華音ライダー龍騎 第十二話 決断の時






「……やれやれ……今日は散々だったな……」

赤く染まる校舎を抜けて。
北川がぼやきながら校門をくぐると、そのすぐ近くに国崎往人と遠野美凪が立っていた。

何でこんな所に?

そう問い掛けようとした直前、自分達に近付いてくる北川の存在に気付き、美凪が先に声を掛けた。

「……カード、戻ったようですね」
「あ、ああ。ほら、この通り」

デッキからカードを取り出し、見せた。
それを見て、美凪は微かな息を零す。
その仕草で北川は自分が心配をかけていた事を悟った。

「……その、心配かけてごめん」
「いえ。大事が無くて何よりです」
「国崎も、悪かったな」

この場にいるという事は、往人も付き合ってくれたのだろう。
そう思ったから北川は声を掛けたのだが。

「ふん。勘違いするなよ」

帰って来たのは、微かな怒りさえ混じったそんな言葉だった。

「なんだよ……どうかしたのか?」

往人が不機嫌なのは、ある意味いつもどおりだ。
だが、その不機嫌さがいつもと違うように思えて、北川は言った。
往人はそれに対し、その不機嫌さのままで答えた。

「どうもこうもない。勘違いするなと言ってるんだ。
 俺はモンスターを、そしてライダーを倒しに来ただけだ。ただ、それだけだ」

往人はそう言うと跨っていたバイクのエンジンを入れ、二人を置いたまま走り去っていった。
それは一方的かつ、あっという間で、北川は暫し呆気に取られた。

「……なんだ、アイツ……?」
「…………国崎さんは、多分、苦しんでいるんです。
 ライダーとなった目的と、自分自身との狭間で」
「え?」

美凪の言葉に振り向く。
彼女は、往人が走り去った方向にただ視線を送っていた。

「今日だって、本当に貴方の事が心配だったはずなんです」
「……」

どうして、そんなことが分かるんだ……と北川は言わない。
今まで国崎往人とそれなりに行動を共にして、往人が少なくとも悪人ではない事くらい北川にも理解できていたから。

だからこそ、そんな彼が他人の命を犠牲にしてまで叶えたい願いというものが気に掛かった。

「……あいつの願いって、なんなんだろうな」
「……わかりません」
「それが分かったら、あいつ止められると思うか?」
「それも、わかりません。……でも」

そこで言葉を切って、美凪は言った。

「それを知る必要は、あるかもしれません。
 いえ、もうそれを知らずにあの人を止める事はできないのかもしれません……」

呟く美凪の表情は重く、北川は何も言えなくなった。









学校を飛び出した七瀬留美は、走っていた。
その行先は、浩平がいた精神病院。

友人である長森瑞佳からの連絡。
それは自分が向かっている場所から折原浩平が行方知れずになった事を知らせるものだった。

友人の、瑞佳の声は震えていた。
それは彼女が心から浩平を心配している事を如実に伝えていた。
そして、自分も同じ気持ちだという事を、七瀬自身認識していた。
……本人にしてみれば、納得できるようなしたくないような、複雑な心境だったが。

「……ったく、あいつは……」

探すあてなど無い。
それでも七瀬は探さずにはいられなかった。走らずにはいられなかった。

(……とりあえず、病院で話を聞いて、由起子さんのつてで探してもらって……)

そんな事を考えながら走っていたからか。
七瀬は目の前に唐突に現れた……というより角に注意を払ってなかったからそう感じただけ……人影にまともにぶつかった。

「痛っ!」
「っと」
「……つぅー……いったいわね!一体何処見て……」

七瀬は地面に尻餅をついたまま、倒れなかったその人影に向かって叫び掛け……そこにいた人間が自分の探し人だということに気付いて、一瞬、絶句した。

「……よう」

人影は軽く手を挙げていた。
その所作には見覚えがあり、七瀬は確信を持って叫んだ。

「あんた、折原っ!!」

そう、そこには折原浩平が立っていた。
しかも、何食わぬ顔なのが七瀬の神経を逆撫でさせた。
立ち上がりながら、七瀬は吼えるように言った。

「ったく、あんたは……何やってんのよ!瑞佳や由起子さんがどれだけ心配してるか……っ!」
「……そりゃあ悪かったな」

浩平は肩をすくめながら、くっくっ、と何処か歪んだ笑みを浮かべた。
……それは何処か自嘲的のように七瀬には見えた。

「折原……」
「だが、帰るつもりはねーよ」
「は?」
「あんな所に押し込められてたんで、いろいろやりたいことができたんでな。
 二人にもそう伝えておいてくれ」
「あんた何を……」

浩平の訳が分からない……少なくとも七瀬にとっては……発言に対し、七瀬が問い掛けようとした、その時。

キィィィィン…………と、その『音』が浩平の耳に届いた。

「……」

音のした方を顔を向ける。
そこ……自分達のすぐ近くにあるカーブミラーの鏡面が揺れていた。
その奥には、サイの姿をしたモンスターが映っている。

「……!」
「ちょっとあんた聞いて、きゃあっ!!」

浩平はドン、と七瀬を突き押した。
予想外の事に七瀬は対応できず、再び地面を転がる破目となる。

そこに。
七瀬が立っていたその場所に、鏡から飛び出したサイ型のモンスター……スティルライノスが降り立った。
が、それは一瞬の事で、スティルライノスはすぐさま鏡の中に戻っていった。

「あらら。偶然通りかかったから、冗談でけしかけただけだったんだけど……意外な邪魔が入ったものね」

そう言って現れたのは浩平にとっても、七瀬にとっても知っている顔だった。

「折原君、久しぶりね」
「お前……広瀬か」

広瀬真希。
彼女はデッキをプラプラとその手にぶら下げながら、歩み寄ってきた。

「久しぶりの奴だな、七瀬」
「……」
「七瀬?……………って」

返事が無い事を不審に思い、浩平が振り向くと。
七瀬は転んだ拍子に軽く頭をぶつけたらしく、当たり所が良かったのか悪かったのか、頭に星が廻ってるかのように、ものの見事に気絶していた。

「七瀬、気絶してるの?」
「みたいだな。相変わらず間抜けだ」

殆ど自分の責任の癖に浩平はきっぱりとそう言いきった。

「……まあ、その方が都合がいいかしらね。
 しかし、相変わらず七瀬の事を気にかけるのね。学校を追い出されて、もう関係ないのに」
「ふん。たまたまそういう気分なだけだ。……それよりお前」

浩平の視線は、広瀬の持つ灰色のデッキに注がれていた。
それは、自分が渡されたものと同じでありながら、違うもの。
つまり。

「デッキを持ってるって事は、ライダーなのか?」
「へえ?という事は貴方もライダーなのね。それは面白いわね」
「……やるか?ライダー同士は戦うって話だろ」

不敵に笑いながら、浩平はポケットに突っ込んでいたデッキに手を伸ばし掛ける。
だがそれを、広瀬の言葉が遮った。

「まあ、待ちなさいよ。せっかくだからもう少しライダー達を集めてからやらない?」
「……なに?」
「あたしとしても、そろそろ本格的に戦おうかなって思ってたところなのよ。
 バトルロイヤルって奴をやってみたかったしね」
「……」

睨む、というには少し弱い視線を広瀬に向けたまま、浩平はデッキに伸ばした手を引っ込めていった。
どうやら、今戦うつもりはないらしい……そう悟って興醒めしたのである。
その様子を眺めながら、広瀬は言葉を続けた。

「貴方もライダーになったからには目的があるんでしょ?
 その目的の達成の為にも、どういうライダーがいるのかだけでも把握しておいて悪いことはないんじゃないかしら?」
「…………知ったこっちゃないな」
「は?」

予想外の言葉に、広瀬は目を瞬かせる。
それに構うことなく、浩平は言った。

「俺の知った事じゃないって言ったんだ。お前の好きにするといいさ」

言いながら浩平は七瀬を道の端に寄せる。

(コイツには伝言を伝えてもらわないと困るからな……)

そう考えての行動だったが、広瀬には浩平が七瀬を気に掛けている様に思えた。
本当の所を知るのは本人ばかりだが、浩平は本音を口にはせず、広瀬に背を向けた。

「じゃあな。今度気が向いたら相手してやるよ」

ひらひらと手を振りながら浩平はその場を後にした。
広瀬はそれを少しの間眺めていたが、そうしていても仕方がない事に気付いた。

「ま、いいか。放っておいても来るかもしれないし……
 それじゃ、下準備に行きますか……」

頭を掻いて呟いた広瀬は、目的地に向かって歩き出した。
ただ楽しむという、唯一つの目的の為に。







(……アイツ。変わってないな)

二人と別れた後、浩平は思い返していた。

今の広瀬を。
そして、かつていた学校で、七瀬を苛めていた時の広瀬を。

何故そんな事をするのか。
それは、自分を満たす為。
満たされる自分を邪魔する者が目障りだから。
それだけの為に七瀬を標的にした。

今度はその対象がライダーになっただけだ。
浩平は、なんとなくそう感じていた。

「……あー苛つくな、あいつ」

呟きながら、浩平はその道を進んでいたのだが……

「っとと……」
「きゃっ……」

軽い衝撃の後、辺りに物が散乱し、その荷物を抱えていた少女が転ぶのを浩平はぼんやりと見ていた。
……考え事をしていた内に知らず注意力が散漫になっていた事に、浩平は今更ながら気付いた。
今日はよく人にぶつかる日だ……そう思いながら、浩平は倒れた少女にきまぐれで声を掛けた。

「……何やってんだ、お前」
「あ、ごめんなさい……荷物がたくさんで集中してたら気がつきませんでした」

少女は顔を上げて、苦笑じみた笑顔で謝罪した。

「……」

……その少女の容姿、イメージ。
それらは浩平に『ある事』を思い起こさせた。

それは、遠い昔。

「……」
「荷物拾わないと……あ、イタタタ」
「足捻ったのか?」
「え?あ、その……」

少女は浩平の言葉に首を縦に振った。

「そう、みたいです」
「……」

僅かな逡巡。
放っておいてもよかったのだが、浩平の中に浮かんだイメージがそれを妨げていた。

(ち。しょうがねーか……)

内心で呟きながら、浩平は少女の荷物をざっとかき集め、その後で少女に手を差し出した。

「あ、その……ありがとうございます」
「どうせ暇だからな。家まで送ってやる。えっと……」

何かに言いよどむ浩平に気付いて、少女は自分の名を名乗る事にした。

「美坂栞と言います。栞って呼んでください」







所変わって、喫茶店”鳥の歌”。
そこは、相変わらずと言うべきか、今日も客の入りが微妙だった。
しかし今日、ここで一番偉い人はそれを逆に利用していた。

「だ、か、ら。ここはこう解くんやっちゅーねん!!」
「が、がお……そう言われても……」

客の入りが少ない事をいい事に、晴子は客がいなくなった時を見計らい、観鈴をカウンター席に座らせ、高校編入の為の勉強を教えていた。
元々高校に通っていた観鈴だが、暫しのブランクは中々埋めきれずにいるようで、先程から晴子の大声が止まない状態だったりする。

「がお、言うなっちゅうねん!!昔からそう言ってるやろ!」
「いたっいたっ、お母さん痛い〜」

ここぞと言わんばかりの勢いで晴子の愛の(?)突っ込みが観鈴に入る。

そんな中、ベルの音とともにドアが開く。
入ってきたのは、学校から帰って来た往人だった。

「あ、往人さん、お帰り」
「あんた、何処ほっつき歩いとったんか知らんけど、仕事せんと給料出さんからな」
「…………」

往人は二人に答える事無く、店の奥に入り、掃除道具を取り出して黙々と掃除を始めた。

「…………往人さん?」
「し、信じられん……居候が自主的に働くやなんて……明日は雨や、雨に違いない……」

そんな二人にさえ反応せず、往人はモップ掛けを続けた。

いきなり掃除をし始めたのは、勿論真面目に働こうとなどと思ったからではない。
身体を動かしていないと落ち着かなかったからに過ぎない。

(……俺は、何をやってるんだ……)

往人は考え続けていた。
ライダーであるにもかかわらず、ライダーと戦う事をしない自分。出来ない状況。
それらの事に苛立ちを重ね、その矛先を決められずにいた。

その時。
カランカランと音が響き、ドアが開いた。

「お、いらっしゃい。何処でも好きな場所に座ってなー」
「そうさせていただきます」

晴子に答えるその声に、聞き覚えがあった往人は顔を上げた。
……その場所には、広瀬真希が座っていた。

「……?!おま……」

その事に言葉を口にしようとした瞬間。

スパンッ!!

往人の頭に晴子の平手が入った。

「なにをボケっとしとるんや。はよ注文とり」
「…………どうでもいいが、ここまで来たら自分で取ればいいんじゃないか……?」
「聞こえへんかったんか〜?」

何処から取り出したのか分からない、一升瓶を振り回す風切り音が辺りに響く。

「……了解、ボス」

理不尽さを感じながらも往人は頷いた。
というか、頷かなかったら命が危ない。

「うんうん。分かったようで嬉しいわ〜」
「……無理矢理分からせたんじゃないかな……」
「み〜す〜ず〜?」

小声での呟きを耳聡く聞き付け観鈴に迫る晴子を放置して、掃除道具を近くの壁に立て掛けた往人は広瀬に歩み寄った。

「………………何にするんだ?」
「コーヒーと、そうね。ライダー一人っていうのはどう?」

その言葉に、往人の眼が微かに細くなる。

「お前……ふざけてるのか……?」
「それはこっちの台詞よ。あなた、やる気あるの?」
「なに?」
「見た所、北川君とつるんでるみたいだけど……本当にライダー続けるつもりあるの?」

それは往人にとって、今一番触れられたくない部分だった。
だが、だからこそ、往人はあっさりと答える。
ライダーの一人として、他のライダーに弱みを見せない為に。

「……当たり前だ」
「本当かしらね。どうも嘘っぽいけどー?」
「なんだと……?」

憤りを露にし始める往人。
それに対し、広瀬はクスクス笑いながら言った。

「そうじゃないと言うんなら、午後7時頃、あたしの学校……そうね、校門前に来てみたら?
 そこであたしと決着がつくまで戦えば、いい証明になるんじゃないかしら。
 場所は知ってるでしょ?」
「…………いいだろう」
「んじゃこの話はここまでという事で……コーヒーね」







「お、帰ってきてるな」

”鳥の詩”の前に停車してある往人のバイクを見て、北川は言った。
その後ろには、美凪もいる。

国崎往人の戦う理由を知る為。
それでなくても、少しでも話せれば……そう決意して、二人はそこにいた。
……まあ北川の場合、バイトなのでいずれにせよここに来なければならなかったのだが。

「よっしゃ、行く……」

カランカラン……と、馴染みになった音が鳴る。
だが唐突にドアが開き、取っ手に伸ばした北川の手にクリーンヒット。
結構勢いがあったらしく、北川は暫し痛みにのた打ち回る事となった。

「ぐおおっ!!いてぇっ!!ぐううぅ……!」
「あら、北川君。なにやってんの?それに……誰だったかしら」
「……遠野美凪と申します」

そう言って、美凪は深々と頭を下げた。
……その横では北川が指に冷たい息を吹きかけていたりするが、それは無視して広瀬は言った。

「へえ、礼儀正しいじゃない」
「つぅ〜……って……んな事はどうでもいいんだよ。お前、ここに何しに来たんだ?」
「コーヒーを飲みにきたのよ。ここのバイトなのに客を拒否するわけ?」
「ぐ……」
「……それだけでは、ないのでしょう?」

静かな美凪の言葉に、広瀬は楽しそうに薄い笑みを浮かべた。

「察しがいいわね。
 でも、今あんた達に話すと台無しになりそうだから内緒にしとくわ。
 どうせ、その時になったら分かると思うし。それじゃ」
「あ、おい……」

それだけ言うと、広瀬は北川の呼び掛けに聞く耳を持つ事無く、薄闇に消えていった。

「……あーくそ。どいつもこいつも人の話を最後まで聞けっつーに。
 まあ、なんにしてもこれで国崎にいろいろ聞く口実はできたわけだ」
「…………口実が無くても聞くつもりだったのでは?」

その美凪の突っ込みに苦笑しつつ、北川は”鳥の詩”の店内に入っていった。







「……わかったわ。それじゃ」

香里はそう言って、受話器を置いた。
……その表情は硬く、それが電話の話の内容によるものだという事は明らかだった。

だが、それでも。

香里がその事について考えていた、その時。

「ただいまー」

妹……栞の声を聞いて、香里は玄関に向かった。
そこには、いつもと違う風景があった。

「……栞……?どうしたの?」

見知らぬ男の肩を借りながら、玄関先に座り込む栞。
その姿に、香里は微かな困惑を覚えた。

「うん、ちょっと転んで足を捻っちゃって。それでこの人に連れてきてもらったんだ」

姉の心配を和らげる様に話しながら、栞は玄関に座り靴を脱ぎ始めた。
その栞に視線を向けた後、香里はその後ろに立つ青年にも視線を向けた。
すると、その背年……浩平は何故か自信満々に言った。

「ちなみにその原因はこの俺、折原浩平だ」
「なんですって……?」

香里のこめかみに血管が浮かび上がる……ように、栞には見えた。
分かりやすく怒っている……つまりそれは、かなり怒っている、という事に他ならない。

「違うのお姉ちゃん!たまたまぶつかっただけで、私も悪かったんだから。
 それなのに、浩平さんはここまで連れてきてくれたんだよ。
 それに、もう大分痛みも引いてきてるし……」

キレそうになった姉の顔を見て、慌てて、かつ必死に弁明する栞。
その懸命さを見る事で香里の中の追求心は少しずつ萎んでいった。

……どうやら、本当に何も無く、かつ偶然なのだろう。
そう判断した香里は、溜息をつきながら浩平に向き直った。

「…………ありがとう、というべきなのかしらね。一応は。
 原因に礼を言うのもおかしいかもしれないけど。……折原君?」
「別にいい。俺の都合だからな。……じゃあ、俺は行くぞ」
「え?あがっていきませんか?」
「遠慮しとく。……これ以上一緒だと……お前らが危なくなりそうなんでな」
「??」

首を傾げる栞を視界の端に映しながら、浩平は背を向けた。
……それゆえに、その表情は、その歪んだ笑みは、栞には見えなかった。

「……じゃあな」
「はい、ありがとうございました」
「あーそうだ」

開きかけたドアの向こうには薄闇が広がっていた。
栞たちに振り向く事無く、夜の向こうを見るような体勢のまま、浩平は言った。

「そこのあんた……妹、大切にしろよ」

何故か。
その言葉にはどうしようもない重みを感じて。

「……ええ、努力するわ」

香里は、素直に頷いた。

パタン、とドアが閉じる。

「いい人だったね」
「…………どうかしらね」
「え?」
「なんでもないわよ。じゃ、栞が帰って来たことだし、あたしも少し出掛けて来ようかしら」
「え?お姉ちゃん何処か行くの?」

その問い掛けに、香里は背を向けたまま答えた。

「……ちょっとした、野暮用よ」







「だーかーら。あいつ、何か用事があってここに来たんだろ?
 まず、それを教えろっての」

皿を洗いながらの北川の問い掛けを無視して、往人は床磨きを続けていた。
そのすぐ近くのカウンター席では美凪が観鈴に勉強を教えつつ、その合い間に紅茶を啜っていた。
……ちなみに晴子は、客が来ない事をいい事に気分転換と称して買出しに行っている。

「はぁ……」

往人の口から、重い溜息が零れ落ちていく。

『今の状況の原因たち』とのんびり話が出来るような気分ではない。
それゆえの憂鬱。
その気分のままに、往人は壁に掛かった時計を見上げた。

……そろそろ頃合だった。

それを確認した往人は掃除道具を元の位置ではなく店の隅に置いて、無言のまま三人に背を向けた。

「おい、何処に……」
「散歩だ。晴子には上手く言っとけ」

そう言い捨てて店の外に出た往人は、徒歩で学校に向かった。
いつもなら億劫がってバイクに乗っていくのだが、今日は何故かそんな気分ではなかった。

そうして往人が校門前に辿り着くと。
……すでに、そこには誰かが立っていた。
その人影に近付いた往人は、それが自分が考えていた人間と違う事に気付いた。

「……よう」
「こんばんは。こんな所に何の用?」

声を掛けると、そこに立つ少女……美坂香里は穏やかに挨拶を返した。

「それはこっちの台詞だ。俺はただ、あの広瀬とかいう女に……」

……そこで、往人は気付いた。

「もしかして、お前もか?」

往人の言葉に、香里は不機嫌そうに顔をしかめた。

「……どうやら、広瀬さんは私たちに潰し合いをさせるつもりらしいわね」
「そんなつもりはないわよ」

そんな言葉とともに、広瀬真希が現れる。
制服姿のままの彼女は、困った様に頭を掻きながら言った。

「ごめんなさいね、待たせちゃって。
 家を出る時呼び止められちゃって。買い物ぐらい自分で行って欲しいわ」
「……そんな事はどうでもいい」
「あなた、どういうつもり?」

二人の視線を受け止めて、何処か楽しげに広瀬は答えた。

「別に。あなた達が、ちゃんと戦う事ができるようになれればいいんじゃないか、っていうちょっとした心遣いよ。
 あたしは、このライダーゲームを楽しみたいだけだしね。
 そのためには、あなた達にもっと割り切ってもらわないと」

広瀬のその言葉で、往人は確信した。
この中で、いや今存在を確認しているライダーの中で迷いなく戦う事が出来るのは広瀬だけだと。
そして、それゆえにある意味で一番強いライダーが広瀬である事を。

だからこそ、往人の中の何かが告げていた。宣言していた。

(ここで……コイツを倒す……!倒して、俺は変わる……!!)

ここで変わらなければ、自分はこの状態を引きずっていく事になる。
そして、いつか甘さが元で敗れ去る。死んでしまう。

そうなれば誰が母親を助けるのか。
……否。誰も救いなどしない。

それだけはあってはならない。
それだけはさせるわけにはいかない。

だから、いま。
眼前のライダーを倒す事で、強くならなければならない……!!

そんな強迫観念からの決意を形にするべく、往人は口を開いた。

「ふん……なら、望みどおり戦ってやるさ。ただし一対一でな」
「えー?なんでまた」
「そういう気分なんだよ……という事だから、悪いが今は遠慮してくれ」
「…………はいはい。そうするわよ」

往人の言葉に何かを感じ取ったのか、そう言われた香里は肩をすくめながらも簡単に引き下がった。
それとは対照的にというべきか、広瀬は不満顔を浮かべていた。

「うーん……ちょっとしたバトルロイヤルやってみたかったんだけどな……ま。仕方ないか。
 今日は貴方だけで我慢してあげるわ」
「言ってろ」

二人は校門前のカーブミラーに向かって、デッキを掲げ、叫んだ。

『変身!!』






一方”鳥の詩”では。

「クソ、あいつ何処に行ったんだよ……まだ全然話も聞けてねーっつーのに。逃げたのか?」

今日の仕事は殆ど終わっていて後は帰るだけなのだが、その前に聞けるだけの事を聞こうと考えていた北川は足止めを喰らっていた。

「さっきから考えていたのですが……もしかしたら……」

スティックで空のカップを掻き混ぜる真似をしながら、美凪は呟いた。

「もしかしたら……何?」
「確証は無いのですが……あの広瀬さんという方に呼び出されて……戦っているのでは……」

そう言われて、始めてその可能性に思い至った北川は、思わず美凪を指差して呟いた。

「それだ!…………となると、ヤバい!!」

今日の様子から、往人が精神的に追い詰められつつあるのは北川にも分かっていた。
そんな状態で戦ったら……そう思うと、焦燥感だけが溢れ、北川は外に向かって駆け出した。
だが。

「……でも、何処にいるのやら……」
「く、そうだった……」

美凪の言葉で、結果的に堂々巡りである事に気付き、北川は頭を抱え、足を止めた。
そこに、予想外の……観鈴の声が響いた。

「学校」
「観鈴ちゃん……?」
「学校に、いるんですか?」
「……よく聞こえなかったんだけど、そんな事言ってた気がする……
 あと、ライダーって……言葉も聞こえた」

その言葉に北川の動きがさっきとは違う意味で固まった。
立ち上がった美凪もまたその動きを静止させる。
観鈴の言葉が、そうさせていた。

「……あの人も、ライダーなの?もしかして、遠野さんも?
 どういう事……?何が……どうなってるの……?」
「そ、それは……」
「……後でちゃんとお話します。  ですから今は何も訊かず、行かせて下さい。国崎さんのために」

しどろもどろになりながら何かを口にしようとした北川を遮って、美凪が言った。

「往人さんの……」
「……このままではあの人は……取り返しのつかない事をしてしまいます……!」
「……!!」

かつてのクラスメート。
そんな二人の視線が交差する。

……その果てに。

観鈴は深く深く頷いた。

「……うん。後でちゃんとお話してね、二人とも。
 それとね………往人さんを、お願いします……」

ペコリ、と頭を下げての言葉。
それに二人は殆ど同時のVサインで応えた。

「お任せください」
「ああ、約束だ。……行くぜ!」
「はい」

そうして、二人は店を飛び出していく。
あとには、悲しげな表情の観鈴が残るのみだった。







『はああっ!!』
『はっ!』

見上げる鏡の中。
互いの武器を振るい、叩きつける姿が香里には見えていた。

と、そこに近付いてくる足音。
……それが誰のものなのか、香里にはすぐ予想がついた。

「……やっぱり来たのね」
「美坂!お前……」

どうして止めない……と言おうとして、止める。
そんな理由は、彼女にはない。
少なくともそう思い込もうとしている事を、北川は知っていた。
だから、はっきりとした言葉にする事が出来ずにいた。

「く……」
「……北川君も少しは分かってきたみたいね」
「だ、誰が!」
「そもそも貴方に邪魔する権利なんかあるの?」
「……!」
「誰かが止めて欲しいって言ったの?そうじゃないでしょ?だったら……」
「だからどうしたってんだ!!」

堪らず、北川は吼えた。
そうせずにはいられなかった。

「俺は、俺はただ……止めたいんだよ!!」

叫んで、北川はデッキを取り出した。
それに倣う様に美凪もまたデッキを取り出す。
そして、往人たちがそうしたようにデッキをカーブミラーに掲げた。

「遠野さん、行こう!!変身!」
「……変身」

デッキを装填した瞬間、二人の姿がライダーに変わる。
そうして変身した二人は、頷き合いながら鏡の中に飛び込んでいった。

香里は、それらをただ眺めていた。

……まるで何かを決めかねているように。
……何かを推し量るように。

ただ、それを見続けていた。







ブラックランサーとスティルホーンが衝突し、何度目かの火花を散らす。

「ちっ……!」
「くぅっ!……女の子相手にも容赦ないのは流石ね……っ」

軽口を叩きながら、広瀬……ガイはカードを装填した。

『Advent』

現れたスティルライノスがナイトに向かって突進する。
ナイトはそれをバックステップで避け、カードを引き抜く……!

「これで、決める……!」

『Final Vent』

「はあっ!!」

跳躍したナイトの背にシャドウクロウが張り付き、その翼の形をドリル状に変化させる。
そして、巨大な弾丸と化した己が身を、ガイ目掛けて解放する……!!

「馬鹿ね、こっちの手札を北川君から聞いてないの?」

ガイはそう言いながら、引き抜いたカードを装填する。

『Confine Vent』

その機械的な音声と同時に、ナイトを覆う翼……いや、シャドウクロウそのものが消失する。
当然、飛行力を失い落下していく。
だが。

「……そう来るのは、読めてたんだよ!」

そう叫んで。
ナイトは掴んだままだったブラックランサーをガイに向かって投げ付けた!!

「?!!」

それを予測していなかったガイは、慌てて飛び下がり、それを避ける。
……それは明らかな隙を生み出していた。

着地したナイトは即座にガイとの距離を詰め、召喚機であるシャドウバイザーで斬り付ける!!

「きゃっ!!」

火花とともに弾き飛ばされるガイ。
すぐさま起き上がろうとしたその瞬間。
ナイトが地面に突き刺さっていたブラックランサーをガイの喉元に突きつけた。

「……ぅ」
「……さっきのカードの効果は、あの馬鹿に使った時に見せてもらったからな。
 どんなカードであれ、ネタさえ割れていればどうって事はない」

最初から往人は必殺のカードを隠れ蓑に使うつもりだったのだ。
そうして出来た隙を突いて、カードを装填させる間も与えず攻撃を繰り出す。
それが往人が考えたガイの持つ特殊カードへの対策だった。

一人で戦うと言ったのも、多人数戦ではカードの効果が何処に向けられるのか分からず、対応・予測が難しくなる……そう判断した上での選択だった。

「く……」
「これで……」

呟きながら、ナイトはブラックランサーを微かに引き絞った。
確実に勝利する為に。命を奪う為に。
……そこに。

「やめろ!国崎!!」

その叫びとともに、北川と美凪の二人が駆け込んできた。

だが。
声は届いても、往人の動きを封じるには、二人はあまりにも遠かった。

「……終わりだ」

龍騎……北川の制止の言葉に合わせるように。
あるいは、二人に見せ付けるように。

ナイト……往人はブラックランサーに力を込めた……!!








……続く。






第十三話はしばしお待ちください