第一話 その出会い、世界を越えて
















 彼は、いつだって夢見ていた。
 友達と呼んでくれる誰かに出会う事を。

 彼女は、いつだって夢見ていた。
 友達と呼べる誰かを手に入れる事を。



 そんな二人が出会う事で,一つの物語がはじまる。















「人生って物語の始まりが何処なのか、考えた事があるか?」

 星も見えない夜空の下。
 都会らしい都会と称されるだろう、ネオンの灯が灯りまくった大通りを歩く。
 なんとなくそんな事を漏らすと、隣に並んで歩くコイツは、生まれた時じゃないの、などとお気楽に答えた。
 そんなコイツに、俺は言った。

「違う。他人に自分から初めて関わった時。そこが始まりなんだよ」

 生まれてきて、親やら産婦人科の先生やらとご対面。
 まあ、それも始まりと言えなくはないだろうさ。
 でも、俺はそう思わないんだよ。

 自分の意志で初めて誰かに話しかけた時。
 其処からが始まりなのさ。
 その時の記憶なんか、持てるはずはないけどな。
 それでも、人間として生まれるっていうのは、そういう事だろう?

「そう思うのは、ジットに友達がいないからじゃない?」

 またしてもお気楽に、季節がらの白い息を吐きながらコイツは言った。
 ああ、ジットっていうのは俺のハンドルネーム。
 この黒髪ロンゲ女……藤原紫須美と出会ったのがインターネット。
 俺のホームページのオフ会で……そう呼ぶには難しいものだが……出会い、住んでる場所が近所だからという事もあり、頻繁に顔を付き合わせているうちに、付き合うようになっていた。
 んで、今更本名で呼ぶのは面倒臭い、とコイツは俺をジットと呼ぶのだ。

「く。人が気にしてる事を……」
「しかし、不思議よね。私って彼女はできたのに、友達はできないなんて」
「ぐう」
「短慮で、言いたい事言っちゃう性格に問題あるのよね。
 他にも問題点多いけど」

 問答無用な指摘に、俺は文字通りグウの音しか出ない。
 認めるのは非常に癪なのだが……コイツの指摘通り、俺には友達がいない。
 子供時代から、二十三になる今の今まで、友達らしい友達を持てた試しがない。
 悪っぽい外見が悪いのかと真面目なヤツを擬態すれば「キモい」と言われ。
 ならば素直な自分ならどうよとアピールすれば「性格悪い」と言われ。
 さらにはそうされる事で、喧嘩っ早くも逆切れし「気が短い」と言われ。
 そうして、そんな性分や性格、様々な要因が重なった結果、友達がいないという現在が構築されていったのである。
 いや、それらは思い込みで、本当は俺の事を友達だとか思ってくれてた奴はいたのかもしれない。
 ただ、俺はそんな連中でさえ友達とは思えないでいた。
 その理由としては、ちょっとしたトラウマがあるのである。
 大仰なものでもないのだがトラウマはトラウマ。
 そういう事から、俺には友達はいなかった。
 友達が欲しい、なんて「子供かお前」と思う奴も多いだろう。
 実際一時期の俺もそんなんかっこ悪いじゃねーかと、自分自身を否定しまくった時期があるから、その意見は当然だ。
 だが今やそんな否定をする方がかっこ悪いのだ……そう気付く年齢になってしまったわけで。
 まあ、何が言いたいのかというと。
 やっぱり、友達は欲しい、の一言に尽きる。

「ぬぅ……」
「……友達の方が、よかった?」
「あ?」
「私よ。彼女じゃなくて……友達の方が良かった?」

 なんでさっきみたいな冗談じみた会話の中で、そんな不安そうな顔が出来るかね、コイツ。
 ったく、大雑把なんだか、女の子らしいんだか。
 俺は、ソイツの頭に手をポンポン、と乗せて言った。

「ダチはダチ。彼女は彼女。言えるのはそんだけだ」

 恥ずかしいから、ある程度台詞はカットしてあるが。

「……あはは」

 そうしてやると、紫須美はくすぐったそうに、本当に嬉しそうに笑った。
 いや、まあ、可愛いぞ。畜生。
 流石は俺の彼女だ。うん。
 とまあ、そんなやり取りの内に、俺は彼女の家に辿り着いていた。
 今日は日曜日で、デート。
 その後、コイツを家に送り届けていたのである。
 まあ、日曜日じゃなくても毎日互いの帰り時に時間を合わせて歩き回り、コイツを家まで送るのは最早日常なのだが。

「今日も楽しかったよ、そこそこに」
「へいへい。左様で」
「上がってく?」
「いや、こないだも邪魔したし、お前のおふくろさんに悪いしな。今日は遠慮しとくわ」
「ジットってば、顔と性格の割りに細々とした所に目が向くのよね」
「……大雑把に見えて乙女チックなお前に言われたくないっての」
「誰が乙女チックよ、誰が」
「……そう言いながら、少し顔を紅くするお前がだよ」
「なってない」
「なってる」
「……」
「……」
「まあ、いいわ。褒め言葉だと思う事にするから」
「相変わらずすげぇな、お前の方向百八十度転換は」
「あはは、ありがと」

 褒めてねぇよ。
 そう言おうかと思ったが、そうすると「褒めてない」「褒めてる」な、先刻と同じ泥沼状態になるのは容易に想像がつくので、それ以上は何も言わない事にした。
 なにより、まあ全然褒めてないというと嘘になるし。

「じゃあな。こないだから言ってるが、受験ガンバレや」
「うん。ジットと話すの、いい気分転換になってるから。頑張れそうよ。またね」

 そうして、紫須美はドアの向こうに消えていった。
 そうなると、俺としてもこれ以上ここにいる理由はない。
 他に用事があるわけでもなく、素直に家に帰る事にした。
 実際、俺の家は紫須美の家からそう離れていない。
 会社から直接俺の家に帰る道だと全く違う道筋になってしまうが、家同士の距離はご近所さん風味だ。
 まあ、だからこそ気軽に会ってみようかという事になり、現在に至りもしたのだが。
 そんな事を考えている内に、ほら我が家。
 ちっと古めな二階建てのその家は、親父が働いて働いてようやく手にしたマイホームだ。

「ただいまー」

 それなりの声を出しながら玄関に入り、靴を脱ぐ。
 すると、たまたま近くにいたのか、家族連中がそれぞれ顔を出した。

「お帰り、紫須美ちゃんどうだった?」
「聞くなよ」
「兄貴には勿体無いよね」
「言うなよ」
「結婚はいつだろうな」
「するかよ」
「って事は、遊び?」
「んなわけあるか」

 母、妹、親父、姉……すなわち家族フルメンバーに言葉を返しながら、廊下を通り過ぎ、二階に上がる。

「すぐ夕飯だからね。話はその時にでも♪」
「デートの話をするつもりはないが、夕飯の事は分かったよ」

 姉貴にそう言い残して、俺は二階に上がり、自分の部屋に入っていった。

「……ったく、家族中初めてのお付き合いだからってうるさいんだよな……」

 ブツブツ言いながらドアを閉め、電灯を点ける。
 そうする事で、やや狭く、やや乱雑な自室がしっかりと認識できるようになった。

「もう少し、静かに見守ろうって気はないのかね」

 この家の子供の中で、はじめて異性と付き合っている事を明らかにしたからか、俺はどうもからかわれている。
 実際の所を言えば、姉貴が誰かと付き合っているような、いたような素振りがあるのだが、そっちは確かではない。
 という事で、専らからかわれるのは俺という事になる。迷惑な事に。
 とは言っても。
 当初は、友達さえいない俺が、インターネットで知り合った奴と付き合っている……という極めて怪しげな状況を心配しての事だった。
 昨今はネット絡みの事件が多いから、その心配は当然と言えるだろう。
 今も完全にその心配が消えているわけじゃないだろうが、一度紫須美を家に連れてきて以来、その心配は急激に減退している。
 まあ、アイツの人となりを見れば、そうなるのも不思議じゃないかもしれない。
 ……惚気じゃないからな。

「さてはて」

 なんとなく呟きながら、俺は割りと気に入っている黒色のコートを脱いで、ベッドに投げ捨てた。
 そうして、着替えもせずに窓際に置いたパソコンを起動させ、その前にドッカと座り込む。

「起動パスワード、っと」

 昔放映されていたアニメロボットの合体コードを打ち込む。
 すると画面が立ち上がり、馴染みの画面……ゲームキャラの壁紙だったりする……が俺を出迎えた。
 ファイアウォール、ウィルス探知ソフトなどが正常に起動しているのを確認して、俺はオンンライン・コミュニケーションソフトを起動、ネットに接続した。
 今時はインターネットと言えば常時接続型が当たり前なのだが、切り替え工事や手続きが面倒臭くて俺は変えていない。
 不便な時もあるが、これはこれで俺は気に入っている。
 ネットに接続するまでの瞬間の待ち時間がなんとも言えないのだ。
 ……もっとも、最新の接続方式を使っている紫須美にしてみれば「ジット、変」で斬り捨てられる事柄なのだが。
 ともかく、俺は画面に意識を向けた。

「メールは……っと、迷惑ばかりか。こっちは、紫須美……マメだな、アイツも」

 ついさっき届いたばかりの紫須美のメールを見て、顔がニヤつく。
 内容としては、今日の礼と、楽しかった、また今度も、というもの。
 口で言った事なのに、改めてメールにする辺り、アイツはマメだ。

「でも、ネット上にはいないのな」

 登録してあるアイツの状態はオフライン。
 多分、メールを打ってすぐにネットを切ったのだろう。
 アイツは今年大学受験。
 センター試験の結果は良好で、担任からのお墨付きをもらっていて、合格は確実らしい。
 だからこそ、俺とデートに行けたりするのだが、アイツはそれを余裕ではなく、あくまで気分転換だと主張する。
 まあ、根は真面目な奴なので、実際気分転換なのだろう。
 俺とのんびりだべっていたさっきとはうって変わって、今は手を抜く事無く、余念無く、最後の締めに向けて集中している筈だ。
 そんなアイツがいないとなると、ネット上でやる事はとりあえずない。
 日課であるブックマークしたお気に入りのホームページ巡りは、夕飯の後だし。

「んじゃ、一旦落ちますかね」

 そうして、いつもどおりパソコンを終了しようとした、その時。

「……なんだ?」

 唐突に画面が揺らめいたかと思うと……画面上に、何かのウィンドウが展開された。

「ちょ……なんだよ、これ」

 そのウィンドウの中に、意味不明な文字が横書き表示で羅列されていく。
 ホームページを作る為の知識や、文章や絵を書く為の知識はあっても、パソコンそのものは少し齧っている程度の俺としては、不測の事態に弱い。
 これがネットなら設定している文体とそのページで使っている文体の違いによる文字化けだと思えるが、接続は完全に切っているし、そもそもネットですらない。
 ウィルスか何かなのか……それとも、もっと違う何かなのか……
 慌てて原因と対応を考えるが、初心者に毛が生えた俺では思いつく筈も無い。

「こうなったら……」

 しょうがなく、ウィンドウを、あるいはウィンドウを起動させているプログラムそのものを強制終了させようとする……が。

「そんなの、無いってのか……?」

 そう。ウィンドウ自体、プログラム自体存在していない事になっている。
 起動しているからには、存在している筈のものが無い。
 全く理解できない状況に、一人パニクっていると……異変が起きた。

「な?」

 意味不明だった文字の羅列。
 それが少しずつ、意味を持ち始め……日本語の形になっていく。
 そうして、完全に日本語になったその文字は、こう伝えていた。

『もしも、これが届いているのなら。
 この文字を理解できる誰か。誰でもいい誰か。
 私と友達にならないか?』










「人生という物語の始まりが何処なのか、考えた事があるか?」

 私の家である王城、その中の玉座の間。
 白が基調のだだっ広いその場所には、赤い絨毯が良く映える。
 その赤い絨毯の先の先に、私は座っていた。
 日課の下々……周囲はそう呼ぶが、私にとっては大事な国民達……との接見もどうやら終わりのようで、疲れからぼんやりとそんな事を呟くと、すぐ隣に控えていた親衛騎士団長は生真面目に、生まれた時からではないでしょうか、と答えた。
 私は、真面目すぎて笑う事さえ少ない生真面目さと、生真面目そのものな回答に苦笑しながら、言った。

「違うな。他人に自らの意思で初めて関わった時。そこが始まりなのだ」

 父親である先代の王、母である王妃、王室お抱えの産婆……生まれ落ちてからの彼らとの対面も始まりといえないことはないかもしれない。
 でも、私はそうは思わない。
 自らの意志で誰かに関わった時。
 その時こそが、始まりなのだ。
 その時の記憶など、持てる筈はないだろう。
 それでも、ヒトとして生まれるというのはそういう事だろう?

「我が王がそう思うのは、貴女の側に親しい方がいないからでは……」

 いけしゃあしゃあと、白い鎧を着込む彼は言った。
 彼は生真面目だが、こういうところでは遠慮がないというか、考えが今一つ足りない。
 案の定、一睨みすると、自分の言った事に気付いたのか、慌てて頭を下げた。

「あーいい、いい。お前とは長い付き合いだし、こんな事で恐縮する必要はない」

 自分が睨んだくせに、この言い草。
 我ながら嫌になるが、コイツの生真面目さにもウンザリさせられているので、この位は自分を大目に見る事にしている。
 我が王。
 彼がそう呼ぶのは、文字通りの意味だ。
 私がこの国……ジーケティス王国の王だという事に他ならない。
 性別上は女である私が王の座に付いている事は、他国はともかく、この国では珍しい事じゃない。
 私以前にも、数人程度ではあるが王座についた女性がいて、彼女らは最凶暴悪な竜神様をあっさりと葬ったり、この世界の戦争の形さえ変えてのけたりしている。
 ゆえに、この国では女性の王というのは時代の変革であり、この国の更なる繁栄を象徴・予言しているとさえ言われ、歓迎される。
 即位式の時の大騒ぎが、私自身ゲンナリするぐらいだった事からもそれは明らかだ。
 そんな私だからか、どうも神聖視する奴が多くて困る。
 昔の王室は……件の竜神殺しの王の頃……はもっとオープンだったと聞いているので、尚更ウンザリする。
 だから、私の護衛兼親衛騎士団長の彼、ガドロデス・デフェナ・ウィルズ……私は簡単にガードと呼んでいる……が言っている事もあながち間違っては……いや、正しい。
 私には、親しい人間……所謂友達がいない。
 生まれてきて二十三年間、それらしいものを得た試しがない。
 私が友だと呼ぼうとしても、向こうが遠慮してしまうという王室ではありがちな形。
 もしくは、友達と呼ばれたくないような奴らに限って、私の立場に眼が眩んで「友達ですぜ、グッへッヘ」(私の独断と偏見による想像だが外れてはいない)などと言って来るという状況。
 そういう事を考えると、常に私の側にいるガードは割りと親しいし、小さい頃からの付き合いだし、遠慮がないし、例外と言ってもいいかもしれないが……。

「……」
「王。何か?」
「いや、なんでもない」

 残念な事に、コイツは生真面目すぎる。
 十年近い付き合いだが、決して『王女と王の配下の息子』あるいは『王とその配下』という一線を越えない辺り、そうとうに生真面目だ。

「はぁ」
「王。何か悩み事があるのなら……」
「いつもの事だ。王という職業について廻る職業病。自分でなんとかするさ」

 呟いて、玉座の真正面にある……多少の距離はあるが……テラスの向こうの空を眺める。
 日が完全に沈んだのを確認して、私は席を立った。

「今日の仕事は終わりだな。……じゃあ、いつもどおり夕餉まで自由時間にさせてもらうわね」

 口調を意識して変化させ、仕事の終わりを強調する。
 周囲にも自分にもわかりやすいという、自分にしてはナイスアイデアだ。

「はい」
「……言っておくけど、ついてこないでよね。
 前回みたいにその気が無くても着替えを覗いた日には、今度こそ殴り倒すからね」
「は、はい」

 真っ赤に染まった顔を見て、思わず笑みが零れる。
 本当に生真面目な男だ。
 それがおかしくて、心配性な彼を安心させる為にも、クスクス、と笑いかける。

「大丈夫よ。王城内だし。
 それに私だってそこそこ剣使えるし、魔法の方は超一流だって事は知ってるでしょ。
 それじゃ、夕餉時にまたよろしくね」
「……はい」

 跪く彼の肩当に軽く手を置いて、私は玉座の間を後にした。
 そうして、私は自分の家である王城内をのんびり歩いていく。
 既に隠居している親父や母さんに会っていこうかとも思ったが、二人がいる宮はここから少し離れている。

「ま、今日はいいか」

 それならば、と私はひとまず湯浴みに向かった。
 トコトコ歩いて、玉座の間から一階下の自室で着替えを選ぶ。
 そうして、部屋の近くの階段をちゃっちゃと駆け下り、王城仕えの人間が使う湯殿に駆け込む。
 その際「王様入浴中。それでもよければどうぞ。なお男はそれ以前の問題で入室禁止」の自作看板をドア前に掛けるのを忘れない。

「……やれやれ」

 簡単に身体を洗った後、湯船に身体を沈める。
 魔法による保温も万全で、いい感じだ。
 だが、気分そのものは対照的にややダウン気味だった。

「まあ、あんな看板で親しげなつもりはないけどさ……」

 それでも、やっぱり期待はしてしまうのだ。
 お風呂で語り合うような誰か、あるいはそんな出来事を。
 そんな理由から王族専用の浴室はちゃんとありはするのだが、滅多に使わない。
 そのかいあって、一緒に入りかけた同い年の騎士見習の女の子がいたのだが……

「なにが『王女様は、お綺麗過ぎます』だか。
 ……まあ、そりゃ無理強いしたのは悪いと思ってるけどね……」

 そうして避けられたのは、今でも苦い思い出だ。
 ふと、お湯に浸かる自分の身体を眺めてみる。
 他人が言う所の、透けるような金髪。
 他人が言う所の、神玉……すごく綺麗な白い宝石で、私も好きな石だ……のような肌。
 他人が言う所の、魅力的な美貌。
 体付きも……まあ、悪くないだろうけど。

「……そりゃ、世間一般で言うそこそこの美人には該当してるとは思うけど……そんな絶世の美女でもなし、街娘の子にはもっと綺麗なコいるじゃないの」

 いずれにせよ、疎外されるほどのものじゃない。

「……いっそ、男も入室OKにしようか……」

 そんな、女としてかなり馬鹿なことを考えてしまうほどに、私は追い詰められいる……わけではない。

「さすがに、それはね」

 くく、と笑う。
 追い詰められているわけではないが……なんというか、少し涙が出そうだった。
 こうして独り言が多くなっていくのは、正直ちょっち辛い。
 家族……先代の王は引退したけど健康そのもので、頼りになる腹心も結構いる。
 それでも、いろんな事を気兼ねなく話せる友達がいないというのは、結構キツい。

「そういうわけだし、早々に趣味の時間と行きますか」

 その独り言を最後に、私は湯船を後にする。。
 滴る水を乱暴に拭き取り、何枚も重ね着していく。
 楽な服装にしたいのだが、夕食前で人目が多少つくので、あまり緩い格好が出来ないのが個人的には痛い。
 かといって、緩い服装にした結果として過剰なガードに鼻血を出されるわけにもねー、などと考えながら着替えを終えた私は、少し速足に自室に向かう。
 自室といっても、さっき服を取りに言った場所とは違う。
 そこは私の趣味の部屋。
 王ではない私個人の為に作った、私の部屋だ。

「っとと」

 ついつい通り過ぎそうになってしまう足を止めて、私はそこに立った。
 そこは廊下の突き当たり。壁以外には何もない……そう見える場所。

「我求める。我願う。我叶える」

 そんな場所で呟くそれは、魔法の起動呪文。
 次の瞬間、何も無かった筈の其処に、黒い扉が生まれ出でた。

「……風呂でゆっくりしすぎたからなぁ……時間的余裕としては、あんまりないわね」

 呟きながら部屋に入ると、再び扉が消える。
 少し薄暗いそこには、王らしい豪華な装丁など何一つとしてない。
 あるのは、本の山、ガラクタの山。
 いわゆる魔道書と呼ばれる魔法の教本や魔力を帯びた様々な魔具である。
 中には、それ自体に国一つを滅ぼせるような膨大な魔力を帯びている物騒なものもあるが、私にとってはたいしたものではない。
 私に魔法の才能があると分かったのは、今から七年前。
 王城に世界的な魔法使いを呼ぶ機会があって、魔法に興味があった私は、特別にその人と話をする時間を親父……その時はまだ現役だった……にもらったのである。
 まあ、長くなるので色々省くが、その魔法使い曰く、私には魔法使いとしての天賦があるらしかった。
 かつて、強い王こそが強き国の証しだともてはやされた時代があって、そんな時代から剣技を得意とする我が王家としては、私は異端児と言えるかもしれない。
 まあ、徹底的な戦略と戦術を組み上げ、その時代を打ち崩したのも私の数代前の女王なので、私程度はまだまだ異端児の度合いが低いのかもしれないが。

「ま、なんであれ、才能は才能よね」

 そう。どんなものにせよ才能である事に代わりは無い。
 なら、有効活用するまでだ。
 という事で、私はその魔法使いに出会ってから七年間、王になる為の教育を受ける傍らで、魔法の勉強を続けてきた。
 基本は魔法使いに習ったが、応用その他は趣味であるが故に殆ど独学。
 それでも私はこの世界に現存する魔法と称される全て……少なくとも正式に認められているものは……を習得する事が出来た。
 自分で言うのもなんだが……もっとも高難度と言われ、禁忌に近いとされた蘇生魔法でさえ、寿命で死んだものは駄目、かなりの魔力を消費する、その他にも様々な条件や制限はあるが、私は使用可能なのである。
 才能ありと見込んだ師匠の直感も大したものだ……今となってはそう思える。
 そんな私が、公務の邪魔にならない程度にこの部屋で研究しているのは……この世界が発展させてきた方向性と少し異なる魔法。
 この世界における魔法というものは、基本的にそれぞれに関連する事象から派生させ、展開・具現させるもの。
 例えば、火を操る魔法の初歩の初歩は、何かの摩擦から発生した熱を、魔力で増幅し連鎖させる事で火を発生させる。
 これに慣れていくことで『摩擦』という動作をせずともイメージだけで連鎖の始まりを作り上げ、魔力を発動できるようになれれば、一人前の魔法使いとして認められるレベルなのである。
 閑話休題。
 つまり、私が研究している魔法というのは、この世界への具現が限りなく少ないものなのである。
 効果を確実に世界に具現させるという点からは明らかに離れた、それでも確実に展開されていなければならない……そんな魔法。
 さらには、この世界の魔法である以上、事象連鎖の観点は必要なのだが、それが限りなく難しかったりする。
 何せ私がやろうとしているのは、違う世界への干渉なのだから。

「さて。今日はどの辺りを試してみようかしらね」

 呟いて、意識を集中する。
 この魔法の事象連鎖の始まりは、自分。
 自分の中に広がる世界をもって、異なる世界への意識を繋げる。
 それが、ほんの数日前に見出した、世界への干渉……事象連結だった。
 その方法が正しいのかどうかはまだ分からない。
 だが、少なくとも、この方法で魔法は起動した。
 それまでは、うんともすんとも言わず、魔法の起動さえあやふやだったものが、だ。
 ゆえに暫く試してみる価値は十二分にある。
 そうして、暇がある時はこの部屋に入り浸っているのだが……。

「やっぱり……そう簡単には、引っ掛からないわね」

 世界は広い。
 それはいわゆる異世界の数にも通じる。
 異世界にもいろいろあって、単純にこの世界の並列化世界だったり、高次元世界だったり、それらとは全く違う世界だったり、と実に様々。
 それらの世界にこちらから干渉するだけでは意味がない。
 送り出した干渉を受信してもらわなければ、干渉した事にならない。
 送った世界に、受信する存在、あるいは受信する何かがなければ……。

「……!」

 そう思った矢先。
 何かの手応えが返ってくるのを……私は感じ取った。
 何なのかは分からないが、そこにあるという感覚だけはハッキリとしている。
 言うなれば、暗闇の中一つだけ灯った蝋燭の炎。

「しかし……思ったよりも滅茶苦茶早く見付かったわね……」

 正直、信じられなかった。
 数多ある世界において、反応が返ってくる可能性は低くはない。
 おそらく、その世界の住人がいて、それなりの知恵と異世界の存在を信じる者がいれば、アクセスは可能だとは思っていた。
 だが、そうなる可能性は高くもないだろうとも思っていた。
 事実、この世界においても異世界への干渉を行おうとしているのは私ぐらいだろうし、更にソレに伴う技術があるのは、私や、私を師事したかの魔法使いを含めてそう多くはないのだから。
 異世界の住人においても同様の事は言えるだろう。
 だからこそ私は、この万に一つのチャンスを逃すまいと、届いた場所へと意志を届ける事にした。

「声は……難しいか。文字がいいかしらね」

 文字の媒介は……鏡。
 魔法の道具として重宝される大鏡に、私は、ス……と指を這わせた。
 そこに文字が羅列されていく。
 鏡に浮かんだ黒い文字の文章は、私がこんな事を始めた理由をはっきりと示していた。

『もしも、これが届いているのなら。
 この文字を理解できる誰か。誰でもいい誰か。
 私と友達にならないか?』





…………………続く。






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