最終話 コンティニュー・クロスオーバー
あれから。
俺達の『クロスオーバー』から半年が経った。
一口にするとするとそれだけだが、実際の時間は一口じゃ済まない訳で。
と言っても、何かあったわけじゃない。極めて平々凡々な毎日だ。
そう……あの一週間と少しが、正直夢なんじゃないかって思えるような平凡な日々。
「……ってフィクションじゃよく聞くフレーズだけど、実際そんな感じなんだよな」
今や夏真っ盛り。
あの頃と同じ時間帯を歩いているのに、暗さは段違いというか、むしろ明るい。
夜だった時間に夕焼け空が見えるほどに。
「まあ、そういうものなのよ、特別な時間は」
仕事帰り、紫須美と合流した俺は、紫須美ともどものんびりと歩いていた。
本人が言っていた通り準備万端だった紫須美は今や大学一年生。
と言っても、今は夏期休暇で暇なのか、毎日俺を出迎えている。
「でもな、夢だとは絶対に思わないし、思えねーな」
「……ティラルさん、綺麗だったから?」
「いやだから……そうじゃなくて知ってて言ってるだろお前。
床の傷だよ、床の」
剣を床に刺した時の跡が、夢だなんて思わせてくれない。
結構深いあの傷は修理に金がかかる事、とりあえず傷付いてても実害がない事の二つの理由からほったらかしである。
「あれが見付かった時に親父に散々怒られて、殺されかけた事を思うと、夢だなんて思えるかっての」
「ははは。まぁ、そればっかりはしょうがないわね」
「それはそれとして……こう毎日来てていいのか、お前。例の仕事はしないのか?」
「……この間一仕事終えたばかりだから」
コイツは相変わらず例の管理人という仕事をやっている。
なんでも紫の色を冠する管理人は、境界線を管理するとかしないとかで、結構面倒臭い事が多いらしい。
俺達の問題も多分面倒臭かっただろう。
単純に『拒絶』で済む問題ではなかった……いや済まそうとはしなかった、しないでくれたのだから。
「そうなのか」
その事への感謝を改めて心の中で告げながら、俺は答える。
紫須美はそんな俺を一瞥した後、プイ、と視線をズラしつつ言った。
「んで、その一環なんだけど」
「あ?」
「今日は、早く帰った方がいいわよ」
「……どういう事だ?」
「さあ。帰ってからのお楽しみじゃない?」
何故か少し不機嫌そうな紫須美を首を捻りながらも宥めつつ、家まで送る。
その後、やる事が無かった俺は、紫須美に言われたからというわけでもなく真っ直ぐ帰宅した。
適当に家族に挨拶して、二階の自分の部屋に上がっていく。
「……ん、時間だな」
自室にて時刻を確認して、パソコンを起動させる。
「俺も随分女々しくなってきたもんだな」
『それ』は日課だった。
今日みたいに『この時間帯』に帰ってきた時の。
もしかしたら、ふらっと現れるかもしれないから。
そんな願掛けもあって、あの時から壁紙は変えていない。
「まあ……そんなふらっとはこないだろうけどな」
まさに、そう呟いた瞬間だった。
「……へ?」
パソコンの画面が揺らぎ……あのウィンドウが現れたのは。
『久しぶり、マサト。いる?』
『……ティラルか?』
もう分かりきっているのに、俺はそんな事を尋ねていた。
驚きと、それ以上の嬉しさを隠すのに必死になりながら。
(……『再会』早々弱みを見せてたまるかっての)
そう心の内で呟きながらも、口の端はどうにも上がってしまって仕方が無い自分が可笑しかった。
「ふふふ」
私は笑っていた。
鏡の向こう側にいるマサトの驚いている顔を想像するだけで、そうなっていた。
そして、それ以上に喜びで笑みを堪え切れなかった。
全く、我ながら単純というか、なんというか。
まぁ、でも、やっぱり嬉しいわけで。
そんな感情を込めて、私は言葉を紡いでいく。
『私はティラル・フィリアヴァレル・ケイウォルシア・ジーケティスよ、紛れもなく』
『……んな長い名前覚えてない。つーか覚えられるか』
『うん、相変わらずねマサト』
『って、あれ? お前……ここの時、そんな言葉遣いだっけ?』
『そっちに行った時詐欺扱いされたから、翻訳の魔法の精度を上げておいたのよ』
『ふーん。って、そんな事はさておき……いいのか?』
マサトの危惧は何も知らないのなら当然のものだ。
というか、シスミはちっとも事情を話してないらしい。
……まぁ、乙女としては気持ちは理解できる。
シスミを私に、マサトをガードに置き換えて考えてみると、うん、尚更に。
『いいのよ。こっちで明日から異世界交信の魔法が解禁になるから』
『……ハァ?』
全く理解できないと言わんばかりの文字が表記される。
となれば、説明しなければなるまい。
『私とマサトの交信のせいで、異世界との交信は可能だって一部の魔法使いにネタが割れちゃってね……解析されて、発表されちゃったのよ。
まあ、こっちの管理人があの事件からずっと動き回ってたお陰で、交信時のルールやら結界やらは準備済みだったけどね。
大変だったのよ? こっちだけじゃなくてとそっちの管理人にも協力してもらったりして』
そう。
あの事件の後、いずれ始まる異世界への探求を誰かに先んじさせない為に、管理人達は先手を打った。
つまり早い段階でそういうものがある事を世界中に浸透させる事で、何処か一国が抜け駆けする事を封じたのである。
一部の魔法使い達が結託して発表した後、
即座に管理人達がそれらが既に現実のものとして進められていると詳細・ルールを公表……
結果、公表する事で様々なものを目論んでいた大半が沈黙する事となった。
逆に友好目的や学術的な興味ゆえに発表に協力していた人々は、
管理人が提示したものを快く受け入れ、取り入れていった。
これに関してはジーケティス王国というか私も大いに同意、積極的に表に裏に動き回った。
その結果、半年という僅かな期間で準備が完了し、明日から正式に交信が始まる。
正確に言えば、交信が可能になる、という表現が正しいだろう。
あくまで送信・受信が可能な者同士のみなのだから。
『んで、私は功労者ってことで一足先に使わせてもらってるのよ』
『でも大丈夫なのか? いきなり軍隊送ってくる馬鹿とかいないだろうな』
『そっちとこっちの管理人で協力し合って結界を作ったらしいから。
暫くは音声通信だけでこうして相互理解を進めていって、いずれはそっちとこっちを自由に行き来できるようにしようという計画らしいわよ。
勿論、侵略とか無しでね』
この新たな流れに対応すべく、今は何処の国も忙しい。
結界を破ろうと躍起になっている連中もいるらしいが……そういう連中は管理人が即座に潰しに行くとのことらしい。
そのお陰で領土戦争も一休み、というわけではないが、少なくともここの所は大きな戦争が起こらなくなってきている。
当然ジーケティス王国もそうだし、隣国のクトゥーナもそうだ。
テロの実行犯を潰して回っていたグラードとしては、退屈らしいが。
『要するに……これからは普通に……つーのも変だが、やり取りが出来るようになるのか?』
『まあ、そういう事ね。そういうわけだから……これからもよろしくね』
『……まあ、よろしくしておいてやるよ』
そうして、二人は笑い合った。
世界を越えて、笑みを交わしていた。
互いがそうしている事を、二人は知っていた。理解していた。
そう思える理由は……語るまでもない。
彼女は、いつだって夢見ていた。
友達と呼べる誰かを手に入れる事を。
彼はいつだって夢見ていた。
友達と呼んでくれる誰かに出会う事を。
そんな二人が出会う事で,この物語は幕を上げた。
そんな二人が結んだ絆が、その結果が、これから多くの物語の幕を上げていく。
ゆえに、と言うべきか。
だからこそ、と言うべきか。
二人は多くの物語にそれぞれ『経験者』として関わっていく事となる。
ゆえに、と言うべきか。
だからこそ、と言うべきか。
このはじまりの物語は、まだまだはじまったばかり。
END & TO BE CONTINUED