第三十三話 誰が為の鎮魂歌・3
水瀬秋子は、その日も多忙だった。
憑依体対策班顧問として、ファントムの総責任者として、
彼女のやらなければならない事は多岐に渡り、尽きる事がないからだ。
「ふぅ……」
「今日もお疲れ様だね」
所は、とある警察施設内。
『憑依体特別対策班本部』であるその場所で、
各種書類を確認する中、息を零した秋子に『同僚』である橘敬介が声を掛けた。
その手には、コーヒーカップが二つ。
その内の一つを、彼は秋子に差し出した。
秋子はそれをお礼の言葉と共に受け取り、一口啜る。
「……美味しいです」
「いい豆が入ったって聞いたもんだからね。
早速試し飲みがてら淹れてみたんだが、喜んでもらえたようで何よりだよ。
それで、どんな按排だい?」
「そうですね。
先日のファントム襲撃事件の被害その他は、今後の計画に歪みが出るほどではないようです。
多少の遅れこそ出るでしょうが、それを解決する為の各種手配や人員配置も通達済みですので、問題ないかと」
「そうか。それはよかった」
「”KEY”の制御や新規専用装備については……」
「あ、いやそれは聞いてるからいいよ。
ところで、それはそれとして、なんだが……彼女の事は」
「命なら、大丈夫です。
それに彼女なら、自分の様子を見に来るより仕事しろって言いそうなので」
彼女というのは、先日の事件で重傷を負った、秋子の同志にして友人たる草薙命に他ならない。
敬介は秋子が働き詰めで中々彼女の様子を見に行けずにいる事を気にかけ、口にしたのだが。
(……どうやら余計な心配らしいね)
少なくとも外面上は全く動じずに言葉を返した秋子の様子に、敬介はひとまず安堵した。
実際の所、内面はどうなのかは窺い知れない。
悲嘆に暮れているのか、命を信じることで平静を維持しているのか、その両方なのか。
だが、仮に動揺していたとしてもこうして隠し通せているうちは大丈夫だろう。
……少しだけ『そう思い込もう』しているあたり、自分自身割りと動揺しているのかもしれない。
ここ数日に起こっている出来事や、他でもない水瀬秋子が動揺している可能性に。
(彼女を心配してるのは、嘘じゃない。
でも、それとは別に、最近の出来事への動揺を否定し、落ち着く為にこんな事をしているのかもしれないな……)
敬介はそんな自身に内心で自嘲の笑みを浮かべた。
そんな敬介の思考など知る由も無いはずの秋子は、敬介に笑みを浮かべて見せた。
それは彼を安心させるだけの説得力のある微笑みだった。
「お気遣い、ありがとうございます」
「いや、なに。
貴女にはこれからやってもらななくちゃならない事がたくさんある。
いざって時に倒れられたら困るんでね」
「大丈夫です。
このコーヒーのお陰で、まだまだ頑張れそうになりました」
「……そいつはどうも」
逆にこちらを励ますような言葉を掛けてくる秋子。
そんな秋子に、敬介は心の中でただただ感心した。
「あ、そうだ。
このコーヒーをいただき終わったら、少し出てきますので。
緊急時は連絡をお願いします」
「了解したよ。それはそうと何処に何をしに行くんだい?」
「何処かご飯が食べられる所に。
会う予定になっている、四人目の『仮面ライダー』さんが食事に困ってるらしいと報告にあったので」
「それはどういう……」
秋子の言葉に対し、敬介が疑問やら突っ込みやらを口にしようとした時だった。
2人の会話を遮る程度の大きさの音量で、携帯の着信音らしきものが鳴り響いた。
その音の元は、各種書類が積まれた秋子の机の隅に置かれた携帯電話からだった。
「私の電話ですね。失礼します」
「どうぞどうぞ」
敬介に再び薄い笑みを見せてから電話に出た秋子。
だが、その表情は即座に厳しいものへと変化していく。
そんな滅多に見せない彼女の表情から、電話から伝えられている事実がかなり厄介なものなのだと敬介は察した。
「……まずい、状況なのか?」
指示らしき言葉を最後に電話を切った秋子に声を掛ける敬介。
すると秋子は、唇を噛み締め、苦い表情と口調でこう零した。
「ある意味、今までで最悪の状況です」
水瀬秋子の多忙な日々。
その中において、最大級の苦難となる時間が幕を開けようとしていた。
「……変身」
己が意識を変える呪文を唱え、川澄舞はベルトに鍵を差し込み、廻した。
淡い紫色の光に包まれ、彼女の姿は変化する。
仮面ライダーイレイズへと。
そんな彼女の前に立つのは、タイガーパーゼスト。
舞は知っていた。
このパーゼストが、自然発生するもの以外はレクイエムの走狗である事を。
事の起こりは少し前。
水瀬秋子に会うために、
大学から約束の場所へと移動中だった舞と国崎往人の前にソレ……タイガーパーゼストがいきなり姿を現したのだ。
2人はどうにかこうにか人気がない裏路地へとパーゼストを誘導する事に成功、現在に至る。
(……やけにあっさり誘導されたのは気になるけど)
何にせよ、今は目の前の敵を駆逐するのが先だ。
その思考の元に、舞はスカーレットエッジを抜き放ち、光の刃を顕現させた。
「おい、俺は手伝わなくていいのか?」
「……必要ない」
往人の言葉に振り向きもせずに応える。
もしこれが予想通りレクイエムの走狗であるのなら、どこにレクイエムの目があるか知れたものではない。
国崎往人が『四人目』である事を知られると面倒になるかもしれないと判断した上の発言だった。
もっとも、既にその情報が筒抜けである可能性も低くはないが。
レクイエムの規模や危険性を考えれば、その可能性は決して低いものではないだろう。
「……っ!」
そんな思考をとりあえず切って、イレイズはタイガーパーゼストへと切り付けた。
その一撃をタイガーパーゼストは持ち前の敏捷性を持って、バックステップであっさり回避。
直後、大きく跳躍、そこから近くの壁を蹴って加速、イレイズに襲い掛かる。
それは弾丸のようなと比喩してもおかしくないほどに速い。
しかし。
「……遅い」
爪を大きく伸ばし突き刺そうとしたタイガーパーゼストの右腕を、
舞は慌てず騒がず半身微妙にずらす事であっさり回避、
同時に襲い掛かった際の勢いを利用し、一本背負いのような形で放り投げた。
「うおっとっ!?」
その先には往人がいたが、彼はどうにかこうにか横っ飛びでそれを回避する。
パーゼストが壁に叩きつけられる横……と言っても少し離れているが……で、
往人は起き上がりながら非難の声を上げた。
「おいっ! 今お前、俺狙ったろ!」
「……そんなことはない。うっかり存在を忘れてただけ」
「そっちの方が地味にひどい気が……っと」
会話を交わしているうちにタイガーパーゼストも起き上がった。
それを見て慌てて距離を取る往人と対照的に、イレイズは静かにスカーレットエッジを構える。
それを待っていたわけではないだろうが、
そのタイミングで 再びタイガーパーゼストが地面を蹴った。
先程の攻撃から何か考えたのか、
今度はイレイズの周囲で比較的小さく速い跳躍を縦に横に繰り返す。
どうやら、その動きで彼女を翻弄し、隙を見て一撃を加えるつもりらしい。
だが、結果から見れば、それは無意味な行動だった。
「……鬱陶しい」
そう呟くと同時に、イレイズはスカーレットエッジを投槍の要領で投げ付ける。
「vjazciikadkdkasっ!?」
放たれたスカーレットエッジは、
人間にとっては恐るべき敏捷性、スピードで動いていた筈のタイガーパーゼストをいとも容易く捉え、貫く。
跳躍中に腹部を射抜かれたタイガーパーゼストは
スカーレットエッジにより近くの壁に縫い付けられ、その動きを封じられた。
慌てて深々と突き刺さったスカーレットエッジを引き抜こうとするが……それは無駄な足掻きでしかなかった。
「……これで決める」
そんな隙を見逃すはずもなく、呟きながら腰低く構えたイレイズの脚部に紫の光が纏わりつく。
その光の輝きが最高潮になる前に、イレイズは地面を蹴った。
「はぁっ……!」
空中で一回転後、突き出した紫の蹴撃がタイガーパーゼストの顔面に突き刺さった。
その瞬間、紫の輝きは最高潮へと達する。
「hshddohdssfosochv sfohpadhphidpiadphっ!!???」
大きな苦悶の声、いや悲鳴を上げるタイガーパーゼスト。
それに全く動じることなく、イレイズは蹴撃を叩き込んだ直後、
タイガーパーゼストの顔面を足場に大きく後に跳び下がり、往人の側に着地する。
それとほぼ同時に、必殺の一撃を受けたタイガーパーゼストは光の粉となり始め……やがて消滅した。
『……大したものだ』
そんな一連の様子を”見て”、『刀鍵』が呟いた。
勿論往人の頭の中だけで。
『微弱な反因子反応の力を完全に制御し、撃破の瞬間爆発的に放出させるとは』
(微弱? あれでか?)
『あくまで使っている装備が弱いだけだ。
彼女はかなり高いレベルの因子保有者。
彼女があの赤や紫、白のもののふ……仮面ライダーの力を十二分に使えば、
並みの憑依体はおろか、高位憑依体でさえ抗う事は難しいかもしれん』
(……確かにそうだろうな)
変身した舞はあの恐ろしく強いホッパーパーゼストとそこそこ渡り合うだけの力を持っているのだ。
生半可なパーゼストで彼女に敵うとは到底思えないし、事実そうだろう。
先程の戦闘も、カノンなどと比較すれば『劣化品』でしかないベルトで圧勝して見せたのだから。
そんな圧倒的な勝利だったというのに。
「……どうした? やけに浮かない顔してるじゃないか」
変身を解除した舞の表情は、少し薄暗さを感じさせるものだった。
パーゼストが現れる前までも明るいとは決して呼べないものだったが、今の彼女の表情はそれよりも微妙に暗い。
少なくとも往人はそう感じ取っていた。
「辛気臭さが二割り増しだぞ」
「……少し気になる事がある」
往人の軽口に大した反応を見せず、舞は淡々と自分の考えを口にする。
「さっきのパーゼスト。
アレはある組織が使っているモノ。
忌々しい事に向こうは道具と認識している。
そんなものがこのタイミングで私達の前に現れた理由を考えてる」
「組織?」
「レクイエムという、私や草薙紫雲が所属する組織ファントムの敵対組織」
「レクイエムねぇ。何処かで聞いた事があるようなないような。
まぁ、それはいいとして、要はさっきの奴は敵対組織の鉄砲玉みたいなものなんだろ?
だったら単純にお前らの邪魔とか、時間稼ぎとか……」
往人の言葉に、舞は表情を動かさず、眉だけをピク、と動かした。
その言葉の中に、引っかかるものを感じて。
「時間稼ぎ……? もしかして、折原浩平が姿を見せなかった事と……」
言葉の最中、舞の携帯の着信音が鳴り響いた。
舞は表情を変えないままに往人に背を向け、少し距離を取りながら電話に出る。
そんな中、その背中が微かに、だが確かに揺れるのを往人の目は確かに捉えていた。
「どうした?」
電話を切って戻ってきた舞に往人は尋ねた。
普段人にあまり関わる気がない往人が、思わず尋ねてしまうほどに舞の表情は厳しいものとなっていたからだ。
そんな往人の言葉に、舞は少し考えてから口を開いた。
「……最悪の展開。
ライダー達全員がレクイエムにつかまった可能性が極めて高い」
「……はぁっ!? なんだよ、それ」
「私にもまだ詳しい状況は分からない。ただ」
そこで言葉を切り、何かを考えているような間を空けた後、舞は往人を見据え、言った。
「貴方の力を貸してもらうことになるかもしれない」
鋭くも何処か儚げな舞の視線を受けた往人は、
それに呑まれてしまったのか、
いつもの彼であるならば文句を言っていただろうその場面において何も言えず、
ただ彼女の顔を見詰めてる事しか出来ずにいた……。
「……お目覚めかな」
相沢祐一が目を覚ました際、真っ先に視界に映ったのは白衣の女性だった。
(何処かで見たような……それも、ついさっき……)
ぼんやりとした思考のまま、祐一は言葉を零していく。
「ここは……?」
「ここは君が気絶させられた場所の地下だよ。
もっとも、ここの存在をビルに勤務している通常の社員達は殆ど知らない。
ここが、レクイエムの実験施設の一つである事を」
「レクイエム……?」
その女性の言葉で、祐一の意識は急激に覚醒していった。
「お前……くっ!?」
ここに至る状況を思い出し、目の前の存在を捕まえるなりしようと動こうとするもまるでままならない。
それもその筈、祐一の体は完全に固定・拘束されていたからだ。
そんな祐一の様子を何処か冷めた視線で眺めながら、彼女は言った。
「改めて名乗ろう。
私の名は霧島聖。
元医者で、今はレクイエムの研究者をやっている」
「……折角だし俺も名乗っておくよ。相沢祐一だ」
言いながら状況を確認する。
今自分がいるのは学校の教室程度の広さの部屋。
周囲は灰色の壁で囲まれており、様々な機材や機械が置かれている。
彼女の他に人はおらず、ここには祐一と彼女の2人だけだった。
祐一自身は椅子に座らせられ、その状態から鎖で雁字搦めに縛られていた。
目や口を封じられてはいないが、立つ事さえできず、ろくな抵抗が出来ないのはあきらかだった。
変身さえできればこの程度の鎖は簡単に引き千切れるだろうが、当然ベルトは手元にない。
(現状は何も出来ない、か)
そんな状況に内心歯噛みしていたが、それはおくびにも出さず祐一は言葉を続けた。
「まぁそっちは俺の事をよく知ってるんだろうけどな」
「ああ、知っているよ。
所で身体に異常はないか?
君も知っている氷上シュンがあの瞬間撃ったのは一種の麻酔弾でね。
問題ないと思うが、一応確認させてくれ」
「縛られてる以外は全然問題ない」
「そうか、それはなにより」
「……」
皮肉を完全にスルーする聖。
そんな、何処か飄々とした彼女の様子から、祐一はある事を頭によぎらせていた。
(……それにしても、似てるな)
白衣といい、言葉遣いといい、雰囲気といい、彼女……霧島聖は、草薙命に似ている気がした。
(まぁ他人の空似なんだろうけどな)
最終的に深く考える理由もなくそう結論付けた祐一は、
その思考を脇へと追いやった上でもう一つ浮かんでいた疑問を口にする。
「……しかし、なんで俺の身体を気にするんだ?」
「君は、君が思うより貴重な存在でね。
レクイエムとしては色々データを取っておきたいらしい。
そのためには、可能な限りベストなコンディションでいてほしいんだ」
「なるほどね。ならこの鎖を解いてくれないか?
そっちが俺のベストに近くなる」
「残念だが、それは無理だ。
……君に、今から行う事を見せるようにとのお達しも受けているからね。
その時、暴れられても困る」
言いながら聖は何処からか取り出したリモコンのボタンを押した。
すると彼女の後ろの壁の一部が動き、様変わりしていく。
まるで劇場が開幕するかのように壁の一部がスライドした後、そこには一枚のガラスが貼り付けられていた。
(いや、もしかしたらマジックミラーか何かなのかもな……)
改めて考えると、この部屋の構造はテレビなどで見る取調室などに似ているように祐一には思えた。
そう思うと単なるガラスではなくマジックミラーだというのはあながち間違いではない気がする。
そんな事を思考しながら、向こう側の状況を把握しようと改めて意識と視線を向けた瞬間、祐一は言葉を失った。
「なっ……?!」
”ガラス”の向こう。
そこには、草薙紫雲が十字架のような機械に貼り付けにされている姿があった……。
丁度その頃。
祐一達のいる場所よりも更に地下の区画に、一つのエレベータが停止した。
扉が開き、中から現れたのは二人の青年……氷上シュンと折原浩平だった。
「ふむ、到着と。異常は……ないみたいだな」
エレベーター近くに設置されているパソコンに似た情報端末を弄り、シュンが呟く。
「さっきは協力ありがとう」
端末による確認が終わったのか、浩平に向き直りながらシュンが言う。
「……」
そんなシュンの言葉に浩平は答えない。
憮然とした表情のまま、シュンを冷ややかに眺めていた。
それには構わず、シュンは言葉を続ける。
「君が協力してくれなかったらもう少し面倒な事になったかもしれないからね。
お礼を言っておかないと」
協力。
それは祐一が捕獲された時の事だった。
浩平は知っていた。
シュン達が持っていた銃が麻酔銃の一種で、
それゆえにあの銃が自分に向けられた状態は実は大した脅しになっていなかった事を。
浩平がそれを黙っていたのには訳があった。
そもそも浩平がレクイエムに所属していたのは、二つの理由があった。
一つは長森瑞佳を、大切な存在を守る為の力を手に入れる為。
もう一つは、浩平自身、恐らく叶う事はないだろうと思っていた『非現実的な理由』。
その『非現実的な理由』が、ある意味で叶えられていた事をシュンから聞かされ、
シュン達に逆らえば、ソレがどうなるのか分からなかった事から、浩平は彼らに協力する事を選択したのだ。
今の浩平は、その事で頭が一杯になっていた。
正確に言えば、その事に絡む様々な事柄によって、だが。
そんな浩平の心情をある程度理解していたのか、
シュンは、やれやれ仕方ないなぁ、と言わんばかりの表情で小さく肩を竦めて見せた。
「まぁいいさ。後々ゆっくり色々話す事になると思うし」
「……ちっ」
「ははは。
じゃあ、僕はこのフロアに別の用事があるからここで。
君はそっちに行くといい」
そう言って、シュンはある方向を指差した。
その先にはただ一本の道、通路が存在していた。
「……あん? 俺一人でか?」
「そうだよ」
「大した余裕ぶりだな、おい。見張りとか要らないのか?」
「必要ないよ。
君はここで暴れる事なんか出来ない。
それをして万が一の事態が起こる事を恐れているのは、他ならぬ君のはずだ。
そして、その事をレクイエムのトップは理解している」
「……」
「早く行きなよ。彼女が君を待っている」
「……ああ」
シュンの言葉に、浩平は素直に頷いた。
いつもの浩平なら軽口なり皮肉なりを口にしていただろう。
それがない、それをしない事に、シュンは彼の余裕の無さを感じ取っていた。
それでも、せめてもの感情でなのかシュンを軽く睨みつけた後、浩平は歩き出す。
少しずつ遠ざかっていく浩平の背中を眺めながら、シュンはポツリと呟いた。
「さて、どうなるのかな。
僕も、彼も、そして……レクイエムも」
「……ここか」
歩き出して十分ほど経っただろうか。
浩平はやがて一つの扉に突き当たっていた。
「……」
浩平の中には様々な感情が行き交っていた。
怒り、焦り、期待、不安、動揺……それらが入り混じった感情は、言葉では言い表せないものだった。
だが、いずれにせよ。
ここでずっと立ち尽くすわけには行かない。
「……フゥ」
小さく息を零し、意を決した浩平は足を一歩踏み出す。
その瞬間に目の前の扉は音を立てずに横へとスライドし、その空間への入り口を開いた。
そこは、何もない部屋だった。
特撮映画か何かでも撮るかのような青一色の部屋。
正確に言えば”殆ど”何もない部屋だ。
部屋の中央に、エレベーターの側に置いてあったものと同系の端末機器が置いてある以外は。
その機械へと足を踏み出した瞬間、浩平の眼前でそれが起こった。
天井から光の粉が……光を放つ様々な記号が降り注ぐ。
そんな光の記号はやがて降り積もり、絡み合い、結実する。
そうして、それは形となった。
そこに『彼女』は立っていた。
浩平が知っていた、その姿より少しだけ歳を取った姿で。
『ようやく会えたね、お兄ちゃん』
何処からか響いてくる声。
それは今度こそ確かに浩平の知るそのものだった。
その事実を受け止め、浩平は口を開く。
微かに声を震えさせながら。
「……そうだな。みさお」
浩平は呼んだ。
自身の妹の、折原みさおの名前を。
もう、この世界に存在しないはずの、しなかったはずの生命の名前を。
……続く。
次回予告
捕らえられ、危機に陥るライダー達。
その危機を救うべく、ある者達が集められる。
そんな彼らもまた『ライダー』だった。
「さて。擬似ライダー同士、勝負と行きますか」
乞うご期待はご自由に!!
第三十四話はもうしばらくお待ちください