○後編1










「はぁぁあっ!」
「むぅっ?!」

 裂帛の気合と共にカノンが地を蹴る。
 繰り出すのは、低空飛行のジャンプキック。
 もう一人のカノン、ヴァールはかろうじて両腕を組んでそれを防ぐも。

「甘いっ!」

 カノンは防がれた瞬間、ヴァールの腕を蹴って空中で反転・地面に着地、
 さらに間髪入れずにエルボードロップめいたタックルを仕掛ける。

 キックよりも勢いを増したその一撃を同様に防ごうとするも、今度は完全に防げず、ヴァールはたたらを踏む。
 その隙を突いて、カノンは防御したがゆえに空いた腹部へと蹴りを叩き込もうとする。

 だが、ヴァールはそれを触手めいた動きのマフラー……先程斬られたはずなのに再生している……で掴み防ぐ。
 ヴァールはそれを持ってカノンを大きく投げ飛ばし、自身も僅かに後退して距離を取った。

「ハッ……よく作ってるじゃないか、その偽者。
 俺達の世界で変身してた擬似ライダーよりはライダーらしいぜ。
 もっとも、俺はお前みたいなのを仮面ライダーとは認めないがな」

 平然と地面に着地、体勢を整えたカノンが呟く。
 それに対しヴァールは肩を竦めて見せた。

「ふむ。
 そこの草薙紫雲と同じ事を言うね。
 だが、誤解は解いておこう。
 仮面ライダーとしての定義はさておいて、これは擬似ではないよ、相沢祐一。
 正真正銘の、君と同じ存在だ」
「どういうことだ」
「この世界は、並行異世界を……いや、ここまでくると並行異世界だな。
 ともあれ、この並行異世界を構成する要素は私達の世界と大体は同じ。
 だが明確な違いが一つ存在している」
「パーゼストがいるかいないかだろ?」

 自分をここに送り出してくれた女性もそう言っていた。
 思い出して呟くと、ヴァールは満足げに頷いた。

「そのとおり。
 この世界ではパーゼストプログラムは始動しなかった。
 反因子結晶体の埋め込まれた隕石は落ちているにもかかわらず。
 なんらかの要因でパーゼスト因子励起に誤作動が起きたようだ。
 あるいは、別の侵略者により妨害を受けているのか……。
 だが、ここの地球生命体自体にパーゼストプログラムそのものは埋め込まれている。
 だから私はカノンになれたんだ。
 この姿は全く同じ反因子結晶体を使用し、全く同じプログラムを使用した、正真正銘のカノン。真実のカノンなんだよ」
「なるほどな。構成する要素は同じだってのは分かったよ。
 カノンはカノンなんだろう。
 だけどさっきも言ったとおり、仮面ライダーカノンだとは認めない」
「その辺りはまぁ見解の相違だね。
 しかし、ふむ。流石に強いな。
 同じ装備では分が悪いか……一応、私はパーゼストの肉体なのに押しきれないとは。
 君も随分人間離れしてきたんじゃあないか?」
「……俺はただの人間だっての。だから苦労してるんだろうが」
「ふむ、奥深い言葉だ。
 しかしこのままでは決着が長引きそうだしどうするか……
 無理を押して、なってみるかな、KEYに」
「KEY、だと……?!」

 息を乱しながらも状況を見守っていた紫雲は、仮面ライダーカノンと名乗る存在の動揺を声から感じ取った。
 KEYが何かは分からないが……少なくともこの状況を一変させるものなのは間違いないだろう。

「KEYとはね、三つの鍵を使用して変身する、アンチパーゼストプログラムの戦闘力としての具現だよ」

 そんな紫雲の疑問に気付いてか、ヴァールはスラスラと説明を口にする。
 その口調は何処か楽しげなものであった。 
 
「今私達が変身しているカノンは一つの鍵を使っての変身。
 KEYは、三つの鍵の相乗効果、共振による変身だ。
 その結果が生み出すのは単純に三倍の強さ、なんてものじゃない。
 数十倍、数百倍の力をも発揮出来る、パーゼストに対する人類の切札だよ。
 いかに相沢祐一が素体として私より強くとも、その基礎的な部分を埋めて余りある。
 カノンでは、KEYには絶対に勝てない……」
「……。
 確かに変身されたら……マズイな。
 だが、それは無理なんじゃないのか?」

 言いながらカノンはカノンヴァールのベルトの右側を指差す。

「それはどういう……む!」

 そこに嵌っていた紫色の鍵がいつの間にか無くなっていた。
 一体何処に行ってしまったのか……周囲を見渡すとそれはすぐに分かった。
 地面に跪く、草薙紫雲の手の中に鍵はあった。

「途中経過は見てないが、草薙なら何かしらやってくれてるんじゃないかと思ったが案の定だな」
「……せめてもの、悪足掻きで、念には念を、です」

 変身の基点となる鍵……先程使用しなかった鍵も同じ用途に使えるのなら、
 奪っておけば万が一戦闘が終わっていなかったのだとしても何か状況打開の一助になるかもしれない。
 自身の余力を考えると、この瞬間を除いては、その機会は二度と来ない……
 そう判断し、ゼピィアスヴァレットを叩き込んだ瞬間、ヴァレットはそれを為していたのだ。

「やっぱり、草薙は草薙だな。転んでもただで起きやしない」

 パーゼストになっても、敵に捕まっても、マイナスの状況でも、それを振り出し以上に戻す何かをしてのける。
 味方であればこの上なく頼もしいその在り方は、この世界でも変わらない。
 それゆえに、カノン……祐一はやはりこの草薙紫雲もやはり草薙紫雲なのだとより確信した。

「ははははっ! なるほど、確かに。それはこちらの草薙紫雲も同じというわけか。
 ……ありがたい、手間が省けた」
「手間が……?」
「それにどうやら時間の問題、限界のようだ」
「「?!」」

 その瞬間、カノンヴァールの身体がぼんやりと薄れる。
 まるで、最初からこの世界に存在していなかったように。
 二人がその事に驚き、目を見開いていると、具現化と消滅を繰り返すヴァールが呟いた。 

「やはり、カノンやパーゼストでは存在定義力が不足しているか」
「……あんだと? なんか俺を馬鹿にしてないか?」
「いやいや失敬。そのつもりはなかった。
 こちらにも事情があるという事以外に含みはない。
 では今回はこのぐらいでお開きとさせてもらおう。
 だが、すぐにまた会いにいくよ。
 草薙紫雲……君も、その鍵も、その時に改めて迎えにいかせてもらおう……」

 その言葉を最後に、カノンヴァールはその姿を二人の目の前から消した。

「引いたか……」
「その、ようですね……今度は、転移魔術で……何か、意味があるのか……。
 ……く、ぅ」
「おいおい無理するなって」

 立ち上がった紫雲に、カノンは言う。

「さっきアイツから助けた時にエッジの影響で多少は名残を消せてるが完全じゃないんだ。
 パーゼスト化はまだ続いてる……」
「ありがとう、ございます……ですが、ちゃんと、御礼を言わなければ……」

 そう言って態勢を整えた紫雲は、深々と頭を下げて告げた。

「助けていただき、ありがとうございました。
 仮面ライダーカノン、相沢祐一さん」
「いや、その、気にするなよ」

 髪が長い……祐一は知らないが、変身解除の際にいつもの長さに戻す余力がなかった……以外は、
 自分の知る草薙紫雲と殆ど同じ存在。

 違うのは、自分がよく知る草薙紫雲とは違い、自分に噛み付いて来ない事。

(いや、違うか)

 元々の、知り合った頃の紫雲は自分にそういう対応、喧嘩腰ではなかった。
 ライダーに纏わる色々な事情のせいでこじれてしまっただけで、本来の紫雲は誰に対しても穏やかだ。
 ……別の草薙紫雲に出会う事で、そんな事に改めて気付かされた。

 だが、だからこそ気まずいというか申し訳ないというか。

「あー……その、今からお前のその状態を治すために、少し痛い思いをしてもらうけど、いいか?
 生体エネルギーを込めて殴らなくちゃいけないんだ」
「構いません。後の事は……ライ」

 顔を上げた紫雲の呼び掛けに応え、地面に突き刺さっていたライが勢いよく飛び出した。
 カノンが現れて以後の彼は、
 一度弾かれた事を反省し、激情を堪えて状況を伺っており、
 いざという時は二人まとめて助けようとしていた事を紫雲は理解していた。

「ごめんね、痛かったのに無理させて……」

 その事や痛い目に遭わせてしまった事への謝罪と感謝を込めて体を撫でると、
 ライは問題ないとばかりに尻尾のように穂先を大きく振った。
 それに安堵した紫雲は、その様子を少し小首を傾げて見守っていたカノンに顔だけ向けて言った。

「後は、この子に、僕の家まで案内してもらってください……。
 あと、手伝ってくれている……ぐ、う……」
「いや、もう限界だろ。詳しい事はまた後で聞く。
 だから……今はゆっくり休め」

 掲げたカノンの拳に紅い光が巻き付く。
 身体の本能なのか、その光に何処か恐れと安らぎを同時を感じつつ、紫雲は頷いた。
 申し訳ないが、今は厚意に甘えさせてもらおう。

「じゃあ、行くぜ……!」

 カノンの拳が紫雲の腹部に突き刺さる。
 少しだけ……重い、鈍い痛みを感じる。
 その少しだけが、超人であるライダーが人へのダメージを最小限にしたそれが、紫雲には彼の深い優しさに思えた……。








 宮古守櫻奈こと、魔法少女オーナは飛びながら怒っていた。

 本当に危ない状況だったのに、自分を呼んでくれなかったヴァレットにも。
 ヴァレットを助けようとした矢先に、いつのまにやら近くにいて自分を気絶させたリューゲにも。

 でも、本当に怒っていたのは、その二人に対してではない。
 
 大本の悪い事をしでかしている誰か……確か、ドクターGとか言っていた……と、
 ヴァレットやリューゲに気遣われている自分の弱さに、であった。

 いつだったか、ヴァレットは、自身に対して「オーナちゃんは私よりずっと強いよ」と言ってくれた。
 その時は素直に受け取れて、とても嬉しかった言葉。
 だけど、最近はどこか、なんとも言えない思いを抱くようになっていた。

(……もっと強くなりたいな)

 きっとヴァレットは本心から自分の強さを認めてくれている。
 だけどそれは、文字どおりの意味で一緒に並んで戦う強さとは違う意味ではないか……
 幾つかの事件を経て、オーナはそう思うようになり、今日の出来事でよりその考えを深めた。

 魔法の力では、確かに自分はヴァレットにも引けは取らないだろう。
 魔法についてヴァレットにアドバイスした事も幾度かあった。
 だが、根本的な身体能力、様々な状況への経験値では、自分と彼女には圧倒的に差がある。

 仮に、魔法の力で身体能力を底上げして同等になれたとしても、
 総合的な【強さ】で言えば、自分ではヴァレットに並び立てないような、オーナはそんな気がしていた。
 
「文句はヴァレットに言ってよね。まぁでも、その……悪かったわよ」

 そんなあれこれは、本人の気付かない内に微妙な形で表情に出ていた。
 そのため、それを目の当たりにした、オーナと並んで飛んでいるリューゲは気まずげに呟く。

「別にー。リューゲちゃんにもヴァレットさんにも少ししか怒ってないよー?
 まぁいきなりは卑怯じゃないかなーと思ったけど」

 少し膨れた表情は言葉と共に一転、笑顔へと変わる。
 だが、その笑顔に圧力めいた何かを感じ、リューゲは彼女には珍しい、若干しどろもどろな返答をした。

「だ、だから悪かったって。
 でもさ、アンタ相手に堂々と挑んで気絶させるって割と至難というか……いやその、ごめん」
「?? なんで謝るの?」
「なんとなくよ」
 
 話しながら飛行していた二人は、いつしか目指していた場所、その上空に到着した。 
 目的地周辺に人がいない事を確認し、二人が降り立ったのは……魔法多少少女ヴァレットこと草薙紫雲の自宅である。

 あの後……リューゲがオーナを気絶させてから少しした後。
 事態が落ち着いた事を把握したリューゲは、オーナを起こし、怒りを宥めつつ、簡単に状況を説明。
 紫雲が戻っている、事情を知っていると思しき存在のいる彼女の自宅へとやって来た、という訳である。

「っと」
「ふぅ」

 二人は地面に降り立つ直前で変身を解除、宮古守櫻奈と法杖真唯子という日常の姿へと回帰する。
 なんとはなしに顔を見合わせてから、櫻奈は玄関を少し強めにノックした。 

「はい、どちらさんで。ってえらいかわいいのが来たな。
 一人は……なんか草薙に似てるな、おい」

 即座に扉が開かれ現れたのが全く知らない男性であった事に、少し櫻奈は面食らった。
 そんな櫻奈の微妙な驚きに気付いて、フォローするように真唯子は言った。

「その声、アンタがアイツを助けた仮面ライダーカノン、相沢祐一って奴ね」
「え? そうなの?」
「そうだが……なんで声で分かったんだ?」
「状況はアイツが……草薙紫雲が、魔法で筒抜けにしててくれたからね」

 変身が解除されるような危機的状況だったにもかかわらず、紫雲は法力による通信会話を維持し続けていた。
 もし本当に自身が倒れたとしても次に繋げられるように、情報収拾をかなり優先度高めにしていたのだろう。
 鍵を奪っていた事といい、本当にまぁ感心するというか呆れ果てるというか。
 真唯子はシミジミ彼女の事を考え、なんとも言えない感情を抱いた。

「魔法……? 
 というか、そもそもお前達はどういう知り合いなんだ、草薙と」
「私達は……紫雲さんのお友達で、一緒に戦ってる、えと、仲間です」
「アタシ的にそのくくりは抵抗あるんだけどね」
「ああ、真唯子ちゃんは妹だもんね」
「いや、そういうことじゃなくて……」

 と、二人が、二人を知る周囲の人間からすればいつものじゃれ合いを交わしていた最中。
 祐一の表情が不機嫌そうに歪んだ。

「……戦ってる、仲間?
 アイツ、こんな女の子を戦わせてるのかよ……!?」

 彼の頭に過ぎっていたのは、かつて自身が戦意喪失した結果、自身の恋人たる水瀬名雪にカノンとして戦わせてしまった時。

 その時、草薙紫雲は怒り、祐一へ失望の視線をぶつけてきた。
 その事について、祐一は弁明するつもりはなく、彼が当時そうしたのも当然だと思っている。
 女の子を戦わせたくはない、という『意見』が一致していたから、納得がいった。

 その草薙紫雲が、女の子を戦わせている。

 違う世界の人間である事は、頭では理解している。
 だが、先程まで、彼もまた【草薙紫雲】なのだ、と確信し、
 悪い気はしていなかったからこそ……憤りの感情がふつふつと湧き上がって来たのだ。

「ったく、一言言わずにはいられないな……!
 悪い、お前達の話は後で聞くからちょっと待っててな」
「え? あの……?」

 迸る感情のままに、祐一は踵を返し、紫雲の元へと歩く。
 少し前に目を覚ましていた紫雲は風呂に入っているはずだった。 

 簡単な自己紹介の後、他ならぬ祐一自身が、
 紫雲の顔の汚れ、彼が沈んでいた様子と合わさった結果、落ち着いてもらう為に勧めた事だったのだが……。

(年下で、妙にしおらしい表情してたからって野郎に甘くすべきじゃなかったな……)

 自身の判断を、感情を撤回し、祐一は紫雲が歩いていった先へとズカズカと歩を進めていく。
 場所が分からないんじゃないかと僅かな不安を抱いたが、結果としてそれは杞憂であった。
 なんとなく進んだ先に脱衣所はあり、紫雲が先程まで着ていた制服が置かれている。

 そして、その奥には紛れもない浴室があり、曇りガラスの向こうでは誰か、いや紫雲がシャワーを浴びているようだった。
 
(野郎のシャワーシーンに突撃するのは嫌なもんだけどな……!)

 そうも言っていられない憤りに任せて、祐一は浴室の扉を勢い任せ、力任せにガラッと開けた。

「草薙、てめぇっ、女の子、を……」

 扉を開けた勢いを言葉に乗せようとしていた祐一は、急速にその勢いを失っていった。

 自分が文句を付けたかった草薙紫雲は『野郎』のはずであった。
 しかし、そこにいる存在の身体は……考えていたような体付きではなかった。 

 なんというか、丸みを帯びていて、細くて、水滴を纏う肌は白く、きめ細かくて。
 ウエストは細く、ヒップは桃のようで。
 そして、胸部には、見るからに柔らかそうな、たわわな双丘があり。

 総合して平たく言うと。 

「女の子、女の子……だった、んだな、こっちの、草薙は……あはは、しかも、その、ナイスバディな……」
「……」

 紫雲はというと、全く予想外の状況に呆然と目を見開いていた。
 というのも、この状況は二重三重に普段の彼女ではありえないものであったからだ。

 心身をかなり消耗させている。
 今後の事について思考を巡らせていた。
 結果、彼女は普段であれば怠らない気配察知も遅れてしまい、直前の制止の声も上げられず、この状況を招いてしまった。
 
 そういった事から呆然としていた紫雲であったが、
 ほぼ初対面の男性に一糸纏わぬ姿を目の当たりにされている事実を数秒かけて認識。
 羞恥心やら何やらが一瞬で最高潮に高まった結果、慌ててしゃがみ込み、その身体を丸めて背中を向けた。

「ひ、ゃぁぁっ?! み、見ないでっ、見ないでくださいっ……!」
「わ、悪い! でも、その俺、お前に言いたい事がって、あれ、お前も女の子だったら……ぐえっ!?」

 謝罪もそこそこに身体の向きを反転させた瞬間、祐一はその首をガッシと掴まれた。

「女の子だったら……犯罪に決まっているだろう? 覗き魔君」

 そこに立っていた腕の主は、祐一の知っている人間……正確に言えば知っている人間そのままの人物であった。

 草薙命。草薙紫雲の姉。
 彼女がこの世界でどういった存在なのかは分からないが……これだけは言える。

 明らかに、怒っている。
 更に言えば、後ろに控えている先程出会った少女二人も怒っている。
 彼女達からは何か、怒りのオーラのようなものが立ち上っているように見えた。
 それが幻覚なのかなんなのか、今の精神的に追い詰められ、冷静さを欠いた祐一には判別できなかった。

「とりあえず……警察に行くか?」
「行きましょう」
「行くべきね」
「ちょっ!? 待って!! お願いっ!! 話を聞いてくれぇぇぇっ!!」

 弁明のしようのない状況において、祐一はあらん限りに懇願する他に術はなかった……。








「と、そんな流れがわたくしめの中でありまして。
 あのような愚行に至った次第でございます」

 すったもんだがあった約10分後。
 草薙家の居間で、祐一は土下座していた。

 そもそも、祐一はこちらの世界に送られて少ししか経っておらず、
 紫雲がヴァレットとして戦っていて姿も見ておらず、状況を把握出来ていなかったのだ。

 そういった事情を含めて説明後。

「まぁ事情は理解した」

 他ならぬ紫雲当人が許した為、なんとか祐一の警察行きは免れた。

「他ならぬ愚妹当人が許したのなら、致し方がない。
 私的には市中引き回しの刑に処したいところだが」
「しちゅーひきまわし、がどういうのかは分からないけど、多分私も同じ気持ちかな」
「……まぁ、もういいじゃないの。面倒だし。
 覗き魔の相沢さんも反省しているようだしね」
「ぐぐぐ……で、でもなぁ……いや、その、なんだ。
 勿論不可抗力とは言え、いいもの、ゲフンゲフン、裸を見たのは悪かったよ。すまなかった」
「いえ、その、ワザとではないんですし……気になさらず。頭も上げてください」
「そう言ってくれると助かる……。
 ただ、なんだ。
 お前も女の子だっていっても……こんな小さな子を戦わせてる事については納得いってないぞ」
「……それは、ごもっともだと思います」

 指摘すると、紫雲は目を伏せて、唇を噛み締めた。
 責任を追及するとしっかりと受け止めるその表情は……やはり祐一の知る草薙紫雲そのままであった。
 だからこそ、分からなかった。
 そんな草薙紫雲がどうして、子供を戦わせるような真似をしているのか。
 
「じゃあどうして……」
「相沢のお兄さん」

 なおも問いかけようとした矢先、その子供当人……櫻奈が声を上げる。

「紫雲さんを責めるのはもうやめてください」
「え?」
「紫雲さんは、ちゃんと私に危ないからやめるべきだって言ってくれてました。
 何度も何度も、ちゃんと説明してくれました」

 櫻奈は、出会って幾度か、紫雲が自身に語りかけていた事を思い出していた。
 魔法少女……誰かの為に何かと戦う事の危険性。
 誰かを守る為に戦う事は、誰かを傷つける事に等しいのだという事。
 そういったことを、櫻奈に分かる言葉を選んで、丁寧に説明してくれた。

「私は、その上で魔法少女を続けてるんです……!
 ちゃんと事情を知らない人にどーこー言われる筋合いはあーりーまーせーんー!」

 その時の、今と同じ苦しそうな悲しそうな表情を思い出して、櫻奈は思わず声を張り上げていた。

「櫻奈って、言ったっけ? でもおま……」
「それに、お風呂覗くような人に言われたくあーりーまーせーんー!」
「うぐっ!? いや、そりゃあ悪かったけど、それこそ知らなかった事だし」

 触れられたくない事を突かれて思わず言葉が淀んだタイミングで、真唯子が更に追撃する。

「つまり、アンタが言った事って、それだけ理不尽めいてるって事でしょ」
「ぐ……」
「私達には私達なりに積み重ねた事があって、今こうしているの。
 それについてどうこう言うなら、まずその背景を理解してからにしてもらいたいわね。
 アンタだって仮面ライダーとして戦ってきたってんなら、色々あったんじゃないの?
 それとも、アンタはそういうあれこれを想像できないほどに能天気に戦ってきたっての?」
「……ぐ。そう言われると、返す言葉がないな……」

 実際、祐一がカノンとして戦うようになって色々な事があった。
 戦う資格、についても何度形を変えて問われてきた。
 その上で、相沢祐一は仮面ライダーとして戦っている。

 それは、彼女達も同じなのだろう、。
 いや女の子だからこそ尚の事、なのかもしれない。  
 その上で、紫雲が……おそらく100%納得したわけではないにせよ、共に戦っているという事の意味。

「ふふ、言うべき事は大体言われてしまったな。
 年下の少女に論破された気持ちはどうかな?」
「……なんとも情けないです。だけど、正論ですからね。
 草薙」

 そういった諸々を、少女達に伝えられた事でようやっと冷静に把握した祐一は、名前を呼んで向き直る。
 そこにいる、自分がよく知る人物と似て非なる少女は、覚悟を決めた時の彼と同じ表情をしていた。
 処刑先刻を受け入れるかのような真剣な、若干大仰なそれに、心の何処かでだけ苦笑して祐一は言った。

「さっきの発言は、取り消しはしない。
 この子達と一緒に戦ってる事はずっとお前だって正しいかどうか悩んでる事なんだろう? 悩み続けてる事なんだろう?」
「相沢さん……はい」
「ただ、一方的なものの見方だったのは謝る。
 少なくとも、この子達はお前が一緒に戦えるくらいに強いんだろうからな」

 あの、魔術師だと名乗っていた謎の女性の言葉が頭を過ぎる。
 語っていたのは紫雲のことに違いなく、
 彼女と共に戦うという事は、彼女達の力を借りるべきだという事。

 全く知らない存在を信じられはしない。
 だけども、草薙紫雲という存在の、共通した生真面目さは信じられる、そう思った。

 だからこそ、彼女が信じている彼女達も信じるべきだと今は思えた。

「はい、二人とも私よりずっと強いです」

 そして、そう言い切る彼女の目に嘘は感じられなかった。
 だからもう、彼女達を疑う事はやめようと、祐一は決意した。
 ただでさえ、ここは見知らぬ土地、見知らぬ世界なのだ。
 誰を信じるべきかもままならない状況では、まともに戦えもしないだろうから。

「そっか。なら、力を貸してもらわないとな。
 ……二人とも、色々言って悪かったな。
 これでも男なんでね。女の子には気を遣わずにはいられないんだ。
 勘弁してくれると助かる」

 そう言って祐一は、櫻奈、真唯子に頭を下げ、そうしてから言葉を続けた。

「その上で、俺に力を貸してくれないか?
 俺だけじゃ、アイツを止められない。
 俺達全員で、この世界に平和を取り戻す為に、よろしく頼む」

 そうすると、複雑な表情をしていた櫻奈は、うん、と一つ頷くと、表情を笑顔へとカラッと変化させた。

「うん、ちゃんと謝ってくれたから、いいですよー!」
「個人的にそういうノリは……まぁいいわ。
 アレを放っておいたら面倒な事になりそうだしね」
「うんうん、それでいいよー。じゃあ、はい」

 言いながら櫻奈は祐一へと手を差し出した。
 それが握手だと理解した祐一は躊躇いなく自身も手を差し出し、その小さな手を握り返す。

「ほら、真唯子ちゃんも、紫雲さんも、命さんも」
「えー……」
「まぁまぁいいじゃないか」
「うん」

 そうして交わされた握手の上に、それぞれの手が重ねられる。
 それと、重ねた面々の顔を満足げに見回した後、櫻奈は号令を掛けた。

「じゃあ、皆の為に、一緒にたたかいましょー! おー!」
「……お、おう」
「お、おー!」
「はいはい」
「おー」
「へへへー」
「……成程な」

 握手、というか円陣というか、そういったものを解散させた後、祐一は苦笑した。

「お前が強いって言ったの、分かた気がしたよ」
「ええ。私は全然敵いません」
「……そう思うんだったら一人で抱え込まないで、もっと信頼すべきなんじゃないの? 
 アタシはともかく、こっちはさ」
「……えー? 真唯子ちゃんの事も信頼した方がいいと思う。
 でも、紫雲さんが一人で抱えようとしすぎなのは間違いないかなー」
「全くだ。全く愚妹はいつまでたっても愚妹だから困る」
「うぐぐ」
「それな。
 俺の世界の草薙も、そういう奴だから困る」
「……そう言えば、さっきからそんな事言ってたけどどーゆーこと、なんですか?
 実はよく分からなくて」
「ふむ。
 しっかり理解出来るように双方の情報を交換すべきだね」
「そうね」

 唐突に響いた……片方は、祐一的に何処かで聞いた事のあるような……声に振り返ると、そこには二匹の猫がいつの間にか鎮座していた。
 紫雲と櫻奈の相棒たる、異世界良識概念結晶体たるクラウドとフォッグだが、そんな事情を知らない祐一は大いに目を丸くした。

「喋る猫……?! ど、どういう事なんだ……!?」
「そういう事も含めての情報交換だよ、相沢祐一君」

 クラウドの、肩を竦めるようなその動作と聞き覚えのある声に、なんとなくイラッとした祐一であった。










「……なるほど、厄介な事になっているようだ」

 改めて相互の情報を交換した後、命が呟いた。
 その表情は苦虫を噛み潰したような、渋いものだった。

「しかしG・シューラーか。懐かしい名前を聞いたな」
「命さん……って、あっちでも呼んでたからこっちでもそう呼んでいいか?」
「ふむ。構わないが」
「じゃあ改めて命さん、アイツを知ってるのか?」
「直接の面識はないし、この世界での同一人物かは分からない。
 ただ、私達の両親がその名の人物と戦い、最終的に自ら命を絶ったのは聞いている」
「え、そうなの? 姉さん」
「ああ。話す機会がなかったから話してなかったがな。
 ……こちらでも、愚昧が聞いた事と似たような主張をしていたらしい」
「唯一無二、全ての頂点、最強ってか」
「ああ。母曰く、存在証明に傾倒し過ぎた可哀想な人物だった、そうだ。
 正直素直に同意はしかねるがね」
「どうして?」
「先程相沢君が語っていた、かの人物の所業……それはこちらでも行われていたからだ」

 G・シューラー。
 彼は自身の目的を叶える為に手段を選ばず研究を繰り返していた。

 生物としての人の枠を超越する為に、
 様々な生物や人間の身体を、命を解体し、改造し、継ぎ足して、複製し……
 そういった事を数え切れない程に積み重ねていた。

 本人は決して無理強いはしていないと語り、
 人間に対してはきちんと契約条件を提示し、その上で納得してもらって実験を行っていたという。
 だが、中には契約解除を申し出たが、既に報酬は支払ったとして、実験を続行した事もあったという。

 そうして実験を繰り返す彼と、利益ゆえか、倫理観ゆえか敵対したものは少なくなかった。
 だが、そういった者達において、命を落としたものは少なかったという。
 しかし、それはただ運が良かっただけ、というか敵対者の生死に興味がなかったに過ぎなかった、らしい。

 それらが事実なのかどうかは本人しか分からない。

 いや、仮に事実だとしても彼が数多の命を使い潰し続けた上で研究を続け、
 己の邪魔をする者に対して容赦はしても、遠慮はしなかった事に変わりはない。  

「様々な薬剤や手術、技術のために試行錯誤が行われているのは、医者である私でなくても皆承知だろう。
 だが、彼のそれは……明らかにそういったものではなかった。
 個人の欲望が、他者の利益に繋がる事はあるだろう。
 事実結果的に裏の世界で還元された技術もあるが……果たして、その実現の為に失われた命に……いや、やめておこう」

 見合うものだったのかどうか、そう言おうとした事を紫雲は察した。
 だがその考え方は成果があれば何か犠牲にしていいのかという事に繋がりそうで、
 他者の命を誰より大切にしている優しい姉は口には出来なかった、したくなかったのだ。
 
 二人はどう思ったのか……気になって、紫雲は櫻奈と真唯子の表情を伺う。
 真唯子は詰まらなげに、ただ何処か不機嫌そうな顔を、
 櫻奈は理解が追いつかないのか、怪訝な……
 だが紫雲達の表情でどういった内容なのかは凡そ察していたようで、悲しげな色を含ませた表情をしていた。

「少なくとも、彼の行動を看過出来なかった点では、私達の両親も同じだった。
 そちらでも、そうだったのだろう?」
「ああ、今この世界に来ているアイツも、そういう奴だった。
 最初はショッカーって秘密結社、そこから色々な組織を渡り歩いて、
 最終的にレクイエムという人間を研究する組織に行き着いて……
 そこで、最後のピースを埋めたと本人は語ってた」
「最後のピース?」
「推測になるが、多分パーゼストやライダーに関する技術だと思う。
 アイツが大っぴらに組織に反旗を翻したのはそれらのデータ収集を終えた頃だったらしいからな」

 レクイエムに所属する擬似ライダー、氷上シュンによるとそういう事らしい。
 もっとも、それ以前からレクイエムの施設の乗っ取りなどは進めていたようだが。 

「で、自分のクローンやら何やらを諸々制作してほぼ準備万端、アイツは行動を開始した」
「あの人は……それをたった一人で行ったんですか?」
「んー……協力者はいたけど、
 全部理解して行動を共にするって意味では他の誰かはいなかったんだろうな。
 少なくとも、そんな人間を俺は見かけなかったし、聞いてない。
 それがどうかしたのか?」
「……いえ。なんとなく気に掛かったものですから。
 すみません、話を脱線させてしまいました。
 それで……行動を開始した彼は、先程お話いただいたように相沢さん達の手でそれを阻止された、んですよね」
「ああ。
 正確に言えば、俺達や俺達と協力関係にある組織や人達、所属していたレクイエムの手でだけどな」
「しかし、腑に落ちないな」
「ああ、命の疑問は僕と同じものだろう。
 そこまで周到に準備していた割に……結末があっけなさ過ぎる」
「……それは、そうだな」

 指摘されてみれば、そのとおりだと祐一は思った。 

「けど、こっちに来る事まで目論んでたって事は流石にないんじゃない?
 筒抜けだった会話の感じだと、その点は完全に想定外っぽかったし」
「うん、私もそれはそうだと思う。
 ……これは私の勝手な推測なんだけど。
 彼は……その、仮面ライダーKEYの力を狙ってたんじゃないかな」
「KEYの力を?
 まぁ、確かに最強の力として執着していた節はあったな。
 でも、そうなるとアイツはこの世界で既にそれを得ている事になる」

 紫雲が奪う前、彼のベルトには既に三つの鍵が揃っていた。
 恐らくKEYになるためのプログラムも既に準備済みだろう。

「わざわざ出てきて見せびらかす必要があるかって言うとないんだろうが……
 アイツは見せびらかしそうだ」
「でも、仮にそうだとしても何か他に狙いがあるんじゃないでしょうか?」

 彼は最上の目的を持っていたが、その経過、副産物として様々な行動を起こしている。
 自分を花嫁にする、というのもついでに過ぎないのだろうが、
 それにしても最上の目的への過程でしかなく、
 様々な計画の同時実行する彼なら、
 見せびらかす事にも何かしら意味があるような、紫雲にはそんな気がしてならなかった。

「……そうだな、俺もそんな気はしてる。
 だが、正直どういう意図なのかは全く読めないし、分からない」
「となると、今はいくら考えてもたらればに過ぎない、か」
「えっと、つまり、私達はどーしたらいいのかな?」

 僅かに沈黙状態となったそんな状況を破ったのは櫻奈の素朴な疑問であった。
 真唯子を除く皆は、手を小さく上げた彼女の姿に表情を緩ませた。 

「ま、アイツが出てきたらぶん殴りにいく。それでいいんじゃない?
 マスターも色々調べてくれてるみたいだから、もしかしたらアジトも分かるかもしれないし。
 例の名残とやらはそこの仮面ライダーさんがいてくれたらなんとかなるみたいだし」
「……改めてだが、こっちのゴタゴタに巻き込んで悪いな皆」
「まったくよ」
「いやいや真唯子ちゃん、相沢さんは悪くないじゃない。
 悪いのは、ゴタゴタを生み出している方だよ」
「だよねー」
「そう言ってくれると助かる。……しかし、なんか不思議だな」
「何がです?」
「いや、俺の世界の草薙は事あるごとに俺に突っ掛かってきやがるもんだから。
 むしろフォローまでしてくれる事が、なんともな。
 こっちの草薙は素直というか柔らかいというか……女の子だからかね?
 というか……」
「?」
「草薙が魔法少女、とはねぇ。改めてとんでもない世界に来たもんだ。ははは」
「……むぅ。なんとなくからかわれてる気がします」
「いや、なんとなくじゃないでしょ。好きな子からかう小学生か」
「誰が小学生だっ!?」
「うーん。
 それって紫雲さんの魔法少女の姿見てないからじゃないかなー
 ヴァレットさんになった紫雲さん、凄く可愛くて綺麗でかっこいいんですよー?」
「いやいやいや、そんな褒められるような姿じゃないよ……
 オーナちゃんやリューゲちゃんの方が圧倒的に可愛くて素敵だし……。
 その、えと、普通、ですから、はい」
 
 褒められて照れていたが、祐一の視線に気付いてさらに顔を赤らめ、しどろもどろになる紫雲であった。
 そうして、恥ずかしさから縮こまる紫雲に意地悪げな笑みを向けて、祐一は言った。

「ほほぉ。なら、折角だから変身してみてくれよ。
 普通かどうか確かめるからさ」
「えー……? それよりもう少し今後の事を……」
「気になって今後の事を話せないかもしれないじゃないか」
「……灰路君と似たような事を言うなぁ……はぁ」

 事情があって今は『ここ』にいない幼馴染の顔が思い浮かぶ。
 だからこそ、そう簡単に引き下がりそうにない確信めいた感覚を紫雲は抱いていた。
 なので、諦めて変身する為に立ち上がる。

「分かりました、その、少しだけ。
 ……マジカルチェンジ……」

 そうして呟きながら、法力を漲らせようとした瞬間。

「く、ぅっ……?!」

 痛み、というほどではないが、静電気のような、ピリッとした感覚が紫雲の全身を巡った。
 そのいつもとは違う様子に、櫻奈が慌てて問い掛ける。

「ど、どうしたの?!」

 その問いに、紫雲は顔を青ざめて、言った。

「……ヴァレットに、変身、出来ない……! クラウド……?!」
「ふむ。少し看てみようか」
 
 紫雲の概念種子を覚醒させたクラウドは、ライとは別の形で、彼女と少なからず繋がっている。
 なので、彼女の概念種子の様子を看る事も可能であり、調子が悪い時など、必要な時は遠隔からサポートも出来るのだ。
 その能力を持って紫雲の概念種子【正義】の状況を観察すべく、クラウドは片目を瞑った。
 
「概念種子に異常はない……いやむしろ、いつもより活発に活動している」
「じゃあ、どうして……?」
「おそらく、あの名残とやらでパーゼストにさせられかけた影響だろうね。
 生命体としての根本的な部分への一時的なショックで、種子が正常動作出来ないのか、あるいは……」
「あるいは?」
「パーゼストプログラムに適応しようとしているのか……いや、今はなんとも言えないことだから忘れてくれ。
 いずれにせよ、あくまで一時的なものだろう。
 半日位で回復するはずだ」
「……半日……こんな時に、変身出来ないなんて」

 紫雲は心底苦しげに唇を噛み締めた。
 それは見ている方が苦しくなりそうな悲壮感を漂わせたものだった。

「いやむしろ、状況を把握できただけ幸いだ」
「そうね。もしそれを知らないままに敵と戦う事になったら大変な事になってたかもしれない」

 そんな紫雲の心境を少なからず軽くする為に、クラウドとフォッグが口々に呟く。
 だが、紫雲の表情は大きくは変わらなかった。紫雲自身変えられなかった。

「そうだけど、そうだけど……」
「いい気味ね」

 言い淀む紫雲に、冷ややかな声を浴びせたのは真唯子だった。

「人の気持ちを蔑ろにしたバチが当たったのよ。
 回復するまで、今度はアンタが我慢する番ってわけ」
「……っ」

 言葉こそ冷ややかだったが、そこに込められた熱をその場の皆が感じていた。
 紫雲は、この場にいる全員に心配を掛けてしまった分を代弁しているように思えた。
 きっとそうなのだろうと思った。

「そう言えば、ぶん殴ってやる、って話だったけど……それは別の機会にしてあげる。
 そうして明確な罰を与えられない方がアンタ的に辛い筈だしね。
 いい? ちゃんと回復するまで引っ込んでるのよ?」
「……うん。出来る限り、そうするよ」
「……ったく。
 アタシはそろそろ帰るわ。これ以上いるとマジで喧嘩しそうだし」

 呆れ果てたとばかりに立ち上がる真唯子に、紫雲は何も言えなかった。
 今の自分が何を言っても、彼女を苛立たせる言葉しか呟けない事をなんとなく察していたからだ。
 そうして顔を俯かせる紫雲を一瞥してから、立ち上がり、歩き出し……その中途で真唯子は踵を返した。

「……と、そうだった。相沢さん。
 アンタのベルト、見せてくれない?」
「へ? そりゃ構わないが……」

 応えつつ、祐一は側に置いていたベルト一式を真唯子に手渡した。

「ん。ありがと」

 それを受け取った真唯子は、持ち上げたり裏返したり装着したりしていく。

「おいおい、何してんだよ」
「観察してるのよ……ん。OK。返すわ」
 
 一通りベルトを触り終えた真唯子は丁寧にベルトを抱えて祐一へと返した。
 一体何をしていたのか、何の意図があったのか祐一には理解出来なかった。

「何がしたかったんだよ、お前」
「観察した、その言葉どおりよ。
 じゃあ、帰るわ。何かあったらちゃんと現場に行ってあげる。
 再三言うけど、アンタは邪魔になるから変身できるようになるまで引っ込んでなさいよ?
 って、また櫻奈はニコニコしてるし」
「やっぱり真唯子ちゃんは優しいなぁって思ったんだもん」
「迷惑掛けられるのが嫌いなだけよ。
 あの科学者にも、そいつにもね。
 あ、見送りは結構」

 そう言い残すと、真唯子はヒラヒラと手を振って今度こそ居間を後にしていった。

「なんとも捻くれた奴だな」
「表向き、そうなだけですから。
 優しくて頼りになる子ですよ、真唯子ちゃんは」

 法杖真唯子。魔法少女リューゲ。自身の一部が複製された……妹のような存在。
 彼女は、自分が持っていない、素晴らしいものを幾つも持っている。
 今日の怒り方を見て、紫雲はやはり彼女もまた櫻奈と同様に、自分よりずっとしっかりしている事実を噛み締めた。
 ……そうして、年上としてもっとしっかりしなければと反省する。

 そんな紫雲の深い心情までは知る由もない祐一は、ふむ、と頷くような言葉を零した。

「……まぁ捻くれ方が素直ではあるな。
 俺の家族とかにはもっと難儀な捻くれ方してた奴もいたからソイツよりはマシだし」
「……どんな捻くれ方です?」
「んー。夜中に悪戯を仕掛けてくるような感じ。花火とか炸裂させたり」
「それはすごいねー」
「まぁ今となっちゃいい思い出だけどな。
 ……と、さて、とりあえず情報交換が終わったなら俺はどうしたもんか」
「それでしたら、ここに泊まっていってください。
 いいよね、姉さん」
「また風呂を覗かれるんじゃないか?」
「覗きませんっ!」
「冗談だよ。そうムキにならないでくれ」

 クスリ、と笑う命はやはり祐一の知る命そのままであり、少なくとも自分が知る二人に大きな違いはないように思えた。
 一応別人である以上、そう考えるのはある意味失礼なのかもしれないが……
 だとしてもやはり、祐一的にはありがたく、嬉しい事であった。
 
「じゃあ、私も一応帰るね。
 いざって時はすぐに駆けつけるけど」
「……うん、ありがとう。じゃあ、家まで送るよ」
「えーいいよー、わざわざ送らなくても」
「わざわざじゃないよ。ついでだから」
「ついで? こんな時に用事でもあるのか?」
「日課の鍛錬です。毎日やってる事だから、しないと落ち着かなくて。
 相沢さんは夕飯までゆっくり……」

 していてください、と紫雲が口に仕掛けた瞬間、祐一が軽く手を上げつつ、その言葉を遮った。

「いや、ちょい待ち。その鍛錬、俺も付き合っていいか?」
「え?」
「俺も毎日身体を鍛えてるんでね。
 しないと落ち着かないってのは分かるつもりだ。
 んで、折角だから草薙式の鍛錬を体験したくなった、つー事でご一緒していいか?」

 そんな祐一の提案を紫雲は暫し考え込んだ後、受け入れる事にした。
 そこには様々な思いの他、自分には珍しい好奇心も含まれている事を紫雲は理解していた。










「……なるほど、あそこに間違いないようだな」

 空きアパートの屋上でそう呟くのは、紅の狂魔術師ことマッドマジシャン・シャッフェン。
 夜の闇に紛れるなどという、目立ちたがりの彼にあるまじき事をしているのは、今が緊急事態だからに他ならない。

 彼は、リューゲからの情報で今の状況が決して面白くないものである事を把握していた。
 だからこそ、道化たる自分のアレコレを曲げてでも密やかな調査に専念していた。
 ……もっとも、彼の格好そのものはいつもどおりの目立つものであったが。

「リストアップした怪しげな物件の内、極端に人の出入りが少ない廃工場……」

 現在の平赤羽市には怪しい個人、組織が様々に活動しまくっている。
 その中で動いている人間の数が特に少ないものを重点的に調べた結果、シャッフェンはここに行き着いた。
 異様な高値で買い取られた、平赤羽市の外れにある廃工場に。

 人の出入りの数に注目したのは、
 リューゲから聞き、シャッフェン自身も調べた、
 G・シューラーという存在の分析に基づいたものだった。
 すなわち、彼は人を雇う事はしても、徒党は組めない類の人間だろう、というもの。

 それは推測と勘の入り混じった判断だったが、決して間違ってはいなかった事をシャッフェンは確信した。

 彼が覗いている、
 機能には全く関係のない装飾が施された双眼鏡には、透過能力が備わっており、
 それにより覗いた廃工場には様々な実験器具や計測機器などなど、諸々があった。
 
 錬金術師であり、魔術師であり、研究者であるシャッフェンだからこそ、
 それらが、平赤羽市の平和を乱し、ヴァレットを襲った存在が使用した技術の研究の跡だと理解出来た。

 更に言えば、かつて生きていた、
 この世界のG・シューラーの研究成果がここへと運び込まれた形跡がある事も、
 つい先程リューゲとは別口から報告された。

 そして今現在進行形で発見した、ガラス状のケース内に仕舞われたベルト一式。

 それにより確信は確定事項へと変化し、シャッフェンは口元を緩めていた。

「本人は……いないか。
 いや、むしろ最初からいないのかもしれん。 
 実体の為のデータは最初の一体で十分という事だろうな。
 ふむふむ、これら情報をヴァレットに伝えれば、彼女からの好感度はうなぎのぼり間違いなし……」
「ふふふ、是非そうしたまえ」

 あまりにも唐突に背中から声が響き、シャッフェンは反射的に飛び退き、その場から距離を取った。
 先程まで自分が立っていたその場所には、一人の男が月を背に立っていた。

「はじめまして、この町の別の形での守護者、シャッフェン。
 私の事は……自己紹介は必要ないだろう」
「ああ、ないな、G・シューラー」
「無駄が省けて結構。
 それで、そうそう、ヴァレットへの情報伝達だったね。
 先程も言ったが、是非にそうしたまえ。
 私としても、彼女自ら来てもらえる方が情熱を感じられて悪くない。
 私はここで待っている、そう伝えたまえ。
 もっとも、彼女は私が貰う予定だから、折角上がった君への好感度も無駄になるがね」
「それはどうかな。
 お前はヴァレットを甘く見すぎている。
 彼女はお前如きの花嫁に納まる器じゃあない。
 なんせ、俺の恋人(予定)なのだからな」

 偉そうにふんぞり返りながら、シャッフェンは断言する。

「あとついでに、彼女達、魔法少女の事も甘く見すぎていると忠告しておこう」
「ふむ、面白い意見だ。参考にしておこう」
「では、時間は無駄にできないのでな、帰らせてもらう、さらばだっ!」

 そう叫ぶとシャッフェンは懐からボール状のものを取り出し、地面へと叩きつけた。
 漫画等のフィクションでよく見かける煙幕発生の火薬玉だったのだが。

「ゲホッゴホッ!? いかん、煙が強過ぎ、ごほっげほぉぅっ!?」」

 むせた事による大声での咳は、折角の煙幕を台無しにして余りあるものだった。
 ゆえに、目に見えて分かる逃走であったが……G・シューラーはあえて見逃した。
 元より追う気などなかったが、それを更にそうさせる見事な道化振りに感心していた。

「いやはや、面白い男だ。
 出来れば友人になりたいものだが……難しいかな」

 月に向かってなんとなく口にした言葉は、彼自身なんとも寂しげな声音に思えた。



 






 ……続く。





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