しようしょ


・毎度のことながら、KanonのなんちゃってSSです。

・そして、しつこいようですが舞あんど佐祐理さんストーリーあふたーです。

・無駄に混沌と化しています。















 冬も終わり、暖かい春の日差しが来たなぁ、などと思っていた4月。
 思い返してみれば、なんとかかんとか大学に滑り込み合格し、なんとか始まった一人暮らし。
 駅から歩いて20分、運動不足などなりようもないアップダウンのある道程。
 佐祐理さんの伝手(というか親父さんの地所)で借りられた、舞と佐祐理さんの住むアパート。
 壁一枚をはさんで向こう側、友達以上家族未満、絆だけは家族並みといったところ、
 初めての一人暮らしで今までどれだけ秋子さんに自分が頼りきっていたのかを思い知った。
 バイト、そこそこの勉強、大学のダチの付き合いえとせとらえとせとら。
 なれないことばかりの生活の中で、朝晩三人で食べる食事時だけが俺にとっての安息時間だった。
 そんな生活だったせいか、1年という時間が過ぎるのもあっという間だった。


「あっという間の1年だったなぁ…」


 たばこなどという嗜好品に手を出す余裕があるわけもないので、
 なんとなくボールペンを人差し指と中指でタバコ持ちして雰囲気づくり。
 開けっ放しの部屋の窓。
 その外を憂鬱気味にため息とともに見やる。
 そして、回想される舞ヒストリー…って、自分で横文字変換ミス。
 まちがってはいないし、否定しないけどな。(あははーだいありーでも可)
 
 げふん、まぁ、それはおいといてだ。
 今日はせっかくの土曜日。
 バイトもガッコもなんにもない。
 やることがなくてどうしようかと窓の外を一人眺める、そんな日。
 外は曇天模様、天気予報は傘マークのオンパレード、ついでに降水確率は60パーセントを下回らないときている。
 こんな日は、舞と佐祐理さんの部屋に遊びに行くというのも手なんだが。


「というか、ついさっき行ったばかりだし」


 そう、朝食を一緒にとったのだ。
 現在時間は午前11時。
 まだ2時間とちょっとしかたっていない。
 ちなみにメニューはご飯、焼鮭、ほうれん草のおひたしに厚焼き玉子、そしておふくろさんの味、豆腐と油揚げの味噌汁、
 メイドいずS・A・Y・U・R・I!(意味不明&誤字)
 思わず白いフリフリなエプロンを着ていた佐祐理さんを部屋にお持ちかえりしようと手が伸びかけたことか。
 そして、バイトから帰ってきた俺にこう言ってもらうのだ!!


「お帰りなさいませ、ご主人様(はぁと)」

 
 うむ、これこそ俺というたった一人の個人のためのカスタムメイド。
 ただ単にエプロンを着て微笑んでいるだけだというに、ここまで俺に妄想驀進をかきたてるとは。
 恐るべし、白エプロンの魔力。
 しかしこの辺でやめとかないと、らいぶらりーの貧困さを暴露しかねないので、先に進もう。


 とりあえず、以下、本日の朝食時の会話ログである

「いやぁ、佐祐理さんの料理はいつ食べてもうまいなぁ、これならいつ嫁にいっても大丈夫ですね、おかわりっ!」


 残っていた味噌汁をひとすすりして叫びたくなる祐一ぱっしょん


「あはは〜、そんなこといってもなにも出ませんよ〜、どうぞ〜」


 さしだされた味噌汁のおかわりを佐祐理さんの両手をはさむようにしてそっとつかむ。


「じゃあ、おかわりは佐祐理さんで逝っちゃいましょう!!」
「あ〜れ〜、そんなご無体な〜」
「……」


 のりのりな俺とそれにあわせるようにして佐祐理さん、ちょっと赤らめた嬉し顔がプラス30点だ!!(謎)
 そして、そんな俺たちを視界に捕らえながら何事もなかったのように食事中な舞。


「舞、そこはなんでやねんって突っ込むところだろう!!」
「あははー、新婚かよでもおーけーですよー、むしろばっちこーいですー」


 や、そんな満面な笑みで同意されるとむしろ俺がまっかっかになっちゃうんですうぶなボク。
 すると、舞は食べ終わったお茶碗をなぜか俺の方に向けてきた、それも両手で。


「あ、なんだ舞、まだ食うのか」


 ぷるぷると小刻みに振られた小顔はどこか小動物。
 ちょっとぐっとキタ感じがするが、どうやら違うらしい。


「まいー、おかわりなら佐祐理がよそりますよー」


 と佐祐理さん。
 って、右手の平を上に向けて差し出すその手は、「おかわり」かよ!
 むう、やるな佐祐理さん。
 いっぽんとられちまった気がして、ちょっと悔しい。
 が、それすらも違うらしい。
 佐祐理さんのネタを完全にスルーして首を振る舞。
 あ、さしだされた佐祐理さんの手がぷるぷるしてる。
 すると、舞は両手に持ったお茶碗をさらに俺の前にずいと向けて、ぼそっといいはなった。

「たべるのは祐一…同居人、三杯目はそっと出し…おかわり、祐一?」

「ネタがつづいていたー!」


 視線斜め下45度、しかもちょっと赤らめたその顔は恥ずかしくて視線が合わせられませーんという気持ちを
 当社比300ぱーせんとましに大増量中ですといったところだ。
 自分で振っといてなんだが、落ち役というか突っ込み役に舞をチョイスしたはずなのに、
 逆にネタをふられてしまったー。
 


「ぐはつ、し、しんぷるいずべすと…」


 至近距離でそれを食らった俺はあぐらをかいたそのままの姿勢で上半身が後ろへと倒れこむ。
 まるでジャブがくるかと思ったらそのまま一気に顔面を打ち抜くようにしたストレート。
 祐一、傷は深いぞがっかりしろ。


「ご、ごちそーさまでーす」


 まぁ、三人揃って顔をまっかにさせちまったもんだから、その後の会話がつづかないつづかない。
 結局、食事と片付けが終わった段階でそのまま自分の部屋へと戻ってきちまったというわけだ。
 学生なんだから、時間があるなら予習でもすりゃいいじゃんYO!という天使的祐ちゃんも脳内スペースに存在するのだが。
 こんな天気の悪い日にそんなことをしている場合じゃない!
 といっても、ここでまた佐祐理さん達の部屋にいってまったりするというのも、なんだかだめ亭主の見本みたいな気がする。
 うん、そうだ。
 ここはひとつ男のプライドにかけて、雨中のランニングでもしてロッキー気分を味わうというのも悪くはない。
 よし、そうときまった、男は即行動だ!!


「うおぉぉぉぉぉ、えいどりあぁぁぁぁぁん!!!」


 ノリにのった勢いのまま、スポーツ靴を履き、勢いそのままに家の扉をあけた。
 そして


「こんちゃーす、相沢屋でーす!!」


 結局、ノックもせずにとなりの部屋へと侵入する不振人物すなわち俺祐一。
 どうしてもやっぱり確信的にだめだめですなー、あははのはー!










ゆ〜とぴあ五周年記念贈呈SS  「にっき」









「ない」


 うおっ、脈絡もなくそうつぶやいた一人称どころかセリフすら彼女自身のインナースペースで解決しちゃってる舞さん。
 だ、だれか、通訳だ、通訳を呼べ!

 って、まぁ、今の状況としてはだ。
 食卓兼舞専用勉強机兼お昼寝用布団兼なんだかお部屋の中の舞スペースといったコタツの上で…。
 もとい、コタツの上に置いてあるこじゃれた卓上用カレンダー。
 立てかけ式のそれには入ったばかりの6月のもの。
 舞はそれをにらむようにしてつぶやいている、こういうわけだ。


「まいー、仕方がないよ、こればっかりは。あ、ゆういちさん、いらっしゃーい」


 熟練のきわみともいえるかのような絶妙な適度さで舞をあやしつつ、
 入ってきた怪しい男(俺だ!)に笑顔で挨拶佐祐理さん。
 うん、今朝も見たけど、今日もその笑顔に完敗だ!!


「先月は動物園にいった」

「うん、パンダさんの親子はかわいかったねー」


 ふんぞり返ってもそもそと笹の葉を食う奴らパンダ。
 気に食わん。
 奴らのその目が気に食わん。
 まるで俺はパンダだぞ、もんくあっかゴルァ。
 とでもいいたげなその人様を見下したかのような態度が気に食わん。

 舞と佐祐理さんの前では愛想を振りまいていた癖に…


「先々月はお花見に行った」

「そうだねー。桜はきれいだったし、おべんとうもおいしかったねー」


 はい、たいへんおいしゅうございました。
 五段の重箱という…まぁ、高校時代にもよく見かけていたが、佐祐理さんの私物。
 それにこれでもかと入ったお手製のお料理の数々。
 と、ちょっと大きめの魔法瓶の水筒。
 かちんこ、とプラ製のカップで乾杯を交わして数秒、口に含むのに1秒、噴出すの0コンマ5秒。
 入っていたのは日本酒でしたー。それも熱燗で。
 一気に飲んだふたりはかたや笑い上戸のかたや泣き上戸の。
 両手に花のはずが、両手に酔っ払い。
 適当にあしらっていたら、ふたりとものっくだうんだぶるけーおーってやつだ。
 残っていた弁当と夢うつつのお二人さん。
 春の陽気に誘われて、両腕に感じる二人の体温、ささやくように聞こえる寝息。
 俺をまどろみの世界に誘うのにそう時間は必要なかった。

 まぁ、俺が起きたときには二人はまだ寝てて、
 歩いてほんの数分の公園なのにタクシーを呼ばなきゃいけなかったがな。


「でも、今月はどこも行けない」

「う〜ん、土日だけだと三人では難しいよ。それに梅雨にはいっちゃったからね〜」


 たしかに。
 雨が降るとなんとなく外に出るのは億劫だし。
 いくら祐一は風引かないの格言のごとき俺でも、扉を開けてコンマ3秒で脱落したしな。
 そして、ちょっとしょんぼり気味に舞が見つめる六月のカレンダー。
 先月までは平日の上にちらほら乗っていた赤い文字の休日がそこにはない。
 無常なまでの平日のみ。
 しかし、いくら舞が拗ね拗ねの上目遣いでカレンダーを見つめようとも、
 無機物であるそやつは返答すら首を振るはおろか返答すら返さない。
 むぅ、なんてツンなやつなんだ!!


 その後、なんとなくコタツで三人まったりとお茶を飲みながらテレビでも見ていた。
 時間とともに流れていく、記憶にすら残らないバラエティ番組の音だけが部屋に響き渡る。
 時折、俺や佐祐理さんの笑い声。
 つまらなくはないが、何かをしたという記憶にすら残らないただの時間つぶし。
 視線の片隅に舞。
 いつもなら俺と佐祐理さんの掛け合いにツッコミをいれたりする彼女だが、
 力ないツッコミに力ないチョップ。
 そして、がっかりという感情を表情に乏しいその顔に貼り付けた彼女の顔だけが、
 やけに俺の頭の中に残っていた。


 夕食後、部屋に戻った俺。
 舞、元気を出して〜という佐祐理さんのアイディアで牛なべ。
 彼女の大好物であり、俺や佐祐理さんも割かし好き。
 学生の身である俺たちが作るにはちょっとゴージャス。
 というか、某チェーン店に行けばはるかに割安であろうそのメニュー。


「あははー、こんなこともあろ〜かと〜」


 夕食何する的な会話が始まったとたん、佐祐理さんが冷蔵庫から取り出した牛肉2パック。
 舞の好きなものを俺たちで作って元気を出してもらおう。
 彼女が好きなものを、彼女ためだけに。
 そして、大切な三人がひとつのコタツの上で。


「ありがとう…佐祐理、祐一」


 いくらか舞の笑顔が戻ってきた気がする。
 しかし、その弱弱しい笑顔は見ているこちらが痛々しい。


 夕食後、佐祐理さんと後片付け。
 舞はごちそうさまと言ってすぐに自室に行ってしまった。
 その背中を目で追っていると、リビングと舞の部屋を隔てるふすまがぴしゃりと閉められた。


「舞、佐祐理と一緒に暮らすようになってから、毎日じゃないですけど、ことある毎に日記をつけるようになったんですよ」


 佐祐理さんがかちゃかちゃと音を立てながら小柄な洗面器に入れたお皿をあわ立てたスポンジで洗う。
 目線は自らが洗う皿の方。
 まるで独り言にように語られるそれ。


「舞と暮らし始めたときは、何もかもが忙しくてぜんぜんつけていなかったんですけど、
 時々祐一さんのところで一緒にお昼を食べたとき、とっても舞喜んでいて」


 泡を流したお皿を佐祐理さんから受け取り、布巾で水をふき取ってから食器棚に入れる。
 そんなやり取りが続く中で、佐祐理さんは続ける。


「ひと月に一回、祐一さんと会えればいいほうでしたから、その日の夜は舞とっても上機嫌で。
そしたら、舞。絶対に忘れたくない、佐祐理どうしたらいい?って」

「それで、日記というか思い出帳みたいなもんを書くようにすすめた、と」


 きゅっと蛇口が締められ、流れていた水が止まり、キッチン兼リビングの中に静寂が響き渡る。
 佐祐理さんは目を瞑り、そのときを思い出すかのように微笑み、そして俺にうなづいた。


「祐一さんが佐祐理達の部屋のとなりに住むようになってからはもう大変でしたよー。
 舞はあまり口には出さないですけど、祐一さんが来る朝と晩にはもうそわそわして落ち着かなくて」


 普段の沈着冷静、某雷様の緑並みに何事にも動じず、動かざること山のごとしな舞の以外な実情。
 食事時におかずをめぐってバトルをするような舞のリアクションも、口下手な彼女なりのコミュニケーションだったのかもしれない。


「それでも、祐一さんと一緒にお出かけした日は、夜遅くまで書いているんですよ」


 お出かけ。
 まだコタツの上に残されたカレンダーを引っつかみ、月のページを戻す。

 5月。GWの初日に動物園に行った。
 4月。春休みに花見に行った。
 3月。月末に春物を買いに行った。
 ・
 ・
 ・

 1月までカレンダーを戻して気づいた事実。
 舞が元気をなくした理由。
 その答えは。


「すべて謎は解けた」


 ○○ちゃんの何かけて?
 いや、ギャグをかましている暇はない。
 すぐさま佐祐理さんをまっすぐに見つめて言い放つ。


「佐祐理さん、お願いがあるんだけど…」


 決して、佐祐理さんを口説こうとかそういうつもりはない。
 なんて思ってるわりには、なぜにワタシめは佐祐理さんの両手を握っているのでしょう?
 お願いして1秒、見つめて2秒、ポカンとした表情の佐祐理さんはやはりかわいいにゃーと思うの3秒。
 かくかくしかじかうんぬんかんぬん。
 聞いているのかいないのか、俺が俺のお願いを説明している間、
 佐祐理さんは顔を真っ赤にしながら、そしてわたわたと手振りを交えながら、佐祐理さんは了承してくれた。

 後は実行に移すだけか。
 そのためには、このアパートに来たときの俺の誓いをやぶろうともかまわない。
 そう、舞の笑顔を見るためならば!


「立て、国民よ、悲しみの(舞)を乗り越え…(中略)ジーク、まいー!!」

「ジーク、まいー!!」

 どんなノリだ。





 始まった月曜日。
 土曜日から降り始めた雨は今日もやまず、しとしとと音を立てながら窓ガラスの向こう側から伝わってくる。
 予定していたバイトが休みになったのに加え、ひとつしかなかった授業も休校。
 外は雨。
 何もできない日。
 何もしたくない日。
 佐祐理は朝ごはんの後、アルバイトに、祐一は学校へ。
 きっとみんな遅くなる。
 外は雨。
 わたしはひとり。
 つけっぱなしだったテレビもスイッチを切った。
 机の引き出しにノート。
 何の変哲もないノート。
 表紙には何も書いてないノート。
 私の大事な思い出がいっぱい詰まったノート。
 半ばにまでなったノートの新しいページを開いて、だいぶ短くなったえんぴつをとりだす。

 祐一と佐祐理とわたしで、すきやきをつくった、まる。
 でも、祐一は

「これがすきやきだと!ゆるさん、これは絶対確実完全無敵で素敵な牛なべだぁぁぁっ!
 学生風情が頭がたかぁぁぁい、ひかえおろう!」

 なんて叫んでた。

「ははぁーっ、お代官様どうかお許しをぉ」


 って、佐祐理。
 あ、伏せ拝なんてしてる。
 祐一を拝んでどうするの?


「でも、祐一も学生風情…悪・即・残」

「わたしがわるぅございましたぁっ!」

 ふざけてる祐一とノリノリな佐祐理をジト目で眺めながら、ぐつぐつとしょうゆのいい香りがするなべを一人締め。
 ちなみに、「悪・即・残」とは悪いことをしたら、即、ご飯は残り物という佐祐理家の家訓。
 やや本気で泣きが入っている祐一と祐一さんの負けですね〜と佐祐理。
 でも、本気で独り占めする気なんてないから、わたしがよそってあげる。
 えらい、わたし。
 ありがたや、神様、仏様、舞様とおおげさなことをいいながら器を受け取る祐一。
 ありがとね〜まい〜といつもの佐祐理の笑顔。
 ちょっとうれしかった。
 だれかにほめられるって、なんだかとってもあたたかい。
 

 ちょっと鉛筆を置いてひといき。
 台風のようないたい音のする雨と違って、六月の雨はどこかやさしい。
 さわさわさらさら。

 時計の短い針は12。
 そろそろお昼。
 佐祐理が作っておいてくれたご飯を冷蔵庫から取り出す。
 2年近く佐祐理と暮らすようになって、電子レンジくらいは使えるようになった。
 ちょっと熱くなりすぎた器に四苦八苦しながら、コタツでいただきます。
 はふはふと食べながら、ふと手持ち無沙汰な左手が日記の始まりからめくり始める。
 本当はお行儀がわるいんですよ〜って佐祐理は言ってたけど、今日だけは特別。

 日記の始まりは佐祐理と、そして祐一との楽しかった思い出の名残。
 すべてが色あせることのないセピア色の記憶。
 そのときのことは色濃く残っているわけではないけど、
 かといって忘れてしまうには強烈過ぎる。
 だんだんとページを追うごとに細かく、正確に、そして思ったとおりに。
 ぼやけていた文章がだんだんと成長を遂げていく。

 6月。
 記念日がないからどこかにいけない。
 楽しい思い出が書けない。
 でも、祐一との思い出は欲しい。
 三人での楽しい思い出が欲しい。
 そう思っていた。

 だけど、どうだろう。
 最後に書いたページは?
 ついさっき少しだけ書いたページは?
 なんでもない振って湧いたような休日の、それもわたしたちにとって当たり前な出来事。
 祐一がふざけて、佐祐理がのって、わたしが突っ込んで、また祐一がしめて、三人で笑って。
 そんな当たり前の一日の一コマ。
 でも


「おんなじ」


 何か特別なことをするから大事なんじゃなくて。
 どこかに行って、何かをするから楽しいんじゃなくて。
 もちろん、それらも大切な思い出だけど。
 その先に白紙が続く、ついさっき書いたばかりの一番新しい日記。
 これまで書いてきたもの以上にずっと鮮明に思い出せるその光景。
 きっと、日記を書きはじめたころだったら、見過ごしていただろうそれ。
 何気ない、当たり前のそんな一日が、ほかのページに負けないぐらい大切に思える。


 わたしも大学に入って、少しづつだけど周りが見えるようになった。
 このまま三人の関係が続いていけばいいなと思っていた。
 このまま三人の楽しい毎日が続いて、その思い出を日記に残せたらどんなにいいだろう。
 まだ、終わりがくるわけじゃない。
 だけど、一日が過ぎていくごとに近づいていく。


 昔のわたしならきっとそれを恐れていたと思う。
 この生活を守るために子供じみた理由でいろんなものを縛りつけていただろう。
 いまでもそれは怖い。
 だから。


「ん…」

 
 思い出を作ろう。
 いつもの生活の中で楽しいと思える時間を。
 佐祐理は、祐一は、わたしにいつもそれをくれた。  
 今度は。


「わたしの番」


 そうと決まれば、わたしは戦える。
 きっといつか、三人で笑いあえる、そのときのために。
 さっと立ち上げるぱそこん。
 大学のレポート作成に便利なんですよ〜と佐祐理に薦められ、二人で借りたノートぱそこん。
 いまではめっせでちゃっともお手のもの。


「いるかな?…いた」


 自分でつくったあいでぃーとぱすわーどを入れてろぐいんすると、お目当ての相手はどうやらいるようだった。




















「さってと」


 本日週はじめのバイトも終了。
 いやー、雨が降っているということもあって、お客来ないかな〜なんて思ってたら、来るは来るはのてんてこ舞い。
 おまけに長居する連中まで出てくる始末ではふー。
 現在午後十時を回ったところ。
 店長に無理を言って三十分だけ早く帰りたいと前もってお願い。
 今日は終了三十分前には客がはけると言うラッキーシチュエーション。
 うむ、本日の占いで絶好調だっただけあるぜ。
 今日は授業もバイトもない舞の奴が家でお留守番。
 代わりというわけではないが佐祐理さんが迎えに来てくれるのだー!!
 ついでにさっき佐祐理さんから来たメール。


「ぴーえむひとまるさんまる、いつものばしょ、かもーんべいべーですYO!!」


 …酒飲んでんじゃあるめーな。
 いつもテンション高いけど、今日は特に高いらしい我がマンションのお姫さん。
 というか、こんなセリフというか言葉をいったいどっから仕入れて来るんだか…。
 
 バイトの同僚というか先輩というかにおつかれさまDEATH!!と片手を挙げながら店の外にランニングハイ。
 どうやら俺にも佐祐理さんのテンションが移ったようだにゃあ。
 ばれたら即効でつれてかれる宇宙人よろしく両腕をつかまれて、飲み屋に連行されるんだろうなぁ、俺のおごりで。
 まぁ、アクセントは頭につける!!てな感じで大丈夫だろう。
 あまりにも急いで帰ろうとしているように見えたのか、先輩たちの目線が妙に生あたたかったのは気のせいです。 
 ぱらぱらと小雨が降るなか急ぎ足で帰宅。
 いつもの駅で待つ佐祐理さんは


「うん、いつもの佐祐理さんだ」


 まぁ、なんというか雨が降っても笑顔は晴れやか五月晴れ…六月だけど。
 本当なら、今日は俺ひとりでさびしく帰るところだったのだが、土曜日にお願いした件での準備のためにご足労願ったのだ。


「あははー、舞のためならたとえ火の中水の中。ついていきますあなたの佐祐理さんですよー」


 いや、めっさうれしいどすが、こじゃんひとごみのなかでそったらことおおごえでしゃべるもんじゃなかとですたい



 閉店間際のウインドショッピング。
 俺と佐祐理さんで舞がよろこびそうなものを探してまわる。
 といっても


「舞が喜ぶ物か、だいたい出尽くしちゃってるだよなぁ」

「お誕生日とかクリスマスであげちゃってますよねー」


 イベント物でプレゼント。
 手っ取り早く喜んでもらえる、俺が思いついたのはそれだったのだが。
 すでに高校時代から含めると三年目に突入する俺たち。
 となると、だいたい思いつくものは既出のものばかり。

 ん、あれ、佐祐理さん?
 なして、あなたはそんなに余裕があるんですかい?

 いいアイディアを捻出しようと時間ぎりぎりいっぱいまでうなる俺に対し、
 佐祐理さんはどこかしら余裕があるように見える。
 鼻歌が聞こえるようなくらい「わたしいまごきげんですよー」というのを、
 全身で表現している気がする。
 や、過剰な表現かもしれないけど、ちょっとスキップまじりにも見える。
 そりゃ男冥利につきるけどさ。


「さぁ、祐一さん。がんがん探しにいきましょー」


 って、俺の手を引っ張っていかないでー。
 舞を元気づけるんじゃなくて、佐祐理さんを元気にしてどうする本末転倒。


「まるで、デートみたいですねー」


 だから、公衆の面前でそういうこというのやめてー!!



 すったもんだのあげく、明日以降に持ち越し。
 授業の空きとかに探すことにして自分の住処へとごーあうぇい。
 ぱらぱらと小雨が降る中を赤と藍色のかさが二つ並んで歩いてく。
 それにしても


「あの…佐祐理さん」

「なんですかー、祐一さん?」


 俺の無言の抗議にもどこ吹く風のお嬢様。
 ゆっくりと歩みにあわせてゆれる彼女の左手。
 そして、その先に握られた俺の右手。
 口に出すのも、もはや俺のマジックポイントが足りずされるがまま。
 あ、そういえば。


「舞の奴。家でどうでしたか?」


 夜までのバイトはしていない佐祐理さん(親に止められたらしい)。
 一度家に帰ってからその後合流したので、その辺が妙に気にかかった。


「えーと…んー、げんきでしたよ?」


 や、疑問に疑問が返ってくるとはますますあやしい。
 なにより、今日の合流してからの佐祐理さんはどこかおかしい。
 思えば糸目に笑ったその眼の奥の視線はどこか外れているようにも見える。
 なんて思っていた矢先


「なんか怪し、のわっ!」


 突然、佐祐理さんが俺の右手をつかんでいない反対の手で器用にも傘を閉じると、
 そのままつかんでいた俺の右手を離し、ダイレクトに右腕をハグ。
 って、あ、やばい、か、かんしょくががががががが。


「ふふふっ、あとのお楽しみですよー」


 ああ、佐祐理さんが何を言っているのかわからない。
 聴覚すら佐祐理さんがハグしている右手に神経をとられている気がする。
 ぐあー、やらせはせん、やらせはせんぞー!!

 はい、歩いている間何も考えられずに、佐祐理さんという名のダッコちゃん人形をくっつけていた祐ちゃんでした。


 んで、あっという間にアパート前。

「じゃあ祐一さん。おやすみなさーい」

 
 俺に一言ぱたぱたと隣の部屋に入っていく佐祐理さん。
 右腕の感触の名残がいまもここに…ってそんな余韻に浸っている場合ではない。
 むしろ心のメモリーに焼き付けておいて、後でにやにやするのだ!!
 まぁ、そんなことはさておき、自分の部屋に入ろうと扉を開けると



「お帰りなさいませ、ご主人さま?」

「めいどさんキター!!」


 どっかで見たことのある…そうだ、佐祐理さんの実家のメイドさんの服。
 それを着て三つ指ついている舞。
 帰ってきた俺を出迎えたのは、なれないセリフをたどたどしく言う舞。


「ゆういち、うれしい?」


 たしかに夢だった。
 男のロマンだった。
 それを現実に目の前にしたいま、俺はなんていったらいいんだろう。
 感動を乗り越えてしまったその瞬間、陳腐な言葉すら俺の中には浮かんでこない。


「つんつん、まるかいてまるかいてちょん」


 あぁ、痛い。
 舞がつねってこねくり回した俺のほっぺたが痛い。
 そうだ、現実。
 これは、現実なんだ。


「と、とれびあぁぁぁぁぁん!!」 

「ん、祐一元気。わたし帰る。また明日」


 舞はさっさと俺に背を向けて帰っていった。
 部屋の明かりが照らす彼女の去り際の横顔はまっかだった。
 そう、ほっぺたまっかっかだった。
 そのはじらいがべすとしょっと。


「こ、こんやはねむれそうにないぜい…」


 結局、すったもんだしたあげく、三人とも元気になったのでめでたしめでたし…かな。
 あ、俺は別なところが元気n(自粛規制)






「ねー、まいー。祐一さんどうだった?」

「おどろいて、血の涙をながして、叫んでた」

「そう、よかったねー。あっ、明日の朝ごはんのときにいっしょにそれ着てみようか?」

「は…はちみつくまさん」

「やーん、まいったらおかおがまっかっかー」

「さゆり、くるしい」





 ろくがつ××にち げつようび はれ


 火曜日に月曜の日記を書いてみる。
 月曜、チャットで教えてもらった男の浪漫を実践してみた。
 午後、佐祐理に相談したら、すぐに取り寄せてもらえた。
 ちょっと試着してみた。
 なんでこれが「男の浪漫」だなんていうんだろう。
 佐祐理の家の人の作業着?
 わからない。
 祐一に見せてから部屋に戻ってきたら


「まいー、よく似合ってますよー」


 いろんな角度から佐祐理に携帯電話で写真をとられた。
 ちょっと恥ずかしい。


「あとで舞と祐一さんにも画像あげますからねー」


 佐祐理。それ何に使うの?


「携帯の壁紙ですよー」


 毎日、佐祐理が携帯を開くとわたしのメイド姿。
 どうなんだろう?
 ちょっと恥ずかしい?
 あ、でも。


「佐祐理ばっかりずるい。わたしもほしい」


 うん、佐祐理にもこの服を着てもらって、そしてわたしも写真とって毎日それを見る。
 それでおあいこ。
 うん、そうだ。


「祐一にも着てもらって、祐一の写真も撮る」 

「あ、あははー」


 見るあほうに着るあほう。
 同じ見るなら着なきゃ損損、って誰かが言ってた気がする。
 そして、今日、朝ごはんのときにわたしと佐祐理がこの服を着て、祐一と一緒にご飯を食べた。
 昨日以上に祐一ヘン。
 言葉は少なかったし、片言だった。
 しっかりとわたしと佐祐理の写真を携帯で撮っていたけど。

 最後に、この服一緒に着てっていったら、妙にウキウキして着て、ポーズまでとってた。
 あしたのーすさいどにお礼で祐一の画像を送ってみようと思う。

 思い出は残すものじゃなくてつくるもの。
 そう思った今日だった、まる。









 事の顛末。
 何故に舞はメイドさんルックをやることになったのか。
 舞のチャットログである。


まいまいかたつむり:おす

のーすさいど:おす、まいまいこんな時間にどったの?

まいまいかたつむり:いまおk?

のーすさいど:おkよん♪ 授業がつまんなくってさぁ、退屈しとるとこ

まいまいかたつむり:そう。で、おとこのろまんってなに?

のーすさいど:と、とうとつだなぁ。あ、下厳禁だったなまいまいは、
       まぁ、おとこのろまんといえば…あれでしょう?

まいまいかたつむり:あれ?

のーすさいど:メイドさんに決まってるぅぅぅぅぅっ!!
       仕事でぐだんぐだんに疲れて帰ってきたところに天使の歌声にも似たその声で
       「お帰りなさいませ、ご主人さま♪」なんていわれたらもう俺爆発しちゃうよ!!

まいまいかたつむり:のすふぃばってる

のーすさいど:んで、そのまま「ご飯ですか、それともお風呂ですか?」なんて聞かれちゃったりしたら、
       もうそのままベットに直行!!

まいまいかたつむり:ん、のすさんくす、またこんど(まいまいかたつむりさんが退席しました)


 その後、HN名のーすさいどは三時間以上メイドのロマンについて(下あり)チャットに打ち込んでいたとかいないとか。




 おわり







戻ります