第三話 つまる所の『似たもの同士』
「ただいまー」
その日、正登はいつもと変わらぬ声音で告げながら、自宅玄関を潜り抜けた。
もっとも、その内心は別で、『いつも』とは違っているのだが。
「あら、今日も早かったわね」
家族が揃った一昨日とは違い、母のみが顔を出す。
それで他の家族達はまだ帰宅していない事を正登は悟った。
「紫須美ちゃんはちゃんと家まで送ったの?」
「余計なお世話だっての」
「まあ、あんたのことだからちゃんと送ってきたんでしょうけど」
「……分かってるなら聞くなよ」
呆れ気味にぼやきながら、リビングから顔を出す母の脇を抜け、二階に上がっていった。
そして、速足気味に自室に入る。
「よし、昨日と同じ……時間帯、だよな」
携帯の時刻表示でソレを確認して、正登はパソコンを起動した。
今日で三回目。
昨日はファーストコンタクトよりも早く『繋がった』。
どうやら、互いに気が逸っていたらしい。
そんな昨日は、一昨日の話の内容を確認するような会話で終始し、あまり話をしていなかった。
お互いの名前や、その呼び方、『約束』……そういった事を、緊張と雑談を交えながら繰り返したのみ。
本格的なチャット……『向こう』に合わせるなら相互伝達魔法(異世界改装版)とのこと……本格的な付き合いは今日からになるだろう。
そうして緊張しつつ、正登は画面に意識を向け続けた……。
そうして正登が画面を見続けていた頃。
ティラルは三日に一度の市民謁見を行っている最中だった。
白い玉座の間には、ティラルとガード以外に誰もいない。
本来ならば、護衛を複数配置すべきなのだろうが、それだと謁見する人間が固くなるだろう、というティラルの意見により、護衛はガードのみなのだ。
この謁見自体、かなり厳正な審査を行った後に実行されるものなので、基本的には危険は無い。
とはいえ、人間が審査する以上抜け穴はあるし、抜け穴を作る人間もいる。
その中には、良からぬ事を考える馬鹿も多々いたりした。
だが、それらは親衛騎士団長であるガード、ティラル自身によって完全に防がれている。
とまあ、そんなこんなでこの市民謁見はいまだにティラル、ガード、謁見人のみの空間が作られていた。
「次の謁見人は、入室せよ」
普段よりも重々しいガードの声が響く。
その声に応え、紫色のローブを着込んだその人物が玉座の間に入室した。
「失礼します。……お久しぶりです、ティラル王」
ローブに覆われた全身はおろか、フードに包まれた顔も見えないその姿は、王の前では不敬と取られかねない。
だが、そうならない。
その理由は、その人物が持つ黒色の杖にある。
紫色の宝玉が収まったソレはこの世界で最高峰の魔法使いの証であり、この世界を管理する一人である事の証。
そして『彼』はその力と任務ゆえに、あらゆる権限を許された『管理人』と呼ばれる特殊な存在だった。
「貴方か。久しぶりだマスター」
その姿と内在する魔力を感知して、ティラルはそう呼んだ。
『彼』こそ、ティラルに魔法の基礎を教えた人物だったりする。
「マスター……一国の王がその呼び名を使うとは……あまり感心できませんが」
「師匠(マスター)は師匠だろう。その事は皆知っている事だ。気に留めなくていい」
「恐れ多い事です」
「というか、いつまで経っても本名はおろか偽名さえ教えない方に問題があると思うが」
「申し訳ない限りですが……これも意味ある事なのでご理解ください」
「ああ、分かってる。余計な事を言って済まなかった。
にしてもだ。
マスターなら市民謁見に紛れ込まなくても、堂々と来ればいい。
順番待ちも退屈だろう」
「一応私はこの国に住居を構えていますから。
であるならば、一国民としてルールに従うのが道理。
それに特別扱いは嫌いなんです。貴方と同様に」
「……そう言われると異論・反論の余地は無いな」
ティラル自身特別扱いは好きではない。
というか、特別扱いに納得しているような人間であれば『友達探し』なんて事をやる筈がない。
そんなティラルだけに、『彼』の言葉には納得するより他なかった。
「で、何の用だ?」
納得した上で用事を問うティラル。
そんな彼女に対し『彼』は、ポツリ、と呟いた。
「一昨日の夜」
その単語を耳に入れた途端、ティラルの眉が微かに揺れる。
「この城内において、強力かつ異質な魔力波動を感知しました。
今日ココに来たのは、一応その調査です」
そう言われて、ティラルは心の内で頭を抱えた。
(あたた……しまった。もう少し念の入った結界を張っておくべきだったわね)
今更気付いても遅いので、弁明は諦めておこう……そんな思考の後、ティラルは口を開いた。
「……それは私だ。趣味の魔法を実験している最中だった」
「それは、いかなる魔法なのですか?」
「その辺りはプライベートで内緒だ」
「……いつもなら、私もソレで済ませる事はできますが……
あの魔力波動はそれで済ませるには異質過ぎます。
この世界の管理を任されている一人として、見逃すわけにはいきません」
「……」
そう言われると完全な黙秘は出来ない。
かと言って、ペラペラ喋りたくも無い。
ましてや、友達が欲しかったんで異世界と交信していますなど、言える筈もない。
「……安心してくれ。
確かに物珍しい魔法を試してはいるが……
この世界に害を与えるような代物じゃないし、私自身そういう方向で使おうとは思っていない」
それは、嘘偽りないティラルの本音だった。
その事実を感じ取っているのかいないのか、『彼』は静かに問い返す。
「だから、納得しろと?」
「駄目か? それとも信用できないか?」
「信用はしています。貴方のお人柄は把握しているつもりですから」
そう言うと『彼』はフードの奥で小さく息を零した。
それは呆れなのか、諦めなのか……ティラルが掴みかねていると、『彼』は言った。
「……分かりました。今は何も問わない事にさせていただきます。
ただ、何か変化があったその時は、私の権限を持って遠慮なく調べさせていただきますので、ご理解の程を」
「了解した。……済まないな」
「構いません。それでは」
それだけ告げると、紫色の魔法使いはあっさりと玉座の間を去った。
ご丁寧に、ティラルたちの視界から消えると同時に魔力の気配さえも消失させて。
「……やれやれ……」
「我が王。次の謁見人が控えておりますが……もう少し、間を置きますか?」
「…………まだいるのか?」
「次で最後です」
「うーむ……」
「明日にすれば明日の予定がズレてしまいますが」
「分かっている」
(ぬう……困ったわね)
内心でティラルは唸った。
いつもなら、とっくに仕事を終了している時間帯である。
更に言えば、『約束』の時間をすでに過ぎている。
かといって、やっつけ仕事をするわけにはいかない。
「やはり間を?」
「いや、待たせるのは悪いからな」
二つの意味合いでそう呟いたティラルは、最後の謁見に向かう為の気合を入れるべく、軽く頬を叩いた。
「……遅い」
パソコンを凝視し続けてきた目を瞼の上から軽く抑える。
すでに約束の時間は三十分過ぎている。
だが、一向に何も起こらない。
「……忘れてんじゃないだろ―な」
正登の中でイライラが高まってくる。
本来、あまり気は長くない、というか短い性分なのである。
「正登っ! ご飯だっつってるでしょーが!」
「分かってるっての! こっちにはこっちの事情があんだよ!」
数十分前から繰り返されている母とのやり取りも、そのイライラに拍車を掛けていた。
恐らく他の家族連中も帰宅して、食事はとっくに始まっているのだろう。
母の言葉には『早く食べないと片付けられないでしょうが』という苛立ちが多少混ざっている。
このままだと自分が皿洗いをさせられてしまう可能性が濃厚だ。
そう考えた事もあり、いい加減パソコンを切ろうかと正登が考え始めた時。
「む……」
画面が揺らぎ、三日連続となる正体不明のウィンドウが展開された。
『済まない。仕事で遅くなってしまった』
「……ぬう……」
その文章を見て、正登はとりあえず落ち着く事にした。
正登自身、働いている。
だからこそ、仕事にはそういう不条理を時には抱える事もあるという事を、それなりに理解している。
とは言え、納得がいかない事に変わりはない。
(落ち着け。俺は大人だ。社会人だ。冷静になれ……)
変わりはないので、そんな風に一分程度の間、自己暗示をしておく。
『マサト?』
『……あーいや。怒ってない怒ってない』
『……まだ何も言ってないが。というか、その間の長さは何だ』
『気にするな。髪の毛が抜けるぞ』
『……なんだ、それは?』
『もしかして、通じないのか?
こっちの世界だと、ストレスが溜まると髪の毛が抜けやすくなるんだよ』
『……ふむ。
なるほど……そういう話はこちらでは聞かないが、納得してしまうな』
どうやら話が流れたようだ。
さっきまでの自分を思うと、納得がいかないのかどうなのか微妙な正登だったが、とりあえず話に乗る事にしておく。
『というと?』
『実は、私の……知り合いの騎士がまだ年若いのに髪の毛がやや薄くてな。
おでこが広がっているのを、やや気にしている』
『……ソイツがえらく苦労生だったりするわけだな?』
慣れたもので、騎士の辺りにはもう疑問さえ抱かない適応力に正登自身ホレボレしたり。
まあ、そういう事を考えてる時点で疑問持ってるじゃないかという意見もあるだろうが、幸いというべきか生憎というべきか、正登自身は気付いていなかった。
『苦労性というか……生真面目すぎるんだ。
とりあえずで定められている起床の時間に始まり、仕事の手順、礼儀作法、食事の時間、食事作法、なにからなにまで律儀に遵守するんだ。
生真面目というか、アレはもう自己暗示の領域かもしれない』
『なるほど、あっさり遅刻したアンタとは違うって訳だ』
ピキ。
瞬間的に指に込めた過剰魔力で鏡の一部に皹が入る。
ソレを為したティラルのこめかみには、ピクピクと血管が浮かんでいた。
……この場に、ガードがいれば驚いた事だろう。
あらゆる苦境、あらゆる困難を余裕綽々に乗り越えてきた自分の王が、こんな事であっさりと素の怒りを露にしている事に。
「……ぬぐ……ちゃんと、謝ったじゃないの……」
ワナワナと震えるティラル。
さっきも我慢して話を流したというのに、また蒸し返されると、やはりというか怒りは倍増。
しかし、流石に一国の主……というかこの場合必要なのは大人としての対応だが。
そもそも時間に遅れたのは自分という事を思い出し、自分の怒りを押し殺すべく、心の中で呟く。
(悪いのは私。悪いのは私。落ち着け私。
私は王。この程度の修羅場、いくらでも越えてきた筈でしょうが……)
『ははは、まあ、そういう事だ』
そうしてどうにか怒りを堪えて、そう書いてみる……が。
『なんか……間があったな』
プチ。
『それとも、あれか。もしかしてあんたも髪薄かったりするのか?
遅刻した癖に』
プチップチッ。
そこがティラルの我慢の臨界点だった。
『……よくも、まあ、言いたい放題言ってくれるもんだな。細かい事をグダグダと……』
『……そうか? このぐらい普通だと思うんだが』
そう言われた瞬間。
ティラルの中に燃え上がった怒りは急激に冷めて、別のものへと変化していった。
「……」
ジッと画面を見つめ続ける正登。
だが、数分経っても何の変化……文章が表示されない。
「……?」
何か気に障ったのだろうか?
普通に接していた筈なのだが……。
「……」
なんとも言えない空白の時間と画面。
(うーむ……耐え切れん……)
気が短い正登に、この時間は我慢できるものではなかった。
ので、何かを書き込もうとキーボードに手を伸ばそうした……その矢先。
『そうだな。普通だな……済まない』
ティラルが書き込んだその文字が画面に表示された。
『済まないついでで悪いが……今日はもう終わるとしよう。
随分遅くなってしまった。
そちらも都合が悪いんじゃないのか?』
そんな事は……と書き込もうとする。
が、しかし。
「正登〜! いい加減にしないと片付けるわよ、ご飯!」
「分かった! 分かったよ……!」
階下から響く大声に、ウンザリ気味に返事をする。
確かに、都合が悪いのは事実だ。
『しょうがない。そうするか。じゃあ、また明日な』
『ああ。それじゃ』
そうしてウィンドウが消える。
この三日間で分かった事の一つだが、どうやらウィンドウの開閉については、正登側に権限は無いらしい。
まあ、向こうから繋げているのだから、当然と言えば当然なのだろう。
にしても……。
「どうかしたのかな、アイツ……」
急に態度を変えたティラルに首を捻りながら、正登はとりあえず夕飯を食べるべく部屋を後にした。
「はぁ……」
異世界通信を終えて、ティラルはため息をついた。
さっきの会話をもう一度読み直す。
そうすると、つくづく思う。
「……私、馬鹿だわ……」
マサトの遠慮の無さに腹を立てた自分。
最初はそうでなければ……対等な関係でなければならない、なんて思っていた癖に、状況に少し慣れただけでこの有様だ。
王であることを鼻に掛けていないと思っていたし、そうならないように努めてきたつもりだった。
だが、それは……王である必要が無い相手で、そうではなかった事を露呈した。
「………結構、王である事に甘えていたのね……」
自分を知らない人間との接触。
それにより、今までの生活では気付かなかった事に気付かされて、ティラルは意気消沈するのであった。
「それって、ソイツの対応が悪いんじゃないの?」
夕食であるハンバーグを丁寧に切り分ける正登に、彼の姉である街川歩歌は告げた。
「そうか?」
さっきのティラルの事が気に掛かった正登は、インターネットでこういう話があるんだが、という他人事風味で尋ねていたのである。
「アンタ肝心な所話してないから、細かい所全然分かんないけどさ。
そうして話をさっさと済ませてしまうって事は、
用事があったか、話してた相手や話題が気に入らなかったのかのどっちかでしょうよ」
「そういうもんか?」
「そういうものよ、兄貴」
当の昔に食事を済ませ、隣のリビングでくつろいでいた街川未知流は、テレビに向けていた意識と視線を兄である正登に向けた。
「誰だって、嫌な事は長々と続けてたくないでしょ?
相手が兄貴みたいに短慮な奴じゃ、尚更ね」
「……おい。俺の事だなんて一度も言ってないぞ」
「分かるわよ、その位」
「え? 正登の事なの?」
「そうに決まってるじゃない。ねえ、父さん、母さん」
自分と同じく、リビングでくつろいでいた二人に呼び掛ける未知流。
彼らの両親はテレビを見たままで「まあ、そんなところよね」、「他に誰がいるんだか」と口々に呟いた。
「ほら」
「……私は最初から分かってたわよ。ええ、勿論。今のはほんのテスト」
「ほぉ? じゃあ、誰が誰に対してのテストだったのかしら?」
「……」
「まあ、お馬鹿なあゆ姉は放っといて、兄貴?」
「なんだよ」
「親しき仲にも礼儀ありよ。
無礼者が許される道理なんて、この世界じゃ滅多な事じゃ通らないんだから。
紫須美さんみたいな人だって、滅多にいないのよ?
どうしても我侭を通したいんなら、人がいない世界にでも行く事ね」
呆れ口調で言いきった未知流は、再びテレビに意識と視線を向けた。
もうこれ以上は興味がないのか、関わる気がないのか、テレビに向けたその方向に揺らぎはない。
「……むぅ。
我が妹ながら、なんて年齢不相応な言葉……そう思わない? 正登」
「やかましい。お馬鹿な姉貴は黙っててくれ」
「誰も彼も馬鹿馬鹿言うなぁっ!」
「うるさいよ、あゆ姉」
「そうよ歩歌」
「そんなんだからお馬鹿なんだぞ、歩歌は」
「ににゃああああっ!」
そんなやり取りを耳に入れながら、正登は大騒ぎのリビングを後にした。
「……お馬鹿なのは姉貴じゃなくて、俺だな……」
階段を昇りながら、呟く。
手すりの冷たさが、ひんやりとした空気が、今までの熱を奪い去り、冷静な思考を正登に与えていた。
確かに、今思い返してみれば……自分の対応はあまりにも粗すぎたかもしれない。
その粗さこそ、一番自分らしい受け答え・対応だったかもしれないが、それを少しのやり取りしかしていない人間が合わせるのは難しい事ぐらい、分かっている筈だ。
ソレを受け入れてくれている家族や紫須美に慣れ過ぎて、親しい人間なら、ましてや友達ならばそれが当然という『我侭さ』に気付いていなかったのかもしれない……そう、正登は考え至った。
「……はぁ……」
そういう粗さや短慮さこそ、いままで失敗し続けてきた理由だという事を、何度繰り返せば本当の意味で自覚できるのか。
それに、誰にだって都合がある。
そもそもの原因である『彼』……いやティラルの遅刻にしても、ティラルの本意ではない事は一番最初に語られているし、真っ先に謝罪されている。
ましてやティラルが言うように異世界ならば……自分の考えも至らないような事情だってあるかもしれないのに。
完全に信じたわけじゃない。
だが、信じると決めた以上、貫き通すべきだ。
「だよな」
そう呟く事で決意を確認した正登は、明日やるべき事に思いを馳せるのだった。
その翌日。
「……これにて今日の会議を終了する。解散」
王であるティラルの言葉で、玉座の間に集まったジーケティス王国の重鎮達は立ち上がる。
互いの役割の確認、書記が記録した今日の会議内容を記した用紙の配布……それらが終わった順から、彼等は玉座の間を去っていく。
ティラルはそんな様子を玉座から静かに眺めていた。
もとい。静かというのは正しくない。
玉座の肘掛に、コツコツコツ……と爪をぶつけ、音を鳴らし続けているからだ。
そして、取り出した時計を眺めては、空に浮かび上がりつつある二つの月を睨む。
その表情は微かに苛立っている……最もティラルの側にいるガードは、そう認識していた。
「……ガード」
「はい」
「……皆、帰ったな?」
「そのようですが」
「日没しているな?」
「はい」
「仕事、終わりだな?」
「そうなります」
ガードがそう答えると、ティラルは玉座からすっくと立ち上がった。
「という事は、自由時間だな?」
「そうです。夕餉の時刻までですが」
「うむ。じゃあ、そういう事だから私は行くわっ!」
一体何がどういう事なのか。
はっきり尋ねる前に、彼の主の姿は玉座の間から消えた。
「今日も遅れ気味だわ……」
廊下を早歩きしながらボヤいてみる。
昨日遅れたが為に、あんな事になってしまったので今日は遅れまい……そう思っていたのだが、こんな時に限って仕事は長引いたりするのだから、この国の守護神は質が悪いというべきか。
「………こういう些細な事でも守護してくれると助かるんだけどな」
呟きながらも足を進めたティラルは『扉』の前に立った。
「我求める。我願う。我叶える」
いつもの呪文を唱えて部屋に入る。
それまではある程度抑え、控えていた王らしからぬ乱暴な歩きで、ドタバタと鏡を前にする。
「……魔力連鎖、展開……!」
そうして、四日連続となるその場所に魔力を接続していく。
何の目印もないならもう少し時間が掛かるのだろうが……『そこ』には目印があった。
微かな灯……『そこ』に到達したのを確認したティラルは、魔道周波をそこに固定した。
「よし、接続完了……」
当初こそ二回目以降も接続できるかどうか不安だったのだが、ここ四回目に至って確実に接続できる事をティラルは確信していた。
少なくとも、想定外の事が起こらない限りは。
「って、そんな場合じゃないか……」
まずは、今日も遅れてしまった事を謝らなければ……。
そう考えて、どう書き込もうか考えていた矢先だった。
『今日も、遅かったな』
それよりも先に、マサトがそんな言葉を送ってきた。
瞬間的に昨日の事、今さっきまで考えていた事を忘れ去り、ムカッとするティラル。
しかし、そのムカムカは……ティラル自身が押さえ込むよりも早く消える事となる。
『……お疲れ様。そっちの世界は色々大変なんだな
まあ、あれだ……遅くなるのも仕方ないのかもな。
俺も今後そういう事、あるかもしれないしな』
鏡に浮かび上がったそんな文字に、ティラルは目を瞬かせた。
「……これって……気を遣っているつもり、なのかしら」
にしては、なんというか粗い。というか大雑把というかいい加減というか、気を遣っているのかどうか疑わしい
ただ、それでも。
そんな言葉、そんな文字でも。
『ともかく……気にするなよ。気にするなったら、気にするなよ』
十分に、伝わるものがあった。
「ぷ」
それが伝わったからこそ、思わずティラルは笑っていた。
「はははっ……! そっか……そうだよね」
改めて理解する。
こちらが気にしているのなら、向こうだって気にしてくれる。
何故なら、自分達は似たもの同士。
表層的にどんなに理解できなさそうな気がしても。
もう既に、自分達は知っている。
同じ様に誰かを求めている、そんな二人だという事を。
『うん。それでだ、昨日は』
「つ……しまった」
舌打ち気味に呟く正登。
僅かな緊張からかキーボードを打ち損なった為に、中途半端な文面のままウィンドウ内に表示されてしまった。
追加と訂正を、と正登が思った時。
『昨日は、済まなかった。改めて謝罪する』
自分が書こうと、伝えようとしていた言葉がそこに浮かんできた。
自分ではない。ティラルの言葉として。
『……いや……』
とりあえず、それだけ入力する。
そうして言葉を練った上で、もう一度文字を並べていく。
『……こっちこそ済まなかったな。大人気なかった。許せ』
そう書きながら、正登は思った。
昨日の反省は重要だったが、ある意味では杞憂に過ぎなかった、と。
自分が考えたのと同様に謝るという事の意味。
そこに至る経過は、多分違うのだろう。
それでも、同じ結論に至ったという事が、正登に実感させていた。
自分達は……やはり似た者同士なのだと。
『それは謝っているのか? それとも喧嘩を売っているのか?』
『ぬ、失礼な。ソレを言うのなら、あんたこそ謝り方が足らないな。今日も遅刻しやがった癖に』
『……マサトの知能はスライム並みか? さっきの言葉は何処に置いてきたんだ?』
『とりあえず過去に』
『……上等だ』
その日、二人は四回話した中で一番長い会話を交わした。
そうして、双方共に夕飯の時間にかなり遅れて、それぞれに肩身が狭い思いをしたりしたのだが……それはまた、別の話。
……続く。