第十話 クロスオーバー・後編










 閃光の魔法で光に満たされた玉座の間に一人、、その男は立っていた。
 グラード・デフェナ・ウィルズ。
 この国の第二将軍にして、王の幼馴染。
 そして……隣国であるクトゥーナに深い憎悪を抱く男。
 その憎悪に、大きな理由はない。
 あるとすれば……彼の父親が死んだテロが起こった当時、兄であるガードや、ティラルよりも、彼は幼かった……ソレが理由だとグラード自身思っていた。
 幼かったがゆえに、彼は憎悪を忘れられなかった。処理できなかった。深く刻み込まれてしまった。
 それは、ただそれだけの……。

「待たせたわね」
「待ちましたよ、王……?」

 振り向いた瞬間には視界に入っていた姿に、グラードは息を呑んだ。
 白銀色に輝く軽装の鎧。
 それは、この王家に生まれついた女性の全力戦闘形態。
 王の強さが何よりも求められた時代、竜神を殺した女王の遺産。
 さらには……。

「それは、王の剣……?」

 腰の左右に差したのは、三本の剣。
 そのうちの一本を、グラードは思わず注視した。
 その姿だけは文献で知っている、王にふさわしいものしか持つ事を許されない、神から与えられた剣。

「そうよ。本来は祝福の剣って言うらしいけど」
「馬鹿な……? あの剣の周辺には結界が……!」
「国の一大事には使っていいって事だから、私の意思で結界外から召喚させてもらったわ。
 私の魔力なら気付かれずに引っ張り出すなんて容易い事よ。
 まあ、召喚に応えたのは私の事をちゃんと王だって認識してくれたのもあるみたいね」
「貴方は……一体……?」
「何を考えてるのかって?」
「……そうです」
「貴方に対する答よ」

 困惑するグラードに、ティラルは告げた。

「情けか余裕か知らないけど、最初から公式に進言しなかったのが、判断ミスよ。
 私も、王としてだけじゃなくて、一個人としても答えさせてもらうわ。
 言ったでしょ? 個人の感情で動くなとは言わないが。個人の感情だけで動くな、と。
 逆説的に言えば、個人の感情で動いていいわけじゃないけど、個人の感情を疎かにするなって事ね」

 ふふん、と自信に満ちた笑みを浮かべるティラル。
 その笑みは、昨日の王の口調を使っていた彼女より威厳に満ちていた。

「……見事にやり返されましたね。流石は我が王。それで、肝心の王のお答えとは?」
「決まってるじゃない。どっちも遠慮こうむるわ。
 足りない理由の侵略なんて、すぺぺのぺ、よ」
「……それで済むとでも?」
「思ってないわよ。
 でもね、解決方法がないからって、あっさり楽な道に乗るなんて、私はカンベンだわ。
 まだ見付かってないなら、これから見つける。それだけのことじゃない。
 それで駄目なら未来に繋げる……それが王の生き様ってものよ」
「……それが、答?」
「ま、そういう事。
 でもね、ソレを王様権限でごり押しで通すのは、あそこまでの覚悟を見せた貴方に悪いしね。
 そこで、一勝負しようと思ったわけよ」

 そう言い放って、ティラルは腰に差した剣の一本を鞘ごとグラードに投げた。
 しっかと受け取ったグラードはスラリ、と剣を引き抜く。

「これは……?」

 その剣の刃は潰れていた。
 そして、こんな状況をグラードは記憶していた。

「一本勝負よ。なんでもあり。命は取らない。その上で勝った方が自分の好きに出来る。
 昔やってたみたいにね」

 そう、昔。
 それは、ガードたちの父に三人揃って剣術を習っていた頃の、遊びを兼ねた訓練方法だった。

「……昔は手加減をしていたんですよ」
「知ってるわよ、んな事は。
 でも……今と昔は違うわ。
 それで、この勝負受けるの、受けないの?」
「……受けましょう。どうやら、そうすれば納得できるようですし。
 その方が私も嬉しいです」
「そうこなくちゃ」

 そう言って、ティラルは王の剣を投げ捨てた。

「……使わなくていいんですか?」
「あれは勝負の後に使うものだからね」
「後悔しますよ」
「馬鹿にしてくれるわね。
 いい? ルールは昔と同じ。鎧の左胸についたマークに先に傷をつけた方が勝ち」
「分かりました」
「よーい……始め!」

 ティラルの合図が響いた瞬間、二人同時に絨毯を蹴る。
 いや、同時ではない。
 僅かにグラードの方が速い……!

「はぁっ!」
「くぅっ!」

 両者とも全力で剣を振るい、そのたびに火花が散った。
 だが……圧倒的なまでにグラードが圧していた。

「くっ!」
「遅いっ!」

 ティラルはどうにかマークは護りきるものの、圧倒的な剣圧に弾き飛ばされ、地面を転がった。
 だが、ダメージはそんなに無いのか、剣筋そのものは見えて、いや、慣れているのか、割合あっさりと剣を杖代わりに片膝をついて起き上がる。

「そっか……」
「?」
「貴方は、こんなにもクトゥーナを憎んでいたんだね……」

 全力……手加減の無さが、グラードの感情だった。
 一撃一撃に篭る懸命さが伝えていた。
 ニクイ。にくい。憎い。と。

「……当たり前でしょう。
 お人好しの兄上や、貴方とは違うのですから」

 そう言って、剣の柄をこれ以上ないほど握り締めるグラード。

「アレを許せるはずなんかない。許せる方がおかしいんですよ」
「……」
「ですから……勝たせていただきます!」
「負けるかっ!」

 剣を構え、こちらに向かって駆けて来るグラードを十分に引き付けた上で、立ち上がり様に剣を下から上へと跳ね上げるティラル。
 それは、完全な静の状態から急激な動への移行。
 ティラルが得意する最速の、攻撃面積が最も狭い、捉え難い一撃。
 速さは申し分ない。
 並みの剣士なら気付かないうちに両断されているだろうほどの剣の冴え。
 だが、グラードはそんなティラルの剣を完全に見切っていた。
 僅かな上体逸らし。たったそれだけ。
 それだけで、ティラルの剣は紙一重で避けられた。
 そして、そこに生まれるのは……これ以上ないほどの決定的な隙。

(もらった!)

 グラードは確信した。
 このまま軽く突くだけで、鎧に傷をつけられる……その確信のままに、剣を伸ばす。
 その瞬間、予想もしない事態が彼を襲った。

「っ!」
「なっ!」

 ティラルが前に踏み込んだのである。
 刃は潰してあるが、その先端は鋭利なまま。
 ゆえに、その刃は……軽装の鎧の隙間を抜けて……脇からティラルを刺し貫いた……!

「な、あ……ああぁぁぁっ!?」

 慌てて剣を引き抜くが、時遅し。
 いや、それが駄目押しとなる。
 剣を抜いた場所から、血が噴出して元々赤い絨毯を深い赤色に染めていく……
 そして……。

「か、はっ……!」

 血を吐きながら、ティラルは前のめりに倒れた。

「……そ、そんな……馬鹿な……っ……!?」

 流れていく血。動かない体。広がっていく……血でできた水溜り。
 グラードの手から、剣が落ちる。、

「馬鹿な……私は、そんなつもりはっ……!!」

 惨状を目の当たりにして、放心して、膝を付くグラード。
 その瞬間。
 ティラルの全身を光が覆い尽くした。

「……は?」
「……ごめんね」

 光が収まった後の、剣光一閃。
 倒れたままで放たれた白銀の刃が、呆然とするグラードの鎧……左胸の王家の印を切り裂いた。
 それは、勝敗が決した瞬間だった。

「え? え?」

 訳が分からずに、放心するグラード。
 そんな彼の側に立ち上がったティラルが歩み寄る。

「な?」

 グラードの視線は、自然に傷口に行った。
 傷こそ既に消えていたが、服には刃が貫いた跡があり、辺りには血液が散らばっている。
 
「一体、これは……?」
「じゃあ、説明してあげるわね」

 申し訳なさそうに苦笑いしながら、ティラルは言った。

「忘れた? 私は、この世界に存在する公式魔法の全てを使う事が出来る。
 勿論、蘇生魔法もね」

 ティラルの言葉に、グラードは目を見開いた。

「……! そうか即時蘇生魔法か……!」

 蘇生魔法には幾つか種類があり、そのうちの一つに、即時蘇生魔法がある。
 それはあらかじめ対象者に掛けておく事で、死ぬと同時に蘇生魔法が掛かるという魔法。
 発動の為の達成条件が多く、戦場ではまず使えない、その高度さとは裏腹に使いどころが難しい魔法の一つ。

「まぁ、心配かけそうだから悪いとは思ったんだけど、その辺りは昨日の脅迫に腹が立った分って事で勘弁しなさい」
「……」
「えーと。私の勝ちね。文句は?」
「……ありません」

 完全に、してやられた。
 剣なら負けないと高をくくっていたがゆえに、主の本来の得意分野を忘れ去っていたとは。

「……紛れもない、完敗です」
「まあ、こういう勝負事も力づくも本当は嫌なんだけどね。
 それでも王様権限よりは、こっちの方が筋通せそうだったから」
「……貴方らしいですよ」
「えへへ」

 次の瞬間、浮かべた照れ笑いを真面目なものに改めて、ティラルは言った。

「貴方の気持ちは凄く分かったわ。戦いで伝わった」
「……」
「でも、私達はもういい大人じゃない。
 殴られたから殴り返すんじゃなくて、もっといい方法だってあるわよ。
 あ、今の決闘は二人同時に殴ったようなものだから違うからね。
 子供らしいんじゃなくて、私達らしいし」
「分かっています」

 むしろ先に『殴った』のは自分だ。
 にもかかわらず、同時だという辺りが彼女らしいというべきか。

「ともかく、勝ちは勝ちだから好きにさせてもらうわ」
「……従います」
「……潔いのね?」
「あんな真似までされた日には、潔くもなります」
「じゃあグラード。
 貴方に一つ命じるわ」
「……」
「貴方に隣国との交渉役を任せるわ。
 外相と一緒に、この国のためになる事を考えなさい。
 その手段は問わないから」
「な? それは……」

 それは……かつて、自分の父親が就いていた仕事に他ならない。

「その仕事の中で、もしも戦争する事で、本当にこの国のためになるって思うようになったのなら……好きにしなさい。
 本当にそう思うようになったらね」

 そう言って自分を見据える王を、グラードは見据え返した。
 即時蘇生魔法を使ったあの時……失敗する可能性もあったはずだ。
 命を落とす可能性も低いとはいえあったはずだ。
 ソレを実行しての言葉がこれである。
 つくづく、甘い王だ。
 甘いが……。

「それでこそ、貴女だ」
「……何か言った?」
「いえ、何も」
「ともかく。
 貴方の好きにしなさい。その代わり異世界の事は私の好きにさせてもらうから。
 異論は?」
「ありません」

 答えながら、実感する。
 この人は、王。
 自分自身の矮小さ、安い憎悪さえ笑い飛ばしてしまう、そんな王だ。
 こんな王に仕える喜びこそあれど、異論は無い。
 クトゥーナの事を除けば……この人物が主である事に自分は何の不満もなかったのだから。

「……しかし、強くなられましたね」

 昨日苦しんでいた姿を思うと、そう呟かざるを得ない。

「ん。友達のお陰かな」
 
 遠慮ない言葉で語り合う事が出来、いろんな話をしてくれて、本来争いを好まない彼女の個性を好ましく思ってくれるマサト・マチカワ。
 その存在は、心強いのとは違う。
 大した事があったわけじゃない。
 絶対的な頼りなんかじゃない。
 頼りになるかならないかで言えば、ガードやグラードの方が頼りになるだろうし、信頼できる。
 それでも、ただいてくれるだけで嬉しい。
 ただ話してくれるだけで楽しい。
 それでいい。
 そんな存在を……大事にしたい、ティラルはそう思った。
 だからこそ、一歩間違えれば死に至る作戦を実行できたし、覚悟する事が出来たのだ。

「あと、貴方の兄さんのおかげでもあるかな」
「?」
「ふふふ。じゃあ、最後の締めに行ってくるわ」
「……はい」
「また明日から、よろしくね」

 王家の剣を拾い上げたティラルは、最後にそう告げてから『その場所』へと向かった。
 全てが始まった……あの部屋へ。

「我求める。我願う。我叶える」

 いつもの呪文を唱えて、部屋に入る。
 すると、そこには、ありえないはずの人物……侵入者がいた。

「……やっぱり来てたわね」
「はい」

 そこに跪くのは紫色のローブを着た……『管理人』だった。

「見届ける為……場合によっては止める為に、失礼させていただきました」
「まあ、そうでしょうね」

 自分以外の誰かがこの部屋にいるのはありえない。
 だが、『彼』の役職を考えると……むしろいない方がおかしい。
 ゆえにティラルは驚いてはいなかった。

「せっかくだから聞いておきたいんだけど……」
「なんなりと」
「本当の所、貴方はどう思っていたの? 異世界侵攻の事」
「我ら管理人は……無意味に誰かを傷つけて世界を護るような事はしません。
 例えソレが異世界の住人であっても。それが答です」

 それは意味がある時は傷つけるという事実の裏返しだが……今はとりあえずその状況じゃないのでさておく事にした。

「なら、どうして昨日は邪魔をしたの?」
「……彼の眼を見たからです。目的のために手段を選ばない……そんな眼を。
 それに呑まれ、貴方が万が一異世界侵攻を行わないようにとった、防衛措置です」

 詰まる所……グラードに力を貸す事で、最悪異世界を侵攻する事だけは避けようとしたのだろう。

「なるほどね。でも、貴方が危惧するような事態にはさせなかったわよ」
「知っています。見ていましたから」
「そう」
「それでも、これ以上は看過できません」
「……」
「今の世界情勢の中、異世界への『扉』は危険なんです。
 今回のような事件を容易に引き起こしますから。
 一応、私も防護処置は施していましたが……おそらく、今回の異世界交信はすでに管理人以外の高名な魔法使いに知られてしまった可能性があります」
「……ごめんなさい」
「とはいえ、こうなる事は……仕方がなかった事でしょう。
 貴方が行わなくても、いずれ誰かが到達していたでしょうから。
 むしろ、その始まりが貴方であった事が幸運であり、好機でした。
 まだ、正しい対応ができますから」
「そう言ってもらえると助かるわ」
「ただ……」
「分かってるわよ。ちゃんと、やることはやってくるから。
 その上で不満なら、他の管理人を通した上で私を処刑して構わないわ」
「……そこまでの覚悟がおありなら、私としてはこれ以上言える事はありません」
「ありがと。じゃあ……やってくるわね」
「しかし、大丈夫ですか? 蘇生魔法を使って貴方の魔力はかなり消費されているはず」
「その為に、これを持って来たのよ」

 そう言って、ティラルは王の剣を引き抜いて、部屋の中央に突き刺した。
 王の剣は、持ち主の生命力を物理的な破壊力に転化する、規格外の武器。
 その方向性を変えてやれば、生命力を魔力に転化する事も不可能ではない。
 それに加え、この部屋には、ティラルが長年魔法を研究してきた際に放出された残滓が積もり積もっている。
 ソレを掻き集めて、再び自身の中に取り込めば……王の剣の力も含め、大掛かりな魔法の二三発分ぐらいは再び使えるだろう……そうティラルは考えていた。

「さあ、王の剣よ! 私の名において命ずる! 私の力を喰らい、新たな力と為せ!」

 ティラルがそう叫んだ瞬間、辺りは黄金色に包まれ……爆発的なエネルギーを収束・放出させた……!










……続く







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