○後編2
「……凄いな、お前」
櫻奈を家まで送った後、
町内パトロールを兼ねたランニングを経て、
祖父母から譲り受けたという道場での組み手を終えての、人気のあまりない帰り道。
心底感服した、という祐一の呟きに、
トレーニングウェア姿の紫雲は……魔法も使えなくなっているので、髪も元に戻せず長いままである……頭を振った。
「いえ、凄いのは相沢さんです。
認識の外からの攻撃にあそこまで反応されるなんて……初めての経験でした」
「……。
これでも俺も毎日鍛えてるつもりだからな……半分も勝てなかったが」
仮面ライダーKEYに変身した影響で、祐一の肉体はかなり鋭敏な反応を可能にしていた。
かつては制御不能だったそれを、今の祐一はある程度コントロールできるようになっていたのだ。
この状態となった祐一は、師匠ともいうべき川澄舞すらも時間限定で凌駕する。
だが、目の前の少女はそれに追随してみせたのだ。
彼女の身体能力は、超人、そう言わざるを得ないレベルだと祐一は認識した。
「私も、鍛えてますから。
どんな相手に負けない、とまでは言いませんが、そうそう負けるつもりはありませんよ」
「どれくらい鍛えてるんだ?」
「十年くらいですね。
もっとも我流での鍛錬で余分なものが身に付いてしまったので、
十年分の鍛錬とは言い難いですが」
「どうして、そんなに鍛えてたんだ?」
この世界に、パーゼストはいない。
勿論、この世界も完全に平和というわけではなく、それなりに様々な事が起こっているようだが、
明確に目に見える、圧倒的な脅威、のようなものはないように祐一には思えた。
ゆえに、それほどまでに身体を鍛え上げる理由が分からなかった。
だからこその疑問に、紫雲は夜空を、星を、届かないものを見上げつつ答えた。
「夢の為です」
「夢?」
「ええ、私は……正義の味方になりたいんです」
「なってるんじゃないのか? 魔法少女なんだろ?」
祐一がそう言うと、紫雲は視線を彼に向け、どこか自嘲めいた苦笑を形にした。
「……魔法少女の、ヴァレットの力は、あくまで力です。
その力をちゃんと正しく使えた時、はじめて正義の味方だと名乗れる……私はそう思っています」
「正しく使ってないのか?」
「正直、今はまだ自信がありません。
私は、櫻奈ちゃんのようにできてはいませんから。
だから毎日自問自答しながら活動しています」
「……難しく考え過ぎだと思うけどな。
というか、そもそもなんで正義の味方になりたいんだよ?」
「え? うーん……簡単に言うと、誰かが苦しんでたり、悲しんでたりは嫌だなって。
そんな困ってる誰かの助けになれるような人間になりたいなって、いつのまにか思うようになって」
「そんな人間の究極が正義の味方だから、か。……ったく」
「相沢さん?」
悪いとは思いながらも、つい笑ってしまう。
だけど、それは嘲笑の笑いではありえない。
どちらかというと、微笑ましくて、それでいて羨ましくて、つい笑みが浮かんでしまったのだ。
「悪い悪い。別人なのはもう分かってるけど、それでも草薙は草薙だなって思ったもんでな」
だけれど、それを正直に口にするには照れ臭く、祐一はもう一つ浮かんでいた理由を口にした。
それを素直に受け取ったらしく、紫雲は眉を顰め、小さく首を傾けた。
「……そっちの世界の私、そんなに私みたいな感じなんですか?」
「いや、お前より性格が悪い。絶対に悪い」
「そ、そうですか……。
あの、私からも質問、いいですか?」
「なんだ?」
いつもの自分であればもう少し捻くれた形で返事していただろう。
だが今回に限っては、自分から質問して馬鹿正直に答えてもらったのに、
こちらがふざけるのは多少は心苦しいので、素直に問い返す祐一であった。
すると紫雲は、
興味津々なのを隠そうとしているのがなんとなく分かる、
祐一の様子を窺うような様子で尋ねてくる。
「えと、相沢さんは、どうして仮面ライダーになったんですか?
その、えと、答え難い事であれば、いいんですがっ」
「いや、そんな深い事情はないから大丈夫だって。
それこそ、お前と同じだよ」
「私と同じ?」
「誰かが傷つくのを見たくなかった。
誰かが苦しむのを見たくなかった。
それよりも自分が苦しむ方がマシだって、そう思ったんだ。
だから、仮面ライダーになった……っていうか、まだまだなれてないな」
「え? なれてるじゃないですか」
「いいや、そうでもないさ。それこそ姿だけだ。
俺は仮面ライダーの名前を背負って戦おうと思ってる。
だけど、やっぱり俺は仮面ライダーほど強くない。
そんな事、最初から分かっちゃいたけど、最近はより強くそう思うようなことばかりでさ」
今回の事もそうだが、この所レクイエムに関する事件を始め、
パーゼストとはある意味関係のない、人間の業や悪意、そういったものを直視する事が多くなってきていた。
人間の自由と平和の為に戦う戦士、仮面ライダー。
だけれども、その、人間の自由や平和は……仮面ライダーが守るべきものなのだろうか。
そうすべき事なのは分かる。そうしたいとも思う。
だけれども、自分が、自分達が守れるのは手に届く範囲のものばかりで。
手の届かない、目の届かない所で育まれた負の部分に、言葉を失う事も多くあって。
そして、KEYの影響を受けて、何かが変わりつつある自分自身、相沢祐一という人間でさえも、信じきれなくなってきて。
「俺が名乗る仮面ライダーの名前は、時々ただの張りぼてなんじゃないかってそんな気も……草薙?」
急に足を停めた紫雲につられて、祐一もまた足を停める。
そうして歩みを止めた祐一に、薄ぼんやりとした月明かりに照らされただけの紫雲が、叫ぶように告げた。
「そんな……そんな事はありませんっ……!」
「草薙?」
「あの時、相沢さんは私を助けてくれたじゃないですか……!
あの時の相沢さんは、紛れもなく仮面ライダーでした……!
私にとっては、間違いなく……!
貴方に助けられた人達だって、きっと、きっと、そう思ってるはずですっ!
だから、だから、そんな悲しい事を言わないでください……」
「……そっか」
自身を見る彼女の眼は……正直、幼い真っ直ぐさだと感じた。
キラキラとしたものしか知らないような、純粋な一途さ。
だけど、それが心地良かった。
普段は素直に信じられない『ただ綺麗なもの』を……思わず信じたくなるほどに。
「俺は……ちゃんと仮面ライダー、か。
分かった。心に留めておくよ、草薙」
だから、そう答えておく。
心の奥底からは信じられない言葉を、いまはあえて信じたくなったから。
「……相沢さん」
そんな祐一の言葉に、紫雲はほっとした面持ちへと表情を変化させる。
彼女のそんな様子に、祐一が思わず罪悪感を感じていた、そんな時だった。
「……? すみません。携帯が鳴ってるみたいで。少し失礼します」
なんらかの着信を振動で知らせていたと思しき携帯を懐から取り出した紫雲は、
バックライトに顔を照らされつつ、黙々と操作を進めていく。
「どうかしたのか?」
それがどうやら一段落したらしいと、
彼女が携帯を下ろした時点で判断した祐一が問うと、紫雲は小さく頷いてから答えた。
「……真唯子ちゃんから連絡です。
ドクトルのアジト、研究その他に使っていた廃工場の場所が分かったそうです。
彼女の……上司というか、保護者というか、その方が調査してくれたお陰で」
「おお、ソイツはありがたいな」
「ただ、ドクトルに発見した事を知られてしまってもいるそうです」
「駄目じゃねーか。アイツに逃げられるんじゃないか?」
「そうでもないようですよ。
ドクトルは待ち構えているそうです……私達が来るのを」
「あー……そうきたか。それはそれでやりにくいかもな」
逃げられたら厄介な事になる……一瞬ほどそう考えはしたが、
むしろ万全の準備をされて待ち構えられるほうが面倒かもしれない。
実際、相手はどれほどの戦力を抱えているのか不明な状況なのだ。
「奇襲するって分かりきってるなら対処の方法はいくらでもあるしな。
どうするよ」
「……詳しい状況や情報を整理して、一つ思いついた事があります」
そうして紫雲が淡々と口にした策を聞いて。
「……はぁぁあっ!?」
祐一は思わず素っ頓狂な声を上げたのだった。
「相沢のお兄さん、結界張り終えたよ」
翌日の昼、リューゲからもたらされた情報を元に、
櫻奈……否、既に変身している魔法少女オーナと、ベルトを装着した祐一が、
廃工場から少し離れた廃材置き場に身を隠していた。
「結界か。便利なもんだな。流石魔法」
「魔法だからねー。えっへん」
そうして胸を張るオーナは微笑ましく、そんな状況ではないのは承知だったが、祐一は思わず笑ってしまった。
認識阻害の魔法を使用し、周囲に感知させないように接近しオーナが張った結界。
それは深夜からフォッグがここ周辺を見張り、
何かや誰かがこの場から逃げ出してはいない事、持ち出されてはいない事、
無関係の誰かが圏内に入っていない事を確認した上で、
廃工場周辺……距離にして直径約100メートル程を覆い隠すように展開されたもの。
その結界が遮るものは、
パーゼストを倒した際に発生する名残、
G・シューラーや彼が召喚するパーゼスト達、
それらと戦う際の様々な余波。
逆にこちら、すなわち祐一や櫻奈、紫雲や真唯子などの面々、こちらの攻撃は出入り自由自在……というのがオーナの張った結界だった。
その強度は、彼女の相棒であるフォッグ曰く、
オーナが消耗しない限りは核爆発が起こっても破壊されないほどのものらしい。
G・シューラーがこの結界内にいるかどうかは、
彼に気取られない事を最優先にしたため確認できなかった。
だが、彼が使用していたベルトや反因子結晶体の鍵などは、廃工場内の特殊なケースに仕舞い込んだままのはずだ。
「バトルフィールドは準備出来たわけだが……あっちはどうだって?」
「クラウド君、どう? ……紫雲さんはもう少し掛かりそうだって」
「アイツ……真唯子も来てないが、連絡は?」
「ちょっと準備してるものがあるから、先に進めといてって」
「……なんか昨日のやりとりと裏腹にきっちり連携出来てないんだが、大丈夫かね、これ」
思うようにいっていない現状に、祐一は思わず渋面を形作っていた。
一方その頃、草薙家、紫雲の部屋では。
「あのー……そろそろ多分、変身できるようになると思うから、これ解いてくれないかなーなんて」
紫雲が苦笑しながら、周囲の人々に話しかけていた。
周囲の人々、すなわち、彼女がヴァレットである事を知る友人達……久遠征、直谷明、高崎清子の三名。
仕事に向かった命に頼まれた彼らもまた笑顔ではあったのだが……
その笑顔からは棘というか威圧感というか、そういったものを放っていた。
彼らが見下ろしている紫雲は、何かしらの文字が書かれたロープによりベッドに括り付けられ、身動きが取れない状態だったりする。
そんな紫雲に笑顔のまま近付いたのは、高崎清子。
彼女はベッドの上に乗って、紫雲の顔へと手を伸ばし……思う様、彼女の両頬を捻り上げた。
「なぁーにを戯けた事を言ってるのかしらぁ〜……!?」
「ひふぁいひふぁいひふぁぁぁいっ!?」
「多分痛い痛い痛ぁぁぁいっ!と叫んでるな」
「いや、見りゃ分かるだろ征……」
「ねぇ、紫雲。私はとても怒ってるのよー?
出来るだけ皆に心配掛けないで、って前に言ったし、約束もしたわね?
にもかかわらず、昨日の顛末。
聞かされた時はね、もう、どうしてやろうかなーって思ってたんだからねー……?!」
「ごめんっ! ごめんなさい〜!
でも、ああするのが最善だって私は……ひうぅぅぅっ!?」
「まーだ、そんな事を言うのね、この口は……。
今日も懲りもせずに独断専行しようとしたらしいじゃないの……」
紫雲がこうなっているのには、それなりの経緯があった。
紫雲提案によるG・シューラーとの決戦計画に当たって、
紫雲は変身可能になるまで自宅待機を皆から強く強く厳命されていた。
彼女自身の安全の為でもあるが、
昨日の彼女の行動が本人的に最善のつもりであっても周囲の人々に心配を掛け捲っていたから、
その罰を含めて、でもある。
にもかかわらず、紫雲は今日この日も、計画に先立って単独で動こうとしていた……のだが。
彼女がそうする事など、草薙紫雲をよく知る面々には筒抜けもいい所であった。
なので彼女に気付かれないように、命に協力を仰ぎ、
夜の段階で術が込められたロープにより就寝中の紫雲を拘束、勝手な行動を封じていたのである。
「いや、その、ただ、手伝いくらいならいいかなって……」
決行時刻の昼よりも早く周辺へと赴き、
フォッグの手助けをして、状況に不備がないかを確認しようとしていた、というのが本人の弁である。
だが、そうして現場に赴いた紫雲が素直に自宅に帰るものかどうかというと……。
「へぇー? ねぇ聞いた? 二人とも」
「ああ」
「聞いたよ」
「このお馬鹿さんが、手伝いだけで終わると思う?」
「「いやいやいや、ないないない」」
勿論そんなわけがない事は、紫雲を知る誰もが理解していた。
どうせ近くに隠れるなりして状況が動き出したら参戦するに決まっている。
だからこそ、そもそも現場に向かう事すら先んじて封じる事が、紫雲に隠れて満場一致で決定されたのである。
「という事よ。
紫雲の中にいるクラウド君のOKが出るまでは絶対にここから出さないからね?」
「ううう……」
「なんとも言えない表情でこっちを見るなよ。俺達も清子に目を付けられるだろ。なぁ明」
「ああ、うん。
それはそれとして半泣きの草薙って、中々レアというか可愛……あ、いや、なんでもないです」
今現在クラウドは紫雲の内部、より正確に言えば概念種子に融合している状態である。
紫雲の種子の様子を確実に把握する為に、そして彼がいる事で紫雲の無茶を封じるための処置でもあった。
そんな訳で、草薙紫雲は絶賛身動きが取れない状況にあったのだった……。
「……やっぱり、皆揃うまで待った方がいいかな?」
「いや、折角作った状況を無駄にするのは惜しいからな……やっちまうか」
「そだね。じゃあ、とりあえず……」
話しつつ、二人は一時結界の外に出る。
「フォッグ、最後の確認……うん、だいじょうぶなんだね。
それじゃあ……行くよ……!」
オーナの全身から紅い光が溢れ出る。
それと同時に、結界内の地面を、彼女が放つ光と同色のラインが駆け巡っていく。
その光の輝きが最高潮に達した瞬間、彼女は叫んだ。
魔法解放の、キーワードたる、彼女の呪文を……!
「全てを燃やす、紅き人、力を貸して……!!
だい、ばく、はぁぁつっ!!」
直後、結界内の全てが、赤く染まり、爆発した。
文字どおり全てが、だ。
廃工場も、廃材置き場も、置かれたままだったトラックや機材その他諸々全て。
「マジでやれるんだな、こんな無茶な事……すげぇな魔法少女」
轟音その他シャットアウトされているので実感としてはマイナスだが、
それでも、視覚だけとは言え全てが吹き飛んでいく様を目の当たりにして、祐一は呆然と呟いた。
昨日紫雲が提案した【計画】。
それはアジトが判明した以上、一切合財全て完膚無きまでに最高の火力による一撃で破壊しよう、というものだった。
周辺地域に人は殆どおらず、あるのは全て廃棄されたもの、更に言えば一帯には異能保険がかかっている。
これだけの条件が整っているのなら遠慮は要らないだろう、という紫雲の容赦無き発言に祐一はドン引きした。
勿論紫雲とて正義の名の下に何をやってもいいなどとは思っていない。
……というか彼女としては、そういった思考こそもっとも打倒すべき思考だという認識なのだが。
さておき、紫雲としてはあくまで条件が整っているからこその提案であり、
何か一つでも条件が欠けていたなら別の、周辺地域に気を遣った方策を考えるつもりだったらしい。
だが、幸か不幸か……いや幸運にも、状況は整っていた。
ゆえに、爆破計画はこうして実行されたのである。
「……でも、まぁ、これで何かしら戦力が準備されてたんならおじゃんだろ」
少なくともこれだけの爆発、ベルトその他は破壊されている可能性が高いはずだ。
あとはG・シューラー当人なのだが……。
『ははははははははっ! なるほど、こうきたか!』
「だろうなぁ」
計画提案の際、紫雲はこう語っていた。
「私の直感、いえ、クラウドの推測に間違えがなければ……いえ、確実に、万が一にも彼は絶対に死にません」
これで彼が死ぬ確信があるのなら、そもそもこの計画は立てていない、と。
そして、祐一自身、これだけやってもあの男が死なない確信があった。
更に言えば、それでも念には念を入れて、オーナの結界には拘束魔法込みの転移の仕掛けも施してあったのだ。
もし彼が爆発時に何らかのアクションを起こしたら、即座に発動するようになっていた。
だが。
『奇襲に相応しい早朝や深夜をチョイスせず、
真昼間にしかもこんなにも派手な攻撃を仕掛けてくるとは……!
愉快痛快! 実に素晴らしい作戦だ。
この、いざとなれば容赦ないやり方は……ヴァレットに間違いないな……ふふふ、流石私が見込んだ少女!』
G・シューラーの声は、爆発が収まった後の炎と煙の中から響いてくる。
「やっぱり、あの人……おかしいよ」
「どういうことだ?」
困惑した様子のオーナに祐一が問い掛けると、彼女は結界の中を見つめたまま言った。
「私、生きている人がいたら、すぐに飛ばすようにしてた……でも、あの人は、飛んでない……!」
「……アイツの推測が当たりって事か」
『ほう? どういった推測かな?』
「アンタは、この世界に意識だけ送り込んでる状態なんじゃないかって事だよ」
『おお! 見破っていたのか! しかり、そのとおりだ。
私の意識の本体は、この世界を上から見ているような状態なのだよ。
そこから私は、複製した肉体を操作して活動しているのさ。
だが、ここまで漕ぎ着けるのには相当に苦戦したよ。
この世界の外周部ともいうべき場所に辿り着いた時は実体がなく、どうしたものかと途方に暮れたよ。
だが、この世界での私が残してくれていたのだよ、予備の肉体数体分、そして異能についての研究成果をね。
おそらく、相沢祐一、君達の世界で私がしていたのと同じような目的でね。
その数体分を操るのにも世界の法則による活動限界があり、
正直、ギリギリの状況だったが……幸運にも私は最後の体の段階で彼女、魔法少女リューゲの複製の概念種子について学習出来た。
その解析により、私は事実上無限の複製肉体を生み出せるようになった。
君達の世界で一から制作したクローンとは違って、
個々に意識を宿らせる事は出来なかったが、駒としては十分だ。
だが、しかしね、ベルトや反因子結晶体については本物でなければ困る。
そういった意味では君達の作戦は実に効果的だった。
正直、私が無限の複製を使わなければ、破壊されているところだったよ……!」
その言葉と共に、晴れていく煙の中からG・シューラーが現れた。
彼の腹部には、血塗れのベルトが装着されていた。
「なるほどな、その複製とやらを肉の壁にしてベルトの破壊を防いだわけか。
でもどうするよ。
彼女が作ったこの結界は相当に頑丈だぜ?
アンタが閉じ込められてる状況に変わりはない。
少なくとも、アンタが大事にしてるベルトはそこから出せない」
「確かに、あの爆発でも揺らがないほどの代物だ。
私個人の火力、攻撃力ではいかんともしがたい。
だが、何かを破壊するのは何も攻撃力に頼る必要はないのだよ」
そう言うや否や、彼の周囲、建物その他が破壊された更地に、一体、また一体と人工パーゼストが降り立っていく。
「え? え? ど、どういうこと?」
「……!! まさか、お前……マジで無限に複製を生み出して、内側からの圧力で結界を破壊するってのか?!」
「正解だ。
君も知っているとおり、複製にはこの世界での具現化時間の限界がある。
だが、それよりも私が複製を生み出すサイクルの方が僅かに早い。
私の能力の限界で、一度に複数は無理だがね。
このままでは君達が何もしなくとも結界を破壊するのに一時間程度といった所かな。
ああ、言っておくが、私の複製する能力が力尽きるなんて希望的観測は持たないほうがいい。
君達に出来る事は二つ。
このまま状況推移を見守るか、
結界内の私達を駆除、ベルトを破壊して私の計画を根本から崩すか。
まぁ素直に結界を解除してくれると非常に助かるが……それはしないだろうね。
さぁ、どうする?」
このままでは遅かれ早かれ結界は破られる。
それを阻止する手段はただ一つ、ゆえに取るべき道はたった一つしかなかった。
「……そのベルトを破壊してやるよ! 変身!!」
祐一は叫んで鍵を廻す……紅い閃光が迸った後生まれ出るは仮面ライダーカノン。
「相沢のお兄さん!?」
「オーナ、お前は結界の維持と、外からの援護攻撃を頼む!
ただ、結界の維持を一番に優先してくれ!
援護はほどほどでいい!
さっき言ったとおり、俺はあのベルトを破壊する……!!
コイツら倒すと名残が発生するから結界には入るなよ!」
そこからカノンはさらに鍵をもう一回転させ、リミテッドフォームへと変化を遂げる。
「どれだけ増えようがパーゼストなら、こいつでぶっ飛ばすのに不都合はない……!!」
そして、脚部に閃光を収束させ、全速全力を持って必殺のキックで結界へと突入する。
狙いは、奥へと逃げていくベルトを装着したG・シューラー……!
「う、おぉぉっ!!」
紅い閃光が目標へと突き進む……が、そこへと人工パーゼストの群れが殺到し、目標を覆い隠す。
「させない! 空駆ける速き人、薙ぎ払って!!」
その群れをオーナが放った雷撃が弾き散らす……だが、数があまりにも多過ぎた。
パーゼスト必殺の蹴撃は、数十体のパーゼストを光へと変換させたが、目標には届く事なく、閃光を消失させた。
「ちぃっ!」
カノンは即座に変身限界時間のあるリミテッドフォームを解除、
スカーレットエッジを抜き放ち、通常フォームでの戦闘に移行する。
「新緑の枝っ!! 水流の槍っ!」
そのカノンをフォローすべく、オーナもまた魔法による攻撃でパーゼストを結界外から破壊していく。
二人の連携は悪いものではなく、確かにパーゼストを打ち倒していった。
だが。
「見事……だが無意味だ」
二人が倒すたびに、倒す隙を縫って、複製パーゼストが増えていく。
「く……こんな感じで法力を使ってたら、結界が……!」
「うぐっ!? こんの、やろうっ!!」
結界維持を優先させれば援護が出来なくなり、
援護の手数が減ってしまえば、カノンへの攻撃は激しくなる。
二人は完全な悪循環へと陥っていた。
「……ふむ。もうそろそろ二人では手詰まりじゃないか?
何故草薙紫雲……ヴァレットやリューゲが現れないのかは知らないが、このペースだとあと10分も持つかどうか」
「うるせえっ! 知った事か!」
パーゼストの一体を蹴り飛ばし、
その影から襲い掛かってきた一体を紅い閃光を纏わせた拳で打ち倒し、
スカーレットエッジで周辺を薙ぎ払いながら、カノンは、祐一は叫ぶ。
そんな祐一に、G・シューラーは淡々と話し掛けた。
「そもそも、相沢祐一。君がここで戦う必要はあるのか? この世界を守る必要があるのか?
君は確かに強いが……その力は仮面ライダーという装備をフルに活かしたものでしかない。
君の出来る事には限界がある。
君の手は、並行世界まで伸ばせるほど長くはない。強くはない。
そもそも、元々の私達の世界でさえ、君は色々なものを取りこぼしているじゃないか」
「……っ!」
「君は帰るべきだよ、自分の世界に。
そこで出来る範囲のすべきことをすればいい……仮面ライダーもどきとして。
今なら君を見逃してあげてもいい……」
そう言ったG・シューラーの頬を紅い閃光が掠める。
投擲されたスカーレットエッジによる、一閃。
当たらないがゆえに見逃されたその投擲は、G・シューラーの言葉を封じ込めた。
「ああ、ホントまったくそのとおりだよ!
俺は、俺は全然、全然仮面ライダーになれてないっ! もどきでしかないさ!」
叫びながら、カノンは戦い続ける。
オーナからのギリギリの援護を受けながら。
「だけど、だけどな……!」
その脳裏に浮かぶのは、これまでの戦いの記憶。
叩き潰され、挫折し、苦戦し、敗北し、助けられず……それでも戦ってきた記憶。
そして。
『あの時、相沢さんは私を助けてくれたじゃないですか……!
あの時の相沢さんは、紛れもなく仮面ライダーでした……!
私にとっては、間違いなく……!
貴方に助けられた人達だって、きっと、きっと、そう思ってるはずですっ!
だから、だから、そんな悲しい事を言わないでください……』
その中でも、助ける事が出来た、助けさせてくれた人達の存在。
「それでも、俺は……! 仮面ライダーになりたいんだっ!! 仮面ライダーでありたいんだっ!」
その人達を思うと、挫けてはいられない。足掻き続けていたい。
そんな強い意志の下、相沢祐一は、仮面ライダーカノンは拳を振るい続ける……!
「……そうか。中々に素敵な言葉だ。
だが、そう現実は甘くないんだよ」
「っ!?」
しかし、そんな意志を打ち砕かんと、覆いつくそうと、
パーゼスト達がカノンへと一斉に襲い掛かった……その瞬間。
上空から降り注ぐ紫色に輝く光の矢が、パーゼスト達を弾き飛ばした。倒せはせずとも、弾き飛ばした。
「……っ! 来たか、我が花嫁!」
「草薙っ!?」
「紫雲さんっ!!?」
結界の上空。
そこには、ライの上に立って、彼の一部のパーツ……
刀の柄のような形状の、普段からヴァレットの余剰法力を備蓄している装備、
そこから精製した光の弓矢を解き放つ紫雲がいた。
その姿は、草薙家の伝承後継者が戦う時に纏う【正装】であった。
「オーナちゃん、結界維持を最優先にして!
相沢さんは、私が助けるからっ!」
「……うんっ!」
色々な言葉が浮かび上がっていたが、今はただそうすべきだとオーナは頷く。
オーナのその頷きに弾かれるように、
あるいは勇気を後押しされるように、紫雲はライから手を離し、結界内に突入。
「はああっ!」
そうしてカノンの側に着地するや否や、
手にしていた柄から発していた光弓を光の鞭へと変形、周辺のパーゼストへと解き放ち、牽制。
更に怯んだパーゼストへと、自ら殴りかかっていく。
「おいおいおい! おまっ! ここ、名残が……!」
「大丈夫です。
私も多少耐性が出来ましたし、
私の中にいるクラウドが、フィルターになってくれてますから、短期間なら問題ありません」
「それに、変身できないんじゃ……!」
「あと、十分くらい掛かるそうです……でも、その十分で誰かの命を取りこぼす事なんて、私にはできません。
……それが、私のエゴなのだとしても」
だから、説得した。清子を、征を、明を。
自分を心から心配してくれる彼ら、
いや、彼らだけじゃない、姉やクラウド、櫻奈や真唯子、フォッグ……
皆には本当に申し訳ないと思っている。
だけど、それでも。
皆に呆れ果てられたのだとしても、困っている、苦しんでいる誰かを見捨てるわけにはいかない。
だけど、皆の気持ちだって大切にしたい。
こんな、どうしようもない自分でさえ心配してくれる事が、とても、とても嬉しいからこそ無碍にしたくない。
だから、その全てを抱えて、抱えきって戦うしかない。
その上で、皆の下に生きて帰り、改めて謝る他ない。
「皆に心配ばかり掛けてる私は、きっとまだまだ正義の味方なんかじゃあない……!
間違えてばかりの私は、正義の味方になる資格なんてとっくの昔に失っているとも思いますっ!
だけど、それでも、ここで何もしなかったら……いいえ、何もしないではいられないんです!
私の信じる正義の味方は、きっとそれでも戦うはずだから……!
相沢さんが、仮面ライダーカノンが、今ここで、この世界で諦めずに戦っているように……!」
ああ、そうだ。
祐一は、紫雲の言葉に心から同意していた。
あの男が言うように、逃げても……自分の世界だけを守れば良かったんだ。
だけど、そんな選択肢最初から除外してた。
だって、そんなの……仮面ライダーじゃないじゃないか。
「……ああ! そう、だよな!」
仮面ライダーには、なれない。
それでも仮面ライダーになろう、そう思ったはずだ。
相沢祐一がかつて憧れた、いや……今も憧れている、目指し続けている仮面ライダーは、こんな所で諦めはしないはずだ。
きっと迷いはこれからも抱えていく。
だけど、今この瞬間は……迷いなく戦える。
どんなに勝ち目のない戦いが、目の前に横たわっていたとしても。
同じ思いの仲間達が、元の世界にも、この世界にもいるのだから。
「よし、勝つぜ、草薙! オーナ! 気力振り絞ればどうにかなりそうな気がしてきたぜ!」
「はい、私もそんな気がしています。
だから、勝ちましょう。
その上で……改めて、皆に謝ります」
「うん、その方がいいと思う……というか! 皆もだけど私も怒ってるんだからねっ、紫雲さんっ! 」
「……いや、ホンット。いい加減にしなさいよ」
頭上から新たな乱入者の声が響く……と共に、数十の、法力が込められた杖が結界内に降り注ぐ。
「今度はマジでぶん殴るからね、姉貴。
でも今はこっちを片さないとそれもままならないからね。ったく」
「リューゲちゃん!」
「あ、その姿の真唯子はそういう名前なのね」
「え? 今姉貴って……もしかして……?」
「……あーそれはそれとして。
この状況を根性論で解決したいならしても構わないけど。
その前に、これを試してみたら?」
結界上空からリューゲが何かを投げ付ける。
紫雲は戦いながらもそれをキャッチし……それがなんなのかを確認する。
「これは、ベルト? 相沢さんと同じ……」
そう、それはベルトであった。
細部こそ異なるが、祐一が使っているものと殆ど同じベルトが、そこにはあった。
「私の観察による複製を、マスターが解体、分析して、改めて作り出した模造品よ。
手元にあるモノで作った急造品だから、頑丈さは保障できないらしいけど。
アンタなら、問題ないでしょ」
短時間で決着が付けられるという事なのか、ヴァレットなら使いこなせるという事なのか。
いずれにせよ、そこには彼女の能力への信頼がそこにある……少なくとも紫雲にはそう感じられ、嬉しかった。
「そうそう、ちなみにマスターはする事があるからまだ現場には行けないって」
「十分、ううん、十二分だよ……!
御礼を言っておいて……ううん、事件を終わらせて、御礼しに行かなきゃ」
「ま、そうしてあげなさいよ」
リューゲの言葉に力強く頷きつつ、紫雲はベルトを装着した。
「草薙!? そのベルトは!?」
戦いに集中しており、二人のやり取りを正確には把握できずにいたカノンが、
紫雲が装着したものに気付き、半ば叫ぶように問うた。
紫雲はそれに、ニッコリと笑いながら、同等の声量で答えた。
……その手に、懐から取り出した、紫色の反因子結晶体が埋め込まれた鍵を握り締めて。
「私の……素敵なライバルからの、贈り物です。
……変身!」
鍵をベルトのバックル部に差し込み、廻す。
カチリ、と何かが廻る、あるいは何かのスイッチが入るような、そんな音が自身の中に響き渡るような、そんな気がした。
直後、紫色の閃光が辺りを照らし……
それが収まった後には、紫色の光のラインを全身に駆け巡らせる仮面の戦士が立っていた。
「エグザイル……!」
「エグザイル……!?」
「そうだ。仮面ライダーエグザイルだ……!」
自身の世界で、共に戦っている存在。同志。
全体的なデザインが女性のようなライン、形状となっていたが紛れもない。
ここにいるのは、仮面ライダーエグザイルだ。
「果たして、そうなのかな? 鍵はともかく、ベルトは模造品以下の代物だろう」
「何言ってんだかっ!
変身するのが草薙紫雲であるなら、コイツは仮面ライダーエグザイル以外の何者でもないさ」
「……なんというか、そう言ってもらえると嬉しいですっ!」
二人の魔法少女の援護を受けつつ、パーゼストを蹴散らしながら……二人のライダーが並び立つ。
「改めて、行くぞ、草薙……!」
「はい、相沢さん……!」
そうして二人揃って、背中を預け合いながら助け合いながら、パーゼストを打ち倒す事で祐一は実感する。
やはり、ここにいるのは『仮面ライダーエグザイル』なのだ、と。
紫雲の動きは祐一の知る紫雲の、エグザイルの動きと遜色ない。
パーゼストとしての身体能力を得ている草薙紫雲と、だ。
「……やっぱ、相当な人間離れ具合だな」
「聞こえてますからねっ、と!
なんというか、私だからいいですけど、女の子だとあまり喜ばれない言葉ですよ……!
今この状況の私は、嬉しいですけど……!」
「じゃあいいじゃないかよ……っと!」
「その物言い……! 私のす、じゃない、幼馴染にそっくりです!」
「……すごい! すごいよ二人ともっ!」
「たいしたもんね、急造コンビの割には」
援護していた二人が思わず感嘆の声を漏らす。
二人が共に戦う姿は、まるで嵐。
嵐のように敵を巻き込みながら、駆逐していく。
昨日、組み手をしていたからか、あるいは本能的なものか、二人の連携は噛み合っていた。
まるでダンスを踊っているかのように。
気付けば、結界内に溢れかえらんばかりだったパーゼストは指折り数えるほどとなっていた。
「あまり見せ付けないでくれないかね……!!」
「っとおっ!? お、出てきやがったか」
そんな二人の破竹の勢いを看過できなかったのか、あるいは別の理由からか、
少し苛立ちの混じった口調でカノンヴァールへと変身したG・シューラーが乱入してきた。
「はははは、面白い展開になってきたからね。
そろそろ参加しない手はないよ」
「そうか、だけど悪いな。速攻退場してもらうぜ。
草薙!」
カノンヴァールの攻撃受け流しながら、カノンは足を叩いて示す。
何をすべきかを。
「……はい!」
察したエグザイルは、地面を蹴り、カノンヴァールへと掌底を叩き込む。
「が、はぁっ!?」
超人を越えた超人としての一撃に、いかに人外と言えども元をただせば科学者である彼は追随できず、体勢を崩す。
そこへ。
「「はぁぁぁぁぁあっ!!!」」
間髪入れず叩き込まれたのは、エグザイルとカノンによるダブルライダーキック。
まともにそれを受けたカノンヴァールは、大きく弾き飛ばされながら光の粉となって消えていった……。
「やったー!」
「いや、まだよ」
そうまだ終わりではない。
二人の蹴撃はベルトを狙ったものだったが、カノンヴァールはそれを見抜き僅かな回避へと専念。
結果、ベルトを装着していたG・シューラーこそ消え果たが、ベルトは宙を舞っていた。
「ベルトがっ!」
「ベルトが……!」
カノンとエグザイル……いや、紫雲の言葉が指し示したのは、それぞれ違うベルト。
カノンはカノンヴァールのベルトについて、
紫雲は……戦いの衝撃で自壊してしまったエグザイルのベルトについて。
エグザイルのベルトは崩れ、小さな爆発を起こす……それにより、差し込んでいた鍵は吹き飛ばされた。
……まるで、カノンヴァールのベルトに引き寄せられるような軌道で。
「はははは! これはまさに運命だ!」
そのタイミングを見計らっていたかのように、G・シューラーが複製された。
中空に複製された彼は、ベルトとエグザイルの鍵の両方を即座に回収、地面に着地した。
「ちっ! またか!」
「悪いね。
これこそが今の私の最大の利点なものでね。
そして、それを利用して……獲得させてもらったよ。
二人のライダーの攻撃による、反因子結晶体が生み出すアンチパーゼスト生体エネルギーへの抵抗力。
すなわち、KEYの出力に耐え切れるほどの耐性をね……!
この世界に来る以前から、鍵を誰かに使わせる茶番を計画していたが……
流石、私の見込んだ乙女、私を見事に手助けしてくれたっ!」
「「「!!!」」」
「え? どういうこと?」
「魔法少女オーナの疑問に答える意味でも、今こそ満を持して御見せしよう……変身っ!」
三つの鍵が、廻される。
そうして誕生するのは……漆黒の魔人。
相沢祐一が知っている、最強の仮面ライダーを禍々しく変貌させた姿。
「これが、この世界での仮面ライダーKEYだ。
そして、さらにこれに……パーゼストの力を!!」
その魔人の姿が変容していく。
ボコボコと、まるで火山を流れるマグマのように膨張し、弾け、大きくなっていく。
さらに、臀部からは尾が生え、頭部は仮面から獣染みた生命体の形へと変化、
両肩のプロテクターも禍々しいライダーの……エグザイルとアームズに似ている……仮面へと変わる。
そうして完成したのは、身長三メートルを超える、獣と人とライダーが解けて混ざり合ったような姿。
「ははははは!! 完成だ! 遂に完成したぞ!
最強たる仮面ライダーKEYの力、パーゼストのプログラム、人の知性と本能……全てを取り込んだ究極の生命体!
しかし、いい名前が思いつかないな……今は暫定的に……うむ、キーパーゼストとしておこう……!」
「……ねぇ、あれヤバくない?」
「ああ、ヤバい」
「なんだろう、なんか、ピリピリする……」
「キー、パーゼスト……」
「そして……間違いない。私の存在は確定された……!!
制限時間を過ぎたのに、消滅が始まらない……!!
私は、私は間違いなくこの世界に復活したのだ……!
そして、そうなった以上、次にやるべき事は決まっているっ!!」
吼えるように言った直後、キーパーゼストが右手をかざす。
直後、彼の背後の空間に彼が通れるほどの虹色の穴が展開された。
「転移魔術?!」
「ここから逃げる気、じゃあないよな」
「勿論。むしろ、その逆だ。
かつて私が敗走した世界への、凱旋だ。
存在が明確に確立した今、あの世界に戻る事は容易だ。
この世界の仮面ライダーKEYへと辿り着くことで、
存在の交換によりあの世界へ帰還する事も計画していたが、そっちのプランは最早必要なくなった。
全てにおいて強化を果たした私が、単純に帰還する……それだけでよくなった」
「させるかっ!」
「おっと、それこそさせないさ」
動き出そうとする面々を牽制するかのように、左手でパチンと指を鳴らす、キーパーゼスト。
それに呼応する形で、大量の、数十体のパーゼストが結界内に降り立つ。
「……ふむ。一度に二十三体か。
復活したデメリットもありはするが、メリットもあるといったところか。
君達ならこれをも倒してのけるだろうが、時間は掛かるだろう。
あと、ついでだ……!」
事も無げに右手に収束させた、漆黒の生体エネルギー。
生命体であれば誰もが直感的に危険を感じるほどの濃縮されたエネルギーは、黒い闇の波動として上空へと放たれた。
「!!! け、結界が!」
「嘘でしょ……一撃で!?」
いかに消耗していたとは、まだまだ頑健であったはずの結界が一撃で破壊された事にオーナとリューゲは思わず驚愕の声を上げた。
「これがKEYの力だ。
存分にこの力は活用させてもらおう。
ふむ、もう少し数を出して、と。
では諸君、というよりもヴァレット……暫しの別れだ。
向こうで汚名を返上した後、君を迎えにやってくるよ。
花嫁衣裳を用意して待っていてくれたまえ……ははははははっ!」
そうして、キーパーゼストは空間の穴を越え、姿を消した。
ご丁寧に、最後の最後に更に追加のパーゼストを召喚した上で、だ。
「くっそ、まずいなこの状況……!」
「アイツを追わないと、あっちの世界がヤバいわね……!」
「だが、ここを放っても置けないよ……!」
「まず、目の前の敵を倒すしかないの……!?」
最悪の状況になりつつあった、まさにその時だった。
「ふはっははははははははっは!!」
場違いな、徹頭徹尾能天気な笑い声と共に、巨大なロボットが舞い降りる。
その声を、ロボットの肩に乗っている男を、祐一を除く面々は知っていた。
「シャッフェンさん!」
「マスター!」
「おじさんっ!」
「そう、マッドマジシャンシャッフェン、ただいま参上っ!!
町を混沌に導く事こそ我が役目……だが、この混沌は俺が望むものじゃあないっ!
ゆえに、今回は助太刀してやろう!
お前達が影響が出ると予想した範囲よりも広めの範囲での住民の避難は終えている!
これで俺も兵器全力ブッパで戦えるというものだっ!
俺がコイツラを叩きのめしているうちに、お前ら全員でアイツを倒して来い!」
「シャッフェンさん、お気持ちはありがたいです……でも危険過ぎます……!」
「危険など承知の上だ。それこそ、お前達と同じくな。
だが、それでもなさねばならない事があるはずだ、違うかヴァレット?」
「っ!」
シャッフェンの心意気、心遣いはありがたいものだ。
だが、彼を置いてキーパーゼストを追うべきか否か……迷いがないといえば嘘になる。
しかし、こうしている間にも状況は悪化しているかもしれない。
迷いを抱えたままでも行くしかないのか……ヴァレット達が苦悩していた、その時。
「なるほど、大体分かった」
突然に、そんな声と共に光のオーロラが現れ……その中から何かが凄まじい勢いで飛び出した。
何か……幾重にも重なった、人間大の光のカード、それを通り抜けながら放たれた蹴撃が、パーゼストの一部を削り、破壊する……!
「たまたま通りすがったが。
要は、この化け物どもをそこのガラクタと一緒に叩き潰せばいいんだろう?
なら簡単だ。心配はいらない。
なにせ……俺は破壊者だからな」
爆発の中立ち上がるのは……ピンク色の、いやマゼンダ色の、仮面ライダー。
「ディケイド……?」
呆然と、それでいて自然と祐一の、カノンの口からその名前が零れ落ちた。
「お、少し覚えてたみたいだなユウイチ。
思い出さないところ見るとそっちは……同じ人間の別人みたいだな、シウン」
「え? え? 誰、あのバーコードみたいな顔の人」
「……ぷっ」
「俺か? 俺は……通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」
襲い掛かってきたパーゼストを事も無げに手にした武器、ライドブッカーで切り捨てながら、オーナへと返事するディケイド。
パーゼストの相手の片手間で彼がカノンたちの方へと手をかざすと、彼らのすぐ側に光のオーロラが展開された。
「そいつを通ればすぐに現場だ。
こんな奴らは俺だけでもお釣りが来る。とっと行って、片付けて来いっ!」
「ああっ!? ヴァレットにかっこよさを見せ付けるための良い所を全部持ってかれたっ!? おのれ、ディケイドとやらぁぁぁっ!」
「知るか。あとそのフレーズはムカつくから使うな」
漫才めいたやりとりを距離を置いて行いながら、二人はパーゼストを打ち倒していく。
……これ以上ない援軍の登場により、不安は消えた。
状況は、今行かずしていつ行けばいいのかという状況へと変化したのだ。
「すみません、そしてありがとうございますっ!
この場はお任せします、シャッフェンさん、ディケイドさん!」
「……それしかないな。頼むぜ、ライダー」
「よろしくね、バーコードの人!」
「プッ……んん。失礼。よろしく頼むわ」
そうしてそれぞれの形で言葉を掛けながら、四人は光のオーロラを潜ってキーパーゼストを追っていく。
「よし、行くぞ。ガラクタのオッサン」
「ぬかるなよ、通りすがり」
「こっちのセリフだ」
それを見届けた二人は不敵な笑みを浮かべつつ、パーゼストへと立ち向かった……!
「……!」
「なんだ、おい、やばそうなのが出てきたぞ」
時間が停止したままの世界で、
女性と共に状況が動くのを待っていた折原浩平と草薙紫雲は突如現れた空間の穴、
そしてそこから現れた巨大な異形に、思わず息を呑んだ。
「……あれは、KEY?」
「んな馬鹿な、って言いたい所だが……それっぽいな。
じゃあ、相沢なのか? って明らかに違うよな。
アンタなのか、G・シューラー」
「ご明察。
お久しぶりだね、折原浩平、そしてこちらの世界の草薙紫雲。
そして……やはり、貴女か師匠」
「戻ってきたのね。戻ってこなければよかったのに」
「随分と冷たい事を言う。
折角こうして再会したというのに……」
手を伸ばしつつ、キーパーゼストは女性へと歩み寄ろうとする。
そこへ。
「変身っ! アンド攻撃っっと! 安易な女へのお触りは厳禁だぜ」
「変身……! 貴女は下がっていてください」
浩平が変身した仮面ライダーアームズの光弾が炸裂する。
当然というべきか、予想していたように光弾の効き目はなかったが、牽制としての役目は果たしていた。
そして、紫雲が変身した仮面ライダーエグザイルが、女性を庇うように前に出る。
「あら。よかったのに。
お詫び、ではないけど、せめて多少はいたぶられようかと思ってたから」
何処か悲しげに呟く女性の言葉を聞いてか、伸ばしたままだったキーパーゼストの手が下ろされる。
そのタイミングで浩平達の近くに光のオーロラが展開され、そこからカノン、紫雲、オーナ、リューゲが次々に現れる。
「む。予想外の追跡方法だな。興味深い」
「説明はしてやらないぜ。よ、待たせたなお前ら」
「……というか事態を悪化させてないか、相沢よ。
なあアンタ状況を……っていないし」
説明を求めようとアームズが振り返ると、いつのまにか女性は姿を消していた。
「いえ、むしろ事態はよくなっています」
「は? ……え? おま、草薙なのか……って、おっぱいがあるぞ、おい。
しかもかなり大きめだぞ、こっちの草薙よ」
「……なるほど。並行世界の僕か」
浩平の呼び掛けをスルーして、エグザイルは紫雲へと視線を送った。
本能的に、そこにいるののは、少し違うが確かに自分なのだと一瞬で認識する。
「そういう事です。並行世界の私」
「……あー、まぁいいや。
それで、よくなってるってのはどういうこった、おっぱいのある草薙?」
「こほん。彼は確かに生き返りました」
赤面しつつの咳払いで場を整えた上で発言をスルーし、紫雲は言った。
「私達の世界での彼の活動の最優先目的はそれで、その他は副次的なものだったんでしょう。
そういう意味では私達は出し抜かれてしまった……悔しいですし、申し訳ない事ですが。
ですが、そうして復活したという事は、肉体に魂を宿らせたという事。
別の所においていた意識を肉体に固着させざるを得なかったという事でもあります。
復活し、あの姿になることで凄まじい力を手に入れはしましたが、
もう彼は私達の世界でやっていたような無限の複製も、それによる復活も出来ません」
「えっと、つまり……?」
「今ここにいるアイツをぶっ飛ばせばいいって事よ」
「なるほど、そいつぁ話が早い。
で、このいかにも魔法少女なガキどもは戦えるのかよ、相沢」
「ああ、滅茶苦茶強いぜ、この子ら」
「そうかよ」
「……気は進まないが、相沢君がそう言っているならこの場は目を瞑ろう。
もう一人の僕も、そのつもりのようだしね」
「悪いが、そうしてくれよ、草薙。
というわけで、俺ら全員でアンタをボコらせてもらうぜ、G・シューラー。いやキーパーゼスト」
「それが出来ると思っているのかな?
今の私は、KEYであり、ハイパーゼストであり、概念種子、すなわち魔法の使い手。
それらを複合し発展させた私はまさにこの世界はおろか、多くの世界でも頂点となる……」
「もういいわよ、そういうのは。
そうでしょう、G・シューラーのクローン」
自己に陶酔するキーパーゼストの発言を淡々とした言葉で切って捨てたのは、リューゲだった。
彼女の言葉に、キーパーゼストはピタリと言葉と動きを停止させた。
「え? どういうことだよ。
そりゃあ、アイツは複製しまくった存在だが……」
「そういう事じゃあないのよ、相沢さん。
……アンタ、最初からコピー、クローンなんでしょ。
元からいたG・シューラーって誰かのね。
私と同じく、普通に生まれた存在じゃない……違う?」
「……何故、そう思う?」
「唯一無二やらを標榜する割に、アンタは複製その他何やらを否定していなかったからね。
普通、そういうオリジナリティを主張する奴は、そういう偽者を嫌うじゃない。
だけどアンタは複製や擬似、模倣……そういたものをむしろ誇って手段にしていた。
でも、だからこそアンタは、唯一無二の存在になるしかなかった。
そうでないと自我が確立できなかったから」
「ふふふ、私はそこまで弱い存在ではないよ。
だが、認めよう。
私は元々、裏の世界で作られた、実験用のクローンの一体。
それが先程の彼女に拾われ、魔術師となり、世界を知り……こうなった。
私はただ、証明したいのだよ。
私が私である事を」
「……分からなくはないけどね。
でもアンタは……あーもういいわ。姉貴、あと臭いセリフよろしく」
「……引き継ぐわ。でも、貴方は間違えています」
「私が、間違えた? 何を間違えたと……?」
「貴方の本当の目的は、夢は……いえ、願いは唯一無二でも最強でもない。そうじゃないですか?」
「何?」
「本当に貴方が唯一無二を望んでいるのなら、最高の個を目指しているのなら、種族や家族なんて発想は出てこないと私は思います。
それに、自由自在に複製を作れるようになった今の最強たる貴方なら、私を花嫁にする必要なんてない。
それこそ、自分自身をベースにした女性体を作ればいいはずです。
事ここに至るまでに、貴方はその発想をする機会がいくらでもあり、貴方程頭が回る人なら気付いていたはずです」
「……それはそれでどうかって俺的には思うがな。
ま、それはそれとして、前から思ってたがアンタチグハグすぎるんだよ」
「どういう意味だ、折原浩平」
「色々あるが、一番のチグハグ具合はあれだな。
あんだけデカい裏切りを働くのに、アンタはレクイエムの誰一人明確には抱き込もうともしなかっただろ。
重要なポストの誰かを取り込めば、もっと安全確実に出来た事も多かったはずだ。
金か利益かもっと別の条件か、裏切りに見合う何かしらを提示すれば、
俺を始め、レクイエムに所属する連中ならそれは容易いはずだったのにな。
だけど、アンタは、そうできたはずなのにそうしなかった。
にもかかわらず、詳しい事は何も知らせずに利用するってパターンは多用してた。
契約して、互いに得になる、って感じでな」
「……それが一番後腐れがないと判断したゆえだ」
「いいや、違うね。
一番後腐れがないのは、そうして利用した上で切り捨てる事だ。
そうすりゃあ足は残らない、美味しいところだけ掻っ攫える。
だけど、アンタは痕跡が残っても、その方法に執着した。
アンタは他者の命にさほど興味はなかったんだろうが、
それなら尚の事殺すなりなんなりでリスクを減らすべきだったはずだ。
だけど、そうしなかった。
今改めて思ったが、捻くれた構ってちゃんみたいだな」
「……」
「アンタ、本当は気付いてほしかったんじゃないのか?
アンタが本当に求めてるものを、指摘してくれる誰かに」
「……!!?」
カノンの指摘に、キーパーゼストは息を呑んだ。
それを、ライダー達は強化された感覚で確かに感じ取った。
「貴方自身は明確には自覚すらしてなかったかもしれないそれを、
貴方自身の意図を越えて気付き、指摘して……
自ら協力を申し出てくれる誰かを、求めていた、そういう事なんじゃないか?」
「……ちが、う」
「ドクトル。
いえ、G・シューラー。
貴方が本当に求めているもの、それは……」
カノンの後を引き継いで、二人の紫雲が指摘していくそれを。
正確に言えば、彼の一連の騒動を追う事で、彼に関わった人々が自然気付いていくそれを。
「違う。違う違う違う! 私は、私が求めるものは、そんなものじゃない……!!!
黙れ! 黙れ黙れ、黙れぇぇぇっ!?」
キーパーゼストは、激昂と共に否定し、それを押し通そうと攻撃を撒き散らした。
凄まじいまでのエネルギー、当たれば確実に死に至る攻撃。本来なら恐怖して当然のそれ。
だが、この場にいる全員はむしろ真逆の感情が浮かんでいた。
攻撃は当たらない。いやむしろ当てられない。
彼らの口を閉ざすために当てれば、それは彼等の言葉を肯定している事になるから。
それを、彼らはなんとなく察していた。
「結局、ただの子供だったわけか」
彼が求めていたものは、決して複雑なものではなかった。
だが、彼の在り方が他者との微妙な距離を形作っていたがゆえに、誰も彼に指摘できなかったのだ。
そうして、彼の心は成長できないままに、ここまで来てしまった。
「……ええ。母が悲しい人だと言った理由が、分かった気がします」
気付いてほしいがゆえのチグハグさに、彼自身は気付いていたのかいなかったのか。
ただ、いずれにせよ、このままにはしておけない。
「ただ、そうだとしても……許すわけには行きません」
どんな理由があるにせよ、どんな感情が発端にせよ、彼は踏み躙り、歪ませてきたのだ。
数多くの命を、心を、人生を。
「なら、停めなきゃな」
「ええ、停めましょう。もう、10分は過ぎました
だから行きます……マジカルチェンジシフト、フォー、ジャスティス!!」
キーワードを唱える。
そうして、ここに現れるのは、正義の味方志望の魔法の使い手。
「情熱の赤と、冷静の青、二つを持ちて正義代行の紫となる!
魔法多少少女ヴァレット!
二つの世界の平和と、正義探究……そして、G・シューラー!
貴方を止める為に、ただいま参上っ!!」
「……」
紫色の長髪と、白いマフラーをたなびかせ、威風堂々と己が目的を宣言する彼女の姿。
なるほど、確かに、と祐一はオーナの言葉を思い返し、納得した。
こんな彼女だからこそ、彼もまた執着しようとしたのかもしれない、とも。
「私を止める……?!
できるわけがない! できるはずもない! 私は最強なんだ……!」
ヴァレットの宣言により、キーパーゼストは明確に彼女達を敵と認識し、身構える。
「おい、このまま戦って大丈夫なのか?」
「名残の事は心配いりません。反因子結晶体の生体波形、そしてパーゼストの形……覚えましたから。
チェンジング・パレット……ディープヴァイオレットッ!!」
ヴァレットの頭上に濃い紫色の光を放つ空間の穴が展開される。
その穴は一瞬でヴァレットの頭上から足先までを通り抜け……それにより、ヴァレットの姿が変化する!
「その、姿は!」
顔を覗く全身を、紫光のラインが走る一体型のライダースーツで包み込み、
胸部や肩、膝をプロテクターで防御したそれは、
パーゼストとライダーの力を織り込んだ、ヴァレットの特殊形態。
すなわち、魔法多少少女ヴァレット・エグザイルフォーム。
「無意識ですが、デザインを少しお借りしちゃったかもしれません。いいでしょうか?」
「ファントムは著作権とか主張してないからいいんじゃね、別に」
「どうでもいい所気にする辺りが実に草薙だな」
「いや、どうでもよくないと思うけど。
まぁ今は緊急事態か……相沢君!」
「そうだったな。あとよろしくっ!」
「面倒なところ丸投げされた気がするが、まぁいいや。俺も行くぜ……!」
変身を解除した二人から鍵を投げ渡され、受け取ったカノンは即座に鍵を両サイドのバックルに差し込み、廻す。
そうして誕生するのは、アンチパーゼストプログラムの具現たる憑依体への人類の切札。
すなわち、仮面ライダーKEY。
「ぐ、うぅっ!?」
二人の放つ生体波形そのものが名残を無効化し、存在そのものがキーパーゼストを圧倒する。
「馬鹿な……出力も、能力も、こちらが上だ。上のはずなんだ!
なのに、何故、こうも……」
「少し前の、実体を得る前の貴方は……正直、少し怖かったです。
ですが、今の貴方は……生きた人間です」
「ああ、ただの人間だ。だからそう怖かないな」
「違う、私は、人間を、パーゼストを超越した、最強の存在だっ!」
叫びと共に人工パーゼストを召喚、圧倒的な軍勢と共に戦いを始めようとするキーパーゼスト。
だが。
「違うわね。アンタは最強でもなんでもない」
「……うん。
上手く言えないけど……ただ、泣いてる人に私は見えるよ」
キーパーゼストへと駆け出したヴァレットとKEYの生体波動により、
人工パーゼストは動きを緩慢にさせられ弱体化していく。
そこを目掛けて繰り出される、
オーナの魔法の枝による拘束、リューゲの複製された魔杖の連射の連携に、
パーゼストは為す術なく爆発していった。
その爆発を何の影響もなく潜り抜けた二人へと、キーパーゼストは漆黒の光弾を連続して打ち出す。
しかし、二人は力を宿らせた己が拳で弾き返しながら、ただ只管にキーパーゼストへと疾駆していく。
「その攻撃、とんでもない威力だけどな!」
「芯がありません……!」
漆黒の光弾は連射しているため、オーナの結界を破壊した時ほどの威力はない。
それでも、アームズの光弾の数十倍、下手をすれば百倍以上の威力がある。
だが動揺ゆえか牽制優先の為か、明確に狙いが、指向性が定まっていないため、
単純な能力では劣りはするが、
それでも限りなくキーパーゼストに近い能力を持つ二人にとってみれば、
捌く事位は不可能でない攻撃でしかなかった。
そうして、キーパーゼストに肉薄した二人は、
ヴァレットは頭部へ、KEYは脚部へと紫と漆黒の光を纏った拳を突き刺した。
「が、あああぁっ! こんな、こんなはずはない……
こんなにあっさり攻略されるなど、ありえない……ありえないはずなのに……!」
一体何を間違えてしまったのか。
何時、何処で間違えてしまったのか。
『……もう、魔術はやめなさい。
そして、何も考えずに、ただ呑気に生きる道を進みなさい。
あなたは、なにをしても、どうあっても、あなたでしかないのよ?』
かつて、別れた時の師匠の言葉が頭を過ぎる。
何故、今更、あの言葉を思い出したのか、思い出してしまったのか。
彼には、分からなかった。
「相沢さんっ! 調整は私がします!」
「おうっ、これで終わらせるっ!」
完全に体勢を崩し、無防備となったキーパーゼスト。
チャンスは今この瞬間……それを直感した二人は、脚部に力を収束させ、大きく跳躍。
「「ハァァァァァッ!!」」
今出来る最高の蹴撃を、キーパーゼスト、その中枢たるベルトへと叩き込んだ……!!
「ぐ、がぁぁぁぁぁっ!?」」
ベルトを通じて凄まじい衝撃を全身に受けながら、キーパーゼストは大きく弾き飛ばされ、地面を転がった。
その最中、ベルトが破壊されていく事で、
その姿はキーパーゼストからKEY、カノンヴァール、人工パーゼスト、そして最終的にG・シューラーへと戻っていった。
全身は傷だらけで、息を乱し、最早戦う力など残っていないのは誰の目にも明白。
「ハァッ、ハァ、う、ぐ、まだ、まだ、私は……」
それでも彼は何かを為そうと身体を動かす。
何を為すかさえ、最早おぼろげであるにもかかわらず。
だが。彼の体は、魂は最早限界だった。
「なっ!? 馬鹿な……」
G・シューラーの身体全体が、ぼやけていく。体の細部から光となって崩れていく。
「私は、存在を定着させた、はず……!?」
「あれだけの力を振るいまくって、複製しまくったのよ? ただで済むわけないじゃない。
振るう力が膨大でも、いえ、振るう力が膨大すぎたからこそ、
その根本に負荷掛け捲って酷使させて省みなけりゃこうなるのは当然よ。
……折角生き返ったんだから、どっかに逃げ隠れしてれば死にはしなかったのに」
淡々と呟くリューゲ。
だが、その言葉と表情は悲しげであった。
「まだ、まだだ……また複製すればいい……意識を、何処かに移して……」
「しぶといな……引導くらい渡してやるか」
そう言って、懐からパーゼスト用の拳銃を抜こうとする浩平。
「……待ってください」
「あん?」
その手を推し留めたのは、ヴァレットだった。
彼女は浩平の眼をしっかと見据え、言った。
「そうすべきなのは、分かります。
でも、その前に話をさせてください」
彼の命を奪わないように調整したつもりだった。
だが、最早根本的にそれが叶わない所に来ていた以上……後は、ただ言葉を交わしたかった。
「……好きにしろよ」
「ありがとうございます」
浩平に一礼して、ヴァレットは彼の側へとしゃがみ込み、その消えかけの身体を抱き上げた。
「く、なんだ、私を……笑う気か?
いや、君は、そんな女ではないか……それとも私を許すとでも言うのか?」
「笑いはしません。
ですが、貴方を許す気も毛頭ありません。
貴方は、誰かを不幸に陥れる理不尽の権化でしかなかった。
これは当然の結果です」
「流石、正義の味方、厳しいな……」
「だけど……」
ヴァレットは、ただ、彼を抱き締めた。
それは決して優しい抱擁ではない。むしろ痛みさえ感じさせるほどに強いもの。
表情も決して死に行く者を悼むようなものではない。
怒っているに等しい、厳しいものだ。
だというのに。
「何故、抱き締める……? 何故、こんなにも私は……」
安らいでいた。
彼はそれまで抱いていた執念めいたものが、消え果ていくのを感じていた。
そんな彼を抱き締めたままで、ヴァレットは答えた。
「こうしたいと、思ったからです。
私は……貴方の花嫁にはなれません。
だけど、歳の離れた妹、ぐらいにはなってあげたかった。
貴方が、答を間違えさえしなければ」
「……ははは、なんて、エゴだ。
これはまさに同情というものに他あるまい」
「……」
「だが……それがこんなにも心地いいものだったとはな。
同情などいらないとよくフィクションで見かけるセリフだが……世間の意見など、当てにはならんな。
全く、困ったものだ。
……ああ、残念だ。
本当の願いが分かったのに、叶える事は最早出来ない。
他ならぬ君が許さないのだろう。
これが、報いなのだろうな」
抱擁から解放されたG・シューラーは、空を、世界を見上げて呟く。
「……すまなかった。
折原浩平」
「なんだよ」
「コード、638HJBYMTI。
レクイエムに繋がりのある君なら、少し調べれば場所は分かるはずだ。
そこに私の研究その他全てを置いてある。
活かすも殺すも君次第だ。
君の妹の為に使ってもいいと、私は思うよ」
「……分かった。好きに使わせてもらう」
「本当は、もう少し何かを残したいところだが、そろそろ時間か。
いや、とっくの昔に、私の時間は終わっていたのか……まったく、今更ながらだが、汚いことだ。
……ヴァレット」
「なんですか?」
「妹になってあげてもよかったという折角のお言葉だが、やはり私は君を……」
そう言葉に形にしようとした瞬間、彼の存在は光の粉となり散っていった。
今度こそ完全に。
「……おやすみなさい」
ヴァレットは、ポツリと呟く。
本当は、もっと言うべき事があったのかもしれない。
彼が踏み躙った誰かや何かの気持ちを、僅かでも代弁すべきだったのかもしれない。
だけど、今はそれしか言葉が出なかった。
「……あの人、なんて、言いたかったのかな」
「……櫻奈には、まだ少し早い言葉よ」
魔法少女達は風に撒かれて散っていく、彼の残滓である光粉を見上げる事しか出来なかった。
「終わったようだな」
「ディケイド」
彼の消滅から少し経って、
どうしたものかと皆が思い始めた矢先、光のオーロラから仮面ライダーディケイドが現れた。
「こっちの連中が一気に消えたんでな。
決着が付いたんだろうと思って迎えに来てやった。感謝しろよ」
「ありがとうございます。そして、ありがとうございました」
「……おう」
「ところで、あの、シャッフェンさんは……?」
「五体満足無事だ。ひぃひぃ言って右往左往してたが大した奮闘振りだったぞ」
「そうですか……また、御礼しなくちゃ行けない事が増えたなぁ」
「そうだな、そうしてやれ。
じゃあ、俺も少し通り縋っただけだからそろそろ行くが……」
言葉の最中、ディケイドが手をかざすと再び光のオーロラが展開された。
二つ展開されたそれは、一つはディケイド自身の帰還用、もう一つはヴァレット達の帰還用なのだろう。
「お前達の帰り道は残しておいてやる。
あと十分位したら消えるから、適当に別れを済ませてから帰るといい。
もし帰るのが遅れてももうフォローはしないからな」
「はい、気をつけます。
本当に、何から何までありがとうございました」
深々と頭を下げるヴァレット。
それにならって、オーナも笑顔で、リューゲも渋々と頭を下げる。
そんな彼女達と、軽く手を上げて見送っているライダー達を見回して、ディケイドは言った。
「ふん。また、どこかの世界で出会ったら、よろしくな」
「ありがとーバーコードのお兄さんー!」
オーナの言葉に、ヒラヒラと手を振って返しつつ、オーロラの向こうへディケイドは去っていく。
『……と、彼に御礼を言い損ねてしまったわね』
その直後、何処からともなく魔術師の女性の声が響く。
『それはまたいずれの機会にするしかないか。
それはそれで楽しみな事ね』
「って、おい、いつの間に逃亡してたんだよアンタ」
『ごめんなさいね、折原浩平君。
事情があって、私は彼女達の前に姿を見せられないのよ』
「事情って、アンタそればっか言ってないか?」
『返す言葉もないわね。
ただ、ここにいる皆への感謝の気持ちに嘘偽りはないわ。
……あの子を見送ってくれて、ありがとう。
私では、もう、あの子に言葉を届ける事すら叶わなかったから』
「どういう事ですか?」
『近すぎるがゆえに届かない言葉も時にある……貴方なら分かるんじゃないかしら、相沢祐一君。
それに、彼が望んでいたのは家族からのものではなく、彼自らが作る……いえ、これは蛇足ね。
さておき、本当にありがとう。
だから、感謝の証として約束するわ。
もしこの先、私が貴方達と協力関係になった時は惜しみなく力を貸す事を。
逆に、敵対関係となった時は一度だけ逆転の機会を与える事を』
「最後まで上から目線かよ」
『ふふ、生憎そういう立場なのよ。では、またね』
そうして、彼らの出会いを導いた魔術師も去り……最後に、彼らと彼女達の別れの時間が訪れた。
「……じゃあ、お別れだな」
「10分じゃあなぁ。カラオケにも行けやしないからな」
「そうですねー。
なので、もしまたお会いした時って事で」
「お、ノリがいいな。お前。そっちの仏頂面の奴もその時は付き合えよ」
「はいはい、考えておくわ」
「その、貴方も草薙家の色々を背負ってると思うけど……負けないで」
「ああ、君もね。そっちの姉さんの事とか聞きたかったんだが、その時間がなくて残念だ」
「そうだね。うん。
……相沢さん、色々、ありがとうございました」
「……いや、それはこっちのセリフだ。ありがとな」
「え?」
「大事な事を、思い出せたよ」
「私こそ、憧れた、いえ、ずっと憧れている存在の一人に出会えてよかった」
「お互い、まだまだ修行不足だけどな」
「ええ、そうかもしれません」
「「……でも、いつかきっと」」
その先は言葉にせずとも互いに理解しあっていた。
だからただ、笑顔で握手を交わし、頷き合う。
「じゃあ、皆、身体に気をつけてな」
「ええ、そちらも」
そうして、彼らは別れていく。手を振り合って、去っていく。
それぞれの物語へと、帰っていく。
この交錯の物語が、彼等の結末を大きく変える、などという事はない。
だがこの物語が、彼等の糧となった事に、いずれ迎える彼等の結末に繋がっている事に間違いはない。
この、ささやかな変化がもたらすものが、彼らの今を支えていく。
例え、この先に……そんな今を塗り替えるほどの、残酷な未来が待ち構えていたとしても。
その、僅かに支えられた時間こそが、残酷な未来に抗い、覆す為の、僅かな猶予期間に繋がっているのだから。
「……しかし、なるほどな」
「なに?」
「いや、前に思ったんだよ。
お前が女だったら、アイツの結末は変わってたんだろうかって。
ある意味、その答を今日見たというかなんというか。
この世界のお前が女だったら、ああしてたのかね?」
「……ノーコメントで」
「いやなんでだよ」
「いやーまさか他の世界で戦っちゃうなんてねー」
「まったくよ。誰かから残業代を毟り取りたい気分」
「あはは……残業代は出ないけど、帰ったら何かデザート奢るよ、真唯子ちゃん。
櫻奈ちゃんにも、それから……」
「それは楽しみにするけど、その前に。
紫雲さんは帰ったらまず皆でお説教だからね」
「ええ、絶対に逃がさないから」
「……はい。深く反省しております」
「……しかし、皆には本当に大きな借りを作ってしまったわね」
魔術師は一人、呟きながら虚空の回廊を歩く。
思いを馳せるのは、今回の事件に他ならない。
「だからこそ、見届けなければね。彼等の結末を。
さしあたっては……私もならなければならないわね、魔法少女に。
いえ、魔女か、あるいは……魔法多少少女、かしら」
少し前の沈んだ表情から一転、からかうような笑みを浮かべ、彼女は進む。
その先に待ち受けているものがなんなのか……今はまだ、彼女以外に誰も知らない。知る由はない。
……それぞれの本編へと続く。