第十二話 俺達のクロスオーバー










「ただいま……っ!」

 殆ど殴り込みの勢いで、正登は玄関に突っ込んだ。

「あら、お帰り。夕飯は?」
「悪い、後でっ!」

 いつも以上に挨拶もそこそこに、駆け上がっていく正登。
 ソレを眺めて、正登の家族達は首を捻った。

「……どうかしたのかしら?」
「紫須美ちゃんとパソコンで連絡でもするんでしょ?」

 まさか自分の家族が世界の運命に関わっていた事など露とも知らず。
 彼女達は二階に駆け上がっていく家族の姿を見届けもせず、夕食風景へと向かっていった。

 一方、正登はそんな家族の反応になど構っていられなかった。

「くそ、間に合ってくれ……!」

 嵐のように自分の部屋に駆け込んで、パソコンを起動する。

「……頼む……!」

 時間は……いつもよりも遅れている。
 昨日の状況から、そもそもにして開かない可能性もある。
 だから、正登にできる事は最早待つ事だけだった。

「……くぅ……」

 歯痒さに唇を噛んだ瞬間だった。
 画面に揺らぎが走り……あのウィンドウが開いた。

「繋がった……?」

 とりあえずその事に安堵しながら、正登は慌てて画面を見た。
 そこには既にただ一言、こう書かれていた。

『約束どおり、今、そっちに行く』
「え?」

 そんな間の抜けた呟きがマサトの口から零れた瞬間……部屋に光が溢れた。

 その光源は部屋の中心に浮かび上がっていた。
 ゆっくりと、そこに向き直りながら……目を凝らす正登。
 そうしている内に光は収まっていき……そこに、一人の女性が降り立った。

「……」

 女性の姿に、正登は完全に言葉を失っていた。
 何故なら、その女性はあまりにも綺麗だったからだ。
 例えとしては陳腐だが、まるで女神。
 そう言ってしまえる美貌を彼女は持っていた。
 ファンタジーRPGさながらの白銀の鎧を纏ったその女性は、抜き放っていた剣を鞘に収めながら言った。

「ごめん、待った?」
「いや、その……もしかして……ティラルか?」
「もしかしなくてもそうよ。マサト」
「女、だったのか?」
「まあ、文字だけじゃ分からないわよね」
 
 クスクスと笑うその様は……やはり恐ろしく綺麗だった。

「しかし、友達できないの分かるわね、その顔。完璧悪人顔よ?」

 が、言っている事は恐ろしく腹立たしかった。

「抜かせ。性別詐称者が。俺のダチだったティラルを返せコンチクショウ!」
「誰も男だって言ってなかったでしょうが。
 あくまで魔法の意訳なんだからそのぐらいは妥協してくれてもいいじゃないの」
「……」
「……」
「紛れもなく、マサトね」
「紛れもなく、ティラルだな」

 そうして……二人は笑い合った。
 そこにいるのが紛れもなく自分の知る存在だと確信したがゆえの笑顔だった。

「じゃ、オフ会とやらを始めましょうか」
「だな」

 そうして。
 彼らのオフ会は始まった。








「……なるほど、そんな事があった……って、思いっきり大事じゃねーか!
 話せ! そういう事は一刻も早く話しとけ!」
「仕方なかったのよ。無事片付けたから見逃してちょうだい」
「って言うか、お前が王様? そっちの方が大事だな。
 主に国民的な意味で」
「……言ってくれるじゃない。
 これでも民からの人気や信望も結構高いのよ?」
「はっはっは、ご冗談を。それなんて妄想?」
「……こんな奴だと知ってはいたけど、実際に会うと腹立たしさも倍増ね、この野郎」



「やっぱりこっちにも管理人がいたのね。
 しかもマサトの彼女とは」
「ああ。意外な話というかなんというか」
「っていうかそういう存在はいないって豪語してたじゃないの。
 嘘つきー。ブーブー」
「お前……こうして直に話してると紫須美に似てるなぁ」
「あら。そうなの。
 でもだからって浮気は駄目よ?」
「はっはっは、安心しろ。それはない」(断言)



「そう言えば、ここ馬小屋? えらく狭いけど」
「お前、その言葉俺の親父が聞いたら殺されるぞ?」
「狭い〜」
「いやだから、殺されるって」
「それに臭い〜」
「予定変更。俺が殺す」





 そんな感じで、彼らはさまざまな事を語り合った。
 互いに会ったら、謝りたい事、伝えたい事があった筈なのに。
 ものの見事に消し飛んでしまっていた。

 ただ。
 彼らは、それで十分満足していた。








「さて」

 ややあって、そろそろ話のネタも一段落というところで、ティラルが言った。

「そろそろ、本題を話しましょうか」
「本題?」
「個人的に話すのは、多分これで最後になると思うの」
「……」

 正登は、驚かなかった。
 ティラルのやたら高いテンションや、時折見せる表情から、なんとなく、そんな事になるような気はしていたのだ。

「さっきも話したけど……こうして異世界と交信できることが知られた以上、
 異世界とのチャンネルを開く事に成功した以上、
 多分これからは他の人も同様の事をやると思う。
 そして、今回みたいな事が起きるかもしれない。
 特異点であるマサトの側で」
「……別に気にしなくてもいいのにな」
「こっちが気にするの。
 ともかく、色々厄介事が起こる前に、とりあえず『扉』を一時的に封印するわ」
「そんな事、できるのか?」
「できるできないじゃなくて、するの。
 ともかく、それにはマサトの力が必要なのよ」
「俺の?」
「ええ。
 向こうはともかく、こちら側の『扉』は貴方の意志がなければ、成立しないの。
 力を……貸してくれる?」
「断わる」
「……」
「冗談だ。ちゃんと貸すさ」

 正直な所、正登の気は進まなかった。
 なんだかんだで、この一週間それなりに楽しくやってきたからだ。

 だが……それは目の前の女性も同じだ。
 今まででも十分に分かるし、今は……その表情を見れば尚更だ。
 そして、なにより……自分一人の我侭で、世界を危険には晒せない。

「……ありがとう。
 じゃあ、一時的に『扉』を閉じるわね。
 そうした後で、
 こちら側の扉を永久に閉じてしまうか、
 もう一つの手段を取るかは、また私が考えるから」
「もう一つ……?」
「今は希望的観測だから言わない。
 でも、忘れないで。
 状況が落ち着いたら……また、いつか、必ず文字を送るから」
「ああ、楽しみにしてる」
「そして、そうじゃなくても、そうならなくても……その」
「ああ、分かってる。
 一生待ちぼうけで届かなくても、別にアンタを恨んだりしないさ。
 ま、気にすんな」
「ありがと。……やっぱり、マサトだね」
「それはこっちの台詞だ。やっぱ、アンタはティラルだ」
「じゃ、やりますか。……ごめんね」
「へ?」

 正登が何の謝罪かと聞く前に、ティラルは床に剣を突き立てた。

「おおお?!」
「だからごめんって言ったじゃないの」
「ごめんで済ませられるかっ! 親父に殺されるかも、俺」
「ともかく」
「ともかくで済ませるなよ」
「貴方の意志は私が変換するから、貴方はこの剣の柄を握ってくれればいいわ。
 ……それで、オフ会は終わり。
 『扉』が閉じたら『扉』を通ってきた私は帰らざるをえなくなるからね。
 いいかしら?」
「……了解」

 瞬間……彼女をここに留め置きたい衝動に駆られた。
 自分が柄を握らなければ、もしかしたら彼女は帰れないんじゃないのか。
 そんな考えが頭をよぎる。
 ようやく手にしたものを、無くさないで済む……。

「……っ」

 でも、しない。それはできない。

 彼女は彼女の世界で。
 やるべき事が、待っている人がきっといるのだから。

 正登自身に、家族や紫須美が待っているように。

 そして、そんなことをすれば……今手にしているものは、確実になくなってしまう。

 だから……正登は剣を握った。

「じゃあ、行くわ」
「……おう」

 マサトの言葉を待っていたかのように、床に刺さった剣が黄金色に輝いていく。
 その光が増していくごとに、ティラルの体が……光に変わっていく。
 消える。終わる。……失う。

(……いや)

 失うわけじゃない。
 大事なものは、きっとずっと、この手の中にある。
 交わした言葉を忘れない限り。
 この出会いを……忘れない限り。

「……なあ、俺達は」
「……ねえ、私達は」

 全く同時の言葉で、二人は顔を上げた。

 そうして重なった視線で、気付く。

 今から自分達が言うであろう言葉が、同じである事に。

 だから二人は、頷きあって、同時に言った。

 その顔に、笑顔をのせて。

「友達、だよな!」
「友達、だよね!」

 二人は、その問いかけの返事をしなかった。
 それは……その必要はもうない事を知っていたから。

 そんな、凄く晴れ晴れとした笑顔と共に……互いの姿は、互いの視界から消えた。










 ……最終話に続く。 






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