真治は、数瞬掛けて彼の言葉の意味を理解し……思わず叫んだ。
「って、おい! 時間を計るな!
つーか、俺が怒る事前提で記事を書くなぁぁぁっ!!!」
生徒会長の咆哮……にもかかわらず、二人は平然と(他の部員は流石に少しビクッとしたが)会話を続けた。
「じゃあ、とりあえずこのタイムは比較記録として次回掲載するっちゅーことで。
二人目の方は愛が足らへんのやないかー、とか推察文つけて」
「いえ、このぐらいで崩れる愛じゃないとか確信してるのかもしれませんよ?」
「あー……なるほど、そういう見方も」
「人の話を聞けえええええええええええええっ!」
あまりの無視っぷりに声を更に張り上げる生徒会長の姿を見て、平然と女子生徒と言葉を交わしていた男子生徒は哀れを感じた。
だが、同時に無駄な事を、と彼……新聞部員たる小峰繋(こみね・つなぎ)は思った。
会長が食って掛かっている彼女こそ、この新聞部の長にして、彼の主。
校内で三本の指に入るトラブルメイカーにして、騒動を編集し記事にする者、トラブル・エディターこと駆柳羽唯(くりゅう・はねい)その人なのだから。
「で、なんやの生徒会長?
さっき出来たばかり&張ってきたばかりの我が新聞に何か文句でも?」
暫し時が過ぎて。
体力の限界まで吼えたぎった(途中他の部活動から苦情が入ったがそれでも)会長・真治が回復するのを待って、羽唯は言った。
「ぉ、お、お、大有りだ、バカタレ!!」
流石に声を酷使し過ぎた為か、声の調整に多少手間を掛けながら真治が再び吼えた。
しかし、糠に釘と言わんばかりに羽唯は肩を竦めて見せる。
「罵り方が古風やねぇ。バカタレなんて久しぶりに聞いたわー。
まぁ、それはさておいて。
記事の内容に問題はあらへん思うけど?
紛れもない事実なのはアンタが一番良く知ってるやろし、
ウチのガッコは不純やない限り、校内異性交遊厳禁ってわけやないし、
ちゃんと先生のOKももろうてるし」
「……」
あんな記事にOKを出す教師も教師だが、この際それは言うまい。
この学校は色々な意味で自由過ぎる為、その辺を突っ込んでいるとキリがない。
というか、生徒会長として、その辺りのマイナス面をどうにかしたいと常々思っているのだが。
吐き出したい様々な思いをどうにか殺し、押し堪えた声で真治は言った。
「……あ、あのなぁ……お前は阿呆か?
先生以前に許可を得るべき人間達がいるだろうが……」
「んー。おったかなぁ?」
「……」
「冗談や。
でも、本人了承とってたらスクープにならないやん」
「だ! か! ら! 何でスクープなんだ?!
校内新聞だろ?!
スクープなんて取り扱う必要性はないし、ゴシップ記事は週刊誌なんかが取り扱うモンで、
つーか、大体駆柳!! 貴様はモラルが欠如してるんだよっ!」
生徒会長の激昂に対し、新聞部部長は相も変わらずの涼しい顔。
「そうかぁー?
っていうか、会長。
うちらの校内新聞を自分の小さな枠に当て嵌めんでっとって」
チッ、チッ、チッと指を振って、彼女は言う。
「あたしは皆が楽しめるものを作るだけや。
コレやっちゃ駄目、とか、それが常識だー、とかで縛ってばかりじゃイイモノ作れへん。
あたしだって、許可が出ないものは記事にしないんやから、いーやん?」
「ぬ、ぐ。ちぃぃ……!
責めるべきはあんな記事を許可する上層部にあるか……良かろう、そっちはいずれ何とかする」
こめかみをヒクつかせる真治。
そんな真治とは対称的な穏やかな表情で羽唯は呟く。
「……上層部って。相変わらず大袈裟な物言いが好きやねー」
「ほっとけっ!
あー……さておきだ。
まぁ、百歩……いや千歩、もとい万歩譲って、俺の事はいいとしよう」
「百歩って言いきれないのが器の小ささやね」
「やかましい。
ともかくだ。俺の事はいいが、俺の彼女の事は問題だろう」
「実名は出してないよー?」
「……出してなけりゃあいいなら世話はない。
クラスやらある程度の特徴やら書き出してれば簡単に個人は特定される。
余り言いたくはないが、あの子は少し対人恐怖症のきらいがあってな。
あまり騒ぎ立てられるのは良くない。
外見的に小さいあの子が苦しむ姿は見るに耐えんしな」
「ぬ。その情報は初耳だったわー。メモメモ」
「おいぃぃっ!
言いたくないって言っただろ?! 頼むから察してくれ……」
「大丈夫や、対人恐怖症は記事にせーへんから。
で、結局どないせーと?」
パフ、とメモ帳を閉じる彼女に、真治は溜息を吐いてから告げた。
「掲示したばかりなら、まだ回収しても別段問題あるまい。
回収した上で、記事の改訂、もしくは差し替えを行え。
これはお願いとか、要望とか、希望じゃない。
最優先に実行されるべき、絶対的なまでの命令だ」
「ぶーぶー! 言論の自由を奪うなんて横暴やー!」
『ぶーぶー!』
全員でブーイングを飛ばす新聞部。
だが、それには動じずに真治は言葉を返した。
「フン、別に記事にするなとは言ってないだろうが。
さっきも言っただろう、俺の事はいい、と」
「つまり、記事そのものに変更はなくてもいいと?」
繋の発言に、真治は頷いてみせる。
「ああ。後は貴様達の腕次第だろう」
「ぬ。言うなぁ、馬鹿の癖に」
「誰が馬鹿だ!」
「アンタやアンタ。
何が馬鹿って、彼女の為に手を尽くす辺りがラブコメ馬鹿」
「そうですね」
「やかましいいいいいいいいいいいいいっ!!」
「ったく、しゃーないなーアレは」
夕日が差し込む校舎の中。
校内に張って廻った新聞、その最後の一枚を剥がしながら、羽唯はぼやいた。
……ちなみに、部長自身での回収作業も会長の命令だったりする。
「折角祝福したろー思うて記事にしたのにー。
うちのガッコに悪口・陰口言う奴そんなに居らんから大丈夫やと思たからしたのにー。
居たら、ソイツらきっちりペンの力で制裁したるのにー」
ブーブーという擬音がピッタリ当て嵌まるほど不満を呟く羽唯。
そんな彼女の手伝いをしていた繋はニッコリ笑って言った。
「部長は生徒会長の事、好きですからねー」
「……あ、あたしは別に公私混同はしてへんよー?」
夕日以上に顔を赤く染めて、羽唯は言う。
「ほら、他に校内で有名な連中の色恋沙汰はちゃんと抑えてるし……
必要なら自分の記事も書く女やで、あたしは」
「ええ、分かってますよ。
特に、生徒会長関連の記事のえげつなさは、皆の良く知るところですし」
「うー……まぁ、小峰君の言う事やから信用するけど」
「ありがとうございます。
しかし、それはそれとしてどうします?」
「んー何が?」
最後の新聞を丸め、輪ゴムで纏めていく最中の羽唯は、後輩である繋の問いに小首を傾げた。
「記事ですよ。
あの女子生徒の箇所を削ると、レイアウトが乱れますよ?」
「そうやなぁー」
「いっその事、古村先輩達に協力を仰ぎますか?」
古村、というのはこの学校のオカルト研究会の会長である古村涼子という女子生徒の事。
彼女達オカルト研究会には、新聞での占いコーナーを担当してもらっている他、厄介事の解決に力・知恵を貸して貰う(何故かそういう事を引き受けている上、妙に役に立つので)事もあるのだが……。
時節柄のオカルト関係記事の作成に協力してもらうか、いっその事彼女達に会長を『説得』してもらうのはどうか……そういう意味合いも込めた繋の言葉に、羽唯は「うーん」と唸った。
「……これは新聞部の、あたしのミスや。
それを簡単に他人に肩代わりしてもらうわけにはいかへんよ」
「…………そうですね」
トラブルメイカーで、面倒事ばかり引き起こす彼女だが、責任感は強い。
姉御肌な所もあり、部員のミスもキッチリ面倒を見て、責任も取る。
そんな彼女だからこそ、多少の無茶や無謀が続いても新聞部は存続し、部員達は存続させる為の努力をしているのだ。
繋自身、そんな彼女だからこそ心酔しているのだ。
……もっとも、彼自身自覚しているように男子生徒としての好意もあるのだが。
まぁ、それはさておいて。
「では、どうしましょうか?」
「ふむ。
小峰君、いつもどおり、さっきの会話録音してる?」
「ええ、してますけど?」
「そーかぁ」
繋の返事に、羽唯はキラリと目と表情を輝かせた。
この表情になった時の部長の『強さ』を繋は良く知っていた。
もう、これ以上の心配は必要ないという事も。
「それなら、手持ちのネタでどうにか出来そうやな。
……よっしゃっ! 速攻戻って書き直すで〜!」
「はい!」
「データベースの確認、レイアウトの再構成お願いな。
頼りにしてるで、繋君」
「お任せくださいっ!」
「ほな、行こか〜!」
苗字ではなく名前で呼ばれた繋は気力充填完了。
陸上選手張りの勢いで走り出しだ羽唯にピッタリ付き従い、廊下を駆ける。
彼らの居場所である、新聞部部室へと。
次の日の朝。
「おい、こら、新聞部ぅぅぅぅぅっ!!!」
昨日下校時間ギリギリまで編集作業をしていた為、後片付けをしていなかった新聞部が少し早めの登校で部室を片付けていると、昨日の焼き直しのように生徒会長・火午真治が乗り込んできた。
「小峰君、記録は?」
「回って来た情報によると会長が登校して5分と少し。
つまり実質5分以下で此処に来たという事になりますね。
正確な記録ではありませんが、記録更新おめでとうございます」
「薄らやかましいわ、阿呆二号ッ!!!
なんだ! 何なんだ、この記事は!!」
「あ、また破ってきてー。
今度はアンタが張り直してなー」
「誰が張るか!
というか、人の話を聞け! なんだこの記事は?!」
「むー。彼女の部分はちゃんとボカしてるやないかー?」
「彼女についての情報を抑えたのは評価しようっ!
だが! その代わり俺の情報が多大に追加されてるのはどういう事だぁああああああ!!」
彼が指摘した記事欄。
そこには交際している女子生徒の事が少なくなった代わりに、真治の情報が追加されていた。
Sっぽい外面に反してMだとか。
ぶっちゃけロリコンとか。
小さくて可愛い女の子が出てる漫画は常にチェックしてるとか。
「はっはっは。
大丈夫や、今年の一年は小さい子多いから、これからは彼女の名前は出ないよって」
「そういう問題じゃないだろーがあああああああっ!!」
「アンタの風評が堕ちないように、文章面は配慮したで?
それとも、会長ともあろう方が前言撤回?」
「な、何の事だ?」
「……しゃーないな。小峰君、例のものを」
「了解しました」
羽唯の命に応じて繋が取り出だしたるは小さなレコーダー。
ピ、と再生ボタンを押すとノイズ交じりの中、昨日の真治の声が再生された。
『ともかくだ。俺の事はいいが』
『さっきも言っただろう、俺の事はいい、と』
「( ̄□ ̄;)!!!!!」
「とまぁ、証拠はバッチリ。で、何かご不満は?」
「ありまくりだっ!!!
貴様はモラルを学べと言っとろーがああああああああああっ!!」
「朝から騒がんといてやー。爽やかな朝が台無しや」
「台無しにしてるのは貴様だぁぁっ!
ううぅ、何故いつもこんな事にぃぃ……」
日々怒号と喧騒に満ち溢れる此処こそ、校内三本の指に入るトラブルメイカー・駆柳羽唯が部長を務め、生徒会長さえ煙に巻く天下無敵な新聞部。
この学校の生徒なら、ここに集まる情報に自分の名前が無い事を切に願え。
もしも。
万が一にでも名前が有ったのなら……。
「まぁ、犬に噛まれた上に多数の猫に襲われ、さらに動物園から逃げ出したライオンにじゃれ付かれたと思って絶望して諦めてください」
「無茶を言うなぁぁっっ!!!
畜生、潰す! 絶対貴様ら潰してやるぅっ!!」
「あらぁ。公私混同は感心せえへんで?」
「ぐぬううううっ!!」
こうして。
この日も新聞部の犠牲者(主に生徒会長)の報われない叫びが部室に響き渡った。
合掌。
……END