この物語は、仮面ライダーKEY本編と比較して一つだけ『違和感』があります。
ですので、ある程度何かを覚悟して読む事をお勧めします。

読まなくても本編には何の支障も無いので、あくまで異聞という事で、興味を持った方だけお読みいただければ幸いです。






















その日は、日曜日だった。

日曜日だからといって、パーゼストが出現しないという事はない。
だが、休日である事に違いはない。

「……ここの所、忙しかったしね」

いつもの廃工場の中、紫雲はぼんやりと呟いた。

「たまには、気分的な休暇を取りますか……」

パーゼストに変化した後遺症が殆ど無い……とりあえずだが……事は幾度の検査などから確信した。
ので、バイトも来週から再開する予定になっている。

であれば。

「よし、久しぶりに人が多い所に出かけるかな」

そうして。
紫雲は気分転換の為の準備を始めた。

「と、確か此処に……あったあった」

工場内の機械の物陰に置かれた一つのトランクケースを取り出し……開く。

その中には………。















仮面ライダーKEY〜異聞にして外伝たるオハナシ〜
















「うーん……いい天気だなぁ」

相沢祐一は、思いっきり背を伸ばしながら街中を歩いていた。

今日は日曜日。
最近はハードな訓練に明け暮れているのだが、今日は舞の都合、皆の勧めもあり、トレーニング自体を休む事にしたのだ。

あまりにも肉体を酷使し過ぎるといざという時に役に立たない事もある。
だが、かといってだらけ過ぎてもいけないのが難しい所だが。

まあ、そんなわけで。
今日はパーゼストが現れない限り、久方ぶりの徹底的な休暇となる。

(しかし……今日に限って名雪に先約入ってるだなんて、ついてないな)

やれやれ、と溜息が出る。

せっかくなので名雪とデートしようと考えていた祐一だったのだが、今日、名雪はあゆの所に料理を教えに行っていた。
なんでも前々からの約束だったとか。

まあ、その代わりに、スケジュール的にはきついものの来週の隙を見てデートする事は決まっていたのだが。

(ま、せっかくだし、久しぶりに街をふらつくか……)

まずは何処に行くか……祐一が思考を始めた時だった。

「なぁ、どっかに遊びに行こうぜ」
「いいじゃないかよ、暇なんだろ?」

そんな声がしたので、何気無しに視線を向ける。
すると其処には、漫画の様なお決まりの構図があった。

少しばかり柄が悪い、今時の男達。
彼らが一人の女性を半ば取り囲む形でナンパしているようだった。

白いワンピースを着こなした、清楚な雰囲気を持つ女性……ロングの黒髪をストレートに伸ばした、まだ少女と言える容貌……は、キッパリと言った。

「残念だけど……暇じゃないの。
 折角の日曜日なんだから」
「だ・か・ら、だろ」
「……あのね。何回言ったら分かるの?」
「良いから……」

業を煮やしたのか、男の一人が女性に手を伸ばす。

(……放っておけないか、やっぱ)

女性の体付きは、女性としてはガッシリというかしっかりと筋が通った強さを持っているように見えた。

だが、それはあくまで女性として。
男に掴まれたら一溜まりもないだろう。

そう判断して、祐一は手を出す事にした。

「そこまでだ」

ス……と音も無く移動し、女性に手を出そうとした男の手を掴む。
パーゼストとの戦闘に明け暮れ、特訓を繰り返している祐一は生身でもこの程度の動きが出来るようになっていた。

「な、何だ、お前……あいたたた」
「あ、悪い。力入れすぎたな。
 あー……なんだ。ナンパするのが悪いとは言わないが、手を出すのは良くないだろ?
 それに彼女は気が進まないようだし」
「……あ、相沢君……?!!」
「へ? ……アンタ」

いきなり自分の名を呼んだ女性に、俺を知ってるのか?……と祐一が言いかけた矢先。

「……なんだ。彼氏いたのかよ」

女性の呟きをそう判断したのか、男の一人が言った。

「そういう事なら邪魔したな」
「ああ、俺達は彼氏持ちには手を出さねー。
 それが俺たちのルール」
「おい、そういうことだから、手を離せよっ!」
「あ、ああ」

なんというか。
意外と律儀な若者達だった。

そんなわけで、祐一が手を離すと三人の若者はいともあっさりとその場から離れていった。

「……」
「……」

後に残るのは、女性と祐一のみ。

祐一は先程の言葉と興味から女性に視線を送る。
女性は微妙に視線を避け、顔を背けながら言った。

「あ、ありがとうございました。助かりました。
 それでは、私はこれで」

と、一方的に礼を告げ、踵を返す女性。
だが、その向こう側に祐一はあっさり回り込んでいた。

「っ!?」
「なぁ、アンタ何処かで……」

そういって女性の顔をマジマジと覗き込んだ祐一の動きが止まる。
その次の瞬間、祐一は声を上げた。

あらん限りの驚きと共に指をさして。

「ああああっ!!??」
「はうっ!?」
「……お前……草薙か……っ!!??」

そう。
眼鏡をかけていない、長髪であるという違いを除けば、その顔は仮面ライダーエグザイルこと、草薙紫雲に違いなかった。

「いいいい、いえ? 僕は草薙紫雲なんて人間ではないよ、うん」

余程動揺しているのか、思いっきり語るに落ちていた。

「ほほう。なら、どうして『紫雲』なんて名前を知ってるのかな?」
「!!!」

突っ込まれて女性……紫雲の顔中に汗が流れる。
それに対し、祐一はニヤニヤ笑いながら言った。

「へぇ……なるほどねぇ……」
「な、なにかな……」
「いやー……まさか、草薙に女装癖があるとはねぇ……ププ。
 しかもかなり手馴れてるよなぁ……ぷぷぷ」

ピシッ。

実際にそんな音が出た訳ではないが、祐一にはそんな音と共に、紫雲に皹が入り、硬直した様に見えた。

祐一が見た所、紫雲の姿は一見では女装だと分からない。
ぶっちゃけ、気持ち悪さや違和感がまるで無い。

つまるところ、それだけやりなれている事だと祐一は推測していた。

「図星だなぁ。というか、他にそんな格好する理由ないもんなぁ」
「うううう。い、いやこれは……その、調査というか……」
「ほほう? どんな調査だ?」
「ううううううううう」
「髪はカツラなのか? わざわざ準備がいいなぁ」
「いや、これはパーゼストの能力を使った地毛で……」
「ふむふむ、そういう能力を開発したくなるほどに女装に嵌っていると」
「ぐうううううううううううううううっ!」

以前からの恨み(?)か、鬼の首を取ったように祐一は攻め立てる。
一方の紫雲は完全に弱みを握られているので手も足も出ない状況だった。

「ぐううー…………
 ……ハァ。お願い、この事は誰にも……」
「言わない言わない。
 ただまあそうなると、見返りは欲しいかな、と思ったりするが?
 そうだな、例えば今日一日言う事を聞いてもらうとか」
「うぐぐぐぐ……くう……ま、まぁ、仕方が無いか……」

この状況だと逆らいようが無いと思ったのか、紫雲は祐一の提案を受け入れた。

(……意外とあっさりだな)

その事に、祐一は驚いていた。
というか、あくまでからかう程度で、紫雲が望むのなら無条件で口外しないつもりだったのだが。

(そういう事なら、今日の暇潰し代わりだ)

そうして考えを改めた祐一は言った。

「そうだな。
 じゃあ、まず……今日は基本的に、さっきみたいな女の子口調で話して過ごしてもらおうか」
「うう、分かった」
「女の子口調で」
「ぐ、ぅ、……わ、分かったわ……」

眼の幅涙を流しながら、紫雲はがっくりうなだれるのであった。
……その声は祐一の予想以上に女の子していたり。

そして、そんな紫雲を見ながら祐一は。

(……うん、楽しいな、これ)

と悪魔の様な笑みを浮かべるのだった。









「よぉ、相沢」
「お、北川」

紫雲を連れて歩き出した矢先、祐一は高校からの友人であり、特訓仲間でもある北川潤とバッタリ遭遇した。
……勿論というべきか、紫雲とも友人である。

「……」

額から汗をダラダラ流しながら、素知らぬ顔(当人はそのつもり)で顔をあらぬ方向に向ける紫雲。
だが、それは逆効果で、逆に北川の興味を向ける事となった。

「そこのお嬢さんはどちらさんで?」
「……っ」

マズイ状況なら無視すればいいものを、律儀かつ生真面目な紫雲はつい北川に顔を向けた。

「……? アンタ何処かで見たような……」
「ああ、そりゃあそうだろ、だってコイツ草薙」
「っ!!!」
「……の親戚らしいから」
「く……ハァ……」

祐一の一言一句に反応しまくる紫雲。
……まあ、祐一の一言一句は紫雲の反応を見越した確信犯なのだが。

「は、はじめまして……」
「へぇ。確かに似てる……っていうかそっくりだな」
「よ、よく言われるよ」
「あー、ゴホンゴホン」
「よく言われるわ……ぐぐ」

祐一の咳払いに、紫雲は言葉遣いを修正する。
その表情は『なんでこんな事に』と言わんばかりだった。

「まあ、そりゃあ、そうだろうなぁ。
 だって草薙本人……」
「ゲホッ」
「の、お墨付きだし」
「……う、く、はぁ……」
「おいおい、大丈夫か?
 さっきからなんか、尋常じゃない様子だが……」
「大丈夫だよな、草薙ちゃん?
 田舎からやってきて緊張してるだけだよな」
「……うう、そうです、大丈夫だ、わ、です、ううう」
「うーむ。
 なんで緊張で眼の幅涙流してるんだ、彼女?」
「そういう人間もいるだろ」
「ううう……」

北川の言葉で悲しみを増大させた紫雲は、暫し漫画涙を流し続けるのだった。










「じゃあ、昼飯はここだな」

用事があるから、と去っていった北川と別れ、二人が向かった先は。

「……相沢君、これは何の嫌がらせなんだ……」

その店の前に立った紫雲は、プルプルと肩を震わせた。

そこは、紫雲のアルバイト先のファーストフード店。
当然ながら、紫雲の顔見知りも多い。

「いやーまあ、近くだったし」
「他にも店はあったよね? あったよね?」
「はっはっは、何のことやら」

普段の冷静なキャラクターは何処へやら、紫雲は思う様感情を露にしていた。

と、そこに。

「あら、相沢じゃない」
「おお、七瀬。今からバイトか?」
「っ!!」
「まあね。
 って、その子誰よ? 浮気してるの?」
「違う違う。冗談じゃないっての」
「……」
「じゃ誰よ。
 ……?? アナタ、何処かで会ったような」
「は、はじめまして。
 草薙紫雲の……親戚、なんだ、いや、なの」

さっきの事があってか、今度は自分から『身元』を語り出す。
……ちなみに横では、チッ、と祐一が舌打ちしていたり。

「へえ? こちらこそ、はじめまして。
 草薙のバイト仲間の七瀬留美よ、よろしくね」
「は、はい」
「アナタ、名前は?」
「草薙……紫真子、です」
「く……ははは」
「こら。相沢、何で笑ってるのよ。
 この子に失礼じゃないの」
「あー、すまんすまん」

笑いをこらえて、祐一はとりあえずの謝罪を入れた。
紫雲が割合すぐに答えてみせた事から、設定を作り込んでいるらしいのを知り、祐一的には面白かったのである。
……涙目で祐一を睨み付ける紫雲の表情も面白かったのだが。

「ごめんね。コイツ、馬鹿だから」
「う、いや、気にしてないから」
「ここで食べるんなら、侘び代わりにコイツに奢ってもらいなさいよ。
 というか、相沢。奢らなかったら水瀬に有る事無い事織り交ぜて密告るからね」
「……おいおい……マジか?」

流石にそうなるとは思ってなかったのか、祐一は顔を引きつらせた。
逆に紫雲は今までから一転した表情で、七瀬に手を合わせる様にして言った。

「うう、ありがとうございます、七瀬さん……
 一矢報いたこの恩、一生忘れません……」
「いや一矢って何よ……っていうか、なんでかしらね。
 草薙本人にに感謝されてる感じがするわ」
「ギク」
「まあ、ともかく、気にしないの。
 乙女たるもの、当然の事よ」
「……むしろ”漢”の行動のような気がするが」
「な、なななんですってぇーっ!!」

祐一のポソリと入れた突っ込みに、留美は周囲に構わず思わず吼えたのだった。










それから暫しの時が過ぎて、夕暮れ時。

「しっかし、お前……」

祐一がそれを呟いたのは、紫雲を散々からかいまくりながら歩き回った後。
日曜だというのに人気の無い……パーゼスト事件の影響なのだが……公園のベンチで、買ったばかりのタイヤキを食べながらの事だった。

「なに?」
「もっと女の子らしく」
「うう……なんなの……?」

これ以上ないほどに憔悴しきった紫雲は、油が切れた人形のような動きで祐一に顔を向けた。
その際、長髪が揺れて、紫雲は自然にそれを直す。

それを見た祐一は自身の中で考えていた事に確信のようなものを得て、改めて言葉にした。

「なんというか、あれだな。
 そうしてると、本当に女にしか見えない」
「……はぁ。それはどういう意味? 褒めてるの?」
「いや、事実そのまま」
「……うーむ、なんか、複雑」
「でもさ、なんでそんな格好してるんだよ。
 あれか。女の子にでもなりたかったのか?」

そう問われると、紫雲は押し黙った。
なんとも言えない……悲しんでいるような、怒っているような、感情が入り混じった顔で。

「……悪い。なんか立ち入ったことだったか?」

それがあまりに真剣だったので、さっきまでからかっていた事も忘れ、祐一は謝罪した。
そんな祐一を見て、紫雲は苦笑を浮かべる。

「いや……そんな事はないよ。
 むしろ、謝るのは……僕……私の方なのかもしれない」
「どうしてだよ?」
「嘘を……ちょっとついてるから」
「ふーん……ま、いいさ、別に」
「え?」 
「俺はさ、お前の事よく知ってる。
 今まで曲がりなりにも同じ戦場に立って戦ってきた仲だし。
 んで、お前が意味がない嘘つくとは思えないし」
「……」
「だから、俺達を裏切ってるとか以外なら、ある程度の嘘は許してやるよ」
「本当に?」
「ああ」
「……ありがとう」

そう言って笑う紫雲。
その顔を見て……祐一は思わず、鼓動が高まるのを感じた。

「おおおおおおおおおっ??!!! 違うっ?! 俺は、ノーマルだあああっ!」
「?」

そうして、祐一が自分に芽生えた感情を否定すべく、のたうち回っていた時だった。

『……!!』

二人の……あるいはベルトの……『感覚』がパーゼストの気配を捉えた。

「どうやら、休日は終わりだな」
「ああ、そうだね」

いつもの口調で呟いて、紫雲はウルフパーゼストへとその身体を変化させた。

「割とすぐ近くなのは幸運だ。行こう!!」
「って、今日はバイク無いから俺背負っていってくれよ」
「……しょうがないか。しっかり掴まってね」

そうして、祐一を背中に背負い、紫雲は大きく跳躍した。







実際、パーゼストが『出現』したのは、公園近くの路地裏だった。
だから紫雲達は一分と経たないうちに、憑依体……クラブパーゼストの前に降り立った。

「……っと! 相沢君、大丈夫?」

地面に着地した紫雲は、祐一を降ろすと人間の姿に戻った。
祐一は背中のバッグからベルト一式を取り出しながら、答える。

「ああ、ちょっと高い所からの自殺者の気分になったけどな」

言葉を交わしながら、二人は状況を確認する。
……すぐに来る事が出来たからか、直接的な被害者はまだ出ていないようだ。

「って、コイツ、前も倒さなかったっけ?」
「同種のパーゼストは幾らでも存在する。
 まあ、多少は違いがあるかもしれないけど……別に不思議じゃない」
「へぇ。まあ、いい。
 よし、このまますぐに……」

決着をつけてやる……祐一がその言葉と共に鍵を回そうとした瞬間。

「gyyugyuygu!!」

一瞬の隙を突いて、パーゼストが襲い掛かる……!!

「く!」
「危ないっ!!」

弾き飛ばすようにして、祐一を庇う。
……その結果。

「く、っっ!!」
「huuhuhuhjj……」

鋭い攻撃をその身に受けて、紫雲は大きく地面を転がった。
笑うような『声』を出すクラブパーゼストの鋏には、服の切れ端が幾枚か引っ掛かっていた。

「草薙!!」
「……っ……僕は、大丈夫……それより、早く!!」
「……おう!!」

今は迷う時ではない。
紫雲とて、激戦を潜り抜けてきた戦士。
そう容易く死んだりはしない。
ゆえに、紫雲の様子を看るのは、目の前の敵を速攻で倒した後で十分……!!

「変身っ!!」

赤い閃光に身を包んだ後、祐一の姿はカノンに変貌していた。

「uuyuyuyyjbb!!」
「ちっ!」

鋭い攻撃の連撃。
以前倒したモノより強化されているのが、祐一には分かった。
だが。

(俺だって、前とは違う……!)

その攻撃を掻い潜り、カノンは中段軌道の蹴りを腹部に叩き込む。
堪らずパーゼストは前屈みの状態となった。

「nhuuuhhknk……っ」
「……今っ!」

其処に合わせ、カノンはアッパーに閃光を纏わせて、パーゼストの顔面を打ち抜いた。
以前は砕けなかった殻さえ砕いて。

「tftftuuuftugjggyuuugyugyyuiygiggui!!!!!」

苦悶と断末魔を同時に上げるような奇声を発しながら。
パーゼストは光の粉となって消えた。

「……よし……」

それを見届けた祐一は変身を解除しながら、紫雲の傍に駆け寄った。
紫雲は仰向けに倒れたまま、起き上がろうとしている所だった。

「おい、大丈夫か?」
「ああ。僕の身体の組成はパーゼストだから。
 瞬間硬化もしてたし、少々の事じゃダメージは受けないよ。
 ……っ!!」

言葉の途中で何かに気付いたのか、紫雲は息を呑む。
その後の紫雲の動作を見て、祐一は首を傾げた。

「……おいおい、スカート押さえてたって別に関係ないだろ。
 胸元も破れてたって別にいいだろうに」
「あ、う。そ、そうなんだけどね、つい」

言いながら、慌てて立ち上がる紫雲。
だが、その身体には先程のダメージが残っていたのか、フラリ、と力を失い、よろめいた。
見かねて、祐一はその身体を支える。

「って、危ないな……ん?」

祐一が何気無く抑えた箇所は胸。
よろめいた拍子に胸元を押さえていた紫雲の手は離れていた。

体重が掛かるのを考慮して力を入れていた祐一の手には、妙な感覚があった。

なんというか。
フニフニと柔らかくも弾力があって。

「……あ、ぅ、ぁ、ぅ、あう」
「パッド……?」

ふにふに。ふにふにふに。

「……あ、あ、あ」

それは、明らかに素肌だった。

「えーと。これは……作り物じゃない、よな」

ダラダラと汗が流れ落ちていく。
主に祐一の額に。

ちなみに、紫雲の眼は……思いっきり涙目である。

「……あー駄目だぞ。いくら女に憧れてるからって手術とかは……」
「そ」
「そ?」
「そんなわけないでしょうがああっ!! いやああああああああっ!!!」

そうして。
祐一は滅多に聴く事の無い、草薙紫雲の絶叫と悲鳴と共に宙を舞った。










……それから暫し経って。

「……う、う、う」
「あー……悪かったよ」

憑依体対策班への事後連絡をした後、二人は先刻の公園に戻り、ベンチに腰掛けていた。

破れた箇所を覆うものも無く、紫雲は胸元を手で隠すしか術が無かった。
逆にそれが胸を盛り上げて強調していたので、祐一は眼のやり場に困ったり。

なんとか男の本能と戦いつつ視線をずらしながら、祐一は言った。

「いや、まあ、さっきのは俺が悪かったけどな。
 でも、俺は……知らなかったし、つーか、聞いてないし」

草薙紫雲が、女の子とは。

「うう、それは僕が悪かったんだけど……だからって、胸を……誰にも触らせた事無かったのに……」
「そ、そういう問題じゃないよーな……しかし、案外……いや、はい俺が悪かったです」

ごほん、と咳払いをして場を整えると、祐一は言った。

「あのな。
 どうして男の格好なんかしてたんだよ」
「……」

祐一が発したそれは真剣味を帯びた言葉、問い掛けだった。
ゆえに、紫雲は動揺をとりあえず何処かに放っておいて、語りだした。

「……草薙家にはね、ある背負った宿命があるんだ。
 それが何かは省くけど、その宿命を打破できるのは『草薙紫雲』の名前を継ぐ男子だっていうのが言い伝えで。
 事実、草薙家には男の子が生まれた試しがなかったらしくて。
 僕は……それが悔しくて。
 いつまでも宿命に縛られたりなんかしたくなくて。
 だから……僕が宿命を打破してやろう、そう思ったんだ」
「……だから『紫雲』を名乗って、男装してたのか」
「うん。
 まあ、女として挑んでもいいんだけど……それはそれでなんとなくご先祖様達に申し訳がない気がしたから」
「女装を否定しなかったのは何でだ?」
「そうしたら女だって事はバレナイかなぁ、と」

(なるほど、そういう事か)

あの時、あっさり祐一の要求を飲んだのも、その辺りの事を悟らせない為だったのだろう。

「つーか、高校の時も偽装してたのか?」
「……まあ、その。そういうこと」
「よくもまあ……」

其処まで徹底されると、正直呆れるしかなかった。

「んで、たまに今日みたいに女の子に戻る休暇を自分で作ってるわけか」
「その通りだよ……」
「というか『女の人に戦わせたくない』とか言ってた癖にな」
「う。いや、事実だし。
 僕以外の女の子は戦うべきじゃないと思うし……」
「ほうほう、自分で言ってた事を曲げる訳か」
「だ、だって……」

しどろもどろの真っ赤な顔。 
それは女の子としてみれば……魅力的だろう、おそらく。

「?? どうかした? 顔真っ赤だけど」
「……なんでもない。
 まあ、いいか。
 許すって言ったもんな、さっき」
「あ……ありがとう」
「で、今後は?」
「……戦うよ。戦うしか、無いんだ」

呟くその眼は、紛れも無く戦士の眼。
相沢祐一が知る『草薙紫雲』だった。

「……そうか。
 皆には隠した方がいいのか?」
「出来れば、そうしてほしい」
「ふむ。
 そういうわけなら……草薙には俺に嘘をつかせる事へのペナルティを与えるべきだな。
 異論や反論は?」
「うう、ないよ」

数時間前同様にガックリとうなだれて承諾する紫雲。
そして祐一は、数時間前同様悪魔の様な笑みを浮かべた。

「じゃあ、そうだなぁ……まず一つに、くくく、お前が女だって知ってる奴しか居ない場所では、絶対女言葉で喋る事。
 一人の時はそうしてるんだろ?」
「いや、まあ、そうだけど、それは……」
「出来ないと?
 ほほう、人に嘘をつかせるのに、嘘をつく必要が無いときまで嘘をつくのかぁ……」
「ぬうう……わ、悪かったわ。
 分かりました、分かったから。
 ちゃんと、女の子言葉でしゃべればいいのね?」

そのトーンは、明らかに女の子のものになっていた。
先刻程の緊張が無いからか、実に滑らかだった。

「おおー。
 なんかいいなぁ、それ」
「うう、からかわないでよ……」

とはいえ、人前で女の子言葉を使うのに余程慣れていないのか、紫雲は耳まで真っ赤になっていく。

その様を見て、祐一の心に悪戯心が芽生えた。

「しかし、それだけじゃあなんだしなぁ」
「ま、まだ何かあるの……?」
「そうだなぁ……じゃあ、俺にキスするってのはどうだ?」
「………………………………………え?」
「そのぐらいやってもらってもいいよなぁ、なんて」
「…………………………………………………………………わ、わかったわ」
「なんて、冗談だよ。俺には名雪がいるし……って? え?」

……実際、それは冗談だった。

こう見えて、祐一は名雪一筋。
だから、キスの方は本当に混じりっけなしで冗談のつもりだった。

だが。
真面目な紫雲は思いっきり本気にしてしまっていた。
……まあ、明らかに祐一の自業自得なのだが。

「……仕方ない、仕方ないんだよね、うん……」
「え? その?」

そうこうしている間に、ぶつぶつ呟きながら紫雲はずずいっと祐一に詰め寄っていく。
完全に呆けていた祐一はもはや飛び退く事さえ出来ない。

「いや、あの、草薙さん? ちょっと?」
「……………………………………相沢、君なら」

そうして。
紅潮した紫雲の顔が眼前に迫り……


  
















「う、わあああああああああああああああああああっ!!」

そこで。
祐一は目を覚ました。










「……僕が、女の子?
 なんで、そんな夢見るかな」

それは日曜日の朝。
祐一達の住む大学寮の入り口でその『夢の話』を聞いて、自身のバイクに寄り掛かっていた紫雲はなんとも言えない表情で呟いた。

「いや、俺が聞きたい」

クリムゾンハウンドに寄り掛かる祐一もまた、なんとも言えない表情で答える。

「相沢君、欲求不満なのか?」
「う、あながち否定できないのが辛いな……最近、名雪とデートしてないし」
「……にしても、もう少しましな夢見ようよ。頼むから。
 お互いの精神の安定の為にもさ」
「いや、本当にそう思う。
 この件は俺が全面的に悪かった」
『……ハァ』

そうして、男二人は揃って肩を落としながら、息を吐いた。

「しかし、妙にリアルだったのが怖いぜ。
 思い出すと……」
「思い出すと?」
「なんでもない」

あの『女の子の紫雲』だと悪い気がしないのが怖いし、何より名雪に申し訳ない祐一だった。

そんな祐一を見て、紫雲は苦笑いを形作った。

「まあ、でも……そういう世界もあるのかもしれないね」
「は?」
「いや、僕が女の子だって世界。
 そう考えると、そういうのも面白いんじゃないかな」
「……それはあれか? お前そっちの気があるのか?」

ずずずいっ、と紫雲から離れながら祐一は言う。
紫雲は思いっきりゲッソリした顔で答えた。

「あのね。僕は極めてノーマルだって。
 神に誓って、それだけは確かだよ、マジで」
「っていうか、お前本当に男か?」
「……」
「おい、何で其処で黙り込む」
「いや、そうしたら面白いかな、と」
「お前な。
 普段真面目なのにこういう時だけ洒落にならない冗談をかますな」
「ははは。それは悪かったね」

最早いつもどおりとさえ言える軽い険悪ムードを漂わせる二人。
だが、それで互いの調子は完全に戻ったようだった。

「そんな事より、そろそろ出発だ。
 相沢君、バイクの準備はOK?」
「ああ。
 しっかし、折原の奴ちゃんと来るのかね」
「大丈夫だよ。彼にとっても必要な事だし。
 じゃ、行こうか」
「やれやれ……」

そうして、彼らは『或る場所』へとバイクを発進させた……










はてさて。
相沢祐一が見たものは……果たして、夢か現か幻か。










「それはご想像にお任せするわ……なんてね」










END





えーと。まず一言。

皆様、ごめんなさい。m(__)m 



うう、一度やってみたかったんですよ、このネタ。

言うなれば反転ネタですね。
オリキャラ反転はありなのか微妙ですが。

本編(ライダーKEYに限らずスノドロや蒼穹聖歌も)の草薙君は紛れも無く男ですが、今回の草薙紫雲は男装の女の子です。
理由については今回の話参照。
こっちの世界では共に戦う内に祐一に惹かれていくようです。
そういう『可能性』の物語もあり得るという事で。

ちなみに『状況』としては『ループ』決着後になります。
意味は分かる人だけ分かってください(ぉぃ。

さておき。
実は、一時期人間関係的にも面白くなるので本編にも取り入れてみようかなーなどと考えてみた事もあるのですが、
流石にそれは『仮面ライダー』から離れてしまう可能性があるので、却下しました。

僕が『仮面ライダーKEY』を書くのは、あくまで『仮面ライダー』を書く為なので。

とは言え、書きたい欲求はかなり溜まってきて(ぉ)、
どうしたものかなぁと思案して、あくまで外伝、異聞としての一話限りならOKかなと書いてみた次第です。
というわけで、ご容赦くださいませ。

しかし、良いか悪いかさておいて、恐ろしい事筆が進む事進む事。
よほどこの話がやりたかったんだなぁ自分(汗。
というか、いつもの執筆時の自分と、書いていてキャラが違ったような(大汗。

まあ、さておき。
一応この世界も並行世界の一つとして存在しているので、またいつか別の形で……(いい加減にしろ。