○前編
レクイエム所属、異科学者G・シューラー。
彼の暴走による事件から一ヶ月が過ぎた。
生命体に憑依して異形と化す、憑依体・パーゼストにより混乱する世界で起きたそれは解決し、
様々な大事件が続き起こっていく世界の中での事件の一つとして、ただ過ぎ去り、大半の人間に忘れられていくはずだった。
……だが、そうはならなかった。
「何がどうなってんだよ、これは!?」
パーゼストと相対する為に生まれた戦士の一人、仮面ライダーカノンの変身者、相沢祐一は、
バイクで急ぎ駆けつけたその場所を見て、叫んだ。
彼の、彼らの眼前には、人工パーゼストの群れがあった。
そう。
彼らが一ヶ月前に倒したはずの、G・シューラーが自身を改造し、変化可能になった異形の姿、それが群れとなって街中で暴れていたのだ。
数時間前、それらは、彼らが住む街に、何の前触れもなくどこからともなく突如現れた。
数十体のそれらにより、街の一部は大きく破壊されていた。
普段は車が行き交っている道路には、停車していたのか乗り捨てられたのか、複数の車の部品がそこらかしこに散乱しており、
パーゼストの背後では、彼らが通った道すがら破壊されたのだろう、
信号は機能を失って無意味に青い点灯を繰り返し、
ガードレールや標識はその機能を果たせなくなるほどに折れ曲がり、
幾つかのビルから火の手が上がっている。
パーゼストと戦う為に国そのものに編成された組織、憑依体対策班の動きにより、
街に住む人々はどうにかこうにか避難を終えつつあり、
今の所人的被害はほぼない状況らしいのだが、
根本的な解決、すなわち目の前の怪人群をなんとかしなければ先々の事は分からない。
それゆえに……緊急事態による、対策班からの要請、それに伴う説明があり、
そういう状況は飲み込めていた祐一であったが、焦りや動揺から思わず叫ばずにはいられなかったのだ。
「分からないよ……なんで、こんな事に……」
同様にバイクで馳せ参じた仮面ライダーエグザイルこと草薙紫雲も、目の前の状況に困惑を隠せなかった。
かの科学者は間違いなく瀕死であった。いや死んでいるに等しかった。
よしんば、万が一、いや億が一であの状況から生き延びる事が出来ていたのだとしても、この短期間で動けるはずはない。
仲間がいれば別だろうが、初遭遇した際に彼自身が単独犯である事を肯定していたのを紫雲は覚えていた。
在り得る筈のない……少なくとも彼らが持つ情報からでは起こる筈のないと判断出来る異常事態。
それが眼前で展開されていた。
「……グダッてる暇はないだろうが、お前ら。
とりあえず、ぶっ潰すぞ」
彼、仮面ライダーアームズこと折原浩平が愛車たるサイドカーから降り、ベルトを装着しながら呟く。
浩平の言葉に、二人は顔を見合わせ、困惑はとりあえずさておいて頷き合い、乗ってきていたバイクから降り立った。
このまま彼らをのさばらせて置く訳にはいかないのは三人共に理解していたからだ。
「変身っ!」
変身に必要な、反因子結晶体が組み込まれた『鍵』をベルトに差し込む。
パーゼストに向かって駆け出す身体に白いラインが走り、閃光に包まれた後、浩平の姿は変わる。
仮面ライダーアームズに。
そうして、ダッシュした勢いのまま、彼は両肘部を展開させた刃を持って、パーゼストに突っ込んでいく。
「変し……くっ!?」
同様に鍵をベルトに差し込んだまではよかったが、
近くのビルの屋上に潜んでいたパーゼストの一体が自身に飛び降り掛かってきたため、
回避動作に移行、変身がままならなくなる祐一。
「たまの変身の邪魔はお約束だけどなぁっ! ちぃっ!」
平静を保つ為に、意識的に冗談を口にする祐一に、パーゼストは容赦なく襲い掛かってくる。
その姿に、祐一は僅かに違和感を覚えた……が、今はそんな場合ではない。
だというのに、その事に微かでも意識を奪われた為か、
ほんの少し彼の動きが鈍った隙を突く形でパーゼストが祐一に……その腰のベルトに向けて手を伸ばす。
パーゼストは、人間を、少なくともその身体能力においては遥かに凌駕した存在である。
いかに祐一達がパーゼスト達との激戦を潜り抜けてきたと言えども、その不文律は変わらない。
ゆえに、パーゼストの攻撃動作に、祐一は追いつけない……!
「くっ!?」
ギィンッと、金属同士が擦れ合った様な衝突音が辺りに響く。
パーゼストの攻撃は祐一に届いて……いなかった。
手刀でそれを防ぐ、白銀の狼がそこにいたからだ。
「……くだらない事言ってるからだよ。変身」
白銀の狼、ウルフパーゼストに変化した紫雲は、
そこから更に、既に自身の腹部に浮かび上がらせていたベルトの鍵を回し、変身する。
紫の光のラインを体に走らせた、仮面ライダーエグザイルへと。
「はぁっ!」
エグザイルは祐一に伸ばしていたパーゼストの手を防いでいた手刀に閃光を集中。
それにより、手そのものを破壊され、後ずさるパーゼストを大きく蹴り飛ばす。
「……そして、変真」
そして、それにより近くに群がっていたパーゼスト数体をまとめて吹き飛ばして、
状況的な余裕を作った事を利用し、自身のベルトのサイドに差し込んでいた擬似反因子結晶体を回す。
そうしてエグザイルは更なる姿に変化……真なる姿へと移行する。
すなわち、仮面ライダーエグザイル、トゥルーフォーム。
「おう、最初からクライマックスだな、草薙っ!」
「グダッてる暇はないからね」
腕を変形させ、パーゼストに向けて牽制の為の光弾を一体一体的確に撃ち続けているアームズに、
エグザイルは彼自身が口にした言葉を返しつつ、戦場を疾駆する。
「はぁぁぁっ!」
真なる力を引き出したその形態により、エグザイルは人智を超えた速度で駆け回り、通り過ぎざまパーゼストに体当たり、もしくは拳を振るっていく。
それはさながら極小の、人の形をした嵐。
その、凄まじい速度による攻撃により、アームズの光弾で大きな身動きを封じられていた人工パーゼストの大半が宙へと大きく弾き飛ばされた。
「くっそ、余計な事を……でもサンキューな! 変身っ!」
紫雲に助けられた事に悔しさを覚えつつも感謝は告げて、祐一も変わる。
腰部に巻き付けたベルトに『鍵』を差し込み、回す。
紅い閃光が広がった後、姿を現すのは……仮面ライダーカノン。
「んで、借りは即座に返す!」
変身後、カノンは即座にベルトの鍵をもう一回転。
それにより、カノンは更なる因子反応と共に姿を変え、強化形態へと至る。
カノンにとっての『極限形態』たる、仮面ライダーカノン、リミテッドフォームに。
「ざ、せぇぇぇぇぇいぃぃぃっ!!」
そこから間髪入れずに、ベルトのサイドに装備していた武装、スカーレットエッジに鍵を差し込む。
それにより、スカーレットエッジの光の刃は、その大きさ、太さ共に通常時の数十倍へと膨張。
カノンはその巨大な斬撃を持って、空へと吹き飛ばされていたパーゼストを一気に薙ぎ払った。
『ufhzdfoihodfzzodgizighzprgprgrgrjpggjpkd!?』
まともに斬撃を受けたパーゼスト群は、人には理解出来ないプログラムなのか、悲鳴と思しき何かを上げながら、光の粉となり、散っていった。
これにより、この場の大半のパーゼストが倒されるも、数体は残っていた。
しかし、それも。
「援護だけじゃあつまらないんでなぁっ!」
「でぇりゃぁぁっ!」
アームズの、エグザイルの、光を纏った蹴撃……それぞれの形のライダーキックにより完全に撃破された。
そうして、彼ら以外の人がいなくなった街に静寂が戻る。
「……とりあえずは、終わり、か?」
「……そのようだね」
少なくとも近くに敵がいなくなった事を確認して、カノンはリミテッドフォームを解除、通常形態へと戻る。
エグザイルもまた、周囲を確認しつつ通常形態へと移行する。
「いいよなぁ、お前らは強化形態あって。
俺も今度ことみちゃんか命の姐御に考えてもらうかねぇ」
「ほいほい作れるものなのか、それ? ……それはさておき」
念の為か、軽口を叩きつつも変身を解除しないアームズに一言返しつつ、カノンは言った。
「一体、なんだったんだよ。
アイツはもういないはずじゃないのか?
クローンを量産してたレクイエムのアジトも、潰したんじゃなかったのか?」
「正確に言えば、彼に乗っ取られていたレクイエムの工場と研究施設だね」
「細かい突っ込みは必要かね、それ、ってのはともかくとしてそのはずだぜ。
まぁ、施設の事を抜きにしても、気になる事は多いな。
コイツの複製は、ちゃんと一人一人自我、つーかあのオッサンの意識が全員あったはずなのに……」
「ああ、なかったな」
祐一が口にした冗談は、
一ヶ月前戦った、ジョークめいた事を口にするのを好んでいたと思しき彼であれば一言何かを返すのを期待しての事でもあった。
だが、なんのリアクションも人工パーゼスト達は返さなかった。
「それに、なんか、俺のベルトを奪おうとしてたみたいだ」
「ベルトっていうか、鍵、かもしれない」
「へぇ、何でそう思うんだ、草薙?」
アームズの問いに、エグザイルは思考の為か、一瞬間を置いてから答えた。
「彼らの視線……戦いながら彼らは僕達三人共のベルトの中心を見ていた、ような気がするから」
彼等のベルトの中心に収まっているもの……
それはすなわち、彼等の変身の文字どおり鍵となる、反因子結晶体が組み込まれた鍵に他ならない。
なのだが。
「それも分からん話だよな。
あのオッサンは、ベルトや鍵のデータは、今ある全てを収集してたし、複製して再現もできてた」
一ヶ月前の事件終結に至るまで、かの異科学者G・シューラーは、
自身が所属するレクイエムはおろか、敵対組織たる、祐一達にとっては協力者であるファントムの研究データすら盗み出していた。
両組織すら完全に把握していない、反因子結晶体並びにライダーシステムの現段階の全容を掴んでいたと言っても過言ではなかったのだ。
「うん、研究の為だとしたら、そんな彼が今更、と言った感は拭えないね。
だとすると」
「……KEYの力そのものが狙い、なのか?」
純正の反因子結晶体による、パーゼストアンチプログラム『KEY』は、
現段階ではカノン、エグザイル、アームズの鍵を持ってしか顕現出来ない。
であるならば。
「なら、街で暴れて、俺らを呼び寄せて、鍵を奪うってのは……方法としては妥当だな。
本人が出て来ないのも、大怪我で動けないからってのは納得はいく」
「妥当でも、胸糞だけどな」
「全くだよ」
「でも、本当にそれが、それだけが、アイツの狙いなのか?
それに、本当に……アイツなのか?」
「……今は、情報が少なすぎる。とりあえず帰って……」
報告と情報収集をしなければ、とエグザイルが俯き加減で口にし掛けた時だった。
エグザイルは、瞬間的に発生した気配に、違和感に気付いて、顔を上げた。
それに気付いて、カノンとアームズ、二人もまた、エグザイルが顔を向けた方へと視線を送った。
そこに、それらは現れた。現れていった。次々と。
「「な!?」」
「おいおい、マジかよ」
先程倒した人工パーゼストの群れ……その数倍、いや十倍以上の規模で、彼らは再び現れたのだ。
文字どおり何処からともなく……何もない虚空から次々と現れ、群衆、いや軍隊となっていく。
そして、彼らは『敵』、すなわち仮面ライダーたちの存在を認識すると、一歩また一歩とゆっくりと、だが確実に歩み寄っていく……。
「どうなってんだ?! クローンとかそういうレベルじゃないぞ!」
「転移魔術……?! 違う、もっと高度の魔術、いや魔法……!?
ううん、それとは違う法則の……」
「いや、驚いてる場合じゃないぞ、相沢、草薙。
こんな数、いくらなんでも相手に出来るかっての。撤退しようぜ」
「いや、KEYならなんとか……!」
「熱くなるなって。
それが敵さんの狙いかもしれないってさっき話したろうが」
「……だとしても、このまま放置は出来ないし、そも逃がしてくれるかどうか……。
相沢君、折原君、君達は一時撤退をしてくれ。
この中で単体戦闘能力、継戦能力が一番高い僕が時間を稼いで、破壊行為を減らす」
「はい出ましたー 草薙君のクソ真面目優等生エゴイスト発言」
「お前見捨てて逃げろって言ってるようなもんじゃねーか!
んなの認められるわけないだろ!」
「俺らの周りには相沢みたいバカなのが多いのはお前も知ってるだろうが。
俺はともかく、そういう連中には心配させんな。特に瑞佳にな」
「「一番心配させてる奴が言うなっ!」」
「あーうっさいうっさい。
ともあれ、ここは素直に全員撤退でいいだろ。
戦うのは逃げられなかった時って事で」
「でも……! それだと街の被害が大きく……!」
「じゃあ、草薙、お前は死んでもいいってのかよ!?
街は時間を掛ければ直せるんだぞ?!
そりゃあ、俺だって出来れば……くそっ!」
「あーあー、数も増えて距離も詰められて確実に逃げられなくなってきたぞ、おい。
俺一人逃げていいか?」
「折原ぁっ!」
「構わないよ。僕は戦うから」
「草薙ぃっ!?
あー、もう、お前らぁぁぁっ!
ええい! もうこうなったら、全員で戦うぞ! というか戦え!!」
「……はぁ。
ま、それがいいかもな。
よくよく考えたら、数を減らした方が逃げやすいかもしれんし」
「……そう、だね。
撤退は、皆で出来る限り戦ってからでいいのかもね」
「ホント、お前らは……面倒臭いなっ!」
「君が「お前が言うな」」
詰まる所。
三人とも、このまますごすごと撤退だけするつもりはなかったのだ。
どこまで出来るかは分からない。
これが最善かどうかは分からない。
だが、むざむざ人が生きていくための場所を破壊させるわけにはいかない。
そんな決意を込めて、彼らがそれぞれの戦闘体勢を取った……その時だった。
「……なんだ?!」
「停まった……!?」
「どういう、こった」
何かが……まるで、世界そのものが軋むような、甲高い音が響いた直後。
彼の目前まで迫っていた、千に届かんとしていた数の人工パーゼストの歩みが止まった。
いや、それどころか。
「世界が、時間が、停止してる……?」
「いやいや、そんなまさか……本当だよ、おい」
「マジか……マジだな」
エグザイルの言葉どおり、であった。
彼等の視界にある、全てが、世界が、時間が、停止していた。
炎上していた家電量販店の店頭に置かれていたテレビの画面や、その近くの炎の揺らめき、
遠くのビルに表示されていた、秒数まで刻んでいたデジタル表記の時刻表示、
たまたま近くを飛んでいた鳥、
パーゼストに破壊され、自らの重量に耐え切れなくなり、今落下しつつあったビルの壁面、その破片。
それらの動きが、完全に停まっていた。
それこそ、時間が停まっていなければ説明がつかない状況が、そこに生まれていた。
そうして、全てが、ライダー以外の全てが静止していた。
いや、違う。
例外が、もう一人。
「ええ、マジなのよね、これが。マジの緊急事態」
パーゼストとライダー達、二者の挟間、そこの横合いの空間に人間大の蒼い穴が生まれ、
そこからカツン、カツン、と靴音を響かせながら、一人の人物が現れた。
奇妙な形状の、白と黒が入り混じった彩りのコートを纏い、フードを目深に被った……女性。
彼女は、ライダー達の真正面まで歩いた後、パーゼスト達を背にして彼らへと向き直った。
「はじめまして、仮面ライダーの皆様方。
先んじてになるけど、名乗らない事とフードを取らない非礼はご容赦願うわ。
素性を明かせない理由があってね。少なくとも今はまだ、ね」
「何者、だ?」
三人を代表する形でカノンが問う。
すると彼女は、フードの奥、かろうじて見える口端を持ち上げ、からかうような口調で答えた。
「明かせない、そう言った筈だけど? 相沢祐一君。
ああ、いや、そういう何者か、じゃないのかしら。
そうねぇ、貴方達の疑問に答える形で話すとするなら……
私はかの異科学者、G・シューラーの師匠に当たる存在よ。
まぁ主に魔術面で、だけど」
「へぇ? という事は弟子の敵討ちって所か。
んで、その対象となる俺らの事は調査済みか、色っぽい声の姐さんよ」
「あら、お褒めいただきありがとう、折原浩平君。
でも推測の方は残念ながら外れね。
むしろ、その逆」
「……彼を止めに来た、という事ですか。
道を外れた術士を師匠として裁く為に」
「やはりというか流石というか、こういった事には詳しいわね、紫雲君。
ええ、そのとおり。
私は彼が引き起こそうとしている、いや既に引き起こした歪みを糺しに来たの」
「だとしたら、来るのが遅いんじゃないのか?
事前に止めてくれよ、人様への迷惑はよ」
「耳が痛いし、申し訳ないと思っているわ。
私にも色々事情があってね。
ここに至る事で、ようやく介入が出来た次第よ。
……世界超越案件になったからね」
「世界ぃ?」
「超越……」
「案件ですって?」
「そう。
貴方達の目の前で起こっている、起こった事は、この世界では本来あり得ない事。あるべきでない事。
彼はね、色々な要因が重なった事で、世界の壁を越えてしまったの。
結果、こことは別の世界に流れ着き、そこの世界特有の異質な力を得た事で、
本来知り得る筈のない世界のルールを書き換える術を知り、それを振るっている。
そうなった彼を放置しておけば、この世界は崩壊してしまいかねない。
そう……世界滅亡の危機。今はそう言っても過言ではない状況にあるわ」
「世界滅亡とは大きく出たな。一気に法螺っぽくなって来た……」
話を茶化したり冗談めかしたりするのは、アームズ、折原浩平の癖である。
それは、彼にとって最も重大な事柄を除いて、基本的に変わりなくいつも。
ゆえに、今もそうしようとしたのだが……出来なかった。
フードから僅かに、一瞬だけ覗いた、彼女の銀色の瞳を見た瞬間、それが出来なくなったのだ。
威圧されたわけではない。
ただ、諭すような、願うような、彼女の瞳に呑まれてしまったのだ。
らしくない、自身でそう思いながらも。
それは浩平だけではなかった。
祐一や紫雲もまた、彼女の眼に、呑まれてしまっていた。
それゆえに、なのか。
彼らは疑いらしい疑いを持つ事が出来なくなっていた。
彼女が語る、自分達の知らない世界の事実やルールについて。
そうして彼らが呑まれた事を知ってか知らずか、彼女は変わらない調子で言葉を続けていく。
「それに、単純に彼が起こそうとしているであろう事態は、数多くの人生を歪めてしまう。
私の職業倫理としては世界を糺す事が最優先だけれどね。
他ならぬ私の元弟子が、私の愛すべき世界の人々を悲しませるのをやめさせたいのも、また事実。
だから、私は彼を停めなければならない。
彼のかつての師匠として、為さなければならない仕事として。
元を辿れば、私の不始末だしね。
……だけど、今回は色々と特殊な事情が重なってしまってね。
私自身が直接介入すると、よりややこしい事態になりかねない。
そこで、貴方達に状況の解決をお願いしたいの」
「……仮に、アンタの話を全部信じたとして。
つまり、あれか。
あー……アンタの尻拭いを俺達にやってほしいと?
事情は知らんけど、それは勝手が過ぎるんじゃないか?」
納得させられた事はさせられた事として、
イニシアチブを取られっぱなしは気に食わないとアームズは意識して突っ込みを入れる。
「折原君、それは言い過ぎだ。
この人本人は、何かやらかしたわけでもないのに、事態の収拾に来てくれたのに」
「……あー、うん、一応そうなんだけどね。
私自身は悪い事してないのは事実なんだけど……私の責任ではあるので複雑というか何というか」
「と、本人が言ってるが」
「ドヤ顔すんな。……まぁ話はなんとなく分かったよ。
くっそ甘い草薙はともかく、正直折原の言葉にも一理有ると俺は思うけど。
それでも、アンタに責任があるってんなら、こっちにも責任はあるだろう……いやあるからな。
少なくとも俺には確実にな」
G・シューラーを追い詰めた時、相沢祐一には迷いがあった。
パーゼストに侵食されたわけでもない、人の意志が残った存在の、始末をつける事に。
そこに至るまで、彼がしてきた『所業』を考えれば、そう考えてしまう事自体が愚かなのだろう事は分かっていたのに。
その、自分の甘さで、他の世界……本当にそこにあの男が流れ着いたのだとすれば、その世界の人々に迷惑を掛ける訳にはいかない。
であるなら、責任を果たさなければならないだろう。
「だから、この事態の解決、協力するよ。させてもらう」
それはきっと、男として、人間としてもそうだが……仮面ライダーをあえて名乗るものとしても、すべき事のはずだ。
「……コイツも、こういう部分はクソ真面目なんだよなぁ。
どうせ初から手伝う気しかない草薙よりはマシだけどな。
あーあ、ったく、タダ働きかよ」
「……誰も手伝えって言ってないのにその気な、折原君も大差ないと思うけど?」
「どうせ結果的に手伝わされるに決まってるし、手伝わなかったら瑞佳に怒られるから仕方なくだっての」
「流石、長森純情派、話が分かる」
「うんうん、それでこそ長森さん至上主義者」
「お前ら、いつもこういう時に限って連携しやがって……後でなんか仕返ししてやるからな。絶対にだ」
「ふふふ。……あ、ごめんなさいね。
貴方達の魂の煌きが素敵だったもので、ついね。
あの子も、昔は貴方達のように……いえ、これは余分な事だわ」
三人のやり取りを眺め、微笑んでいた女性は、深々と頭を下げた。
彼女の所作は、その動きを見るだけで、込められた感情が伝わるような、そんな思いにさせる一礼であった。
「貴方達の魂に敬意を。そして、心からの謝罪と、感謝を」
「あー……それで、俺達は何をすればいいんだ?」
彼女の一礼に見惚れてしまい、少し気恥ずかしさを感じつつ、カノンが尋ねる。
すると、女性はひとたび深く頷いて、パン、と手を合わせた。
その直後、彼女の真横に、彼女が現れた時と同じような空間の穴が開かれる。
彼女の時と違うのは、穴の色。
彼女が現れた時のそれは蒼だったが、今現在開かれている穴は、七色の輝きが入り混じったものであった。
「これは違う世界……今現在私の元弟子が潜伏している世界への入口よ。
異世界、って言っても、こことそんなには変わらないわ。
大まかに違う点は……パーゼストが活動していない、基本的には平和な世界、って事ぐらいね」
「パーゼストがいない世界……」
「そいつは、これ以上なく分かりやすい違いだな」
「それ以外、基本的な常識やルール、そういう点においては変わりはないんですか?」
「ええ、大丈夫よ。
繋がった先も国は同じだし、基本的なコミュニケーション能力があれば問題ないはずよ。
……まぁ、その街そのものがアレコレあるけど」
「今何か重要そうな言葉が聞こえたような……」
「なんでもないわ、相沢君。
で、ここを潜った向こうで何をしてもらうか、だけど、
あの男、穴を出た場所近辺で活動してて、何かしらを企んでいるはずだから、それを叩き潰してほしいの。
それが終わったらこの状況にも変化があるはずだから、その時点でこちらに呼び戻すわ」
「それはまたざっくばらんだな、姐さんよ」
「もう少し具体的な事は分からないんですか?」
「今話しても推測にしかならない事ばかりだしね。それに……」
そこで言葉を切った女性はエグザイルの方を見て……何故か意地悪げな笑みを浮かべた。
「話しても混乱させるだけになるかもしれないし。
それよりは、百聞は一見にしかず、実際に見て、判断してもらった方がきっといいわ」
「……なんか釈然とはしないけど、分かりました。
じゃあ早速……」
「あ、言い忘れていたけれど。向こうの世界に行けるのは一人だけね」
「え? それはどうしてですか?」
「あちらの状況や送る人間の無事を確実に把握出来るよう、
あといざとなったら呼び戻せるよう意識を一人に集中しておきたいのよ。
複数人でも出来ない事はないけど……こちらの時間を停めたままだと、ちょっとね」
そう言われて、三人は現在の状況を思い出した。
よくよく考えれば現状でもとんでもない事をやってのけているのだ。
今一体どれ程の力を女性が使っているのかは分からないのだが、
この状況を維持したままで、異世界への行き来をする事はそれなりに消耗するだろう事は想像に難くない。
かと言って、この状況から動かすのは危険過ぎるのは明白だ。
他の策があれば恐らく実行しているだろうに、それをしていないのなら尚更に。
「全然余裕だし、不可能ではないけどね、念には念を、よ。
不測の事態ってのは万全の態勢を整えた所で避けられないから不測の事態なんだしね。
そういう状況に対応するためにキャパには余裕があった方がいい、そういう事よ」
「御尤もだな。……じゃあ誰が行くよ」
「僕が……」
「あ、草薙は留守番な」
「ああ、確実にそうすべきだな」
「何故にっ!?」
即座に挙手しようとしたエグザイルを、アームズ、カノンが遮る。
すぐさま不満の声を上げるエグザイルに、二人は口々に言った。
「だってお前気負いすぎるじゃねーか」
「ああ、絶対世界とか皆とか俺らとか危ないから自分が一刻も早くなんとかしなくちゃって切羽詰った顔になるだろ?
無駄に真面目だから向こうでもそのままだろうし、平和な世界ってのが本当なら不審者扱いされるだろ、確実に」
「だ、大丈夫だよ。そんな顔はしないよう意識するから……」
「……じゃあ、今やってみろよ」
「わ、分かった。……こんな感じ?」
「あ、これは駄目だわ」
「通報案件だな」
「怖いわー 絶対子供にも逃げられるわー」
「ぅぅぅ、そんなぁ……」
「となると、俺か折原か、だな」
「……そうなると、相沢君しかないんじゃない? 折原君は、ねぇ」
「そうだぞ。
人をからかって何ぼの俺が行ったら一悶着塗れだぞ。
ぶっちゃけ行くのが面倒臭いってのもあるけどな」
「「自慢げに言うな」」
「……あの街での適応力は折原君のが高そうだけどねぇ」
「また何か変な発言が聞こえたような……」
「気のせいよ、相沢君。
じゃあ、貴方で決まりね。
こちらの状況、時間はこのままで基本動かないから焦らなくてもいいけど、
それも絶対って訳じゃないし、永久にこのままでもないんだから、それなりにしっかりね。
詳しい事は、その穴の向こうで『調整』するから」
「分かった……いや、分かりました」
この女性の事は詳しくは未だ分からない。
だが、少なくとも敵ではない事、今この状況の手助けをしてもらっている事は明らかだった。
それゆえに言葉遣いを改めて告げたカノンは、異世界へと突入すべく、走り出そうと身構えた。
そうして走り出す直前、なんとはなしに二人へと視線を向ける。
それに対しアームズはあっちへ行け、さっさと行けとばかりに、シッシッ、と手を振った。
エグザイルはと言うと、無駄に良い姿勢でこちらを見据え、ただ一度、首を縦に振った。
どちらにせよ言葉らしい言葉がないのが、祐一にはなんとなくありがたかった。
やるべき事は分かっているだろう、と背中を押してくれているような気がして、
と考えると微妙に恥ずかしいやらなにやらだが……それでも悪い気はしなかった。
だから祐一も、カノンも何も言わずに、サムズアップしてから駆け出した。
突然にこんな事に巻き込まれたにもかかわらず、不思議と不安はなかった。
そうして虹色の、光の空間へと走り出すカノン……その背に、女性はこんな言葉を送った。
「もし、あちらに行って、路頭に迷ったら……正義の味方に頼りなさい。
貴方が知っているようで知らない、知らないようで知っている、紫色した正義の味方志望に、ね」
「は? どういう意味で……」
意味不明なその言葉に思わず振り返って尋ねかけるカノンだったが、その答えを得る事は出来なかった。
その質問ごと、虹色の世界へと、彼そのものが飲み込まれて消えていったからであった……。
……続く