それは世界で繰り広げられている幾多の戦いの一つ。
いくつかある仮面ライダーになれない仮面ライダーの物語の一つ。
いずれ本流の中に流れ込み、大きな流れを形作る存在達の物語。
仮面ライダーKEY外伝〜郡体達のコンチェルト〜 第一話
「ったく、物騒になったもんだよな」
家電屋のウィンドウに並ぶテレビ、その中で流れるニュースを見て、その青年は呟いた。
白耶凪。
普通より少し変な、でも、普通の枠には収まるであろう、そんな青年。
高校卒業後、自分的には学ぶべき事はないと大学進学はせず、日夜アルバイトをして家族と自分の生活費を稼いでいる、そんな青年だった。
その日も、彼は朝までのバイトを終え、バイト先近くのコンビニで立ち読みした後、家に戻るという『いつもどおり』の中にいた。
後は近くのバイト先におきっ放しのバイクで家に帰るだけだった彼が『そのニュース』を見たのはたまたまだった。
そのニュースとは、パーゼストと呼ばれる特撮番組さながらの怪人が東京近辺で暴れているというもの他ならない。
「チッ」
先日も怪人が現れた事、その内容について詳しく語るニュースを見て、凪は小さく舌打ちした。
「……ムカつくな」
憑依体対策班。
国が作ったという対パーゼスト組織の活躍で今の所被害は最小限に済んでいるらしい。
その事自体は別にいい。
被害が最小限というのならそれに越した事はない。
腹が立っているのは自分自身にだった。
こんな事が起こっているのに日常を続けている自分に、彼はこの所苛立ちを覚えていた。
それは、白耶凪という人間が、性格的に粗い所が多々あるものの、基本的には正義感の強い人間だからに他ならない。
少し短気で喧嘩っ早い男ではあるが、その拳は殆ど正しい標的に向かっていた。
……もっとも、彼自身は『正義感の強い自分自身』を素直に認めたがらない傾向が強いのだが。
閑話休題。
そんな彼であるがゆえに、この事に深く関われない自身に彼は歯噛みして苛立っていた。
正確に言えば関わる事が限りなく難しいので、そうなるのはしょうがない事なのだが。
パーゼストは武器を持たない人間にとって歯が立たない存在であり、一般人は避難が最優先だとマスメディアを通じて通知……というより殆ど厳命……されている。
凪は腕っ節にかなり自信があるのだが、それでも今の所『一般人』である事には変わらない。
不愉快ではあるが、自分が天涯孤独ならまだしも悲しんでくれるであろう人達がいる限り、無茶をやって無駄死して悲しませてしまうほど凪は考えなしではなかった。
それに、パーゼスト出現が確認されているのは東京近辺他数箇所のみだという。
これが自分の住んでいる場所ならいざ知らず、この近辺とは微妙に距離があるので、無理矢理首を突っ込めるわけでもなかった。
何故なら彼には今の生活があり、彼の家族がいる。
父母、妹や友人……そういう身近な存在から遠ざかってしまうのは、彼には抵抗があった。
そして現状、憑依体対策班が事態を収拾している事実がある。
そうである以上、自分に出来る事などない……それが現状における白耶凪の結論だった。
「この辺の警察とかでも募集掛けてくれないもんかね、憑依体対策班」
もしそうなってくれれば参加するのだが……という自分の思考に凪はまたも舌打ちを零す。
「……チッ。どうにも言い訳じみてるな、くそ。アイツなら……」
言い掛けて止まる。
アイツなら。
何処か歪んだ正義感を持ち、ヒーローになりたいなどという願望を持つ自分の従兄弟なら……どうしているか。
「……ふん」
それ以上の思考は不愉快にしかならない事を予測・理解し、凪は思考を停止させた。
「あー……ムカつく。
こういう時はやけ食いに限るな。っと、ちょうどいいな」
たまたま視界に映ったのは安さに定評のある牛丼屋。
ここで腹一杯食べた後、家に帰ってグッスリすれば不快な事は忘れられるだろう……そう凪は考えていた。
この選択が。
彼の人生を大きく変える事になると知らずに。
「いらっしゃいませー」
牛丼屋に入った凪は、店員の声を聞きながら店内を見回した。
朝方はいつもこうなのか、たまたまのか、店内は結構混雑している。
そんな中で、壁際のカウンター席が一つだけ空いているのを発見し、凪はその席に向かった。
「すまん。ここ、空いてるか?」
その空席の横に座る、何かの制服……デザインとしては警察に似ている……に身を包んだ女性に凪は声を掛けた。
凪の声に気付いた女性は振り返る。
(……ほぉ)
振り返った女性の容姿に、凪は若干眼を奪われた。
手入れが行き届いた長く艶やかな髪。
そのフワリとした髪と調和するような穏やかな顔立ち。
そして、その顔には優しげな微笑が浮かんでいた。
「ええ、どうぞ。気にせずお使いください。
そろそろ佐……私も席を空けますし」
「……ん。礼を言う」
多少なりとも女性に『呑まれて』しまったからか、凪は余剰気味な礼を告げた。
そんな凪に対し、女性は笑顔のまま言った。
「あははー。お礼を言われるようなことじゃありませんよ」
「そうだな。まぁ、気にしないでくれると助かる。
……あ、牛丼の特盛をとりあえず二つ頼む」
座りながら若干離れた店員に注文を告げる凪に、女性はニコニコと話し掛ける。
「凄いですね。朝早くからそんなに食べて大丈夫なんですか?」
「ああ、まぁ、そのなんだ。俺は大食いなんでな」
何故かやけ食いというには憚られて、凪はそう答えた。
「そうなんですかー。
佐祐理の……私のお友達にも良く食べる方がいるんですよ。
その方はここのチェーン店に入ると、まず特盛4杯頼まれてましたよ」
「……奇遇だな。
俺の従兄弟にこのチェーン店で同じ数を頼む馬鹿がいるぞ」
ソイツの事を忘れる為に来た牛丼屋で何思い出してるんだ俺は……と考えながらも、凪はそれほど不快感を感じていない自分に少し驚いていた。
目の前の女性の雰囲気がそうさせるのだろうか……。
そんな凪の思考に気付くはずもなく、彼女は言った。
「それは奇遇ですね。
そう言えば、貴方はその人に少し似てる気がします」
「へぇ? そりゃ面白い。
縁があったら一度会ってみたいもんだな」
「そうですね。縁があったら……と、あ、申し訳ありません。
初対面の方に馴れ馴れしく……」
「いや、気にしないでくれ。正直悪い気はしてない」
「そう言っていただけると助かります」
「……。まぁ、それはそれとして……」
小さく首を傾けながらの女性の微笑みに気恥ずかしいものを感じ、微かに視線を逸らしつつ凪は呟く。
「俺的には俺の大食いなんかより、アンタみたいな人が牛丼屋に出入りしてる事に驚きだがね。
俺の多少ガサツな従姉ならともかく、アンタみたいな人は普段はこういうところ利用しないんじゃないか?」
「あははー、そんな事はありませんよ。
まぁ、昔は確かに余り利用しませんでしたが……最近は親友の影響で良く利用するようになりました」
「親友の?」
「ええ、佐……私の大事な……」
「ああ、別に気にしなくていい」
「え?」
「自分の事を名前で呼ぶくらい別にいいんじゃないか?
少なくとも俺は気にしないから、気にしなくていいぞ、佐祐理さんとやら」
そうしてニヤリと笑う凪。
内心では笑った後に『もちっとましな笑い方しろよ俺』などと嘆いてみたりしていたが、さておき。
そんな凪の笑みを見て、女性……佐祐理は目を幾度か瞬かせた後、フ……、と気を緩めたような息とも笑みともとれるものを零し、口を開いた。
「……ありがとうございます。
何年来の癖なもので、どうにも抜けきらなくて困ってるんですよ」
「癖なんてそんなものさ。
俺も昔から喧嘩っ早くて気が短いのが中々治らない」
「そうなんですかー……そんなに気が短いように見えませんけど」
「そうか? いつも仲間内では見た目通りだって評判なんだがな」
「そんな事はないですよ。
とても優しい眼をしていると佐祐理は思います。
佐祐理の親友や、お友達のように…………あ、すみません」
断りを入れつつ、佐祐理は上着のポケットから微かに振動する携帯を取り出した。
マナー違反ですみません、と凪に重ねて謝りつつ彼女は携帯を耳に当てる。
「はい。……!」
瞬間。
彼女の表情が激変した。
どんな人間でも惹き付けるような笑顔は消え、鋭くも厳しい、緊迫感のある表情へと変わる。
その鋭さに、凪は一瞬驚かされると共に、気圧されるものを感じた。
「…分かりました。すぐに向かいます。
水瀬秋子さん、草薙命さんにも連絡をお願いします。
お二方の連絡先については……」
「…!?」
女性が洩らした人物の名に、凪は驚きを隠せなかった。
草薙命。
それは凪にとってのもう一人のイトコの名前だったからだ。
今は元々の職業である医者ではなく、別の事が忙しい、などとこの間電話で話した時は漏らしていたのだが……。
「……おい、アンタ……」
「折角お話していたのに申し訳ありません。急用が出来てしまいました」
余程切羽詰っているのか、先に自分に呼びかけていた凪の声にも気づかずに、佐祐理は一方的にまくし立てた。
「もし縁があったら、またお会いしましょう。
……すみません、御代はここにおいておきます。
ご迷惑をお掛けしますが、御釣りは結構です」
凪に向けて頭を下げた後、後半は店員に向けて言葉を置いて、彼女は颯爽と、という表現がピタリと当て嵌まる姿で店を出て行った。
その姿に、凪は暫し疑問さえ忘れて見惚れ、彼女の行く先を目で追ってしまっていた。
そんな凪の意識を通常状態に戻したのは、商品を運んできた店員の声だった。
「お待たせしました。特盛二つですね」
「……」
目の前に置かれる牛丼二杯に視線を送る凪。
だが、意識は視線とは外れたモノに向いていた。
「……ああ、くそ、しょうがないか。
味わって食べるのはまた今度だな」
言いながら割り箸を掴んだ凪は、凄まじい速度で丼の中身を口の中に流し込んでいく。
そうしてものの二分で丼二杯を平らげた凪は財布から代金を取り出し、忙しそうに動き回る店員に告げた。
「っぷ……ごちそーさん。
代金、ここにおいていくぞ。釣りはいらん」
そうして多少格好つけて店を出て行く凪……だったのだが。
「あ、ちょっとお客様ーっ!!? 代金、足りませんよぉぉぉっ!」
以前来た時との微妙な値上がりに気付かず、様にならなかった事に当人は気付いていなかった。
ちなみに。
佐祐理が置いていった分の御釣りと合わせる事で帳尻が合った為(女性と会話していた事から知り合いだったと思われた事もあり)、運良く特に問題にはならなかった事も、凪が知る事は無かった。
「っと、さっきこっちに向かって走ってたよな」
店を出た凪は、呆けつつも眼で追っていた方向に向かって走っていった。
現在多忙の極みにあるらしい従姉。
ただの医者、というわけではないのはなんとなく理解していたが、そんな従姉とあの女性に何の関わりがあるのか。
勿論、無関係という事も考え得るのだが……。
(……クサナギミコトなんて漫画みたいな名前そうそうあるわけないしな)
という一般常識(?)から、おそらくほぼ確実に無関係ではないと確信していた。
(って言うか、俺は何で彼女を追いかけてるんだ?)
冷静になって考えると、ムキになって追いかける必要性はそんなにないはずだった。
従姉が何をしているのか気になっているのであれば、従姉本人に聞けば良いだけの事。
にもかかわらず、何故……。
(まぁ、分かりきってる事か)
あの佐祐理という女性に惹かれるものがあったから。
シンプルだが、これに限る。
あと従姉の事がコレにプラスアルファされると考えれば不思議は……。
「って、そんな事は今どうでもいいよな」
今は彼女を追うのが優先事項だ。
結構目立つ制服姿のなのだから目に付くはず……そう考えて走りながらも周囲に注意を払っていた凪の眼にあるものが留まった。
「…あれは」
反対車線を走るトレーラーの運転席。
そこに座っていた男が制服を着ていた。
あの女性とは微妙に違うが、殆ど同じと言っていい制服を。
その事を、視力2,0以上の凪の眼は確かに捉えていた。
「……なんだ?」
凪がその事に思考を起こす反応する間もなく、トレーラーが立ち止まった凪の前を通り過ぎようとした時、それは起こった。
トレーラーの後方、コンテナ部分の扉が開いたかと思うとそこからスロープが飛び出し、地面に道を作る。
そして、そのスロープを後向きに滑り落ちる形で、一台のバイクが姿を見せた。
「っ……!!」
バイクはそのままスロープから道路に滑り降りたかと思うと、スピードを上げて自身を乗せていたトレーラーを追い抜き、トレーラーの進行方向の先へ先へと疾走していった。
そんな何処かの漫画やアニメで見かけるような登場もさる事ながら、凪は別の事に驚き、眼を見開いていた。
「仮面、ライダー……?」
そう。
バイクに乗っていた『存在』は、幼い頃テレビで見た事のあるヒーローの姿にそっくりだったのだ。
薄い赤紫の、金属的なフォルムを持った……仮面ライダー。
少なくとも凪にはそうとしか表現できない姿をソレはしていた。
「……まさか、な」
頭の中に浮かんだのは、まさにそのヒーローに憧れていた従兄弟の事。
正直馬鹿馬鹿しい連想だと凪自身思う。
だが、先程の女性が口にした従姉の名前が。
”紫”という色を持っていたあの姿が。
『……何でそんなに突っかかるのか知らないけど。
今の凪じゃ、僕には勝てないよ』
自分がどうやっても勝てなかった、草薙紫雲という名の従兄弟を連想させてしまうのだ。
そう考えてしまった以上。
白耶凪を停める理由は、最早彼の中には何一つ存在しなかった。
「……っ!」
改めて意を決した凪は、全速力でバイト先のカラオケ店、その駐車場に向かう。
カラオケ店の裏にあるスタッフ用の駐車場に置かれた自身のバイクに跨った凪は、ヘルメットを被り、マシンに火を点けた。
「……確かめてやるさ……!」
佐祐理という名の女性への『興味』。
従姉弟達との関係への疑問。
それらを満たすモノはきっと、あの『仮面ライダー』の所にある。
そう確信した凪を乗せ、彼の意志の下、バイクは走り出した。
これから彼が歩く事になる……過酷なる戦いの道へと。
…………………続く。