○中編
何処かの世界の地球、その何処かにある島国の片隅にある街。
そこは、その世界において有数な、いやいまや最もカオスな街だと称されている。
平赤羽市。
その名がつけられた、その街は、どんな事でも起こり得る街と認識されるようになって来た。
発端は約十年前。
色取り取りに光を放つ、不思議な雪が降ってから、その街には様々な事が起こるようになっていた。
幽霊くらいはご挨拶。
想像上でしか存在しないと思われていた生物の目撃や、都市伝説の具現、
さらには街の位置的に起こりえない、オーロラや白夜など、様々な異常気象が起こるようになっていた。
そして、その不思議さに拍車を掛けるように、
それまでには存在しなかった、魔術とも超能力とも違う、異なる法則の能力を持つ存在が次々に現れ始めていた。
それが平赤羽市。
そして、そんなカオスを極める街において、街の人々を守る『ヒーロー&ヒロインズ』がいた。
不思議な力を手にしながらも、己が欲望を満たす為だけでなく、他の誰かの為に力を振るう存在達。
そんな中に、その中核に【彼女達】はいた。
人々は、誰かの為に戦う可憐な少女である彼女達を【魔法少女】と呼んでいた。
「エアパレット、カラーヴァイオレットッ!」
平赤羽市の空に、彼女は立っていた。
正確に言えば、光の穂先を持つ魔法の箒ならぬ魔法の絵筆の上に。
紫色の装束を纏う、魔法の使い手……魔法『多少』少女、ヴァレット。
創作の魔法少女に人々が抱くイメージよりも僅かに年齢が上である事から、平赤羽市の十人の提案で名付けられた異名、称号。
そんな称号だが、彼女は、ヴァレット本人は気に入っていた。
街の人から贈られたものである事、普通の魔法少女とは違うであろう自分のあり方に相応しい形、それゆえにだ。
その名を呼ぶ人々が、今現在周囲にはいなくとも、それは変わらない。
その名を与えられた事にふさわしい存在であるように、為すべき事を為していきたい事にも。
常に心の何処かで意識しているその意気込みと共に、彼女は叫び、魔法を解き放つ。
魔法。
それは、この世界の歴史で成り立ってきた異能技術とは根本的に異なるもの。
魔術でも、陰陽術でも、超能力でもない、全く異なる魔の法則。
ヴァレットが今解き放とうとしているのは、彼女自身の魔法の力、法力を強化した形。
彼女の上空には、直径1メートルほどの、空間に形成された紫色に輝く球体があり、彼女はそれを支えるように片手を掲げていた。
「キャプチャードワイヤー!」
彼女が続いて叫んだ直後、球体から飛び出すのは無数の光の縄。
それらはそれそのものが意思を持つかのように、対象へと伸びていき、その動きを封じていく。
対象、すなわち、街の平和を乱す者達へと。
「うわ、ちょっ!?」
「ヤバいヤバい!?」
「速ぁぁぁっ!?」
それぞれ離れた場所にいた三人の男達、
そして彼らが操っていた、コンクリートで身体を構成された怪人……所謂ゴーレム数十体。
ヴァレットが放った捕縛用の魔法はその場の全員を完全に捕獲してのけた。
「アンド、ブラックアウトッ!!」
それを確認した後ヴァレットが送った命令は、力となって光の縄の先へと伝播。
結果、ゴーレムは破壊されていき、それを操っていた男達は短い悲鳴と共に意識を失った。
「……ふぅ」
決着が付いた後も、周囲への警戒を怠らず、
どうやら援軍その他はないようだと判断したヴァレットは小さく息を吐きつつ、
絵筆……ライブラッシャーことライに空中待機を頼んでから地面に降り立った。
そこは、平赤羽市の中心から少し離れた場所にある自然公園。
事が始まって戦いながら人払いは済ませてあるので、自身と捕まえた三人以外には人はいない。
現在進行形でそうである事を気配で察知、確認しつつ、ヴァレットは『仲間達』に呼び掛けた。
『こっちはなんとかなったけど、オーナちゃん、リューゲちゃん、大丈夫?』
法力による声で、この場にいない二人の少女……魔法少女に声を掛ける。
すると、即座に返事が同様の声でヴァレットの『中』へと伝わってきた。
『こっちは大丈夫だよー』
『あー、もう、鬱陶しいわねっ! ……終わったわ。問題無し』
『……よかった』
魔法少女オーナ……【先輩】である、魔法に関しては自身より卓越した才能を持つ少女。
魔法少女リューゲ・ヴィオレット……偶然誕生した、自身の複製体たる複製能力の使い手たる少女。
二人が無事である事に安堵の息を漏らすヴァレット。
彼女達は、自分をずっと上回る才能と力を持ってはいるが、年下の、妹のような……妹のように思っている存在だ。
彼女達が【傷】を追うような状況にはなってほしくない。
勿論、彼女達は自らが傷を負うような状況を承知で魔法少女として活動している。
なので、自分のこうした考えは余計なお世話、お節介なのだろうが、それでも心配しないではいられないのだ。
そうした心配をとりあえず心の隅に格納して、ヴァレットは問うべき事を問うために魔法の声を続けた。
『そっちも、ここ最近と変わらずだった?』
『うん、石のお人形さんと、それを操ってる誰かだったよ』
『こっちも同じ。まぁ前に話したとおり、アタシの方は妙に数が多かったんだけど』
『うーん、ホント、ここしばらくおかしいし、騒がしいよねー
リューゲちゃんが手伝ってくれてるくらいだもんね』
普段は、何かしらの事件が起こっても「アタシが動かんでも大丈夫でしょ」と傍観を決め込むリューゲが自ら動くほど、最近は騒がしい。
街の『騒ぎ』がより加速度的に活性化してきたのは少し前からだが、その勢いがここ数週間更に凄まじかったのだ。
何処で資金を、素材を、ツテを得たのか、
魔術で操るゴーレムやら、
たくさんの人間……ありていに言ってしまえば不逞の輩、チンピラである……やらを率いて、
自身の利益を得るべく、欲望を満たすべく、
平赤羽市の至る所で、様々な存在……こちらもやはり不逞の輩でありチンピラである……が暴れまわっていた。
中には概念種子……ヴァレット達が振るう魔法と同質の、異能の使い手もおり、
一筋縄ではいかない事件・騒動であるがゆえに、警察などの手には追えず、
魔法少女やその他の異能者達が動く事でようやく解決、どうにか平赤羽市全体的には【日常】が続いている、そんな状況であった。
これがただ散発的に起こっているのなら、不思議な出来事ばかりの平赤羽市でも、それほどに不思議ではなかったのかもしれない。
だが、この一連の騒動は、ほぼ同時刻に発生していた。
同種の事件が狙いすましたかのように同時多発的に起こり、
それゆえに、彼女達はそれぞれ動き、単独で事態に対応せざるを得なかったのだ。
今日この時のように。
『騒がしくて快眠出来やしないからやむなくよ。
さておき、どう考えても、どっかの誰かが何か企んでそうな感じよね』
『どういうこと?』
『ゴーレムを操ってる連中自体につながりはないらしいじゃない。
にもかかわらず操ってるゴーレムは同一規格……
つまり、ゴーレムを連中に貸し与えている奴がいるって事よ。
協力してるチンピラ集団も、報酬があって協力したって事らしいけど、
その報酬をくれる誰かしらの記憶が全員ないってのもまた同一犯臭いというか』
小首を傾げていそうなオーナの声に、リューゲはぶっきらぼうに、しかし丁寧に解説した。
そんな二人に微笑ましさを感じつつも、それを表に出す事はせずヴァレットは尋ねた。
『……リューゲちゃん、シャッフェンさんから何か聞いてない?』
シャッフェン。
紅の狂魔術師(マッドマジシャン)を名乗る、この街に知らない者はいないであろう人物。
妙な事件を起こして街を荒らして回っているが、害らしい害のない愉快な存在。
そして、リューゲを保護していた、今も時折行動を共にしている男でもある。
破壊と再生の使徒を名乗り、街を混沌とさせたいらしい彼が……
こういった状況で真っ先にはしゃいでいそうなシャッフェンが、まったく姿を見せていない。
その事が、ヴァレットには気に掛かっていた。
『マスターが犯人と疑ってる……わけじゃないわよね』
『ええ、シャッフェンさんは、もしこういった事に一枚噛んでいるなら、とても楽しげに自ら動くはず。
でも、今回はそうじゃない』
『だよねぇ。あの目立ちたがりのおじさんが動かないの、おかしいよね』
『ええ。だから、何かあるんじゃないかって思って』
『ご推察通りよ。
マスターはこの騒ぎには興が乗らない、何かあるとか言って、珍しくこっそりと嗅ぎ回ってるわ』
『……詳しい話が聞けるなら聞きたい所だけど』
『おじさんなら、ヴァレットさんがそうしたいんなら喜んでくると思うけど?』
『マスターはそうでしょうね。ハァ』
二人の【声】には苦笑めいた、呆れたような、そんな感情が込められており、ヴァレットはなんとも言えない表情を浮かべた。
シャッフェンはヴァレットに惚れている事を公言しており、事あるごとに求愛している。
それについて、ヴァレットは一度明確に返事をしているのだが、シャッフェンはそれはそれ、これはこれと行動を変えたりはしていない。
そうして全くブレない在り方についてはある意味尊敬しているのだが、なんとも照れ臭いというかなんというか。
『……なんというか、その、そういうのを利用したいわけじゃないんだけど』
『分かってるわよ。アンタにその気がなくてもマスターが勝手にそうするんだから気にしなくていいんじゃない?
じゃあ後でマスターに連絡を取っておくわ』
『うん、お願いね。じゃあ、この後は……』
一度合流して、そう言おうとした瞬間……ヴァレットは驚愕し、息を呑んだ。
それは、突然に気配が『現れた』からに他ならない。
近付いてきた、のではなく、この場に突然具現化したのだ。
そして驚きはそれに留まらなかった。
先程自分が捕縛していた、少し離れた場所に寝かしていた男達が皆、何処かへと消え果たからだ。
「転移魔術……!?」
空間を超越して物体を遠く離れた場所同士で行き来させる魔術。
そんな異能による技術、方法論が存在している事を、ヴァレットは知っている。
だが、それはかなりの高等な魔術である。
魔力が込められたマジックアイテムでもそういった効果のあるモノもあるし、制作も不可能では決してないが、
そうそう存在するものではない希少なものだ。
事件を起こした人々に詳しい事を聞かず、ひとまず気絶させていたのは、何か……何かが起こる予感があったからに他ならない。
だが、その人間達が何処かに転移されるのは、
魔法による捕縛を潜り抜けた上でそうされるのは全くの予想外だった。
「ご明察。
やはり、君は単純な異能者ではないね。魔法多少少女ヴァレット」
気配が現れた方向へと向き直った直後、声と共にその人物は靴音と共に現れた。
恐れるものなどないとばかりの悠然とした、ゆっくりとした歩みで。
陽光の下に姿を晒したのは、一見すると何処にでもいそうな、
スーツの上に白衣を纏った、白髪交じりの頭の痩せた男だった。
だがそうでない事は、ヴァレットにとっては火を見るより明らかであった。
転移魔術の、空間の穴を発生させるための魔力の波を、魔術が実際に発動するまで感知させなかったのだ。
単純に魔術を使うだけでなく、魔力の制御をも極めている、現代社会においては指折りの魔術師である事に間違いない。
だが、ヴァレットにとって、最も気に掛かったのは、その点ではなかった。
言うなれば、男の存在感、だろうか。
そこに確かに存在しているのに、どこかぼやけているような、捉え切れないような……はっきり言ってしまえば存在していないかのような奇妙な気配を男は放っていた。
なんとも言えない存在感に、底知れなさに、ヴァレットは違和感と共に警戒を強めていく。
そうして観察を続ける男の腰には、
大きな異形の、おそらく通常の用途で使っているわけではないベルトが装着されていた。
ベルトの中央、そして左右には大きめのバックルめいたものがあり、
中央のバックルには赤、右には紫、左には白の宝石が嵌っていた。
その形に……というより、存在のあり方にヴァレットは見覚えがあった。
だが、その見覚えはこの状況ではありえないものだと、軽く頭を振って思考を散らし、男に向き直る。
「……私の事はご存知のようですね。おそらく、この街の人ではないでしょうに」
「君は最早この街はおろか、世界でも有名人じゃないか。知らない方が失礼と言える。
もっとも、私が知ったのは『つい最近』だがね。
こうして直接会うに当たって失礼にならないよう、徹底的に調べさせてもらったが」
「……。
このタイミングで現れた、という事は……先程消えた人達と関係性がある、そうとしか思えないんですが」
「早計だな。たまたま通りかかった一般人かも……ははは、自分で言っておいてなんだがそれはないか」
男の喋り方には何処か愛嬌めいたものがあり、敵意や悪意が全くない。
むしろ、その逆、こちらに対して、何かしらの好意的な感情を向けているようですらある。
だが、それゆえに得体の知れなさをヴァレットは感じ、より警戒を強めた。
過去、ヴァレットではなかった頃、
そうせざるを得ず相対していた様々な存在がいたが、
こういった、悪意のない者こそかなり厄介で、かつ自分とは相性が悪い事を、彼女は知っていたからだ。
それゆえに、男を油断無く見据えるヴァレットに微笑みすら見せつつ、男は続けた。
「嘘を吐く理由がないんで正直に話すが、
彼らは、協力してもらいはしたが、これからの展開においては邪魔だったからね。
なに、近くの警察署の前に転移させただけさ」
「協力……つまり、ここ最近の平赤羽市での異能犯罪における、
ゴーレムなどの提供をしていたのは貴方という事で間違いないんですね?」
「流石、正義の味方、状況把握はしっかりやっているようだ。そのとおりだよ」
パチパチと楽しげに拍手する男。
おそらく、素直に賞賛しているのだろう。
だが、ヴァレットがそれに毒気を抜かれる事はない。
目の前の男の、様々な事象が複合された異質さは、他ならぬ彼女自身が一番感じ取っていたからだ。
『ヴァレットさん、私達も今からそっちに……』
『いいえ。オーナちゃんもリューゲちゃんも、こっちには絶対に来ないで。
例え何がが起こったとしても』
だからこそ、オーナの呼びかけに、ヴァレットは強い声でそう応えた。
『……他に街に異常が起こらないとも限らないから。
こっちは、私が対応するわ』
ヴァレットは嫌な予感がしていた。
根拠は何もない。
だが、これまで自身が積んできた様々な経験が警告を発しているような気がしていたのだ。
ここに皆を呼んでしまったら、致命的な何かが起こりかねない、と。
だからこそ、この状況になってしまった今は、自分が可能な限り情報収集しておくべきだとヴァレットは考えていた。
『大丈夫だよ。
いざって時の脱出手段は考えてあるから。心配はいらない』
『でも……!』
『オーナ、とりあえず言う事聞いておきなさい。
何かあったら文句をキッチリ言えばいいんだから。
実際、他に面倒事が起こらないとも限らないからね』
『リューゲちゃん……。
……分かった。今は、行かない。
でもヴァレットさんが本当に危なくなったらすぐにそっちに行くからねっ!
それと【声】、ちゃんと繋げたままにしておいてね! 切っちゃ駄目だよ!?』
『……分かったわ。ごめんね、二人とも』
時間にすれば一瞬で行われた会話の後、ヴァレットは再び男に向き直った。
本当は【声】を繋げたまま……状況の確認が出来る状態を続けたくなかったが、
それを切ってしまえば、オーナは自分の身を案じて、即座にこちらにやってくるであろう。
だから、そうせずにヴァレットは男との会話を再開した。
「さっきの人達や、今日ここに至るまでの様々な事件を起こした人達を、貴方は利用していた……
そういう認識で構わないんですね?」
「そのとおりだが、そうして睨んで来る、という事は気に入らなかったのかな?
正義の味方志望を自ら口にする君であれば私を敵視するのは不思議ではないが、
私は彼等の望みを少なからず叶え、その見返りに活動の時間帯を指定する……
互いに利用しあっていただけで、彼らもまた君が敵視するべき存在のはずだが」
「おっしゃるとおりです。
彼らの事も、私は決して好きではありません。
彼らは確かに自らの意思で悪事を行ったのですから。
だけど、貴方に踊らされなければ悪事に手を染める事自体なかったかもしれない」
「どうかな? 安易な手段に頼るものが、同様の手段や行動に染まるのは時間の問題でしかないと思うがなぁ」
「……そうだとしても、それを後押ししていい理由にはなりません。
ゆえに、貴方のおっしゃるとおり、私は貴方が気に入りません」
「それは残念だ。私はむしろ君を気に入っているというのに。
まぁ、だからこそこうしてお膳立てを整えたわけなんだがね」
「ですが、私自身が最終的な目的、というわけではないでしょう」
もしも自身だけが狙いならば、もっと別の方法を取っていたのではないか、ヴァレットはそう考えた。
彼が先程口にしたとおり、自分の事を徹底的に調べたのが事実であるならば、適切な手段が他にもっとあったはずだ。
例えば、何かしら事件を起こせば自分が現れる、という状況を狙っての事なら、
それこそ利用していた存在達に行動のついでで、ヴァレット出て来い、等と叫ばせたりするだけで十分だ。
同時多発的に事を起こす必要などない。
それすらしなかったのは、他に何かの目的があっての事だとヴァレットは推測していたのだ。
「うんうん、ちゃんと推理してくれているね。感心感心」
「結局、この一連の騒動は何を狙っての事なんですか?
少なくとも、今は……私を狙っている、そういう事なんでしょうが」
「そうそう、今は段階的な計画の途中でね。
少し前までは、あのリューゲという魔法少女だったが、彼女への用件は済んだ。
彼女の魔法……複製品による攻撃のデータが欲しかったんだ。
今日も数が多かったのは、その辺りの指示や調整を改めて行うのが面倒だったものでね。
彼女には悪い事をした」
「そうして私達を狙ったのは、何の目的があっての事ですか?」
「ふふふ。
今君を狙う事については、本来の目的、目標への足掛かり、といった意味合いが強いが……。
私自身、君に興味があり、君ならば私の目的に一致するのではないかと思っている。
それを確かめる為にも……実験しよう」
そう言うと男はパンパンと手を叩いた。
直後、男の眼前、ヴァレットからは少し離れた位置に人間大の何かが数体現れた。
「?! 今度は、転移魔術じゃない!?」
「うん。これはね、あらかじめ別の所に待機していたものを下ろしてきただけだから。
さて、とりあえず君にはこれらと戦ってもらうとしよう」
現れたそれは、人の形を象った無機質なもの。
言うなれば……。
「ロボット……?」
それが一番的確な表現だとヴァレットは思い、口にした。
「言い得て妙だね。
本当は違うのだが、今のこれは確かにそういうものかもね。
これらは憑依体・パーゼストという種族……いや、プログラムか。
それを、私が人工的に可能な限りの全てを再現したものだ。
生命でありながら、生命を持たないもの。
これを知る者は、人工パーゼスト、ストレートにそう呼んでいたな。
だから、遠慮なく倒してもらって構わないからね」
「パーゼスト……? 人工……?
よく分かりませんが……貴方がリューゲちゃんの情報を収集していた理由は分かりました」
「ほう? というと?」
「複製の力。
同じものを事も無げに量産する、異能の常識さえ越えた力……これは、リューゲちゃんが抱えた概念種子、異能そのものです」
「ふむ。
この世界特有の力、能力の核の事を、概念種子、というのか。
やはり異文化の交流はいいものだ。ほんの少しの会話でも勉強になる」
感心した、とばかりに男は、うんうん、と頷く。
「さておき、君の推察どおりだ。
一連の騒動で使われた、彼女による複製品……杖やら剣やらを回収・分析したんだ」
「……たったそれだけで、概念種子が解析されるとは到底思えないのですが」
概念種子は、異なる世界の残滓であり、いずれくる脅威への対抗として、
魂を賭して作り上げられた、希望の結晶とも言えるものだ。
それゆえに通常の世界ではありえない、
魔術や超能力といったものとは全く別の系統の異能であるはずなのだ。
男の魔術師としての手腕は恐るべきものだが、それだけでは完全なる解析は不可能のはずだ、そうヴァレットは考えていた。
一連の騒動の原因を追究すべく、
現在進行形でヴァレット達の活動の裏で街中を駆け回っている、
異世界良識概念結晶体……自身やオーナを魔法少女へと導いた、クラウドやフォッグもここにいれば、それに同意していただろう。
「ああ、概念種子とやらの理解には手間取った。
実際それだけでは解析は出来なかった。
だが、君達が捕まえた私の協力者達の中にも、君達と同種の異能者がいただろう?
彼らのそれも解析したし、それ以外でも、それと思しき存在に協力もしてもらった」
「……! その人達に、何をしたんですか!?」
「実験だよ。
だが、誓って言うが、報酬その他を加味した本人達の希望だ。無理強いはしていない。
まぁ実験の内容は、一般的な道徳観念上、褒められないものだろうがね」
「貴方……!」
「まぁ待ちたまえ。
さっきも言ったが、私は彼等の希望に反するような事はしていない。アフターケアも行っているよ。
協力契約に反したものはともかく、としてね。
君が怒りを感じるのは筋違いと言っていいと私は思うが。
それに怒りをぶつけるのは、もう少し情報収集してからにすべきじゃないかね」
「……っ!!」
瞬間湧き上がった怒りを、ヴァレットは懸命に押さえ込んだ。
自身の思惑を見透かされていたとしても、事実情報は収集しなければならないからだ。
「ふふふ、賢明だ。
ではそれに敬意を払って情報提示を進めるが……私は、それこそ複製や模倣が得意でね。
魔術に、科学、様々な分野を学んだ結果、どんな能力、技術であれ、最低限の再現くらいは出来ると自負しているよ。
それに……この世界は、私にとって、俯瞰しやすい……とても見やすい世界なものでね。
上から見れば、世界のメカニズムが丸分かり……本来の世界でも応用出来るルール、それも含めて勉強させてもらった」
「……貴方は、異世界人、なんですね」
「ご明察だ。
私は、別の世界からちょっとした事故でここに流されてきた魔術師にして科学者。
元の世界では異科学者、そう呼ばれていた……と、そう言えば名乗るのを忘れていたな、失敬。
君とのお喋りが思いの他楽しくて失念していたよ。
私は、G(グラオ)・シューラー。
ドクトルG……と、これだとかの特撮番組の大幹部になるな。
ともかくドクターG、サイエンティストG、好きなように呼びたまえ。
では、お喋りにも飽きただろう、そろそろ実験を開始させてもらおうか」
そう言って、Gは、パチン、と指を鳴らした。
すると、それを合図に人工パーゼスト達が一斉に動き出す。
「くっ!」
自分に殴りかかってきた一体目の攻撃をかろうじて受け流した後、
それに続く者達の動き、次々と繰り出される攻撃を捌きながら、驚かされ息を呑むヴァレット。
人工パーゼスト。
人間の領域を明らかに越えている、凄まじい速度、膂力を持っている。
しかも、本能的なものなのか、それともヴァレットの知らない何らかの方法で意思疎通しているのか、完璧な連携を取ってくる。
一人がローキックを繰り出し、ヴァレットがそれに防御なり回避なり行うと、
その動作に合わせて、防御で動きが停まれば羽交い絞めにしようとし、回避すると動いた場所に追撃を仕掛けてくる。
しかも、その、仲間の動きを完全に理解して、それをサポートするように他の個体が動いてくる。
これまでヴァレットが相対してきた人間サイズの敵としては、
過去最高の身体能力を備えた、恐るべき難敵だ。
だが。
難敵でこそあるが、決して上回れない存在ではない……!
「ハァァァァァ……ッ!!!」
裂帛の気合と共に、ヴァレットは全身に法力を、意識を駆け巡らせた。
それにより、超人は超人の領域をも逸脱する。
二体前後同時の、頭部と脚部それぞれを的確に狙った攻撃。
確かに、速度もパワーも驚異的だ。
当たれば人体など容易く肉塊と化し粉砕されるだろう。
だが、彼等の動きは……言ってみれば素人であった。
狙いは的確ではあるが精密ではなく、それを為す動作は型にはまっていない無駄のあるモノだった。
普通の、格闘技などを知らない人間に人間以上の身体能力を与えた程度のもの。
ゆえに、古武術を学び、人間の身体の使い道を熟知するヴァレットにとってそれは完全に見切る事が出来る、緩慢な動作でしかなかった。
頭部を狙った右ストレートごと裏拳を顔面に叩き込み、脚部を狙ったローキックを踏み砕く。
にもかかわらず、何の反応も見せず、恐れもなく次の動作へと移ろうとする彼らを、ヴァレットは命も意志もない存在だと確信した。
洗脳され、改造された誰かの可能性も見越していたが、そうではない。
命の持つ不安定な揺らぎのようなものが、彼らには全くなかったからだ。
……億が一、洗脳や改造を施されていたのだとしら、最早戻す事は出来ない領域だった。
だからもう、容赦はしない。
この存在が他の誰かを傷つける前に、自分が倒す。
両腕に紫色の、法力の光を宿らせ、それを剣の形へと変換させたヴァレットは、
クルリ、と身体を一回転、同時に刃を一閃させる。
人工パーゼストは、圧倒的な速度の……瞬きよりも速い一撃を回避する事すら出来なかった。
ヴァレットの、舞っているかのようなターンの後、彼らは次々と爆発していく。
「いや、予測していたが実にお見事!」
爆発の後、その中をまるで揺らぐ事なく、ダメージもなく、
Gへと歩み出るヴァレットに、彼は純粋な賞賛たる大きな拍手を贈った。
「ふむ、本当に魔法少女というのは超人なんだな。
生身でパーゼストを打倒するとは。
変身した君達を生身というと語弊があるかもしれないがね」
「……」
彼の言葉に、ヴァレットは何も言わなかった。
何かを言うよりも優先すべき事が、事態が進行していた。
人工パーゼスト……彼らを倒した直後、違和感が生まれていた。
身体に、頭に、いや、もっと根本的な何かに。
何処かが、何かが、息苦しい、ような。
そして、何処からか、奇妙な声が聞こえてくる、ような。
「他の魔法少女も恐らく可能なんだろうが……
肉体的、いやもっと根本的な強度によりそれを為せる君こそがやはり相応しいのかもね」
「……なんに、ですか……」
分からない何かの進行により、言葉を紡ぐ事すら疲労を覚えている状況に陥っている。
だが、だからこそ、もっと引き出しておかねばならない。
それすら出来なくなる前に、彼の詳細な情報を。
「ふむ。答えてあげたいところだが……名残が順調に進行しているようだし、その前に最終試験と行こうか」
必死に意識を保とうとしているヴァレットに一歩進み出て、Gは腹部の、赤い宝石に手を伸ばし、それを引き抜いた。
ヴァレットはただ宝石が嵌っているだけそう思っていたが、そうではなかった。
男は宝石が埋め込まれたそれ……大きな鍵を、見せびらかすようにしてヴァレットに告げた。
「この鍵に埋め込まれた石は、反因子結晶体というものだ。
この結晶には、人の……地球に生まれた全ての生物に仕組まれたプログラムを励起させる事が出来る。
そして、この鍵やベルトはそれを理性を持ったまま制御する為の後付プログラム。
それを組み合わせて使うとどうなるか、御見せしよう。
……変身」
そう言って男は、鍵を自身の目の前でチャキッと構えた後、それを再びベルトに差し込み、廻した。
それが、何かを開くためのスイッチ、儀式である事を、ヴァレットは直感していた。
直後、紅い閃光が周囲に溢れ……男の姿が変わる。
黒い身体を走る、紅のライン。
右肩の突起物からは一枚の赤いマフラーがたなびいている。
炎を宿したような赤い複眼。
天を指す、二本のアンテナ。
「その、姿は……!?」
「問われたのなら答えよう。
この姿の名は、仮面ライダー、カノン。
正確に言えば……仮面ライダーカノン・ヴァールだ」
「ふざけ、ないで、ください……!」
男の言動に、ヴァレットは思わず叫んでいた。
自身に起こっていた異常を忘れてしまうほどの衝動のままに。
先程感じていた”見覚え”が間違ってはいなかった事への憤りを込めて。
「仮面ライダーは、誰かの自由と、平和を、守る戦士に、与えられる名前であり、称号なんです……!
こんな事件を起こしている、
他者の自由を侵害し、平和を乱している貴方が名乗るべき名前じゃあ、ない……!」
「必死だね、やけに。
この世界の仮面ライダーは、いち特撮番組に過ぎないんだろうに」
「……この、世界の……?」
「そう、そこだよ。
この世界には本当の意味での仮面ライダーは存在しない。
そして、パーゼストもまた、存在していない。
だが、存在していないだけで、存在する為の因子がないわけじゃあない。
そこがミソなのさ。
さて、その解説の前に最後のテストといこうか……!」
瞬間、男の……カノン・ヴァールの姿が掻き消える。
先程の怪人、パーゼストをも上回る圧倒的な速度によるものだが、ヴァレットの視力はそれに追い付く事が出来た。
(こちらの背後に回りこんで、右拳を振り上げている……
ならば、振り返り様払いのけて、左のカウンターを叩きこむ……!)
ゆえに彼女は、パーゼストにそうしたように即座に反応し、迎撃しようとする……が。
「ぐっ……あぁっ!?」
急に、身体が動かなくなる。正確に言えば急激に重くなったのだ。
まるで、逆らうな、と、誰かに命令されているかのように。
結果、ヴァレットは普段ならば迎撃可能な攻撃を胸部にまともに受けて、弾き飛ばされる。
彼女は冷静に立て直し、地面に着地するも……。
「う、うぅ……力が、入ら、ない……?! 身体が、うごか、ない……!」
すぐさま立ち上がろうとして、それがままならず、地面に跪くヴァレット。
全身に意識を、法力を伝達させようとするも、それを行うための集中すらままならない。
「うむ。高濃度の名残をばら撒いただけはある……が、並の人間より因子レベルが高いようだな。
制御して憑依ギリギリまで汚染したつもりが、よもや反撃しようとするとは」
「ぐ、うぅぅ……」
駄目だ。全く、動かない。思考も、身体も。
重要な情報を話している事は分かっているのに、それをより把握する為の問答すら出来ない。
いや。
下手をすれば、根本的な意志すら消滅しかねない。
そうして、遠のいていくヴァレットの意識を繋げたのは。
『ヴァレットさん! 待ってて!! 今からそっちに行くからっ!』
自分を心配する、オーナの声。
それが響いた瞬間、ヴァレットの途切れそうな、千切れて消えそうだった全ては一時的に、無理矢理に再生を果たす。
『来ちゃダメッ! 来ないでっ!!』
そうして復活した意識で、ヴァレットは即座にオーナ、そしてリューゲに対し叫ぶ。
『今、ここには毒が、何かしらの汚染が、起こってる……!
ここに来たら、オーナちゃんも、リューゲちゃんも、私と同じ状況になる……!!』
現在のヴァレットが纏っている装束には、大気中の毒等へのカウンター、ある程度の防御策も講じられている。
だが、それらを素通りして……最低限の反応である【毒の識別】すら起こさせずに、ヴァレットへとダメージを与えているのだ。
つまり、全く未知の、毒ですらない何かがここにある以上、オーナ達を巻き込むわけには行かなかった。
『二人には、この状況に対抗してもらわなくちゃいけないから、だからこっちには来ちゃダメ……。
私は、可能な限りこの状況のデータを集めるから……』
半分は詭弁だ。
単純に、二人を、他の誰かをこの状況に巻き込みたくないがゆえに言っている事にヴァレットは気付いていた。
だが、残り半分もまた紛れもなく事実だ。
可能ならこの場で、自分自身で決着をつけようとは思っているが、それが無理であった場合の備えはしておかねばならない。
幾分個人的な感情は混ざっているが、結論として合理的で間違っていない判断のはずだ。
だけれども。
『そんなの、私知らないよっ!
こんなに苦しそうなヴァレットさんを放っておけるわけないでしょ!』
オーナは……心優しい、あの女の子は、きっと自分よりも正義の味方らしい彼女はそれに従わないだろう、そんな気はしていた。
そんな子が自分を心底心配してくれているのは、嬉しかった。
だが、嬉しいけれども、歯痒くて仕方がなかった。
声を送るだけの自分では彼女を制止できない。
このままでは……ヴァレットがそう思った時。
『今から行く……!?』
意志を言葉にしかけた最中、彼女の、オーナの意識が【声】から消えた。
その理由は、即座に淡々とした【声】によって届けられた。
『オーナは、止めておいたわ。
こうなる気がしてたからね、先んじて動いてたってわけよ』
『リューゲちゃん……』
『アンタの判断は間違ってない。この状況でアタシ達まで動けない。
だけどね、アンタの自分勝手な判断には、ムカつくわ』
淡々とした声の中にある怒りは、彼女自身のものであり、オーナの代弁でもあるのだろう。
それゆえに、彼女の声は棘の様にヴァレットを突き刺していた。
彼女はそれを甘んじて受ける他ない。
その怒りを承知で、彼女達がこちらに来る事を拒んだのだから。
『脱出手段はあるんでしょ?
だったら、合流した後、思いっきりぶん殴ってやるから覚悟しなさい。
オーナの、他の皆の分もね
私は……アタシはマスターの分も殴るからね』
『……うん、分かった。ちゃんと、覚悟しとく』
『それなら結構。じゃあ、しっかりやんなさい……この、大バカ……っ』
リューゲの【声】の最後、僅かに……ほんの僅かに震えていた事にヴァレットは気付く。
彼女も、優しい女の子なのだ。
そんな子に無理をさせてしまった。汚れ役をさせてしまった。
情けない、悔しい。自分自身が、憎くてたまらない。
そんな誰かを悲しませる存在を、打倒しなければならない。
それこそが、魔法多少少女ヴァレットなのだから……!
「なんと……!」
その怒りを基点に、ヴァレットは立ち上がった。
彼女達を悲しませる自分自身と、この状況を打破する為に。
身体に走る根源的な命令を、己が意志でかき消して。
「パーゼストプログラムが立ち上がったばかりの君が、
プログラムをほぼ制御した私の命令に逆らえるとは……!
実に素晴らしい! 素晴らしい強さだ!」
「これ、は。私の強さでは、ありません……!
私を案じてくれる、優しい女の子達の、強さを借りているだけ、です……!」
「なるほど、なるほど。
しかしどうするね?
立ち上がった所で今の君に何が出来る?
十全能力を発揮出来ない状態だろうに」
「ですが、このまま放置しても、私を、どうにかは、できませんよ、ドクトル。
私、我慢比べには自信がありますから」
「ふむ。
私を誘っている、のだろうが……君の言う事も御尤も。
では、その魅力的な誘いに乗ればどうなるのか、実験してみることにしようか……!」
その言葉の直後、カノンヴァールは地面を蹴ってヴァレットへと疾駆する。
そう。
それを、ヴァレットは待っていた。
確かに今の自分に、本来のパワーは出せない。
だが、相手の力を己に乗せる事で、本来以上のダメージを与える事はできる。
それこそが、彼女が十数年の人生を通じて得た極意の一つにして、
概念種子以外の存在に対しての、ヴァレットの切札たる必殺の一撃。
収束可能な全ての力を二重螺旋状の形と為し、
敵からの力を一つの螺旋に取り込んで、
もう一つの螺旋に乗せ返し、
己自身を全てを貫く弾丸と化す。
それすなわち。
「ゼピィアスヴァレットォッ……!!」
刹那、紫の閃光が瞬き、地上を駆ける流星となる。
そうして、紫と赤が交差した結果。
「ぐ、ああぁぁぁあっ!!?」
螺旋のエネルギーを受けたカノンヴァールは、
それに沿う形で回転しながら、数十メートルほど弾き飛ばされ、設置されていた岩山状の滑り台に激突。
凄まじい勢いでの衝突により崩壊するそれに埋もれていった。
「……滑り台、壊しちゃった……街の人達に、謝ら、なきゃ……」
力を使い果たしたヴァレットは息を乱しながら、掌底を放った体勢を解き、しゃがみ込み、項垂れる。
直後、その姿が変わる……いや、戻る。
魔法多少少女ヴァレットから、正体を撹乱する為に男装している少女、草薙紫雲へと。
魔法少女としての装束も、彼女が通う学園の男子用の制服へと。
ヴァレットへの変身を解いた、のではない。
変身を解かざるを得ない程に消耗しきってしまったのだ。
だが、それでも、そうなる事への抵抗はそれほど大きくはなかった。
周囲に気配はなく、防犯、監視カメラの類はなく、
カノンヴァールへの攻撃は確かに……。
「ほう、それが君の正体か」
「……!」
そんな筈はない。
殺すつもりはなかったが、確かに芯に届くダメージを与えたはずだ。明確な手応えがあった。
だというのに、カノンヴァールは何事もなかったように紫雲のすぐ側に立っていた。
移動や、転移の気配すらさせずに。
動揺が、焦燥が、紫雲を襲う。
だが、最早紫雲は動けない。
身体の疲労に加え、先ほどまで押さえ込んでいた……男の語る『プログラム』が身体に蔓延していた。
それゆえに、紫雲はただ跪き、俯く事しか出来なかった。
懸命に体を動かそうとしても、まるで言う事を聞かない。
最早、意志でどうにかできるレベルを完全に逸脱していた。
今の草薙紫雲は、喋る事が精々の人形に過ぎなくなっていた。
「その格好、実は男なのか?
だとすれば残念だが、いや……ふーむ。
どれどれ、じっくり拝見……っ?!」
正座の状態で、だらん、と両手を地面に付けたままの紫雲へとカノンヴァールが手を伸ばしかけた瞬間。
上空から雷の速度で彼へと落下する物体があった。
他でもない、ライブラッシャーこと、ライ。
彼が主たる紫雲を守るべく攻撃を仕掛けたのだ。
そして、彼の存在こそが紫雲の命綱だった。
これまで紫雲が得た情報は彼の中に蓄積させており、いざとなれば彼に頼んで撤退する、
あるいは……最悪の状況の場合は、彼だけを脱出させる算段であった。
それゆえに、彼には自分が合図するまで絶対に待機するよう頼んでいた……しかし。
「たいした忠臣ぶりだが、邪魔だ」
文字どおり電光のように自身に突き刺さろうとしたライを、カノンヴァールは事も無げにパンチ一撃で払いのけた。
弾かれたライは大きく回転して深々と地面に突き刺さる。
「ラ、イッ……!?」
ライは紫雲と二心同体であり、紫雲が生きている限りどれだけ破壊されようが死ぬ事はない。
だがそれは、彼が痛みを感じないという事では決してない。
相棒が頼みを無視してまでの決意と共に、自身を守ろうとした結果傷を追った姿に、紫雲は思わず声を、顔を上げた。
「いやすまないね。いいところで邪魔されてついカッとなってしまった。
まぁ本気で殴ってはいないから……?!」
そうして顔を上げた紫雲の素顔を捉えた、カノンヴァールの言葉が止まる。
そんな男の様子の何かしらの変化に気付いた事、
そして正体を隠さねばならないという、ずっと己に課して来た義務ゆえに、
紫雲は慌てて再び顔を俯かせる。
だが、それは儚い抵抗でしかなかった。
「く、あぁっ……?!」
カノンヴァールのマフラーが触手のように動き、伸びて、動かない右手ごと、強引に紫雲の身体を引っ張り上げる。
足に力が全く入っていないので、立ち上がらせられているとはとても言えない、宙吊りの状態であった。
そんな状態でも、懸命に顔だけは見せないように足掻く紫雲であったが、
完全に力を失った状態で超人の腕力に敵う筈もなく。
顎を掴まれ、強引に正面を向かされ……遂に素顔を凝視される。
「……ふ。ふ、ふはははははははっ!
な、なんたる、奇跡! なんたる行幸! なんたる運命……!」
そうして、魔法多少少女ヴァレットの素顔、草薙紫雲の顔を捉えたカノンヴァールは狂ったように哄笑を上げ、その名を口にした。
「草薙紫雲っ!!」
「……っ!?」
「よもや、よもや君がヴァレットだとはな。しかも……」
男の手が紫雲の太腿に伸び、そこから股間、腹部を指でなぞり上げていき……
最後に胸部の、さらしでは隠し切れなくなってきた僅かな膨らみを、その存在を確認するように下から押し上げる。
素顔を見られただけでなく正体の……自身の素性まで知られていると知り、
血の気が引いていた紫雲は、
男の指先の動きにより恐怖……彼女にとって基本的に浮上しない、しなかった感情である……に近い寒気を感じていく。
「女! 紛れもなく、君は少女だ……!」
「く、うぅぅっ……!」
限られた人間しか知らない秘密を暴かれ、紫雲は、ただ唇を噛み締めた。
悔しさゆえか、恐れゆえか、屈辱ゆえか、彼女自身分からずに。
……正確に言えば、噛み締める力すら残っておらず、唇に歯を当てるだけで精一杯だったが。
「素晴らしい……! 実に素晴らしい事だよ、君!
この巡り会わせ、世界が私の夢を叶えよと言っているに等しいと確信するよ……!」
「ゆ、め……?」
だが、それでも紫雲は……心が混乱と僅かな恐怖に震えていても、為すべき事を為そうとしていた。
すなわち、可能な限りの情報の収集。
目の前の、仮面ライダーを名乗る存在の、最終目標。
ライに無理をさせてしまうが、それでもライがいる限り、
この場からどうにか脱出させさえすれば、入手した情報を誰かに伝える事は出来る。
……状況的に、それが限りなく望み薄だとしても、今出来る事に全力を尽くさなければならない。
そんな決意を込めて自身を見据える紫雲を、見据え返しながらカノンヴァールは告げた。
「そうだな、君は合格した。あらゆる意味で。
であるならば話さない理由はない。
私の夢、それは……
地球上の生態系の頂点、最強にして最高たる生物となり、私という存在を最強の種族とする事だ」
「最強の、生物、種族……?!」
「例えば、そう、ライオンは百獣の王と呼ばれているだろう?
実際にどうかはともかくとして、私は、誰もがそう認識するような……
更に付け加えるなら、その認識ゆえにどんな存在であれ畏れ従わざるを得ない、そんなモノになりたいのだよ。
地球に存在するあらゆるものの支配を可能とする、いわば地球の王とも言うべき唯一無二の存在となること。
それが私の最終目標、夢だ」
「世界を、征服する、つもり、ですか……?」
「結果的にそうなる、といったところだねぇ。
地球上の生物における唯一無二の頂点ともなれば世界征服したも同然。
人工パーゼストの力も、仮面ライダーの力も、その為の過程でしかないんだ。
そう、今ここで君の品定めをした事もな。
荒唐無稽だと笑うか、草薙紫雲?
いや、君は笑うまい。
私がかつて調べた草薙紫雲、そしてこの世界で調べた魔法多少少女ヴァレットは、人の夢を笑うはずがないからな。
そして、そんな君だからこそ私のつがいに相応しい……!」
「つがい……?!」
「そう、つがいだ。
先程、生物の頂点たる種族といっただろう?
生物は繁殖して増えていくものだ。
つがいを得て、家族を作り、一族を作り、やがては種族となる……
生命のそうした営みは、素晴らしいと、美しいと思わないか?」
本気で、心からそう思っているのだろう。
カノンヴァールの声は心底楽しげで、自身の夢に陶酔しているのが、全力で夢見、憧れている事が感じ取れた。
「その第一歩となる、最強の存在のつがいは……私に並ばずとも限りなく近い女性でなければならない。
少なくとも私はそう考えている。
察しのいい君なら、もう理解しているだろう?
そうだな、もう少し浪漫のある言葉にするのなら……草薙紫雲、魔法多少少女ヴァレット。
君には私の花嫁になってもらう……!」
そう言うと、カノンヴァールは紫雲の右腕に巻きつかせていたマフラーを更に伸ばし、全身を締め上げる。
紫雲には理解出来た。
こうして自身を追い詰めているのは、現状を把握させる為なのだと。
絶望的な状況を直視させる事で、自分が彼に自ら従うように仕向けているのだ、と。
だが。
「ほう。ほうほうほう。流石だ。
変身が解けるほどに力尽き、名残にほぼ汚染された状態で、まだ抵抗するつもりなのだね」
紫雲は、僅かに、残ったほんの微かな力でマフラーを外すべく手を伸ばし、爪を突き立て、カノンヴァールを睨み付けた。
「それでこそ、草薙紫雲だ。それでこそ、ヴァレットだ。
うんうん、そんな君を、君のままで隷属させてこそ意味があるというもの。
心身ともに敗北した君を迎え入れても意味がない。
だからこそ……プログラムを有効に活用させてもらう……!」
「ぐ、あ、ぁぁぁぁぁっ!?」
直後、紫雲の首元に硬質のものに圧力を掛けた時生まれるような皹が生まれていく。侵食していく。
それがなんなのか、紫雲は本能的に理解した。
それは人間という殻を破り、中に潜む何かを暴く為の、解放させる為の皹。
彼の言う、プログラム、名残は、そのためのものなのだ。
「つがいは、あくまで私の夢の過程のついでだ。
つまり、そこまで深くは計画を練っていなくてね。
とりあえず、君を半分だけパーゼストにして、私の手元に置かせてもらうよ」
「あ、あぁぁぁぁ………………Hyjjuuuhhh!!!」
そうして、紫雲の体の皹が全身に広がりつつあった、その時だった。
閃光が。
紅い閃光が、紫雲とカノンヴァールの側を駆け抜けた。
「なにっ!?」
直後、紫雲を縛っていたマフラーは切り裂かれており。
彼女は、カノンヴァールから数メートル離れた位置で無造作に転がされていた。
「ぅ、ぁ、あり、がとう、ござい、ます」
「……本格的な処置は後できっちりしてやるから、少し待ってろ。
しかし……お前ともあろう者が情けないな、草薙」
「だ、誰です、か……? その、姿は……」
「なるほどね。こっちじゃ俺とお前は顔見知りじゃないのか。それに、少し年下か。
いや、声だけじゃ誰か分からないのか?
まぁ今はいいか。
……でもまぁ、まず助けられた礼が出るあたり、らしいよな。
んで、お前がらしい事をしてくれてたお陰で、
パーゼストの気配が感知できたんだろうし、とりあえず俺が何をするべきかも分かったよ。
ひとまずアイツをぶっ飛ばす。詳しい話はその後だ」
紫雲を守るように彼女の側に立つ、その存在。
黒い身体を走る、紅のライン。
右肩の突起物からは一枚の赤いマフラーがたなびいている。
炎を宿したような赤い複眼。
天を指す、二本のアンテナ。
そう。
カノンヴァールと瓜二つ。
違うのは、細部のデザイン。
何処か禍々しいカノンヴァールと違い、
現れたその存在はヒロイックな……いや、まさにヒーロー。
「一応言っとくけど、あっちは偽者だ。
勘違いさせないように名乗っとくぜ。
俺は……いや、俺がカノン。
仮面ライダーカノン、相沢祐一だ」
「仮面、ライダー……!」
地面に倒れたまま、彼女は見上げる。
風にたなびくマフラーと、紅い複眼の輝き。
そして、今自分を窮地から救ってくれた事。
それは、紫雲がよく知るヒーローに限りなく近かった。いや、そのものだった。
少なくとも彼女にはそう思えた。
仮面ライダーを先んじて名乗った存在よりも、遥かに。
「ふ、はははははっ! これは予想外だ! 君が現れるとはな!」
「お生憎様って奴だ。
……詳しい話は聞けなかったが、これだけは言える。
アンタの思いどおりにさせるわけにはいかねえな、G・シューラー……!」
仮面ライダーカノン・相沢祐一は宣戦布告と共に、地面を蹴る。
そうして、極めてよく似た、しかし決定的に違う、紅の戦士同士の激突が始まった……!!
……続く。