Rの記憶/名前の由来、その在処
「仮面ライダー、って名前、何処から来たんだろうな」
左翔太郎がなんとなくそう呟いたのは、とある日曜日の事だった。
左翔太郎。
彼は、彼が今いる『鳴海探偵事務所』に所属する探偵である。
現在翔太郎は、ある依頼の調査報告書を纏めている最中だった。
彼の仲間である所の照井竜から頼まれたソレの作成、
その総仕上げの中で気になった事があり、呟いた言葉。
それが先程の言葉だった。
「なんだい、翔太郎。藪から棒に」
そんな翔太郎の疑問に答えたのは、翔太郎の相棒であるフィリップ。
地球の全ての記憶が存在する「地球(ほし)の本棚」で検索する事によって、あらゆる情報を手にする事が出来る能力を持つ存在である。
彼は読んでいた本を畳むと椅子から立ち上がり、
事務所奥の机で絶賛報告書製作中の翔太郎の近くへと歩み寄っていった。
彼ら二人は探偵だが、同時にもう一つの姿を持っていた。
二人で一人の仮面ライダー。
彼らが住まう街、風都の守護者・仮面ライダーW。
それが彼らのもう一つの姿だった。
ちなみに今回の依頼を持ってきた照井竜もまた仮面ライダーアクセルという名の仮面ライダーである。
閑話休題。
「いや、纏めてたらなんとなく気になっちまったんだよ」
翔太郎は、普段はあまり使わないノートパソコンを畳み、肩を竦めて見せた。
いつも事件記録はタイプライターを使って行う翔太郎なのだが、
今回の依頼は調査報告書の提出を含めたものだった為、
他人……依頼人に提出するものという事を配慮に入れ、
統計データなどの製作も視野に入れた結果、ノートパソコンで制作している。
そんなノートパソコンをなんとなく一瞥した後、
フィリップは顎に手を当てて如何にも考えているという感のポーズを取っていた翔太郎に向かって言った。
「……僕達の名前の謂れは君もよく知ってるだろう?」
「ああ、それはよく判ってるし覚えてるさ相棒」
かつて二人は自分達の事をただ『W』と名乗っていた。
だが、彼らが度々ドーパント犯罪……
……地球の記憶を収めた生体情報感応ガイアメモリを使用する怪人・ドーパントが引き起こしたもの……
……に立ち向かう姿が目撃され、噂となり、
フィリップの姉・園崎若菜がパーソナリティーを務めていたラジオ番組において、
都市伝説として取り上げられた事が決定的となり、
風都の守護者『仮面ライダー』という通称が誕生した。
二人はそれをいたく気に入り、
今まで名乗っていた『W』と『仮面ライダー』を組み合わせ、
仮面ライダーWと名乗るようになったのだ。
「仮面ライダーの名前は、俺達にとって誇りだ。
不満があるわけじゃねぇ。
だが、そうなったのはなんでなのかって、調査書纏めててなんとなく思ったのさ」
「そうなった、というと?」
「仮面を被ってるライダーだから仮面ライダー。
ああ、実にシンプルだ。
だが他にいくらでも呼び名はありそうだと思わねぇか?
ほら、亜樹子なんか最初半分こ怪人呼ばわりだったろ」
「そう言えばそうだったかな?」
今はこの場所にいない、鳴海探偵事務所所長・鳴海亜樹子。
彼女がWを初めて見た時、亜樹子はWの事をそう称していた。
左右非対称のWの姿は『半分こ怪人』と呼ばれても不思議はない。
勿論、翔太郎としてはそう呼ばれる事に納得は出来ないのだが。
「ガイアメモリを使うって意味じゃ俺達も怪人……ドーパントと同じだしな。
そう考えると『仮面ライダー』って名前が、
風都内でこんなにも知られて、定着して、
好意的に呼ばれるようになったのは偶然としちゃ出来過ぎかもな、とか思った訳だ」
「……ふむ、そう考えると少し興味深いね」
「だろ?」
「そうだね。じゃあ少し考えてみようか。
まず、仮面ライダーという存在が受け入れられたのは、
推察するに、鳴海荘吉の存在も少なからず関係してるんじゃないかな?」
「おやっさんが? ああ、スカルか」
二人にとって人生の師であり転機であった鳴海探偵事務所先代所長・鳴海荘吉。
彼もまた『スカル』のガイアメモリを使って変身していた。
「僕達はスカルとしての鳴海荘吉を詳しくは知らない。
だが、彼がメモリを使って行っていた事は僕達と”同じ”だったんじゃないかい?
その活動や活躍の姿も含めてね」
「確かにそうかもな」
「実際、僕が来た頃には既に『地下』は存在していた訳だし、
バイクやその他の装備も、僕達に近いものを運用していた可能性は高い」
「つまり、おやっさんも『仮面ライダー』って呼ばれてた可能性があるって事か?」
「ああ。
仮面ライダー、骸骨ライダー……。
まぁ、思いつく名称は色々あるけど、
それに類する名前で呼ばれていた可能性は決して低くないだろう」
「おやっさんのそういう活躍が、俺達の知らない所で小さな都市伝説になってて、
それが『仮面ライダー』の名前の土壌になっていたのかもな」
仮面ライダースカル。
鳴海荘吉がそう呼んでいい、いや呼ばれるべき存在なのは確かだろう、と翔太郎は思った。
「そう、そういう事だよ翔太郎。
直接的に『仮面ライダー』と名付けられたのは僕達だけど、
それ以前に下地となる伝説、名称があったのなら、
風都に『仮面ライダー』の名前が浸透するのが割と早かった説明にもなる」
「そっか、成程なぁ。
そうだとすると、胸が熱くなるよな。
仮面ライダーって存在も、おやっさんから受け継いだものだってのを改めて感じるぜ」
くぅーっ、と拳を握りつつ、感動じみた声を零す翔太郎。
そんな翔太郎に対し、フィリップが冷静な声で告げた。
「まぁ、実際の所は過去は何の関係もなく、
単純な誰かの思い付き程度の名前が、これまた単純だからこそ、
若菜姉さんの当時の知名度や人気もあって簡単に伝播、流布しただけかもしれないけど。
実際、仮面ライダーはシンプルで、それでいて伝わり易い良いネーミングだしね」
「おいおい、折角話を広げて結論がそれかよ。
浪漫がないねぇ、お前」
「推論を言ったまでさ。しかし、翔太郎」
「なんだよ?」
「浪漫を語りたいのなら、
この話、もう少し展開出来るけど、興味はあるかい?」
「お? なんだよ。
そう言われるとなんか気になるな。話してくれよ」
「ああ。
仮面ライダーという名前。
風都の都市伝説のみでもない事を、君は忘れてないかい?」
「? 何の事だよ」
「僕達はガイアメモリに依らない仮面ライダーを幾度か目撃しているだろう?」
「……ああ、ディケイドに、オーズか!!」
言われて翔太郎の脳裏を過ぎったのは、微かに記憶に残る『別の仮面ライダー』達。
彼らの危機、または自身の危機に際し何度か共闘した事がある。
「あ、でも待てよフィリップ。
ディケイドは俺達の事を仮面ライダーって呼んでたが、
アイツは『仮面ライダー』って名乗ってたか?」
「直接的には名乗っていないかもね。
だが、ディケイドのベルトから出ていた電子音声。
その中に『ライダー』や『ライド』といった単語があった事、
あの場にいた『協力者達』は皆『仮面』を被っていた事、
それらを複合して考えると、
彼もまた『仮面ライダー』という存在だと考えるのは難しくはないんじゃないだろうか?」
「……まぁ、少し無理が有るような気もするが、そうかもな。
ディケイドもバイクに乗ってたし」
「というより翔太郎。君も感じていたんじゃないかい?」
「何をだよ?」
「ディケイドが仲間……『仮面ライダー』であるという事を。
彼と共に戦ったのは二度だが、
そのどちらも僕は彼に加勢する事にあまり違和感を感じなかった。
君もそうじゃなかったのかい?」
思い返すと、そうだ。
ディケイドと遭遇した時の事を深く思い返そうとすると、
どうにもぼんやりしていて、
あれが本当にあった事なのか、正直分からない時もある。
だが共に戦った記憶は確かに存在している。
そして、そうして共に戦った事に疑問や違和感を感じなかった事も。
「非論理的だが、
それだけでも僕は彼を『仮面ライダー』だと認識するに十分だと思っているよ。
まぁ、そう思う事は名前の由来とは関係ない事だけどね」
「……そういうもんかもな。
なんか、オーズが言ってた言葉を思い出すぜ」
「ああ、『ライダーは助け合い』か」
風都に現れ、風都の象徴とも言える風都タワーを一時占拠した傭兵集団『NEVER』。
それと相対したWの助太刀に、何処からともなく現れたのが仮面ライダーオーズだった。
彼が『ライダーは助け合いでしょ』という言葉と共にWを援護したのは、
翔太郎の中で印象深い出来事だった。
翔太郎同様思い返していたのか、うんうん、と頷いた後フィリップは言った。
「なるほど。改めて思い返すと、興味深い上に納得できる」
「そのオーズは、自分で仮面ライダーって名乗ってたよな」
「ああ。
彼に関しては、どうなんだろうね。
僕達の事を何処かで聞いて『仮面ライダー』を名乗ったのか、
そもそも既に『仮面ライダー』という名前を与えられていたのか」
「そいつもオーズ本人に聞いてみないと分からないか」
「そうだね。
ディケイド、その仲間達、そしてオーズ。
彼らが何故『仮面ライダー』の名前を所持し、名乗っている事については結局の所謎だ。
その由来が何処からなのか、僕達と何か繋がりがあるのかないのかさえ正直分からない」
「まぁ、そうだなぁ」
「……ただ、これは僕の推論なんだが。
仮面ライダーは、ずっと昔から存在していたのかもしれない。
そして、それこそが全ての名前の由来なんじゃないだろうか」
「? どういう事だよ」
「人類の自由と平和を守る仮面の騎手。
その存在が、いつの時代も世界の何処かにいたからこそ、
『仮面ライダー』の名前が知らず、それでいて自然に受け継がれてきたのかもしれない」
「都市伝説でしか語られない守護者が、俺達やおやっさんよりずっと前からいたってのか?」
「ああ、そう考えるのはあながち間違っていないと僕は思う。
ディケイドやオーズ、僕達が『仮面ライダー』なのも、
大本の、全ての始まりがあり、全て、そこから名付けられたのだとしたら……」
「……なるほど。結構アリかもな、それ。
はん、まだ見ぬ大先輩か。
いたとしたら、どんな奴……いや、人なのかね」
「ああ、実に興味深いね。
ソレを含めて検索で真実を知る事は出来るかもしれない。だが」
「やめとけよ、ソイツは無粋だ」
「ああ、それが君の言う浪漫だと、なんとなくわかるよ。
あるいは僕もまた仮面ライダーだからなのかもしれないね」
仮面ライダーという『仲間』だからこそ、
理由もなく検索する事は躊躇われた、という所か。
そんなフィリップの思考は翔太郎にも理解できた。
それは自分が彼の相棒であり、仮面ライダーでもあるからなのだろう。
「そうだろうな。
……さて、となるとこの報告書はどうしたもんかねぇ」
ある程度疑問が片付いた事もあり、
調査報告書の製作を再開すべくノートパソコンを開きながら、翔太郎は首を捻る。
「それはそれ、これはこれじゃないかい?
まぁなんにせよ、僕達の事は伏せておくべきだと思うね」
「だよなぁ。
……んじゃま『仮面ライダー』についても上手くぼかしておくか」
「それが妥当だろうね」
フィリップの言葉に頷き、翔太郎はキーボードを叩く。
その途中、ふむ、と呟いた後、
彼は先程までより少しだけ速度を上げてキーを打ち続けていった。
「せめて”コレ”は書いておくか……っと」
「何を……って、それは事実だけど、調査書には余分じゃないか?」
画面を覗き込んだフィリップが呟く。
それに対し翔太郎は、いいじゃねーか、と答えた。
「これだけは書いておきたかったんだよ。
現役の仮面ライダーとして、な。
どうせバレないだろ」
「はは、カッコつけの君らしいね」
「はっはっは、一言多いっての。
……じゃあ、これで終了、と。しっかし変な依頼だな」
「ここ数年風都で起きた怪事件、
それに纏わる都市伝説の概要を可能な限り調べ、纏め上げた調査書を作る、か。
照井竜によると警察関係者、その上位からの命令、らしいね」
その依頼を持ってきた照井竜によると、
風都で起きた超常犯罪について、
警察関係者ではなく民間の手での意見や視点が欲しかったから、らしい。
ただ、その依頼は警察そのものだとまずいからなのか、
かつて警視総監だった男からの『私的な依頼』になっているらしいのだが……。
正直胡散臭すぎる、というのが二人の共通の見解だった。
「何考えてるんだろうな、依頼人は。えーと大本の依頼主の名前は……」
「本郷。本郷猛。
どうする? 一応彼について調べておくかい?」
「……いや、別にいいだろ。
仮面ライダーについても、事件についても上手くぼかしてるんだし。
この調査書じゃ分かる事はたかが知れてる。
『あくまで外部の探偵が作った』調査書にはなってるだろ。
照井に見せて駄目だったらまた書き直せばいいさ」
「ふむ、見せたまえ」
調査報告書を一瞥した限り、
自分達にとって都合の悪い点については伏せているが、
それ以外の調査や内容については手抜きをするつもりはないらしい。
その辺りは翔太郎の美学なのだろうとフィリップは理解していた。
しかし、それはそれとして、少し気に掛かる点もあった。
「今回割と乗り気で制作してるみたいだけど……報酬が破格だったからかい?」
手抜きをしないのは美学としても、
今回の報告書は、左翔太郎の報告書としてはかなりしっかりとした内容になっていたのだ。
そんな相棒の疑問に、翔太郎はあっさりと答えた。
「報酬に釣られたわけじゃねぇよ。
俺達がやって来た事を整理する意味で丁度良かったからな。
そうじゃなかったら、もうちっとやる気はなかったさ」
各事件について、手製の記録はしっかり製作している。
だが、それと自身の記憶は別問題だ。
今まで、ガイアメモリに端を発する様々な事件、出来事があった。
そんなガイアメモリ絡みの事件は絶えないものの、大きな流れは収まりつつある。
一時姿を消していた相棒・フィリップが帰還し。
共に戦った仲間である照井竜、鳴海亜樹子の結婚は近い。
そんなある種の一段落的な感覚から、
今一度今までの事を整理し、振り返ってみたいと思っていたのだ。
そんな矢先での絶好の依頼という事もあり、
思った以上に力が入っていたのかもしれない、と翔太郎は考えていた。
「なるほど、ファイルが報告用と保存用に二つ製作されているのはそれでか。
でも、そんな事だとまたアキちゃんに怒られるよ。
たまには報酬を重視した仕事をするべきだ。
君や僕の、ついでに彼女と結婚予定の照井竜の精神的安定のためにもね」
「亜樹子がどう言おうと知るかって。
そうして金に釣られて仕事なんてのは、
それこそ探偵としての浪漫に欠けるってなもんだ」
「やれやれ」
変な所で頑なで、変な所に美学を持つ。
ある意味では『自分と同じ』相棒に苦笑しつつ、フィリップは読書に戻るのであった。
さて。
それから、少しの時が流れて。
日本のとある場所で、翔太郎が製作した『調査報告書』を手にしている男たちがいた。
「これが風都で起こった事件の『外側』の概要か。
随分回りくどい手を使ったもんだな、元警視総監殿」
「まぁそう言うな一文字。
アギトの時と同じように、彼ら自身がどういう反応を示すのか、見てみたかったんだ」
「分かってるって。
先輩としちゃあ、後輩が気になるのは俺も同じさ。
っと、どれどれ。
ふむ。良く纏められてるな。
俺達が独自に調べた『内側』の概要とほぼ一致するし」
「ああ。
ドーパント、ミュージアム、そして財団X。
……ドーパントについては、W、アクセルに任せられるとして、
財団Xについては今後も警戒が必要だろうな」
「そうだな。
しっかし、この調査書を読んでいると時代が変わった事を感じるよ」
フゥ、と小さな溜息を吐いた後、一文字と呼ばれた男は言葉を続ける。
「噂に聞いている『グリード』とやらも含め、
戦うべき悪がより人間に近付いている。
いや、ある意味で人の闇そのものと戦っているのかもしれないな、『後輩』達は」
「だからこそ、彼らは俺達よりも人間寄りの形で戦わなければならないのだろう。
……複雑だな」
「ああ。
俺達の心情もだが、これからは『敵』もより複雑化していくのかもしれない」
「様々な存在が現れ、世界の境界線は揺らぎ、人はより苦難に晒されていくのかもしれないな」
「そうだな。
だが不安材料ばかりじゃない。
希望も確かにある。そうだろう、本郷」
「勿論だ。一文字」
後輩……仮面ライダーWの一人、左翔太郎が製作した調査書の中。
都市伝説『仮面ライダー』の項目には、こんな一文が記されていた。
『体一つになっても喰らいついて悪を倒す心。
仮面ライダーとは、その心そのものの存在なのだ』
と。
その一文を読んで、彼は……本郷猛は胸が熱くなるのを確かに感じていた。
時代を経て、世界を越えて。
『仮面ライダー』が受け継がれている事を、確信できたから。
「形は違っていても、名前と共に、魂は確かに継承されている。
ならば、恐れるものは何もない」
魂が継承される限り、人類の自由と平和を守る仮面ライダーは、不滅。
ゆえに、ヒトを守る意思と力もまた、不滅。
そう確信する事が出来た。
「ああ。
だからこそ、俺達は俺達の出来る事をどんどんやろうぜ。
先輩として後輩の道を出来る限り切り開いてやらんと」
「そうだな」
その為に、この造られた体は存在しているのだから。
本郷はその言葉を頷きに変えて、歩き出す。
人類の自由と平和を守る仮面ライダーの第1号として、
歩き続ける事を改めて誓った。
後輩達と、受け継がれる魂の名前に懸けて。
……END