注意文。

この作品はKanon another1 ”snowdrop”の後の物語です。
それでいて、やや(?)キャラを崩したギャグとおぼしき作品です。
ゆえにオリキャラが出ますし、snowdropの余韻を壊す危険性もあります。
それらを了解できる方のみ、この下へとお進み下さい。















それは。
『冬の物語』と『空とえいえんへの物語』。
その狭間にあった、ささやかな物語。

……彼らは、こんな日々を過ごしていました。







Kanon another1 after こちら草薙何でも屋本舗……そのに。







草薙紫雲経営の『何でも屋』は、年中無休である。
とはいえ、いつもデンと机に座っているわけでもなければ、あゆと惚気ているわけでもない。

応接室とは名ばかりの場所、そこに置かれた14型TVに映し出される世界に紫雲は見入っていた。

『変身!』

特撮番組が二つ放映される日曜の朝は、紫雲にとって至福の時である。
幼い頃の英雄願望はすでに形を変えていたが、元々好きである事に変わりはない。

充実した時間を終えて、紫雲は、はふぅ、とご満悦な息を漏らした。

「……いいなぁ……やはり、特撮はいい……」

その眼はキラキラと輝いている。
いや、ホントにいい眼なのだ。

うんうんと頷きながら紫雲は席を立ち、パソコンを起動させた。

「……んん?」

特撮番組のホームページ。
そこには、数日後特撮の公開録画イベントが行われると記されていた。

「おおおおっ!?」

紫雲が声を上げたのは無理もない。
その場所は、この街……ではないが、かなり近くで行われるらしい。

生活費はギリギリだが……切り詰めればどうにかなる。

「よし。死んでもいこう(断言)」

紫雲はそう決意した。
だが、それが数日後ある一つの惨劇を招く事になるのをこの時彼は知らなかった。







それはある日の朝。

「あら?」

自分の家族たちを見送った後、何から始めようかと考えていた秋子は、それを見て首を傾げた。

そこにあるのは自作のジャム。
その蓋には昨日の日付が書かれていた。
それは秋子自身が書き込んだ、賞味期限である。

「……そろそろ処分しないと駄目ね。でも……」

だが、その中味は半分以上残っている。

秋子にとって、ジャムは子供のようなもの……とまでは言わないが、愛着を持って作ったものだ。
である以上、これを放置、あるいはただ捨てる事などできなかった。

「そうね。せっかくだから……」

秋子はそう呟くと、その瓶をヒョイと持ち上げ、その蓋を開いた……







それから半日過ぎ、夜と言うのに差し支えの無い時刻。

「ただいま」
「ただいま〜」
「あ、お帰り」

大学から帰宅した祐一と名雪が揃ってリビングに入ってくるのに気付き、居間でテレビを眺めていた真琴は二人の方に顔を向けながら、声を掛けた。

「あれ?お母さん、いないの?」

この時間帯は出迎えてくれるはずの自分の母の姿がリビングにも台所にも見当たらない事に名雪は首を傾げた。
そんな、もはや自分の姉とも呼べる少女に、真琴は頷いた。

「うん。そうみたい。
 真琴が学校から帰ってきたら、テーブルにこれが置いてあったよ」
「ん?なになに……」

真琴が差し出した一枚の紙を受け取り、祐一はそこに書かれた文字に目を走らせた。
それを名雪が横から覗き込む。

『用事が出来たので、少し出掛けてきます。
 帰りが少し遅くなりますけど夕食は作っておきましたから、それを暖めて食べていてください。
 ――秋子』

「二人待ってたから、真琴お腹ペコペコよぅ」
「真琴、我慢してたんだ」
「当然よ」

そう言いながら胸を張る真琴に二人は苦笑した。

「んじゃ、用意するから少し待っててね」

名雪が台所に向かうのを見届けて、祐一は真琴に向き直った。

「しかし、お前が一人我慢するなんて本当に珍しいよな」
「ふふん」
「……単に暖め方が分からなかったりしただけだったりしてな」
「そそそそんなことあるわけないじゃない」

(……図星か)

「まあ、そんな事じゃないかと……」

思ったよ……祐一がそう言おうとした時だった。

「ゆ、祐一!!こっちにきて!」

台所から名雪の声が響いてきた。

「真琴、行け」
「なんで、真琴が行かないといけないのよ。
 祐一が呼ばれたんだから、祐一が行けばいいじゃない」
「……しゃあないか」

そう呟いて重い腰を上げた祐一は台所に入りながら、名雪に声を掛けた。

「おい、どうかしたのか?ゴキブリでも出たのか?」
「こ、これ……」
「秋子さんの料理か?」

そこには秋子の作った料理が幾つか皿に盛られていたが……
名雪はブンブンブン、と首を横に振って、その向こうを指差した。

その先には流しがあり、そこには。

「……瓶だな。これがどうかしたか?」

水に浸けられた瓶。
そうとしか言いようが無いものがそこにあった。

だが、それに対し名雪は異常なまでの恐怖を抱いていた。

それに対する明確な答を、名雪は告げた。

「わからないの?『あの』ジャムの瓶だよ……っ!」
「……」

あの。
ジャム。
怖がっている名雪。

(…………つまり、どういう事だ?)

祐一は順序良く考える事にした。

ジャム。

通称『謎ジャム』。

容器が空。

誰かが食べたということ。

だが、この家でこのジャムを食べるのは秋子さんだけ。

この間見た時はかなり……半分以上残っていた。

それが無くなって水に浸けられている。

何かに使った。

だが、朝食時に食べていた様子はない。

すなわち。

「……ま、まさか……」

その事実に辿り着いた瞬間、祐一は恐れの余り身を震わせた。
いやもう、かなり本気で。

つまり。
それがどういう事なのかというと。

「あのジャムが、この料理に混入されているとでも言うのか……?!」

その結論に、名雪がコクコクと首を縦に振った。
おそらく彼女も同じ結論に至ったのだろう。

ありえない。
そう思うのは簡単だ。

だが、相手はあの秋子なのだ。
ジャムだろうがカステラだろうが、鯛焼きだろうが自宅で作れる人なのだ。

少なくとも普通の料理の腕は並以上というか、その辺の料理人は裸足で逃げ出すくらいの技術はある。

何気無く料理にジャムを混入する事など、朝飯前なのかもしれない。

それが何気無くのレベルで済まされていればいい。
だが、もしジャムの持ち味を生かすような方向性で作られているとしたら……

……その事実を前に、二人が硬直していると。

「どーしたのよ。真琴、お腹ペッコペコなのにー」

空腹に耐えかねたのか、はたまた退屈だったからか、結局真琴も台所に顔を見せた。

その真琴の顔を見て、祐一は……ニッコリと笑みを浮かべた。
それは……なんというか、果てしなく清々しいのに、何処までも毒々しい、ある種素敵で見事な笑顔だった。

「……よし、そこまで言うのなら真琴。お前に一番乗りさせてやろう」

言いながら祐一は手近にあった唐揚げを拾い上げ、真琴に差し出した。

「ほら、食え食え」
「いいの?お行儀悪くない?」
「はっはっは。今日ぐらいいいじゃないか。遠慮するな」
「……祐一、鬼だよ、悪魔だよ」

そう言いながらも止めない名雪だったり。

「いっただきまーす」

何も知らない真琴が、唐揚げを口の中に入れた瞬間。

「…………????!!!!」

真琴の表情が変わる。
それを見て、祐一は確信した。

「やはり、か」
「あぅ〜」
「ま、真琴!?」

そしてその確信を肯定するように、真琴はパッタリ倒れた。

謎ジャム自体は一口で気絶するようなものではない。
だが、まったくの不意打ちのダメージとインパクトが真琴に想像以上のダメージを与えていたのだろう……そう祐一は推察した。

「まあ、なんというか……月のない夜に唐突に背後からハリセンで叩かれて、そのハリセンに電流が流れていた感じか」
「そんな訳が分からない例えを言ってる場合じゃないよ、祐一」

名雪の言葉はもっともである。
秋子手作り謎ジャム混入料理は、まだまだ残っているのだから。

「確かに、ここで真琴という生贄……もとい、戦力を失ったのは痛いな」
「……祐一が失わせたくせに」
「そんな過去の過ちをどうこう言っている場合じゃない!!
 我々は生き残らなければならない!!
 真琴という尊い犠牲を無駄にしない為に!!」

間近に差し迫った危機の為か、やたらハイテンションになっている祐一だった。
床上で「あぅーあぅー」と呻いている真琴には見向きもしない。

「でも、どうしよう。真琴がこの様子だと私達だけで食べないといけないけど……」

今日に限って妙に量が多かったりする。
おそらく材料が材料だけに秋子が張り切って作ったのだろう。

「私達だけじゃ……無理だよ」
「心配するな名雪。こんな時に最も適した言葉がある」
「それは?」

祐一の性格から考えて薄々分かってはいたが、名雪は尋ねた。

「死なば諸共だ」







「あのなぁ」
「一大事だからとにかく来いって来てみれば……」

二人に呼び出され、事情を聞かされた北川、香里は口々にそう呟いた。

彼らの目の前のテーブルには、実に美味しそうに並べられた料理の数々。
……あるモノさえ入っていなければ、それは見た目以上に美味しいものである筈なのに。

ちなみに何故二人が正直に事情を話したのかというと、真琴の二の舞を避けるためである。

「……帰らせてもらうわ」
「俺も」

二人は謎ジャムを以前食べた事がある(snowdrop最終話参照)。
ある以上、何が悲しゅうて自ら死地に赴かなければならないのか。

そう判断した二人はあっさりと戦場に背を向けた。

「待て!俺たちを見殺しにするつもりか?!」
「見殺しって……俺らを呼んだのはお前らだろうが」
「聞こえん!聞こえんな!!」

至極真っ当な北川の突っ込みに、祐一は耳を塞いでイヤイヤ、と否定した。

「……相沢君、キャラ変わってない?」
「よほど食べたくないんだね」

祐一の動きを女性陣は冷静に分析して呟いた。

「うーん、気は進まないけど捨てるとかは駄目なのか?」

どうも逃げられないらしいと悟った北川はとりあえず頭に浮かんだままを言葉にした。

「うわ。北川……お前、最低だな。
 秋子さんが丹精こめて作った料理を捨てるなんて……この人間の風上にも置けない男め!」
「……この事態に巻き込んだお前にだけは言われたくないぞ」
「それはともかく。捨てるなんて出来ないよ」

ジト目で突っ込む北川に、名雪は言った。
それに北川は首を傾げる。

「なんでだ?
 うっかり落としたとか、なんだかお腹が一杯で食べられなかったから、仕方なく……とか言えばいいんじゃないか?」
「同感ね。
 どうしても食べたくないって主張するのなら、それが最善じゃないかしら」

二人の言葉に、祐一は偉そうに頭を振った。
『やれやれ、これだから素人は……』と言わんばかりである。

「あの秋子さんにそんなあからさまな嘘が通用するとは思うか?」
「それはそうだが……なんだよ、嘘がばれて怒られるのが怖いのか?」
「……そんなんじゃない……むしろ、その方がまだマシだ」
「どういうこと?」
「秋子さんの事だ。怒りはしないだろうさ。でも……」
「お母さん、きっと悲しむよ」
『う』

思わぬ意見に北川と香里の声が唱和した。

ギャグじゃなしに怒られるよりも、その方が余程辛い。
むしろ、食べる事よりも大ダメージだ。

ジャムならば好き嫌いで避けられるが、これだけの夕食を食べないという事は秋子の料理を否定している以外に取り様がない。

「だからこそ、お前らを呼んで一人辺りの食べる量を減らそうと画策したんじゃないか」
「聞いてない聞いてない」
「……というか、なんであたし達だけなのよ」
「そうだぞ。川澄先輩とか、美汐ちゃんとか、隣町だけど月宮さんもいるし、それから……」
『……あ!!!』

そこで全員が大声を上げた。

「俺とした事が、すごく有望な心当たりを忘れ去っていたな……」
「そうか……俺達には切り札が残っていたぜ!」
「……あのジャムに耐性があって」
「しかも、ものすごく食べる人……!」

『彼』ならばこの料理を喜んで食べるだろうし、その量も尋常じゃない。
何より人が良いから喜んで協力してくれるだろう。

「名雪、電話だ!
 キングオブお人好し、草薙紫雲に!!」

だが。

『紫雲か?アイツは今出掛けてるぞ?』

紫雲の自宅に電話すると、彼の姉である命があっさりとそう告げた。

「ど、どこに?!」

やたら切羽詰っている様子には気付いていたが、命はその点にはあえて触れずに答えた。

『確か、同好の士を見つけたからたっぷりと語り明かしてくるとか言ってたな』







その頃、草薙紫雲はというと。

『牛丼を売らなくなった牛丼屋』で、公開録画イベントで知り合った同好の士と、ヒーローについて語り合いながら食事を取っていた。

「いや、話せるなぁ……
 こんなにもヒーローについて熱く語れる人がいてくれるとは……
 ぜひ、お名前を聞かせて欲しい。またいつか語り合うために……!」

その言葉に紫雲の横の席に腰掛けた少女はニッコリと笑って答えた。

「そういう事でしたら喜んでお教えしますの。御影すばると申しますの」
「草薙紫雲だ。よろしく」
「こちらこそですの」

ガッシリと交わされる熱い握手。

今ここに、新たな友情、そして新たなクロスオーバーが生まれつつあった。

……系列は違うけど。







ツーツー……

「ゆ、祐一……」
「ふ……運命の切り札を掴み取れなかったか」

切れた受話器を置いて、祐一は不敵に笑った。

紫雲のみならず、他の巻き添え……もとい、道連れ(注・意味合い的に変わっていない)も捕まえる事が出来なかった。

最早、逃げ場は無い。

八方塞がりになってしまった今、やるべき事はただ一つだった。

「こうなったら……自ら運命に立ち向かうしかないな」
「正面からぶつかるって言うのか、相沢!!」
「それしかないなら仕方がない。玉砕あるのみだ……!!」
「ふ……男だな、相沢。そういう事ならこの俺も付き合うぜ!」
「友よ!!」
「友情だね……」
「ふーん。じゃあ、そういう事で」

あっさり告げて、再度香里が背を向ける……が、しかし。

「っ?!!」

その肩、髪、腕、足に手が伸び、しっかと掴み取っていた。

「おいおい、それは無いだろ美坂……こうなったら一蓮托生だ」
「香里……私達、友達じゃなかったの?」
「ここで、一人だけ逃げようものなら……香里、お前の家に謎ジャムを毎月配送する」
「あぅーあぅー(無意識)」
「………………ああーもう!わかったわよ!!食べればいいんでしょ!!」

最後の一人……その覚悟の叫びが、リビングに響き、消えていった……







「……俺は越えた……限界を越えたぞ……」
「ねこーねこー(錯乱気味)」
「……見えた!水の一滴……!!」
「あぅ、あぅ」
「……」(最早声も出ない)

死屍累々。
そこには、そう言うに相応しい光景が広がっていた。
……運命を受け入れ、彼らは全力で戦いを挑んだ。

それは、壮絶なまでの戦いだった。
言うなれば、レベル1でラスボスに挑む心意気であり、それだけの死闘だった。

その甲斐あって、皿の上の料理は綺麗に平らげられていた。
まさに奇跡の所業だった。

と、そこに。

「あら、皆揃って横になって……風邪を引きますよ?」

ある意味この惨状を生んだ張本人である秋子が帰宅した。
その手には買い物をしたのか、幾つかビニール袋をぶら下げている。

そんな秋子の声に反応し、その場の全員が渾身の力で起き上がった。

ただ、勝鬨を上げる、その為に。
……まあ、それだけはやっておかなければ気が済まなかったのだろう。

「はははっははは……秋子さん……」
「なにかしら?」
「料理、美味かったですよ。いつにもまして……最高でした」

ビシッと親指を立てて、祐一は言った。
その姿に、秋子は嬉しそうに微笑んだ。

「そうなの。それはよかったわ。
 今回はいつもより腕を振るったの。
 いつも不評なジャムを入れたから心配だったんだけど……そう言ってもらえて、とても嬉しいわ」
「ええ、あんまりおいしかったんで香里たちも呼んだんですよ」

戦いに勝った誇りが、祐一にそう言わせていた。
今の彼は……輝いていた。

「そうだよ、美味しかったよ。ね、真琴?」
「うんうん」
「いや、流石は水瀬のお母さん」
「美味しくいただきました」
「いや、皆で分けたからむしろ足りないぐらいだ」
「そうだね」
「ああ」
「そうね」
「食べられるものなら、また食べてみたいもんだな」
『はははははははははは』

在庫が無い事を散々探して確認している以上、怖いものなど無い。

全員が胸を張って、笑った。

事情を知らないものでさえ、美しくさえ感じられる笑いの唱和が最高まで高まった時。

「そうですか。
 なら、今からまた作りますから、少し待っててくださいね」
『はははははは……ハ?』

全員の声が見事に裏返った。

その事に気付いているのか、いないのか。
秋子はにこやかに微笑みながら、ビニールの中から『それ』を取り出した。

「そ、それは……?!」

それは誰の声だったのか。
ショックの余り、彼らにはそれさえ認識できなかった。

認めたくは無かった。

だが、そこに『それ』は存在していた。

オレンジ色の物体……謎ジャムが。

「職場にもジャムを持っていってたんですけど……中々減らなくて。
 しょうがないから持って帰って来たんですけど、ちょうどよかったわ。
 せっかくだから皆で食べましょう」
「……」
「……」
「……」
「……」
「いっぱいありますから、今度はたくさん食べてくださいね」

心底嬉しそうな秋子の微笑みは、鎖となって全員の動きを封じた。

……もう、逃げ場は無い。

彼らに出来る事は、もう後一つだけだった。

(……神よ。奇跡は起こらないから奇跡だが、起こるからこその奇跡であることを見せてくれ……!)

そう祈りながら、祐一達は最後の戦場に赴いていった……







その翌朝。

「いや、僕とした事が……」

紫雲は自宅に向かって、のんびりと歩いていた。

意気投合した少女と夢中になって語り合った後。
その少女が終電で東京に帰るまで見送った紫雲は、そこで自分が終電に乗る事を忘れ去っていた事に気付き、徒歩でこっちに帰って来たのである。

結構な距離があったのだが、そこはそれ。
この男の体力は並ではないのである。

そうやって、紫雲が水瀬家の近くに差し掛かった時。

「ん……あれは」

ぞろぞろと水瀬家から人が出てくるのを見て、紫雲は駆け寄った。

「皆どうかしたの?こんな朝から」

紫雲は知らない。
秋子作・謎ジャム混入料理を二度に渡り食べ、皆が今の今まで動く気力を失っていた事など知る由もない。

「えーと……なんか、顔色悪くない?」
「……ジャ……」
「ジャム……」
「黄色い悪魔が……」

紫雲の言葉に、皆口々に呟く。
最早、音に反応して動く一昔前の玩具のような状態だった。

その中からジャムと言う単語を拾い上げて、紫雲は笑った。

「黄色いジャム?
 ああ、あのオレンジ色のジャムか。
 あのジャムを食べられたの?
 いいなあ。僕もその場にいたかったよ。
 次の機会はぜひ呼んで欲しいな」


…………………………ブチ。


「……」
「……」

食事の後片付けをしている為に、この場に秋子がいなかったのは紫雲にとって不幸だった。

彼には何の罪もない。
ただ『そのスキル』を持っているにもかかわらず、その場にいなかった……ただそれだけである。

そして、それは彼らの怒りの矛先を向けるには十分な理由だった。
それだけの事だ。

そんな紫雲を、全員が取り囲む。

「え?なに?どうかした……」
『やかましいっ!!』

殺気を感じ、動揺する紫雲に、その場の全員が渾身の力……最後の力を振り絞って襲い掛かり。

その気迫の前に紫雲があっさりと昏倒したのは言うまでもない。







……終わり。






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